2014年03月06日

2014年3月5日  山岡鉄舟が道徳教科書に

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2014年3月5日  山岡鉄舟が道徳教科書に

文部科学省「私たちの道徳」

2月は山岡鉄舟にとって素晴らしい出来事が続いた。
最初は文部科学省。2月14日に新年度から全国の国公私立小中学校に無償配布する道徳用の新教材「私たちの道徳」を公表したが、その中学二年生教科書の中で山岡鉄舟が取り上げられたことである。

今回の道徳教科書の配布は、従来の「心のノート」を全面改訂したもので、国内外の偉人伝などの読み物を盛り込み、ページ数を約1.5倍に増やし、いじめ問題への対応などのほか、「日本人としての自覚」を深める記述も数多く盛り込ませ、日本人が昔から大切にしてきた「美しい心」とは何かを考えさせる内容となっている。
文科省・鉄舟.jpg
(1ページ全部鉄舟掲載の下段部分)
鉄舟は「2.人と支え合って」項目の「(5)認め合い学び合う心を」の中で「この人に学ぶ・人物探訪」として登場している。

更にうれしいことは、鉄舟の業績は江戸無血開城と明治天皇の扶育であるが、上記のようにほぼ妥当に記していることである。

江戸無血開城は西郷隆盛と勝海舟の二人で決めた?

実は、世上、江戸無血開城は西郷隆盛と勝海舟の二人で決めたと、流布されているのが一般的である。

その一例が、某教科書出版社から発行されている中学一年の道徳教科書である。西郷を「はかりしれない人間の大きさ」の人物として紹介しているが、その中で次のように記している。

「勝は幕府を代表して、総攻撃の中止を求めるため西郷に会見を申し入れ、両雄は、江戸城明け渡しという難局で再開しました。当時の思い出を勝海舟は『氷川清話』の中で次のように述べています。
当日のおれは、羽織袴で馬に乗り、従者一人連れたばかりで、江戸にある薩摩屋敷に出かけた。(中略) さて、いよいよ談判になると、西郷は、おれの言うことをいちいち信用してくれて、その間、一点の疑念もはさまなかった。
『いろいろ、むずかしい議論もありましょうが、私が一身にかけてお引き受けします』
西郷のこの一言で、江戸百万の人々の生命と財産とを保つことができ、また徳川家も滅亡を免れたのだ」

芝5丁目の記念碑と結城素明画
IMG_0020.jpg

JR田町駅近く、都営浅草線三田駅を上がったところ、第一京浜と日比谷通り交差点近くのビルの前に「江戸開城 西郷南洲 勝海舟 会見の地 西郷吉之助書」と書かれた石碑が立っている。その石碑の下前面、向かって左側に「西郷と勝の会見画銅板」、真ん中に「この敷地は、明治維新前夜慶応4年(1868)3月14日幕府の陸軍参謀勝海舟が江戸100万市民を悲惨な火から守るため、西郷隆盛と会見し江戸無血開城を取り決めた『勝・西郷会談』の行われた薩摩藩屋敷跡の由緒ある場所である・・・。」と書かれ、向かって右側に高輪邉繒圖が描かれている。

実は、この銅板が問題なのである。画に西郷と勝しかいない。当日は鉄舟も同席していたのに、二人だけのシチュエーションとなっている。

さらに、神宮外苑の聖徳記念絵画館に掲示されている壁画「江戸開城談判」(結城素明画)の影響が大きい。
結城素明画.jpg
聖徳記念絵画館は、明治天皇・昭憲皇太后の御聖徳を永く後世に伝えるために造営されたもので、明治天皇のご生誕から崩御までの出来事を壁画として年代順に展示していて、その一つが左の壁画であるが、これによって二人の会見で江戸無血開城が行われたというイメージを醸成付加させた。

出版社に出向く

二つ目の素晴らしいことは、教科書出版社に出向き、以下のように説明したところ、修正印刷してくれることになったことである。

「貴社は、勝海舟『氷川清話』の『西郷と江戸開城談判』を引用され記述されていますが、これは明治28年8月15日の『国民新聞』の『氷川伯の談話(二)』に掲載されたもので、この時、海舟72歳。
海舟は、氷川神社のそばに寓居し77歳で亡くなりましたが、幕末維新のすべてを見聞き、かつ自由な隠居の身で好きなことを話せる男は海舟しかいなかったので、氷川の寓居に、東京朝日の池辺三山、国民新聞の人見一太郎、東京毎日の島田三郎らがしょっちゅう訪れて、海舟の談話を聞き書きした。それを人よんで『氷川清話』といいます。

吉本襄が大正3年に新聞連載を編集し直し、日進堂から刊行した『氷川清話』が有名ですが、吉本襄があやしげな換骨奪胎をしているので、江藤淳と松浦玲が編集し直し、さらに相当の補充をして、講談社から決定版ともいうべき『勝海舟全集』全22巻が出版(昭和48年)されています。

しかし、『氷川清話』の『西郷と江戸開城談判』は、『江戸無血開城』に至るまでの史実経緯をかなり省いておりますので、その史実について以下ご説明させていただきたい」

と述べ、次のような説明を行った。

「鳥羽伏見の戦いに敗れた徳川慶喜は、上野・寛永寺に謹慎し、和平の意を伝えるべく朝廷と縁故ある使者を何人も派遣したが、いずれも失敗。最後の手段として慶喜護衛役の旗本・山岡鉄舟に使者を命じた。

命を受け鉄舟は、軍事総裁の勝と初めて面談、慶喜の命令を伝え、直ちに新政府軍が充満している東海道筋に向かい、多くの危難を切り抜け、駿府(現・静岡市)で新政府軍参謀の西郷と会談を持った。

西郷からは和平5条件を示され、4条件は受け入れたが『慶喜公を備前藩(新政府軍)に引き渡す条件は絶対に受け入れられない。もし立場が逆であったとしたら、あなたは自分の主君を敵に引き渡せるか』と君臣の情からの鋭い論理と、決死の気合いによって反論、西郷を説得・約諾させ、ここに事実上の江戸無血開城が決まった。

江戸に戻った鉄舟は、直ちに慶喜と勝に報告、江戸市中に高札で和平成立を布告した。勝は日記で『山岡氏帰東。駿府にて西郷氏に面談。其識高く、敬服するに堪たり』と鉄舟を称賛した。鉄舟による駿府での西郷説得の前提があって『西郷と勝による江戸城無血開城会談』が成立したのである」

また、この歴史史実で使用した史料「海舟日記」と鉄舟直筆の「西郷隆盛氏と談判筆記」を示したことで、出版社はこの申し出を受け入れ、次回印刷文から修正するとの発言を得ることができた。

なお、「氷川清話」の取り扱いは慎重にすることが望ましいとも加えてお伝えしたところ、頷いてくれた。
静岡記念碑.jpg
ところで、写真の石碑は静岡駅近くの「西郷・山岡会見之史蹟」である。刻字されている文言は「ここは慶応四年三月九日東征軍参謀西郷隆盛と、幕臣山岡鐡太郎の会見した松崎屋源兵衛宅跡で、これによって江戸が無血開城されたので明治維新史上最も重要な史蹟であります」と、高さ1.5メートル、横幅は1メートルの御影石で、向かって右に鉄舟、左が西郷の顔が銅板ではめ込まれている。

歴史が、あるつくられたストーリーで語られ、そのストーリーが素晴らしいと、その方向へイメージが重なっていき、事実として巷間誤認されていく。

特に、教科書は子供にとって絶対的なものであるから、ここでの記述は慎重にしたい。

その意味で、鉄舟の文部科学省記述と、某教科書出版社の修正に満足しているところ。以上。

投稿者 Master : 09:52 | コメント (0)

2014年02月22日

2014年2月20日 タイへの関心事・・・その三

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2014年2月20日 タイへの関心事・・・その三

東南アジアは足で売るのが成功の基

日経新聞記事(2013/12/3)を紹介したい。タイトルは「東南アジア、足で売る 味の素、自社社員5000人」で、この記事で分かるのは東南アジア地区における小売市場の全体網であって、この実態を日本人はあまり理解していないように思う。
近代的な大型店が急増する東南アジアだが、食品などでは零細店の比重は依然高く“足で売る”味の素の販売戦略は徹底していて、これが実に参考になる。

味の素は、東南アジアに約5000人の自社営業マンを抱え、庶民的な市場や零細店で1個十数円の調味料をコツコツと販売し、売り上げは年1500億円に伸びたという。

●野菜や味の素.jpg
肉がずらりと並ぶ熱気あふれる売り場の一角、木材で手作りした店で味の素の現地法人社員、ナノ・スハルノさん(37)の営業が始まった。
●マサコの方がおいしいし、きれいだろ。ほら売ってみせるから。英蘭ユニリーバなどの競合商品をひょいとつまんで、目立たぬ場所に押しやった。
●店先に並べ始めたのはスハルノさんの営業の三種の神器。「マサコ(粉末)」「サオリ(液体)」「マユミ(マヨネーズ風)の調味料3姉妹だ。マサコは現地語で「料理する」の語感に、好感度の高い日本人女性のイメージを重ねたヒット商品。
●「さっさと売るのがコツだよ」と言う通り、スハルノさんは10分ほどの間に4人のお客をさばく。商店主も満足げで、次の発注を決めた。1日の注文件数で評価が上下するが、スハルノさんの給与は同年代の一般的な大卒ホワイトカラーを上回る。

インドネシアだけで、スハルノさんのような味の素社員の営業マンは1800人もいて、人が集まる市場で8万店を取り込み、郊外に散らばる零細店もローラー方式で取り込む。「ちりも積もれば」の作戦といえる。

食品などの業界では、こうしたルートセールスは卸業者や販売代理店に任せるのが一般的だが、味の素は違う。フィリピンで800人、タイで1200人といった規模の営業員が動く。同社は東南アジア地域で「新興国に最適の営業スタイルを武器に」2020年に4500億円の達成を狙うという。 

タイ・バンコクの香水販売実態を見る

前号で紹介した「J.J Market」、犬売場の次に向かったのは香水店である。

ところでタイ人は首都をバンコクとは言わず「クルンテープ」と呼ぶ。正式な首都名は以下の通り超長く、タイ人でも全部言える人は少ないから、日本人がスラスラいうと尊敬されること間違いない。「クルンテープマハナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラアユッタヤー・マハーディロッカポップ・ノッパラッタナラーチャニーブリーロム・ウドンラーチャニウエットマハーサターン・アモーンラピーンサティット・サッカタットタィヤウィサヌカムプラシット」

さて、「J.J Market」内の「Butterfly Thai Perfume香水店」は、屋台が密集している細道小路の奥にあり、間口一間程度の香水ショップで、ここが店だと紹介受ける。ビックリする。今まで世界各地の香水店を訪問したが一番小さい。

ここで社長と会う。まだ若い。六年前に創業。以前は洋服を取り扱っていたという。いろいろ聞いてみるとなかなかである。
タイ2.JPG

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●店舗は13店。全てオリジナル香水、自分で処方している。現在16品。来年新製品を出す。現行品の価格は859バーツ2750円。新製品は959バーツ3070円。ボトルを見せてくれる。ボトルの購入先は明らかにしないが中国製とのこと。なかなかデザインがよく、格調あるとほめる。
●匂いのティスティングしてみるが上品な香りで果物系が多い。そうしていると中年女性が来て、香水を5個買う。
●驚いて「ずいぶんたくさん買いますね」と日本語で聞くと、上手な日本語で回答が返ってくる。全然訛りなく日本人と同じ発音。これにも驚く。香水をどうするのかと聞くと「Xmasプレゼント用に買う」との答え。どこでこの香水を知ったのかと聞くと「友人からもらったので買いに来た」という。

この2750円や3070円という価格帯は高い。それなのにわざわざ「J.J Market」内に指名買いに来る実態を見て、ここの香水のレベルが分かったが、パンフレットはなく口コミとインターネット展開という零細店が、タイの香水販売では主流だと理解しないといけない。

日本企業は出張を取りやめている

日本で報道されているタイの政治デモ内容を見聞きしていると、治安が心配で危険と判断し、日本企業はタイへの出張を取りやめるケースが続出している。

ところで、タイの政治デモ報道は、バンコク中心街で行われているので、中心街に位置する大型商業施設の客が減ったことを伝えるが、一方、今回訪れた「J.J Market」にはデモが関係なしとは報道しない。また、政治混乱の影響を受けにくいリゾート地では、バンコクに代わって観光客が殺到し、ホテルの稼働率が大幅に上昇しているのが実態である。

トランジット・ポイント

人は変化することで成長するものである、といつも思っている。だから、何かの機会に「変化」に気づいたとき「楽しい」と感じることが多いが、この「トランジット・ポイント」を体験することが大事だと思っているし、その体験を記録化し、体におぼえさせ、必要なタイミングで発揮させるようにすることが、さらに重要ではないかとも思っている。

では「トランジット・ポイント」とは何か。それは「閾値(いきち)・スレッシュホールド」ともいうが、ある一定の感覚・知覚から反応が変わってしまうポイントのこと。

例えば、痒いとところがあるからといって、そこを掻きすぎると気持ちが悪くなり、刺激されすぎて「やめてくれ」という気持ちに逆転してしまうような変化点をいう。

又は、軽い冗談でも何度も聞かされると、逆に腹がたったりするのと同じだが、この「閾値・スレッシュホールド」をタイミングにうまく合わせ、コントロールしていけるようにすれば生活や仕事で結構役立つ。というより成功・不成功を分けるポイントになると思う。

情報とは何か 

次に、マスコミ報道とは何かについて時折考えてみる必要があるだろう。マスコミ報道とは、本来、目立つもの、珍しいものを中心に報道するのを仕事としている。

今回のソチオリンピックで羽生結弦選手のフィギュアスケート金メダル、スキージャンプ男子個人ラージヒルの葛西紀明選手が銀メダルを獲得したが、これは一面で大きく取り上げられた。だが、他にも多くの選手がいるわけだが、成績が振るわないと片隅に小さく報道されるだけ。これがマスコミ報道の本質。つまり、金銀メダルを獲得したごく少数の人について大きく目立つように報道し、その他大多数の選手は無視される。

また、一般人が「朝起きて、朝食して、会社に向かった」という日頃の行動は報道しなく、それが今回の二週にわたる大雪で「できない・不可能」という状況下に陥った時、大きく・詳しく報道する。

火事の場合、例えば恵比寿駅前が火事で、消防車が出て消火活動をする時は、その事実を報道するが、これは当たり前のこと。しかし、報道されない一方の事実は「恵比寿駅前以外は火事ではない」ということで、恵比寿駅前以外は安全という主流の実態は何も伝えない。

これをタイの政治デモに当てはめれば、バンコク中心地帯、官庁があるところとか、伊勢丹があるような地区には行かない方がよいが、今回行ってみた「J.J Market」はデモと全く関係ない、とういう考え方ができるかどうか。それがビジネスでは必要で重要だと思う。

政治デモが発生しているバンコクへ社員を出張させようと思うならば、その前提として「考え方をチェンジ」しないといけない。さらに「考え方をチェンジ」するには、何かの「トランジット・ポイント」体験が必要で、加えて、この「トランジット・ポイント」体験・記録・体得化がなされていないと、マスコミ報道という一般的ではあるが限定された情報によって、自らの行動を抑制してしまうことになる。

なかなか難しいことではあるが、「トランジット・ポイント」体験を重ねて、それをセオリー化していくしかないのではないか。味の素が、東南アジアの実態をつかんで、足で売る商売をしているのは、どこかの国で味の素が失敗体験をして、それを記録化し、実際の営業に役立つよう変化させたからだと思う。行動する背景に考え方基準を持ちたいものだ。以上。

投稿者 Master : 11:57 | コメント (0)

2014年02月07日

タイへの関心事・・・その二

大学教授にパリ情報を話す

 先日、突然、ある大学の英文学教授から電話がありました。
「初めてお電話します。何々さんから紹介受けた者です。この度、パリの大学で一年間教鞭をとることになり、パリについていろいろ教えてほしいのですが」
「そうですか。雑談程度の内容でしたら、お話しできると思います」

ということで、さいたま新都心のレストランで昼食をとりながらお話ししましたが、ちょうど日仏合弁企業時代に秘書兼通訳をしてくれた女性が定年になり、一度、会いたいとと思っていたので一緒にどうかと声かけると、都合をつけて参加してくれました。

この女性はリオン大学卒で、パリで結構長く生活されたので、大学教授に実務的なアドバイスをしてくれました。

その中で参考になったのは「仕来りの違い」を受け入れるということでした。
① ドアを開け入る際、必ず女性を先にする
② フランス料理を一緒にしたら、最後にデザートをいかがですかと必ず声かける
③ 食事相手が女性ならば、水・ワインは必ず男性が注ぐこと
④ 洗濯物は必ず家の中に干す。外で干してはいけない
⑤ アパルトマンのエレベーター内で同乗者がいたら必ず挨拶する。しないと危ない人物だと警戒される
⑥ 商店に入ったらボンジュール Bonjourと挨拶した方がよい。しないとお金を払った後で嫌味たっぷりの発音で「ボンジュール」と返され、サービスに影響する

 この他で強調したのは「家の内部の修理・修繕」は日本みたいにすぐに業者は来ないことと、各地というより全国的なストライキが年に何回か勃発すると伝えました。私は何度もストライキを経験していますが、フランス人に言わせると「リーダーが朝起きて『今日はストライキだ』叫ぶと、組織が一斉にストライキに突入する」という冗談が事実に近いという話ですから大変です。

全く、一般人の迷惑を考えない、というより迷惑をかけるためにストライキをするわけで、基本的な考え方が違っていることも「仕来りの違い」に入ります。

 ストライキの体験話では、パリからニースに飛行機で移動したとき、ニース空港で乗車したタクシードライバーが、先ほどまで農民が道路封鎖していて、飛行機は飛ばなかったのだといい、明日も同じことが起きるから飛行機便は避けた方がよいとアドバイス受けたことがありました。

 そこでその日のうちにニースでレンタカーを予約し、翌日の移動先のトゥルーズまで約500kmを走りましたが、このようにフランスではストとデモは常識といってもよいのです。

タイのデモ

 前号でお伝えしたタイの政治デモに戻ります。
その後も続いていて、2月2日の総選挙は(下院選・定数500)は反政府派の妨害で投票が中止になる選挙区が相次ぎ、結果が確定できませんでした。インラック政権は選挙管理内閣として再投票などの手続きを進める構えですが、反政府派は続いてデモを行っており、政治空白が避けられそうもない状況で、タイ政局がどう展開するのか難しい局面となっています。

 バンコクには昨年デモが発生し始めた頃の、11月14日(木)~17日(日)に行きまして、ホテルが市内中心地であったことから遠目でデモは見ましたが、特別の危険も感じませんでした。というより、デモはタイ人同士の争いで、外国人には関係ないわけですから、それを承知していれば、デモ隊の近くに行かない限り問題は発生しません。

 だが、毎日マスコミ報道されるタイ政局の動きとデモ状況を読み見ていると、ちょっとタイには行く気がしなくなって、結果としてGDPの1割弱を担う主要産業の観光への影響は大きいでしょう。

その通りであって、タイ財務省は12月26日に2013年のGDP成長率予想は3.7%から2.8%へ引き下げ、2014年のGDP成長率も5.1%から4.0%に下方修正しました。また、総選挙が実施されない場合、来年の経済成長率は3.0%にとどまる見込みだとも発表しました。

JJマーケット

11月のバンコクで訪問したのは市内中心地区から、BTSまたは地下鉄で30分弱、北へ行ったところに位置しているJJマーケットです。

ここは地元タイ人のみならず世界中から観光客やバイヤーたちが押し寄せるウィークエンドマーケットで、タイ語で「チャトゥチャックJatujak」といいますが、これを省略して「J.J Market」とも呼ばれているところ。
タイ1.JPG
ここでは全くデモの影響がなく1万以上もの店が軒を連ねるバンコク最大級ゾーン。ここでの買い物の魅力は、ほかでは売られていないオリジナルアイテムが多いので、そのセンスがバイヤーたちの目に留まり、お店が繁盛してくるとバンコクの中心部に品物へ卸をしたり、支店を構えるようになるという。
もちろんオリジナル以外にも、定番のお土産(象の置物やエスニック小物やバッグなど)を扱うお店もたくさんあり、バンコク市内のお土産屋やデパートよりも2~3割は安く買うことができる。つまり、タイ最大級マーケットであり、一大アミューズメントパーク並みに楽しい地区で、ここの銀行は土日営業です。

しかし、このマーケットは陽射しが熱い。日本の寒さが懐かしいが、そんな事を言っていられないなぁと思っていると、一人の若い男性が迎えに来てくれた。

迎えがないと込み入ったJ.J Market内は歩けないのです。彼は少し日本語ができる。彼の案内で屋台が密集している細道の奥に入っていくと、突然、可愛い犬の売り場があるではありませんか。

犬からわかる階級社会

 その犬売場に行くと、昨年春に死んだ我が家の愛犬ビーグルが可愛い女性に抱かれているので、思わず写真に撮ってしまいましたが、実は、この犬売場がタイの階級社会を示唆しています。
タイの犬1.JPG

タイの犬2.JPG

 タイの犬は三種類に分類されます。①家の犬、②お寺の犬、③道ばたの犬。いずれも放し飼いです。ということは勝手に交尾しどんどん子供を産むことになって、飼い主は面倒が見きれなくなると、日本のように市役所には連絡しません。どこへ持ち込むのか。それはお寺であって、お寺に犬を置いてくる。

 その寺の犬は、お坊さんが托鉢で貰ってきたおこぼれを頂戴することになる以外は、暑いので一日中ごろごろ寝転んでいる。

 ところが、お寺でも犬が増えすぎると厄介なので、時々、どこに捨てることもあるらしい。それらの相互作用で、③の道ばたの犬が多くなるが、大の愛犬家としても知られるプミポン国王の指示により、道ばたの犬も手厚く保護され、ワクチン接種や避妊手術などが行われているので、タイの犬は他国に比べると幸せ度が高いといえます。

 ところで、J.J Marketの犬売場はこの三種類とは別世界に所属します。写真で分かるように日本のペットショップと同じく、世界の名犬純血種が並んでいます。本物かどうかは不明ですが・・・。これらの犬を買うのは大金持ちや特権階級の人たちであって、外へ散歩に行く場合はちゃんとリードで繋がれていくが、それは飼い主ではなくお手伝いさんの仕事になるという生活です。

これはタイの社会を示しているのです。タイは典型的な階級社会であって、頂点に大金持ちや特権階級がいて、次に経済発展に伴う中産階級がいて、それと長年政治から無視されてきた農民たちがいるわけで、犬もその階級社会通りの種類分けとなっているのです。

さて、政治デモはまだ続き、何らかの解決策をタイ人は自ら見出すまでには時間がかかります。ということは日本のタイとのビジネスも停滞するということになります。知人の企業もタイへの出張を取りやめました。社員安全を考えたのだと思います。

しかし、そのような対応でよいのでしょうか。次号でそのあたりを分析します。以上。

投稿者 Master : 12:36 | コメント (0)

2014年01月21日

2014年1月20日 タイへの関心事・・・その一

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2014年1月20日 タイへの関心事・・・その一

昨年12月から今年の1月5日まで、3回のレターでお伝えしたウラジオストク状況、何人の方から関心を持たれた。ちょうど2月にはソチ冬季五輪が開催され、ソチ開催ではテロと人権問題が話題となっている。だが、隠れた大問題としてロシア人の無愛想、笑顔のなさ、おもてなしが欠けていることを指摘したことが、関心を持たれた理由と思っている。

今号と次号ではタイを取り上げたい。今のタイ、政治対立が新聞に出ない日はないほど毎日報道されている。今までに何回もタイに行った経験と、この対立が始まった昨年11月にもタイを訪問した体験を加え分析したいが、それにはタイという国を「見る眼」、それをタイの立場に置き換えなければならないと思う。

タイの政治対立
タイ政局.jpg
タイの政治が混迷のきっかけは、2013年10月31日にインラック首相(タクシン元首相の妹)率いる与党のタイ貢献党が、恩赦法の対象に急遽政治指導者を追加し、翌日11月1日に下院で強行採決したことからであった。

この法律の対象に国外追放されたタクシン元首相が含まれていたことから、反タクシン派はデモや大規模集会を開催した。結局、法案は上院で否決されて廃案となったがデモは収まらなかった。反政府のデモ隊はタクシン体制を打倒するまでデモを継続する姿勢を示し、財務省や外務省などの政府機関や国営タイ放送などの放送局を占拠した。そして反タクシン派のリーダーであるステープ前副首相が最終決戦とした12月9日、インラック首相は下院を解散することを表明した。総選挙は2014年2月2日に実施される予定。

民主主義は選挙で決まるのではないのか?

多数派であるタクシン派は選挙を通じた民主主義を重要視している。タクシン派の主な支持層は長年政治からほとんど無視されてきた農民である。タクシン元首相は2001年の選挙の時に農村支援を掲げて勝利し、首相に就任した後は農民債務モラトリアム、30バーツ健康保険制度などの積極的な農村振興策を次々に実施した。これらの政策の結果、農民の生活環境は劇的に改善した。こうして、農民は自らが政治に大きな影響を与え、それが自らの生活水準の向上に繋がることを自覚するようになった。

一方、都市部の中間層が多くを占め、少数派である反タクシン派は選挙をあまり重視していない。彼らに言わせれば、選挙をいくら行ってもタクシン派が貧しい農村部の住民を買収することで勝利するため、汚職と腐敗にまみれた政治家が誕生するだけであるという。

そのため彼らは議席の多くを医者、教員、弁護士、労働者等の協会の代表者から選出すべきであると主張している。

総選挙ではタクシン派が勝利するだろう

予定通り総選挙が行われれば、人口の半数以上を占める農村を支持基盤としているタクシン派が勝利する公算が大きく、タイ貢献党は総選挙の比例代表名簿第一位をインラック首相としていることから、このまま行けばインラック体制は継続する可能性が高い。

一方、反タクシン派は選挙ではタクシン派に勝てないと認識しており、選挙自体をボイコットしようとしている。また、ステープ前副首相は軍主催のフォーラムに出席するなど、選挙以外の手段で政権に揺さぶりをかけようとしている。

このように、両派の民主主義に対する考え方の溝は極めて深い。これまでも片方が政権を奪取すればもう片方がデモを行い、時には軍が出動して流血沙汰となることもあった。

今後も民主主義のあり方に対して両派が同じ認識を共有できなければ、タイの政治的混乱は終わらないのでないか、という指摘が多くタイの未来を悲観視する見方も多い。

だが、タイ人を分析していくと、今回の政治対立も何らかの解決策を、タイ人は自ら見出すと推察する。その推察根拠も含め、タイ人をいろいろな角度から検討してみたい。

タイの概要

 最初は全般的なタイ概要である。
①国土面積 51.4万平方㎞、日本の1.4倍、フランスとほぼ同じ。
②人口6600万人(2009年)。
③タイ王国、現国王ラーマ9世(プミポン国王)王は圧倒的信頼あり。
④民族はタイ族が最大多数、中国系等で民族間の争いはない。
⑤9割が仏教徒・上部座仏教・・・輪廻の思想で前世からの業カルマによって今ここに生きていて、今の境遇を受け入れ、善く生きることで来世にはよく生まれ変わりたい。⑥タイ人が日本と聞いて浮かべるもの・・・ 富士山がトップ
 
タイのしたたかな外交力

 日本とタイは長い外交関係があり、アジア諸国が欧米国の植民地化した地域の中で、お互い独立国としての地位を築いている。

 日本は第二次世界大戦で無条件降伏、連合国の占領体制下に一時陥ったが、タイは日本の同盟国として、日本と同様に英米に宣戦布告したのに、敗戦国とはならなかった。

日本が開戦した1941年12月8日、日本軍はマレーへの侵攻を目指して、タイ・ビブン首相から駐留の承認を得てタイに上陸、この結果タイも、日タイ同盟から米英に宣戦布告した。

ところが、日本軍の旗色が悪くなったころには、対米公使を通じ米英とひそかに通じ合う関係を築きはじめ、終戦になるとタイは、米英に宣戦布告したのは、国民の意志に反して行われたもので、手続き的にも瑕疵があり、あの宣戦布告は無効だと主張し、これを連合国側が受け入れ、日本と道ずれの敗戦国にならずに済んだという経緯がある。また、現在も親米であるのに、北朝鮮とも外交関係を保持している、というしたたかな外交力を持っている。

頑張るという言葉はないが頑張れる

タイ人は日本人よりも明確な意志を持たないし、明確な意志を持って仕事や勉学に励まない。例えば、日本の来ているタイ人に来た目的を聞くと、留学生なら「たまたま奨学金がもらえたから」「日本語ができると仕事が探しやすいから」、働きに来ている人なら「お金が稼げるならどこの国でもよかった」「バンコクは暑いから日本の方がよい」「親戚がいたから」

つまり、具体的な目標や明確に意志をもって、日本に来ている人はめったにいない。

したがって、インタビューしても相手が具体的でないので、引き出しができないから内容がそろわないということになる。例えば、ムエタイ選手にどうして選手になったのかと聞くと「楽しいから」「友達がたくさんいるから」「バンコクに住めるから」「親から離れて暮らせるから」というもの。目標とはという問いには「お金を稼ぎたい」「有名になりたい」がほとんどで「チャンピオンになりたい」という選手は一人もいない。しかし、明確な意志や目標がないのに、頑張るのがタイ人。ムエタイの選手は毎日厳しいトレーニングを自ら進んで積むし、試合では信じがたいほどの闘志で相手に立ち向かう。パンチやキックを受けても苦しそうな表情を見せないでファイトする。タイ人は意志なぞわざわざ立てなくても、成りゆきまかせで、やるときはやるのである。これがタイ人の真骨頂で、タイ語に「頑張る」に相当する言葉はないが「頑張れる」のである。(参照「極楽タイ暮らし」高野秀行著)

微笑みが武器

タイは「微笑みの国」といわれる。顔の造作からいえば、さして美人でない女性でも、笑顔は素晴らしく、日本ではお目にかかれない笑顔がタイ女性の魅力であるが、その笑顔にもいくつかのパターンが隠されている。

つまり、ニュートラルな微笑みなのだが、そこに「タイの微笑み」の真実があって、微笑みはタイ人の表情の基本となっている。どういう反応をしたらいいのかわからない時、日本人はとりあえずシリアスな顔をするが、タイ人はその場合、とりあえず「にっこり」とする。別におかしなことがなくても、笑みを浮かべるのが、タイ人の常態であり、処世術でもある。これが外国人への武器となる。

タイを検討すると、面白くてやめられなくなる。次号でもタイ人を検討したい。以上。

投稿者 Master : 08:25 | コメント (0)

2014年01月06日

2014年1月5日 ウラジオストク視察旅行会に参加して・・・その三

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2014年1月5日 ウラジオストク視察旅行会に参加して・・・その三

ウラジオストクの三回目・最終回です。今号の最後に2月7日から始まるソチ冬季五輪に向けて、昨年12月5日にお伝えした「微笑みのないロシア」、これに対する対策が必死に行われている状況が、NYタイムスに掲載されましたので、その内容もご参考にお届けいたします。

3.ウラジオストクの未来と日本

① ウラジオストクの歴史
 ウラジオストクのある沿海州は、かつては中国の領土で、渤海や契丹、 金などがここを支配していた。

1858年、 アレクサンドル二世と清の文宗との間でアイグン条約(ウスリー江の東をロシアと清の共同管理地とする)が締結され、また、1860年には北京条約(沿海州をロシア領とする)が締結されて、ロシアの領土となった。

 ロシアがウラジオストクの街建設を始めた頃、 日本は幕末から明治への移行期であり、中国では英仏連合軍が北京を占領という動乱の時代の始まりであった。

 ウラジオストクというのはロシア語では「東方を征服せよ」という意味である。 ロシアは文字通りここにロシア海軍の軍港を築いた。

 1891年訪日後の皇太子ニコライが帰途ウラジオストクに立ち寄り、シベリア鉄道の起工式が行われる。その後、 ロシア革命など、激動の時代を経て、1932年には、ソ連太平洋艦隊の基地となり、第二次大戦後は、 軍港であると同時に工業都市としても規模を拡大し、現在のウラジオストク市内の姿が形作られた。
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ソ連時代は軍港として立入りを制限されていたが、1990年代に再び自由に訪問できる都市となり 海外からの大型客船も寄航する国際港になり、日本からは飛行機で約2時間という距離であるから観光客も増えている。
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② 日本との関係
 日本との関係について、ウラジオストクの極東連邦大学のモルグン・ゾーヤ教授の発表で紹介したい。(2012年4月13日 日本ウラジオ協会)

「最初にウラジオストクに来た日本人は1860年代に長崎から来た人たちです。大工(土木請負業者)やからゆきさんが多かったです。当時、ウラジオストクには建築が足りなかったし、ロシア女性も少なかったからです。からゆきさんと一緒に洋品店や理髪師も来ました。

 1876年、日本貿易事務館が開設されました。そのとき日本の領事はロシアの軍艦に乗って来ました。1880年代に入ると、日本人の数は増え、約400名と記録に残っています。

 1890年代に入ると、都市のインフラが飛躍的に発展します(91年にシベリア鉄道の沿海州地域が着工、93年に完成。モスクワとつながる)。街には日用品や装飾品などの商店が増えましたが、ウラジオストクは物不足のため、日本から多くの商店経営者が渡ってきました。日露戦争前の1903年には、3000人以上の日本人がいました。

 日本との航路は、幕末から長崎、函館などにロシア船の入港があったが、明治政府になってから長崎港を拠点として、極東ロシア、中国、朝鮮への航路が整備された。

しかし定期航路が開かれたのは比較的遅い。ロシア義勇隊艦隊が1877年にオデッサから長崎経由でウラジオストクへの定期航路を開設したが、便数が少なく、神戸~ウラジオストク間は1899年(日本郵船)、ウラジオストクへの最短距離である敦賀からは1902年(大家汽船)に開通した。

日露戦争開戦後、日本人の多くは帰国します。貿易事務館も閉鎖されました。しかし、1906年には多くの日本人が戻ってきました。その一部は中国のハルビンへ行きました。当時、ウラジオストクには杉浦商店や徳永商店などに加え、銭湯や写真館ができ、日本人が経営していました。09年頃には日本人経営の精米工場やミネラルウォーター工場などもありました。

 1914年、第一次世界大戦が始まりましたが、日露は友好関係にあり、この時期も日本人が増えました。17年にロシア革命が起こり、18年に日本のシベリア出兵が始まると、日本の軍人相手に商売する日本人も増え、5000人を超えるほどになりました。

 1922年、シベリア出兵が終わり、多くの日本人が帰国しました。

 1930年代に入ると、満州事変が起こり、以後、ウラジオストクは軍事基地にすることがモスクワ政府により決定されました。外国人は、日本人に限らず、中国人、朝鮮人も退去を命じられました。日本総領事館も1936年5月に閉鎖。

その後、日本人がウラジオストクに姿を見せたのは、1945年から53年頃まで、シベリア抑留者の労働キャンプが2つ置かれた時期です。彼らはスタジアムやビル建築、道路の改修工事の現場で働かされました。それから1992年までウラジオストクは対外的に閉じられた都市で、外国人は来ることができませんでした。

 1992年に対外開放されて、93年に日本総領事館がナホトカからウラジオストクに移転し、開設されました。現在は、三菱商事や住友商事、三井物産などの商社やNHKの支局など、在留日本人の数は80名くらいです。まだ少ないですね」
 
③ 最近のロシア経済

今から10年前の世界経済を振り返ってみたい。2003年から06年までの4年間、世界経済の実質成長率は年5.1%と高率だった。常識的な考えでは3%台の成長率でまず順調という見方であるから大変な成長率であった。

世界の消費の中心は米国、加えて、中国、インドが10%を超える成長をし、ロシアも2006年実質成長率6%台を達成し、世界経済全体に大きく貢献した。

つまり、当時はBRICsの成長率が、世界経済全体に大きく寄与していたわけで、ロシアも石油や天然ガスの輸出収入で国内を潤し、資金力を拡大した企業が積極的な拡大戦略をとり、中産階級にも浸透し、個人消費が旺盛となっていた。

 だが、今は変わった。2013年のロシア経済のGDP実質成長率は4月~6月が1.9%、7月~9月は1.2%となっているように、10前とは大違いの低迷状態である。

 その理由は明らかで、北米発のシェールガス革命等によって、最大の石油などの輸出が落ち込んでいる上に、効率の低い古い企業が競争の少ない分野で優位に立っているので、労働生産性は日本大企業の3~4分の1といわれているほど低く、経済の構造改革・技術革新が進んでいないからである。
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④  地政学から考える

ウラジオストクは日本から近い。この地理的観点から考えると、日本はウラジオストクに進出することが有利であろう。

事実、過去に日本は何回もウラジオストクに足を踏み入れている。だが、それも政治的理由から日本は遠のき、現在もモルグン・ゾーヤ教授が語るように進出企業は少ない。

地理的に魅力溢れるウラジオストク、しかし、地政学的に見ると問題が浮かぶ。地政学とは二つの前提で成り立つといわれている。

⑴「人間は自分の生まれついた環境、つまり、周囲の人々や土地に対して、自然な忠誠心を持っている」という前提。

⑵「国家の性格や国家間の関係が、地理に大きく左右されると想定する」という前提。

再び、ここでガイドが述べた言葉を紹介したい。彼は無愛想で口数は少ないが、時折、鋭く指摘する。さすがに伝統と歴史ある優秀な極東連邦大学出身である
バスの中で「ロシア人と日本人とは異なる特徴を持つ。列挙すると以下の4点になる」と述べた。

A 個人主義であり、且つ、その個人主義のレベル内容も人それぞれ皆違う。
B 行動判断の基準はお金である。義理や義務意識は全くない。
C 今日は今日。明日はこうなるからという思考を持たない。
D 文化を失っている。ここが中国人と似ている。

このロシア人の特徴、地政学前提⑴から生じているし、日本人の特徴も同様であるから、必然的に人間としての違いが発生する。だから、お互いの共同作業は難しい。

それに⑵が加わる。それはウラジオストクの歴史からも明らかである。清から割譲された時は帝政ロシア、その後ソビエト連邦構成共和国体制となり、1991年崩壊しロシアに戻ったように、政治体制を激変させ、中心産業も変化し続けている。農業国家の帝政ロシア、工業国家を目指したソ連、一時成功し低迷しだした今の資源国家ロシア。

つまり、相手方が時代とともに変わっていくのであるから、日本側の対応は難しい。相手の変化はチャンスだという考え方もあるが、地政学観点から予測すると、日本がウラジオストクでビジネスを成功させ、それを長期的に維持するのは苦しいと予測する。

しかし、地理的には最も近い外国で、現地情報は集めやすいという利点はある。現地情報が的確に集められれば、短期的なビジネスの成功はあり得るし、ロシア政治体制が激変しなければ継続的ビジネスも可能であるが、そのためには定期的な訪問を行い、現地と情報ネットワークを構築することが前提要件だろう。

清話会がそのような仕組みを構築し、会員に情報発信できるかにかかっている。

⑤ ソチ冬季五輪対策は笑顔の特訓から

昨年12月5日号で紹介した北斗画像診断センターの美女、あの笑顔は特別であって、ロシア全体に笑顔がないのが一般的。ここで困ったのが2月7日開催のソチ冬季五輪である。

笑顔の特訓に入る前に、北斗画像診断センターの北斗病院が日経新聞(2014.1.1)で最先端病院として紹介された。

さて、話はソチに戻るが、世界中から人がソチに集まってくる。ところが、ロシア人の誰もが笑顔で迎えないとしたら、ロシアの評判は一気に悪化する。加えて、爆弾テロ事件や、人権問題で欧米首脳の欠席表明が相次いでいて、ロシア人気はそれほど高くない。だから、オリンピック開催では、何としても無愛想評価を改善したいだろう。

そこで現在、ロシアでは「おもてなし」特訓中とのことで、その記事がNYタイムスに掲載された。

「ロシアのサービスと言えば、社会主義時代の名残で、ぶっきらぼうで無愛想というイメージを抱く人が多いかもしれない。だが、それも過去のことになりつつあるようだ。

『アンナ、いまお客様に無言でシャンパンをお出ししたわよね』

教官の声が飛ぶ。ここはアエロフロート・ロシア航空乗務員訓練センターだ。

『それはソ連流の接客よ。言葉をかけて、笑顔を忘れないで!』

アエロフロートには美男美女の客室乗務員はいくらでもいるが、愛想のいい乗務員にはまずお目にかかれない------そんな定評を、同社は接客教育を徹底することで覆そうとしている。

こうした取り組みは、外食企業や販売業などロシアのサービス業界全体に広がっている。米コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーのロシア支社幹部はこう話す。

『顧客第一主義はロシアの文化に馴染まないと思われてきましたが、最近はどの企業も接客指導に熱心ですよ』

かつてロシアでは『意味なく笑うのはバカな証拠』と言われたものだ。それがいまや、スターバックスのバリスタは他国のバリスタ同様に眩しい笑顔を振りまき、マクドナルドの店員は完璧なスマイルで『ご一緒にポテトはいかがですか』と勧めてくる。中間層が増加して個人消費が活発化したことにより、ロシアでも顧客サービスの質が問われるようになったのだ。

2月のソチ五輪はその試金石となる。案内係を務めるボランティアスタッフは接客マナーの特訓を受けて本番に臨むという。合い言葉は『笑顔で親切に』。

ロシア流『おもてなし』、まずはお手並み拝見といこう」

プーチン大統領もいろいろ心配事多く、大変だろうと同情する。

以上

投稿者 Master : 16:43 | コメント (0)

2013年12月21日

2013年12月20日 ウラジオストク視察旅行会に参加して・・・その二

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2013年12月20日 ウラジオストク視察旅行会に参加して・・・その二

1.ウラジオストク三つの見所

ウラジオストクは坂の多い街だ。 起伏の多い街のあちこちから海を望むことができ、街の中心部には19世紀末から20世紀初頭にかけて外国商人によって建設されたアールデコ調の洋館が多く残され、ヨーロッパの雰囲気を持っている。
街の散策はウラジオストク駅前広場からメインストリートのスヴェトランスカヤ通りを歩き、アルセーニエフ博物館、要塞博物館、 潜水艦C-56博物館、ニコライ二世凱旋門などが主な見所だとガイドブックにあるが、今回はバスで回ったので、筆者の見所はガイドブックと異なる。
我々のバスは、APEC開催を機会にインフラ整備が進んだ高速道路を走り、ルースキー島と結ぶ自慢の2本の橋を通り過ぎる。

1本目の金角湾大橋は海に面してコの字型に広がるウラジオストク市の内湾を、街の上にのしかかるように跨いで架けられたGolden Horn Bridge。2本目の東ボスポラス海峡大橋は2本の主塔から張ったケーブルで橋桁を支えるユニークな斜張橋で、世界最長の斜張橋といわれている。
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だが、日本人として関心を呼ぶ見所は、この自慢の橋ではなく、以下の三か所と感じるので紹介したい。

① ウラジオストク駅
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日本人の心を打つ最初の見所は、シベリア鉄道の始発駅だろう。先の大戦でシベリアに抑留された日本兵士達が鉄道やビル建設に動員された。我々の先輩たちの汗と涙で造られたのであり考え深い。
駅はウラジオストクの街の中心に位置し、ネオロシア建築がすばらしい建物で、駅の向こうには社会主義革命を導いたレーニン像が建っている。
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駅の中に入ると、天井画がすばらしく、大きな荷物を持った乗客が列車を待っている。ここからモスクワまでつながっていて、ホームの中央には「モスクワより9288㎞」と刻まれた石造りのキロポストが立っていて、ロシアの象徴である双頭の鷲が付いていて「まさにロシアに来た!という感じがする。

②  与謝野晶子の記念碑
次の見所は、極東総合大学東洋大学の入り口にある与謝野晶子記念碑だろう。
1912年(明治45年)5月、与謝野晶子が夫鉄幹を追ってパリに向った。500人もの友人達に新橋駅で見送られて東海道経由で敦賀に向かい、敦賀からロシア船でウラジオストクに渡り、シベリア鉄道に乗ってパリへ向かった。4ヶ月の欧州滞在の後、晶子はマルセイユから船で40日をかけて帰国したが、その与謝野晶子記念碑がウラジオストクにある。
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この碑の前で、晶子が詠った激しい恋心に驚く人は多いが、実は、この碑にウラジオストクの現実が遺されていることを知る人は少ない。
それは、この晶子の日本語原文と解説が刻まれた二枚の銅版が盗まれていたことだ。1998年9月のことである。
この事実は何を意味するか。当時のロシア経済は厳しく、貧しい人は金になるものなら何でも得ようとしたわけで、無防備な石に貼られた銅は、格好の獲物であったことを示した事件で、また、この当時は下水道マンホールのふたも盗まれているように、ウラジオストクは問題多き街であった。
 現在の晶子記念碑は2004年8月に修復されたものである。手がけたのは山梨学院大の我部政男教授。今度は盗まれないように、詩の原文などは碑に直接刻み、複製した銅板は極東大学の施設で保存してあるが、ここにウラジオストクの治安状態が現れている。
ウラジオストクの治安について、在住日本人がいろいろブログで述べている。一例を紹介する。

A 夜暗くなっての帰宅で、自宅の玄関先で殴られる⇒暗くなくても自宅の鍵を開けるときは、周りに要注意。
B 中央郵便局前のキオスクで買い物をした時から後をつけられる。
C 一時帰国中にアパートの電気製品などがごっそり盗まれた⇒玄関のドアは2重(1枚は鉄製のドア)になっていても、窓際の木をよじ登って窓から進入する。留守だということが知られると、狙われる。
ブログでの警戒警報はまだたくさんあるので、これから訪れる方は参考にされることをお勧めする。
 
③ 溢れる日本車
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もうひとつの見所は「溢れる日本車」である。走っている車と駐車場の車の8割が日本車ということだが、そのほとんどは日本海側の港湾から積み出された中古車である。
複雑なのは、日本のメーカー企業が正規のルートを確立しているわけではなく、主としてパキスタン系の企業が日本国内の中古車を確保し、極東ロシアの受け皿企業を介して輸出しているという変則ビジネスモデルが肥大化したのである。
日本車の性能に対する極東ロシア市場の評価は極めて高く、特に厳寒の冬季に対応できる4WD型のランドクルーザーやプラドなどの車種への需要は強いという。一時、韓国車が攻勢をかけたこともあったが、市場の評価が日本車の優勢を決定づけた。
バスの中でガイドが補足する。市内を走る車の98%は日本車である。また、日本製そのままで右ハンドルのままの状態も多い。
いわれてウオッチングするとその通りで、メーカー別ではトヨタが多いが、ここでガイドが強調する。
それは、ソニーがサムソンに負けた要因についてである。
「日本車は、日本国内製と、サウジアラビア製では、明らかに性能が異なることをロシア人はよく知っている。ここが日本企業の問題点だ。サムスンはどこの国でも性能基準は同じだ。それがソニーの負けた理由。日本企業は日本人のためにつくる。サムソンは世界の人のためにつくる」
このガイドの指摘は鋭い。日本国内では聞けない貴重な見解と思う。


投稿者 Master : 11:41 | コメント (0)

2013年12月11日

2013年12月5日 ウラジオストク視察旅行会に参加して・・・その一

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2013年12月5日 ウラジオストク視察旅行会に参加して・・・その一

今回のYAMAMOTOレターは、経営者勉強会・清話会主催のロシア・ウラジオストク視察旅行会(2013年10月23日(水)から26日(土)三泊四日)に参加し、様々な体験を通じ、以下の三項目について考えさせられましたので、三回にわたって送りいたします。なお、三回とも従来の三ページスタイルではないことをご了解のほどお願いいたします。
1. ロシア人には微笑みがないのか・・・12月5日号
2. ウラジオストク三つの見所・・・・・12月20日号
3. ウラジオストクの未来考察・・・・・新年5日号

1. ロシア人には微笑みがないのか

① ウラジオストクに着いて
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事前に配布された資料に「ロシア人は笑わない」と書いてある。日本人はどちらかというと笑みを見せる顔かたちが多く、オリンピック招致で滝川クリステルの「おもてなし」プレゼンがその証明だ。
 しかし、ロシアのスチュワーデスや入国係官は、絶対に笑わない。だが、それはサービス精神の欠如ではなく、仕事中は笑ってはいけない、と教えられているからだという。だから、仕事中のロシア人が笑わなくとも、無愛想だと思わないで下さいとも書かれている。

 到着したウラジオストク空港、1999年開港、2012年APEC開催にあわせ改修し、なかなか機能的と思える中規模の空港である。日本でいえば広島か岡山空港といったところ。
出迎えの日本語ガイドの案内で、出口前に駐車しているバスに乗る。

早速に同乗した経営者の一人がガイドに質問する。「日本人はロシア人に好かれていますか」「好かれています」「中国人はどうですか」「それほどでもありません」

15分程で夕食レストランに着く。街道わきのハブみたいなところ。奥にパーティ用なののか、岩窟部屋みたいな個室があって、そこに座るとガイドが「飲み物は」と聞くので「ビール」と多くの人が手を挙げる。

ウェイトレスがサラダ、スープ、メインがオヒョウの蒸し料理とバターライスを次々と手早く運んでくる。結構うまい。この間行ってきたドイツよりもうまい。しかし、期待のビールがなかなか出てこない。ガイドが説明する。注文してからジョッキに注ぐので、時間がかかります。食事中盤には出で来るでしょうと。
ようやく現れたビール、グラスが様々な形をしている。そういえばスープ皿もそろっていない。総勢16名に対応できる容器が備わっていないのだ。

ところで、ここのウェイトレスは全員若く美人で、体の線が崩れていなく魅力的ラインであるが、全員口をしっかり結んで笑顔は皆無。ガイドが「テーブルで粗相してはいけないと緊張しているせいです」という。これは、その後入ったどこのレストランも同様で、笑顔のない、若い美人女性ばかりだった。

② 笑顔のない歴史的背景

 笑顔がないのは以前モスクワに行った時も同じだった。美人が多いのに笑顔はない。この笑顔がないという背景、事前資料やガイドの説明通りだろうか。違うように思う。

 かつてのソ連時代、グロムイコという外務大臣がいた。あだ名は「Mr ニェット(ノー)」であった。いつも表情を変えず、とりつくしまもなく、これがロシア人の代表的イメージとなっているように、ロシア人の無愛想顔は共通している。いわばロシア人の母型感覚、マザータイプといえるのではないか。少し長くなるがロシアという国の歴史から、その背景を検討してみたい。

ロシアにおける最初の国家は、ノルマン人(スェーデン人)の族長リューリクが862年に建国した時、それがキエフ公国となって、ビザンチン(コンスタンチノーブル)文化を導入し、農民達をロシア正教(ギリシャ正教)に帰依させ、教会に属させたが、ここで大事件が勃発した。

13世紀の始めにチンギス汗(君主)・モンゴル軍がやってきたのである。その勢力は西方に伸び、チンギス汗の孫バトゥ大汗の征服軍は、在来のモンゴル式騎兵のほかに、攻城に対しては、工学的方法による投石機その他城破壊機を用い、キエフのモスクワも破壊され瓦礫の山になり、さらに、西ヨーロッパまで侵攻したが、内部事情により軍勢を後方にひきあげ、ロシア平原に居座って、キプチャク汗(はん)国(こく)(1243~1502)を立国する。

ここからキプチャク汗国による「タタールのくびき」といわれる暴力支配が259年間続き、ロシア農民に対する搾りは凄まじかった。いくつもの貢税がかけられ、ロシア農民は半死半生にさせられた。反対すると軍事力で徹底的な抹殺を行うというやり方に従うしかなく、この当時、育ちつつあった都市文化や石工、鋳金、彫金、絵画、鍛冶職も連れ去られ、文化が根こそぎ絶やされるというひどい実態であった。

一方、この時期の西欧は華やか文化への幕開き時期だった。花のルネサンスが進行しつつあったこの時、ロシアでは「タタールのくびき」によって文化が閉ざされていた。

このことがロシアというものの原風景にある、という事実を見逃してはならないと思う。外敵を異常に恐れるだけでなく、病的な外国への猜疑心と潜在的な征服欲、軍事力への高い関心、これらはキプチャク汗国の支配と、その被支配を経験した結果であって、他人に笑顔を簡単に見せない、特に外国人には見せないというところにつながっていると推測する。

③ 極東連邦大学訪問
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 二日目の24日はルースキー島の極東連邦大学へ向かった。ここで日本語を学ぶ学生と懇談するためである。

 極東連邦大学は、1899年にロシア極東最初の高等教育機関として前身が誕生、1920年に極東国立大学に再編され、ウラジオストク随一の総合大学となった。2010年には、 ロシアの8つの連邦管区に設置する連邦的意義をもつ国立大学「連邦大学」として、ウラジオストクの3つの大学、国立極東技術大学、 国立太平洋経済大学、国立ウスリー教育大学を吸収して極東連邦大学として生まれ変わった。

 現在の学生総数は6万3000人。エンジニア、生物医学、人文、自然科学、 芸術文化体育、教育学、地域国際研究、経済経営、法学の9つの学部のほかに、ナホトカやユージノサハリンスクそのほかの極東都市、 そして日本の「ロシア極東連邦総合大学函館校」を含む10支部を含んでいる。

 この大学で2012年9月のAPEC開催が行われたが、総敷地面積は80万平方メートル。キャンパスはアヤクス湾に沿って11の校舎が弓形に広がり、どの校舎の前面には海が広がり、一か所に集中したロシアの大学キャンパスとしては最大規模で、 ウラジオストクを極東の学術と教育の中心にしようとするロシアの意気込みが感じられる。

さて、この極東連邦大学のD建物、ここの日本語学科五年生の教室に行く。ここはエリート校で入学が難しいとのこと。入り口でガードマンが生徒一人一人カードを確認する。

日本語教室には五年生の学生が4人。先生は森さんという女性。いつも10人いるというが風邪とかで休みで少ない。
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佐伯優税理士事務所長が生徒たちに「求められる人材」五項目を話し、学生に日本語を学ぶきっかけを尋ねる。答えは以下の通り。
A アニメから。セーラームーン、ワンピースなど。
B アニメとマンガから入って日本が好きになったため。
C 合気道六年経験し日本文化に興味あり。
D 日本の歴史に興味あり。

学生から質問が出る「日本では若い人の就職が難しいと聞いているが本当か」「そういうことはない。仕事はたくさんある。自分に合うものを探しているが、それを頭だけで考えているのでチャレンジしないのだ。二週間くらいで自分に合わない仕事だとやめてしまう傾向がつよいのだ」と佐伯所長。

4人がこれからの希望を述べる。
    A 今、自分の夢を探しているところ。
    B 日本語を使ってロシアで仕事したい。
    C 日本に行って仕事したい。
    D 性格が緊張しやすいので人と十分コミュニケーションがとれるか心配。

四人とも日本で三週間程度のホームスティ経験がある。

ここで、関西経営管理協会の鳥越理事長が「一年間はホームスティし体験してほしい。それがキャリアへのスタートだ」「ホームスティ先を探す組織としてロータリーとかライオンズクラブ等がある」と補足する。

日本語教師の森先生も発言「ここは伝統と歴史ある大学。卒業生は通訳等で活躍している」とガイドを指差す。
しかし、今のところ、ウラジオストクで日本語を活かした就職先がないのが現状らしい。

④  笑顔はあった

午後は北斗画像診断センターを訪問。2013年5月開設。ここは北海道の社会医療法人北斗病院が、ウラジオストクの機関と提携して開設したところ。
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北斗病院は、医療・福祉・介護サービスを事業としている全体人数881名(2013年4月)である。
この北斗画像診断センターは予防医療に位置づけられる。「健常者対象の脳ドックや心臓ドックを中心とした検診事業」「連携関係にある周辺医療機関から依頼を受けた患者の画像診断」という診療科目で、主要機器としては、血液検査器、心電図器、超音波診断装置、ABI動脈硬化測定、64列CT、MRI(1.5T)、遠隔画像診断システム 等。全て新品で機器が輝いている。敷地面積は638.93 平方メートル。

ところで、このセンター入り口から駐車場にバスが入ると、若い美人女性が立っている。ウラジオストクの若い女性は美人だらけである。

ところが、この北斗画像診断センターの美人、何と「満面の笑顔」である!!。絶対に笑わないというロシア女性がにこやかに迎えてくれたのだ。ロシア人でも日本人並みの笑顔ができるのだと感じる。
この笑顔美人女性、日本語が上手い。聞くと極東連邦大学出身。午前に聞いた学生の希望Bの「 日本語を使ってロシアで仕事したい」がここで実現しているのだ。

ということは、日本語を活かして就職すると、笑顔ができないロシア人も、滝川クリステルの「おもてなし」へ変身することができるということになる。

ウラジオストクの美人女性に笑顔をつくるためにも、今は少ない日本企業の進出を期待したいと思うが、経営者の皆さん、いかがでしょうか。
以上

投稿者 Master : 09:59 | コメント (0)

2013年11月21日

2013年11月20日 世界で最も幸せな国、暮らしやすい都市(下)

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2013年11月20日 世界で最も幸せな国、暮らしやすい都市(下)

コペンハーゲンという街

前号に続いて世界一暮らしやすいコペンハーゲンを検討する。人口は52万人。名前はデンマーク語の"Kjøbmandehavn"(商人たちの港)に由来し、日本語では「コペンハーゲン」というが、これはドイツ語名をカタカナ表記したものであり、デンマーク語では「ケブンハウン」に近い。
コペンハーゲンには、城、公共建物、美術館など歴史的な建造物がたくさんあるし、市役所前広場からストロイエ通り、この通りは市庁舎前広場とコンゲンス・ニュートーゥ広場を結ぶ通りであるが、フレデリクスバーウギャーゼ、ニューギャーゼ、ヴィメルスカフテ、エスターギャーゼの4つの通りで構成されている。

ストロイエとはデンマーク語で歩くこと。市民や観光客の目を楽しませてくれるこの通りは、その名にふさわしい歩行者天国。道の両側にはさまざまなショップやレストラン、カフェが並び、路地裏には、中世の香り漂う重厚な教会や色鮮やかな家屋が並んでおり、そぞろ歩きが楽しい。

通りの中ほどにギネス・ワールド・オブ・レコーズ博物館 がある。入口に世界一の背高のっぽの人の像が目印だからすぐわかる。中に入らなかったが、ギネスブックに載っているさまざまな記録がひとめでわかる博物館である。ストロイエ通りの終点はコンゲンス・ニュートーゥで、ここに入ると自然にニューハンに足が向く。

ここはいつも大勢の男女が屯っていて、天気の良い日は足元にビール瓶を置いて会話に興じている。その傍らを、そのビール瓶目当ての男女が袋を持って歩いている。結構の人数が徘徊していて、気をつけないとまだ飲み残しがあるビール瓶が浚われる恐れがある。空きビール瓶を売ってお金に替える仕事であるが、何となく侘しく見え、これだけはコペンハーゲンの街並みのよさを傷つけていると感じる。

人魚姫
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次の日の日曜日は朝から雨。昨日より12度低い14度。コートがいる。その雨の中、ホテルから歩いて地下鉄駅へ。乗車券はセブンイレブンで買う。一人24デンマーク・クローネDkk、1 Dkk =18円換算で1430円。結構高い。人魚姫の像の駅、エスターボートにすぐに着く。

駅から歩いて20分くらいかと、地図を広げていると親切にデンマーク人が教えてくれる。言われたように歩いて行き、公園内の道になったあたりから人が徐々に多くなっていき、その人々の回りをマラソンランナーが走っていく。今日はコペンハーゲンマラソンの日なのだ。モロッコの選手が2時間17分台で優勝したらしいが、一日中街中はマラソンで大賑わいであった。

さて、期待の人魚姫は公園を過ぎて、少し下る坂道の突端埠頭近くの岩の上に楚々として腰かけている。今までに何回も首が切断されたりする事件が話題なっているが、「世界三大がっかり」と言われながらも、コペンハーゲンの人気観光スポットである。

この人魚姫、足の先だけが魚らしくなっているだけで、ほとんど裸婦像と言ってもよいだろう。象をつくる際のモデルの足があまりにも綺麗だったので、作者が足をつくりたくなったのだというエピソードがうなずける。

人魚姫の撮影は結構難しい。理由の一つは、あまりにも観光客が多いことで、自分と人魚姫だけの写真を撮るには、タイミングが必要である。人がカメラを構えていても、お構いなしに人魚姫の前に立ってしまう男女もいるし、特に激しいのは団体客である。バスで来て、時間が限られるためか、一斉にやってきて、争うように撮影しまくるので、その間は茫然と見ているだけ。

もうひとつの理由は、後ろは海、手前は岩場で足元が悪いうえに狭いので、うっかりすると足を踏み外す危険性もあるからだ。ここで怪我すると厄介だ。救急車を呼ぶにも、コペンハーゲンでの手続きが分からないだろうから、とにかく、人魚姫では慎重な行動が望ましい。

ここで日本人女性一人旅に出会って、シヤッターを押してくれといわれた。ヨーロッパを歩いていると、時折、このような若き女性の一人旅に会うことがある。現在の境遇に飽き足らず、人生の転機を求めて結構長期の旅をしている女性が多い。場所を変えればある意味で転機になるだろうと思っているらしいが、結局、日本が一番住みやすいと気づき、戻っていく例が多いと思う。

nomaというレストランの存在

ロンドンのライフスタイル誌「モノクル」が毎年、世界の都市のどこがもっとも暮らししやすいかをランキングした内容は前号で紹介した。編集長のタイラー・ブリュレが選定基準を次のように語る。

「『本当に良い街』とは、一日の間にできる限り多くのことを気持ちよく体験させてくれる街のことだと、私は考えています。朝、子どもを学校に送り届け、買い物をし、仕事に出かける。そうしたことをスムーズにストレスなくできる街です」

これに異論はないが、私はもう一つ加えたい。それは食である。素晴らしいレストランがあることが「よい街」の重要要件であると思う。

その素晴らしいレストランがコペンハーゲンに存在している。それがクリスチャンハウン地区の「ノーマnoma」レストランである。途中マラソンのため渋滞で、世界中で都市マラソンの人気が高いと再認識しつつようやく「ノーマ」店の前にたどり着いたそこは、予想通り静かな寂れた海岸倉庫街にあった。
ここが、ここが世界でもっとも予約が取れないレストランといわれているところだ。

だが、今年の4月29日にロンドンで発表された「サンペレグリノ世界のベストレストラン50」、これは料理人や評論家ら900人の投票で選ぶものであるが、2013年はスペイン・カタルーニャのミシュラン3つ星「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」が、3年連続で首位だった「ノーマ」を抑えて世界最高の栄冠を獲得したが、「ノーマ」の価値は下がっていない。
noma.JPG

nomaとはnordic(北欧)と、食材を意味するmadを組み合わせているように、北欧の食材をテーマにしており、地元出身のシェフ、レネ・レゼッピは、まだ36歳という若さ。

予約が取れないのであるから、店に入れない、したがって、折角コペンハーゲンに行っても「ノーマ」を語れない。そこでデンマーク大使であった岡田眞樹氏の体験内容で補いたい。(魅惑のデンマーク 新評論2012年)

「これまでに行ったレストランのなかでダントツに素晴らしかった店がここ。周りは察風景なところだ。
夜のメニューは7皿のコース料理が標準だが、昼はその中から魚と肉とデザートの3品が選択できる。2品だと220クローナ、3品だと290クローナとちょっと高めだがワインをグラス程度にしておけば3品注文しても400クローナ(約一万円)ぐらいでどうにかなる。

座った途端に出てきた奇怪な料理に、まず驚かされた。ウェイターに聞いてみると、手前のものは干したタラの皮、右は揚げ物だが、飴色っぽい何かの魚を干したものでピリッと辛いスパイスがまぶしてある。ポテトチップ以外はすべて海産物、それも店の売り言葉のように『北欧の産品だ』と言う。この揚げ物、結構こくがあっておいしい。

次に出てきたのは、コース料理には含まれてはいない付き出し。これがまた奇妙というか、食べたことのないものだった。ライ麦パンと真ん中がクリーミーなチーズ、そしてライ麦の粉でつくった『スノー』だ。これが単なる粉ではなく、それこそサラサラした新鮮な雪を食べるような感触で、口の中でさくっと崩れて融ける感じともに冷たさがあった。クリーミーなチーズと一緒に食べると、口の中で融ける味わいは絶妙であった。

さて、ここからがようやくコースメニューとなる。・・・以下省略・・・『美味しい、美味しい』の連続で料理レポートとしては芸がないが、デンマークでこれまで食べた食事のなかではダントツに美味しかった。あくまでも軽く、淡泊で繊細なところに強い自己主張があり、日本人好み味と言える。店は『ノルディック・グルメ料理』を目指しているそうだが、その結果は、伝統的なデンマーク料理とは似ても似つかないものとなっている。何かの料理に似ているというよりは、まったく新しい方向を進んでいると思えるような品々であった」

この岡田大使の記述を読んで感じるのは、レネ・レゼッピが目指しているのは「美食」というよりは、もっとほかの方向を目指しているように思う。単純な「美味しい」を超えて、哲学的要素を含んだ最先端料理を作り上げようとしているのだと判断するのがよいと思う。

「サンペレグリノ世界のベストレストラン50」で日本勢は、東京南青山のフランス料理店「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」が12位、東京・六本木の「日本料理龍吟」が20位に選出された。いずれも去年の順位より上昇し躍進しているが「ノーマ」との違いは何か。

その差を掴むためには日本の二店に行き食べ、それから再びコペンハーゲンを訪れ、何とか「ノーマ」を予約し食べることで、暮らしやすさ世界一の要因を理解したいと思う。以上。

投稿者 Master : 13:17 | コメント (0)

2013年11月05日

2013年11月5日 世界で最も幸せな国、暮らしやすい都市(上

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年11月5日 世界で最も幸せな国、暮らしやすい都市(上)

第10回 日経・CSIS(米戦略国際問題研究所)シンポに参加して
 
10月29日(火)帝国ホテルで日経・CSIS(米戦略国際問題研究所)シンポジウムが開催され、1800名の参加者の一人として出席した。

テーマは「新時代の日米同盟・未来への助走」で、さまざまな見解が討議された中で、日米の同盟関係の強化策に関する討論では、参加者から事前にアンケートされた内容(下図)と、会場でも意見に賛成・反対への投票を含めた討論が大変参考になった。

ジョセフ・ナイ・ハーバード大学特別功労教授が「基地の共同利用をもっと増やすべきだ」と提言し、領土対立問題では、ナイ氏とアーミテージ元国務副長官が昨年9月の沖縄県・尖閣諸島の国有化について、東京都が購入するよりも賢明な判断だったとの意見で一致した。

また、ナイ氏は「日本が尖閣諸島を環境保護区と決めて、居住や軍事利用をしないと宣言する」アイデアを披露し「主権と倫理の両面で中国より優位な立場に立つべきだ」と語ると、多くの参加者から拍手が起きたのが印象的だった。

 北方領土問題では、事前の参加者へのアンケートで約8割が「四島一括返還でなくても支持する」と答えに対し、アーミテージ氏は「米国は日本の立場を一貫して支持してきた。ロシアとの返還交渉で、日本が満足する結果になれば、米国も満足するだろう」と語った。

なお、ナイ氏が「日本は中韓以外の世界から最も人気の高い国だ」と「ソフトパワーに優れた国であるから国際関係で自信を持って行動すべき」との主張に改めて共感した。
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(左 ナイ氏 右 アーミテージ氏)
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世界で「最も幸せな国」はどこか

現在の世界で「最も幸せな国」はどこだろうか。それはデンマークであり、米コロンビア大学地球研究所が調査し発表した世界各国「幸せな国」ランキングでトップを占めている(2013年9月CNN)
 
上位10カ国は以下の通り。
1.デンマーク 2.ノルウェー 3.スイス 4.オランダ 5.スウェーデン
6.カナダ 7.フィンランド 8.オーストリア 9.アイスランド 10.オーストラリア

この他の主要国では、米国17位、英国22位、ドイツ26位、日本43位と好感度ではトップクラスでも、幸せ度では中間となっている。

幸福度が最も低い5カ国はルワンダ、ブルンジ、中央アフリカ、ベナン、トーゴと、アフリカのサハラ砂漠以南に集中している。

デンマークという国

 そこでデンマークという国の全体概要を見てみる。

① 面積は約4.3万平方キロメートル(九州とほぼ同じ・除フェロー諸島及びグリーンランド)
② 人口は約560万人(2013年デンマーク統計局)
③ 首都はコペンハーゲン(人口は約70万人、首都圏の人口は約120万人)(2012年末)
④ 言語はデンマーク語
⑤ 宗教は福音ルーテル派(国教)

 このデンマーク、今でこそ世界有数の豊かな国家となったが、これは一朝一夕でできたわけではない。19世紀初頭のデンマークは、経済的に破綻し、領土も喪失して、実際に「貧しく、小さな国」であった。

 そこからデンマークの人々は立ち上がり、土地改良ほか、さまざまな改革と努力によって、今日の恵まれた国を築き上げてきたのである。

 現在の政治は、2011年9月の総選挙によって、10年に亘り政権を担当してきた自由党及び保守党による右派連立政権が敗北し、社会民主党を中心とする左派が勝利を収め、トーニング=シュミット社会民主党党首を首班(デンマーク初の女性首相)とする中道左派三党連立内閣が発足している。この政権は、移民には厳しく、仮に夫か妻がデンマーク人であっても、手続きが大変な上に、政権交代のたびに移民制度の内容が変わり、EU以外の国からの移民は特に難しい。消費税は25%。同性婚は昨年認められている。

有名な文学者はアンデルセン、哲学者はキルケゴール、スポーツでは自転車競技、ヨット、カヌー、ハンドボールが強いという。

世界で最も「暮らしやすい都市」はどこか

次に、世界で最も「暮らしやすい国」はどこだろうか。それはデンマークの首都コペンハーゲンである。ロンドンのライフスタイル誌「モノクル」が毎年、世界の都市のどこがもっとも暮らししやすいかをランキングしているのでみてみよう。

編集長のタイラー・ブリュレが選定基準を次のように語る。
「『本当に良い街』とは、一日の間にできる限り多くのことを気持ちよく体験させてくれる街のことだと、私は考えています。朝、子どもを学校に送り届け、買い物をし、仕事に出かける。そうしたことをスムーズにストレスなくできる街です。

犯罪の多いエリアを迂回すべきだろうかとか、自宅に泥棒が入っていないだろうかとか、そんな心配は誰もしたくないはずです。また、交通渋滞にはまって一日を無駄に過ごしたくもないですよね。そうした考えに基づきランキングするには、まず治安や交通の便、それに基本的なインフラや自然環境の豊かさといったポイントを重視しています」
   

コペンハーゲンを歩いてみて

コペンハーゲンには、2013年5月18日(土)にベルギー・ブリュッセル空港からスカンジナビア航空で入った。

ブリュッセルでは雨が降り、寒くて震えたので、ここより緯度が高いコペンハーゲンだから、もっと寒いだろうと予測し国際空港のカストロップ空港に着き、窓から外を見ると日光が燦々として26度もあるという。 

 ホテルでコペンハーゲンの地図をもらい、早速、街中を歩いてみた。日差しが熱い。ホテルで聞くと、今日は特別だといい、明日は雨だよとつけ加える。

コペンハーゲンには23年前の1990年11月に訪れている。当時の思い出を辿って、市庁舎の前に立つと何か騒々しくなっているような感じがする。

この市庁舎は1905年に完成した6代目にあたるもので、中世デンマーク様式と北イタリアのルネッサンス様式を取り入れた堂々たるたたずまいの建物。コペンハーゲンで最も高い105.6mの塔をもっており、コペンハーゲン市街を見渡すことのできる絶景スポットしても知られている。

だが、この街を一日半、歩いてみて感じたのは「やはり変わっていない」ということ。最初に騒々しいと感じた理由は分かった。市庁舎前の広場がイベントを開催するらしく、多くの関係者が慌ただしく動いており、そのための資材がおかれていたことから、そのように感じたのである。

23年前、この街は、歩いて観光するにちょうどよい大きさだと思ったが、今回も同じ感覚を持つ。
パリやニューヨークを歩いて動き回るのは厳しい。地下鉄やタクシーを使うことになるが、コペンハーゲンは地図を見ながらブラブラ歩くには絶好の街だと思う。

しかし、これだけでは世界一という評価は得られない。

もっとコペンハーゲンには何かがあるはず。それを次号でも検討を続けてみたい。以上。

投稿者 Master : 06:56 | コメント (0)

2013年10月23日

2013年10月20日 計画された偶発性(2020への戦略)・・・その二

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年10月20日 計画された偶発性(2020への戦略)・・・その二

スポーツジムで

毎日、スポーツジムに行くようにしている。顔馴染みができ、自然に会話が進むことになって、お互いの生き方環境が分かってくる。
その中の一人、85歳の男性、白髪と見事な白ひげをたくわえた穏やかな人物。このジムでは最高年齢で、ジム開設時からの会員だという。いろいろ物事に詳しく、教えてもらうこと多く、次第に親しさが増していく。

ある日、何となく元気がないようなので「どうかしましたか」と尋ねると「家内が明日ガンの手術です」という。
「奥さんは何歳ですか」「もう80歳を超えていますよ」「どこを手術するのですか」「腹部です。大腸ガンの手術を既に二回受けていますが、それが転移したらしいのです」
一週間ほど経って「奥さんいかがですか」と尋ねると「退院して自宅で静かにしています」「手術は成功したんですね」「お陰さまで」「よかったですね」「手術はよかったのですが、このところの暑さで参っていますよ」「クーラーで調整するしかないですね」「それが問題で、クーラーが壊れてしまったのです」「奥さんのためにも新しいクーラーを買った方がよいのでは」「そうなんですが、もう少しで涼しくなるし、それと・・・もう歳だから・・・あと何年生きるのか・・・考えているのですよ」「うーん・・・」

お向かいのご夫婦
 
広い敷地に住むお向かいのご夫婦、ご主人は99歳、奥さんは95歳。ご主人を亡くされた長女が関西から戻って来て、一緒に住んでいるので生活は心配ない、と言いたいが、実は、ご主人は娘さんと一緒に自転車で買い物に行くほど元気。
 奥さんもいたってしっかりしていて、インターホンを鳴らすと「ハーイ」と明るい笑顔で出て、記憶力もよく「先日はご馳走様」と旅行のお土産に対する配慮も忘れない。
 この高齢ご夫婦、わが町の有名人で、目標とすべきご夫婦として、町民の憧れのもとであり、娘さんの同居が必要ないのではないかと思われるほどの健在ぶり。
 先日、庭の茗荷を採りに来たら、という電話があったので伺うと、暑い中、奥さんと娘さん二人で新しい大きな物置前で汗掻いている。
 「物置を買ったのですね」「そうなのよ。物が増えて必要になって」という隣には、もうひとつ以前からの物置がある。つまり、物置が二つ並んでいるのである。
 このお宅、20年ほど前に建て替えし、その時の奥さんが挨拶に来た会話をよく覚えている。
「今度、家を建て替えすることにしました。いろいろご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」「そうですか。ご立派なお宅を立てるのでしょうね」「いやいや、今より小さい家にするのよ」「どうしてですか。家財や荷物もたくさんあるでしょう」「全部、整理して少なくする予定なの」「へえー」「もう歳だし、あと何年生きられるか分からないから、そんなに大きな家は建てないようにします」「うーん・・・」
20年後の今、娘さんが同居し、孫が曾孫を連れて泊りに来るという状態になって「狭くて困るわ」が奥さんの常套語になって、新しい物置を買うことになったのです。

友人の経営者

 友人の経営者、現在76歳。至って元気である。サラリーマンを60歳で定年となり、新橋に事務所を設置したという挨拶ハガキが届いたので、電話してみると「事務所を見に来てくれ」とのこと。
当方は、この友人より年齢的に後輩だが、定年前に独立したから、事務所経営としては先輩に当たるので、声がかかったのである。
 早速、行ってみると「毎月一回事務所に来てくれないか。いろいろ相談したいから」という申し出で、昼頃に行き、昼食をご馳走になりながら、経営の状況を聞き、アドバイスという程でもないが雑談を長年過ごしている。
 事務所独立当初の昼食は、近くのうどん屋。まずくはないが、それほど高くない普通の価格。このうどんがしばらく続いて、いつの間にか、今度はすし屋に昇格した。すし屋でも当初は「並み握り」そのうち「上握り」となり「特上握り」となった。
 業容拡大したのか、新橋から愛宕山下の元焼肉屋ビル一階に移転したところ、このビルが東京都の再開発に引っかかり、立ち退きとなって、多額の補償金を受け取り、一気に財政は好転し、昼食はホテルのレストランへ格上げとなった
現在の取引先に、世界ナンバーワンブランド企業があって、そこへ部品を納入しているのだが、相手の大企業、頻繁に人事異動があり、その度に担当者が代わる。
世界各地に工場を持っているので、そこへ転勤するらしいのだが、その度に、不慣れな新担当者へ部品取り扱いノウハウを教えに九州まで出張している。
さらに、孫がオーストラリア・シドニーにいて、運動会だから「カム・ヒァー」と孫から電話があったので、成田から三泊四日で行って来て、孫がとても喜んでくれたと話す。
つまり、年齢を感じさせない元気人間なのである。
ところが、独立した当初は「70歳になったら、この会社を誰かに譲って引退する」と何度も公言していた。年齢をひとつの区切りとして考えていたのだ。

目的・目標を立てること

 物事を進めるには目的・目標としての基準・物差しが必要である。基準・物差しを明確にしないま、何かを成し遂げようとして行動していると、いつの間にか時間軸の経過とともに、今、自分は、何のために「このようなことをしているか」という矛盾にぶつかり「そうだ、こんなことより別のことの方がよいのでは」と、全く新しい方向へ走っていくという事例が多いのではないかと思う。
 ものすごく簡単な事例で恐縮だが、新幹線で大阪に行こうと思って、東京駅に来たら、この日は大阪行きの新幹線が全て満員となっている。そこで、大阪へ行くのをやめて仙台に行くことにした。要するに、目的・目標をお大阪から仙台に変化させたのである。新幹線に乗るという手段は変わらないが、目的・目標を変えてしまったのである。
 そんなバカなことはしない。と殆どの方は思うでしょうが、ある会議で重要な議題があって、そこに参加しないと後に問題が生じる恐れがあるのに、会議メンバーに気が合わない、嫌いな人物がいるので出席しない、又は、代理を立てる、というようなことは日常割合あるのではないでしょうか。
 この場合も、会議の目的・目標を基準にするのでなく、同席するメンバーの好き嫌いから判断する。つまり、条件から目的・目標を変化させてしまうという事例である。
 
年齢を目的・目標にしない

年齢を目的・目標にしないことが重要だと思う。
スポーツジムの85歳の男性の場合、年齢面から躊躇しているが、手術後の奥さんと自分の健康を目的・目標にするならば、クーラーを新たに設置したほうがよく、年齢を基準にしないようアドバイスしたところ。
 お向かいのご夫婦、もう歳だからという理由で自宅建て替え規模を決めた結果、長寿で喜ばしいが、今度は「家が狭くて、孫と曾孫が可愛そう」という状態になっている。これも年齢を基準として物事を判断した事例。
 友人の経営者の「70歳に引退」発言の都度「年齢で物事を決めない方がよい。目的・目標の達成で区切りを決めるべきだ」とアドバイスしてきて、今は年齢のことは一切言わなくなって、さらに、業容拡大に邁進しているので、今は、どのような企業スタイルにするのかを明確化、つまり、目的・目標を紙に書いたほうがよいとアドバイスしている。

オリンピックの招致成功

 今回の東京オリンピック招致成功、様々な要因が語られている。
 最も高く評価されているのは、9月8日のブエノスアイレスIOC総会における、日本側プレゼンター素晴らしい内容である。
その通りであるが、我々がオリンピック招致成功で学ばなければいけないものがあると思う。それは、このIOC総会のプレゼンまで持ってきた全体計画作りである。
前回のコペンハーゲンでの失敗、そこから客観的に冷静に問題点を追及し、その上で4年後の招致を成功させようと作り上げた計画作業を評価したい。
この計画作業が、ライバルのマドリードとイスタンブールとの差となって、9月8日のブエノスアイレスIOC総会に表現されたのである。

 我々も東京オリンピック招致の成功に学ぼうではありませんか。
年齢を基準・物差しにしないと、三つの事例でお伝えしましたが、世界中が注目する東京オリンピック、そのビックチャンスを活用して、今回だけは2020年という時間軸に基づく年齢を考えた上で、自分はそのとき「何を目的とし、目標にしているか」を、アバウトでもよいから作ろうではありませんか。それが「計画された偶発性」を生むと思います。以上。

投稿者 Master : 21:01 | コメント (0)

2013年10月06日

2013年10月5日計画された偶発性(2020年への戦略)・・・その一

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年10月5日 計画された偶発性(2020年への戦略)・・・その一

「2020」twenty-twenty

 東京オリンピック開催「2020」の英語はtwenty-twentyとなり「正常視力の」という形容詞になる。視力1.0の人が20フィート離れて識別できる文字が、検査で実際に20フィート地点から見えるということで、よく見通せるという意味に捉えるとよいと思う。

だが、今からオリンピック開催年の2020年を見通すことは難しいだろう。先々、消費税をはじめとして予定された政策課題の推移と、想定できない出来事も多発するので2020年の戦略など出来るはずがないという意見になると思う。

しかし、時間の経過は正しく、時間軸通りに2020年は訪れる。そこで、そこまでの7年間、計画・目標をつくり過ごすのか、それとも出たとこ勝負で毎日を過ごしていくのか。その判断は自由であるが、我々の行動は気分・気持で決まっていくのであるから、先々の2020年には「こうなりたい。こういう状態にしたい」というイメージを持つか持たないかで、日々の日常行動が変わっていく。

折角オリンピック招致が決まったチャンスに、人生の価値を改めて捉えなおし、気分・気持ち再整理し、基準をつくり直し、積極的なたくましい方向へ転換させて行った方がよいのではないかと考える。さらに、計画をつくって行動していると、当初予想もしていなかった成功や幸運が訪れるという偶発性にめぐまれることが多いことは知られている事実である。

今号と次号では、2020年への戦略構築について触れてみたいが、まずは前回オリンピック開催都市ロンドンの変化を確認したい。

ロンドンは変わった

2013年7月、ヒースロー空港「ターミナル5」に着いた。ここは2008年3月開設のBA専用で新しく気持がよい。さて、入国審査に向かったが、ここヒースロー空港の入国審査はかなり厳しいことを思い出す。今まで何回もここで入国審査を受けたが、不法入国ではないかと、最初から疑ってかかる目つきでの対応で、気分が悪くなる空港の代表であった。

ところが、今回は違った。妙に愛想がいい。カウンター内の中東系と見られる若い男性がニコニコ笑顔で尋ねてくる。職業を聞かれ、答えると、パンと判を押しパスポートをこちらに返してくれる。これだけで終わった。

随分、変わったものだと思い、ロンドンに長く住む人に聞いてみたら、2012年のオリンピックを機会に、入国手続き業務を民間企業に委託してから、全くよくなったのだと笑う。

ヒースロー・エクスプレス

 バックを持ってロビーに出ると、少し先の何となく品がよい表示が眼についた。近くに行ってみるとヒースロー・エクスプレスである。

ああ、これがあの便利な列車かと思いつつ、乗車券代20£をカードで払う。ヒースロー・エクスプレスは、ヒースロー空港とロンドンヒの主要ターミナル駅のひとつであるパティンドン駅との間を、日中15分間隔、所要時間21分でダイレクトに結んでいる。 2009年11月時点での定時運行率は99.9%とロンドンの地下鉄と比べて高い。最高時速160km、車内は十分な座席と荷物置き場が確保されていて快適で、最も速くロンドン市内へアクセスできる。

パディントン駅に着き、右手側のなだらかな坂を上がると、宿泊するヒルトンホテルである。パディントン駅とヒルトンホテルを利用すると、ヒースロー空港から25分でホテルの部屋に入れくつろげるのだ。大変身である。

今や世界一という評価

それを証明するのが「2012年・都市総合ランキング」(森記念財団調査・日経新聞2013.9.14)で紹介されたにロンドンの第一位というランクである。オリンピックをチャンスに都市整備を進めた結果である。
東京は第四位、2020年には一位になっていることを期待したいが、ロンドンが評価された背景に日本の鉄道技術が存在することを認識したい。


日立製列車の貢献

 今回、イギリス国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂があるカンタベリー駅から、サウスイースタン鉄道でセントパンクラス駅まで乗ってみた。このサウスイースタン鉄道の車両が日立製なのである。

日立は2009年から「ジャベリンJavelin」の名で知られる高速列車Class395を製造、冬季に他の列車が全てストップした際も、運行を続けるなど高い信頼性が評価されて、2012年8月には英国の鉄道インフラを管理するNetwork Railから、英全土への導入に向けた運行管理システムのプロトタイプを受注し、日立が英国で受注した車両は計866両となり、受注総額は58億ポンド(8800億円)にのぼり、日本企業が海外で受注した車両数としては最大である。

さらに、日立は車両の製造と併せて27年半の保守を行うのであるが、これには日本の鉄道が誇る「時間通り」「事故を起こさない」「プラットホームの指定位置に停車」「環境に優しい」などで高い評価を受けたという背景がある。

昨年のロンドンオリンピック、セントパンクラス駅からメーンスタジアの最寄り駅のストラトフォードまで7分で直通運転したのも日立製ジャベリンで、マスコミ陣から渋滞によるロスもなく、時間通りの取材が出来たと高い評価を受けた。

この日立製列車のイギリスへの導入、長期戦略・目標の最適例ではないだろうか。

失敗から学ぶ

 2020年東京オリンピック開催が決まって、猪瀬東京都知事は次のように語っている。

「東京に五輪を招致できて、心が晴れ晴れしている。スポーツの力で何年も失われてきた日本の活力を取り戻し、心のデフレを払拭できる。だが、僕自身が考えてきた真の招致成功の意味は、世界最高のスポーツの祭典を東京で開く栄誉や、東京、日本の力を世界に示す好機という以上に、日本の構造改革をスタートさせられることだ。

五輪は開催そのものが一つの目的ではあったけれど、それがすべてではない。五輪を一里塚にして、日本全体を変えていく、というのが僕の発想だ。最も大きいのが縦割り行政の解消、省益至上の官僚主義の解消だと思っている。

今回の招致成功で僕は何度も『オールジャパンの勝利だ』と言ってきた。経済界、スポーツ界のほか、五輪を担当する文部科学省、パラリンピックの厚生労働省、外交交渉を担う外務省、それに宮内庁、内閣。特に役所では、それぞれが管轄するピラミッド型の行政システムが、過剰な縄張り意識を生み、互いに情報を隠し、国家戦略として『何をしたいのか』がさっぱり分からない状態が続いてきた。

復興庁が有効に機能していないのは縦割りの弊害そのものだし、さかのぼれば太平洋戦争突入の決断だって、その最たるものだ。

 僕は著書『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)で東條英機内閣が開戦直前、ひそかに省庁や陸海軍、民間の若手エリートを横断的に集めて日米開戦のシミュレーションをさせた総力戦研究所の姿を描いた。それぞれが組織の資料を持ち寄って分析し『必敗』と結論づけた。だが、報告は握りつぶされて戦争回避につながらず、戦況はほぼ分析した通りに推移した。縦割り官僚国家の中枢がまったく機能しなかったわけだ。

 それが今回、五輪招致で、できた。情報を共有し、一つの目標のために力を合わせた。日本の中枢が機能を取り戻し、国家として勝った。

僕が言ったオールジャパンとはそういう意味だ。大げさでなく、近代日本史上、まれにみる快挙だった。中枢が機能すれば物事は前に進む。被災地で、福島原発で何をすべきで、どう動けばよいか。招致成功は意思実現のモデルになったはずだ。あとは成功の経験を、官僚がどう生かすか、だ」
 (中日スポーツ2013年9月21日付の連載コラム「月刊猪瀬直樹」より)

 その通りだが、見過ごしてはならないことがある。オリンピックの招致成功から学ぶべき、全ての組織・個人が参考にすべきセオリーのことである。次号でお伝えしたい。以上。

投稿者 Master : 11:41 | コメント (0)

2013年09月20日

2013年9月20日 日本は「つなぎ・絆」大国(下)

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年9月20日 日本は「つなぎ・絆」大国(下)

サッチャーイズムでの祭り開催

前号でお伝えしたウィスタブル牡蠣祭りの始まりは1985年、マーガレット・サッチャー政権下。第二次世界大戦後のスローガン「ゆりかごから墓場まで」によって「英国病」となり、マーガレット・サッチャー政権下で経済立て直しへ大転換、以後、今のイギリスがあり、ウィスタブル牡蠣祭りも存在する。

そのサッチャー氏、7月8日に87歳で死去し葬儀が7月17日、ロンドン中心部のセントポール大聖堂で、1965年のチャーチル氏の国葬以来の、エリザベス英女王の出席と、国内外の要人ら約2300人が参列、1千万ポンド(約15億円)という葬儀費用を要して国葬が営まれた。

サッチャー氏は、国を開いて海外マネーを呼び込む金融立国で成長を実現し、貧富の格差は開いたが、経済優先という国造りでの貢献をイギリス政府が国葬という形で認めたのである。これと同じくウィスタブル牡蠣祭りも地元経済の発展に開催されている。

洲崎神社祭り

一方、日本の祭はどういう実態なのか。日本には各地に多くの様々な祭りがある。町おこし、地元経済対策を目的とした祭りも多いだろうが、これらとは一線を画す祭りもある。

 そのひとつが千葉県館山市の洲崎神社祭りで、2013年8月21日(水)に訪問してみた。
館山市は、千葉県房総半島の突端南部に位置し、歴史的には房総半島の戦国大名"里見氏"の本拠地であり、神社仏閣が多く、市内各地において催される祭りが数多く、内容も多彩であることで知られている。この館山市、通常の日本地図ではなく南北逆さにしてみると、弧を描く日本列島の頂点に位置していることが分かる。見方を変えれば館山は日本の中心ともいえるだろう。


館山駅に行くには東京駅からJRと高速バスがある。洲崎神社は、館山市の最西部、海にせり出した岬の突端に位置している。東京湾を航行すると、この岬を境に海の姿は一変し、広大な太平洋へと視界が開け、沖合は潮の流れが速い海上交通の危険個所で、沖を通る船は海上安全を祈願して洲崎神社を篤く信仰、その信心は東京湾内に広がった。

洲崎神社本殿・拝殿へは、勾配30度急坂147段の石階を上る必要がある。一気に上るのは息が切れ、途中で一休みが必要となるほどである。15時、拝殿前には白丁(はくちょう)姿の若衆と、見物の客が集まる。

神社は御手洗(みたらし)山の中腹にある。中腹の神社拝殿から見渡す海の景観は絶景で、その境内に白丁姿の神輿担ぎ手が集まり、宮司からお祓いを受け、いよいよ神輿担ぎを始めた。

まず、拝殿前の境内を何回も神輿が勢いよく揉み回る。見物客も神輿の勢いに押され隅の方に追いやられるほどである。

ここで疑問を持ったのは白丁姿である。今まで各地のお祭りで見た神輿担ぎ手の衣装は半纏、腹巻、股引、足袋であった。ここは全員白丁姿。

この白丁とは何か。ハクテイともいうが、古代律令制のもとで、公の資格を一切持たない無位無官の一般男子が着用したものであり、神事や神葬などに物を持ち運ぶ人夫をいう(広辞苑) とあり、祭りでの衣装として館山の祭りで定着している。

さて、拝殿前の境内を何回も勢いよく揉み回った神輿は、いよいよ勾配30度の147石階段を降り出す。普通に降りても危ない急勾配、そこを重い神輿を担ぎながら、それも左右に揉みだして、下がるのであるから、白丁の担ぎ手は必死の形相、見ている方もハラハラ、洲崎神社祭りのハイライトである。
 
 
神輿は拝殿前での揉み時間を含め、約30分かけて石段を降り、随身門をくぐり、そこで一旦休憩する。今日の気温は34度。白丁姿から汗が滴り落ち白衣が皮膚にまとわりつく。

 再び、リーダーのかけ声で、今度は浜辺へ神輿が渡御するため動き出す。浜辺の鳥居をくぐったところで、再び、神輿を休め、全員お神酒で乾杯。無事に渡御できたことを祝い、海に対する感謝の神事を行うための準備でもあり、宮司がいよいよ米とお神酒をお払いしながら海に向かう。この一瞬のために大勢の白丁姿が大汗を掻いて神様を神輿に乗せてお運びして来たのである。時刻は16時を過ぎ、夕陽が沈み始めた。ここまで約1時間10分要している。

 厳かな儀式を終えると、再び、147段上の神社に神輿を奉納するため、大勢の白丁姿が担ぎ始める。見ていると海に面した鳥居に入る前の道路、そこで揉みだした。なかなか鳥居をくぐらない。もうくぐるかと思うと引き返し、左右に動き揉み回す。 見ている方が焦れるほどの時間を要している。ようやくリーダーのかけ声で鳥居をくぐり、随身門を通って147段の石段を上っていき、無事、神社本殿前に到着した。17時半である。

 怪我人もなく洲崎神社祭りは終了し、白丁姿のまま、ということは汗をかいたままであるが、社務所の広間で直会(なおらい)である。寿司や鶏のから揚げ、サラダなどが大盛りで出され、リーダーから「お疲れ様」の挨拶とともにビールで乾杯。

 その輪の中に入れていだいて「大変だったでしょう」と声掛けると、すきっとした笑顔が頷き「でも、楽しかったですよ」と語る。これが本音だろう。その証拠に全員の眼が澄んで、眼差しに満足感が漂っている。 あの鳥居の前で随分時間をかけて揉んでいましたね、と一人に尋ねると「あぁ、あれは神様と一体化する儀式で、憑依(ひょうい)ですよ」とさりげなく語る。 これにはビックリした。思わぬ言葉が出てきたと思う。憑依とは、霊などが乗り移ることを意味し、一種のトランス状態ともいえるが、洲崎神社祭りの白丁姿の若衆から憑依ですよと聞くとは思わなかった。

神輿を担ぐことで、神を意識しているのだ。日本人しか分からない感覚だと思うが、そのような純粋な気持・心理が一人ひとりの白丁姿に横たわっているのだ。

 穏やかに直会が続く中、数人の白丁姿が「今日はありがとうございました。これで失礼します」と席を立つ。聞いてみると東京の品川から来ていて、これから帰るのだという。今日は会社を休み参加した。洲崎の方も品川の祭に来てくれるので、そのお返しで来たと、当然のごとくに語る。

 リーダーが話してくれる。この洲崎神社祭りも地域人口減で、地元民だけでは開催できなくなっている。隣の坂東地区からも手伝いの担ぎ手が来てくれているように、各地との神輿つなぎネットワークがこの祭りを支えてくれているのだという。

 そうなのか。洲崎神社の祭りは各方面からのつながり、それは祭り神輿を通じた関係ネットワークによって今でも昔通りの祭が催すことが出来ているのだ。

 そういえば、この洲崎祭りにはビジネスの匂いのかけらもない。この祭りで町おこしをしようとするのではなく、昔からの伝統をそのまま守っていくという意識だけが祭りを支え、それを手助けしようと各地から駆けつける。純粋・無垢だと思う。

 この状況をどのように理解したらよいのか。南浦和駅事件や東北大震災時に発揮された日本人の助け合い、その行動を「精神」という言い方でまとめるのは、的を外しているとはいわないが適切ではないと思う。精神というより、もっと日本人が持つ内面・奥底にある気持ち、それは「つながり・絆」がそうさせたのではないかと思う。

もともと昔から日本人は祭りと共に生きてきた。それはとりもなおさず神仏と共に生きてきたことになる。つまり、神仏との「つながり・絆」で生きているのが日本人で、それがいざという時、咄嗟に顕現し発現するのでなかろうか。

ウィスタブル牡蠣祭りにはイギリス人が、洲崎神社祭りには日本人が現れている。以上。

投稿者 Master : 08:36 | コメント (0)

2013年09月06日

2013年9月5日 日本は「つなぎ・絆」大国(上)

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年9月5日 日本は「つなぎ・絆」大国(上)

南浦和駅事件

さいたま市のJR南浦和駅で2013年7月22日(月)、乗客の30代女性が電車から降りようとした際、足を踏み外し、右足が電車とホームの間の約10センチの隙間に入ってしまった。ホームにはい上がろうとしたが、左足も落ち、へその辺りまで隙間に入ってしまった。

転落に気づいた客がホームに設置された「列車非常停止ボタン」を押し、駅事務所から駅員が駆けつけ、2人の駅員が女性を引っ張り出そうとしたが、うまくいかず、別の駅員がとっさに車両を両手で押したところ、周囲の乗客や別の駅員も押し始め、その数は約40人に達した。「押しますよ! せーの! 」という駅員のかけ声に合わせて押すと、重さ約32トンの車両が傾き、ホームとの隙間が広がった。2人の駅員が女性を引っ張り上げると、乗客から拍手や歓声がわき起こり、万歳をして喜ぶ人もいた。女性に目立ったけがはなく、駅員や周囲の乗客に「自分の不注意で落ちてしまい、ご迷惑をおかけしました。助けていただきありがとうございました」と深々と頭を下げたという。

昭和電工相談役・大橋光夫氏の見解
 南浦和駅事件へのコメントが2013年8月6日(火)日経新聞夕刊に次のように寄せられた。


 大橋氏の「精神大国」という表現は、何となく大掴みの感がする。もう少し範囲を絞ったワードで定義した方がよいと思うので、イギリスと日本の祭りから検討してみたい。

ウィスタブル牡蠣祭り
 
2013年7月26日(金)、ロンドン・ヒースロー空港から約160km離れたケント州、ロンドンの南東に位置するウィスタブルWhitstableへ車で向かった。約2時間で到着。この街で牡蠣祭りが27日(土)から一週間にわたって開催される。

ウィスタブルはカンタベリー司教区に属している。カンタベリー大聖堂は、イギリス国教会の総本山であり、カンタベリー大聖堂の身廊は素晴らしい。身廊とはキリスト教聖堂内部の、中央の細長い広間の部分で、入口から祭壇(内陣)までの間を意味し、天空に向けて伸びるが如く柱が林立している。14世紀の垂直式ゴシック様式建築である。

このカンタベリーから約8キロ北に位置しているウィスタブルは、「ケントの真珠」とも称されるように、潮風が香る風光明媚な牡蠣の町。

ウィスタブル牡蠣の歴史はローマ時代にまで遡り、ローマ帝国でもネイティブ・オイスター(ヒラガキ)が大人気で、当時はウィスタブルに専用の牡蠣採集施設が作られ、何千というネイティブ・オイスターが、ローマにはるばる運ばれていたと伝えられる。

 このウィスタブルの牡蠣祭り、いつから始まったのか。それを語ってくれたのはDr Clive Askerで、Asker夫妻とロイアル・ネイティブ・オイスターROYAL NATIVE OYSTER STORESと表示された格式ある建物とつながっているWhistable Oyster Fishery Company
のレストランで夕食をとった。Dr Clive Askerは、ウィスタブル牡蠣祭りを企画した人物なのである。

この祭り開始は1985年だが、そのはじまりのきっかけは、ウィスタブルの海では、元々ネイティブ・オイスターを採るだけで、マガキ牡蠣養殖は殆ど行われていなく、マガキの稚貝をフランスに売るのが中心であった。

ところが1982年のこと、この年は大量の稚貝が採れたが、フランスでも同様で輸出が激減、やむを得ず地元で牡蠣養殖する必要が出てきて、祭り企画につながったのだが、その前にイギリスの牡蠣に対する意識変化を話したいという。

18世紀・19世紀のイギリスでは、牡蠣に対する人々の評価は低かった。それにはロンドンにおける水状況が影響している。当時の水はとても汚かった。なぜかというと、18世紀のロンドンでは、下水設備と、井戸水や圧水による上水設備が入り混じっていたので、人口過密地区に住み、公共上水道を頼りにしている貧しい人々は、汚染された水を飲むことになり、下痢・赤痢・腸チフス・コレラなど、口から入るもの、とりわけ飲料水から伝染する病気が多発していた。人々の意識には、水によって健康を害されたという、水へのイメージ悪化、結果として水で育つ牡蠣はよからぬものと評価された。その後の水の改善とともに、ようやく1920年頃から牡蠣に対する認識が正常化して来たという経緯がある。

1982年当時のウィスタブルでは、レストランが一軒しかなく、一般店舗も少なかった。その状況下で開催時期を、夏場の7月にした理由は、セント・ジェームズの日St James's Dayがあり、カンタベリー大聖堂が牡蠣シーズンの終わりに、漁師たちに感謝の意を述べ、子供たちが提灯行列するなどの催しが昔からあったので、それに合わせたのである。

はじめて開催した1985年、商工会議所が頑張ってくれ順調なスタートを切り、翌年はもっとうまく行った。その背景に商工会議所が店に働きかけ、店頭を祭りらしく華やかに飾り、店内も奇麗にした結果、大勢の人が来てくれ、現在のような盛大な催しになった。

 この日の14時45分から開催されたロング・ビーチLong Beachでの開始セレモニーの様子を紹介したい。カンタベリー大聖堂の司祭によるお祈り、市長の挨拶があり、挨拶の内容は牡蠣に感謝するというもので、次に主催者の商工会議所の挨拶、その合間合間に地元の楽団が演奏し、30人くらいの男女、海辺にふさわしいダンスを踊る。何となくアフリカっぽく感じるが、全員常にニコニコ顔で愛嬌をふりまく。

さて、司祭の祈り、市長の挨拶が終ると、沖合から茶色の帆をつけた船が浜辺に到着し、両手の駕籠に牡蠣をいれた三人の漁師が船を降りて、司祭の前まで進み、司祭からから祝福を受ける。開催セレモニーはこれで終わりである。
 
その後は、ロング・ビーチから一般道路に出て、仮装行列パレード行進で、様々な企画によって期間中、街は人で溢れかえるが、実は祭りが始まった1985年は、マーガレット・サッチャー政権下であった。「ゆりかごから墓場まで」によって「英国病」となり、サッチャー政権下で経済立て直しへ大転換、以後、今のイギリスがある。ウィスタブル牡蠣祭りも、このサッチャーイズムを受け入れ、町の繁栄対策として行われた。次号に続く。以上。

投稿者 Master : 08:44 | コメント (0)

2013年08月21日

2013年8月20日 ウォール・ストリート・ジャーナルの関心事(下)

YAMAMOTOレター
環境・文化・経済 山本紀久雄
2013年8月20日 ウォール・ストリート・ジャーナルの関心事(下)

 前号(2013年8月5日)の米国NYウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントン支局のエネルギー・司法担当のエディターによる自宅への取材についての続きである。この人物の日本語は日本人並み。さすがにアメリカの新聞記者の人材層は厚いと感じる。

本当の取材意図は別だろう
 エディターと話をしていて感じたのは、前号で紹介した内容で取材に来たのではない。という疑問を持ったので、率直に尋ねてみた。

 その通りで、実は、記事を書こうと考えた背景には、アメリカの実情が隠されていた。
アメリカでは電力自由化となっている。これは電気料金の引き下げや電気事業における資源配分の効率化を進めることを目的としているが、具体的には

• 誰でも電力供給事業者になることができる(発電の自由化)
• どの供給事業者からでも電力を買えるようにする(小売の自由化)
• 誰でもどこへでも既設の送・配電網を使って電気を送・配電できるようにする(送・配電の自由化)
• 既存の電力会社の発電部門と送電部門を切り離すことで競争的環境を整える(発送電送分離)
• 電力卸売市場の整備
などである。

これらの自由化は電気料金を引き下げ競争となるが、それには二つの方法を採る。

• 従来の独占体制下で行われていた総括原価主義によって、無駄なコストを料金に上乗せすることはできなくなる反面、コストを引き下げた企業はその分利潤を増大することができる。このため発電コストを下げる努力を鋭意することになる。
• 電力料金が需給のバランスで決めるので、夏のピーク時間帯の電力料金は高くなる。今まではピーク時間帯の需要に備えて、過大な送電や発電の設備がつくられてきたが、ピーク時を高い電力料金にすることによって、この時間帯の需要量が抑えられると、これまでのような過大な施設は不用になり、結果として設備投資減から、コストが下がり、返ってピーク時以外の時間帯の電力料金は大幅に引き下げられことから、この電力供給企業は需要増になり利益増となる。

 このように個々の電力企業の行動で利益額が変化していくが、ここに今後急増していく太陽光発電での買い取りがどのような影響を与えるのか。

この検討には、日本と違うアメリカ企業の実情がある。アメリカの企業は、常に格付け機関によって企業評価を受け、それによって銀行からの借り入れコストが変わる。また、アメリカでは株主の発言力が強く、常に株主の意向を忖度する必要がある。

つまり、急増する太陽光発電を、電力企業が買い取りすると、格付け機関と株主がそれをどのように評価し判断をするのか、そこを論点として記事を書いてみたいと思っているのだと発言する。

 一例を挙げると、規模が小さい電力企業の場合、供給量の買い取り増加で、配電量と配電先が増加すると、送電線のなどの設備投資を増やさざるを得ない。

加えて、アメリカでは結構停電が多い。その理由は強風で樹木が電線に倒れ、それによって通電ができなくなるという事態で、これを改善しようとすると、更に設備投資がかさむ。

つまり、送電線の強化を図ると投資が増え利益が減り、企業格付けランクが下がり、株主から追及される可能性もある上に、ドイツのように環境破壊という理由で設置地区から反発を受けることも予測される。

という様々な背景があるので、そのところと日本実態を勘案して記事を書き、次にデスクと相談し、どのような編集にするか。そのところを今考えているとの発言。

これにはウォール・ストリート・ジャーナル社が、ルパート・マードックによって買収されたことが絡んでいる。自分は署名記事を書くのだから自己主張をしたいが、経営トップが共和党であり、保守主義的であるから、なかなか自分の主張や筋を通すのが難しい面があるという発言もあって、アメリカの新聞の背面実態を知るよい機会であり、これらを分かった上で、今後、NYタイムスやウォール・ストリート・ジャーナルの記事を読み解くことが必要だと思った次第。

なお、従軍慰安婦問題は、アメリカでは特定の人しか関心を示していないので、日本側は正面から立ち向かわない方がよいのではないかと、先日の昼食会で佐々江大使に申し上げたとも発言。

さらに、原発の再稼働について、当方の見解を求められ、家内にも直接問いかけていたが、これについては主題でないので割愛する。

最後に
 東日本大震災後、電力各社は行政の認可が必要な家庭向けに加え、企業向けや燃料費の上昇を自動的に反映する制度で、料金を順次上げている。

その家庭用電気代は、8月1日に北海道、東北、四国の3電力の値上げ幅が決定され、標準家庭の月額で見た利用金は2013年9月から次のように値上げされる。

 この値上げによる負担増は全体で2兆円(日本経済新聞社試算)を超すという。消費税に先駆けて、既に国民は負担が増えているのであって、この解決策は自ら発電するしかない。

 勿論、太陽光+エネフアーム=ダブル発電のシステムを自宅に導入するには、それなりの設備とお金がかかるが、太陽光発電による売電で、毎月、結構な金額が入金になる実態を経験してみると、値上げに対する反発気分はあるものの、助かったという気持ちも正直ある。

 それと、火力や原子力発電の場合、一次エネルギーの63%が利用されずに排熱されるということで、家庭に届くのは結果的に37%にしか過ぎなくロスが大きい。

 これに対し、エネファームは家庭に設置するので、送電ロスはゼロとなって、エネルギー利用効率は81%と高いので、国家全体の効率化に寄与していることになる。 これらを考えるとエネファームを導入してよかったと思っている次第である。

 だが、「再生可能エネルギーの電源構成が20%に近づくと様々な問題が表面化する」(日経新聞2013.7.29)という指摘もあるので、続けて関心を持って行きたい。以上。

投稿者 Master : 05:55 | コメント (0)

2013年08月05日

2013年8月5日 ウォール・ストリート・ジャーナルの関心事(上)

YAMAMOTOレター
環境・文化・経済 山本紀久雄
2013年8月5日 ウォール・ストリート・ジャーナルの関心事(上)

ウォール・ストリート・ジャーナルから取材

7月21日(日)、米国NYウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントン支局のエネルギー・司法担当のエディターが自宅に取材に来た。彼の日本語は日本人並みである。

 ウォール・ストリート・ジャーナルとは、NYで発行される国際的な影響力を持つ日刊新聞で1889年創刊。その間にピューリッツァー賞を26回受賞し、創業者による編集不干渉の方針が1世紀貫かれてきたが、ルパート・マードックによる2007年の買収により、それまでの分析記事基調の誌面から大衆誌へと変化してきて、2009年から発行部数が米国首位に返り咲いている。保守系・共和党系寄り。

取材までの経緯

エディターとは、事前にメールで日程調整はしたが、どうして日本の個人家庭へ取材をするのかについては、詳しく連絡がなかったので、実際に会い、その背景を聞き、更にビックリした。

それは自宅北道路側に設置した下写真のエネフアーム、この高さ1.8m、幅1.1m、奥行き0.5mの物体が世界にはなく、日本だけに存在しているという事実を、ワシントンから来たエディターから聞くまで知らず、それほどの価値があるものとも認識していなかったから。

では何故に、ウォール・ストリート・ジャーナル紙ワシントン支局のエディターが自宅に取材に来たのか。他にもっと著名な家もあるし、立派な高級住宅もあるだろうから、当家に来るのは何か理由があるのだと、これを読まれている方は疑問を持たれずはず。

その通りで、お話すれば簡単なこと。実は知人のウォール・ストリート・ジャーナル紙東京支局長夫妻が、先般、娘さんを連れて、建て替え後の当家を見たいと来た際、家の中を案内し、当然に屋根上の太陽光+エネフアーム=ダブル発電、このシステムを説明済みであったので、東京支局長がワシントン支局に当家を推薦したのである。

だが、その時の東京支局長は「ああ、そういうシステムですか」という程度の反応しかなかったので、ワシントン支局から取材依頼のメールがあった時は大変驚いたわけ。

しかし、こちらはエネフアームの仕組みには詳しくない。というのも当家を工事した住宅メーカー、日本で一流といわれている会社であるが、詳しい実践的解説が少なく、概念的な説明を受け設置したので、取材で質問されても答えられない。

そこで、東京ガスの「エネフアーム使用説明担当」に来宅を依頼し、改めて懇切丁寧で分かりやすい説明を受け、ようやく「なるほど」と理解したのである。

次に必要なものは、多分、省エネの実態だろうと考え、昨年と今年の電気とガス料金を比較し、東京電力から入金になっている太陽光発電額も調べウォール・ストリート・ジャーナルを迎えたわけである。

日本でのエネファーム導入経緯

エネファームの日本での導入経緯を調べてみた。

現在、「究極のエコカー」と呼ばれる燃料電池車の量産時代に向かって、日米独自動車メーカーが鎬を削る競争をしているが、この燃料電池原理は1801年に英国で発見されたもの。

エネファームはこの燃料電池原理に基づき、自動車に先駆け、日本が世界で最初に一般商品化したもの。2002年小泉首相(当時)が「燃料電池は水素利用の時代を開く鍵」と施政方針演説を行い、2005年に首相新公邸にエネフアーム一号機が設置され、2009年から「民生用燃料電池導入支援事業」がスタートし、市場導入が開始。

既に43,000台(昨年12月現在)が稼働しており順調に拡大していて、東京ガスは2013年6月11日発表で、累計販売台数2万台を達成したという。エネファームの累計販売台数が2万台に達したのは東京ガスが初めて。

取材の意図

都内のホテルに宿泊しているというので、昼食を招待するから12時に最寄りの駅まで来るよう伝え、車で出迎え、家内がつくったサラダとから揚げ、天ざるそばを食べながら取材を受けた。

① 取材目的の第一
アメリカでの太陽光発電は、2011年の新規導入量は前年比76%増、2012年の新規導入量は世界全体の11%を占め、ここ数年で初めて10%を超えているように盛んである。

ところが、世界全体では2012年は前年比でわずか2%増にとどまっている。その最大の理由は欧州が23%減となったこと。アメリカや中国、日本が伸びる以上に欧州が沈み、このまま推移すれば、2013年の世界全体では11%減ると見込まれているという。

この背景には、欧州が高い買い取り価格を、電気料金に含まれる賦課金などの形で利用者に負担させるので、産業界からは「国際競争力を脅かす」と批判が相次ぎ、一般家庭からも料金値上げに不満の声が出ている。

アメリカではまだ欧州のようにはなっていないが、潜在的な問題としていずれ発生するのではないか。その点、日本ではどういう状況なのかを調べたい。これが第一の取材目的である。

② 取材目的の第二
これは2013年6月7日の日経新聞記事にエディターが関心を持ったこと。

記事は次のように、積水ハウスがゼロエネルギー住宅「グリーンファーストゼロ」の売上が好調で利益増というもの。

この記事の中の「ゼロエネルギー住宅」とは何か、ということに関心を持ち、積水ハウスの本社がある大阪へ行き、取締役本部長と面談しているうちに、初めてエネフアームの存在を知り、大阪ガス作成のパンフレットを入手、本社から紹介された川崎の積水ハウス住宅に訪問した。

この訪問時には神奈川支社の支店長と部長・担当者が同席していた。その翌日に当家に来て、家族だけの取材対応であったので、少し意外な顔していたが、帰りには「その方がいろいろザックバランな話でよかった」とのこと。

このエディター、ワシントン支局であるから、オバマ大統領を訪ねる各国首脳と接する機会もあり、安倍首相がワシントンに来た際に質問したことがあるように、世界の情報を一応持っていると自負している人物であって、日本の外交官などにも会う機会があり、先日も佐々江日本大使と昼食を一緒にしたが、エネフアームが話題なったことはないという。

燃料電池車と同じ原理を活用したエネフアームが、既に一般化商品として日本で普及している事実をエディターは知らなかったわけで、日本人は何故にこのようなシステムを世界にPRしないのか。そこが分からないと何回も発言する。

この発言に同意したい。世界に先駆けて日本が開発普及させたものを、世界に売り込み普及させていくことが必要だと思う。

安倍首相の外国訪問に多くの住宅メーカー社長が同行しているので、海外で売り込み機会は多々あるはず。住宅メーカー・関係業界の問題だ。次号に続く。以上。

投稿者 Master : 08:50 | コメント (0)

2013年07月21日

2013年7月20日 やはり日本は日本的で行くべきだろう(下)

YAMAMOTO・レター
環境・文化・経済 山本紀久雄
2013年7月20日 やはり日本は日本的で行くべきだろう(下)

ユングフラウヨッホ

パリに入る前はスイスのユングフラウヨッホ観光であった。
ユングフラウ(独:Jungfrau)とは 「乙女」「処女」の意で4,158 mの山。スイス・ベルン州のベルナー・オーバーラント地方にあるアルプス山脈のユングフラウ山地の最高峰である。

この山の3,454m地帯にユングフラウヨッホ駅が造られている。ヨッホとは山のピークとピークの間の鞍部を意味するが、ヨーロッパで最も高い位置にある鉄道駅で、ユングフラウ鉄道のラック式鉄道(Rack Railway歯軌条鉄道)、2本のレールの中央に歯型のレールを敷設し、車両の床下に設置された歯車とかみ合わせることで、急勾配を登り下りするための推進力と制動力の補助する鉄道であるが、これで三大北壁のひとつアイガー北壁の中をくり抜いたトンネル内を走り、途中、二度停車する。
最初はアイガー北壁の裏にある高さ1m幅8mほどの展望用の窓のところで停車。次は、西に向きを変えユングフラウヨッホに着く前に停車する。
二度停車時間を含めてユングフラウヨッホに50分ほどで着く。全長は9.3km、勾配は最大で250‰、1896年(明治29年)着工、1912年(大正元年)完成。16年間かかっている。完成はちょうど今から100年前に当り、それを記念して訪問者に「乗車記念パスポート」を各国語でつくり配布している。矢印がユングフラウヨッホ。


 
その中に詳しく開発までの経緯が書かれている。着工の明治29年当時の日本は、前年に日清戦争に勝利し、京都に初の市街電車が開通した年であったが、果たしてこの当時の日本で、外国人観光客を誘致しようという政策が存在したか。疑問である。

日本で外国人が旅行免許状なしで国内旅行ができるようになったのは、不平等条約の撤廃実施が施行された1899年(明治32年)であるから、明治政府にとっては今の観光立国などというネーミングは毛頭考えられないものだったろう。

    (ユングフラウ山)       

 (ユングフラウヨッホの観光客)

だがしかし、同時代に、ここスイスでは観光政策としてアルプスにトンネル工事を始めているのである。近代国家建設途次の日本と、既に文明国としてのスイスとの差は大きい。

当時、産業界で名を知られていたアドルフ・グイヤー・ツェラーが、ユングフラウ山の麓でハイキングをしていた時、アイガーの山中にトンネルを掘り、ユングフラウの頂上まで登山鉄道を走らせるという斬新な、正にイノベーション的発想を持ち、その構想を地元住民に発表すると、将来の観光需要に夢ふくらませ、こぞってこの計画に賛成したのである。

工事は当然に難航を極め、爆発事故で6名の犠牲者、工夫の賃上げ要求ストライキ、資金難のため2年間の工事中断、建設費用が計画比二倍になる等、様々な困難を乗り越えて完成させた結果、今では世界各国から毎年70万人を超える観光客が訪れ、山頂への訪問者の数を毎日最高5000人に制限するというスイス観光のハイライトになっている。

 スイスには2008年に840万人の観光客が訪れている。この人数を少ないと感じる人が多いと思うが、実は、スイスは昔から物価高であり、その上、ユーロ経済不振でスイスフランが強くなりすぎ、近隣のヨーロッパからの観光客が激減している中で、ユングフラウヨッホには、鉄道への乗車制限をするほど押し寄せている。

 その源となるダイナミックな構想を抱き立ちあげたのは、日本では観光立国なんて考えられなかった時代であるという事実を考えると、やはり、日本人はイノベーション力では敵わないと思わざるを得なく、この面で欧米諸国と対抗するのは得策でないだろう。

日本の魅力は「一般社会システム」が優れていること

 ルーブル美術館、ユングフラウヨッホの事例から考え、規模とダイナミックという視点で振り返り、日本の魅力・特長を顧みれば、やはり「一般社会システム」が優れていることだと感じる。

 そのことを東京都の猪瀬知事が表明している。2020年夏季五輪開催会議、5月30日のロシア・サンクトペテルブルグでの招致プレゼンテーションで、東京の治安の良さについて、「財布を落としても現金が入ったまま戻ってくる」と話すと、会議場内から笑いが起きたと報道されている。

 この「会議場内からの笑い」、それは「おかしい」とか「面白い」というような笑いでなく、多分、「驚きのざわめき・どよめき」であったと推察する。

 世界中のどの国で、財布を落として現金が戻ってくるだろうか。皆無でないかと思う。パリに入る前、同行した添乗員女性が懇懇と繰り返し注意を続けたのは、「スリに用心しろ」「バックは身体の前に」「大事なものは肌身に」「特に人混みで写真撮るときが危ない」とルーブル美術館を例えにしつこく何回も言う。

 確かに華の都パリは、プロのスリのたまり場であり、稼ぎ場であるのは間違いなく、スリに出あい、スリから身を守るのも、観光の一部だと割り切らねばならないほど。

 それに対し日本は全く異なる治安状態を維持している。列車は正確なダイヤであり、車内でのスリの発生は稀、交通事故死(2012年)は4411人で、前年より201人(4.4%)減り、12年連続減少、過去最悪だった1970年の16,765人に比べ、4分の1近くまで減っている。

日本の四輪車台数(2011年)は75,512,887台であり、人口は12,700万人という実態から考え、交通事故死数は信じられない安全さを示している。以下の図からも明らかである。

やはり、日本の魅力は「一般社会システム」が優れている事。このPRが重要。以上。

投稿者 Master : 07:14 | コメント (0)

2013年07月06日

2013年7月5日 やはり日本は日本的で行くべきだろう(上)

YAMAMOTO・レター
環境・文化・経済 山本紀久雄
2013年7月5日 やはり日本は日本的で行くべきだろう(上)

今月もTGVに乗って

パリからブリッセルへTGVで行った経緯は、既にお伝えした通り混乱して大問題だったが、今月もジュネーブからパリまで直通のTGVを利用した。
今度はどうなるか。何かトラブルが発生するのではないか。というような期待ともいえる問題意識がもたげてくるのは、ブリッセル線での体験からやむを得ない。
ところで、ジュネーブはスイス。スイスはEUに加盟していないので、TGVに乗車するにはスイスから出国するための検査を受けなければならない。

ところで、ジュネーブはスイス。スイスはEUに加盟していないので、TGVに乗車するにはスイスから出国するための検査を受けなければならない。

ジュネーブ駅の狭い通路、ここが出国検査ルート。ここに乗客が大勢立ち並び、出発時間15分前になるとぞろぞろとホームに向かった。

ここまでは問題なし。今回は二等の座席指定に座った。発車前にトイレに行こうと思い、入口右側にあるトイレ方向を見ると「使用中」という赤表示となっている。

発車したあと、何回か振り向くが、一向に赤表示は消えない。仕方ないので隣の車両に行くが、ここも赤表示、次の車両はどうかと行ってみると、ここも赤表示、とうとう4両先の軽食販売車両のトイレを利用することになった。

戻る途中に自席車両のトイレを見ると、依然として赤表示である。ちょうどそこへ女性車掌が乗車券検査に来たので、指さして「あのトイレは使用不能か」と尋ねると、ウィと頷く。車掌は分かっている。だが、修理をしないのだ。全く困ったシステムだと思う。TGVの恥ではないかと思うが、車掌の顔からは「何も問題なし」という表情が窺える。

なお、TGVの名誉のために補足するが、車掌が頷いた以外の車両トイレについては確認していないので、使用不能ではなく、間違いなく「使用中」であると推測している。

パリに着き、時計を見ると17分遅れ。この程度の遅れはフランスでは問題ないのだろう。さて、重いバックを持ち、車両から出ようと扉方向に歩いて行くと、何と、扉の前に二段の段差があるではないか。入るときは気づかなかったほどの高さであるが、バックを持っている身としては結構厳しい段差である。それと扉の前に段差があるのは危険ではないかと思うが、これが文化・芸術を愛するフランス式かもしれないと諦めて、よいしょ、とバックを持ちあげてホームに出た。

フランス料理の凋落

この日の夕食はフランス料理で、久し振りに前菜でエスカルゴを食べたが、このところのフランス料理は、かつての栄光を失っているような気がしてならない。

毎年5月に「サンペレグリノ世界ベストレストラン50」のランキングが発表される。ランキングは世界の26地区、36人の委員(料理評論家・料理人等で構成)による投票で決定される。

2013年の一位はエル・セジュール・カン・ロカ(スペイン)で、二位は3年連続トップを確保していたノマ(デンマーク)、このNOMAについては先般行ってきたのでいずれお伝えしたいと思っているが、三位はオステリア・フランチェスカーナ(イタリア)。フランス勢は辛うじて十六位にラルページュと、十八位にル・シャトーブリアンが入ったのみ。

因みに、日本のNARISAWA(南青山)が二十位で、アジア勢としては一位である。

このランキングのみでフランス料理が凋落したとは言いきれないが、20年以上前なら確実にこのランキングの過半数はフランス勢で占められていたと思う。当時は今よりフランスへ足繁く通っていたので、20年前の実態は熟知しているが、当時はフランスが料理業界で絶対的なステイタスを持っていた。

しかし、今の現実は上述のランキングが示す通りなのである。何がそうさせたのか。いずれ分析してみたいが、様々なフランスの指標実態を見る限り、これは料理だけの問題でないように感じる。

フランス経済

例えばフランス経済、アメリカ調査機関ピュー・リサーチ・センターが今春実施した欧州世論調査、この中で「向こう12カ月間に自国の経済はどうなるか」という問いにフランス人は、
改善する⇒11% 変わらない⇒28%  悪化する⇒61% 
と自国を悪く見ている国民が多い。先日、支持率低迷のオランド首相が来日し「ユーロ圏の経済危機は過去のもの」と強調したが、フランス国民の多くは経済の先行きに悲観的なのである。

その上、富裕層に対する高額課税と雇用や税金にまつわる手続きが煩雑で、この行政の煩わしさは金持ちならずとも多くのフランス人から聞いているが、大問題は企業経営者の国外流出が続いていることだろう。フランスといえば、ひと昔は世界中から憧れの的の国だったのに、随分イメージが変わったと、このところつくづく感じている。

ルーブル美術館

 今回のヨーロッパは、いつも留守番させているお詫びを兼ねた家族観光旅行で、パリには詳しいので、市内を散策し、ルーブル美術館にも久し振りに訪れてみた。

ご存じのとおり、ルーブル美術館は、かつての王宮が市民に開放され、今や世界最大の美の殿堂に生まれ変わって、中世から近代の目を見張るヨーロッパ絵画のコレクションが一堂に見られるので、いつも大人気の美術館である。だが、今日は異常ではないかと思われ程、世界中からの観光客が溢れ、館内は通勤時間帯の新宿駅ホーム並みであり、入場制限をしないといけないのではと思うほど。

 あまりに混んでいるので、最初からつぶさに見ようとしたら一日では終わらず、一週間は要するので、とにかく超有名な絵画彫刻「ミロのヴィーナス」「モナ・リザ」「ナポレオンの戴冠式」を見て出ることにした。

「モナ・リザ」「ナポレオンの戴冠式」は、人が溢れかえっていて、とにかく至近距離にはどうしても行けない。やむを得ず、大勢の頭越しにズームインで撮影したが、当然にピンボケしやすくなる。これが観光客の頭と手が写っている下の見苦しい写真である。

      
 しかし、「ミロのヴィーナス」については、階段の上方に位置展示されているので、辛うじて通常の写真が撮れると思ったが、ここも真正面には大勢の人で写真撮れず、やむを得ないので背後から撮影したら、左肩が欠けていることが判明した。

だが、この写真を撮り終えて、はたと納得・得心した次第。

フランスはすごい。これはすごいことだと。

先ほど来、フランスが落ちぶれたと貶してきたが、とんでもないことだ。
ルーブル美術館に匹敵する存在が日本にあるのか。絶無だ。ルーブル美術館所蔵の一点でもあれば、それだけで大変な人気となるレベルが日本だろう。それに対し、ここルーブルは逸品ぞろいで、想像できない程の美術品を所蔵しているのだ。

フランスの観光底力 

フランスには年間8,300万人もの観光客が訪れ、ある機関の推定によると、ルーブル美術館には観光客全体の約8%が入館するという。この推定で計算すると8,300万人×8%=660万人となる。一方、日本には年間840万人、十分の一である上に、ルーブルの660万人は日本全体観光客の八割にも及び、ひとつの美術館で占めている。

いかに大勢の人がルーブルに入館するのかが分かり、これではラッシュアワー状態になるはずと思い、フランスの観光底力にとても敵わないと思う。次号でスイスについても検討する。以上。

投稿者 Master : 12:35 | コメント (0)

2013年06月19日

日本の魅力は「一般社会システム」が優れていること(下)

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年6月20日 日本の魅力は「一般社会システム」が優れていること(下)

フランスTGVに乗車して

5月の半ば、羽田からシャルル・ド・ゴール空港に朝着き、そこから列車でベルギーのブリュッセル南駅Gare de Bruxelles-MidiまでTGVで行くことにした。
 
バックを持って高速列車はこちらへという表示に従ってエスカレーターを上り、下がり、ようやく大きな列車表示板の見えるところに着き、その裏側が出発案内となっているので、ブリュッセル南駅行き8:07発を探すが表示されていない。

そこでさらにホーム側のフロアに行くと、そこでようやくTGV専用の電光掲示板に出合い、ここにブリッセル南駅行きと書いてあり、ホーム表示は発車15分前に出すとも書いてある。大分待ってようやく5番ホームと分かる。

ホームに降りるにはエスカレーターの前に立つと、一人の黒人が大型バックを二つ持ち、肩にカバンを掛けている。見ているとひとつのバックをエスカレーターの足元に乗せ、もうひとつを手に持ち、スタートした途端、先のバックが倒れ、急速に音を立て滑り落ちていく。
危ない。ホームにいる人にぶつかってしまうと思ったら、ずり落ちていく激しい音が大きかったので、ホーム上に立っていた人々が一斉に逃げ、避けることができたが、危険なことで、日本では考えられないバックに対する扱い方だ。

ホームに着いて、羽田空港JALカウンターで発行されたAF7181と表示された列車乗車券、それをエアフランスAFの看板表示板をもって立っている若い男に見せると、そこにいるTGV係員に尋ねろと言うので聞くと、TGV係員はAFの係員に聞けと言う。

どうなっているのか、と困っていると、向こうから女性二人、AFの制服姿が歩いてきたので列車乗車券を見せると、手元のリストで筆者の名前を確認し、TGVの一等指定乗車券を渡してくれる。この乗車券に列車番号はどこに書いてあるかと見ていると、再び先ほどのAF制服女性が走ってきて、これと交換だと別の乗車券を差出し、先ほどの乗車券をスリのようにサッと持ち去る。差し替えられた乗車券は3号車で26シートである。

しばらく待つとようやく列車が入って来たが、乗車券に搭乗時刻は7;47と表示されているのに、既に10分遅れている。その時、ホームと列車入り口が平行だと気付く。ヨーロッパでは初めてだ。改善したなと思いつつ、大勢が大きな荷物持って争って乗車するなか、専用置き場にバックを置くことができ、ようやく指定席に座る。

ホッとした途端、列車到着が遅れたのに8:07の定刻に走りだす。郊外は黄色い花が一面に咲く田園風景。奇麗だなぁと見とれていると、突然、途中の駅に止まる。これはブリュッセル南駅まで直通のはずだ。途中駅で乗り換えするはずがない。

何かアナウンスがあり、こういう場合全てフランス語で行われるが、乗客全員がざわざわと立ち、バック持って降り出す。そこで前座席の黒人に聞くとチェンジだという。えっ・・・。終点のブリッセルまでこのTGVは行かないのかと聞くと「そうだ」と頷く。

訳が分からないが全員が降りるので、一緒に降りて、降りた44ホームに立つと、表示板に発車時間が表示される。見ると9:07ブリッセル南駅Bruxlles Midi行きとある。既に時間は9:20である。隣にいるベルギー人夫婦に聞くと「フランスに10日間バカンスに行って帰るところだが、行きのTGVでブリッセルからパリに入るのに、ずっと遠くを大回りしてようやくたどり着いたように、このような事例は普通に起きることだ」という。間違いなくブリッセルに着くのかと聞くと「大丈夫だ」とウィンクする。

しばらく待っていると44ホームに停まっていたパリ北駅行きがスタートした後、空車の列車が入って来た。突然、ベルギー人夫婦が向こうに走り出す。自分も慌ててついていく。到着した車両の前で争って乗客が荷物をもって入るが、この列車の入り口はいつものヨーロッパスタイルで、ホームより二段ほど高くなっているからバックを持ちあげるのが大変。ようやく引き上げて車内に入るとバック置き場は既に一杯。そこで空いている座席に座り、バックは通路におくと、すぐに発車である。心配なので隣席の男性に尋ねると「問題なくブリッセルに着く」という。郊外を見ていると少し眠くなる。ここで寝てしまうと危ない。我慢していると10:02にブリッセルに到着した。9:42到着予定が20分遅れであるが、ようやく何とか着いたという感じになる。

こういう経験をすると、当然ながらフランスTGVへの信頼感はなくなる。それもしばしばあるということであるから、列車管理はどうなっているのか。事故へ結びつくような気がしてならない。安全対策が不十分で心配だ。

 宇野常寛氏が「この街のファンづくりに徹すれば、人口が少なくても生き残れる街になる」という主張、その通りと思うが、フランスで経験したTGVの実態は宇野常寛氏の提案とは逆事例で、フランスでTGVを利用しようとする観光客は少なくなっていくだろう。

その点、日本はTGVのような事例が発生することはまずない。素晴らしい列車システムを持っているので、とにかく一回でも日本に来させて新幹線を体験してもらえば、日本のファン化につながり観光客が増え、日本の「人口減対策」として有効な対策になる。

ドイツの実態 

 ブリッセルから各地を回ってドイツに入ったが、ここで昨年日本に旅行したという若い女性と話す機会があった。

 日本の何が一番よかったか、と尋ねると「新幹線の列車が決められたところに停まるのでビックリした」という。日本では当たり前だが、これはドイツでは考えられないことなのである。

 フランクフルト国際空港駅からICEインターシティエクスプレスに何回も乗車しているが、毎回、ホームに表示されている停車位置には困惑させられる。指定席の列車番号がホーム上の表示板にアルファベットで掲載されているので、その指定された停車表示のところで待つが、大体違うところに停車する。それも結構離れて停まる。したがって、大型パックを持ってホーム上を走ることになる。

これがドイツの工業技術を結集して、東西ドイツ統合後の1991年に颯爽とデビューした高速列車ICEの運行実態である。

しかし、ドイツ人はこれをあまり気にしない。列車が到着すると、ホーム上を客が右左走り回るのが常識である。停車位置なぞ関係ないように思っているのかもしれないし、この状況が世界で普通だと考えているのかもしれない。

だから、日本に旅行して新幹線ホームで指定券に示された車両位置扉の前に立っていると、誤差が殆どなくピタッと停まるので眼を丸くすることになる。

日本ではピタッと指定場所に停車でき、EU世界で経済の一人勝ちのドイツでも出来ていない。この要因を語り出すと長くなるので止めるが、この事実は日本に来ないとわからないから、日本では普通のことが、ドイツでは実現していないことの不可解さに気づかず、結果として日本の素晴らしさが日常の社会システムに存在することにつながらない。

このような交通システムに関わる日本と世界の常識違いは、日本以外の殆どの国でいえることだろう。それだけ日本は素晴らしい交通システムを保持しているのだ。

アベノミクスを機会に日本の社会システムをPRすることだ

 世界がアベノミクスに関心を持ち、為替が円高修正というタイミングに、日本の社会システムが素晴らしいことをPRしたい。特に新幹線の素晴らしさ、それを実態通り正しく伝えることができれば、それを体験したいという観光客も増えるだろうし、世界各国が計画している鉄道市場への強力な輸出武器にもなるだろう。 

経済産業省によれば、2007年に約16兆円だった世界の鉄道市場は、2020年には22兆円まで拡大する見通しであるから、ハードとしての車両だけでなく、運行管理や保守を含めたシステム提案を行っていけば、日本の輸出への貢献度は大きい。

 特に、新幹線は素晴らしいシステムなので、とにかく一回でも東京発の新幹線を体験させれば、日本へのファン化につながり、東京以外の場所である「地方の活性化」に結びつき、観光客増加は日本全体の「人口減」につながる。今は円安状態が続いているから絶好のチャンス到来である。アベノミクスによって20年間のデフレから脱却し、世界から「日本化」と揶揄されている実態から抜け出し、加えて、日本へのファン化を図って「地方の活性化」と「人口減」対策へとつなげたい。

2013年を日本が過去から脱却し未来に向かうチャンスの年にしたく願っている。以上。

投稿者 Master : 05:14 | コメント (0)

2013年06月06日

日本の魅力は「一般社会システム」が優れていること(上)

YAMAMOTOレター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年6月5日 日本の魅力は「一般社会システム」が優れていること(上)

白から黒へ

「白から黒へ」とは、勿論、日本銀行が白川方明元総裁から黒田東彦現総裁に代わったことを意味しているが、その結果、日本経済の変化は著しい。
今までの日本は20年間デフレに喘ぎ、低成長に甘んじていたが、インフレ目標を2%と掲げ、異次元の金融政策を黒田総裁率いる日銀が実施し、安倍政権によって機動的な財政政策を開始し始め、さらに、これからの成長政策への期待もあって、為替は円高修正、株価も回復してきて、企業も個人投資家も息を吹き返しつつある。

だが、この変化、まだ社会一般につながっていはいない。それはそうだろう。安倍首相が就任してまだ7カ月、20年も喘いで、世界から「日本化」と揶揄されていた状態から一気には変わらないのは当然であろう。時間が必要であることを我々は理解し受け入れないといけない。
と同時に、アベノミクスを継続強化・成功させたとしても、まだ残るだろう「地方の活性化」と日本全体の「人口減」問題、それへの対策を考えなければいけない。

観光客は東京に集中

5月22日、東京スカイツリーが一周年を迎えた。展望台への入場者数は638万人で、商業施設を含めたスカイツリータウンの来場者は5080万人に達したという。
当初、事業主の東武鉄道が公表した年間来場者数見込みは3200万人で、これは東京ディズニーリゾートの年間来場者数2500万人を上回って、大阪万博(6カ月間開催)の総入場者数6421万人には及ばないが、2005年の名古屋万博(6カ月間開催)の2204万人を超えていたが、この当初見込みを1.6倍も上回っている。

ということは日本人観光客だけでなく、634メートルという高さとともに、海外でも話題になって、円高修正とともにスカイツリーに観光客が押し寄せ、その影響で東京各地の観光地にも客が増え、結果として東京地区の一人勝ちといえる現状となっている。

地方の立場から考えれば、東京の一人勝ちに対して何らかの対策を講じないと、この東京集中傾向はさらに進むことになるだろう。

そのひとつはソラマチに進出することだ

 ソラマチの4階に行くと、ソフトクリーム専門店がある。店の名は「東毛酪農63℃」。東毛とは群馬県の東部を表すが、東毛の太田市を中心にした酪農家約30軒が加盟する東毛酪農業協同組合が、広告企業と組んで東京に初めて出した店である。スカイツリーのある墨田区と東毛は、東武伊勢崎線でつながっている縁もある。

 店の名前についている63℃とは、牛乳をセ氏63度で30分間殺菌する手法を意味している。この方法は欧米では普通だが、日本では高温殺菌が主流のため少ない。だが「たんぱく質の熱変性が少ないため、臭みが少なく、自然な味がする」と普及活動をしていて、ソフトクリームだけでなく「牛乳も知ってもらいたい」と名づけた。そのソフトクリームの売り上げは予測よりも25%多い50万本と上上である。

 ソラマチには他にも今治タオルなど地方を売り物にする店があるように、東京に続々できる商業施設が個性を出すため地方企業を誘致している。地方企業にとっては、東京で「地方ブランド」を磨く好機ととらえ、東京と張り合うのではなく、東京を利用・活用する戦略が大事だといえ、その一例がソラマチの「東毛酪農63℃」である。

もうひとつはマスコミの力を借りて集客を増やすことだ

昨年9月、兵庫県朝来市和田山のホテルに宿泊しようと、チェックインすると本日は満室で、このところ連日団体客が入り満室が続いているとフロント女性が発言した。

どうして観光客が来て満室なのか。それは直ぐに分かった。JR山陰本線和田山駅にも、ホテルロビーにも竹田城址のポスターが貼ってあるからである。竹田城址への観光客が急増しているのである。
急増化した背景は、高倉健主演の映画「あなたへ」で竹田城址が登場した結果である。亡くなった妻から「故郷の長崎県平戸の海へ散骨して下さい」という絵葉書での遺言と、その妻の真意を知るため、旅に出る男の話だが、その旅の途中で竹田城址に立ち寄るのである。
 
竹田城址は、標高353.7メートルの山頂に位置し、豪壮な石積みの城郭で、南北400メートル、東西100メートルにおよび、完存する石垣遺構としては全国屈指のもの。

この竹田城址周辺では秋から冬にかけてのよく晴れた早朝に朝霧が発生し、雲海に包まれた竹田城跡は、まさに天空に浮かぶ城を思わせ、この幻想的な風景が「あなたへ」で巧みな映像と共に紹介され、それを一目見ようとたくさんの人々が訪れるようになったのである。

実は、この城址は以前から但馬地方では知られていたところだが、全国的にはそれほど有名でなく「あなたへ」のヒットで脚光を浴び、ホテルが満室状態という結果にしたのであるが、これはNHK大河ドラマや朝ドラ舞台として取り上げられたところは、同様に観光客急増となるから、マスコミ対策も必要であろう。

本命は自分らしさを追求することだ

 しかし、以上の対策をできない地方の方が絶対的に多いのが現実だ。

これに参考になるのが、宇野常寛氏「新時代を読む」(毎日新聞5月15日)で、宮崎県高千穂町の町おこしについて面白い提案をしている。

 「僕が提案したのは一言で言うと『街が栄える』とは何か、を問い直すべきだということだ。他の多くの地方都市がそうであるように、高千穂町は産業の衰退と人口減少に直面している。しかし、高千穂町『らしさ』を確保し、発展させていくために必要な人口はいったい何人だろうか。私見では、それは数千人以内に収まるはずだ。棚田と森林を維持し、神社と伝統芸術を守り、観光客にサービスを提供する人間さえいれば、高千穂は高千穂でいられるのだ」

 「僕の考えでは、これから高千穂に住むのは、こうした高千穂らしさを保持していくために必要な人と、高千穂でなければ生きていけない人々だけでいい。そしてたとえ人口が1000人でも、街の外に、世界中に10万人ファンがいればそれでこの街はたぶん成り立っていくはずなのだ。それが、ほんとうの意味で『街が栄える』ということだと僕は思う」

 「地方が生き残るとはその街の個性、つまり自然や文化が生き残ることであって、決して不相応な人口を養うことでない。たとえば高千穂のような観光の街の場合は、1万人の人口を維持することよりも、人口1000人で10万人のファンがいる街を目指すことのほうが、ほんとうの意味で地方の町が『生き残る』ことなのではないだろうか」

 街に来た人をファン化し続ければ、その街に住む人が減って行っても、街そのものは生き続けるというのである。その通りと思うとともに、これは日本の「人口減」への打開策に通じるものだろう。

世界に冠たる日本の列車システム

 日本の新幹線が素晴らしいことは日本国民なら全員認識しているが、世界中の人々が認識しているかとなると、まだ十分でない。何故、伝わっていないのかという要因の一つに、世界の実態を日本人は認識していないので、比較して日本の素晴らしさがわからないから、日本人が日本の良さを十分にPRできない。したがって、日本のファン化につなげられない。

風景や食やアニメ・キャラクター人気だけでなく、列車システムが代表する日本の一般社会システムは世界に冠たる存在であることを認識するためには、外国の列車システムの実態を知ることが必要であろう。次号でフランスとドイツの事例を紹介検討したい。以上。

投稿者 Master : 09:51 | コメント (0)

2013年05月25日

2013年5月20日 村上春樹の正体(下)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年5月20日 村上春樹の正体(下)

村上の新作も自分探しの旅がストーリー

 村上春樹の新作長編小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」をここで解説することは簡単にはできない。
だが、主人公は「『大事なもの』を守るため、つらい過去の真相を知る旅に出る」、つまり、自分探しの旅にでるストーリーで小説が展開されていく。

また、日経新聞「春秋」(2013.4.13)は
「人間は生涯に何かひとつ大事なものを探し求めるが、見つけられる人は少ない。もし見つかったとしても致命的に損なわれている。にもかかわらず我々は探し続けなくてはならない。そうしなければ、生きていく意味がなくなるから」と述べている。

村上作品の特徴は、この探し求める人物の内面心理状態を、鋭く、美しく、比喩的でありながら分かりやすく、考え込ませられる文言で表現されていく。
よくぞこのような書き方が出来ると感嘆するばかり。これが村上春樹の正体ではないかとも感じるが、どうしてそのような書き方ができるのかが疑問である。

前作の「1Q84」

2009年5月発売の「1Q84」も大ベストセラーになった。
「1Q84」は、

●「現実」=月がひとつの世界と、
●「もうひとつの現実」=月が二つ並んでいる世界、

この間を行き来するという設定で物語が進んでいく。

今回の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」も、夢の中で、現実にあり得ない物事が語られていくというストーリー展開であって「現実世界」と「もうひとつの現実」が交互しつつ、次第に本当の自分を見つけ出していく物語になっている。

ところで、実際の村上春樹はどういう生活態度なのだろうか。

「村上の生活は規則正しい。夜9時ごろに就寝し(彼は夢を見ることがない)、目覚まし時計なしに午前4時ごろ起きる。起床したらすぐに、マッキントッシュに向かって午前11時まで執筆する。一日の執筆量は400字詰め原稿用紙10枚ほど」(2005年1月ニューヨーク・タイムズ)

このようにまことに規則正しい生活スタイルを、一日も休まずに続けているという。ということは、夢も見なく、オカルト的な体験もしていないのに、「現実世界」と「もうひとつの現実」が交互する世界を描けるということになる。つまり、体験していないことを文章にできるのである。何故、村上はできるのだろうか?

村上春樹は特殊な技術を身につけている

それについて村上は次のように語る。(亜州週刊2003年3月31日~4月6日号 中国)

「想像力は誰でも、たぶん同じように持っているものです。人によってそれほど差があるとは思えません。ただ難しいのは、それに近づいていく場所です。誰でもきっと自分の想像世界を魂の中に持っているはずです。しかしその世界へ行き、特別な入口を見つけ、中に入って行って、それからまたこちらにもどってくるのは、決して簡単なことではありません。僕にはたまたまそれができた。もし読者が僕の本を読んで、その過程で同感したり共感したりすることができたとしたら、それは我々が同じ世界を共有できたということです。

僕は決して選ばれた人間でもないし、また特別な天才でもありません。ごらんのように普通の人間です。ただある種のドアを開けることができ、その中に入って、暗闇の中に身を置いて、また帰ってこられるという特殊な技術がたまたま具わっていたということだと思います。そしてもちろんその技術を、歳月をかけて大事に磨いてきたのです」

 いくつかのインタビューでも同様見解を述べているので、これが村上の実体だろう。

武道の境地に通じる

思想家で村上論を書き継いできた内田樹神戸女学院大学教授は、次のように村上春樹を語っている。(「村上春樹にご用心」ARTES)

「『死ぬ』ということが『隣の家に行く』ような感じになること、それが武道においてはとても大切なことだ。それは必死に武道の稽古をして胆力を練ったから死をも恐れぬ精神に鍛え上がったということではない(そんなことは残念ながら起こらない)。話は逆で、『生死のあわい』におけるふるまい方について集中的に探究する人間は、自分がどれくらいその『ふるまい方』に習熟したのかを武道を通じて『チェック』することができる、ということなのだ。

『死ぬ』というのが『ちょっと、隣の家に行くような』感じになることは子供にも起こる。そういう子供はすごく危険な存在だ。だから、子供にはまず死を怖れさせる必要がある。

その教育の甲斐あって、私たちはみんな死を怖れるようになる。でも、成熟のある段階に来たら、死とのかかわり方を『元に』戻さないといけない。『元』というのは、死者は『すぐそばにいる』という感覚を取り戻すことだ。ある種のコミュニケーション・マナーをていねいに践(ふ)むならば死者と交感することは可能だという、人類の黎明期における「常識」を回復することだ。

 別にオカルトの話をしているわけではない。これが本来人類の「常識」なのだ。ただ、その「常識」を子供たちに段階的に教える教育制度がもう存在しなくなってしまったというだけのことである。

 武道と文学と哲学はそのための回路なのだけれど、「そういうふうに」武道の稽古をしたり哲学書を訳したり小説を読んだりしている人は、もうあまりいない。

 社会学者の書いたものがあまり面白くないのは、あの人たちは「生きている人間」の世界にしか興味がないからである。霊能者の書いたものがあまり面白くないのは、あの人たちは平気で「あっち側」のことを実体めかして語るからだ。「こっち」と「あっち」の「あわい」(注 間のこと)でどうふるまうのが適切なのか、ということを正しく主題化する人はほんとうに少ない。

 村上春樹は(エマニュエル・レヴィナスとともに)その数少ない一人である」

内田樹は、村上が自分の魂の中に入っていくことができ、そこからまた帰ってくることができると述べているが、そうすると村上は「あの世」と「現世」を行き来できるということになる。村上が「二つの世界を行き来できる」技術をどのように体得したかは分からないが、前述した亜州週刊やいくつかのインタビューで、そのことを自ら述べているから事実なのだろう。
 
人は自分を探すために生きているのでは?

人は何のために生きているのだろうか? 家族のためなのか? 会社のためなのか? 社会のためなのか? 国のためか? あるいはお金のためか? それとも何も考えないで生きているのか?
村上春樹の新作は、自分探しの旅にでるストーリーで小説が展開されていくと述べた。

また、「現実世界」と「もうひとつの現実」が交互しつつ、次第に本当の自分を見つけ出していく物語になっているとも述べた。

現代人の多くは「あなたは何のために生きているのか」と問われると困惑し、答えに窮することが多いのではないだろうか。

 そんなことより、自分は他者の眼にどのように映っているのか、ということの方に興味と関心を持ち、その他者によって自分が影響されやすいのではないだろうか。

 また、分からないことがあると、新聞、雑誌、書籍、ネット等から解答を見つけようとして、そこに解答が見つかれば「視野が広がった」「教養が深まった」と思い、そこにひとつの安堵感をもって生きるという癖がついているのではないか。

 しかし、時に、そのような安心・安堵感は気休めにすぎず、自分の魂に安らぎを与えるものでないことも知っていて、今ここにある不安を鎮めるものでないことを分かっているのではないか。もっと別なものが、今とは異なる世界から来ることによって、自らの魂を納得させられると思っているのではないか。

実は、これが人間の普遍性であって、それを村上春樹が小説化しているのではないか。村上春樹の正体とは二つの世界観を持っていることだと思うが、どうだろうか? 以上。

投稿者 Master : 11:48 | コメント (0)

2013年5月5日 村上春樹の正体(上)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年5月5日 村上春樹の正体(上)

村上春樹新作の評判

 村上春樹の新作長編小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の発行部数が4月18日に100万部に達したという。12日発売であるから一週間も経たない。すごい売れ行きである。
発売当日夕方、渋谷で最初の書店に行くと「売れ切れです」。次にヒカリエ斜め向かいの大型書店に入ると、まだ少し残っていたのでホッと買う。



新作に出てくる音楽も人気に

 新作では「巡礼の年」の中の「ル・マル・デュ・ペイ」という曲が繰り返し登場する。主人公・多崎つくるは高校時代、五人組のグループの一員で、そのうち一人の女性「シロ」がよく弾いた曲である。
 「ル・マル・デュ・ペイ」はフランス語で、作中では「田園が人の心に呼び起こす理由のない哀しみ」を意味すると表現され、主人公が深い「哀しみ」を癒す「巡礼」の旅に出ることを暗示する曲として選ばれているが、このCDも異例の売れ行きである。

何故村上作品は売れるのだろうか?

新作を、早速読んでみる。いつものように村上作品は読み手を惹き込む。だが、一気に読むと「棒読み」になるので、敢えてジックリ「辿り読み」にしようと、途中でやめて考える。

村上作品は「面白い」「エンターティメント性」「わくわく感」という分野の小説ではない。読み手によっては「難しい」「心理描写が長すぎる」「ストーリー時間軸が行ったり来たりで分かりにくい」という評価を受けるかもしれない。

だが、世界中から受け入れられていることはご承知のとおりで、文字通り発売日に飛ぶように売れた。何故か?

世界での評価

村上春樹は世界中、どの国に行っても知られているし、各国語に翻訳されて書店に並んでいる。実際に村上ファンという人物に何人にも会っている。

その一人、イタリア・プーリア州フォッジャ県マンフレドニア市、南イタリアの地方都市で人口は約6万人の町、ここで会った39歳のフィレンツェ大学出身で水中生物の繁殖技術コンサルタント、彼が語る村上春樹論は面白かった。2010年のことである。

殆ど掃除しない汚すぎるマツダ車を運転しながら、村上小説は、ノルウェーの森を友人からもらって読んでハマったのだと語りだす。料理の場面が多いのも関心あった。イタリア語で「素晴らしい国の終わり」というのが大好きで、カフカの海辺も読んだ。

一般に西洋の作家は売るために書いているが、村上は日本ならではというものを書いていて、どこの国でも起きていることではなく、日本のことを書いているので外国人にとって学ぶこと多いという。

彼のこの評価は、他国で聞く村上作品の評価と少し異なる。他国では村上小説が場面は日本で、日本人だけが登場するのに、外国に住む自分の身近なところを描き、自分のことを書いているのではないかと思い、その点から村上作品を受け入れている、というのが多い。だが、彼は視点を違えてはいるが、村上を高く評価している。

ところで、イタリアでは四種類のノルウェーの森が出版されていてそれぞれ中身が異なるという。日本語から英語に訳し、それからイタリア語に翻訳する場合と、日本語から直接イタリア語に訳した場合でニュアンスが異なるのと、訳者が違うと本の中身が異なるという意味である。日本でも同様な事があるのだろうと思うが、マンフレドニア市の彼の話は強く記憶に残っている。

司馬遼太郎との違い

 日本人で司馬遼太郎を知らない人はいなく、殆どの人たちは司馬の本を一冊は読んでいるだろうし、司馬が語る日本歴史観に納得している場合が多い。

 だが、日本でこれほど有名な司馬も、外国では無名である。知人で仏ジャーナリストのリオネル・クローゾン氏、彼と昨年夏、播磨灘を旅して、兵庫県赤穂市坂越にある大避神社を訪れ「ここは司馬遼太郎が書いた『兜率天(そとつてん)の巡礼』の舞台の神社だ」と伝えると、司馬とは何者か、という疑問を呈された。という意味は司馬を仏ジャーナリストは知らないのだ。さらに、今年3月、和紙の本を書くために来日し、各地を案内した米作家マーク・カーランスキー氏、米国では知られた作家であり、ニューヨーク・タイムズ寄稿記者であるが、マーク氏も司馬について知らないという。

 司馬について、同様な質問を多くの外国人に尋ねればすぐ分かるが、日本では超有名で、外国では全く無名というのが実態である。

司馬と村上との違いは世界の普遍性

 司馬が世界で知られていない理由を分析すればいくつも挙げられるだろうが、一番の背景は日本歴史上の人物をテーマにしていることだろう。

 日本では最も著名な坂本龍馬であっても、世界では無名であるから、いくら司馬が坂本龍馬をロマン人物として描いても、それを翻訳しようとする外国人はいない。

したがって、司馬の著書は翻訳されていないのだから、外国人は司馬のことを知らないのが当たり前であるが、村上本は世界中の言語に翻訳されているので、十分に知られているし、今やノーベル賞受賞の最有力候補者であるという意味は、世界の普遍性をもっていることになる。そのことを語る二氏を紹介したい。

●四方田犬彦氏(「世界は村上春樹をどう読むか」文春文庫)
「村上春樹の読者は伝統的と考えている日本文学や日本のイメージとは関係なく、単に一人の作家を体験しそれに満足しているのです。つまり、彼の『無臭性』が現代のグローバリズムにおいて、世界の人々に大きくアピールしたという事実があるわけです。

谷崎や三島、川端はある意味では意図的にそういった日本の匂い・香りというものを演出して、『美しい日本の私』として国際舞台に出ていったと言えます。逆に、春樹はそういう日本の伝統的なものへのまったくの無関心から出発して、そして世界に受け入れられていったわけです」

 ●元ハーバート大教授で翻訳家のジェイ・ルービン氏(文芸春秋2010年5月号)
「非常に多くの作家が日本人としてのアイデンティティを追及しているが、村上にとってそういうことは文学の中心になっていない。村上は『あなたが今持っている物語は本当にあなたの物語なのだろうか? それはいつかとんでもない悪夢に転換していくかもしれない誰か別の人間の夢ではないか?』(アンダーグラウンド)と語っているが、これが世界文学として普遍性の底流にあるものかもしれない」

 この二人の見解、いずれも村上の作品は世界から受け入れられる普遍性があると判断している。

日本を舞台に、日本人のみが登場するのに、世界中の人たちが「自分のことではないか」と考えさせられるもの、言葉を変えれば、世界中の人たちが持ちつつ、実は、それが自分の内部に隠され、表に現れてこない何かを探るためのヒントが村上の中にある。

ところが、一般的に人は意外に自分を知らないし、知る努力をしていないが、村上を読むとそのこと、つまり「生きるための解答のあり方が物語的に示唆されている」と察知し感知するから世界中で読まれているのではないか。村上の正体解明は次号で。以上。

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2013年04月22日

2013年4月20日 分かったこと(下)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年4月20日 分かったこと(下)

安倍首相

安倍晋三首相が2013年4月18日朝放送の「スッキリ!!」に出演し、いわゆる「アベノミクス」をめぐり、「間違いなく、多くの方々の収入も増えていく。夏を越えていけば、だんだんそういうことになっていく」と具体的な見通しを示した。
現職の首相が情報番組に出演するのは異例で、40分にわたる出演では、「この番組に出るとね、この後色々いいことがあるのかなぁと…」と、終始上機嫌だった、と報道された。

就任から4か月が経つ安倍首相のメディア対応は、記者会見以外の個別取材を多く受けていることが特徴で、すでに在京キー局や主要新聞・通信各社のインタビューは一巡している上、民主党政権時代と比べて、週刊誌やバラエティー番組など、出演するメディアの幅が大幅に広がっている。

この背景には、上の記事(日経新聞「大機・小機」2013.4.2)のように安倍首相の「分かりやすさ」がある。人々はモノゴトを無意識のうちに簡便に理解しようとする傾向がある。だから「分かりやすさ」が「説得力」を生みだすことになる。

安倍首相は五年半前と変化した

第一次安倍内閣は2006年9月から2007年9月まで、ちょうど一年間で幕を閉じた。最後の辞任会見は安倍首相にとって「誇りや自信が粉々に砕け散った」もので、みじめな状態というべきものだった。
それが今回は「デフレ脱却」や「決められる政治」への期待を背景に、内閣支持率は高い水準を維持している。
どのように変わったのか。それを示しているのが左である。「優先する政策テーマ」「人事」「メディア対策」すべてを変えている。

識者も驚く安倍首相の変身

安倍首相の大変化については識者も驚いている。先日、評論家の大宅映子氏と東京大学名誉教授の御厨貴氏から話を聞く機会があったが、両氏とも安倍首相の一大変身について、その要因は分からないが、確かに変身したという発言が印象的であった。

特に、御厨氏は政治学者として歴代の首相を見続けて来ていて、一度退陣した首相が再登板するのは戦後二人目で、吉田茂以来64年ぶりだとのことであったが、吉田茂の一回目は旧憲法下であり、新憲法になってからの再登板は安倍首相しかいないというところが重要だと強調された。

さらに、安倍首相は本来、経済・金融は詳しくないはずで、元々は保守本流で情の人物であるから、今の変化には驚くばかりで、今では五年半前退陣の負の遺産を消去しつつ、官邸主導政治を実現し、メディアをもコントロールしている状況であるという。

また、外からの緊張、それは竹島であり、尖閣諸島であり、北方領土であるが、それと内からの緩和、これは日銀の脱デフレ作戦であるが、この両面作戦を上手に使い分け、夏の参院選まで乗り切る作戦であるとの解説に、正にその通りだと納得した次第。

安倍首相の変身背景

すべての人が認める安倍首相の変身、ではそこにはどのような背景・要因があるのか。
安倍首相に直接聞くのが一番でしょうが、それは難しい。したがって、発表される資料を分析するしかない。仮説として、多分、失敗から生え出づるためには、人生の生き方セオリーを踏んでいると想定し、それを新聞記事からひろってみたい。
左の記事から分かるのは「ノート」である。失敗の背景・要因と考えられる内容を記録化していることである。これは大事な作業であって、失敗から学ぶためには必須条件であろう。
奥さんの安倍昭恵さんも、次のように分析し語っている。

  

人生に失敗はない。諦めた時、失敗という

このような人生訓、そば屋や居酒屋で見ることがある。一瞬、成程と思って頷きやすい。だが、少し深く考えてみると違うのではないかと気づく。

人は失敗が常である。そこで失敗しないように再挑戦する気持ちを持つこと、これが大事で必要なことはすべての人が熟知している。だから「人生に失敗はない。諦めた時、失敗という」という格言が成り立つので、その通りと思うのが普通だが、ここで見落としてならないことがある。

それは、失敗の要因を分析し、十分に解明しているかである。失敗したことを反省するだけで、失敗の要因を追及し究明しておかないと、再度のトライも前回と同様の手段・方法で行うことになっていくから、成功よりは失敗の確率の方が高いということになる。

失敗が続く多くの事例を見ていると、この失敗からの解き明かしが不十分の場合が多い。折角、失敗したという情報を体験したのであるから、その経験を活かして、次の行動につなげていけばよいのに、もう一度、さらにもう一度と、同じパターンで続けていき、やはりダメかと落ちこみ、結果として、その行動をとることを諦めてしまうのである。

失敗したら、その要因・背景をしっかりと分析しておくことが重要であるが、その際に不可欠前提条件は「文書化・メモ化しておくこと」である。つまり、記録が必要条件なのに、これが案外なされていない。したがって、失敗要因の分析をしようにも情緒的に流れて不十分になりやすく、失敗の継続化という実態になっていく。

人生の勝ち負けを決めるのは、失敗した後の「作法」である
この格言は米ジャーナリストで外科医のアトゥール・ガワンデの言葉である。


安倍首相から学ぶこと
 安倍首相が第一次内閣の失敗から学んだことが「アベノミクス」につながったのであるが、ここで我々が「分かったこと」は「失敗した際の分析力」で、徹底して失敗の要因・背景を分析し、その結果として次の行動への計画をつくりあげていく、という誠にオーソドックスな手法と、そのために必要不可欠なノートづくりだということであろう。以上。

投稿者 Master : 06:45 | コメント (0)

2013年04月06日

2013年4月5日 分かったこと(上)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年4月5日 分かったこと(上)

浦和学院・春の甲子園優勝

 選
抜高校野球、決勝戦で埼玉県代表の浦和学院が、愛媛県代表の済美高校を破り優勝しました。得点差は17-1という大差でした。

旧浦和市民は大喜びですが、しかし、この得点差には驚きました。実力以上の点数でしょう。済美高校の上甲監督は、浦和学院打線の「安楽投手対策」、それは「速球に詰まるのを承知の上で、内角球を投げづらくするように仕向けた」作戦だと褒めましたが、これにちょっと疑問を持ちます。

投手の投げ過ぎ

浦和学院の猛打もあったでしょうが、それより安楽投手の投げ過ぎが影響していたと誰もが感じるのではないでしょうか。
初戦か
ら4試合で663球を投げきってたどりついた決勝。5回に打者一巡の猛攻で7点を失って、6回も続投したがさらに2失点。ここで109球を投げ終え、初戦から数えると772球のところでマウンドを降りました。
アメリカからも疑問の声が届いており、上甲監督の「十分にケアさせる」という発言からも「投げさせ過ぎた」と思っていることが分かります。何事も「やりすぎ」はよくないと「分かった」春の甲子園でした。

3月レターに対する反応

3月は二回に分けて「隣の国・韓国」をご案内いたしましたところ、多くの方から反応をいただきました。その主なものは「今まで知らなかった」というもので、隣の国であり、且つ一度は韓国を訪問旅行している人が多いのに、意外に韓国人の内面についてご存じないということが「分かった」レターへの反響でした。

当方も韓国には何回も行き、牡蠣養殖の取材で企業を訪れ、その他多くの業務で韓国人の自宅まで何度か訪問しているのに、呉 善花(オ・ソンファ)拓殖大学国際学部教授から直接お話をお伺いするまで、韓国人の内面について認識しておらず、隣の国民について「分かっていなかった」ことが「分かった」のです。

東日本大震災追悼式の欠席と朴槿恵大統領の発言

 東日本大震災追悼式に中国と韓国が欠席しました。中国の欠席理由は台湾が出席したという明快なものですが、韓国は左の新聞記事にある駐日大使の発言が示すように、欠席理由が明快ではありません。


欠席理由を大使が明快に述べられない、というところこそが、呉 善花氏の指摘する韓国人の日本に対する内面  意識であると「分かった」ように感じます。

また、朴槿恵大統領が2012年12月の選挙戦で訴え、当選後の第一声で国民に約束したのは「幸せに国にします!!」でしたが、これに驚いた方が多いのではないかと思います。サムスンが日本企業を撃破し、日本経済界から「成長モデル」に高い関心を持たれているように、このところの韓国経済は成長軌道であると思っていたのに、新大統領の第一声は韓国民の多くは「生活が荒廃している」というのが実態なのです。

何故なのでしょうか。よく「分からない」ので「分かった」と思えるよう少し補足してみます。

企業の株主

 このところ話題なっている西武ホールディングス(HD)に対する米投資会社サーベラスによる敵対的な株式公開買い付けTOB、現在保有する約32%と合わせて4割を超える株式の取得を目指すとのことです。その理由は、株式上場を巡り対立する西武HD経営陣へ圧力を高めるためで、そのためにサーベラス幹部のダン・クエール元米副大統領らを取締役として推薦する見通しだと報道されています。

だが、外資系投資企業の目的は何かを最終的に考えれば、配当収益の向上獲得ですから、TOBによる株式支配シェアを高めた後は、より一層の効率経営を目指し、そのためには不採算路線のカットなどを提案し経営を改善させ、結果として高配当を要求してくるでしょう。

韓国の所得収支


 左のグラフは韓国の所得収支です。所得収支というのは、国の経常収支の柱の1つで、外国へ投資した利子・配当収入と、外国へ支払ったそれらなどの差額を指します。

韓国はグラフで分かるように、毎年4月前後だけ、極端な赤字になっています。ということはこの時期に韓国からお金が外国に出ていくのです。どうしてこのようにある時期だけ極端なマイナスになるのか。

 それは韓国を支える大手輸出企業の大半の株主が外国人であることから、高配当額が外国へ流出していることを意味しています。

日本の所得収支

一方、日本
の所得収支は上のグラフの橙色で黒字基調を続けています。月別に見ても極端に海外流出はありません。海外株主も多いのですが、海外投資残高が多いからです。

韓国人の生活へ大手輸出企業の業績が結びつかない

日本経済界から高い関心を持たれている韓国大手輸出企業、実は、これらの株主は外国人が半数近くかそれ以上を占めており、いくら法人税を安くして巨額の利益を上げさせても、外国人株主から高配当を要求され、韓国内にはあまりお金が残らないのです。これが新大統領の「幸せに国にします!!」発言背景実態だと「分かった」のです。以上。

投稿者 Master : 08:50 | コメント (0)

2013年03月22日

2013年3月20日 隣の国・韓国・・・(下)

AMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年3月20日 隣の国・韓国・・・(下)

犬の躾

昨年12月20日号でお伝えした内容ですが、毎朝夕、リード(紐)を持ってビーグル犬の散歩をさせている。ところが、この犬、あちこち勝手に動き回り、飼い主の思うようには動かない。犬に引かれて善光寺参りである。犬の散歩をしている同類の方々、殆どが同様で、日本の犬は躾と礼儀が欠けている。ところが、欧米の犬はとてもよく躾されている。

この写真は昨年11月に乗ったドイツのICE特急列車内で見た実際の犬の姿である。若い女性が、車内でパソコンを操作している足元に、犬がリードなしで、静かに吠えもせず座って、こちらを見ている。自宅のビーグル犬とは大違いのお利口さんで、感動ものなので、許可を得て写真を撮らせて頂いたが、日本ではリードによる手綱さばきが必要で重要条件である。

これと同じ体験を再びした。3月11日、ボストンからサンフランシスコに移動するUNITED AIRLINES機内のこと。三人座席が並ぶ窓側と中央席に若い中国系男女が座り、当方は通路側である。6時間という長時間フライトなので通路側に座った。ボストン空港を出発して一時間程度経ったとき、突然、窓側の男性膝の間から白いモノが出てきて、それが動く。アレっと思い見つめると、ブルッと頭を振ってあくびする。犬だ、とびっくりする。吠えもせず、鳴きもせず、水も飲まず、ずっと大人しく6時間過ごしている。これにも感動し世界標準の犬の躾はこうなのかと、再び思った次第。

韓国人と日本人、躾の違い
 
日本人と韓国人とでは、顔かたち、体つき、同じく東南アジア人であるから概ね90%部分で似ている。しかし、残り10%は全く異なり、その中でも「考え方」としての躾は大きく違っているので、意見は合わない。その実態を語るのが呉 善花教授である。

呉 善花(オ・ソンファ)拓殖大学国際学部教授の見解

呉 善花教授は流暢な日本語を操るが、時に「濁音」表現で誤ることがあるので、「呉・ゴ」「善花・ゼンカ」とは称さずに、日頃は「オ・ソンファ」という名前で通していると最初に紹介された。
呉 善花教授は元韓国籍で日本に帰化、日本では知日派でとおり、韓国では親日派=「売国奴」として扱われていて、韓国へは入国禁止措置を受けたりしている。韓国漢字復活論支持者でもある。
その呉 善花教授が述べられた内容は以下の通り。
①朴槿恵大統領は親日ではない。父が日本との親密な関係があった朴正煕元大統領の娘なので親日派と、日本でいわれているようだが、全くの誤解。

②朴正煕元大統領は元日本陸軍中尉で日本名は高木正雄で、現在の韓国軍隊を日本式でつくった人物。

②だが、反日教育はこの朴正煕元大統領から始まった。

③反日教育の中味は、日本人=野蛮人=未開人

⑤新大統領の補佐役でナンバー2の女性は、日本に二年間留学し、韓国で本を書いた。タイトルは「日本は無い」。300万部という大ベストセラーになった。

⑥この本の内容は、日本と韓国の違いを述べ、日本人の野蛮性を追求している。

⑦例えば、靴の脱ぎ方。日本人は靴を脱いで、出口の方に揃える。したがって揃えるときに体を曲げる。これをねじると表現し、だから、日本人の「心はねじれている」と証言する。韓国では出口に向かって揃えるのは「早く帰れ」という意味になる。

⑧食事で日本人は左手でお椀を持って食べる。韓国では左手は使わない。右手のみ。また、お椀を直接口に持っていく。これは犬食いであり野蛮人。

⑨初対面で親しくなると、すぐに腕を組み、親しさを強調するのが韓国流。親しい中に礼儀なし。それをしない日本人は冷たい人種だ。

⑩親しくなった人の持ち物は自分が使ってもよい。お金でも食べ物でも何でも。日本人はその習慣がない。親切心がない。一方、韓国人は人からお金を借りる、盗るとの区別がつかず世界で一番詐欺事件が多い国。

⑪韓国女性は、冬のソナタのヨン様のような、なよなよした俳優は好まない。強い男性に憧れる。ヨン様を好きな日本人は弱い人種だ。

⑫韓国人が鍋料理を食べる際、右手でスプーンを持って直接鍋の中に入れてとり、そのまま食べる。また、鍋の中でスプーンをかき混ぜる。これは鍋を囲む全員が行う。日本人から見ると異常風景だが、韓国人から見ると、日本の鍋料理で取り皿が使われるのは異常風景となる。

⑬また、口の中で食べ物を噛む際、なるべく音を立てることが流儀。美味くなる。日本人は取り皿を使い、音をたてない。

呉 善花教授の結論的見解

 いかがですか。今まで韓国に旅行された方もたくさんおられるし、韓国籍の人と友人関係方も大勢いると思われるが、以上の呉 善花教授が述べた内容をご存知でしたか。
 呉 善花教授は結論的見解として次のようにまとめられた。

①韓国は儒教の国である。そこから考えると、中国は「お父さん」韓国は「長男」日本は「弟」となる。したがって、この序列を守るべきというのが韓国人の心象風景であって、心のなかに強くもっている。儒教的価値観から考えるとこれが当然の結論となる。

②したがって、竹島なぞの小さい島なぞは、当然に弟なのだから兄に渡すべき。それよりもっと寄こせと実は言いたいと思っている。日本は島がたくさんあるのだから。

③それなのにしつこく竹島を返せと主張する。大体、日本人はやることが細かすぎる。だから小日本人といわれるのだ

④韓国人は、竹島だけでなく、当然、対馬も韓国のものと思っていて、今は土地を買いあさっている

⑤結局、兄として弟に求める行為は当然であるという思考であり、この考え方を逆にみれば日本に甘えている思考ともいえる。

⑥韓国人の理想は、働かないでお金が入ってくること。豊かな親戚、友人を多く持って、その人達からお金を借り集めて暮らす。いかに多くのお金を借りられるかがステータスになっている。

⑦だから、中国、韓国との話し合いでの解決は不可能。距離をおくことだ。

⑧日本は過去に侵略されたことのない世界でも極めて恵まれた国。だから「話し合いで解決できる」と考えるが、世界の他国は違うのだ、ということを日本人は理解しないといけない。

比較の基準を変えれば判断が異なる
 
ある事実・現象を判断しようとする場合、立場の違いで判断結果が異なっていく。つまり、判断とは、ある立場を基準にとして、物事を評価することであるといえる。

 算式でいえば次のようになる。(事実・現象) ÷ (立場=基準) = 判断結果

呉 善花教授の韓国分析・説明を聞いていると、韓国人は日本人を侮国化している。しかも、その侮国しようとする基準の中味が、儒教的思想から発しており、日本人の発想法とは異なるので、お互いの批判内容を話し合いでは理解し得ない。したがって、呉 善花教授の提言通り「話し合いでの解決は不可能」と判断した方がよいことになる。

3月11日の東日本大震災二周年追悼式に、140カ国もの諸外国代表出席の中、中国と韓国が欠席した。中国欠席の理由は明確で「台湾が出席するから」である。
だが韓国欠席理由は「事務的なミス」という不可解なもので明確でない。だが、呉 善花教授が述べることが、間違いなく韓国人の底流意識にあり、それらが心中の壁となって出席できなかったのではないか。そうならば韓国との国際交流は今後も難しいだろう。以上。

投稿者 Master : 09:35 | コメント (0)

2013年03月06日

2013年3月5日隣の国・韓国・・・上

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年3月5日 隣の国・韓国・・・上

3月レターは、隣国である韓国について、日本人の立場から分析してみたい。

安倍政権好調なスタート

英フィナンシャル・タイムス(2013.3.3)は安倍政権を次のように評価した。
「安倍晋三首相は在任60日でまだ失敗がない。60日というのは日本の首相としては立派だろう。不器用さが目立った2006~07年の第一次安倍内閣やそれに続く5人の首相と比べれば、なかなかの偉業といえる。

安倍氏の出発は自信に満ちていた。経済活性化のために打ち出した『リフレ』路線は、政策期待で市場が反応したという点で一定の成果を上げた。日中間の問題では主張を曲げていないが、必要以上に国家主義的態度を取って事態を悪化させることは避けている。
 米国訪問も無事にこなした。自民党の支持基盤である国内農業団体を離反させることなく、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加へ前進した」

黒田日銀総裁への海外論調

 黒田東彦アジア開発銀行(ADB)総裁の日銀総裁への起用についても、海外のメディアがそろって詳報した。積極的な金融緩和を推し進める米欧諸国の間では、大胆な金融緩和と積極的な財政出動を組み合わせる「アベノミクス」に好意的で、日本が長引く経済低迷から脱却するきっかけになるという受けとめ方が目立つ。
 一方、アジアでは円安への懸念が一段と広がっていて、台湾・韓国で強い警戒の声が強いが、影響が最も大きいのは韓国であろうと次の見解が述べられている。
 「日本が経済の復活に取り組むことは(工業製品の輸出で競合する)韓国を除くアジアにとっていいことだ」(スイス・プライベートバンク、ジュリアス・ベア)

朴槿恵(パク・クネ)新大統領就任

その韓国の朴槿恵新大統領は、2月25日の就任演説で「もう一度、漢江(ハンガン)の奇跡を起こす」と宣言した。
 この漢江の奇跡とは、1970年代のことで、当時の韓国は年々輸出を伸ばし、年平均の成長率は10%を超えた高度成長時代で、当時の大統領は朴正煕、朴槿恵新大統領の父であるが、この高度成長にあやかる狙いをこめて改めて宣言したものだが、ここで疑問が湧いてくる。
韓国はサムスン電子、現代自動車等の躍進で、日本企業も韓国に学べということが喧伝され、私もサムスン電子経営実態セミナーに出席し、その海外開拓手法のシステム化に成程と思った経験がある。

ということは、韓国は今さら新大統領が「もう一度、漢江の奇跡を起こす」と宣言する必要がない経済実態ではないかと思うが、この認識は間違いなのか。
さらに2009年、UAEから原発受注というニュースが世界を走り回り「さすがに飛ぶ鳥落とす勢いの韓国」という賞賛の声が盛んに上がったことは、今でも記憶に生々しい。

韓国経済は巨大財閥企業との格差が厳しい

 実は今の韓国経済、2012年成長率は2%と低迷化していて、かつての高度成長とは程遠い実績となっている上に、韓国には「三大輸出企業」といわれる「サムスン電子」「現代自動車」「ポスコ(製鉄)」があり、この三企業の売り上げ規模を合計すると韓国GDPの30%になるほどの寡占化が進んでいる。

つまり、ごく一部の巨大財閥企業が韓国経済を支えているというのが実態であり、これら企業は全て輸出企業として存在している。

 また、この巨大財閥企業は業績が向上しても、国内の雇用を増やさない経営をしているので、国民には輸出主導の経済成長による恩恵が及ばなく、国内に多くの格差が発生している。

例えば、財閥企業の給与は国内常用勤労者の平均の二倍に達している上に、子女が大学を卒業するまで授業料を全額負担するなど福利厚生も手厚くなっているが、当然のごとく他の企業はそのようなことはなく、一段と格差を大きくする要因となっている。

 これ等の実態から、朴槿恵新大統領は財閥による輸出依存の従来型の成長モデルを、財閥と中小、輸出と内需という両輪による成長に切り替えたいというのが25日の演説で述べた「創造経済と経済民主化」方針で、情報通信技術を使った新産業を創出し、その一方で中小企業の育成を通じて所得底上げを目指すことを掲げたのであって、方向性としては妥当な戦略だろうと思う。

ウォン安の修正

 このところ日本は円高の修正が進んで、株価時価が一兆円を超す企業が増えたが、一方、韓国はウォン安の修正が進み、輸出産業の競争力に影を落としている。

 輸出の伸び悩みは成長鈍化だけでなく、税収の減少にもつながる。そうなれば新政権が掲げる格差是正に向けた福祉政策も頓挫しかねない。

 その兆候が2月の米国新車販売の実績に表れだしている。2月販売は米国三社、GM、フォード、クライスラーが好調で、トヨタも4.3%増だったが、現代自動車は傘下の起亜自動車を含め▲2.5%減となった。現代自動車の販売が減少したのは2年半ぶりである。
 勿論、現代自動車は米環境保護局(EPA)による調査で、傘下の起亜自動車と合わせ、米国で近年販売していた主力の中型セダン「ソナタ」や「エラントラ」など全体で13車種、合計90万台について燃費性能を誇大表示していたことが発覚したことも、消費者の購買心理にマイナスを与えていることは確かだが、その他の輸出財閥企業にもウォン安の修正によって影響が出始めるだろう。

親日には絶対なれない韓国

 日本の植民地時代の1919年に起きた「三・一独立運動」の記念日にあたる3月1日、朴槿恵新大統領は演説を行い、歴史問題で日本に「積極的な変化と責任ある行動」を取るよう求めた。

また、韓国の約600万人の自営業者らが加盟する民間団体「路地裏商圏生存消費者連盟」が、島根県が22日に「竹島の日」式典を開催したことへの対抗措置として、3月1日から日本製品の不買運動を実施すると発表したように、相変わらず韓国の反日運動は根強く行われている。

 日本の一部で、朴新大統領の父は朴正煕元大統領で元日本陸軍中尉、日本名は高木正雄で、現在の韓国軍隊を日本式でつくった人物であるから、朴新大統領は親日派であるといわれているが、これは全くの誤解であろう。

現在の反日教育は、実のところこの朴正煕元大統領から始まっているし、韓国には「親日法」と呼ばれる法律がある。

それは2005年に公布された「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」で、読んで字のごとく「親日的で韓民族の利益に反するような行為をした者の財産を没収する」という法律である。しかも現在だけでなく、過去にまで遡って処罰する「遡及法」で、たとえば、過去に祖父が親日的な行為をしていたら、その孫が持っている財産まですべて没収されるという悪法が韓国で実際に適用されている。

このように国の方針・法律が反日であるのだから、仮に、新大統領が親日になろうとしても、それは国家の法律上出来ないことになる。

ここで少し深く、韓国人の心情を推測するならば、何か日本に対して問題事例が発生した時「愛国者として怒らねば」という強迫観念から行動をとるのではないかと想像できる。本気で問題意識は持っていなくても、または薄い問題意識でも、愛国者として振る舞わねば、「親日法」が現に国家法としてある限り、自分が叩かれてしまう、という結果を恐れて、日本叩きに参加することになるのでないか。そうしないと「親日」のレッテルを貼られて断罪を受けることにつながる可能性が高いのである。

さらに、韓国の義務教育では、いわゆる日本人が学ぶ「世界史」はなく、韓国史、韓国文化史、東アジア史といった民族史学のみを教えこまれ、その視点から「日本人は正しい歴史を勉強して反省しろ!」と主張してくるが、その背景に存在する「世界史」が日本人と異なるので、多分、いくら議論をしても理解し合えず平行線が続くだろう。

いろいろ日本人の立場から検討すると、隣国韓国とは相容れないことが多い。次号では韓国から日本人に帰化した呉善花拓殖大学国際学部教授の見解をお伝えしたい。以上。

投稿者 Master : 09:36 | コメント (0)

2013年02月20日

2013年2月20日 判断とは基準の持ち方で決まる(下)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄

2013年2月20日 判断とは基準の持ち方で決まる(下)

仏雑誌の「JAPON」特集
フランスのジャーナリスト、リオネル・クローゾン氏から「カイエ・ド・サイエンス& ヴィ(科学と生命ノートCahiers de Science & Vie)」 2013年2月「JAPON特集」号が送られてきて、そこに次のメッセージが書かれていた。

 「私は長年カイエ・ド・サイエンス& ヴィ 誌に寄稿しています。この雑誌は文明の歴史や科学的な見地から見た考古学の専門誌です。毎回教養のある読者を対象に、深く掘り下げた一つの話題が取り組まれます。

通常、ベルサイユ、ベニス、ローマ、ギリシャ、古代エジプト等のような西洋文明や古代地中海文明が好まれ取り扱われます。しかしながら、文字、言語、数え方の由来のような、より世界的な話題を扱うこともあります。過去には私が日本の言語、文字の起源、更にはそろばんでの数え方に関する記事を書いたことがあります。

2011年3月以来、仏メディアが日本について語る時、未だに深刻な問題となっている津波や原子力問題についてのみ常に集中しています。というのは、日本専門の仏ジャーナリストはこのような問題以外について書くことがほぼ不可能なのです。もちろん、観光について書くこともできません。

2年が経ち、フランス人は日本文化に関する全てのことに益々興味を持つようになりました。従って、今年ようやくこの雑誌は私のアイデアである日本特集を受け入れてくれました。私が何年も主張して来た考えでした。雑誌の編集者であるIsabelle Bourdial氏は私を信用し、この雑誌の全てを任せてくれました。私は18記事のうち、7つを自分でサインしました。私はこの雑誌によってフランス人が日本にもっと興味を持ってくれればいいと思っています。また、より多くのフランス人が日本に旅行に行きたいと思うようになってほしいと期待しています」

仏の知識層が持っている基準で判断すると、日本文化への評価は高い。

マーク・カーランスキー氏

NYのメトロポリタン美術館アメリカウィングは、10年にわたる大拡張プロジェクトを終え、2012年1月から一般公開されているが、ここに宝石店として有名なティファニーの創始者の長男、ルイス・C・ティファニー(1848-1933)のステンドグラスの作品があり、そのひとつに「オイスターベイからの景色」というタイトルの作品がある。

NYの海には昔、牡蠣が溢れていたことを知る人は僅かであるが、その事実を詳細に記述した本がマーク・カーランスキー著「牡蠣と紐育」、原著はThe Big Oysterで、同書の冒頭に「かつてNYは自然の宝庫であり、海には牡蠣が豊潤に育っていて『オイスターベイ』と称された」とあり、ルイス・C・ティファニーもその事実からステンドグラス作品を描いたのである。

そのマーク・カーランスキー氏から、突然連絡メールが届いた。日本の和紙の本を書きたいので協力してほしいという内容。和紙は世界中の文化財の修復に使われる一方、1000年以上もの優れた保存性と、強靱で柔らかな特性を利用して、独特の用途を確立していることは、世界の知識層では知る人ぞ知るで、その事実を詳細に書きたいというのである。

また、彼はNYタイムズの寄稿記者でもあるので、協力すると日本文化を伝える際に何かと役立つ可能性が高いので、早速にOK連絡したところ、どういうところを取材したらよいのかという相談も来たので、和紙製造業者、紙博物館、皇居御用達店、茶の湯家元、旧家、障子のある家庭等を探し紹介し、今月末に来日することになった。

いずれにしても、アメリカの著名ジャーナリストが和紙に関心を持って、それを出版したいというのであるから、やはり、日本文化への認識基準は高いと判断できる。

街並みと住宅景観は絶望的だ

日本の街並みと住宅景観は絶望的だ、というのは私と一緒に仕事しているアメリカ人女性の発言である。各地方を訪れる度に、彼女の発言を思い出し、改めて、その地の家並みを見ると、明治時代から昭和前期までの、一定感のある落ち着いた宿場町・街道筋であったところが、今は新しい建築様式で、それも様々な家並み、個性というよりはばらばらの街づくりとなって、過去とは比較にならない猥雑な状況となっている。

つまり、かつて存在していた地方独自の建築様式による住宅が見られないのである。オイスターベイであったNYの海と同じように、すっかり変わっている。

欧米諸国では古い町並みが観光資源として成り立つが、日本では無理であり、別の角度から欧米人対策を講じなければならない。

和食の魅力

 その第一候補は食文化である。マーク・カーランスキー氏が和紙に目をつけたが、食は地方ごとに独自の魅力づくりをしていて、観光資源として魅力的である。

まず、最近、体験した事例を紹介したい。千葉県館山市では、食について昨年から新たなる企画を展開している。その意図を左のようにプロデューサーが語っているが、その「館山旬な八色丼」を食べた際の写真が下記のとおりで、これは「すごい」というのが率直な感想である。

 
祭も魅力である
食の次は祭りではないだろうか。日本全国いたるところで毎日のように祭りがある。日本人は祭り好きであり、その祭りを訪ねて観光客が集まってくる。京都「祇園祭」、大阪「天神祭」、東京「神田祭」、東北の「ねぶた祭」、九州の「博多どんたく」、「長崎くんち」のように人気の祭りには大勢の観光客が集まる。

しかし、各地方にも独自の趣向をもった素晴らしい祭りがたくさんあって、それらを欧米人に的確に紹介できれば、その地に観光客は訪れることになるだろう という目標をもって、房総半島最南端の小さな漁村・布良﨑神社で地元の人からいろいろ説明を受けて分かったことがある。

それは、地元の人々は祭を、自分たちの民俗文化として、自分たちが守り、育て、維持しているだけだということ。さらに、祭が大好きな人の肩には、神輿を担ぐための盛り上がった筋肉があり、これが祭好きの証明だと言い、それ以上は何も求めていないという。

なるほどと思うが、これだけの伝統と仕掛けがある日本民俗文化の祭を、世界の人達に伝えることも必要ではないかと思った次第で、

そのための基準を提案したいと思っている。

日本人の基準を変えたい
 リオネル・クローゾン氏、マーク・カーランスキー氏等の著名外国人は、日本文化を優れていると判断している。日本人も「日本文化は世界に発信できる」という確信を持ち、それを基準にして「世界に伝えよう」という判断をするならば、国内各地に埋もれているはずの素晴らしい日本民俗文化を観光資源へ止揚出来る。期待を持って協力したい。以上。

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2013年02月07日

2013年2月5日 判断とは基準の持ち方で決まる(上)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年2月5日 判断とは基準の持ち方で決まる(上)

アズビルazbil㈱藤沢テクノセンター

 家の建て替えの省エネ対策として、「屋根据置型太陽光発電」「エネファーム」「LED照明」等を採りいれたので、最近、特に省エネに関心を持っている。
 そこで、企業についても検討してみようと、アズビルazbilグループの藤沢テクノセンターを訪問してみた。

ここは昨年、「㈱山武」から「アズビル㈱」に社名変更している。そのAzbilとは、automation・zone・builderの略。意味はオートメーション(automation)の技術によって、グループ理念のキーワードである安心・快適・達成感のある場(zone)を実現(build)することを表しているという。

訪問したアズビル藤沢テクノセンターは、アズビル㈱グループの中で「省エネモデル事業所」と位置付け、身近なアイデアを駆使したユニークな省エネ対策から、先端技術を駆使した省エネ対策まで幅広く対策を展開していて、そこで得られた「省エネ」に関する技術・ノウハウを公開し、併せて、希望者に省エネ工場見学会を開催している。

見学会によって自社の省エネレベルの判断が出来る

アズビル藤沢テクノセンターの説明と工場見学は、次のように開催される。

まず、省エネに関するプレゼンテーションとして「.藤沢テクノセンターにおける省エネ取組みと事例紹介」「オフィス空調の省エネとエネルギーの把握」「空気で省エネの実例と制御方法」を説明受け、その後工場見学(実際の省エネ現場)して、その事例を見る。

約二時間、いずれも要領よい説明と見学、とても参考になり、成程と思った次第。省エネは時代の方向であり、身近な課題であり、家庭でも採りいれる必要があり、皆さんに見学されることをお薦めしたい。

特に、企業には最先端事例に加えて管理システムが参考になり、これを基準にすると自社の現状省エネレベルが判断できる。まだ、見学していない企業は行かれるよう推薦する。
 
藤沢駅にはエスカレーターがない

 アズビル藤沢テクノセンターの最寄り駅は藤沢である。JRさいたま新都心駅から赤羽乗り換え、赤羽からは湘南新宿ライン、横須賀線、東海道線を通るが、乗り換えなし一本で行ける。所要時間1時間30分。随分便利になったものだと実感する。

 藤沢駅には今まで何回か行っているが、久し振りに降りてタクシー乗り場に行くと、ハイブリットのプリウスが待っていて、運転手さんに聞くと一昨日入庫したばかりというので「そうですか。新車ですか」と乗車し、気持ちよくスタートしたが、駅前から左道に入って、すぐに止まってしまう。

渋滞というより、前にバスがいて、向こうから乗用車もバスも来るので、お互いにすれ違うのが苦しいほどの道幅、当然に歩道はなく、歩く人にも気をつけないといけない。したがってスピードは出せない。結構時間がかかる。

 アズビル藤沢テクノセンターの見学を終えて、帰りも藤沢駅までタクシーを利用した。途中の窓から見えるマンションは立派で、ショーイングが上手なショップ等、多分、所得の高い層が住んでいるだろうと運転手さんに聞くと、頷く。

 にぎやかな駅前で車から降り、JRの改札口は二階であるので、さて、エスカレーターはどこかと探すが見当たらない。では、エレベーターがあるだろうと見るが分からない。

 湘南と呼ばれる地域の中で、最大の人口(約42万人)を有する藤沢市であり、JR、小田急、江の島電鉄が乗り入れている駅であるから、機能面で進んだ駅づくりをしているのではないかと思ったが、高齢者には厳しい階段だけがやたら眼につく。

 あちこち歩き回ってみて、エレベーターは階段途中から設置されていることを確認したが、やはりエスカレーターはない。

みどりの窓口のお嬢さんに確認すると「エスカレーターはありません」と明解。

さいたま新都心駅と藤沢駅の比較

 仮住いの最寄り駅「さいたま新都心駅」に戻って、ホームから二階改札口までエスカレーターで上がる。エレベーターもある。

 改札口から仮住まいマンションまでは、傘が要らない屋上屋根付き歩道橋がつながっているし、階下の道路まではエレベーターとエスカレーターが各所に配置済みで、 先ほど利用した藤沢駅とは随分異なる。

 毎日のように利用していると、この実態が当たり前となって、別に特別な感覚は持たなかったが、さいたま新都心駅を基準にして、藤沢駅と比較すると、その便利性が優れていて、高齢者にやさしい駅ということが判断できる。
 
海浜幕張の公民館での講演

 先日、NPO法人フォーラムパートナーズ主催の会合で講演を行った。会場は海浜幕張の公民館である。NPO法人フォーラムパートナーズは以下の目的で設立されている。

「『国際化って何?』を議論する場として、JICA から世界の途上国に派遣された専門家集団を母体に、海外で又国内で国際交流・国際協力活動を行うNPOとして平成14年に結成、一般の人の参加を促し、平成16年2月に特定非営利活動法人の認可を受けました」。

ここの主催者の方が、YAMAMOTOレターを見られて、講演につながったわけで、内容については、国際化の事例中心に約二時間というご依頼であった。終了後、数日して、講演記録としてホームページに次のように掲載されると連絡をいただいた。

●山本紀久雄氏(経営コンサルタント・ライター)による講演会「話して分かる時も分からない事もある。そこから方向性を導き出すことが国際化」を開催した。

●山本さんは毎月「山本レター」発信しており、外国と日本の習慣、価値観、倫理観などの違いを分析したレポートを配信している。その為今回の講演には千葉県下のみならず東京から、また、他の機関からも大勢参加した。

●今回はそのレポートの延長として、日仏企業合弁でのやりとり、日本と外国の観光ガイドの違い、カキ養殖と牡蠣料理の違い、香水に関する日本と外国の背景と価値観の違いなどを分析、市場における国際化を解析して、日本は世界で最も豊かであるという結論を述べている。

●当NPOは途上国の事象には精通している専門家もいるが、山本さんは主として欧州の体験から説明がなされているので、新鮮であり、価値観の違い等比較でき、今後の国際交流、国際協力、技術協力の活動にヒントをもらい参考となった。

●今後出来たら日本で考える豊かさ、欧州で考える豊かさ、物質に頼らない例えばブータンなどの豊かさの比較検討をして頂き次回に繋げたい。

講演して反省したこと

 NPO法人フォーラムパートナーズでは、講演前に例会が開催されていて、その記録を拝見すると、以下が論議されていた。

●キルギス共和国との20周年を記念した催し。
●ホームビジットとして、中国人、バングラデシュ人、パキスタン人と懇談。
●ナイジェリア、マリ、セネガル、リベリア、トーゴ、ガーナ、ペナン、コートジボワール、ブルキナファソ、ギニアの催し。
●トーゴ大使館表敬とイベント申し入れ。

事前にJICA組織が関係していると分かっていたので、一応の理解をしてお伺いしたのだが、例会記録を見るといずれも訪問したことのない国々である。ビックリすると同時に反省した次第。

つまり、聞く側は途上国滞在経験関係者であるから、話す方は「欧米プラス途上国」という判断基準で講演ストーリーをつくるべきだった。主催者から「新鮮だった」という評価をいただいてはいるが、全ての判断は基準の持ち方で変わるというのがセオリーである。このセオリー実践が今回の講演では不十分と、海浜幕張の公民館で反省した次第。以上。

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2013年01月21日

2013年1月20日 2013年は脳力を絞る(下)

新成人に対するアンケート結果

昨年12月、2013年に成人式を迎える新成人、男女250人ずつ計500人の回答結果から見られる新成人の政治に対する認識は酷い。(調査会社マクロミル)
 これからの日本の政治に対して「期待できない」と回答した人は21.2%、「どちらかといえば期待できない」も54.4%を占めた。その理由として「政権がまた交代したからといって、すぐに良いことがあると思えない」「公約を実現できないから」といった声が目立つ。日本の未来については「暗い」が13.4%で、「どちらかといえば暗い」の64.0%を合わせると77.4%に上った。「不景気だから」「政治の先行きが見えない」などの意見があったが、この質問には09年以降、8割前後が暗いと回答している。

暗いという認識を煽る新聞
若者が日本について「暗い」と評価する一つの理由としては、以下の日経新聞記事を読むと分かるだろう。明るい未来を見通し、元気づける文体構成ではなく、晴れやかな材料があっても、それを否定する書き方で、日本は安心できない社会だと結論付けしている。
だが、時代とは、常に新しい状況変化に直面し、過去とは異なる問題が様々な形で現出するものである。だから、絶えず新しい事態が発生するわけで、それに果敢に取り組むことを通じて、その時代を前向きに生きることが必要だと思う。したがって、その新しい問題を解決させることに邁進しよう、というように新聞の論説は人々に呼び掛けないといけないと思うが、この日経「春秋」は不安を煽っている。成人式の日に、これを読んだ新成人は、やはり日本は問題多き国で、先行き暗いと思ってしまうだろう。


日本が向かうべき目標像
今の日本が、今後、近未来に向かって行くべき目標を挙げるとすれば次の三つであろう。
① アベノミクスでデフレを解決し、名目成長率を高めた国にもう一度戻す。
② 今のままのデフレ状況を続け、じわじわと国力ランクを下げ続ける。
③ 国家像を新しい価値観でつくり直し、国民みんながそれを納得して行動する国にする。
②は採れない目標であると考えると、①か③しかないことになる。とすれば、①はまだ始まったところで、その成果を得るには、首相を代えないという条件が必要だ。06年以降、7年連続で毎年、首相が交代している政治指導者の大量消費時代と決別しなければ、デフレは解決できず、日本の世界での位置づけは、さらに軽んじられる国になってしまう。

国家像を新しい価値観でつくり直す
国家像の新しい価値観について、月尾嘉男東京大学名誉教授(日経2013.1.12)は以下の提案をしている。成程と思い、そうしたいとも思うが、これを日本国民全員に「その通り」と納得させるには、相当の時間が要するだろう。

日本人の特性から考える
日本人サッカー選手が30カ国で140人も活躍している。選手個人の力量があって活躍しているのは当然としても、日本人ならではの行動も高く評価されていることは間違いない。プロ野球の松井秀樹選手は、常にチーム優先の人で、個人記録は二の次でヤンキースの勝利に貢献してきた。このところが日本人らしいと思う。日本人は組織的プレーに強いのである。だから、ロンドンオリンピックの団体競技で力を発揮したのだ。
ところで、組織として行動するには、必ずリーダーが必要であって、そのリードによる手綱さばきが必要で重要条件である。その日本国のリーダーたる首相がコロコロ変わるようでは、日本人が得意とする組織力は発揮できないのは当然であろう。
明治時代、日本が日清・日露戦争に勝利し、国際社会の一員として認識されたのは、明治天皇の45年に渡る巧みな指導力が影響していることを再認識したい。

明治天皇の素晴らしさ
「江戸時代の天皇の存在感は非常に希薄なものでした。しかし、明治時代になると事情が変わりました。天皇は大きな存在となり、常識があり、公平で、信頼できる人間的美徳の持ち主として、たとえば拮抗する二大派閥間で争いが生じたとき、天皇にご聖断を仰げば、公平なご裁断をいただけるのではないかと期待する雰囲気が自然にできあがっていったのです」とナルド・キーン氏が語っている。(NHKラジオ深夜便2002年10月17日)
さらに、京都大学教授の伊藤之雄氏は「明治22年代以降に絶妙の政治関与を行っていた明治天皇の資質や人間性に、それまで以上に魅力を感じるようになった」という理由で、著書「明治天皇」を書いた動機を語っている。いずれも明治天皇という長期間に及んだリーダーシップによって、日本は素晴らしい躍進を明治時代にとげたのである。

今の日本が当面する人口問題
 素晴らしい発展を遂げた明治時代、長期にわたる明治天皇のリーダーシップに加えて、実は人口増が国力増強・経済成長に大きく寄与していた。
だが、今は逆の人口減という時代、移民受け入れに我々は懐疑的なので、残る対策は「女性の労働参加率」を北欧並みにすることが必須要件である。国際通貨基金(IMF)は女性労働参加率向上で、経済成長率で0.4%アップすると提案している。ここに日本の活路があると考えているが、そのためには絶対必要条件がある。それは一人ひとりの意識、つまり、脳の開発である。今まで違う人間=脳細胞をつくらないといけない。

人間の脳力発揮は「前頭前野」で決まる
今の日本人に求められているのは、脳力の再開発である。脳の新築は不可能だから、新しい脳を建て替えるしかない。そのためには、漠然と約1000億個もの脳神経細胞(ニューロン)を開拓するという考え方ではいけない。
長期的な目的を持ち、未来に向かって努力するための脳、これは、大脳の一部である前頭葉(おでこの内側の部分)の「前頭前野」であると、人間性脳科学研究所長の澤口俊之氏が断定していることは前号で述べた。
 その理論をくどくど述べるよりは、わが身の脳力認識テストを、自らが行ってみることを推薦したい。今年に入って数カ所での講演で、このテストを行っていただいたが、自分を含めてほぼ妥当な脳力の実態が判明した。「夢をかなえる脳」(澤口俊之著・WAVE出版)30ページから68ページである。簡単な内容であるので重ねて皆さんに推薦したい。以上。

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2013年01月06日

2013年は脳力を絞る(上)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2013年1月5日 2013年は脳力を絞る(上)

新年明けましておめでとうございます。

元旦の日経新聞社説

 日経新聞元旦の口切りは厳しいものでした。
「日本の国の力がどんどん落ちている。GDPはすでに中国に抜かれた。強みを発揮してきた産業も崩れた。巨額の赤字を抱える財政は身動きが取れない。政治は衆院選で自民党が大勝したものの、夏の参院選まで衆参ねじれの状況は変わらない。

手をこまぬいていては、この国に明日はない。閉塞状況を打ち破り、国力を高めていくための手がかりをつかまなければならない。
 
まず大事なことは目標を定めることだ。どんな国家にしようとするのか、どのように経済を立て直していくのか、どんな社会をつくっていこうとするのか----という思いの共有が求められている」
 最も主張で、反論する余地はない。

目標を持つことは大事だが、問題解決と同一視してはならない
 
目標を持つことが大事なことは誰でも知っている。また、人によって目標が異なるのは当然である。
だが、国家がどのような目標を持つか、という選択肢になると、個々人の目標とは異なる。国家目標は政治によって共有化をはかり、それに向かって政治力を発揮させ、国民を引っ張っていくしかない。
そうしないとそれぞれ国民各自が国家目標を述べあい、その異なる目標ごと達成への方法論が異なって、結果的にまとまらず、国家として統合的な成果は得られなくなる。

さらに、もうひとつ大事な視点は、目標と問題を同一視してはならないことである。いつの時代にも問題は多々あって、その時々の問題解決を第一目標にした場合、問題解決がひとつ片付いたとしても、世の中は複合的に絡み合っているから、必ず新たなる問題が次の目標として現れるのが世の常であり、結局、問題のモグラたたきに終始することになる。

そうではなく、諸問題の上部に位置している上位概念を目標とすべきであって、その目標が達成されれば細部の微妙な問題は多々のこるとしても、国家としての大きな成果が得られる結果、諸外国との比較で国民の満足度が向上し、国民マインドは今より満たされることにつながる。

政治力

 もう少し日経新聞の元旦社説を続けてみたい。

「目標を達成していくためには政治の安定が欠かせない。何よりも、06年以降、7年連続で毎年、首相が交代している政治指導者の大量消費時代と決別しなければ世界に相手にされない」と述べている。これにも反論の余地はない。

同様なことは、タイのバンコクポスト編集長も述べる。(日経新聞2013.1.4)

「近隣諸国は政権交代のたびに一歩下がって様子見を繰り返してきた。今の日本を一言で言い表せば「quiet(物静か)でpassive(消極的)」。批判的な意味ではないが、積極的な中韓とは対照的だ」と。

 日本人は元来、荒々しい粗暴な人種ではない。穏やかで、物柔らかで、しなやかな民族である。だから、危機に対して冷静な行動がとれる。

新渡戸稲造「武士道」第二章は、「仏教は武士道に、運命に対する安らかな信頼の感覚、不可避なものへの静かな服従、危険や災難を目前にしたときの禁欲的な平静さ、生への侮蔑、死への親近感などをもたらした」と述べ、これがその通りに東日本大震災時の行動に顕現され、世界から称賛された。
したがって、バンコクポスト編集長によって、日本人が静かで受け身的であるという指摘を受け入るとしても、それが首相の交代と関係づけられ、論じられることは筋合いのものではない。

タイ編集長が言いたいことは、首相が毎年代わるような事態では、目標もコロコロ変わる上に、その目標達成へ向かう日本の「やる気」が疑わしいという意味と理解したい。

やる気、脳の働き解明へ・・・Sunday Nikkei

 では、一体「やる気」とは科学的にはどのように整理されているのだろうか。

 「やる気」についても、タイミング良く日経新聞のSunday Nikkei(2012.12.16)が紹介している。タイトルは「やる気 脳の働き解明へ」である。

「仕事や勉強、スポーツで、やる気や効率にかかわる脳の働きが少しずつ分かってきた。これまでなら気持ちの問題と片付けられそうだが、最新の科学で脳の巧みな振る舞いをとらえようと仕組みの解明が動物実験で進んでいる。脳は、頑張るためにどんな手を使うのだろう」という前置きがあり、長文で展開しているのでその内容を整理してみた。

1. 産業技術総合研究所が動物実験で、気が進まないとか、憂鬱という感情は、大脳の扁(へん)桃(とう)体という部分の活動が変化することから生ずると突き止めた。

2. 沖縄科学技術大学院大学の研究グループは、ネズミ実験結果から、辛抱強さとはセロトニン神経の活動にあると解明。

3. 自然科学研究機構・生理学研究所は、サルにリハビリテーションさせて、運動機能の回復促進に、大脳辺縁系の側坐核と強い関連があったと発表。

4. 理化学研究所・脳科学総合研究センターは、ネズミの実験で短期記憶は小脳皮質にでき、休憩があると近くの小脳核に長期記憶が形成されると推測指摘。

5. 最後にコラム的記事で、脳は約1000億個もの脳神経細胞(ニューロン)からなり、それらが複雑なネットワークを形成していると説明。

如何でしょうか。この記事で「やる気」の要因が解明されたでしょうか。全くタイトルの「やる気 脳の働き解明」になっていなく、ただ単に各研究機関の解明・指摘・主張を書きならべているだけで、読むだけ時間の無駄であり、私が日経新聞編集長ならこの記事はボツにしたでしょう。これほどお粗末な紙面はないと深く感じた次第。

澤口俊之氏の講演を聞く

このどうしようもない日経記事の四日前、昨年12月12日ですが、人間性脳科学研究所長の澤口俊之氏の講演を聞く機会があった。

フジテレビの「ホンマでっか!?TV」に出演している澤口氏、その言動に一部から批判的コメントもあるようだが、一時間半の講演、パワーポイントのつくり方が工夫され、話し方も楽しく、新鮮な情報が多い上に、面白く編集されていて、とても興味深く聞くことが出来た。

講演で最も驚いたのはその内容である。日経記事とは全然違っている上に、今まで様々な学者の講演や資料などで知っていた内容とも大きく異なっている。

従来から主張されている脳科学は、約1000億個もの脳神経細胞が人間の思考・行動を支えているという全般的な視点から説明されていて、これはSunday Nikkeiでも同様であるが、澤口氏は異なる。

勿論、脳細胞の話であり、脳についての研究成果であるので、脳が関係していないのではなく、大いにかかわっているのであるが、今までの諸研究者と全く異なる主張、それは脳の一部に対象を絞っていることである。

念のため、著書を数冊読み、成程と思うところを確認したので、目標達成に活用すべきではないかと考えている。

澤口氏の脳理論は、どこが従来理論と異なるのか

まず、長期的な目的を持ち、未来に向かって努力するための脳、これは、大脳の一部である前頭葉(おでこの内側の部分)の「前頭前野」であると断定していることである。

「前頭前野」は大脳皮質の15%ほどの面積を占め、人間は他の動物と比較にならないほど「前頭前野」が発達しているので、ここが「人間性知能HQ(humanity quotient)」を掌る。つまり、HQが賢者の役目を担い、総合コントロール機能を担当していると説く。

したがって、自分の脳をうまく操作し、他者の脳も適切に操作し、目標を達成したいなら「前頭前野」を活用することが一番だ、という理論なのである。

どんな国家にしようとするのか、どのように経済を立て直していくのか、どんな社会をつくっていこうとするのか----という思いの共有が求められているのが、2013年の時流としたら、「前頭前野」のHQ活用が重要なキーワードであろう。次号でも検討したい。以上。

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2012年12月23日

2012年12月20日 モチベーション(下)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年12月20日 モチベーション(下)
日本の発言力低下の最大要因
 米コロンビア大学教授のジェラルド・カーチス氏は以下のような見解を述べている。 (2012年12月3日 日経新聞) この指摘はその通りと思う。

豊かな日本の実態

日本は豊かである。というのが日本を訪れた外国人の評価であり、その声を実際に何人もから聞いている。また、自分が海外に行き、その国の実態と日本を比較すると、この事実がよくわかる。

①11月のロンドン、次の本の取材で図書館に行こうと、City Of Westminster(ウェストミンスター市役所)内にある図書館に向かった。ところが、行ってみると図書館は移転したという。ちょうどトイレに行きたくなったので、洗面所を借りようとしたが、市役所内に用事がない人、アポイントをしていない人は、入口の遮断機のところで断られ、自由に入れない仕組みになっている。

仕方ないので、近くの図書館に行き、まずは、トイレと探したがない。そこで係に尋ねると「この図書館にはトイレはありません」という。館内には大勢読書したり調べたりしているが、この人達はトイレに行く場合どうするのか、それが心配になるほどであったが、街中で簡単にトイレ利用は出来ない。カフェかレストランに行くしかない。

日本では駅でも市役所でも、勿論、図書館でもトイレは自由に使え清潔である。

②現在、自宅の建て替え工事で、仮住まいなので何かと不便をしているが、この建て替えということ、

欧米ではどのような実態なのか。それをロンドンに住む人に聞いてみると「個人住宅の建て替えする人は皆無でしょう」といい、ドイツの不動産会社で聞くと「まず、ないでしょう。古い家は価値があるのでのこします」との答えで、日本は地震があるからではないか、というのが補足回答である。フランスのトゥルーズに住む富裕層に属する女性に聞くと「自宅は有名な建築士に依頼して建てた」という例外はあるものの、一般的に建て替えは稀だという。

今ドイツでは空前の不動産ブームが起きているが、それは賃貸住宅の転売が主流で、ドイツ人の不動産所有率は約40%にすぎない。世界で持ち家の割合が最も高いのは日本で89%、韓国78%、アメリカ67%、スウェーデン55%である。

③外国人が最も驚くのは交通機関である。特に新幹線。東京駅発の新幹線15分おきに発着して、それが殆ど時間正確、時刻表通りに動いていく。他の国では列車の時刻表通りにはなかなか動かず、さらに、時刻表がない国が多いのである。

ただし、犬だけは問題

毎朝夕、リード(紐)を持ってビーグル犬の散歩をさせるが、この犬、あちこち勝手に動き回り、飼い主の思うようには動かない。犬に引かれて善光寺参りである。犬の散歩をしている同類の方々、殆どが同様で、日本の犬は躾と礼儀が欠けている。

ところが、欧米の犬はとてもよく躾されている。この写真は11月に乗ったドイツのICE特急列車内で見た実際の犬の姿である。若い女性が、車内でパソコンを操作している足元に、犬がリードなしで、静かに吠えもせず座って、こちらを見ている。自宅のビーグル犬とは大違いのお利口さんで、感動ものなので、許可を得て写真を撮らせていただいたが、日本ではリードによる手綱さばきが必要で重要条件である。

問題多き民主党政権

今回の衆議院選挙、見事に民主党が負けた。2009年8月の総選挙で民主党が第一党になり、鳩山内閣が成立し、その後菅内閣、野田内閣と続いてきたが、その評価が今回の総選挙で決まった。

民主党政権はこれまで、ことごとくやったふりを続けてきた。子ども手当、事業仕分け、成長戦略、新年金制度、社会保障改革、東日本大震災の復興・・・。どれも食い散らかしただけであった。

加えて、外交面での脆弱さ、中国、韓国、ロシアから領土問題で、民主党政権の弱体化をチャンスとみて攻勢をかけてきて、国民の歯ぎしりが続いている。

その中で、ただひとつ財務省シナリオ通どおり、消費税増税だけは決めたが、全く問題多き民主党政権であった。

問題解決とは手順づくり

民主党から自民党政権に、多くの課題と問題が引き継がれた。「復興」「グローバル」「TPP」「国の仕組み」「領土」「年金」「少子化」等、数え上げればきりがない。

これらの解決を新政権に期待するわけだが、その前に「問題解決手順」を考えなければいけない。全ての問題を一気、一網打尽、一目散にできるはずがない。原理的に無理である。何故なら、問題とは、今の日本で異常であり、損害が発生して、困っていることであり、悩んでいることである。また、それらは必ず複合的に重なり合って、その結果の問題としての事象が表面化しているからである。

そうであるからこそ、新政権に要望として、こうなりたい、このような状態になりたい、あそこまで行きたい、というように数多く並べ立てるのはやめたいと思う。

ここは慎重になりたい。問題解決の手順を誤ると、労多くして功少なしで終るからで、ひとつ一つ、問題と課題の糸口、根源を解きほぐして行くしか方法がない。そのために最も大事なことは「問題解決への手順」を決めることである。

今の日本はデフレ解決が先決

日本を海外から客観的に見れば豊かな国である。なのに、国民は何となく閉塞感を持ち、元気が欠けているように感じるのは何故か。

その理由を考えるには、以前の元気であった時の日本はどうであったのかを思い返してみれば、今の状態がわかる。

経済が順調であった頃は、企業業績が向上し、勤め人の給料も上がり、物価もある程度上り、消費も増えて、結果的に税収が上がっていた。つまり、インフレ経済下にあったわけである。

それが一転、デフレ経済になってみると、諸問題が一気に噴き出し、その要因が政治というところにあるのでは、というので民主党政権に替えてみたら、それがとんでもない実態政権だったと気づき、慌てて、再び自民党に戻したというのが、今の日本人の多くの気持ちであろうが、今度は我々国民が問題解決の糸口、根源に気づかなければならないと思う。

立場によって問題への認識は異なるが、日本経済を順調にしたいという立場に立つならば、その糸口と解決への手順第一歩は、デフレからの脱却ということしかない。

首相を替えないというモチベーションへ

日本の首相が毎年コロコロ変わるという状態では、問題解決は出来得ない。新しい自民党政権によるリーダシップによってデフレ脱却を望むならば、そのリードによる政治手綱さばきを巧みに発揮させるしかない。そのためには我々のモチベーションを、新政権の長期化=首相の在任期間の長期継続化というところにおく必要があるだろう。以上。

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2012年12月06日

2012年12月5日 モチベーション(上)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄

2012年12月5日 モチベーション(上)

2012年も今月で終わります。そこで、今回の衆議院選挙と来る2013年へ、どのようにモチベーションを持ったらよいのか。それを今号と次号で検討したいと思います。

モチベーションとは

最初は定義。三省堂辞書サイトによると「モチベーション(motivation)とは、意欲の源になる『動機』を意味します。例えば、ある人が『仕事を頑張りたい』という意欲を持っているとすると、その意欲の源になる『彼女にモテるから』『お金がもらえるから』などの動機付けこそが、まさにモチベーションということになります。もっとも一般には、動機の結果として現れる意欲(=仕事を頑張りたいという気持ち)の方を、モチベーションと表現しているようです」とある。

ザッケローニ監督

日本サッカー代表チームのアルベルト・ザッケローニ監督(59)が24日、在日イタリア大使館で母国の「イタリア連帯の星勲章・コメンダトーレ章」を受章した。

日本との友好関係を深めたことなどが授賞理由で、ザッケローニ監督は「サッカーの世界は1日で大きく状況が変わるので、話を聞いた時できるだけ早くしてくれとお願いした」と笑わせ「代表の活躍は協会、スタッフ、選手、サポーターのおかげ。自分の仕事が認められて誇りに思う。これからもいい結果を目指してまい進する」と述べた。

ザッケローニ監督を選任したのは日本サッカー協会。ワールドサッカーに出場したいというモチベーションによって、2010年8月、難航のうえザッケローニ監督を決めたが、今ではその選考結果に日本人の多くが満足している。

では、ザッケローニ監督の手腕はどういうものか。それは選手(チーム)をひとつにまとめることが上手いという、チームマネジメント(チーム作り)につきる。

つまり、選手(チーム)に目的達成に向かっていこうとする明確なモチベーションを持たせることで、一人ひとりの力量を発揮させていることに優れているのである。

トルシエ元監督の評価

11月22日、元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏が、日本サッカーの現状について自身の考え次のように語った。(FIFA.com)

「トルシエ氏は、日本が10月の親善試合で母国であるフランスにアウェーで勝利したことについて、『驚きがあったか』と問われた際、『フランスはまず実験的なメンバーだったし、スペインとの大事な一戦を控えていたことは事実だね』とコメント。

しかし、『日本は草の根でサッカーを普及させている。ユース世代の育成は日本にとって必要で、効果的であり、安定をもたらす。日本の今の成績に関しては驚かないよ。育成に関しては世界トップ3に入ると思う』と語り、現在の日本代表が残している好成績の要因は、日本サッカー協会の育成方針にあると述べた。

ボルドーのタクシードライバー

11月20日、フランスのボルドーのサント・クロア・デュ・モン地区へ向かった。いつも頼んでいる顔見知りのタクシードライバーで、とてもお喋りで何かと話したがる。

ボルドーの「城壁街道」と称される、サント・クロア・デュ・モン地区に行くには、ボルドー市内から車で約一時間かかるが、その間、ドライバーはずっと話を続ける。

その話の中で「日本がフランスに勝っただろう」というので「サッカーか」と聞くと「そうだ」という。そこで「フランスは残念に思っているだろう」と尋ねると「全然、気にしていないよ」「どうしてだ」「簡単さ。フランス人はモチベーションがないと気合が入らないのさ」「へえー」「俺たちはラテンだからね」という。
この発言背景には、格下の日本との試合ではモチベーションが出ない。香川選手のゴールによって1対0で負けたが、あまり重要ではないと判断しているのだ。

その通りで、日本との試合が10月12日、そのすぐ後の16日には、ワールドカップ欧州予選グループI第4節で、前回の世界チャンピオンのスペインと、アウェーのビセンテ・カルデロンで戦い1-1のドロー、スペインが2006年11月から継続していたホーム連勝記録を25でストップさせた試合は、日本戦とは別人のようなフランス人であって、さすがと思わざるを得ない。

日本人への評価

このボルドーのタクシードライバー、日本人は真面目だからなぁと、誉め言葉か、けなしなのか分からない発言をした後、この前、日本人のボルドーワイナリー巡りで運転した際、日程表を見たらこう書いてあったと言う。

月曜日 ワイナリー視察 火曜日 ワイナリー視察 水曜日 ストライキ
木曜日 ワイナリー視察 金曜日 パリに戻る

この中で「ストライキ」とは何だろうか。多分、休みを取るのだろうと想像していたが、そうではなく「ストライキ見物」というのでびっくりしたと言う。

最近、日本ではストライキがないからだと説明受けたが、スト見物まで計画表に書き入れるという日程表つくり、全くフランス人には考えられない。何でも計画的に真面目に行動するのが日本人だと思うが、堅苦し過ぎないか。と運転中なのに前方を見ないで、大きく後部席の当方を振り返り「フランスも日本みたいに真面目にしたら、世界中のどの国と試合しても全勝だろうが、俺たちはラテンだから、そうはいかないよ」「やはり、モチベーションがないとダメなんだ」と大きくウィンクする。

ドイツの友人が介護専門に

フランスの次はドイツ・カールスルーエに向かった。このカールスルーエは今年9月のレターでお伝えした日独交歓音楽祭で来日した、独日協会合唱団「デァ・フリューゲル」(注 翼という意味)のある都市である。

その合唱団の一員であったドイツ人男性、今年の合唱団来日メンバーに入っていなかったので、どうしたのかと尋ねると「長女の介護を24時間している」と発言する。

この男性、なかなかアイディアマンで、いつも新しい企画に基づく事業計画を熱っぽく語っていた。
だが、今回は何も事業計画は語らない。長女がどのように状況なのか、住んでいたボンで交通事故に遭い、最初は命も危ないという大事故だったが、ようやく病院は退院でき、今はリハビリ施設でトレーニング中なので、そのリハビリ施設の一室に長女と一緒に暮らし、介護に全力だという状況のみを語る。

だが、以前の事業計画を語る当時よりは一段と輝いているように感じる。

思い出してみると、このドイツ人、何回も転職し、その合間に次の事業を企画し、各方面に提案していたが、どこからも採用されない状況だった。しかし、彼は常に元気で前向きな発言を繰り返すので、よく堪えないなぁと、その精神力に感心しつつも、どうして提案計画が採り上げられないのか、ということに相談に乗ったこともあったが、その当時と比べて明らかにモチベーションが向上している。

そこで以前のように事業計画はつくらないのかと聞くと「やめた」「もうしない」「娘の介護に命をかけている」と、お節介なことは言うなという厳しい目つきになる。今や、彼のモチベーションは介護一筋なのである。

肉親は「情」で、論理ではない

このドイツ人男性の発言はよくわかる。というのも自分も義母の介護で勤め人を辞め、その結果として今の仕事につながったのだが、その時の気持ちは、家族が病気等で倒れたときは、論理的に考えてはいけないというものであった。

「情」で対応するのが家族愛であり、その「情」から出る介護にモチベーションを持つのが人間の務めだ、と判断した体験があるからである。

首相を選ぶ選挙

 日本サッカー協会のモチベーションでザッケローニ監督を決めた。来年3月のヨルダン戦に勝てば、世界最速でワールドカップ出場が決まる。結果として日本人は満足する。

日本国民のモチベーションによって12月16日衆議院選挙で首相が決まる。果たして、国民が納得し、コロコロ変わらない首相を選べるか。一人ひとりにかかっている。以上。

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2012年11月30日

2012年11月20日 安定した日本が一番だ

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年11月20日 安定した日本が一番だ

富士のお山は日本の誇り

富士山は、その姿の崇高さ、優美さ、安定感によって日本の象徴であり、日本人の心のふるさとです。また、富士信仰ともいわれるように、悩んだ時に富士山を仰ぎみると、背筋を真っ直ぐ伸ばさねば、という想いにさせてくれる日本人の基盤的存在です。

子供のころ、近くの銭湯に行くと、浴槽の壁に富士山と羽衣の松と天女が描かれていました。その当時は何も分からずボーと見ていただけでしたが、あの絵の意味は、富士山が日本人のシンボルであるという証明であったのかと、今頃になって感慨に浸っています。
仮住まいに移って、朝夕に見る富士の安定感ある姿に、改めて見入っています。


 
今は東京が一番人気

今、日本の観光地で一人勝ちは東京でしょう。勿論、その理由は東京スカイツリーと、大正3年(1914)開業当初の姿に復元された東京駅によります。

スカイツリーはXmas装飾でシャンパンカラーに彩られ、東京駅はルネサンス様式の伝統的な装飾で蘇り、皇居までの御幸通りとマッチし、東京丸の内駅前地区は、世界でも指折りの落ち着いたシックな景観になりました。

また、東京駅は外見だけでなく、南北入口内のドームは、八角形の天井に巨大な鷲の彫刻が見据え、折り上げ天井となっていて一見の価値ありです。10月上旬に開催された国際通貨基金IMF総会時、東京国際フォーラムと帝国ホテルが主会場となった関係上、多くの外国人が東京駅を利用したので、世界中にこの安定感のある美しい景観が伝わったと思います。

世界は常に変化している

 アメリカはオバマ大統領が再選しました。だが、経済政策運営への不安が消えず、ダウ工業30種平均が一時下げ、半面、安全とされるアメリカ国債は買われ、利回りが下がり、ドル高となっています。

 中国は新体制、習近平総書記の就任で、新指導部の顔触れににじむ経済政策の停滞への不安か、香港と上海の株式相場は値を下げました。

一方、衆議院解散総選挙後の次期首相候補といわれる、自民党の安倍晋三総裁の発言、2~3%のインフレ目標、無制限の金融緩和、マイナス金利政策……。株価が上昇、日経平均株価は9000円を超えました。

我々が関知できない要因で、世界の経済指標が日ごとに変化し、これを的確に把握することは至難です。それより我々の生活面から見て、世界を評価した方がよろしいと思います。

中国について

 習近平体制について多くの解説が各マスコミでなされています。これは中国の世界に対する存在意味が高まっている証明です。一方、日本の動向に対する報道量は、以前から比較すると格段に減り、やはり経済的に躍進していないと世界からの関心が遠のいていきます。

 その通りですが、ここで少し中国経済・社会実態について分析してみると、先日の共産党大会で、退陣した胡錦濤総書記が2020年までに「国民の平均収入額とGDPを10年比で2倍にする」と発表しました。かつての日本の所得倍増論と同じです。

 中国のGDPは2011年でドル換算しますと7兆4000億ドル、これを計画通り7%成長させ、そこに中国元の切り上げとインフレ率をそれぞれ2%と予測して計算すれば、2020年には20兆ドルを超え、アメリカを抜いて世界一の経済規模に計算上なります。

 中国が世界一の経済国家になると、その経済力を背景に、世界に対する発言力を高め、特に、反日教育を日頃熱心に行っている日本に対しては、尖閣諸島問題を含めて干渉圧力を強化してくると予測されると、多くの識者が述べています。

 確かに、日本が高度成長した時代、日本の経済力をバックに日本は世界での発言を強め、ビジネス交渉でも各国に対し有利に進めることができましたから、中国の躍進と中国人の強引な性格を考えると、世界中が中国によって大きな影響を受ける懸念が高いでしょう。

問題が多い中国社会

 しかし、このGDPというもの、経済力を数字で表したものですが、その算出方法というより、経済をつくる手段に各国の違いがあるので、GDPといってもそれぞれ異なる実態で、それを平等に評価することには問題があります。

 例えば、2012年1月のNYタイムズ紙に、アイルランド人で「フォーブス」誌、「フィナンシャル・タイムズ」紙の元編集者である「エーモン・フィングルトン」氏が寄稿して大反響を呼んだ「日本の失敗という神話」The Myth of Japan’s Failureのなかで、アメリカのGDP計算について次のように指摘しています。

「80年代から米国の統計学者はGDPに対してインフレ率を調整するヘドニック法を積極的に採用するようになった。これは多くの専門家に言わせると、見かけ上の成長率を意図的にかさ上げする手法だ」と。

 アメリカのGDPに対しても批判があるわけで、まして中国には疑問が多くあります。先日、中国のGDP倍増計画について親しい経済アナリストにお聞きしたら「それは簡単に達成できる。中国全土が国有地なので、原価ゼロの上に建物を建てるとGDP向上となる」という見解で、計算上の経済はドンドン増えていくとの回答です。

 言われてみればその通りですが、いずれにしても中国の経済指標には疑問点が多く、実際のところどうなっているのか不明なところが多々あります。

 そのような不確実な中国ですが、確実に言えることは所得格差が酷く、反日デモの背景にはこの格差への不満があるというのが妥当な見解です。

裸官

これは「裸体官員」の略ですが、配偶者や子女が仕事以外の理由によって海外で暮らす、あるいは外国国籍や永住権を取得している中国政府の公務員のことを意味します。文字通りハダカの王様ならぬ「ハダカの官僚」ですが、別に服を着ていない訳でも、役職なしの平役人という意味でもなく、配偶者と子女が外国籍を取得して、国外に定住している官僚のことをいい、配偶者と子女を海外に送り出す理由は、勿論、職権を利用して蓄財し、頃合を見て海外に逃亡するためで、既に海外逃亡した汚職官僚数は四千名強、流失額は総計50億ドルに上るとも言われ、逃亡先は世界各地に広がっており、中でもカナダが人気らしいのです。

 また、習近平総書記一族の資産は300億円ともいわれています。日経新聞(2012.11.16)に報道されるくらいですから、多分、事実だと思いますが、共産党の幹部がどうやって資産を作り上げたのか不明です。いずれにしても一般国民は、幹部との所得格差を熟知しているので、反日教育による尖閣諸島の官制デモという「火遊び」に失敗すると、共産党王朝は過去の中国王朝の歴史が示す結果となる恐れがあると思っています。

91歳のアメリカ人の九州旅行

 友人のアメリカ人女性が91歳になるカリフォルニア在住の母親と二人で九州旅行をして、その結果を報告してくれました。一言で「何も心配いらなかった」というものです。

来日前は母親の年齢を考えて心配していたようですが、日本に着いて1日で全く心配は杞憂で、どこに行っても親切、車椅子はどこの駅でもホテルでも事前に用意され、薬を飲もうとすると親切な女性が水まで持ってきてくれるという、大変満足した旅ができたとの報告で、日本は世界の富裕層高齢者にとって最高の旅行先ではないかと絶賛です。

 実は、ここに日本のよさがあるのです。見かけの経済力であるGDPはデフレで20年間増えていないが、その間に国内整備は進み、とうとう東京駅まで素晴らしい復活を遂げ、「エーモン・フィングルトン」氏が実際に日本に来てみると、世界の評判とは大きく異なり「充実した生活を送っているのが日本人だ」というNYタイムズ紙記事が本当の姿です。

 経済成長という変化は少なく、所得格差は増えたと言っても他国と比較し少なく、大地震を除けば安心・安全で安定した生活の日本、誇りとプライドを持つべきと思います。           以上。

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2012年11月12日

2012年11月5日 尖閣諸島問題

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年11月5日 尖閣諸島問題

富士山は日本人の心の象徴
家の建て替えのため高層マンションに仮住まいしていますが、このところ毎日ベランダ越しに富士山が見えます。
今日の富士山は雪化粧で、そろそろ冬が訪れたと感じます。

ところで、富士山といえば、世界各地で富士山に似た山が、その地に住む日本人や日系人から「●●富士」と呼ばれているところがあります。
 


 (シアトルのタコマ富士レーニア山)

 (チリの富士山オソルソ山)                
10月はアメリカ・シアトルに行きましたが、ここでは標高4392mの火山レーニア山が、日本人・日系人からは「タコマ富士」と呼ばれていました。
同様に富士山そっくりの山は、チリ・サンティアゴから約1000キロ南に下ったプエルト・モンでも見ました。オソルソ山2652mですが、地元の日本人・日系人から「フジ」と慕われています。富士山は日本に生まれ育った、日本人の心の象徴で誇りです。

ジャイアンツが優勝

プロ野球の日本シリーズは、読売巨人軍ジャイアンツが優勝しました。3年ぶりの22度目の日本一になったこと、原監督におめでとうと述べたいと思います。

ところで、アメリカ大リーグのワールドシリーズでも、タイガースに4連勝し、2年ぶり7度目の優勝を果たしたのはサンフランシスコSF・ジャイアンツです。

その優勝パレードが10月31日、SF市内で行われ、この日はハロウィーンとパレードが重なり、街はどこへ行ってもオレンジと黒でしたが、雨だったのでキャンディをもらいに来た子供達にはあいにくでした、とSFの友人から連絡がありました。

このSF、アメリカ大統領選挙では街中オバマという感じです。元々民主党の地盤ですから、誰に聞いてもオバマに投票するという声ばかりです。アメリカの大統領選挙では、共和党が強い州は「赤」、民主党が強い州は「青」で表すと、フリージャーナリストの牛田誠氏が述べ、それを州別に表したのが下図です。

 これを見るとよくわかるように、西海岸は青の民主党、大陸の真ん中あたりは赤の共和党となっています。ですから、SF市内で大統領選の話をすると、圧倒的に民主党であるばかりでなく、中西部の人々を「あの人達は田舎者だ」という発言を聞きます。

なお、大統領選挙を行う投票所、日本では小中学校等の校舎が多いのですが、4年前の大統領選で見たSFの投票所、これは民間の普通の家の物置とかガレージで行われていまして、日本とは違う身近な感じをした体験がありますが、ここで注目したいのは投票所POLLING PLACEに、漢字で「在此投票」と書かれていることです。
      
漢字で書かれている背景を理解する、つまり、SFのベイエリアでは、アメリカ合衆国のどこよりも広東語を話す中国人が集中していることを示しています。また、その事実を証明するものとして、公立の高等学校、それも成績が良い生徒が集まる学校では、圧倒的に中国人が多く、知人の長男が通っている高校では70%が中国系になっているというのが実態です。実は、中国の怖さはここにあります。いつの間にか人の数で圧倒していくという戦略を採ってきます。

尖閣問題

 尖閣問題、中国の報道を見ていると、中国国内向けの成果アピールに躍起ということがわかります。

 中国の国家海洋局は10月30日、海洋監視船4隻を尖閣諸島周辺の日本の領海に侵入させた後、ウェブサイトで 「中国領海で不法な活動をしていた日本の船を領海から駆逐させた」と強調する報道がなされています。(日経新聞2012年11月3日)

勿論、日本の海上保安庁は「駆逐された事実はない」と否定しますが、中国は「日本に尖閣諸島の国有化を撤回するよう求めて」一方的で勝手な広報PR工作を行っているわけです。

 しかし、上の報道のように「海洋監視船員応募者ゼロ」ということを考えますと、中国人の本質はそれなりだと思わざるを得ません。

 この件に関して、共産党機関紙の人民日報は2日、紙面の半ページ分のスペースを使い、「該当ポストは採用条件のハードルが高かったので志望者がいなかっただけだ」などの苦しい言いわけをしていますが、中国人の実際の気持ちを正直に顕していると推察する方が妥当ではないでしょうか。 

一方、日本では海上保安庁に目指す若者が急増していることを考えますと、ここに日中両国民性が顕れていると考えられます。

だが、我々が最も注意し警戒しなければならないのは、SFの高校が中国人に占拠されたように、中国の最大の武器である国民の数を使った尖閣対処法で来た場合です。

それは、中国が明確な武力攻撃でなく、尖閣諸島を占拠しようと画策する「飽和攻撃」を採った場合のことです。中国の国家海洋局をはじめとする様々な機関が保有する船舶、その数は1470隻とみられ、それに地方政府の船舶を加えて、尖閣諸島に上陸を図るというケースが採られた場合、日本の海上保安庁船舶数は450隻ですから、完全阻難しいかも知れない可能性があります。

日本の誇りである美しい富士山を見つつも、我々は対中国対策を考えなければならない事態になっています。以上。

投稿者 Master : 17:31 | コメント (0)

2012年10月06日

2012年10月5日 一極集中、全体システム、または新工夫か(上)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×環境 山本紀久雄
2012年10月5日 一極集中、全体システム、または新工夫か(上)

地方の家並み景観

9月下旬、羽田から伊丹乗り換えで但馬空港に着陸し、豊岡市を経由し朝来市と養父市を回った。利用したJR、タクシーから外を見、特にバスは片道30分の山深き目的地に行き、道端を歩く人も殆どいなく、乗客も往復とも二人のみという状態のなか、その間ずっと窓外をウオッチングし続けたが、家並みには何ら違和感がなく、景観に珍しさが感じられない。どこの家も、新しい建材で建てられており、庭の片隅にプレハブ物置小屋がたたずんでいて、筆者の自宅あたり首都圏と似ている。

勿論、自然環境の山川と木々は地方の素朴さを示し、道路端には田畑があり、農業が行われているので、家と家との間隔は広く、全体的景観は違っているのであるが、家は今時の建築で建てられているので、住居としての木造家屋には何ら違和感をおぼえない。つまり、かつて存在していた地方独自の建築様式による住宅が見られないのである。

そこでこの地に観光に訪れたとしても、家屋とそれが続く家並みそのものは観光資源として存在し得ないと感じる。首都圏と同じように建物と物置小屋が並ぶ光景では、何ら地域としての特殊性がないからである。では、何故にこのようになったのか。その理由の第一は、全国統一基準の建築基準法により建築されるからであろうと推測している。

しかし、仮に日本に建築基準法がなければ、昔の家並みが維持されたか。それも疑わしい。日本人の家は、その家族の状況によって建てられるケースが多い。したがって、家族構成の変化や、今時の生活スタイルと異なった昔のままの間取りでは快適さが損なわれる。

さらに、元々冬寒く夏暑い構造建築であることや、萱葺きの屋根の場合、葺き替えにコストがかかり過ぎるように、メンテナンス費用が膨大になってしまい、それなら建て替えした方が安いし快適な生活が出来る。加えて、高度成長時代の道路等公共設備関係の整備も影響し、そこに日本人の何でも新しいものを好む感覚が加わって、家の建て替えに至るのだろう。

竹田城跡

家並みに景観に珍しさが感じない、朝来市和田山のホテルに宿泊しようと、チェックインすると本日は満室で、このところ連日団体客が入り満室が続いているとのこと。
どうして観光客が来て満室なのか。それは直ぐに分かった。JR山陰本線和田山駅にも、ホテルロビーにも竹田城跡のポスターが貼ってあるからである。竹田城跡への観光客が急増しているのである。

急増化した背景は、高倉健主演の映画「あなたへ」で竹田城跡が登場した結果である。亡くなった妻から「故郷の長崎県平戸の海へ散骨して下さい」という絵葉書での遺言と、その妻の真意を知るため、旅に出る男の話だが、その旅の途中で竹田城跡に立ち寄るのである。

竹田城跡は、標高353.7メートルの山頂に位置し、豪壮な石積みの城郭で、南北400メートル、東西100メートルにおよび、完存する石垣遺構としては全国屈指のもの。

この竹田城跡周辺では秋から冬にかけてのよく晴れた早朝に朝霧が発生し、雲海に包まれた竹田城跡は、まさに天空に浮かぶ城を思わせ、この幻想的な風景が「あなたへ」で巧みな映像と共に紹介され、それを一目見ようとたくさんの人々が訪れるようになったのである。実は、この城跡は以前から但馬地方では知られていたところだが、全国的にはそれほど有名でなく「あなたへ」のヒットで脚光を浴び、ホテルが満室状態という結果にしたのである。一つの観光資源が大勢の人々をひきつけるという好例である。

だが、この竹田城跡には欧米人観光客は少ない。

ところで、今、日本で欧米人が多いのはどこか。その第一は東京である。東京駅に行けばすぐにわかる。タクシー乗り場には大きなバックを持った欧米人が大勢並んでいるし、八重洲口のスカイツリー行きバス乗り場にも大勢いる。

訪日外国人は2012年7月、前年同月比50.5%増の845,300人。7月としては過去最高の2010年に次ぐ。それも都心ホテルに宿泊し「ビジネス客の戻りが顕著」という。

尖閣諸島を巡る日中関係の悪化を受けて、地方のホテルや旅館では、中国人団体客の予約キャンセルが出ているが、都内の大手ホテルは欧米からの利用者が中心。中国人の利用者が少ないこともあり、キャンセルは殆ど出ていないという。(日経新聞2012年9月21日)

2012年10月にはIMF総会が開かれるので、一段と外国人が訪れる。

高山市

さて、この東京のように欧米人が多いところが地方に存在していることをご存じだろうか。それは岐阜県高山市である。名古屋から高山本線で二時間以上かかり、その列車も昭和9年10月に開通した単線上を走るので、特急列車は左右揺れが酷く、トイレに行くのにも容易でないほどで、交通が決して便利とはいえない。また、到着した高山駅には、エレベーターもエスカレーターもない。重い大きいバックを抱えた観光客は、階段を上り下りすることになる。日本の主要な交通駅はすべてエレベーターやエスカレーターがあると言っても過言でないほど便利になっている。だが、高山は違う。それでも欧米人は訪れる。

この高山を有名にしている大きな要因は高山祭りである。春の山王祭りと秋の八幡祭りを言う。春祭りは、高山市城山に鎮座する日枝神社の例祭で、安川通りを境にして南側が祭礼の区域、現在屋台は十二基ある。

秋祭りは、高山市桜町に鎮座する桜山八幡宮の例祭で、安川通りを境にして北側が祭礼の区域、屋台は十一基ある。

 江戸時代からのこる屋台は、当時の材木商・金貸し業・酒造業・流通関係等、富を蓄えた豪商に支えられ、東西文化をふんだんに吸収して華麗に造られた。そこに屋台大工、漆塗職人、彫刻師が見事な技術で芸術品に育てている。

屋台は各町の通りに面した各々の保管庫に格納され、祭りの際に引き出されるのであるが、各屋台組には、屋台ごと非常に熱心な人が何人か必ずいる。これは一年の生活の中で「屋台が第一」という公言する人たちであり、祭りの時に、ほかの組の屋台に少しでもケチをつけられたり、差し出がましいことを言われたりすると、屋台好き同士でけんかになるほど屋台にひたむきの人である。屋台組では、自分の組の屋台が一番いいと自慢しあい、「オゾクタイ(立派でない、だめな意)屋台」と笑われることが何よりも腹立たしく、高いプライドを持っている。

屋台が定住要因

なお、この屋台組というのは、区域が決まっていて、その組内に入れば屋台組の権利が得られるが、いったん組の外へ出る、つまり、移住すると、どんな功労者でも屋台に乗ったり、曳いたりする権利を失うころになるので、この屋台組を離れない。
ということは、後に述べる屋台組が位置している「重要伝統的建造物群保存地区」から引っ越しをしないということ、つまり、現代的な快適性を捨てても、ここで生活していくことになり、屋台のお陰で昔ながらの保存建物が維持されていくのである。日本各地に祭りはいくつあるだろう。いったいどのくらいあるのか。10万とも30万あるとも言われるが、生活システムとして屋台を中心に置く祭りは他では見られない。これが高山祭りの特徴である。

日韓の団体観光客は領土問題で厳しい状況が続く。一方、欧米人観光客は個人が多く、文化的価値を求める傾向が強い。欧米人観光客増加対策について次号で検討する。以上。

投稿者 Master : 09:38 | コメント (0)

2012年09月20日

2012年9月20日 日独交歓音楽祭(下)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年9月20日 日独交歓音楽祭(下)

ドイツとの関係づくり

前号に続く「日独交歓音楽祭」についてお伝えしたい。
日本童謡歌唱コンクールで宮内麻里さんが歌った「大きな木はいいな」が金賞を受賞したが、その作詞は高橋育郎氏である。高橋氏は元国鉄マン、JRに移管する際に退職し、以後は童謡作家として活躍しているが、国鉄時代も歌で貢献している。

例えば、千葉管理局で昭和55年、団体旅行に力を注ぎレコード化第一号「シャンシャンいい旅夢の旅」を、次に「お座敷電車なのはな号音頭」を出し振付してもらい歌手と組んでカラオケ列車や落語列車を走らせ、町内からの新人歌手には「房総半島ひとめぐり」「ハッピーランド房総」をレコード化して歌ってもらい団体列車の勧誘につとめ、街の祭りや運動会などにもアイデアを発揮し、増収に貢献した。今は平成4年に始めた「心のふるさとを歌う会」を、日本橋社会教育会館で主催している。

しかし、肝心の童謡の世界は、高橋氏も、同氏が所属する日本童謡協会も、童謡歌唱コンクールのような素晴らしい企画を持ちながら、日本の子供たちが以前よりは童謡を口ずさまなくなっている。少しずつ子供の世界で童謡が下火化しているのが実態である。

この問題について、時折、高橋氏と話し合うことがあって、簡単に解決策が見つかるものではないが、方向性としては「国際化」の流れを取り入れることが必要であると提言している。そのようなタイミングに、カールスルーエの有馬氏が指導する独日協会合唱団が、東京で公演することを希望していることを知り、高橋氏は日本橋に拠点を持っているのであるから、お互いが交流することで、両者の希望が適えられるはず。

つまり、有馬氏は東京の中心である日本橋で公演開催が出来、高橋氏はドイツとの交流で童謡の国際化へのキッカケづくりになる、という両者のメリットをつなげるべく、カールスルーエ合唱団一員で筆者の通訳をしてくれている三樹子さんを紹介したわけである。

三樹子さんは日本人であるから言葉の問題はなく、高橋氏は早速にメール連絡し、有馬氏とも関係づくりし、日本橋社会教育会館事務局とも連携し、独日協会合唱団「デァ・フリューゲル」(注 翼という意味)の来日公演計画づくりに入っていったのである。

館山市でも開催

高橋氏がカールスルーエと交信を始めてすぐに、千葉県館山市の踊りの師匠、里見香華さんを高橋氏から紹介された。里見さんは滝沢馬琴作の南総里見八犬伝に書かれた里見家の末裔で、「里見氏正史物語をNHK大河ドラマに」と活動されていて、今年の五月にはNHK放送センターで、NHK幹部に署名活動の束と一緒に提案したという南房州をこよなく愛する素敵な女性である。さらに、国際的な行動派でもあり、一昨年はブラジル千葉県人会会館落成式に森田千葉県知事と共に出席し、祝舞として自ら振り付けをされた高橋氏の作詞「ああ、武士道」を踊り、大好評を得たという。

この里見さんと高橋氏と三人で会ったのは、千葉市駅近くの館山寿司の店であった。それまで知らなかったが、館山は魚の種類が多く、寿司店数が人口比で日本一ではないかと言われているほど寿司が有名で、確かに、その後何度か館山で寿司を食べたがうまい。

寿司はご存じのように世界の食べ物になっている。世界中の大都市には必ず美味い寿司店があるようだが、やはり、世界の観光客に聞くと、日本で食べると一味異なり、別格の本もの美味さだと称賛する。

上海で日本ツアーの添乗員を務める中国人女性から聞いたが、日本に行って最大の楽しみは寿司だという。上海とは比べ物にならない美味さだという。その通りだろう。

その日本でも美味いと言われている館山の寿司、それを食べながら里見さんと話していると、館山は関東地区では観光地として有名であるが、果たして世界レベルで論じた場合どうなのかという話題になった。

そこで、世界の観光地にはランク付けがあり、その結果で観光客が増減することを里見さんに伝えると、突然、眼を光らせて、もっとその仕組みを詳しく話してほしいという。

では、とお伝えしたのはシュラン旅行ガイドである。このガイドに掲載されている東京周辺地図を見ると「東京」「日光」「高尾山」「富士山」の四カ所が三ツ星で、オレンジ枠で大きく表示されていて、高尾山に欧米人が多く訪れるようになった理由は、この三ツ星が要因。イエローで囲まれた二つ星は「鎌倉」「伊豆半島」「修善寺」「下田」の四カ所、黒字に赤線が引かれている一つ星は「横浜」「箱根」「中禅寺湖」「河口湖」の四カ所となっていて、残念ながら館山は選ばれていなく、当然に掲載されていない。

どうして掲載され、何故に表示されないのか、その疑問を解く鍵は簡単明瞭で、このガイドブック作成のライターが訪問していないからで、訪問しないのはライターの手許にその観光地の情報が届いていないのである。

という意味は、訪問させるような情報を観光地が発信していないということで、具体的に言えば英語か仏語による観光資料が作成されていないからだと解説したところ、里見さんの眼はワールドカップのアメリカ戦決勝でシュートを決めた澤選手のように、新たなる好機を捉えたというような鋭い輝きに急変化する。

里見さんと別れて二三日後、里見さんから電話があり、館山で観光協会と市の観光課長へ「外国人観光客誘致」について解説をするよう要望された。さすがに行動派の面目躍如で、あの時の輝く鋭い眼が市役所と観光協会を動かしたのである。

その後、いろいろ打ち合わせや調整があったが、今年の4月に館山市で「外国人誘致セミナー」を開催することが出来た。講師に筆者の友人でフランス人のガイドブックライターであるリオネル・クローゾン氏を迎え、併せて房総半島の取材を行ってもらい、クローゾン氏講演会とパネルディスカッションを開いたのである。

これ等一連の動きから、高橋氏が有馬氏と連携して計画化してきた独日協会合唱団「デァ・フリューゲル」の来日公演企画も、当然に里見さんの耳に入って、再び、国際派の里見さんは館山国際交流協会に働きかけ、8月末に館山と日本橋で「日独交歓音楽祭」が開催されたわけである。

日独交歓音楽祭

館山は千葉県南総文化ホールにて、日本橋は日本橋社会教育会館にて開催されたが、様々な方面からの出演プログラムが組まれ、二会場とも満員、大盛況であった。

当日はいくつかの市の市会議員も来ていて、所属する市もドイツと文化交流したいと高橋氏に申し入れがあったとのことで、外国との関係づくりに少しでも貢献できたとすれば、大成功の「日独交歓音楽祭」であったと思う。

また、今回の「日独交歓音楽祭」が開催されたことは、外国との取っ掛りが難しいと思って、海外との民間交流を逡巡し、海外進出を躊躇している経営者に参考になったのではないかと思う。

外国との関係づくりは一般的には難しいと思いやすいが、いろいろ考えれば方法はあるわけで、その重要な一つとして外国との接点キーワードを挙げれば「日本語教室」の活用であろうと思う。日本に興味持つ外国人の多くは、日本語を学びたいと思い、当然のごとく「日本語教室」を訪れる。

また、教師は日本語が出来るし、現地在留日本人が教師をしている場合が多いので、外国語が苦手という言葉の問題はクリア可能である。カールスルーエの有馬氏が合唱団の会員を増やしたのは、日本語教室にアプローチしたからだと有馬氏は述べており、さらに、東京での公演を希望していることを筆者に伝えたのは、合唱団所属で通訳の三樹子さんである。

今回のように外国の地に住む日本人と、その方が所属している日本語教室や趣味の会を通じれば、割合簡単スムースに外国人とつながりを持てる。

経営者として、未知の海外リスクを勘案し、海外展開を躊躇するという気持ちは当然だとしても、日本国内でのシェア争いで「外部からみてあまり違いの分からない、ちょっとした内容」という差異化に、凄まじいまでの意欲と、工夫努力を続けている現状を見ると、随分無駄なコストと体力を消耗しているわけで、それよりも日本の素晴らしい品質・技術を持っていけば、かなり高い成功率となると思っている。

そのためには狙うべき外国の地情報を「集める」作業を行い、日本国内情報も「集め」、それらを狙い定めた外国へ発信すべく編集し、外国の地と何かのキッカケづくりに努力する事だろうと思うが、その成功例が今回の「日独交歓音楽祭」である。企業の外国進出へ参考にお伝えした次第。以上。

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2012年09月07日

日独交歓音楽祭(上)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年9月5日 日独交歓音楽祭(上)

異業種交流会にて

先日、異業種交流会で講演する機会があった。中小企業経営者などが多く、熱心に聞いていただいた。講演後、参加者と名刺交換し、質問を受けて気づいたことがあった。
それは、当然とはいえ、改めて確認したことであるが、「日本から日本を見る」という思考になっているということである。

当方は、毎月海外に出かけているので、必然的に「世界から日本を見る」という思考を展開すべく心掛けているが、やはり「そうか」と感じた次第である。例えば、世界的に有名なバラの花をテーマに起業したベンチャー経営者と名刺交換し、その事業概要をお聞きしたので、「その花はパリのブローニュの森のバガテル公園が著名ですね」と伝えると、怪訝な顔をする。初めて知ったらしいのである。

外国とつながりをつける

新しい事業を始めるに当って、まず必要なのは「集める」作業、つまり、自らが狙う市場の情報を集めておくことだろう。

また、その情報は世界中にあるわけで、日本国内にとどめておくことは、狭い範囲での「集める」作業になってしまうから、発想に広がりを欠く傾向になりやすい。
だが、それらを補って余りあるのが、起業家の凄まじいまでの意欲と、工夫努力であり、これを武器に強力に国内で事業を展開している事例を多く見る。

しかし、その工夫と努力によって、他企業に差をつけようとしている内容を少し深く分析してみると、その差異は「外部からみてあまり違いの分からない、ちょっとした内容」になっているように感じる。

その上、日本国内の流通サービス業における客対応力は、世界的にみて高く評価されているように、細やかな気配りがきいた上質レベルであって、この対応に慣れ切った日本の消費者を相手にするのであるから、差異化へ投入するエネルギーと、そこから得られるアウトプット果実を比較すると、あまり効率的ではない。

ということで、情報を「集める」作業は、国内だけでなく、外国の情報も集め、その過程で外国人とつながりをつくり、それをきっかけとして外国進出も検討した方がよいのではと、名刺交換したベンチャー起業経営者に話したのであるが、「話は分かるが外国とのとっかかりがない」ので無理だという顔をする。

多分、このような起業家が多いのではないかと推察する。そこで、今号では、先日開催した「日独交歓音楽祭」、これは民間外交として展開したのであるが、その経緯をお伝えすることで、外国人との接点はこのようにすると出来るという事例を紹介したい。

縮小していく国内市場対策として、外国進出が大事であることをすべての経営者は知っているが、そこへの道筋に悩んでいる方への一つの事例として参考にして頂きたい。

ドイツ・カールスルーエの合唱団

ドイツ南西部に位置するバーデン・ヴェルテンベルグ州の都市カールスルーエ(Karlsruhe)は、日本ではあまり知られていない。日本人には温泉保養地として著名なバーデン・バーデンの方が知られている。そのバーデン・バーデンから29キロメ-トル、急行列車でたったの15分のところにカールスルーエは位置している。

カールスルーエは城を中心に町がつくられており、街並みを歩いていくと、城の両側の側面から延びる道路が、城を基点として扇形に延び、その扇形の中に中心市街地が入っているので「扇の街」と呼ばれていることがよくわかる。

また、街の中心にはマルクト広場があるが、この広場を設計したのがヴァインブレンナ-で、バーデン・バーデンのクアハウスも設計したヨ-ロッパで屈指の設計家であり、市民はこの広場でくつろぎ、お祭りに興じるのである。

このカールスルーエには、ここ10年くらい毎年訪問しているが、カールスルーエには国際的に著名な国立音楽大学があり、世界中から留学生が集まっていて、その教授陣に二人の日本人がいることが分かってきた。

一人はドイツ・リート歌唱で国際的に高い評価を得ている、声楽科歌曲クラスの白井光子教授、もう一人はベルリン・フィルハーモニーホールをはじめとする世界の一流舞台で活動を重ねる打楽器奏者の中村功教授である。

白井教授とは、カールスルーエ市街の散策中や日本食レストラン、マルクト広場の合唱団コンサート会場などで何度もお会いしているが、この白井教授に師事した有馬牧太郎氏がカールスルーエ「独日協会」の合唱団を指揮・指導している。

有馬氏は東京芸術大学卒業後、カールスルーエ音楽大学に留学、卒業後、同大学の声楽科講師を兼ね、現在いくつかの合唱団の指導もしていて、カールスルーエの合唱団も有馬氏の指導下にある。
この合唱団は、マルクト広場でのお祭りには必ずゲストとして歌を披露、それも全員が着物姿で登場し、最後には必ずソーラン節で盛り上げるので、客席から盛大な拍手が鳴り響く実力派である。

実は、この合唱団の有力メンバーであるチズマジア・三樹子さんが、筆者の通訳を担当してくれている関係で、自然に合唱団のメンバーとも親しくなり、自宅へ訪問し、ビアホールでお会いしているうちに、メンバーが合唱団に入るキッカケの実態が分かってきた。

最初は、日本に対する興味からで、その興味と関心内容は人によって異なるが、結果として日本語を学びたくなり、どこへ行けば日本語を教えてもらえるかを調べているうちに、「独日協会」の日本語教室を見つけ、そこで日本語を勉強しているうちに、日本の童謡等が歌われている合唱団の存在を知ることになる。

「独日協会」とはドイツ国内各都市に存在し、日独友好関係に寄与している民間組織であって、日本ファンの集まりである。

さらに、合唱団は既に2007年に東北地方を中心に日本公演をしているように、合唱団に参加すると憧れの日本へ行けるチャンスもあるので、日本の歌を通じて熱心に日本語を勉強することになり、一段と日本に対する興味を強くもっていくのである。

この独日協会合唱団が、再び2012年の夏に日本公演を計画していると三樹子さんから二年前に聞き、加えて、東京でも公演したいという希望があると聞き、ふと東京・日本橋で合唱団を主催・指揮している高橋育郎氏を思い浮かべた。

日本童謡歌唱コンクール

高橋氏とは長い友人であって、童謡の世界では知られている作詞家である。童謡とは広義には子供向けの歌を指し、狭義には大正時代後期以降、子供に歌われることを目的に作られた創作歌曲を指すように、我々が幼年期からよく馴染み、歌ってきたものである。

しかし、高橋氏はこの古い歴史のある童謡範疇を超えた、新しい現代感覚の作詞を創作していて、代表作として「大きな木はいいな」がある。

その高橋氏から一昨年11月、第25回日本童謡歌唱コンクールで「大きな木はいいな」が歌われると聞き五反田の会場に出かけた。

童謡歌唱コンクールとは日本童謡協会主催で、「子供」「大人」「ファミリー」の三部門があり、まずテープによる審査を各ブロック単位で実施し、その上位者が8月から9月にかけて行われるブロック決勝大会を経て、金賞受賞者が11月のグランプリ大会に出場し、金賞・銀賞・銅賞が決定するシステムで、テレビ朝日系列で放映される。

一昨年のコンクール会場で一番前の席に座り、全国から勝ち抜いた童謡を聞いたが、さすがに皆さん上手いなぁと納得し続けていると、「大きな木はいいな」を歌う東海・北陸ブロック代表の宮内麻里さんが登場し、細身の体を少し傾け歌いだした。その瞬間、彼女のソプラノが、奥深き山の深淵から湧き出てくる清らかな澄んだ水の流れのように、ステージから会場の奥まで通り抜け、歌い終わったときには、これは「グランプリだ」と確信したわけだが、結果はその通りで、みごとに大人部門の金賞を受賞した。

また、彼女の歌い方で特に感銘したのは「みんなではくしゅを してあげよう」というフレーズであり、後日、彼女に確認すると「ここが最もこの歌で好きなところ」という。次号続く。以上。

投稿者 Master : 16:13 | コメント (0)

2012年08月21日

2012年8月20日 小国大輝論(下)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年8月20日 小国大輝論(下)

パイ拡大思想

 前号の上田篤著「小国大輝論」を続けて紹介する。『パイ拡大をよし』とする思想はいつ、どこでうまれたのか?
それを上田氏は明治四年から明治六年まで欧米派遣した岩倉使節団にあるとする。

「岩倉使節団が欧米各国を視察したとき、一行が、はじめアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、オーストリアそれにイタリアといった七か国の大国のどれかを日本の将来モデルの候補としてかんがえていたかはうたがわしい。というのも使節団は、それら大国のほかにベルギー、オランダ、ザクセン、スイス、デンマークそれとスウェーデンといった小国六か国をも訪問しているからだ。むしろ使節団はこれら小国に大きな関心をよせ、かつ、期待感をにじませていた。それも、日本の国土の小ささや資源の少なさをかんがえれば、とうぜんのことだったろう。
 
ところが、使節団が日本を出発する前年に普仏戦争がおき、そのけっか小国プロイセンは大国フランスに勝利した。そして使節団がヨーロッパに到着したときには、プロイセンを中心とするドイツ帝国がうまれていたのである。

そうして一行はドイツ帝国で『鉄血宰相』の異名をとるオットー・ビスマルク(1815~98)の演説に魅せられた。『小国が生きていくためには国際法などおよそ役に立たず鉄と血によるしかない』。ナポレオンにおさえられていたがそれを跳ねかえした、というプロイセンの歩みは、片務的な『日米修好通商条約』を飲まされて苦々しいおもいで開国した日本人にものすごい共感をもってうけいれられた。 すると日本もまた『日米修好通商条約』をうちやぶるためには武闘路線をもって大国になるしかない。

 こうして使節団一行は、ドイツにおいて『小国だったプロイセンが大国ドイツになった』というなまなましい現実をみせつけられたことが大きかった。ここに道徳どころか国際法までも無視するビスマルクの演説に共鳴して、大久保利通の『大国志向』がうまれていった、とおもわれる。『日米修好通商条約』を打破するための手段としての『富国強兵』が、こうして日本の国是になっていったのである」

小国路線選択もあった

 日本が小国を見習うべきだったのに、大国化したドイツを模範にしたことから、今日の経済大国化に進んだという見解である。もし仮に、岩倉使節団の欧米視察結果を受けて小国を見習い、日本国の国是としたらどのような国家になっていたであろうか。

 実は、この大国・小国路線の選択は、維新の元勲である大久保利通と木戸孝允の違いであった。木戸孝允は日本がスイスを目指せばと考えていたようである。それを「小国大輝論」が、イタリア統一運動をすすめたレフ・イリイッチ・メーチコフが見た見解として木戸孝允に対し、次のように述べている。
「日本議会の招集を夢み、ほどなくすばらしい炯眼をもってこう洞察した。すなわち長期にわたる共同体制をそなえたスイスこそ、領土の狭さにもかかわらず、多様な地域的、歴史的特性をもった日本のような国の為政者にとって格好の政治的教訓になる」

 大久保とは大きく異なる見解で、この当時から大久保と木戸の対立があったが、結局、有司専制といわれた大久保への権力集中によって富国強兵路線に向かって今日に至っている。

改めてノルウェーを調べてみると

 ここで国土面積が38.5万キロ㎡と日本とほぼ同じで、人口500万人のノルウェーを改めて見つめてみたい。

① ノルウェーはEU加盟を国民投票で拒否している。理由には様々な見解があるが、市場経済優先ではノルウェーの持つ特性、福祉の後退や女性の権利の後退することへのという不安があげられる。結果として、現在のユーロ危機には巻き込まれていない。

② ノーベル平和賞はノルウェーである。文学賞などの他のノーベル賞がスウェーデン・ストックホルムで授与されるが、平和賞はノルウェーのオスロで授与される。ノルウェーが「平和」という絶対的な全世界共通の社会価値について、その格付け機関として位置していることは、国家ブランドとして世界に輝く存在となっている。小国ゆえになり得る立場であろう。

③ ノルウェーの劇作家のヘンリック・イプセンは世界的に有名である。代表作は勿論「人形の家」であり、日本では婦人解放論者として受け入れられ、新しい社会思想家として受け入れられている。

④ ノルウェーを一般的な地図で見ないで、北極点から眺めてみるならば、その見方は大きく変化する。北極というとロシア、シベリアと思いがちだが、実は、極点近くに一番島嶼が広がっているのはカナダ、それから巨大なグリーンランドがデンマーク領。米国はアラスカを領有しているが、これらの国が面している北極海の大半は、永久流氷に閉ざされている。これに対して、メキシコ暖流が注ぐ北大西洋海流側は北緯80度過ぎまで海が凍結していない。「暖かい北極海」のど真ん中には、ノルウェー領のスヴァールバル諸島の存在が目を引き、よく見ると「暖かい北極海」海岸のすべてが、ノルウェーとロシアである。この「暖かい北極海」がそのまま巨大な油田と推測すると、この油田の恩恵に与っている国は、すべてノルウェーであることがわかる。

ここにノルウェーがEUに加盟しないひとつの重要な理由がある。ノルウェーは「OPEC(石油輸出国機構)非加盟の世界第3位の産油国」なのに、フィヨルド地形を利用した水力発電や潮位差発電などで国内需要を賄い、石油とガスは輸出に回しているのである。

また、海洋油田というのは開発とリグ建設や海底パイプ施設に莫大な投資をつぎ込むが、いったん生産が軌道にのるとやることは大部分コンピューター制御できるので、GDPの約20%を稼ぎだすにもかかわらず、石油生産に従事する労働者は人口のわずか2%。

とても効率がよいというところから、名目GDP一人当たりは97,254ドル。(2011年)と世界第三位の富裕国となっている。

ノルウェーの財政黒字

最後に最も大事なことにふれたい。野田政権が「まずは増税ありき」と消費税の増税をする目的は財政再建、国の借金経営を是正であるが、ノルウェーはノルウェーの2012年見込み財政黒字は4080億クローネ(6兆1200億円)であり、これとは別に石油輸出による収入は大部分「石油基金」にプールされ、2012年3月末時点の運用資産は3兆4960億クローネ(52兆4400億円)となっている。

人口が500万人であるから
(6兆1200億円+ 52兆4400億円)÷ 500万人=1172万円

という国民一人当たり黒字額となる。日本と正反対の良好財政である。それなのに所得税50%、消費税25%という高率となっているが、既にみたように国民は文句を言わないのである。

国民の税に対する考え方が違うのであるが、その背景には政治が国民に納得できる福祉や公共サービスが充実を示しているからであって、ここきが日本と大きく異なるところである。

日本はどうすべきか

 日本は世界一の財政赤字国。政治の進め方でこのような実態になっているのであるが、ここからどう脱却するのか。様々な見解があると思うが、基本的には次の三点ではないかと思っている。

① 国家への納税額を増やす政策を採る。そのためには経済成長によって税収を増やすとともに、やはり消費税増税政策は受け入れないといけないだろう。

② 公務員人件費の削減が必要である。かつては民間給与を大きく下回っていた公務員人件費が、いつの間にか大きく上回っている。これも政治の問題であるから、政治で解決していかねばならない。

③ 日本は身の程を知った方がよいだろう。大国と思うから「ジリ貧大国」等と国民を暗い気持ちにさせる識者が大手を振って講演に歩くことになる。もともと国土は狭く、人口は少なかったのだから、人口減に向かうのは、人口適正化への道筋と考え直し、受け入れることで、大国意識を薄め、日本の特性条件を活かした国づくりが必要であろう。

つまり、資源小国なのだから「技術大国」へ。国土小国なのだから世界に稀なる四季を活かした「自然大国」へ。歴史と伝統に輝く文化を発信することで「文化大国」へ。

明治初年の岩倉使節団以降、パイの大きさを競う大国化を目指した日本を、東日本大震災を機会に、身の程を知るよう、別角度から考えなおして、小国であるが次元の異なる輝く大国にしたいと思う。

ノルウェーのフィヨルド景観を眺め国民に直接聞くと、日本国家運営へのヒントが多々ある。バカのひとつ覚えで経済成長のみを追うのでなく、生活重視への変化が必要であろう。以上。

投稿者 Master : 08:57 | コメント (0)

2012年08月06日

2012年8月5日 小国大輝論(上)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年8月5日 小国大輝論(上)

消費税増税

消費税増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連法案に対して、国民からは厳しい意見が多い。日本経済新聞社とテレビ東京が7月27日~29日に共同で実施した世論調査では、野田内閣の支持率は28%と急落し、消費税増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連法案への賛成は41%、反対が49%である。

また、これを無党派層に限れば賛成が30%にとどまり、反対が57%になっている。この背景に「5%増という数字ばかり先に決まっていて、肝心の中味がない」という風評誤解があるという見解が多い。

確かに2015年10月に消費税が10%に引き上げられた場合、増税分5%の内訳は、国の年金国庫負担金を引き上げるための財源に1%、高齢者増加による社会給付財源が3%、消費税増税に伴う物価上昇に対応するための給付維持分が1%というように、基本的な大枠は決まっているので、増税だけを先に決めたという批判は的を得ていないという見解もあるが、一般的国民の気持ちは「まずは増税ありき」となっている。

ノルウェー・ベルゲン

7月上旬はノルウェー・ベルゲン、ハンザ同盟の商館がある世界遺産の旧市街と、フィヨルドの観光基地でもあるが、その一企業を訪問した。

社長に日本で消費税が話題となっているので、ノルウェーの25%という消費税について負担になっていないかまず聞くと「全く問題としてない」という明確なもの。ちょっと期待外れであったが、日本のインターネットで検索してみると以下の内容と同じであった。

(質問)なぜ、スウェーデンやノルウェー、デンマークは消費税の税率が25%と高いのですか?

(回答)福祉や公共サービスが充実しているからです。高福祉高負担といって高い税率が掛かるかわりに老後は貯金が無くても問題なく生活が送れる社会な為、国民からも不満がでません。日本はとにかく借金を返す為に消費税を上げようと福祉や公共サービスのプランが見えない増税を打ち出している為、国民からの反発も強くなかなか増税にはつながりません。日本の政治家も目先ではなく20年30年後のビジョンをしっかりもって政治をしてほしいものですね。

この回答からも、日本国民の野田政権に対する支持率下落の要因が分かるが、もうひとつ紹介したいのはアメリカの新聞記事である。(Inc・クーリエジャポン2012年7月号)

タイトルは「税金が高いノルウェーのほうが、なぜ米国より起業しやすいのか?」という記事で、その中で油田採掘現場に人材派遣する会社を起業した社長の言葉として次のように書かれている。

「いい税制ですよ。公平ですからね。税金を払うのは、商品を買うようなものです。だとすれば大切なのは商品に対する金の払い方でなく、商品の品質でしょう」と。

 この社長は政府のサービスに満足していて、自分の払っている対価は妥当だと考えていることがわかる。もう少し紹介する。

「ノルウェー国民として、彼は連邦政府に所得の50%近くを納め、その他にも純資産のおよそ1%に相当するかなりの額を税金として払っている。さらに25%の消費税も払っているのだ。 2010年、この社長は所得と資産に対して個人として10万2970ドルの税を納めた。私がこんな細かい数字を知っているのは、納税申告書がウエブ上に公開されていて、誰でも、そしてどこからでも調べることができるからだ。納税者が有名なスポーツ選手であれ、お隣さんであれ、調べるのは難しくない」

 つまり、ノルウェー人は税金の支払いを「購入」、つまり、サービスの対価と払うことだとみなしていることであで、明らかに日本人とは異なる。

日本に戻って何人かの経営者にノルウェーで経験したことを伝えると、皆一様にビックリする。日本では税金を「お上に取られるものだ」と認識しているのであって、考え方の違いは大きい。

小国大輝論を読んで

 先日、上田篤著「小国大輝論」を読んでみた。なかなか深みのある内容で参考になったが、特に感じたのは以下の内容である。著者は元建設省技官であるから官僚であるが、その官僚が日本の官僚の問題点を三つあげている。

「かれらの政策決定において非所掌者である他の官僚たちの賛同をうるために、しばしば『経験主義』『物質主義』『鎖国主義』ともいうべき議論がおこなわれる。だがそのために、しばしばおもいがけない陥穽におちいることがある。

 第一に、経験主義であるために経験しなかったことに弱い。未来もすべて過去の経験でしか推しはからないからだ。だから地震予測もすべて過去の経験による。したがって経験しなかったことについてはまったくお手上げである。こんどの大震災で『想定外』ということばが乱発されて国民の顰蹙をかったわけだ。

 そういう経験主義だから直観ということは排される。しかしさきにのべたように現場にでれば津波は直観できるのだが、だが、誰もそれをやらないから官僚は『未来痴』である。

 第二に物質主義であるから、孔子ではないが『快刀乱神』といったものは避ける。神や仏というものをまったくみとめない。したがって今回の大震災でも、貞観十一年(869年)に仙台平野でおきた大津波のことは考慮されなかった。

なぜなら、それをつたえる『日本紀略』そのものに神や怪異の話がおおいからだ。したがって貞観津波が無視されただけでなく、そのとき津波の到達時点につくられた波分神社の存在もみなかった。その波分神社から海側は『貞観津波がやってきた』目印だったのだが、それも無視して開発はすすめられた。すなわち『鬼神』を避ける『鬼神痴』とわたしはみる。

 第三に鎖国主義である。日本は島国だから、だれでも国内のことなら知らない土地でもおおよその見当がつく。しかし外国となるとさっぱりということがおおい。

 今回も、2004年12月にインドネシアのスマトラ沖でおきた『マグニチュード九・〇の地震、それによる高さ十メートルの津波、三十万人の死者』は日本にはおよそ関係ない、とみていた。それは調査の結果でなく、はじめから『別世界のこと』で『外国痴』である。

 以上の『未来痴』『鬼神痴』『外国痴』つづめていえば『未痴』『鬼痴』『外痴』の三痴は、すぐれた近代官僚をもつ日本の役人の、いわば泣き所といってもいいものなのである」

パイの拡大方針

 もう少し上田篤著「小国大輝論」の紹介を続けたい。

「そのけっか、原発の『経済性・効率性』を追求するあまり、今回、役人のこの『三痴』の欠陥をつかれて『想定外という未経験』『貞観津波の無視』『スマトラ沖津波の無知』という悲劇の結果になったのである。それら罹災状況の一部始終をみていた国民は、さきにものべたようにこれを『人災』とみ、これから長くつづくであろう結果の恐ろしさに当惑している。ために日本社会はふかい沈滞におちいっている。

 ではこれからどうするのか? 問題は『人災』ということである。それについてはすでにいろいろのことがいわれているが、わたしはその元は『パイの拡大』にあるとおもう。

 だれがかんがえてもわかることだが、なにごとも『パイの拡大』つまり単純な成長主義をつづけていけば、さいごは破局である。

 『パイの拡大』つまり国内総生産を高めるのも結構だが、それは単純にどこまでもつづくものではないだろう。人間には欲望があるから『関係者はパイを拡大したい』とおもうだろうが、しかし『パイの拡大』の最後は破局に決まっている。

であるのに、なぜパイを拡大するのか? 問題は破局にみちびくような『パイ拡大をよし』とする思想にある。それあるかぎり、破局への道程はかぎりなくある」次号へ続く。以上。

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2012年07月23日

2012年7月20日 考えるという脳作業・・・後半

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年7月20日 考えるという脳作業・・・後半

「考える」とはどういう脳作業を意味するのか

前号に続いて「考える」を具体的に検討してみたい。我々は幼少時に親から「考えろ」と言われ、学校でも「考えなさい」と言われ続け、社会生活でも同様の指摘を受けることが多い。しかし、この「考える」ということは、具体的にどういう脳作業なのか、それについては親も学校も会社の上司・先輩も教えてくれていない。特に、学校では知識を体系的に教えているが、自ら考えるためにはどうすることが必要だという、肝心要なことは教えてくれないのに、先生から「考えなさい」と言われ続けてきた。

我々は、ここでもう一度「考える」ということを、洗い直し、自らの日常生活に取り入れていくことで、日常習慣化していく、ということを検討したらどうだろうかと提案したい。つまり、「考えよう」と意識しなくても、自然に「常に学び考え続ける」状態にすることができれば、「考える」ことは生活習慣になって無理なくできる。

ということになれば、生活習慣病ではないが、思考することを生活習慣化するのであるから、無理なく、いつでも考えることができるはずで、そのような日本人が増えて、それらの人達が企業に入っていくと、延岡教授、遠藤教授、伊藤所長の指摘に適う人間になれ、その結果意味的価値を創りだせ、「際立つ存在」の経営体に変身出来るはずだ。

考えることとは

では一体、考えるとはどういう脳の作業なのだろうか。世の中には専門家を含め、様々な見解が披瀝されているが、当方は以下の五段階ステップが脳細胞の中で意識的に行われることで「考える」作業が進むと認識し、日常習慣化作業として実行している。

① 集める⇒知識や資料・情報は多くあった方がよく、この集めることが基本である。

② 分ける⇒集めた情報は、必要な項目ごとに分けてファイル化する。

③ 比べる⇒必要なテーマ・研究内容にしたがって分けたファイル・情報を比べる。つまり分析作業である。

④ 組合せる⇒分析した結果の情報を、目的・目標に基づいていろいろ組合せする。これが実はアイディアの源泉で、様々な組合せが行うほどアイディアは多く生まれる。

⑤ 選ぶ⇒組合せした中から選択する。決定作業である。この決定が最も大事で、この際に時代の方向性を掴んでいるか、つまり第一ステップの「集める」作業が時代方向性に合致していたかどうかというところが問われるわけで、時代性・時流の捉え方が狂うと大問題になる。日本のテレビ事業がこれに該当する。

最近体験したこと

 今までに何回か「日本観光大国化」について具体的提案をし、各種セミナーや討論会を各地で開催してきた。その背景としては、日本が人口減に向かっている事実を考えれば、日本への観光客を増加させ、滞留人口を増やす戦略は重要であり、そこに微力ながら貢献していきたいと思って行動しているからである。 

しかし、全てのプロジェクトが順調に進められるということはなく、全く関心を呼ばず、返って誤解を受け頓挫する事例も多々あるが、一番問題なのは「外国人観光客を増やしたい」というなすべき「戦略」は十分に分かっているが、何ら手段を講じない人達がいることである。

どうして様々な方法を駆使して外国人観光客を増やさないのか。それは過去に様々な方法でトライしたが、それが悉く失敗して、脳細胞の中に「もういい、したくない」と思ってしまっている場合である。
ここに至ると最悪であって、こういうケースでは、行政と住民との人間関係が複雑に絡み合って、憎悪とも言うべき対立が生じているので、そこに入るとこちらが火の粉を浴びる結果となるから、折角の世界的観光資源があっても立ち入らないようにすることになる。

先日も、フランスで著名なジャーナリスト男性と、ハーバート大学院卒博士のアメリカ人女性と一緒に、関東地区の海辺の市を訪問した。いろいろ観光ポイントを案内してもらっているうちに、二人の外国人が異口同音に述べたのは「あれはすごい。あれは外国人が最も関心持つ観光素材だろう」というポイントがあった。

そこで、市長、観光部門の関係者に伝え、勿論、直接同行外国人からも話をしてもらったのだが、全然動かない。そこで、その市出身の友人に動かない背景を調べてもらうと、過去に市の有力者がコンサルタントを導入し、様々な仕掛けを講じたのに、全くうまく行かなかったという事実が判明し、もう他からの観光政策の提言はコリゴリだというより、そういう提案には嫌悪感さえ抱いている、という事実が判明した。

したがって、今は誰も何も動かなく、昔栄えた旅館は倒産していくという自然淘汰状態のままになっている。残念だが仕方ない。

この状態を「考える」という視点で分析してみるならば、まず、提案を受け付けないのであるから情報を「集める」作業を拒否していることになり、第一ステップがスタートしないわけであるから、最初から「考える」という行為を諦めていることになる。

このような事例は各地で多いのではないかと推定しているが、これでは人間の脳細胞を使わず、ロスを続ける思考習慣化しているといわざるを得ない。

うまく行った事例もある

一方、非常にスムースに展開する場合も当然にある。

播磨灘に事業所を位置している企業から「世界遺産の姫路城までは外国人が大勢来るのに、すぐそこの播磨灘海岸には外国人観光客が少ない」という問題提言と、その解決策の相談を以前から受けていた。

いろいろ考えて、ふと、前述のフランス人ジャーナリストに話すと「そうならば播磨灘を海外にPRするために取材し、自分がレポート記事を書こう」ということになり、4月に当方も同行し一緒に播磨灘海岸各地を歩き回って、レポートは秋に完成することになっている。

この播磨灘レポートは、英文と仏文で「播磨灘文化・観光ホームページ」として世界に発信するのであるが、意欲的で前向きな経営者がいる場合は、行政とは関係なく日本観光大国化へ、ひとつの道筋貢献が進むことになる。

つまり、この企業にとっては自社の商品を、播磨灘産ブランドして世界に発信しているのであるから、当然そのPRになり、売上拡大につながり、また、播磨灘各地の観光地にとっては、外国人に知られる一助になって、いずれ時間軸の推移とともに、観光客が増えていくという結果が期待できるのである。

以上は、一企業の経営者判断が播磨灘の観光に貢献する事例であるが、ここで大事なことは「著名なフランス人ジャーナリスト」の投入ということである。

日本人ライターでも優れた文章は十分に書ける。だが、今回は外国人に読んでもらい、来日誘引したいわけであるから、ライターは外国人の方が適している。

そこで、書き手としてフランス人ジャーナリストと、NYタイムス寄稿ライターの二人を検討したが、結局フランス人が一番適していると考えたわけである。

フランス人が最も適しているという理由は、フランスが世界一の観光大国であり、文化ブランド国家であるから、そこのノウハウを肌身で持ち合わせているわけで、加えて、この人物が世界的大手の出版社が高く評価している人材で、ミシュラン社やアシェット社の観光ガイドブックのライターでもあるので、その方面にも働きかけてくれるという期待もあって今回選定したわけである。

 外国に頻繁に出かける中で、時間軸とともに知り合いが増え、人脈ができていくが、これも「考える」作業の第一ステップの「集める」作業に該当して、今回はたまたまその中から必要な「戦略要素」によって人脈の「分ける作業」をし、次に「人物を比べる作業」をして、続いて「必要な人物と要求される内容を組合せプランつくり」して、「最後に選択し決定作業」をしたわけである。

これが「播磨灘文化・観光ホームページ」つくりで行った背景であるが、もうひとつ重要な要素として時代性がある。

フランス人が書くレポート、そこに当然に今の時代性が入ってくるだろうが、それと播磨灘が持ち合わせている観光ポイントとが合致していなければ、いくらホームページで紹介しても世界の人々は見ないし、来日しないだろう。そのところの確認作業は、人間の直感的な分野であって、理論的に説明が難しいのだが、フランス人から原稿が届いた時点で、今の時流に合致しているかどうか、検討しチェックする予定である。以上。

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2012年07月10日

2012年7月5日 考えるという脳作業・・・前半

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年7月5日 考えるという脳作業・・・前半

日本人は「考える」ことについて具体的教育を受けていない
我々は幼少時に、親から「考えろ」と言われ続け、学校でも「考えなさい」と言われ続け、社会生活でも様々なタイミングで同様の指摘を受けることが多いのだが、この「考える」ということは、具体的にどういう脳作業なのか、それについては親も学校も会社の上司・先輩も教えてくれないままになっていると思う。
このあたりでもう一度「考える」ということを、洗い直し、自らの日常生活に取り入れていくことで、日常習慣化していく、というようなことを検討しないと、世界から「日本人は考える力が弱い」と指摘受ける結果となるだろうと懸念している。

伊藤穰一MITメディアラボ所長の指摘
伊藤穰一MITメディアラボ所長が、NYタイムスの社外役員に就任した。(日経新聞2012.6.23)

伊藤氏は1966年生れ46歳であり、日本におけるインターネット普及の第一人者で、MITメディアラボ所長には、2011年9月に約250名の候補者の中から抜擢された人物である。
その伊藤氏が次のように語っている。(クーリエ2012年1月号)

「従来のビジネスというのは、ある程度学んで効率を良くして、なるべく同じ作業を繰り返すことで生産性を高め、おカネを蓄積する。で、それを守る。だから、学びを止める。効率良く同じことを繰り返し、財産を蓄積するのが”オトナ“の世界なんですよね。

でも、変化の激しい現代の社会では、そのやりかたはもう通用しない。変化に応じて、効率は良くないかもしれないけれど常に学び続ける。偶然性だとか複雑性のなかで自分が生きるための学びの力とかネットワークの力を蓄積して、どうやって活動するかを考えることがすごく重要です。これは個人も組織もそうなんですが、それがいまの日本は弱いような気がしています」

と、今の日本人は「常に学び考え続ける」という段階が弱いと述べている。日本テレビ事業が世界競争で敗退した事実から考えると、この指摘は当たっているのではないかと思う。

日本のテレビ事業敗北要因

日本の大手家電メーカー三社、パナソニック、ソニー、シャープが巨額の赤字を出したが、その主因は薄型テレビ事業での敗北だと分析されている。

その背景として、急激な円高や、電力料金の高さなどのインフラコストに加え、海外メーカーは優遇税制の恩恵を受けているなど、一企業ではコントロールできない逆風要因があるのは事実だが、戦略的に考えてみると「テレビを戦う素材商品」と選択し、そこに巨額の投資をし続けたというところに、根本的な要因があるのではないか。

テレビ事業は世界的に見れば成長市場である。2011年の世界販売台数は22,229万台で前年比6%伸びていて、主に新興国で売れている。ところが、価格は年率30%を超える下落が続いているから、中国・韓国・台湾の安い製造コストに日本企業は敵わなくなる。

今のテレビは大型の製造設備さえ備えれば、比較的容易に製造でき、品質も均一化出来る存在であるから、付加価値も少なく、唯一の差別化要因は「価格」になってしまう。

そうなると相手を上回る巨額の設備投資をして、さらにコスト競争力をつけた「規模型事業化」した企業が生き残るということになり、結局、いずれは世界で一社か二社が圧倒的シェアをもつ寡占化業界になっていく商品である。

つまり、一台あたりわずかな利益しか計上出来ないのであるから、世界中の市場を相手に売って、膨大な販売台数を確保し、それで採算をとるという、極めてリスクの高い面白みのない業界がテレビ事業であって、そのような時流変化に気づかず、相変わらずテレビに投資し続けたという経営判断、そこが妥当ではなかったと思っている。

日本型モデルの敗北か

多くの日本企業は技術を重視しているが、その技術とは、全く新しい商品の開発よりは、既存製品の機能改善やコスト改善が得意という特性を持っている。また、その進め方も開発から製造まで自社で抱え、それらに横たわる各部門間で調整して仕上げる方法である。

ところが、今の世界的製造業は、部品がどの企業の製品であれ、標準規格の部品であれば、それを組み合わせて製品にするという「モジュール化」が進んで、メーカー間の差は薄れ、コストも下がるので、大量生産と低賃金というアジア勢に価格競争力で対抗できない。

一方、米欧はアップル社のiPhonに代表されるように、革新的な商品を開発してきて、とうとう日本は安いモノづくりでアジア勢に負け、斬新な商品開発では米欧の負けるという結果で、稼げるアイテムが狭くなっている。ということで「日本型モデルの敗北か」と、毎日のように識者が評論をしているのが現在の日本である。

意味的価値を開発することだ

この状況下をどう解決していくか。二人の識者が提案している方向性を紹介したい。

1. 延岡健太郎・一橋大学教授(日経新聞・経済教室2012.5.28)
昔も今も、ものづくりの目的は価値づくりである。以前は優れたものづくりが、そのまま価値づくりに結びついていたが、それが乖離したのには二つ理由がある。

① どんな優れた技術・商品でも独自性がなければ、同じような商品が他社から購入出来るので、その商品の存在価値は低く、過当競争から価格が下がる。

② 日本企業が創る新機能や高品質に、顧客が喜ばなくなった。高い価格を支払っても欲しいと思う真の顧客価値になっていない。

と指摘し、では、どう取り組むべきか。これにも二案の提案がされている。

① ものづくりよりは、真の顧客価値を創出できる技術経営への変革である。特に、単純機能を超えた意味的価値を持つ商品は下図のように過当競争になりにくいので、それを提案できる人材と、それを評価できる経営プロセスが必要。

② 各社が独自の戦略的視点から、特定の技術・商品分野に集中して取り組むことだ。日本企業はリスクを恐れて横並びになる傾向があるが、今はそれこそが最大のリスク要因である。

2. 遠藤功・早稲田大学教授(日経新聞・経済教室2012.5.30)
経営とは「際立つ」ことである。自社ならではの独自価値を生み出し、競争相手と一線を画す「際立つ存在」を目指すことが経営の主題であって、中途半端に「体格」を競うのではなく、「体質」で勝負する時代を迎えている。そのためには、高い技術力や独自の現場力を生かすことができる事業を、戦う土俵として選択することが必要である。

このように二人の識者が提案している内容、それは価値づくりであり、それによって「際立つ存在」になることであって、そのためには単純機能を超えた意味的価値を考えださねばならないわけだが、これは、日本人に「考える作業の見直し」が必要だと言っているのである。では、考えるとはどういうことなのか、それを具体的に次号で検討してみたい。以上。

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2012年06月21日

2012年6月20日 Japan Rising Again(後)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年6月20日 Japan Rising Again(後)

インドネシアで成功している日本企業を訪問して

 インドネシアは、人口と国土の優位性を未だ発揮していないが、20年間も続く人口ボーナスに成長がともなえば、迫力あるエンジンとして作動するわけで、先進国になるかどうかの鍵は、この人口ボーナスを活かした政策を採れるかにかかっている。

また、それはインドネシアに進出する日本企業にとっても同様で、巨大人口を活用する展開方法が採れるかどうかが成功の鍵である。

だが、もうひとつクリアしなければならない重要な問題がある。それは、インドネシアは多様性ある国家の宿命で、政府当局が経済成長のために選択する政策は、当然に多様性に富み、頻繁に変更していくので、これに対応することが出来るかどうかであるが、今回、ここをクリアしている日系現地企業を訪問したので紹介したい。

トヨタなどの日系企業が多くいるNORTH JAKARTA地区のあまり大きくないビル。ここがこの企業の事務所である。受付に入ると、二階からゼネラルマネージャーが駆け下りてくる。まだ若い。30代後半だろう。既に20年間インドネシアに在住し、バリ島ではスーパーの店長を5年間勤めたといい、インドネシア情勢に詳しく、携帯電話での応答は当然にインドネシア語である。

この企業は、本来は食品卸専門業だったが、資金回転が悪いという卸のマイナス点をカバーするため、日銭を稼ぐ目的で小売業に参入、今ではスーパー6店舗、コンビニ10店舗を展開している。同社が卸しているジャカルタ中心のPLAZA INDONCIAのフードホールに行ってみると、豆腐コーナーは広く、その他の日本食の品ぞろえも豊富で、岡山のパン屋や小樽のバームクーヘンも出店していて、美味しいと評判高く、照明も明るく、価格も日本並みであるが、金持ちのインドネシア人が買いに来るので売り上げは順調とのこと。

さて、この日系企業は大儲けしているらしい。勿論、具体的な数字は教えてくれないが、マネージャーのもの言いからも推測つくし、儲かっているという他社からの情報があって訪問したわけで、その背景には複雑なインドネシアの諸税法体系を巧みに活用していることがわかった。

実は、インドネシアには所得統計がなく、中央統計庁の家計支出統計「国民社会経済サーベイSUSENAS」でもなかなか実態は分からない。そこで手がかりになるのは個人所得税の納税額であるが、この徴税捕捉率も低く、個人所得税の納税者が85万人(2008)しかいないということから推測すると、各企業も納税率は低いのではないかと推測されるが、これは脱税とは違うらしいのである。

インドネシア政府当局が打ち出す政策と税体系を常に注視し、それを巧みに取り入れて行くと税金は
支払わないですむらしいのである。

リーマンショックの時にインドネシアは影響を受けなかったが、それは政府が輸入規制をかけて国内品で固めたためといわれているように、政府の方針が弾力的で、すぐに国民に伝わりやすい国である。

加えて、為替相場も激しく動くという環境下でビジネスを進めるには相当の変化対応力が問われ、この変化対応力に優れているとビジネスは成功するし、諸税法体系を熟知把握し駆使すると大儲けできるというのがインドネシアビジネスなのである。

静かな成熟大国日本

 インドネシアから戻った日本は騒音が少なく、街中にはゴミがなく、渋滞は稀で、自宅駅でホームに降りるとエキナカで、そこでは高齢者が元気で大勢買い物を楽しんでいる。

 明らかにインドネシアとは異なる。そこで、改めて日本の特徴を整理してみたい。

① 騒音が少なく、街中にはゴミがない

 騒音が多い街とはどういう意味を持つだろうか。多分、犯罪の多い街であろう。犯罪者が多いところは、必然的にパトカーが唸り声を挙げ、人々は落ち着かず、そのような街はどうしてもゴミが多くなる。 ところが、日本は5月22日に発表された経済協力開発機構OECDの「より良い暮らし指標」で「安全」が一位、「教育」が二位と高い評価を受けている。治安に良さは、人々の教養に裏づけされているのだ。

② 酷い渋滞は稀だ

 NYタイムスに今年一月、フォーブス誌・フィナンシャル・タイムズ紙の元編集者であるエイムン フィングルトン氏Eamonn Fingletonによる「失われた20年は真っ赤な嘘だ。日本社会は米国よりも豊かだ」という記事が掲載された。

 その中で特に強調しているのは「日本は絶えずインフラを向上させている政策を採ってきた」と高く評価して、そのインフラの一例としてインターネット・インフラを挙げている。米アカマイ・テクノロジーズ社の最近の調査によると、世界最強のインターネット接続環境にある50都市のうち、日本の都市は38もあるが、米国の都市は3つだけだという。

さらに、「失われた20年」に東京に建てられた高さ150m以上のビルは81棟だが、同時期にNYでは64棟、シカゴでは48棟、ロサンゼルスでは7棟しか建設されていないという。

 また、以下の実態を日本人の多くは認識していないが、欧米主要都市の鉄道駅と、日本の東京・大阪駅とシステム構造の違いである。

 欧米主要都市の鉄道駅はターミナル駅、漢字にすれば「頭端駅」となって、駅舎は宮殿のように立派だが、この駅ですべて列車が行き止まりとなる終着駅となっている。

例えばパリには6つの駅があるが、それがすべて終着駅である。したがって、ボルドーからTGVでモンパルナス駅に着いて、リオンに行こうとしてリオン駅へ向かうためには、地下鉄・バスかタクシーを利用するしかない。大きなバックを持っている場合はタクシー利用になるだろう。

 ところが日本の東京駅、仙台から大阪に行こうとするならば、東京駅で東北新幹線から東海道新幹線へと東京駅構内で乗り換えることが出来る。このような駅のことを「総合通過駅」という。

どちらの駅システムが便利で効率的か。比較にならないほどの明白さであり、移動にタクシーを使わないのだから道路上の車使用は、移動分だけ少なくなっていて、眼には見えないが渋滞発生を防いでいる。日本のインフラ整備は優れていると認識したい。

さらに、最近ではエキナカというショップがあって、そこにはデパチカにはないアイテムが並び、自宅へのお土産を買って帰ると家族に喜ばれる。世界中でこのような便利で快適な駅を見たことがない。

③ 高齢者が元気

 厚生労働省は31日、日本人の平均寿命などをまとめた完全生命表を発表した。昨年7月に発表した簡易生命表の確定版で、2010年の平均寿命は女性が86.30歳、男性は79.55歳となった。前回調査の05年から、それぞれ0.78歳、0.99歳延びた。主要国・地域の直近の統計と比べると、女性は世界一、男性は4位である。

 この報道を聞いて日本は改めてすごいと感じる。寿命が延びるという意味は、国民一人ひとりの生活状態がよく、医療制度が充実していることを示しているからであって、お目出度いことであるが、そう思わない人もいるらしいが、そのような人は変わった人物だろう。人間は元気で長生きし社会に貢献するのが一番だと思う。
 
インドネシアと日本は国の状況が異なるので比較は出来ない

 インドネシアの道路上は渋滞で、クラクションが鳴り、鉄道は少なく、地下鉄はようやく工事をはじめたところである。つまり、基本的なインフラ整備がこれから行われる国である。さらに、人口状態が全く異なる。1950年時の人口は日本が8400万人、インドネシアは7700万人とほぼ拮抗していたが、2050年の人口予測では日本が8833万人から10360万人(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」2006年)と推計されているが、インドネシアは29300万人(2010年国連人口推計・中位推計)とされているので、インドネシアは日本の三倍近い人口となる見込みである。

 対する日本は「人口減」と「失われた20年」という認識から、多くの識者が日本に対して悲観的な言動をする場合が多いし、前号で紹介した観光庁作成のポスター「Japan Rising Again」、これには何がどうすれば「Again」になるのかが明確になっていない。

つまり、「Rising」できれば「Again」になるとしたら、「Rising」の定義をしなければいけないが、その定義を人口減という現実から構築しないといけないだろう。それが明確化しないままに標語化している。

チャールズ・ダーウィンが150年以上前に述べているのは、

「生き残る種というのは、最も強いものでもなければ、最も知能の高いものでもない。変わりゆく環境に最も適応できる種が生き残るのである」

これを基に「JAPAN Rising Again」に代わる標語を検討したらどうか。インドネシアから戻った感想である。以上。

投稿者 Master : 06:32 | コメント (0)

2012年06月07日

Japan Rising Again(前)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄

2012年6月5日 Japan Rising Again(前)

Japan Rising Again

ジャカルタから成田空港第二旅客ターミナルに着き、第一旅客ターミナルへサテライトで移動しようとして、ふと上を見ると観光庁作成ポスターの「Japan Rising Again」という文字が目に入った。

観光庁はこの鯉のデザインを表に、裏に「Thank You」と印字した名刺サイズのカードをつくり、東京マラソン、京都マラソン、館山トライアスロンへの外国人参加者、全国の国際空港等において配布している。大変よいことだと思いつつ、何か引っかかるものが残った。
                        
それは、このスローガンは東日本大震災からの復興を意味するのだろうから「Japan」ではなく、外務省の英文ウェブサイト「 the Great East Japan Earthquake」に準じて東日本を入れるべきではないか、そうしないと日本全体の復興と勘違いされてしまう。

しかし、もしかして敢えて「 East」を外して、日本全体の「Rising Again」を意図していると勘ぐって考えてみるならば、かつての高度成長時代思考が抜け切れていない認識で、日本の経済実態を捉えているのではないかという疑問をもつ。

東京スカイツリー
 
高さ634メートルの世界一高い電波塔「東京スカイツリー」が5月22日開業した。出足は好調で予測集客人数の1.5倍だともいわれている。

勿論、展望デッキに上がるのは予約制なので人数に制限があるが、商業施設の「東京ソラマチ」には大勢の観光客が押し寄せている。 

オープン前日の前夜祭に出かけ312店舗が入っているソラマチを見て回り、スカイツリーを見上げながら食事した際、これは他の日本観光地は大変なことになると思った。

 事業主の東武鉄道が公表した年間来場者数は3200万人で、これは東京ディズニーリゾートの年間来場者数2500万人を上回る。大阪万博(6カ月間開催)の総入場者数6421万人とは比較にならないが、2005年の名古屋万博(6カ月間開催)の2204万人を超える集客数であるから、多分、今年以降の国内各観光地は集客数減という甚大な影響を受けるだろうと予測され、各観光地はビジョン再構築を含めた観光政策の見直しが必要であろう。
  
日本とは比較が出来ないインドネシアという国

5月のゴールデンウィーク明けに訪問したインドネシアと日本と比較検討してみたい。
① 多様な国家
インドネシアという語は「インド」に、ギリシャ語の島の複数形「ネシア」をつけたもので「インド諸島」や「マレー諸島」に代わる地理学、民族学上の学術用語として、1850年に新たにつくられたものである。
したがって、インドネシアという語は一世紀半の歴史であり、国の一体性もせいぜい一世紀ほどの歴史だが、この地域にはそれぞれ島ごとに異なる2000年の豊かな歴史・文化があり、それを象徴するかのように、1128の民族集団と745の言語が確認できるという。

また、インドネシアは6000あまりの無人島を含む17504の島々からなる世界最大の群島国家である。

② 交通渋滞の酷さ
インドネシアの首都ジャカルタに着いての第一印象は、道路渋滞のすごさである。今まで訪れた都市での渋滞ワーストスリーは、一位がカイロ、二位がモスクワ、三位がサンパウロとランク付けしているが、ジャカルタはここに食い込むだろうと思うほどの酷さである。ジャカルタの人々は「一日の三分の一はベッドの上、三分の一は職場、残りの三分の一が道路上」と半ばあきらめ顔でいうが、車も二輪車も売れに売れている。

車は一種のステータス・シンボルなので「渋滞が酷いから」という理由で車を買い控えようという発想はなく、二輪車は車間をぬって効率よく動けるので、渋滞が酷いほどよく売れるということで、保有台数はますます増えている。

その結果、2011年度の新車販売数は前年対比17%増の89万台、二輪車は初めて800万台を超え、ともに過去最高を更新した。したがって、トヨタもスズキもインドネシアに新工場を建設し生産能力を高めている。

 渋滞理由はインフラ整備遅れにあるが、どうしてインドネシアではそのような結果となっているのであろうか。

インフラ整備に必要な資金はあったはずである。というのも第二次世界大戦後、日本はインドネシアとサンフランシスコ平和条約に準じる平和条約を結んで、多額の賠償を支払っているのであるから、このお金でインフラ整備をしておけば今日のような渋滞は発生しなかったと思われるが、それがそうならなかったのには複雑な背景が存在している。

 これらを説明しだすと紙数が足りなくなるのでやめるが、ご関心ある方は「経済大国インドネシア」(佐藤百合著)を参考にされたい。なお、現在でもジャカルタ市内地下鉄工事、新空港と国際港湾建設は、日本の支援で進めている。

③ インドネシアは人口ボーナス大国
 インドネシアの人口は2.38億人(2010年)で世界4位。国土面積は191万㎢で世界16位であるが、海洋大国であるから領海が陸地の二倍近い320万㎢もあって、東西の長さは5100kmに及ぶ海域で、ちょうどアメリカの陸地部分がすっぽり入る大国である。

 しかし、この人口と国土の大きさに比して、GDPは7070億ドル(2010年)で世界18位と少ないのであるが、今後は大いに期待できる要因がある。

それは、生産年齢人口という人口ボーナス、日本は既に減少期に入って、中国も韓国も近々減少期に突入するのに対し、インドネシアは1970年頃から2030年頃まで60年も続くから、今後20年間の国内需要増加が大いに期待される。

④ 旧日本軍への評価
 ここで戦後賠償しなければならなくなった旧日本軍の評判を振り返ってみたい。
ネガティヴな面の多いといわれている旧日本軍政で、褒められるのは「言語統一」くらいである。というのもオランダ統治時代は、オランダ語を公用語としてインドネシア語を無視していたが、旧日本軍が今通用しているインドネシア語に改めている。この他にはあまり評判がよろしくない旧日本軍の進出背景思想には、いわゆる「南進論」があった。

●日本の生命線は南方にある。端的にいえば油の問題、蘭印からとるより仕方ない
●インドネシアは経済的には「未開発の厖大な資源が放置」されている
●政治的には「オランダの支配下で隷従」を強いられている
●文化的には「きわめて低い段階」と認識し
●それ故に「アジアの解放」を国家目標に掲げて
●「世界で優秀な民族」である日本人によって現状を打破する必要性がある

という論理構築で、この論理を一言でまとめれば「南方圏をただたんに資源の所在地と捉えて、そこの歴史も文化も民族も無視する」ものであった。世界のどの地域にも、豊かな歴史と文化があるというのが普遍的な事実で、日本だけに長く豊かな歴史に基づく文化があるという観念的思考をもつことは大問題である。

正しくは、日本の文化は豊かで優れている、同様に日本とは異なる豊かな優れた文化がどの地にも存在している。このように理解し認識すべきなのである。

⑤ 現在の日本への評価
一方、現在のインドネシア人の日本観はどういうものか。ここでインドネシア人の最新修士論文(2010年)から引用してみよう。(「経済大国インドネシア」佐藤百合著)この論文は旧日本軍の進出を起点として日本観変遷を6段階に分析している

1.占領者としての日本 2.従軍慰安婦を強いた日本 3.開発資金提供者としての日本 
4.先進国としての日本 5.ハイテク国の日本 6.ポップ文化の日本

この中で1と2が区別されているのは、従軍慰安婦問題の責任と補償が今なお未解決の問題として認識されている事実を示している。インドネシアのすべての生徒たちは1と2について小学六年と中学二年で必ず学ぶようになっているという。

 だが最近は5と6によって、世界中の多くの国と同様の「クールジャパン」現象で、日本の人気は高く、日本愛好家(プチンタ・ジュパン)が増えている。

次号ではインドネシアで成功している日本企業についてふれ日本の課題を検討する。以上。

投稿者 Master : 10:18 | コメント (0)

2012年05月07日

YAMAMOTO・レター

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄

2012年5月5日 ビジョン構築力・・・前半

原節子

東京都写真美術館で、幕末から明治初年に来日し活躍した写真家フェリーチェ・ベアトの展示会が、2012年3月6日 ( 火 ) ~ 5月6日 ( 日 )で開催された。とても興味深い鶏卵写真と湿板写真の展示が多くされており、中でも「愛宕山から見た江戸のパノラマ」(1863-1864頃撮影作品)は、当時の江戸がいかに美しい都市景観であったかを示す貴重なものであった。

このベアト展を見てフロアに出ると、目の前に原節子の美しい写真ポスターが展示されていた。同美術館ホールで原節子16歳主演デビュー作の「新しき土」が、75年ぶりにスクリーン公開されているのだ。これは観ないといけないと早速に入ってみた。

「新しき土」は昭和12年(1937)公開の日独合作映画。新しき土とは満州のことを指していて、ドイツ語版のタイトルは「Die Tochter des Samurai」(侍の娘)である。

ドイツの山岳映画の巨匠アーノルド・ファンクと、日本の伊丹万作の共同監督で制作が計画されたが、文化的背景の違いから両監督の対立となり、同タイトルでファンク版と伊丹版の2本のフィルムが撮影された。

監督以外のキャスト・スタッフも豪華で、国民的人気のあった原節子や日本を代表する国際スター早川雪洲、スタッフでは撮影協力に円谷英二(この作品において日本で初めて本格的なスクリーン・プロセス撮影が行なわれた)、音楽に山田耕筰が名を連ねている。東京都写真美術館ホールで公開されたのは、ドイツ人監督ファンク版のほうで、山岳映画の監督らしく、日本の山々の美しい景色が映されている一方で、東京市街を阪神電車が走っていたり、光子の家の裏が厳島神社であるなど、日本人から見ると滑稽なシーンも多いが、原節子の息をのむ美しさに満足すると同時に、当時と今では人口に対する考え方が全く反対であることに気づいた。

人口過多か、人口減か

映画「新しき土」のなかで、何回か語られるのは「日本は土地が狭いのに人口が多すぎる」という問題指摘である。映画が公開された昭和12年の人口は7,063万人であって、この数字が日本にとっては多すぎるからこそ、その対策として「新しき土=満洲侵略」を国家政策としたのである。当時の国家政策判断として、他国に侵略してまで、日本の人口過大問題を解決しようとしたことは問題であるが、国民と政治家が人口対策を真剣に考えていたことは事実である。

一方、今の日本人は、平成22年国勢調査人口12,805万人と、75年前より5,742万人も多いのに、今度は「人口減」に向かうことを心配している。たったの75年で、日本人の人口数に対する考え方は全く正反対となっている。だが、この反対になった考え方というところ、そこに気づいている人はどのくらいいるのだろうか。

同じ国土面積で生活しているのであるから、昭和12年を基準に考えれば、今は全く多すぎる人口となっているが、このような認識を今の日本人はもっていないだろう。

だから、これから予測される「人口減」の「減少」というところのみを強調して考えてしまい、人口減を恐怖観念へ結びつけ、日本全体を重苦しい気持ちにさせているのではないか。今、必要とする検討は、このような悲観的な思考に陥るのではなく、「では、実際のところ、日本はどの程度の人口が適切なのか」、つまり、日本の「適正人口数」はどの程度か、ということの追及であろう。

ここを明確にしないまま、加えて、75年前は今の55%しか人口がいなかったのに、人口過多と日本人が自ら考えていたという事実を多くの国民は知らずして、これから向かう減少人口状態のことばかり心配しているような気がしてならない。

つまり、物事は事実から判断すべきというのがセオリーであるが、現在の人口減議論は、ついこの間のわずか75年前の人口への考え方を忘却して論議されている。

前原誠司民主党政策調査会長

「新しき土」映画を観た5日後に、前原誠司民主党政策調査会長の講演を聞く機会があった。前原氏は次期首相候補の一人でもあり、民主党切っての論客と評判が高いので、大変興味持ち会場に入った。会場では親切にもパワーポイント資料が配られ、その資料に基づいて前原氏の講演が始まった。テレビ・新聞で見る通りの爽やか、若々しい前原氏であったが、講演タイトル「社会保障・税の一体改革」というテーマ設定に、おや、これはちょっと期待はずれかなと思いつつ、話を聞ききはじめた。

確かに、現在、野田政権は消費税増税問題を重要政策課題として進めているし、賛成・反対側に分れ喧々諤々議論が展開されている時期なので、一見、前原氏のテーマ設定は妥当と考えられる。

だが、最初のパワーポイント資料が「人口減少社会・少子高齢化社会の到来」で、2050年までの人口数予測がグラフで描かれ、次のパワーポイント資料では「一般政府債務残高GDP対比の国際比較」という、いわば見飽きた図表が表示された時、ああ、これはダメだとあきらめに近い気持ちになった。

政治家とは何をする仕事なのか。当たり前のことであるが、政治家とは政治を行う人物である。古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、その著書「政治学」で、政治を「善い社会」の実現を試みるためのマスターサイエンスであると位置づけているように、政治家とは政治によって理想社会を実現するため社会に働きかける役割を、担当する人物のことである。

つまり、政治家を志すならば「日本社会の理想状態」を描いていなければならないのであって、その理想状態を実現するために、自らが政治家として存在していると覚悟すべき職業なのである。

海外メディアから指摘

日本の政治家が弱いという指摘は以前からなされている。最近では小泉純一郎元首相以来、首相がころころ変わって、リーダーシップについて内外から問題視されている。

昨年3月11日の東日本大震災時、世界中のメディアは日本に目を向け、一斉にトップページとして実態状況を報道した。当然に、日本を取材すべく世界中の記者が日本に集まった。一時、原発恐怖で帰国した記者もいたが、この時期のマスコミ報道は全世界が日本一色であった。

外国人記者はどのようにして取材するのか。それは、当然に日本政府発表の内容に基づくが、その裏付けをとるべく、個々に政治家や専門家に接触することになる。

筆者が親しくしている日本在住アメリカ人から聞いた内容であるが、アメリカの最有力メディア東京駐在編集長は、この時期、自宅には帰らず、睡眠時間も少なく、取材に明け暮れしていたが、その中で、大震災を機に日本はどうすべきか、というインタビューを数多くの政治家に心がけたという。

その理由は、全世界が一斉に日本に最大関心を持つチャンスは今しかない。ならば、これからの日本はどういう姿を理想とすべきなのか、それを全世界に伝える機会として、この東日本大震災時を捉え、世界への日本PRとして利用すべきと考えたわけである。

結果はどうなったか。残念なことに、多くの有力政治家にインタビューした内容では、全世界に発信できないと判断し、ボツにせざるを得なかったのである。

政治家が語る中味が薄い。世界基準から見てビジョン面が弱すぎる。問題点を把握し、問題の根本を指摘する力は十分にあるが、そこから国家未来ビジョンにつなげるパワーが欠けている、というのが東京駐在編集長の見解である。

この見解には同調せざるを得なく、前原誠司氏の講演でも同様の見解を持ったわけである。少なくとも政治家ならば、講演に最初の発言が「人口減と財政GDP比率」という、誰もが熟知している内容を、改めてパワーポイントで説明するなぞはすべきでない。

このような問題指摘は、通常よく財務省か経済・証券アナリストが使うのであって、国民は十分に知っているし、この問題を大きく心配している。

特に前原氏は政策調査会長である。ということは日本国家の政策面の責任者であろう。問題点は熟知しているのであるからこそ、未来に向かってどのような国家像を描いており、そこへ行く道筋をビジョンとして語り、だからこそ「社会保障・税の一体改革」が必要だと熱意を持って国民を説得すればよいのである。

しかし、前原氏の講演は「高齢者保険料の低所得者対策」とか「医療保険・介護保険制度」について細かい数字を説明する内容であって、日本国家をどうしたいという発言は無かったのである。政治家を志す人はビジョン構築力を磨く事だ。次号続く。以上。

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2012年04月05日

2012年4月5日 国の違いから物事を考える・・・その一

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄

2012年4月5日 国の違いから物事を考える・・・その一

アルガルヴェ・カップはドイツでテレビ放映なし

2012年3月8日、ポルトガルで開催されたアルガルヴェ・カップ決勝、なでしこジャパンがドイツに敗れたので、早速、ドイツの友人にメール連絡したところ、次の返事がきた。

「女子サッカー試合でドイツが優勝したことは知りませんでした。最近スポーツ番組を見ていませんし、テレビニュースで伝えられるのは、各地で起こっているストライキの模様、ユーロ危機や国の借金の話、ギリシャのこと、アメリカの大統領選挙運動の中継などです。今インターネットでいろいろ探してやっと記事を見つけました。

日本では各メディアがこの試合について伝えていたのに反し、ドイツではテレビ放映されなかったということです。どうりで私も知らなかったわけです。

しかも この試合を見たい人はインターネットで見るように、とも書いてあります。テレビ報道されなかったことの理由は書いてありませんでした。

また一般市民のなかでも今回の女子サッカーは話題に上ることがありませんでした。サッカー試合のあった時間についても ユーロスポーツのほうで把握していなかったらしく、日本のメディアを通じて知ったほどだそうです。

アルガルヴェ・カップ大会がそれほど重要でなかったから、ライヴが流されなかったのだろうか、と書いてあります。ユーロスポーツ番組では サッカー試合でなく、同じ時間に行われたトライアスロン競技のほうのライヴを流していました。

結局 この試合を見たければ、ユーロスポーツのライヴ・ストリームで見て下さい、有料かもしれませんが、とも書かれています」

 この事実を日本人に伝えると「本当か」と皆さん驚く。日本ではなでしこジャパンの活躍が詳細に報道され、帰国時の成田空港風景をテレビで放映したほどだが、ドイツでは全く無関心。国が違えば、対応が反対となる典型事例だろう。

美女でなくても美女とは!!

2012年3月25日の日経新聞「春秋」に、中国のレストランでウェートレスに注文する際、なんと呼び掛けるかについて、面白い記事が掲載された。

日本では、一般的にウェートレス女性に呼び掛ける際は「すみません・・・」とか「おねえさん」で、時には特別に「お嬢さん」と言うのが精々だろう。

ところが隣国中国では、呼びかけがドンドン変化している。計画経済時では「同志・トンチー」と呼ばれ、同志が同志に提供するのだから、サービスは悪いのが当たり前だった。

改革・開放政策が本格的に動き出して、急速に使いだしたのが「小姐・シャオジェ」という言い方。もともとは、未婚の女性に対する伝統的な呼び方であるが、これが復活した。これは今でも台湾や香港で使われている。

ところが大陸、特に北京や東北地方の都市部では近年、カラオケボックスやクラブが多くなってきて、これらに勤める女性にも「小姐」が使われて、レストランのウェートレスにとっては、好ましくないニュアンスになってきた。

代わって広がったのは「服務員・フーウーユエン」という呼び名だが、これはいくら何でも味気ない。ということで、とうとう上海では「美女・メイニュー」と呼び掛ける人が増えてきたという。

この「春秋」記事が出たのが3月25日、翌26日に上海に入ったので、早速地元の女性数人に聞いてみたところ「その通りです」という明快な回答。

時代が移るにつれて、言葉も替わるのは当たり前であるが、「美女」というのは言いすぎではないか。すべてのウェートレスがこの呼び名に当てはまるとは思えないし、言われた方も照れるのではないかと思うが、中国人は気にしないのだ。日本女性なら、多分、照れて、恥じらう可能性の方が高いだろうと思う。

しかし、この状況を知らず、中国へ旅行に行き、レストランで「美女」と呼び掛けしない結果、ウェートレスから雑なサービスを受けて「やはり中国はサービスが問題だ」と評価してしまうのは、間違いになるかもしれない。

国が違えば、同じ意味の言葉でも、ニュアンスが異なる場合が多いが、中国は変化が激しいので、観光客も大変だ。

だが、これが中国の実態なのだから、よいサービスを受けようと思ったら、相手国の実情に合わせないといけないのだろうが、目まぐるしいことだ。

リュクサンブール宮殿

パリ地下鉄でオデオン駅ODEONへ、そこから歩いて6区リュクサンブールLUXEMBOURG公園へ向かった。

地図では公園と宮殿が別表示されていて、宮殿と書かれている方はフランス元老院議会のセナSĒNATである。

16世紀の昔、ここにはリュクサンブール公が居住しており、ルイ13世の母マリー・ド・メディシスや、孫のモンパンシエ公爵夫人や、ルイ18世などが居住した宮殿が、今は議会になっているのである。

フランス議会は二院制である。国民議会と元老院があり、日本とは違って、両者とも独立した議会で、元老院は間接選挙で選出され、任期は6年、3年毎に半数を改選される仕組みである。国民議会は、7区のブルボン宮にある。

牡蠣養殖地として著名なアルカッション地区の女性市長が、この元老院の議員を兼ねていて、その紹介で特別に見学させてもらったのが、2月28日。フランスでは市長が議員を兼ねていることが多い。

この日は、フランソワ・フィヨン首相を廊下で見かけたように、ギリシャ問題で重要会議があり、議員は
多忙で秘書が案内してくれた。この秘書、父が戦後最初の在日外交官だったと打ち明けてくれる。

正面入り口から入ると、各政治家のための木製のキャビネが設置してあり、そこから「名誉の階段 Escalier d’honneur」が重々しく、ここを上がり1800年代に改築された議場に入ると、議長席の後ろには、歴代の著名な政治家ジャン=バティスト・コルベールなど、6人の彫刻が目を惹く。

 さらに、一階の「ゲストの部屋 Salle du Livre d’Or」と名づけられた小さな部屋は、1816年にすべて木で造られ、装飾は繊細で、さすが文化国家と理解したが、最も華々しくみごとと感じたのは議会図書館である。王朝華やかし頃の一場面にいるような気持ちになる。

 (名誉の階段)              


(議会図書館)

リュクサンブール宮殿を見学し、改めて、分かったことがある。それは「主要な構造がすべて石造り」
あるということ。石であるから今日まで遺り、現在でも使われているのだ。過去の支配者層が権力をもって建築した石造りモニュメントが、現代に文化財産として生き遺って、実用化されているのである。

日本には、このような石造りの大きいモニュメントはない。何故に、日本人がフランスに行ってモン・サン=ミシェルやベルサイユ宮殿等を見に行くのは、日本にはなく、珍しいからで、これが観光であると、改めて納得した次第。

外国人から見た日本の魅力とは何か

 日本を訪れる外国からの観光客は、日本には巨大な石造りのモニュメントがないことを承知し、外国にない日本独自の魅力を求めてくるはずだ。それは何か。そのところを妥当に理解して、そこから観光政策を展開しないといけないだろう。次号続く。以上。

投稿者 Master : 12:56 | コメント (0)

2012年03月20日

2012年3月20日 日本のギリシャ問題を考える・・・その二

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年3月20日 日本のギリシャ問題を考える・・・その二

日本はギリシャ化するか

 2005年1月、日本の財務省はロンドンとニューヨークで戦後初の海外投資説明会(IR)を開いた。海外の機関投資家に日本国債の「魅力」をPRし、購入してもらおうとしたもので、その後も定期的に欧米、アジアの大都市で同様の海外IRを開催している。

その結果、海外投資家保有比率は2008年9月に7.8%となった。しかし、その後は低下し2010年末には4.8%にとどまったが、2011年6月末には5.7%に上昇した。これはギリシャ危機などの影響で海外投資家の日本国債への投資が増えたものである。 では、この海外投資家保有率が増えるとどうなるか。

ここでギリシャ国債の海外投資家保有比率を見てみよう。2005年から10年の平均で約71%である。ギリシャ国債の高金利につられて外国の銀行などが買っているのだ。

 しかし、デフォルト(債務不履行)の危機になったので、一斉に売って逃げ出そうとする。だが、誰も買わないので、ECB(欧州中央銀行)が「売り逃げ」の受け皿として引き受けている。

 ここを注視したい。日本国債の海外投資家保有比率が仮にギリシャ並みになって、日本がデフォルト危機に陥れば、市場は日本国債の売り一色になるが、どこが引き受けてくれるのか。日本の場合、ギリシャにとってのECBはない。 日本国債の海外投資家頼みは、ギリシャ以上に危険であろう。
 
明治天皇がご存命ならば

3月11日の政府主催の東日本大震災追悼式で、台湾代表に献花の機会がなかったことについて、「本当に申し訳ない。行き届いていなかったことを深く反省したい」と野田首相は12日の参院予算委員会で陳謝したが、台湾からの震災義援金は官民合わせて約200億円と世界トップクラスであり、親日国であることを考慮に入れない民主党政府の外交神経の雑さに問題だと感じる。

また、自民党の世耕弘成氏から、追悼式で、天皇、皇后両陛下がご退席になる際、場内が着席していたとして、「どこの国でも全員起立するものだ」と批判され、藤村官房長官は「(議事進行は)事務方で詰めてきたものを直前に聞いた。おわびするしかない」と謝ったが、民主党の尊皇神経の雑さには困ったものだと感じるが、その問題はさておき、明治天皇が外債発行に反対された事例を紹介したい。

今上天皇陛下と明治天皇では、そのお立場が異なるので比較は出来ないが、仮に、明治天皇がご存命ならば、国債の海外投資家への発行は、直ちに禁止する聖断を下されたであろう。明治十三年(1880)五月、大隈参議は財政難を救うため外債5千万円発行しようと閣議に諮ったが、賛否相半ばして大混乱に立ちいたった。そこで明治天皇に裁断を仰いだところ、次のような直筆の沙汰書で拒否されたのである。

「朕素ヨリ会計ノ容易ナラザルヲ知ルト雖、外債ノ最も今日ニ不可ナルヲ知ル。去年克蘭徳(グランド)ヨリ此ノ外国債ノ利害ニツイテ藎(じん)言(げん)猶耳ニ在リ。・・・中略・・・勤倹ヲ本トシテ経済ノ方法ヲ定メ、内閣所省ト熟議シテ、之ヲ奉セヨ」

 この克蘭徳(グランド)とは、明治十二年(1879)に来日した米国前大統領U・S・グランド将軍のことであるが、当時、明治天皇は二十六歳、グランド五十七歳、通訳と三条実美のみを伴った会談が八月十日、二時間に渡って浜離宮で行われ、その際にグランドは特に外債について強調し警告した。

「外国からの借金ほど、国家が避けなければならないことはない。弱小国家に、しきりに金を貸したがっている国があることはご承知かと思う。そうすることで優位な立場を確保し、不当に相手を威圧しようと狙っている。彼らが金を貸す目的は、政権を掌握することにある。彼らは常に、金を貸す機会を窺っている」

 この助言を明治天皇は深く理解しており、大隈参議への拒否となったわけである。

川北隆雄氏試算Ⅹデー

 以下の表は川北隆雄氏(中日新聞・編集委員)が試算したものである。

 
約10年後に、政府債務残高が個人金融資産を食いつぶす。しかし、これは計算上なので、別枠で復興費、交付国債という形で増やしているから、現実にはもっと早まると推測し、そのタイミングは自民党の「Ⅹ-dayプロジェクト」の指摘した「今後七、八年以内」と川北隆雄氏も想定している。

だが、冒頭の日経新聞報道に見る如く「世界の多くのヘッジファンドが、今回は自信を持って売りを仕掛ける方針だという」という状況では「Ⅹデーは早まる」可能性も否定できない。

誰が被害をもっともかぶるか

 財政が破たんした場合、誰が責任を取るのか。歴代首相や財務大臣か、政治家か、財務官僚か、彼らは責任を取らないだろう。政治家も官僚も破たんした場合、それなりに年金は大幅にカットされ、物価も急騰するから生活は苦しくなるだろうが、彼らは情報が豊富に入るのであるから、事前に対策を講じていくだろう。

 ところが、一般人の大多数はそのような逃げ方ができない。では、どうなるのか。それは、自らが暮らす地方自治体の体力具合で影響度が違ってくるものの、大体はカリフォルニア州ヴァレーホ市の実態となるであろう。

「ブーメラン」最後のまとめ

 マイケル・ルイスは「ブーメラン」の最後に以下のようにまとめている。

「返済がむずかしいほどの、もしかすると返済不可能なほどの額まで借金を重ねていくとき、人の行動は同時にいくつものことを語っている。明らかに語っているのは、手持ちの資金で購(あがな)える以上のものが欲しいということだ。やや控えめに語っているのは、現在の欲求はとても重要なものだから、それを満たすためなら、将来ある程度の財政難をきたすのも致しかたないということだ。

しかし、実際にそういう取引を行う時点で、人が暗黙に語っているのは、いざその財政難が訪れたら、なんとか切り抜けてやるということだ。当然のことながら、いつも切り抜けられるとは限らない。

しかし、切り抜けられるという可能性を排除することは誰にもできない。そういう楽観主義は、どれほどばかげたものに見えようと、それを胸に宿した人間にとっては、じゅうぶん賭けてみる価値があるものなのだ。ぞっとする話ではないか」

このまとめを深く胸に刻み、併せて、ヴァレーホ市新任の市政担当官が、いちばんの問題は、財政上の問題は症状にすぎず、その病根は文化にあると発言し、どうやって、市全体の文化を変えるのかの問いに、「まずは、自分の内面に目を向けることです」という言葉を再度振り返りたい。

我々日本人一人ひとりの人間性と借金に対する常識に通じる指摘と考えたい。

最後に提案したいことは、一人ひとりが自らの財政状況に応じて、今からシミュレーションし、その日が来ても慌てないようにすることが最も大事と思います。以上。

投稿者 Master : 10:34 | コメント (0)

2012年03月05日

2012年3月5日 日本のギリシャ問題を考える・・・その一

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄

2012年3月5日 日本のギリシャ問題を考える・・・その一

日本国債への仕掛け

 日経新聞「大機小機」(2012.2.18)が
「これまで安全資産として買われてきた円が、2012年には円安への転換点を迎える可能性が高いうえ、過去に日本の国債売りを仕掛け、ことごとく失敗してきた多くのヘッジファンドが、今回は自信を持って売りを仕掛ける方針だという」と、世界からの日本経済への見方が変わってきたことを述べた。

 では、ヘッジファンドはどうやって売りを仕掛けるのか。それにはCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)というデリバティブ商品を使う。CDSとは債権のデフォルト(債務不履行)をヘッジするための金融商品である。
 
例えば、日本国債を持っている人がいて、日本が倒産したら日本国債はボロ値となる。しかし、日本国債のCDSを買っておけば、それを売った人から損失分を貰えるというもので、その為にはCDSを買う人が、最初に決められた保険料、仮に日本国債を100億円保有しているとして、年間1%の保険料であったら、1億円ずつ支払えば、日本が倒産しても損しないのである。

 また、日本国債を保有していない人でも、このCDSを買える。この場合、年間1億円払えば、日本が倒産したら最大で100億円儲かることができる。

つまり、これはギャンブルである。 他人の家に火災保険を掛けて、他人の家が燃えるのを祈るような賭けであって、債権がなくても、デリバティブ商品の売り手と買い手がいれば成り立ち、無限大の大きさの市場を作り出せるのである。

これがアメリカのサブプライムローンの仕掛けで、ヘッジファンドが住宅ローン仕組み債を空売りし、巨万の富を得た手法である。

この手法でいよいよ自信を持って日本国債に仕掛けてくるのだという。

アメリカの中のギリシャはどこか

 日本国がギリシャのような倒産状態に陥った場合、そのようなことはないと思うが、仮に発生した場合、日本のどこが、誰が、最も損害を被ることになるのだろうか。

その注意喚起のために、事前にシミュレーションしておいた方がよいと思うので、それをマイケル・ルイス著の「ブーメラン」(2012年1月)の中から紹介したい。

書名の「ブーメラン」とは、サブプライムローン仕掛けで、欧州が被った損失が、ブーメランのようにアメリカに戻って、地方都市に住む人々の生活を直撃しているという意味である。「世紀の空売り」(2010年)、映画になった「マネーボール」(2011年)に続くマイケル・ルイスの力作である。

まず、「ブーメラン」は最初にアメリカ全体の問題を述べる。
① 2002年から2008年にかけて、州は住民と足並みそろえて債務を積み上げた。住民の負債額は全体で見てほぼ二倍、州の支出は約一・七倍になった。

② 1980年には、州の年金原資のうち、株式市場に投資されたのは23%にすぎなかったが2008年には、その割合が60%にまで増えている。

③ 財政の穴は数兆ドルに広がり、その穴を埋めるには、ふたつの選択肢・・・公共サービスの大幅縮減か債務不履行か・・・の一方もしくは両方を実践するしかなかった。

④ この国はどんどん、財政的に安定した地帯と危ない地帯に色分けされていくだろう。お金があって引っ越しできる人たちは、引越しする。お金がなくて引っ越しできない人たちは、引越しせず、最終的には州や自治体の援助をそれまで以上に当てにする。それが、事実上の“共有地の悲劇”(多数者が利用できる共有資源を乱獲することによって資源が枯渇すること)を招く。

このようにアメリカの全体的な状況を述べた後、いちばん憐れむべき市としてカリフォルニア州サンフランシスコのベイエリア内にあるヴァレーホ市Vallejoを紹介している。
① 2008年、多数の債権者との折り合いが付けられず、ヴァレーホ市は破産を宣告し、2011年8月、スタンダード&プアーズがアメリカ国債の評価を格下げしたのと同じ週に破産申請が認められた。最終的に、ヴァレーホの債権者の手もとには1ドルに対し5セント、公務員の手もとには1ドルに対し20ないし30セント程度の金が残された。

② 破産の宣言以来、警察署と消防署の規模は半分に縮小された結果、自宅にいても安心できないと訴える人がかなりいて、その他のサービスは、事実上、まったく実施されなくなった。

③ したがって、どこにでも駐車することができ、違反切符を気にする必要はなくなった。駐車違反を監視する婦警もいないからだ。

ここまで「ブーメラン」を読んでハッと気づいた。そういえば昨年1月末にナパ・バレー NAPA VALLEY、ここはカリフォルニアワイン産地として有名なところだが、ここを訪問した際、途中二店舗のスーパーに立ち寄ったことがあった。

初めに行ったのがウォルマートで、次に行ったところの名前は覚えていないが、古く大きく暗いイメージのメキシコ人を対象にしたようなスーパーで、ここの所在地がヴァレーホ市だった。

その時地元の人からざっと聞いたメモを見なおしてみると、ヴァレーホ市の年間赤字は1600万ドルで、主な理由は歳入8000万ドルのうちなんと80%を警官、消防士等の人件費に充てていたとある。もともと労働者階級の多いあまり安全な地域ではなかったが、警官が減らされたことから、地元の人がボランティアで警備にあたっているが、犯罪は多くなり、売春婦が急増したともメモにある。

再び「ブーメラン」に戻ってみたい。
④ 新任の市政担当官は、ヴァレーホ市がかかえるいちばんの問題は、財政上の問題は症状にすぎず、その病根は文化にあると次のように発言した。

⑤ 要するに、人間の問題なのです。互いへの敬意、誠実さ、そして、美質を獲得しようという気概、そういうものを学ぶことです。文化はおのずから変わります。しかし、人間は意思的に変わらなくてはなりません。意思を曲げて納得しても、それは意見を変えたことになりません。

⑥ 著者が「どうやって、市全体の文化を変えるのですか」と聞くと「まずは、自分の内面に目を向けることです」と市政担当官が答えた。

破産したヴァレーホ市について市政担当官は、問題の根源を人間にあると判断しているのである。これを的外れと考え、財政問題と直接関わらないと思うか、それとも人間性の本質を突いた鋭い指摘と捉えるか。その受け止め方は様々であろうが考えさせられるポイントである。

次は日本について検討してみたい。

日本の財政悪化シミュレーション

 2011年6月1日、自民党の「Ⅹ-dayプロジェクト」(座長・林芳正政調会長代理)は、衝撃的な報告書を発表した。「今後七、八年以内」に日本国債の発行は限界に達する、というのだ。つまり、日本財政破綻のⅩデーは七、八年後というわけである。(参照 川北隆雄著「日本国はいくら借金ができるのか?」)

 このプロジェクトは、民主党のバラマキ政策による財政の悪化に懸念を抱いたメンバーが、関係各分野にヒアリング調査を行って報告書をまとめたもの。

 現時点での日本財政は、豊富な国内金融資産などを背景に、国債市場は安定しているが、家計貯蓄率の低下や、経常収支の黒字幅の縮小などを原因として、国債を国内の投資家だけで消化できなくなるというものである。

 国債などの政府債務残高を国内貯蓄だけで賄えなくなると、どうなるか。日本国債の市場価格が下落し、長期金利が高騰する。この因果関係は一般に熟知されている通りである。

 だが、話はこれだけでなくなる。まず、国債を大量に保有している金融機関の財務状況が悪化し、破綻する可能性が生じ、預金者は引き出しを求めて、金融機関に殺到する、いわゆる「取り付け騒ぎ」が起きるだろう。加えて、銀行の機能が低下するので、資金調達面で難しくなり、投資が抑制され、債務を抱えた企業の倒産が続出する。

さらに、日本国の国債金利の上昇は、金利利払い費の増加を意味し、既に苦しい財政を一段と悪化させていく。

アメリカがサブプライムローンを仕掛け、世界中に経済恐慌損失を与えた結果、ギリシャの国家破綻問題として現れ、アメリカにもブーメランとして返っていったのがヴァレーホ市実態である。では、ヘッジファンドが狙う日本経済、我々はどう対応すべきか。次号続く。以上。

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2012年02月21日

2012年2月20日 台湾総統選挙から日本を考える・・・その二

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年2月20日 台湾総統選挙から日本を考える・・・その二

派手な選挙戦だったが争点は単純

今回の訪問で、台南の民進党の蔡英文候補陣営事務所に訪問してみました。事務所内には大きいポスターが一面に張られ、当然ですが留守番担当女性しか残さず、街中を選挙カーが10台以上連ねて連呼している姿を見ると、一見激しい派手な選挙であったことは認めます。

しかし、両者の主張は「対中国スタンスは大事にする」という点でお互い同じであって、差は「中国との関係構築づくりでどちらがより有利か」という視点、それは「経済的にどちらの方が今の台湾にとって有利か」に言いかえられますが、あくまでも経済面からの対決だけだったように思えるのです。

つまり、二候補主張の違いは「中国との立ち位置の差」なのです。かつての「大陸と統一か」「大陸から独立か」という二者択一をめぐった激しい舌戦とは異なっていました。それは行政院が2011年11月に実施した意識調査結果を、二候補が尊重して選挙に臨んでいるからです。

調査結果では「統一・独立」問題について、「現状維持」を望む層が86.6%もいるのです。大陸との関係で、今の状況を変化させたくないというのが圧倒的世論なのです。

たとえ話

大陸との関係を台湾20歳代女性に、大陸を剛健な男性になぞらえて展開してみます。

●「台湾ちゃん」・・・「確かに彼は(大陸)は、体が大きくて強い(人口・国土面積・資源力)が、まだまだお金持ちじゃないわね(一人当たりGNP)。それと荒っぽいでしょう(軍事力シャカリキ増強・南シナ海での行動)。相手にもっと優しくしないともてないわね」

●「大陸中国君」・・・「最近魅力的になったなぁ台湾ちゃん(大陸に進出企業)は、お金(経済力)と、おしゃれ感(技術力)もあるので大歓迎だよ。長いこと別居していた香港と、よりを戻して結婚(1997年香港が大陸に返還)してみたが、あいつらはインターナショナルな金持ち(国際金融市場保有)で、美人で高慢ちき(英国仕込み)だから、そろそろ新しい愛人(台湾)が欲しいなぁとずっと思っているよ」

●「台湾ちゃん」・・・「正妻のほかに愛人が欲しいなんて失礼だわ。私のお金と(経済力)とインテリ度(ハイテク産業力)の魅力に憧れるのは分かるけど、一度愛人になってしまうと大陸得意の虐待(税などで収奪)が始まるので、いくらうまい話をしてもうかうかのれないわ」

●「大陸中国君」・・・「そんなこと言っても、国連が台湾ちゃんは俺のものだと言っているぞ。早く来ないと一生男と縁がなくなるぞ」

●「台湾ちゃん」・・・「そんなことは分かっていわ。国連の意見は分かるけど、簡単に結論(統一か独立)は出せられないわ。だって今はお金があるし、世界中へ旅行出来るし、アメリカや日本と親友だし、とにかく快適な生活しているのよ。しばらく今のままでいいと思っているの」

●「大陸中国君」・・・「じぁ、まぁこちらもいろいろ問題(チベット等)を抱えているので、ジックリ長期戦で待つことにするか。その間にこっちはもっとよくなるから、その時台湾ちゃんにもてるような条件を出すので、いずれ愛人になること約束しようよ」

●「台湾ちゃん」・・・「そこが大陸君の欠点なのよ。すぐに結論を出そうとするから近隣(周辺国)から嫌われるのよ。私の今の気持ちを黙ってやさしく見守ること出来ないの」

●「大陸中国君」・・・「こっちも今年の11月には親父が代わる(主席交代)から、それまではお互い喧嘩しないでいくしかないなぁ。ただし、代わった親父(習近平)の考え方いかんでは、ちょっと乱暴になるかもよ」

●「台湾ちゃん」・・・「よくおぼえておいて。私の気持ちは当分今のままが良いの。そっとしておいてよ」

この「台湾ちゃん」の気持ちが台湾経済界の発言です。選挙前、創業者が急進的な台湾独立の主張で知られる、台湾化学大手「奇美実業」の寥錦祥董事長が「中国との安定した関係の発展は今後も続けるべきだ」と発言し、国民党支持を表明しました。今までの考え方を変えたのです。また、その他の大手有力企業の多くも、馬英九総統支持を明確にしました。民進党の蔡英文候補では、対中国関係が経済面で一抹の懸念が残ると考えているからです。

これは今まで企業が政治的発言を慎んできた台湾では見られなかった現象であり、ここに今の台湾人の気持ちが顕れています。

今や台湾人は、昔の「外省人⇒1945年以降に台湾に渡って来た漢族系の人=大陸との統一派=国民党」と、「本省人⇒1945年以前に台湾に来ていて台湾語を話す人=大陸からの独立派=民進党」という対立図式は、表面上時代遅れの感覚になりつつあると感じます。

フォルモサを考える時が来ているのではないか

しかしながら、台湾の国民生活にとって経済だけでよいのか、もっと大事なものがあるのではないかと強く感じます。そのことをついたのが日経新聞の特集「台湾の選択」(2012年1月16日から18日)でした。

この中での最後の結論見解で負けた民進党に対し「国民党よりも魅力的な政策を打ち出すしかない」と結んで、後は経済政策ではなく、他の面での魅力的な政策主張が必要だといっているのです。その通りと思います。

今回、高雄の国立中山大学 に行きました。台湾高速新幹線の高尾駅から、タクシーで大学構内の研究所建物前に行きますと、女性教授が階段を身軽に笑顔で降りてきました。とてもフレンドリーで、こちらの大型旅行バック見ると、今日宿泊する大学内のゲストハウスホテルへ、生徒に運ばせると非常に分かりやすい英語で語ってくれます。

研究室でもいろいろ親切に説明してくれ、資料も提供してくれ、昼食もゲストハウスでご馳走になり、ここでも「親日」を強く感じました。

夕食は町に出て、中華レストランで教授を招待したいと伝えると素直に頷き、楽しい会話を続けましたが、途中で当方から「台湾はフォルモサFormosaという 麗しの島」と称されるべき島ですね、と話題を提供すると、一瞬、顔が曇り、眉間に皺を寄せました。

実は、その表情変化の背景には、教授の専門が存在しているのです。

教授の専門は台湾近海に生育している「イボニシ(疣辛螺・疣螺) Thais clavigera」 の研究です。イボニシとは、腹足綱 アッキガイ科 に分類される肉食性の巻貝の一種。極東アジアから東南アジアの一部まで分布し、潮間帯の岩礁に最も普通に見られる貝の一つであって、他の貝類を食べるため養殖業にとっては害貝であるが、磯で大量に採取し易いために食用にされたり、鰓下腺(パープル腺)からの分泌液が貝紫染めに利用されたりしています。

ところが、環境ホルモンの影響によって、生物の生殖システムに与える危害は大きく、種の生存に大きな脅威となっていて、その証明としてイボニシの性別が乱れているらしく、その研究を手伝った助手、6か月の赤ちゃんがいる女性ですが、あまり海のものは食べないようにしていると発言しましたように、近海環境に懸念が残ります。

そういえば、高雄郊外の川辺を通った際、すごい数の煙突地区があり、あれは何かとドライバーに聞くと、製油所だという答えでしたが、空気が悪く窓は開けられなく、公害問題がまだ十分に改善していないというのが実態だと思います。

台湾人にとって魅力的な政策とは

教授とお酒を飲みながらレストランで一緒に食事し、胸襟を開いて話し合ってみると、ようやく台湾の位置づけが分かって来ました。

かつてフォルモサ・麗しの島と称されるべき台湾が、現在は経済優先・成長のために開発島にしてしまって、かつての公害日本と同じ道を辿っていると分かりました。

日経新聞の特集が示した結論見解「魅力的な政策」とは何か。それは、この教授が「これでよいのか」と、眉間に皺がよった問題ではないかと思います。つまり、それはフォルモサ・麗しの島に戻ることではないかと推察したいのです。

経済での豊かさ追求は必要でしょう。しかし、それを求めるあまり、海に囲まれた台湾が、肝心の海を汚して国民生活を脅かしてはいけないのではないかと思います。

しかし、3:11の福島原発で海洋投棄をした日本としては、大きな声では言えないのですが、敢えて述べれば、台湾の人々が、現在の経済重点思考を持ちながらも、自然環境も視野に入れた快適な生活島としてのフォルモサに戻る方向へ、ギアチェンジが必要なタイミングが来ているような気がしてならない。それが今回の台湾訪問の感想でした。

この課題は日本にもそのまま当てはまる

台湾の未来アイデンティティー検討と同じことは日本にもそのまま当てはまります。

日本は人口減を迎えて、いずれは1億人を切る人口数となりますが、その時の姿は今の経済構造社会では成り立ちえないでしょう。

日本人は新しいアイデンティティーを創造する必要があり、それを世論として構築していくことが必要です。

映画「山本五十六」は、マスコミに煽られ世論を間違えた事実を我々に伝えています。同じ過ちはしたくありません。

他国の選挙から自国の課題も考える習慣を身につけたいと台湾を事例にお伝えしました。以上。

投稿者 Master : 06:48 | コメント (0)

2012年01月20日

2012年1月20日 今年の経済は難しい、だが鍵は米国だ(下)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年1月20日 今年の経済は難しい、だが鍵は米国だ(下)

湿板(しっぱん)写真家ジョン氏(John Coffer)のビジネス

前号でお伝えしたジョン氏の続きです。ジョン氏の放浪目的は修行であって、自分の原点とは何かを探る旅であり、自分は何者なのか、それを問うもので、結局、写真家であることを再認識した過程で、湿板写真に巡りあうことができた。

さらに調べてみると1946年に湿板写真の博物館があったらしいことと、二人くらい湿板写真家がいたらしいが、それ以上実態がよくわからず、今は誰もしていないことが分かった。

そこでスミソニアン博物館にも行ってみたが、学芸員も知らず、学芸員が上司に報告し、手助けしてくれ、写真の歴史を調べてくれた。これが1976年ころだった。ようやく湿板写真の実態が分かってきてチャレンジしようと意欲が湧き、それからずっと研究している。

この放浪旅の状況はウェブの自分のホームページで公開している。近くに住む大学生がつくってくれたというので、片隅の机の上をよく見るとパソコンがある。自給生活なのにソーラーパネルで最低限電力を持ち、パソコンは所有しているのだ。これになるほどと思う。

湿板写真家として知られてきたのは、このパソコンのおかげなのだ。生活は自給自活だが、情報発信はデジタル科学機器を活用する。だから、ジョン氏は有名になりつつあるのだと納得し、当方もジョン氏のホームページ公開がなければ知り得なかったのだから。

今の活動は、年一回開催のジャンボリー、これはここの土地で開く湿板写真の愛好家の集い。この参加は無料。但し、食費とテントは持参。自分の作品を扱ってくれているギャラリーが、NYに二か所とサンタフェと他に一軒あるように、自分の写真のイメージを評価してくれるクリエーターがいるとのこと。

その他にワークショップを開いている。ワークショップは世界中から申し込みある。オーストラリア、サウジアラビア、ノルウェー、スェーデン、韓国、日本からはまだない。今は愛好家がワークショップ参加者を通じて世界に1000人はいると思う。

ワークショップの2012年受講者は既に全部埋まっている。一回四人の受付で、5月から9月まで展開。このワークショップが最大の収入源。一人800ドル。参加者は変わり者と思える中年者や、南北戦争好きの人が多かったが、最近はアート志向の人と女性が半分来る。昔は女性が来なかったが、心理学と同じで、参加費用を高くすると多くの客が来ると発言。

この湿板写真が受け入れられているもう一つの理由は、ユニークで一枚しかないから。同じものをコピーできない。それが特徴。今までの作品数は何千枚。昔は肖像写真だったが、今はこの土地のものを映している。

と言いつつ写真撮りのスタジオ・テントに案内してくれる。このテント内に暗室と撮影に必要な各材料を保管している。
020.JPG

ここで写してくれたものが次の一枚である。
019.jpg

これは誰か。地元のインディアンか、老齢のサムライか。                                   
 さて、今の日常は、昼間は農業・酪農作業し、夜は手紙書き。メールはしないのですべて連絡は郵便。今回のアポイントも郵便だった。机上のライトとパソコン電源は日本製のソーラーパネルである。13時過ぎに取材が終わり、門まで行き長靴を脱ぐときも肩を差しだしてくれる。

とにかく、ゆったりした動作で、ゆっくり話す。すべてに慌てない。 カメラはアンティーショップで買うか、道端に捨てられているものを拾って使う。

湿板写真は準備に時間がかかり、撮影と現像から完成まで、手間と時間がかかるのが特徴だが、これがよいのだという。今のカメラは手間かからずよい写真が撮れるが、これとは全く正反対なのが自分の生き方であり、それに共鳴してくれる人がこの地に訪ねてくるのだ。だから今は幸せだと言い切る。

これからの生き方は、と問うと「今と同じことしている」と答え「自分の主張を守りながら、農業と畜産を続けること」だとつけ加え、歳をとったら死ぬだけだと笑う。

今の時代の進み過ぎた生活に対するアンチテーゼではないかと思い、再度「過去から見つけてきた湿板写真を通じて、現代生活がもう一度戻るであろう生活へのさきがけ」をしているのではないかと尋ねると「19世紀の生活と、現代の生活を比べながら生活している」と。

今回、この不便な僻地を訪問し、湿板写真家の実態を見聞きし、湿板写真愛好家が増えはじめ、その人達が自宅に同様撮影設備をつくるようになっていることを確認した。

グローバル競争世界では、他人と違うことに対して支払う対価が利益となるのであるから、ジョン氏の他と違う生き方が、少数ではあるが新しい需要を創ったといえる。

これはJPモルガンCEO ジエイミー・ダイモン氏がいう米国の不変な起業家精神の発揮であって、小規模ではあるが新ビジネスを創った、と思った次第である。

NYの二つ目の事例・手づくりで手間をかける

次の事例を紹介したい。NY地下鉄でブルックリンに行き、商店街の奥にある倉庫ビル、その大きな運搬用エレベーターで四階に上がりドアが開くと、段ボールの山で、これが会社かと思えないほどの乱雑さで散らかっている企業を訪問した。

これでは以前に見たインド・ムンバイで見た工場と同じレベルで、米国とはとても思えない。
この企業は液体石鹸、固形石鹸、キャンドルなどをこの倉庫内で製造し、日本のトゥモローランドや伊勢丹に納入している。NYではバーニーズなどで取り扱っている。

1991年に両親がブロンクスで創業、その後マンハッタン38丁目で製造していた当時は、ホームレスを使い、1ドルのローソクを100万個という体制の企業だった。

2004年に息子に経営権が移ってからは、今の方法の「完全手づくり・高付加価値方法」に変えたと、二代目30歳社長が次から次へとテキパキと話を展開し、写真も自由に撮ってよいという。写真撮られて、仮に他社に真似されてとしても、その時当社は違う事をしていると胸を張る。

今では磁器容器デザインから、石膏型つくり、粘土を練って型に入れ、それを乾して倉庫内の窯に入れ焼き、その磁器容器に蝋を入れる作業までを、全て手作業でこの乱雑な倉庫内で行っている。

従って、生産された製品は当然ながら均一ではなく、ひとつ一つが少しずつ違っている。不揃いなのであるが、それが当社の売り物だと再び胸を張り、一日に30個しかできない製品に6万個のオーダーがきているという。

工場内は雑然として、すべて手づくりだから時間と手間がかかっているが、在庫管理とホームページはパソコンで処理。お金出す宣伝は一切しない。パブリシティは歓迎。

昔の工場はこのような実態だったと思う。それを生産性向上という名目で、機械化等によって近代化し、大量生産できる体制にした。だからどこの工場もきれいになっている。

ところが、この企業は昔に戻して、近代化とは無縁の実態だが、それが今の時流だと言い切る。時代への逆行が時流であり、それが当社の伸びている背景で、そのためには「他との違い」を日夜考え続けることだと言い、「手間をかけることが価値を生む」と言い切り、再び自ら強く頷く。

帰りには製品をプレゼントしてくれた。成功したという自信に溢れている。再び、この企業はひとつの時流をつかんでいると感じる。これも起業の事例と納得した。

米国はVB大国だ

米国における2100年のベンチャーキャピタル投資は219億ドル。欧州の4倍以上、日本の15倍以上である。

米国の成人人口のうち起業に携わる人の割合は7.6%と主要先進国で最も高い。

アメリカ経済は難しい時に来ている。マクロ経済政策では救えないと思う。

ひとりひとり、一社一社の工夫と努力で救うしかないと考えるが、お伝えしたような事例の人達はほんの一例であるが、近代化と逆行するアイディアを出し続けている現場を訪問すると、もしかしたらJPモルガンCEO ジエイミー・ダイモン氏がいうように、米国の未来はまだ続くのかと思う。

今年は米国実態と経済データを注視しウォッチングしていきたい。以上。

投稿者 Master : 10:46 | コメント (0)

2012年01月05日

2012年1月5日 今年の経済は難しい、だが鍵は米国だ(上)

YAMAMOTO・レター

環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年1月5日 今年の経済は難しい、だが鍵は米国だ(上)

今年の各立場から見た日本経済
新年明けましておめでとうございます。
まず、2012年の日本経済はどういう展開となるのか。それを各立場の予測を整理してみることから始めてみます。

①経営者⇒社長アンケートによると国内景気は「悪化している」と「横這い」で76%を超え「順調に拡大」はゼロ回答(2012年12月26日日経新聞)。日本航空の大西社長は「今年の景気について『こうなると言い切れる胆力のある経営者は今いないのでは』としつつ『悪いという見通しで構えをつくる必要がある』と発言。(2012年1月3日・日経新聞)

②民間エコノミスト⇒歴史的な円高や欧州債務危機などのリスクを抱えながらも、日本経済は実質2%前後の成長軌道で推移するとの見方で一致。(日経新聞2012年1月3日)

③日銀短観⇒日銀が12月15日発表した12月の企業短期経済観測調査(短観)は、日本経済が、急減速海外経済と比較的堅調な内需の綱引きになっている状況を浮き彫りにしている。

④政府財政投資⇒復興需要投資に加え、2012年度予算案で公共事業費が実質的に11年ぶり前年比11.4%増に増える。
経営者は弱気、エコノミストは条件付けながらも順調に推移すると見ています。

不透明要因は世界経済

昨年当初、日本経済は順調な歩みを始めたと思った途端、東日本大震災と原発問題危機、続いてギリシャから始まった欧州危機、タイの洪水危機と続き、加えて、超円高がのしかかり、苦しみの経済運営でした。

今年はどうか。国内要因からは大きな不安要素は見当たらない。返って復興需要の本格化と、公共事業費増がある上に、予てから批判の的であった日銀が、マネタリーベースを増やしたという変化、これは日銀が政府と協調して円高緩和策実施であるが、これが続けられれば円安局面に転じる可能性が高くなるので、日本経済にとってはフォローとなる。

しかし、問題は海外経済である。先の見えない欧州ユーロ情勢、米国の景気回復懸念、中国の景気減速傾向など材料に事欠かない。さらに、昨年の3.11のように、現実の世界は予想できないことがおきるから、先を楽観的に見通すことはやめた方がよいだろう。

だが、期待しないという条件下で「予想を裏切る景気回復」もあるかもしれないという「嬉しい誤算」も視野に入れておきたい。

意見が分かれる米国経済

欧州危機状態はしばらく片付かない。だから期待できない。中国はバブル崩壊という状態になったとしても、日本と違って土地は国有であるという前提条件で考えれば、それは上物のマンションバブル崩壊であるから、景気減速といってもそれなりに経済は動いていくのではないかと予測する。だが、米国の先行き予測は難しく、見解は二つに分かれる。

①米国ではリーマンショック後のバランスシート不況に苦しんでいる。2008年初めから四半期ベースでみた実質個人消費の伸び率は年換算で平均0.4%にすぎない。家計が貯蓄を十分に増やすには、まだ何年もかかるだろう。それまで債務が重荷になって米経済は低成長が続く。(モルガン・スタンレー・アジア会長 スティーブン・ローチ氏)
足元の指標が意外にしっかりしているが、長続きするかどうか分からない。家計の過剰債務が多く残っている間は低めの成長が続き、力強い回復はなさそうだ。大きな資産バブルが崩壊した後の典型的な現象だ。(元日銀副総裁 山口 泰氏)

②米経済は改善し始めた。個人消費にも強さが見える。米経済は下振れリスクよりも、上振れして驚くことになるのではと考えている。米国は世界で最もビジネスをしやすく、最高の大学と技術力を持つ。起業家精神も不変だ。成長力を取り戻せる。(JPモルガンCEO ジエイミー・ダイモン氏)

米国経済がジエイミー・ダイモン氏の発言通りになれば、日本経済にとって一つの大きな明るい条件となる。そこで、同氏が強調する起業家精神について、実際にお会いした起業家二人を紹介することで、米国経済実態を検討してみたい。

湿板(しっぱん)写真家ジョン氏(John Coffer)のビジネス

昨年11月末、ニューヨーク州のもう少しでカナダに入るという僻地に向かった。目的は湿板写真家ジョン氏のところである。

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 湿板写真は坂本龍馬の写真で知られている。この写真は高知県桂浜にある坂本龍馬像のモデルとなった写真で、1866年または1867年に長崎にあった上野彦馬写真館にて、井上俊三が撮影したもので、高知県立民俗歴史資料館所蔵品である。著作権の保護期間が満了しているので、各地で使用されている。

湿板写真は1851年にイギリスのフレデリック・スコット・アーチャーが発明したもので、撮影直前にガラス板を濡らし、乾く前に現像する必要があるため、写真乾板の登場とともに市場から姿を消したものである。

技術的には、ヨウ化物を分散させたコロジオンを塗布した無色透明のガラス板を硝酸銀溶液に浸したもので、湿っているうちに撮影し、硫酸第一鉄溶液で現像し、シアン化カリウム溶液で定着してネガを得る。日本語ではコロジオン湿板、または単に湿板と呼ばれる場合も多い。今のデジタル写真に慣れ切った我々には、手間と時間と設備が撮影に必要なので全く異次元であり、手が出ない写真撮り技術である。

朝の9時過ぎ、木組みでつくったジョン氏の粗末な門の前に立つ。門の下に太めの材木を数枚地面に並べ、そこに長靴が置いてある。雨が降ったのか地面がグヂャグヂャで普通の靴では歩けないので、長靴にはき替えようとするが、材木の上ではよくできない。

困っているとジョン氏が体を寄せて肩につかまれという仕草、それに甘えてようやく長靴に履きかえられた。長靴でも歩きづらく、道とはいえない地面を歩いて行くと、ひとつの小屋の前にたどり着いた。見るからに粗末な小屋。全部丸太組である。中に泥長靴のまま入る。

ジョ008.JPG
ン氏の第一印象は仙人。優しい眼をしている。眼鏡越しに見る眼が柔らかい。眼は過去の生活体験が顕れるものだ。この土地は26歳の時に買った。1978年であるから、年齢を計算すると今は59歳だ。敷地は50エーカーある。約6万坪となる。広大だ。当時は安くワイン醸造業者から買ったという。今は高いので買えないともいう。

ジョン氏は小屋の中で、バターとシロップかけて朝食のパンケーキを食べている。シロップはカエデの木から煮詰めてつくり、黒砂糖や牛乳もつくる。そのための大きな装置もある。机らしき上にはいろいろな瓶とか缶が重なっていて、僅かな残されたスペースで食べている。食器はフライパンのまま。ジョン氏は全て自給自足生活。

ジョン氏が語り出す。昔フロリダで5・6年暮らした後、1978年の26歳まで7年間米全国を放浪した。
プロテスタントのメソジストが使っている馬車での一人旅である。

キャプチャ.JPG
お金を持たず、お腹を空かした旅で、生きる最低限ギリギリの生活だった。一年間2000ドルしか使わない。自分の食事代のみ。 馬の餌は道端の草と時折街道筋で餌の提供を受け、自分も食事とシャワーの提供を各地で受け、元々写真家を目指していたので、各地で肖像写真を撮影し稼ぎ、生活費とし、何とか旅を続け、歴史・古いもの・昔の技術を調べているうちに湿板写真をみつけことができた。

 ジョン氏訪問は次号へ続く。今年も世界から日本を見る視点でお伝えして参ります。以上。

投稿者 Master : 08:50 | コメント (0)

2011年12月23日

2011年12月20日 ユーロ危機で分かったこと・・・その二

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年12月20日 ユーロ危機で分かったこと・・・その二

戦後66年、EUの盟主はドイツになったこと

ユーロ参加主要国との比較でドイツだけが経常収支が黒字であることを前号で述べました通り、ドイツ一人勝ちなのです。何故にドイツが経済的勝利を得たのか。

それは簡単な背景です。EU体制がスタートして、ドイツの第二次産業の強さが発揮されたのです。EU体制前は、ドイツからヨーロッパ各国への機械類等の出荷は輸出扱いでした。各国毎の関税がかかっていましたが、今は関税なしで「域内出荷」となったことから、各国が優秀なドイツ製品を購入しやすくなり、一気に経常収支がよくなりました。EU体制が味方したのです。


表はユーロ諸国の経常収支で、一番上の青線がドイツです。これを見るとドイツは2000年のユーロ発足までは経常収支が赤字でした。1989年の東ドイツの統合の後、赤字に転落し、90年代を通じて問題でしたが、ユーロ各国の経常収支.JPG
ユーロ成立後、急速に黒字を拡大し始めたのです。

ですから、ユーロ加盟16カ国はドイツのお金が目当てで「メルケル詣で」し、その結果は「本来ユーロ17国で物事を決めるべきだが、ドイツが言ったことに他国が従う」(米コロンビア大ジェフリー・サックス教授)という実態になっているのが現実です。

もう一つ大事なポイントは、国民性というものがあるような気がしてなりません。
ドイツの一主婦から以下のメールを頂きました。

「今ヨーロッパは嵐のような状態です。ギリシャのみでなく、イタリアもどうなることか、はらはらさせられます。フランスは依然としてユーロ紙幣の増刷を主張しますが、怖い考えだと思います。”フランス人は考えずに走り出す”とはこのことでしょうか」

このメールには現在検討されている「ユーロ共同債」構想に対し、メルケル首相のみが反対している姿が反映しているのです。

メルケル首相は「国の競争力によって金利の格差がつくことが重要だ」と強調していまして、これは当たり前のことであり、この常識的なことをなくそうとする他国に対し牽制しているのですが、ここにもドイツ人の国民性が顕れています。

ハンブルグのミニチュア・ワンダーランド

そこで、今回訪問したドイツ各地で出会い、見聞きしたいくつかをご紹介し、ドイツ人の「しっかり度」を確認してみたいと思います。

まず、最初に感じるのは、訪問する企業・団体・大学・研究所等での対応の差です。ドイツでは大体のところで「説明するための資料が用意されている」のですが、他国では説明時にこちらから要求しないと資料は提供してくれないのが普通です。

ギリシャなぞは、後で送ると言いながら、送ってこないので催促すると「まだ、送ってありません」という返事だけで、その後も何も資料は届かないのが普通です。これが当たり前のギリシャビジネスの実態らしいのです。こちらが諦めるのを待っているのです。

今回、特にドイツ人の素晴らしさを実感したのはハンブルグの「Miniatur 
Wunderland ミニチュア・ワンダーランド」でした。

海辺に近い倉庫街につくられたもので、今やハンブルグの人気スポットなっています。ここのアイディアは昔からある普通の発想で「ある場所のミニチュア版」を展示するというものですから、世界各地に同様な展示会場があると思います。日本にもあるでしょう。

しかし、それらとは違う魅力が会場に入ると一瞬にして分かります。倉庫を使っていますから、建物内は無造作なもので、内装なぞ全く綺麗さという点では劣りますが、本来的な素晴らしさがあるのです。

その一番目は、入口におかれているパンフレットです。16カ国の言語でつくられています。その中の日本語パンフレットの日本文を、慎重にチェックして読みましたが、全く違和感がなく正確に書かれていました。果たして、日本で同様の外国語パンフレットを作成した場合、どの程度の正確さが保たれているか心配します。多くのところで見ましたが、日本語を直訳した固すぎる英語になっているのが多いと思います。

二番目は、ミニチュアの緻密さです。以下の写真をご覧ください。
104.JPG

105.JPG
 
写真は実物はたった1.5cmの大きさを拡大したものです。アルプスの雪風景の中にあったものを撮影したのですが、屋根から雪下ろししていて、転落した様子がリアルにつくられているのです。このような細かい部分にも手を抜かず「しっかり」つくられています。従って、もう一枚の写真のように子供が身を乗り出して楽しむということになります。

まだたくさん説明したいことがありますが、このくらいにしてまとめますと

①古い発想で新しい創造⇒新鮮
②面白い・エンターティメント    
③驚き・サプライズ

という三点になり、結果として本物としての魅力を感じるので、ここに人が集まり、収益が上がるのです。ドイツ製品がユーロ地域の他国に買われるのもこの理由と同じです。

日本人が見習うべきこと

このハンブルグの「Miniatur Wunderland ミニチュア・ワンダーランド」、技術的には日本人にも可能でできるでしょうが、日本人には②面白い・エンターティメント ③驚き・サプライズという二項目が全体的に欠けていると思われてなりません。

このところを外国人と提携して相互助け合うなら、世界中から観光に訪れる施設ができるのではないかと思っています。

最後に日本人が反省しなければならないことに、ドイツと日本は同じように経常黒字国でありながら、何故に純政府債務残高がドイツは57.6%で、日本は117.2%なのかという背景です。日本の国債発行は20年前のバブル崩壊時にとった財政政策に起因しています。簡単に述べれば「パル崩壊時の経済対策を、構造改革で乗り切るべきだったのに、景気対策を繰り返した」ことが今日の結果を招いていることは間違いない事実です。

当時のことを少し振り返ってみます。政権を握っていた自民党の政調会長だった亀井静香氏が次のように語っていました。

「坂道を転がり落ちている。支えねばならない」「トンネルを怪我人なしで抜け出たい」
「一家の稼ぎ頭の父ちゃんが倒れてしまったのだから、子供から借金をしても栄養をつけさせないといけない」(毎日新聞 1999年11月14日)等と言っては、景気対策の規模をどんどん拡大させていったのです。

また、当時の小渕首相は、1999年12月12日に「世界一の借金王にとうとうなってしまった。六〇〇兆円も借金をもっているのは日本の首相しかいない」と語ったのですが、今はその二倍に近づいているのです。

つまり、政治家の誰も構造改革を進めずに、小渕政権時代の自民党政権のままに国家経営をしてきた結果が、ドイツとの大きな純政府債務残高となっているのです。

ドイツのメルケル首相のみが、検討されている「ユーロ共同債」構想に対し反対している姿をみると、日本人と日本の政治家の戦略性なき国民性が問題だと痛切に感じ、日本人は「未来から今を見る」という思考力は皆無に等しく「先をあまり見ないで、今のところで頑張り続ける思考力」の国民だとつくづく思っています。真面目に努力する前に、未来を描き戦略を構築する脳細胞にする必要があります。

今年の日本は大変な年でした。このような年はしばらくないでしょうから来年は期待できると思っています。

皆さんの愛読に感謝です。以上。

投稿者 Master : 08:29 | コメント (0)

2011年12月06日

ユーロ危機で分かったこと・・・その一

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年12月5日 ユーロ危機で分かったこと・・・その一

フリクションボールのお土産で恥かく

 11月は仏独に2週間出張しました。ドイツの知人に企業訪問時のお土産に「フリクションボール」をお土産にどうだろうと尋ねたところ、文房具店で販売しているが、日本からわざわざ持参したといえば歓迎されるだろう、という回答だったので東京駅前オアゾ・丸善書店で買い、贈答用に包装してもらい持参しました。

 「フリクションボール」をご存じでしょうか。「消えるボールペン」のことです。昨年、パリで日本の消えるボールペンが話題なっていると聞きましたので、まだ新鮮だろうと考えてお土産にしようと思ったわけです。

 ドイツで訪問した企業の社長にお土産ですと言って差し出すますと、すぐに袋を開けて一言「中学生の娘が3・4年前から使っている」というではありませんか。

 ビックリし、それからいろいろドイツ人に聞いてみると全員が「子供が使っている」という回答です。日本に戻って大人の日本人に聞くと「フリクションボール」なぞは知らない、という方が多く、これはどうしてなのだろうかとパイロット社に問い合わせしてみると「2006年にヨーロッパで日本に先駆けて販売したところ大ヒットした」とのことで、その理由として「ヨーロッパでは義務教育では鉛筆使用が禁止で、万年筆かボールペンを使用させているのでヒットしたのだ」という回答です。
 
改めて仏独の義務教育の実態を調べてみると「しっかり明確に字を書くよう鉛筆使用が禁止」ということが分かりました。

 なるほどと思いましたが、今まで何回もヨーロッパに行き、小学校・中学校にも訪問しているのに、鉛筆使用禁止ということは把握していなかったわけで、随分知らないことが多いと反省しているところです。これはユーロ危機でも同様です。

ユーロ危機で分かったこと

 今回のユーロ危機で分かったことは、
 (1)ギリシャという国は特殊であること
 (2)戦後66年、EUの盟主はドイツになったこと
ではないかと思います。

(1)ギリシャという国は特殊であること 

ギリシャが特殊なことは、既にお伝えしておりますし、新聞紙上で毎日のように問題点が取り上げられていますので、十分ご存じだと思いますが、大事なことをひとつだけ述べれば「今のギリシャ人には古代ギリシャ人の血が一滴も流れていない」というドイツ人学者の見解です。(内山明子著 国立民族学博物館『季刊民族学』123号2008年新春号の『ギリシャ・ヨーロッパとバルカンの架け橋』)

 これが発表された時にはギリシャ国内に衝撃が走りましたが、実際にギリシャ各地を歩いてみた感じでは、古代ギリシャ人の血が入っていない、というのは事実ではないかと実感しています。 

つまり、カール・ヤスパース(独)が言う「人類の枢軸の時代」、紀元前500年頃を中心とする前後300年の幅をもつ時代を「枢軸時代」と称し、人類の歴史に多大な影響をもたらした大いなる賢人がずらりと出現し、中国では孔子と老子が生まれ、中国哲学のあらゆる方向が発生し、墨子や荘子や列子や、そのほか無数の人びとが思索し、インドではウパニシャット(宗教哲学書)が発生し、仏陀が生まれ、懐疑論、唯物論、詭弁術や虚無主義に至るまでのあらゆる哲学的可能性が展開されました。

イランではゾロアスターが善と悪との闘争という挑戦的な世界像を説き、パレスチナでは、エリアから、イザヤおよびエレミアをへて、第二イザヤに至る予言者たちが出現し、ギリシャでは、ホメロスや哲学者たちパルメニデス、ヘラクレイトス、プラトン、更に悲劇詩人たちや、トゥキュディデスおよびアルキメデスが現われたのです。

以上の賢人たちが、地域が異なりながら、どれもが相互に知り合うことなく、ほぼ同時的にこの数世紀間のうちに発生したわけで、この時代を「人類の枢軸の時代」というのですが、この栄光ある古代ギリシャ人と、今のギリシャ人は血でつながっていないということを知り、改めて、今回のユーロ危機発生がギリシャ国家の粉飾決算から始まったことと結び付けると「なるほど」と深く納得したわけです。

「ギリシャ人のまっかなホント」(アレキサンドラ・フィアダ)という1999年に出版されたコミカルな本があり、同書で「これだけは断言できる。EU定数にギリシャ人を巻き込んだシステムは、じきにギリシャ的になる」と、EU加盟国はいずれギリシャに感化されていい加減になっていくと”予言”していました。(2011年7月2日週刊ダイヤモンド 加藤出氏)

また、ユーロ発足時のブラックユーモア「THE PERFECT EUROPEAN SHOULD BE...」直訳すれば「あるべき完璧なヨーロッパ人とは……」となり、「こういう各国の人々が集まっているのだからEUの将来も万々歳だよね」という皮肉を述べていました。
DRIVING LIKE THE FRENCH
      (フランス人のように運転マナーがよく)
HUMOROUS AS A GERMAN
      (ドイツ人のようにユーモラスで)
CONTROLLED AS AN ITALIAN
      (イタリア人のように自制的で)
SOBER AS THE IRISH
      (アイルランド人のように酒嫌いで)
HUMBLE AS A SPANIARD
      (スペイン人のように謙虚で)
ORGANIZED AS A GREEK
      (ギリシャ人のように整理整頓好きで)
 ギリシャに対して、様々な忠告・提言が行われていますが、多分、その内容は実行されないと思います。

 2008年の金融危機を予測していたルービニNY大教授がが「ギリシャのユーロ離脱は時間の問題だろう」と語っていますが(日経新聞2011年11月18日)、これが当たる可能性は大であり、ギリシャは「元々ユーロを導入する資格がない国だ」と日経新聞の「大機小機」(2011年11月25日)でも述べているように、ギリシャは異質な国であり、ギリシャを除くユーロ加盟16カ国は、ギリシャ一国に翻弄され、それが他国に影響波及することは必至ですから、ギリシャ排除をするのではないでしょうか。

(2)戦後66年、EUの盟主はドイツになったこと

 ギリシャ問題から発生したユーロ危機で分かったもう一つの重要なことは、ドイツの強さです。今や各国首脳が毎日のようにドイツ・メルケル首相をベルリンに訪ねています。「メルケル詣で」という現象です。
 どうしてなのか。それは次表で明らかです。
各国財政実態表.JPG

 ヨーロッパ主要国との比較でドイツだけが経常収支が黒字なのです。ドイツ一人勝ちなのです。何故にドイツが経済的勝利を得たのか。
 現在、日本で激しい議論が交わされているTPP(環太平洋戦略的経済提携協定)問題にも通じますので、他国制度の実態状況を把握は大事ですので、次号で分析続けます。以上。

投稿者 Master : 06:02 | コメント (0)

2011年11月20日

2011年11月20日 観光地は超訳がお薦め・・・その二

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年11月20日 観光地は超訳がお薦め・・・その二

マクロ対策での限界

 観光とは異なるが、アメリカ経済の実態を見ていると、世にいう「マクロ経済学者」が唱える経済政策が失敗したとか思えない。
 アメリカ経済はリーマンショックから3年たっても失業率は下がる気配がなく、各地でデモが発生し続け、米連邦準備理事会FRBが足かけ6年にも及ぶゼロ金利を予告しているのだから、日本と同様に低成長状態に陥ったと言える。

リーマンショック前まで、アメリカ経済学者やFRBの幹部が揃って「バブルが崩壊しても金融を迅速かつ十分に緩和すれば対処可能」と豪語し、その反面教師として日本を挙げ、「日本の失敗はデフレに陥ったことであり、デフレはマネーサプライを増やせば、たちどころに解決する」と日本の経済政策当局を嘲笑っていた。

その嘲笑いの通り、アメリカは大胆な金融緩和に踏み切り、さらに、景気が思わしくないとみると、追加的な量的金融緩和政策Quantitative EasingいわゆるQE2を実行した。

このマネーが国際商品相場を押し上げ、アメリカのデフレ懸念は遠のいたように思えたが、新興国が金融引き締めで対抗した結果、株価は一時的な上昇にとどまり、明確な景気回復にはつながず、ジョブレス・リカバリーjobless recovery (雇用拡大を伴わない景気回復)となって、アメリカ各地でのデモにつながったのである。

つまり、史上最大の景気刺激策を展開しても、予想に反して効果を発揮していないわけで、とうとうノーベル賞受賞学者のポール・クルーグマン・プリンストン大学教授も、日本に対して嘲笑った事に対し「謝るべきかもしれない」と述べている。(日経新聞2011年10月6日)

マクロ政策では解決しないだろう

 「デフレの正体」の著者藻谷浩介氏は、次のように述べている。(デフレの正体16頁)

「健康診断にたとえましょう。『GDPが上昇すれば、世の中の隅々まで経済的な豊かさが波及していく』という考え方は、『総合体調指数が改善すれば、血圧も体脂肪率も血糖値も尿酸値もみんな改善する』という発想と同じです。実際は逆で、血圧や体脂肪率や血糖値や尿酸値が個別に改善していけば、その帰結として計算結果としての総合体調指数が上昇するのです」

 その通りでしょう。我々の経済は一人ひとりの生活を保障するものでなければならず、一人ひとりが豊かになるところに国家の経済政策があるべきで、国全体の経済成長が図られたとしても、その結果、かえって経済較差が広がり、貧困家庭が増加するようでは国民生活が向上したとはいえない。

 観光政策も同様で、観光庁が1万人作戦を採る事は、採らないよりはましだが、例えこのマクロ政策が成功したとしても、従来から著名の特定人気観光地に偏った外国人増加になってしまえば、外国に知られていない観光地には何ら意味がなく、効果もない観光政策となってしまうだろう。

日本政府観光局JNTOが外国に日本観光をPRしている一事例を紹介したい。それは英国航空BRITISH AIRWAYS機内誌の宣伝である。PRしているのは五カ所、東京、高山、高野山、京都、沖縄であって、他の各市町村は無視されているのである。

つまり、このようにPRされた観光地には外国人が大勢訪れると思うが、その他の知名度のないところには訪れない。したがって、知られていない各市町村は、自ら努力すべきで「今まで知られていない自らの観光地にどうやって外国人を来るようにするか」という事を考えるのが最重要課題で、外国人誘致政策立案能力が問われる事になるが、その為には最も大事な前提要件がある事を認識しなければいけない。

観光地は意識変革をしないといけない

 それは、日本人観光客に対する対応する施策を、そのまま外国人に対応させるのは難しいという事である。日本人に対する観光政策と、外国人への対応とでは意識を変えないといけないのである。

 時折、相談を受け、英語に翻訳された観光ガイド資料を見る機会がある。日本人である筆者が翻訳された英語を読んでも、あまり違和感を持たないが、先日、在日アメリカ人のコロンビア大学卒・ハーバート大学院卒の博士で、博士論文が日本企業研究という日本語を自在に話せる女性に、この英語観光ガイド資料を見せたらバッサリ「面白くない」の一言。

 つまり、真面目に詳細に説明し過ぎているので、外国人に難しく、難しいから読まなく、読まないから分からず、分からないから面白くないという結果になる。

先日、このアメリカ女性と関東地区の観光地に行き、観光関係者から車で各地を案内受けた時の彼女の様子が参考になると思う。

最初に連れて行ってくれたのが博物館で、学芸員が説明を始めると、頷き関心を持ち、猛烈な速さでノートを広げ英文でメモを取り、説明が終ったあと「すごく楽しかった」と発言する。

次に、地元では著名な神社に行き、神主さんから歴史的説明が丁寧にあったが、今度は全くメモしなく、次に訪れた寺でも同様で、関心を示さない。

実は、この事は私が欧米各地を始めて訪問したところで、地元の方が、外国人である私を案内してくれる時と同じである。各地には著名な教会があり、その教会はその地の人々にとっては重要な意味を持っているが、キリスト教と聖書を十分に把握していない当方には、地元の方の説明が難しく、結局、建物の素晴らしさを見るのが中心ポイントになってしまう。

また、教会は各地にいくつもあり、それぞれ異なるデザイン・仕様で建設されているが、当方には詳細な部分の差が分からないので、全部が概ね同じように見えてしまい、結果として教会見学に飽きるという事になる。これと同様な事が日本の神社仏閣訪問時に、彼女の態度によって鮮明に示されたのである。

 さらに、欧米人は文化的観光資源と、日本人の生活実態に関心と興味を持つ傾向が強い。この点、日本は長い歴史から構築されてきた文化遺産と、一般人の生活は狭い土地に住みながらも、その水準は世界でも最も豊かで清潔であるから、この実態に触れると大変驚き感激する。

もう一つ評価が高いのは日本食である。日本食はヘルシーであるという評価が世界中で定着しているが、日本に来て本物の日本食に接すると、外国の地で食べる味わいと異なり、さすがに違うと喜ぶのである。

 このような背景であるから、その地の飲食店マップは最低の必要条件であり、そのマップ上に店を紹介する文面が外国語で書かれていると最高だろう。

最後に決定的に重要な事

 もう一つ決定的に重要なのは英文化作業で、単に日本語で書かれた原文を英語に忠実に翻訳するのではダメである。外国人の立場から翻訳するという事が絶対必要条件である。

これは簡単な事ではないが、この「情報編集」を巧みに行っているのが、村上春樹であろう。村上春樹の小説は、全て日本が舞台で、日本人のみが登場するのであるのに、世界中から受け入れられている。その原作に忠実でない翻訳、つまり外国人によって「超訳」が行われているのである。これが村上春樹の人気理由の背景にあるひとつの重要な事実だ。

 現在、先ほど登場したアメリカ人女性と一緒に、関東地区のある市の外国人用観光ガイドブックを作成したところである。勿論、私が外国人用に「情報編集」した日本文を、彼女が自分の言葉で再度「情報編集」し英文にする、つまり「超訳」したが、興味ある方はご連絡いただければ、その「情報編集」方法と英文化についてご案内したいと思っている。以上。

投稿者 Master : 16:19 | コメント (0)

2011年10月20日

2011年10月20日 世界には日本人がのぞき込めない世界がある・・・その二

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年10月20日 世界には日本人がのぞき込めない世界がある・・・その二

ボトルショック

前号に続くワインの闇の話。外国に行く楽しみの一つはワインである。日本では殆ど飲まないが、欧米に行ったときは、その地のワインを楽しむことにしている。それほど味に詳しくなく、ワインの知識もあまり持ち合わせていないが、その地で飲むワインは、その地の匂いと味わいがすると、いつも感じる。

世界のワイン市場は激烈な競争下にある。ワイン市場で新世界と称されるカリフォルニア、チリ、オーストラリアはじめ南アフリカワインや、最近では日本の甲府ワインまでが欧米に輸出されるようになってきて、ワインの旧世界・ヨーロッパはたじたじである。

特に旧世界の盟主であるフランスは、ボトルショック(Bottle Shock)で打撃を受けた。

ボトルショックとは、1976年にアカデミー・デュ・ヴァンの創始者スティーヴン・スパリュアが、パリで開催したブラインド・テイスティングにおいて、当時全く無名であったカリフォルニアワインが、バタール・モンラッシェ、ムートン、オー・ブリオンといった最高のフランスワインを打ち破った事件を映画化したものである。
この事件が引き金となり、その後世界中のワイン業界は激動の時代に突入したのである。

ボルドーの「ぶどう栽培、ワイン科学研究所 Institut des Sciences de la Vigne de du Vin」

パリの全国農業コンクールに毎年参加している。昨年二月開催時にボルドー地区の一つのワインコーナーで試飲した女性経営者と親しくなり、ボルドーに行くと彼女のワイナリーに立ち寄り、食事をご馳走になりながら、いろいろワイン造りを教えてもらっている。

というのも彼女のワインに関する蘊蓄がなかなかのもので、参考になるので「それはどこから仕入れたのか」と尋ねると「兄がボルドーの『ぶどう栽培、ワイン科学研究所 Institut des Sciences de la Vigne de du Vin』の教授なので教えてもらっている」との発言である。名前を聞くとボルドー大学教授でもあり、醸造学では世界的権威の人物である。

そこで、彼女の紹介を受け、長らく疑問に思っていた「良いワイン造りの条件」についてレクチャーしてもらおうと、今年の7月の暑い一日、研究所に訪問した。

さすがに研究所は立派である。世界各国から研究者が集まっている先端センターであり、サントリーとも提携していて、日本人研究者も多く訪れるところである。

ここでボルドー大学の醸造学教授からレクチャーを受けたが、良いワイン造りの結論は「葡萄苗から吸収する水の管理が第一重要条件で、次に葉と実のコントロール、これは葉に水が行きすぎると実によくない影響を与えるという二つが条件だ」とのこと。

とにかく明快スッキリ結論で、素人にもよく分かるが、何か欠けていると感じる。

それは、地質との関係が抜けていることで、教授の見解は地面の質が関係しないという見解になる。そこで、そのことを質問すると、勿論、地質が関係するが、それは土地の粗さと細かさで水の保湿力が変わるので、ぶどうの実への水吸収度合に影響するから、該当地質に合う苗木の種類選定に関係する程度だという回答である。

つまり、良いワインと地質との直接因果関係はないという事になる。これは素人考えだが、大いに疑問を感じるが、ボルドー大学教授があまりにもきっぱり断定するので、専門知識のない当方としては追及できなかったが、どうも釈然としない。というのも、世界各地のワインの宣伝には、必ずその地の自然条件、中でも土地環境が写真と共に語られているからである。

そこで、ここの研究所と関係が深いというサントリーに聞いてみようと、広報部に問い合わせしたところ、山梨県の登美の丘ワイナリーで説明してくれることになった。

テロワール(terroir)

山梨県甲斐市大垈の「サントリー登美の丘ワイナリー」では、責任者が親切に説明対応してくれたが、同氏はボルドー大学教授と若い時代にボルドーで一緒に学んだ仲であり、従って、結論は同じであった。

では、ぶどうの栽培地の環境条件、気候、土壌、水などは全く関係ないのか、という疑問に対して、次の説明が展開された。

まず、テロワール(terroir)という概念が大事だと強調した。 この言葉はフランス語特有で、英語にもこの意味をそのまま表わす単語はなく、日本語にも見当たらない。

その「テロワール」だが、フランス人のように体感的・感覚的な意味で理解出来ないが、しばしば登場するので、この概念や意味を把理解しようとすることは必要だ。

極めて大雑把な説明は、テロワールとはぶどう(ひいてはワイン)が生まれてくる環境全体を指すのだ、というもの。つまり、ぶどうが生育する環境が違えば、たとえ同じ種類のぶどうを植えたとしても、出来上がるぶどう(したがってワイン)も異なるという考え。

では、環境といっても具体的にはどんなことを言っているのか、つまり、何が収穫されるぶどう(出来上がるワイン)に違いを与えるのか、というその要素の説明が必要となる。  おそらくフランスのぶどう生産者(ワイン生産者)にとって、この手の質問は彼らを苛立たせるものだろう。

というのは、そんなことは彼らの長い長いワイン造りのなかではなんら説明を必要としない自明の概念なのであって、それをいちいちどの要素がどうで、それがどのようにぶどうやワインに影響するかなどということを、分析的に説明を加えるなどということはナンセンス極まりないということになる。

事実、ブルゴーニュのある高名なメゾンのオーナーがこの質問を受けたときに『テロワールはテロワールだ。』と憮然と答えたという。

 彼らは、ぶどうができる場所によって出来上がるワインの個性が変わる原因を、経験的・体感的に認知し、それらの違いを『土地』『大地』『土壌』という意味を中核に持った『テロワール』という言葉で概念的に使っているのだ。日本語で敢えて考えると日本語の『風土』という言葉はフランス人の言う『テロワール』の感覚に近いかもしれない。

この説明を受けてようやく分かったことは、ボルドー大学教授は何故にテロワールに触れなかったということである。彼にとってテロワールなぞは説明するにあたらない概念なのだ。

一方、サントリーの責任者はワイン後発国の日本人であるので、日本人に対しては、テロワール概念を調べ研究し説明しないと分からないだろう、だからワインの説明にはテロワール概念をまず話すことが不可欠な要素概念と思っているので、当方にも時間をかけてレクチャーしてくれたのだ。

分かったが体では理解できないものだ

ここで冒頭のボトルショックに戻るが、ボルドー大学教授の「水の管理に尽きる」というレクチャー、これがテロワール概念から発したものだと今は理解し、ボルドーでは水のコントロールをしてはいけなく、すべては天然の雨ののみが水としてぶどうに与える水分となっている。つまり、コントロールしないで水の管理をする事になり、水分補給は天候次第というのが旧世界のヨーロッパのワイン造りなりである。

一方、新世界のワイン造りは乾燥地で展開されることが多い。ということは水を適度に与えるという事を行っているのである。水のコントロールを人工的に行うワイン造りとなっている。

これは雨量の多い日本でも同様で、多すぎるための対策は当然にとられている。土中の雨水を流す土管つくりなどであるが、このような水対応策を各自然条件下で展開している。

したがって、ワインのブラインド・テイスティングコンテストを行ったとしても、そのワイン造りの最も重要な条件である、水のコントロールが異なる方法であるから、妥当で的確なコンテストとはいえないかもしれないと今は思っている。

日本人がのぞきこめない世界があるのだ

良いワインをつくるためにはフランスではテロワール概念があるが、それをフランス人からは教えてもらえず、日本人から教えてもらって、ようやく何となく分かったような感じとなった事に複雑な思いをしている。
つまり、日本人には分からない世界、日本人がのぞき込めない世界があるのだということであって、その一つが「テロワールTerroir」なのである。その地に生まれ、その地で育たないと絶対に分からないというものがあるのだという事を、理解しないといけないと思っている。

ギリシャ化問題にある深い闇、草津温泉の欧米人との闇も同様に難しい課題だ。以上。

投稿者 Master : 08:12 | コメント (0)

2011年10月05日

2011年10月5日 世界には日本人がのぞき込めない世界がある・・・その一

環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年10月5日 世界には日本人がのぞき込めない世界がある・・・その一

欧州は日本化ではなくギリシャ化だ

エコノミスト(7月30日)の表紙は刺激的だった。オバマ米大統領とメルケル独首相が着物姿で登場して「欧米は日本化に向かっている」と特集を組んだ。
だがしかし、今年8月に入って状況は一変した。日本の実態は確かに悪く、バブル崩壊後20年間成長が止まって、デフレが続いているが、日本は世界各国に福島原発問題で迷惑と心配をかけている以外は、経済的に悪影響を及ぼしていない。

一方、今の世界はギリシャ問題が浮上し、これがEU諸国に多大な脅威を与えている。ギリシャのGDPは約23兆円、東日本大震災で被害を受けた岩手、宮城、福島三県のGDPとほぼ近い経済規模である。岩手、宮城、福島三県が日本全体に占めるGDPは約4%程度であるが、ギリシャがEU全体に占める経済規模はわずか2%に過ぎない。

この2%としか占めないギリシャが、今やEUを混乱させ、ひいては世界経済に悪影響を与えているのであるから、英国エコノミストが日本化なぞと揶揄している時でない。

エコノミストが表紙に掲載すべきは「日本化」でなく「ギリシャ化」であろう。他人の国を批判する前に、自国が深く関与しているギリシャ問題をどうするか、その特集を組むべきだろう。世界はギリシャ化という大問題に立ち至っているのである。

ギリシャは闇の国だ

 ギリシャ問題を語る時、どうしても触れなければならない人種問題がある。今のギリシャ人は古代ギリシャの直系の民族なのかという疑問である。アテネを訪れると不思議な感じをもつだろう。タクシーの運転手や信号で物売りしている若者たち、通りを歩いている人たち、その体つきと顔を見ていると、ギリシアに来たとは到底思えず、今、ここアテネに住んでいる人たちは本当にギリシア人なのか、という疑問をもつ。

古代ギリシア人の彫刻は国立考古学博物館に行くとたくさん展示されているし、ギリシア文明を義務教育で学んでいるので、古代ギリシア人のイメージはしっかり脳に残っている。すばらしい理知的な瞳と顔立ちをしているブロンズ像でギリシア人のイメージが固まっている。

だから、街中を歩いている人たちは、皆古代ギリシア人のブロンズ像のようであることを期待し、その確認のためにアテネに来たようなものであるが、実際のアテネを歩いている人たちは、随分異なる。違った国に来た。これがアテネの第一印象である。

そこで改めて、ギリシアを地図上で見てみると、ヨーロッパの東南部、地中海のイオニア海とエーゲ海に挟まれたバルカン半島の南端に位置している。イオニア海の向こう側のイタリアとは陸続きではない。だが、北方はアルバニア、マケドニア、ブルガリアと国境を接し、驚いたことにトルコと陸続きなのである。 ギリシアはヨーロッパである、というイメージを持って訪れると妙な感覚になる。

さらに、独立早々ドイツの学者によって「今のギリシア人には古代ギリシア人の血が一滴も流れていないと書かれてしまったときには、国じゅうに衝撃が走ったのだった」(内山明子著 国立民族学博物館『季刊民族学』123号2008年新春号の『ギリシャ・ヨーロッパとバルカンの架け橋』)という指摘もあるほど、古代ギリシャ人と今のギリシャ人は関係がないという感じが強く持つ。

紀元前500年頃を中心とする前後300年の幅をもつ時代を「枢軸時代」と称し、人類の歴史に多大な影響をもたらした大いなる賢人がずらりと世界各地から出現したが、その代表はギリシャであった。ホメロスや哲学者パルメニデス、ヘラクレイトス、プラトン、更に悲劇詩人たちや、トゥキュディデスおよびアルキメデスなどであったが、この時代のギリシャ人と今のギリシャ人はどうしても違う、と現地に行くと強く感じてしまう。

 1999年に出版された「ギリシャ人のまっかなホント」(アレキサンドラ・フィアダ著)というコミカルな本がある。 同書は、EU加盟国はいずれギリシャに感化されていい加減になっていくと次のように”予言”していた。

 「これだけは断言できる。EU定数にギリシャ人を巻き込んだシステムは、じきにギリシャ的になる」と。

このように揶揄されるギリシャをEU加盟させた裏側には、欧米人がギリシャに持つ、しかし、日本人には分からない「のぞきこめない深い闇」があるのではないかと推察している。そうでなければ怠惰で、改革を嫌がり、毎日のデモで既得権益にしがみつくギリシャ国民を、勤勉な国民性のドイツ人が、多額の税金負担までして救おうという事にはならないと思う。だが、ギリシャの深い闇は奥深いから、容易に解決する問題ではなく、世界経済の先行きは難しい局面の連続だろう。今後とも強く関心し続けたいと思っている。                  
       
草津温泉に対する欧米人の闇

 日本を代表する温泉地は草津である。これは日本人なら殆どの人が納得する結論であろう。文化年間(1804~18)に発行された温泉番付「諸国温泉功能鑑」でも、既に東の大関として(横綱はなし)位置づけられている程である。

草津の源泉は51度から熱いところでは94度もあり、しかも刺激の強い酸性泉であり、そのままでは熱くて入浴することができないので、加水しない「湯もみ」によって、自然に温度を下げる入浴法が「草津湯もみ唄」と共に有名で、日本の観光ガイドブックには必ず草津温泉が詳細に紹介されている。

 また、海外の温泉専門書でも、日本の特徴である高熱入浴の事例として草津の「湯もみ・時間湯」風景が、江戸時代から伝わる独特な入浴法として必ず紹介されている。下の絵でも片隅に外国人らしき人物が描かれているので、幕末時から明治初期の昔から外国人も興味持っていた事が分かる。
edo_img.gif

 ところで、世界の代表的な旅行ガイドブック、それは仏ミシュラン社のグリーンガイドと、仏アシェット社のブルーガイドであるが、ここで草津温泉の取り扱いはどうなっているのであろうか。

ガイドブックを開くと、グリーンガイドでは東京周辺地図に名前が表示されているだけ、ブルーガイドに至っては地図上に草津の名前がない。

つまり、両ガイドブック共に草津温泉の内容紹介をしていないのである。無視しているとしか考えられない。

ところが一方、日本人の殆どが知らない別府鉄輪の「ひょうたん温泉」がグリーンガイドで最高ランクの三ツ星になっている。これは大変な驚きで、何か欧米人と日本人の間に理解の差、何かの闇があるような気がしてならない。

 勿論、草津温泉は立派に英語のホームページを開設して、その中で詳しく情報発信しているのであるから、ガイドブックライターが紹介しようとすれば簡単であるのに、掲載されていない事、どうしても釈然としない。

この問題は草津温泉自らが解決すべき課題であるが、草津温泉関係者が動かない場合は、近いうちに両ガイドブックのライターに会い、その理由を聞きたいと思っている。
いずれにしても、日本人が温泉の代表と思っているところが、欧米人からは評価されず、日本人が知らない温泉が最高ランクに評価されているという事実、この背景にどのような闇があるのか知りたいと思っている。
 
ワインの世界の闇

さらに、日本人がのぞきこめない世界にワインがあるが、これを解説するためには前置きが必要であって、そのためにはテロワール(terroir)概念を説明しないといけない。だが、これは簡単にできないので次号でお伝えしたい。ワインの世界も一筋縄でいかない。以上。

投稿者 Master : 04:26 | コメント (0)

2011年09月21日

2011年9月20日 ミシュラン空白ゾーンは狙い目だ・・・その二

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年9月20日 ミシュラン空白ゾーンは狙い目だ・・・その二

前号に引き続き「ミシュラン空白ゾーンは狙い目だ」をお伝えします。

海辺の有名某市に提案した事

前号でいろいろ述べました背景を持って、ミシュランガイド空白ゾーンの海辺有名某市で「外国人観光客誘致」についてお話しました。
お伝えした内容は、こちらの市はもともと豊かな素晴らしい観光資源を持っているのだから、それを外国人用に情報編集し、英語・仏語にする事が必要であるという一点だけ。

しかし、その実現の為には前提があると次のように提案いたしました。
それは「戦略」を構築する事です。また、「戦略」を定めるには、その前に立場を明確に決定しなければいけません。立場を決めないと「戦略」を立てられず、「戦略」無き展開は成功しません。

戦略構築のためには立場を明確にすること

そこで、その戦略構築のためには、次の二つの「立場」があるだろうと説明しました。

① 景気がよくなって、その結果として自然に観光客が来るようにしたいという考え方・立場で、これは「日本がGDP成長すれば」「市が属する該当地域全般を県が活性化してくれれば」「市が画期的事業を展開してくれれば」という、いわば他者に依存する立場です。

② そうではなく、自らの工夫企画力展開で観光客を増やすという考え方・立場で、関係者の主体的行動によって進める立場です。

この二つのどちらの立場にするか、それを観光協会と市の観光課長に尋ねましたが回答はなく無言でした。多分、普段考えていない範疇の問いで、一瞬、答えあぐねたのでしょう。だが、自らの優れた観光財産がありながら、外国人観光客が少ない現状は、日本全国いたるところにあるでしょうが、これは実はフランスでも同様なのです。

フランス・アルカッションの牡蠣祭り事例 

① フランスでも地域によって外国人観光客は少ない

外国人観光客を増やそうという、フランス・アルカッション市の事例を紹介したいと思います。年間8000万人という世界一の観光客を受け入れているフランスでも、地域によっては外国人観光客が少ないところが多々あります。

アキテーヌ地域圏ジロンド県に属する、大西洋岸のアルカッション市も同様で、芳醇な香りを誇るワインで有名なボルドーには多くの外国人観光客が訪れるのに、そのボルドーから60kmしか離れていない牡蠣の町アルカッションには外国人は少ないのです。

そこで、アルカッション市は地元活性化のために、外国人観光客を取り込もうと、同市の特徴である牡蠣をメインに「第一回インターナショナル牡蠣祭り」を企画し、当方に市長から招待状が届きましたので行ってまいりました。

アルカッション市の関係者とは、毎年春先に開催されているパリの農業祭における牡蠣品評会で知りあった関係から招待状が届いたのです。

② 牡蠣祭りが始まった

アルカッション湾は、25,000ヘクタールあるが、湾の入り口は幅3キロメートルしかなく、その狭い水路へ巨大な大西洋から流れ込み、潮の満ち引きにより海へ逆流し、毎日、37,000万立方メートルの水が、毎秒2メートルの速度で出たり入ったりする。水路はそのために変化し、そこに強風が加わると非常に危険で、船乗りたちが恐れる海域です。

さて、祭りの当日、海辺の牡蠣祭り会場入り口に向かうと、既に100人くらい集まっていて、ブラスバンドも演奏を始め、そのあとを市長と一緒にインターナショナル牡蠣祭りの会場に向かいました。海辺の会場には日本、アイルランド、スペイン、フランスの四カ国の牡蠣状況が展示された牡蠣小屋が設置されています。インターナショナル牡蠣祭りといっても参加はフランス含め4カ国にすぎません。これは第一回なので少ないのです。

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③ 牡蠣剥きコンテストは定番

各国の牡蠣小屋を紹介した後は、いよいよ牡蠣祭り会場のテープカットでした。アルカッション牡蠣組合長が晴れがましい笑顔でテープを切ると、花火が上がり盛大な拍手。
その盛り上がった雰囲気の中で、テーブル上に置かれた四個の牡蠣、その産地当てクイズや、牡蠣剥きスピードコンテストが行われます。

牡蠣を生で食べるヨーロッパでは、牡蠣剥きコンテストはやはり牡蠣祭りの定番です。ここが日本の牡蠣祭りとは違うところです。
 
④ メイン会場の盛り上がり

再びブラスバンドを先頭に歩きだす。いつの間にか人数が増え、メイン会場には1000人以上集まっている。メイン会場正面に設置された舞台に、四カ国のメンバーが再び市長から紹介され、組合長が再び挨拶し、市長から四カ国からの参加者と、この牡蠣祭り開催に協力してくれた人たちにお礼の記念品が贈呈される。

これまでがオープンセレモニー。終わると舞台の前にコの字形に配置されたテーブルに参加者が殺到する。牡蠣とワイン・ジュースなどが無料で提供される。

このテーブルの食べ物がなくなったタイミングに、大きなテントが貼られた食事会場に案内される。このテント内の食事、隣の人との会話も不十分なほど、ブラスバンドがテーブルの上に乗って派手に演奏し、会場内を移動していく。とにかく雰囲気はすごい。全員が手拍子。人数も2000人くらいに増えている感じ。 テーブルに運んでくるのは少年少女たちで、これが可愛いし、しっかりマナーをもっている。さすがテーブルマナーのフランス人だと感心する。

このあたりからメイン会場での白ワイン、続くこのテント内で赤白ボルドーワイン、それに会場内の熱気が加わって、酔いが一段と体内を走り回るが、これが翌朝の2時まで続くのだという説明にびっくり仰天。これは体力の限界を超えると、23時前に失礼してホテルに戻った。この調子で明日も祭りが続いたが、このあたりで祭りの状況説明はやめたい。
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海辺の有名某市で伝えた事

以上の状況を海辺の有名某市でお伝えし、注意点も申し上げました。

それは、このアルカッション市のような祭りを真似てはダメだという事です。
いくら盛り上がった祭りでも、アルカッション市の祭りと同じようにしてしまうと、日本の良さは薄れます。フランスには「フランススタイル」があり、日本には「日本スタイル」があります。

ですから、アルカッション市の祭りと同じようにしてしまうと、折角の海辺の有名某市の観光魅力が消えてしまいますし、真似ごとは本場ものに敵わないのですから無理が生じます。日本に外国人が観光目的で訪れるのは、欧米人にとって日本が異文化であるからなのです。

自分達の社会と異なっている自然と生活習慣、その違いを見つけるために日本に来るのです。違いが最大魅力だということを日本の観光地は理解しなければなりません。

ここを考え違いする観光地が時にあります。相手と同じシステムにすると観光客が増えるだろうと、建物・設備・システムを変えてしまうところが時折見ますが、これは誤りなのです。ただし、訪れる外国人がどのような生活スタイルなのかは知っておく必要があります。知った上で、こちらは今のままで、何も変えなく現状のままにし、その現状を外国人の立場に立って編集し、外国語で情報発信する事が、外国人観光客を増やす最大のコツなのです。

このところがミシュラン空白ゾーン地区の狙い目です。

しかし、まだ理解していない日本の観光地が多いうちは、日本の観光大国化は難しいと思いますが、ポイントは簡単ですから、理解され展開されるとその地区に外国人が多く訪れるのは間違いありません。

以上。

投稿者 Master : 05:37 | コメント (0)

2011年09月05日

2011年9月5日 ミシュランガイド空白ゾーンは狙い目だ・・・その一

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年9月5日 ミシュランガイド空白ゾーンは狙い目だ・・・その一

ミシュランガイド東京周辺地図
 ミシュラン旅行ガイドに掲載されている東京周辺地図を見ると「東京」「日光」「高尾山」「富士山」の四カ所が三ツ星で、オレンジ枠で大きく表示されています。高尾山に欧米人が多く訪れるようになった理由は、この三ツ星が要因です。
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イエローで囲まれた二つ星は「鎌倉」「伊豆半島」「修善寺」「下田」の四カ所、黒字に赤線が引かれている一つ星は「横浜」「箱根」「中禅寺湖」「河口湖」の四カ所です。その他星付きではありませんが、地名が書かれているのは「草津温泉」「湯元」「前橋」「高崎」「熊谷」「甲府」「千葉」「木更津」「銚子」「横須賀」「小田原」「三島」等。観光関係者は、ミシュランガイドをよく検討すべきです。
                    
ミシュランガイド空白ゾーン
昔からの有名観光地・保養地でありながら、上図に掲載されていないところはたくさんあります。地図で表示されていない観光地の方が圧倒的に多いのです。どうして掲載され、どうして表示されないのか。その疑問を解く鍵は簡単明瞭です。

それは、このガイドブック作成のライターが訪問していないからです。ということは、ライターの手許にその観光地の情報が届いていないという意味になります。つまり、訪問させるような情報を発信していないという事で、具体的に言えば英語か仏語でのガイドブックが作成されていないのです。掲載されていない事を嘆くより、この当たり前の情報発信を怠っているという事実を認識する方が大事です。

先日、そのミシュランガイド空白ゾーンのある海辺の有名某市に招かれました。観光協会と市の観光課長に「外国人観光客誘致」について解説を求められたのです。一昨年から進めてきました世界の観光ガイドブックに関わる、仏人ライターを招聘した「日本の温泉を世界へ」セミナー開催が効を奏し、伊豆天城湯ヶ島温泉の一旅館がフランス・ブルーガイドに掲載されることになりましたが、そのあたりも含めて説明してまいりました。

野田財務大臣(現首相)の講演

野田佳彦首相が財務大臣であった8月18日に、内外情勢調査会で講演を聞きました。しきりに財政再建、国の借金経営を是正したい、その為には増税も視野に入れていると強調し、その根拠の数字を次から次へと羅列し、これは財務官僚が書いたシナリオではないかと思えるほどの内容でした。

講演が終っての質問で「増税の前に国会議員削減、公務員給与の減額をすべき」と反論があり、それは実行する旨の回答がありましたが、これに首を傾げました。増税に触れるなら政府自らの削減項目を、質問される前に言及しておくのが筋であり、指摘されるまで述べない講演シナリオセンスに、一国のリーダーシップは難しいのではと思ったわけです。

しかし、民主党代表選及び首相就任後の発言は見事です。国会議員削減、公務員給与の減額を行うと言及、加えて「どじょう」から始まって「ミッドフィルター集団が必要」、「思惑でなく思いを」、「下心でなく真心で」、「論破でなく説得を」等の語りが、多くの国民を捉えました。さらに、床屋も10分1000円という低価格店の常連客というのですから、正に「庶民派宰相」で、今のところ支持率も高く、これからの政治力発揮を期待したいと思っています。

さらに、8月18日講演で、次に示したエコノミスト7月30日号表紙にもふれました。このような批判から脱却したいという想いと、8月26日の米ワイオミング州ジャクソンホールで予定される、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長講演に高い関心を示し、アメリカの追加金融策についても言及しました。

エコノミスト7月30日号

 7月30日発売の英誌エコノミストは、 世界が恐れる「日本化japanificationジャパニフィケーション」で、 表紙には和服姿のアメリカ・オバマ大統領と、日本髪のドイツ・メルケル首相の似顔絵が登場しました。

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ジャパニフィケーションとは、90年代の日本のバブル景気崩壊以後「失われた10年」「失われた20年」という「長期的な不景気」「デフレ」状態に、特定国の経済が陥っている状態を指す表現で、欧州のユーロ危機、米国の債務上限引き上げの対応の迷走に対応しきれない欧米の政治家に対して、適切な経済政策を展開しなかった日本の政治家達を反面教師として、同様になってはいけないと批判しているのです。

しかし、この批判には疑問を持ちます。日本の経済政策の失敗によるデフレは、マネーサプライを増やせばたちどころに解決すると、かつて米連邦準備制度理事会(FRB)の幹部や欧米経済学者達がこぞって主張し、それを実行しない日銀や日本の政策当局を責め立てていました。

また、サブプライムローン問題から発したリーマンショクの金融危機も、ジャパニフィケーションを既に20年近く十分研究済であり、金融を迅速かつ十分に緩和すれば対処可能だから、日本のようにはならないと豪語していたはずなのに、ここに至って日本化が心配だというのですから、経済関係の専門家や識者もそれほどでもないレベルと考えます。

ジャクソンホール

さらに、違和感を持ったのは、米ワイオミング州ジャクソンホールへの期待でした。8月26日、ジャクソンホールで米連邦準備制度理事会(FRB)バーナンキ議長が講演しましたが、その中で「何らかの追加緩和策」が打ち出されるのではないかという期待を、事前に野田大臣や世界中が持った事です。

ジャクソンホールは米最古の国立公園イエローストーン公園への入り口として知られ、一度空港に降り立った事がありますが、崖の下に位置する谷あいの町で、ここでカンザスシティー地区連銀が主催するシンポジウムでバーナンキ議長が講演したのです。

期待の講演結果は「FRBには追加で提供できる様々な手段がある」と述べるに止まり、さらに次回の連邦公開市場委員会(FOMC)で議論を深めるという、全く具体策無きもので、完全に肩透かしで、谷あいの町ジャクソンホールにふさわしく、米経済は深い谷間にいるという事を示唆した講演であり、マクロ経済対策で打つ手に詰まっているというのが正直なところでしょう。

バーナンキ議長講演から学ぶ事は、政府や日銀の経済・金融政策に頼るのではなく、自分の事は自分で解決していくべきだという事ではないでしょうか。

東日本大震災後の企業の大変化

その事を指摘するのは、東レ経営研究所の増田貴司氏です。(日経2011.8.19)
日本企業は、これまで先送りしてきた経営革新や成長戦略に、東日本大震災後の経営環境激変で、覚悟を決めて取り組みだしたのが、以下の三項目であると分析しています。
 
① 新興国市場を開拓目的で海外生産シフトやM&A(合併・買収)を活発化させた。

  ② 過剰な多品種少量生産、過剰品質を見直し、部品を特注品から標準品へ切り替え。

 ③ 国内同士の競争で体力を減らすのではなく、主戦場である海外市場での競争力強化。

 この大変化はその通りと思い、観光関係者が傾注すべきは③でしょう。国内は生産年齢人口の減少を迎えており、消費需要は増えず、少ない観光客の奪い合いになって、体力消耗戦になっているのですから、外国人をターゲットにするのは当たり前の作戦でしょう。
 
これらいろいろ述べました背景を持ちミシュランガイド空白ゾーンの有名海辺某市で「外国人観光客誘致」についてお話しましたが、これについては次号となります。以上。

投稿者 Master : 13:13 | コメント (0)

2011年08月20日

2011年8月20日  移住先で自分に合った新しい人生を築く(2)

YAMAMOTO・レター
環境・文化・経済 山本紀久雄
2011年8月20日  移住先で自分に合った新しい人生を築く(2)

東日本大震災の外国での表現

世界各地で日本人と分かると東日本大震災のことで尋ねられる。フランス・トゥールーズのタクシードライバーも「日本での住いは北か南か。家族は大丈夫だったか」と聞いてくるように、世界中の話題になっているが、東日本大震災という公式表現、これが諸外国ではどのように訳されているか調べてみた。

ニューヨークタイムスはTohoku earthquakeと書き、CNNでは統一されていなく、ドイツではTohoku-Erdbeben2011とかErdbeben JAPAN等といわれていて、気になっていた大震災の「大・グレート great」が使われていないので少しホッとしている。

新しく決めたところは廃墟

さて、前号に続くフランスの生き方事例です。イギリス人の彼が最初に買った家は広かったので貸家にしたが、いろいろ煩わしいことも多く、別のところに住もうと探し出し始め、スペインやポルトガルやイタリアにも行って調べたが、やはりフランスがよいと現在地に決めたのだが、そこは当時廃墟状態であったことは既に紹介した。

とにかく屋根はなく、壁も崩れており、家の中から木が伸びていたほど。それを買ったのだから近所の人々はびっくり、どうするのかと興味津々で見られた程だった。

この廃墟状態の母屋の後ろに元は馬小屋だった建物があり、そこに前住民が住んでいたが暖房設備もなく、いろいろなところを修理補修しながら五年住み、ようやく一応の家になったので、いよいよ廃墟母屋の改修に取り掛かったのが五年前。

元々イギリス人は家を大事にする国民で、その素質もあると思うが、廃墟を住める家に変身させたいと思った一番の理由は、自分が考える家造りを一人で出来るという楽しみ、それで廃墟を買ったのだという。加えて周りの景観が素晴らしいこともあったともいう。
     
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また、敷地も広いので、庭造りも進めたが、これは奥さんの担当で、イギリスはイングリッシュガーデンと言われるように庭づくりの国。

もうひとつ重要な環境条件は、フランスでは地震がないことだ。だから煉瓦の積み上げだけで家は大丈夫なので、古い石造りの家がたくさん残っている。ここが日本と大きく異なる環境条件だ。

まずは模型造りから

最初は家の模型を木でつくった、と大事そうに奥から持ってきて見せてくれる。細かく刻んだ木材で屋根も窓もドアも玄関も丁寧にできていて、この模型が最も大事だと補足する。だが、この模型造りは単なる素人ではできないだろうと尋ねると、自らの経歴を吐露してくれたので、ようやく納得できた。

彼は農業大学卒で、父親が従業員を十数人雇用し農場経営をしていたので、それを卒業後手伝って、会計や農産物の品種選定から設備投資と修理、それと牛飼い小屋や作業小屋等の建物造りも日常業務として行っていたのだ。いわば農産物づくりと、それに付随する建物造りや修理について総合的な経験を積んでいたことになる。
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過去経験の集積化

この経験が大きい。全く素人では家造りは不可能だろうし、もともと家を造ろう、それも廃墟状態のものをひとりで手造りしようとは思わないだろう。

家の中を案内してもらう。暖炉、階段、手すり、風呂、寝室、書斎、特に床は税関事務所の解体時に出た材木4000ピースを買ってきて、それを全部磨いて削り、すべて同じ大きさにして一個一個貼っていったのだという。家の中も靴で歩きまわる生活スタイルなので、当然ながら頑丈でなければならないので、しっかり貼ったとのこと。聞いただけで気が遠くなる作業だ。

さらに、プールも掘って、さすがに掘るのは業者にしてもらったが、後は全部自分で作業して完成させたという。そのプールサイドでアペリティフの白ワインいただき、次にキッチンに面したテラスで夕食となった。テラスの池には鯉が泳ぎ蛙もいる。猫が足許でじゃれついてくる。

夕食ではガイヤックGAILIAC2008年赤ワインをいただく。上品な味わいで、これが店頭価格で5ユーロだというのだから、毎晩一本飲んでも安いものだ。今の気温は27度で、湿気がないので汗は掻かなく、ほろ酔い気分が快適。
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家づくりで苦労したことはないのかと質問すると、全くなく、すべて楽しみだけだったといいながら、眼を屋根方向に向けて、一番の工夫はあれだと指さす。それは1.5m×1mの煙突で、屋根上の中心点に設置してあるが、あの作業には頭を使った、あれだけ大きなものを屋根に上げたのは、エジプトのピラミッドを古代人がつくったのと同じ原理だと、本当に嬉しそうに大きく笑う。

好きなことを通じて新しい人生を築く

この時、瞬間的に彼は「今の時代の高齢者として理想的生活を送っている」のではないかと感じた。その意味は過去に自分が経験したこと、それも若い弾力性ある時代に身につけたものの中で「好きだった」ことを、高齢者という「円熟味を増す」段階になって、再び自らの中から引き出す作業をしているということだ。

それも移住した国・場所で、完全廃墟状態の建物を蘇らせたいという発想を持ち、その実現のために過去経験の集積化に、日夜脳細胞を駆使し活性化させる工夫を加味し、明日への作業を夢見る毎日を続け、今もガレージ造り作業に励んでいる。

これぞ正しく、若い時代の発想や価値観を見つめ直し、自分の好みに合致した新しい人生を築いているのだ。

彼こそが、好きなことを通じて新しい人生を築くというテーマの実践者であろう。以上。

投稿者 Master : 06:41 | コメント (0)

2011年08月06日

2011年8月5日  移住先で自分に合った新しい人生を築く(1)

YAMAMOTO・レター
環境・文化・経済 山本紀久雄
2011年8月5日  移住先で自分に合った新しい人生を築く(1)

今号と次号では、先般フランスで出会った長寿社会において、参考となるイギリス人の生き方事例をお伝えします。

毎朝の散歩

毎朝、ビーグル犬の散歩をするのが日課で、同じく犬を連れた男女とは「おはようございます」と挨拶しあう。ところが、深く帽子を被り、向こうから速足で来る独り歩きの男性とは挨拶ができない。60歳後半から70歳前半だろうが、眼を正面に見据え、風を切るシャープな歩きで、一様に声をかけることを拒否する雰囲気を漂わせている。ひたすら歩くことが人生目的であるように。

長寿社会の実現

日本人は戦後60年余りの間に30年ほど長寿になって、2010年の平均寿命が女性86.39歳、男性が79.64歳になったと厚生労働省から発表された。(2011.7.27)

女性は26年連続で世界一、男性は世界第四位というおめでたい話だが、定年の方はわずかしか延長されていないので、定年後の儲けものといえる期間は一段と長くなっている。

勤め人として働いている間は、何かと束縛されていたのだから、今までの生活をリセットし、自由で人生最高の楽しい日々がおくれるはずで、20年もあればもうひと仕事出来る可能性もある。また、仕事はしなくても、若い時代の発想や価値観を見つめ直し、自分の好みに合致した新しい人生を築くことも可能だ。

「円熟味を増す」という言葉がある。年齢を重ねると肉体の衰えに反し、過去経験の集積化によって出てくる英知が育ち、人格はもちろん精神的能力など総合能力は若い時代とは格段にちがっている。

だから、仮に「歩くことを人生目的」だとしても、脚を鍛えることで賦活させた健康を何かに活かさないともったいない。また、その活かすヒントは「自分の好きなことをする」ではないかと思って、世界の中でその実践者を訪問している。

仏トゥールーズ郊外へ

7月上旬はフランス南西部オート=ガロンヌ県北部に位置する都市トゥールーズ郊外の、人口160人という小さな村に住むイギリス人邸宅を訪ねた。

トゥールーズは、地中海と大西洋とを往復する重要路の途上にあって、ピレネーから発したガロンヌ川が、北東の湾曲部にあたるトゥールーズで方向を変え、北西の方角に流れて大西洋に注ぎ、市街の南端からピレネー山脈の山並みが見渡せる。

気候は温帯に属する海洋性気候、地中海性気候、大陸性気候が交差する特殊性で知られ、暑く乾燥した夏、晴天が続く秋、涼しい冬、激しい雨と嵐のある春と一年が多様性に富んでいる。この郊外に今回の主人公が移住したのだ。

南仏プロヴァンスの12か月

ところで、1,989年にイギリス紀行文学賞を受賞したピーター・メイル著の世界的なベストセラー「南仏プロヴァンスの12か月 A YEAR IN PROVENCE」をご存じだろうか。今は大分下火になっているが、出版された頃から20年くらい、この本を族行者の多くがガイドブック代りに小脇に抱えプロヴァンスを訪ね、多くの外国人が当時この地に移住した。

今の人々はどこの国に移住したいのか。アメリカの調査会社ギャラップが、世界148カ国の人々に「自由に移住できるとしたら、どこの国に住みたいか」というアンケートを2007年から2010年にかけて実施した結果、最も人気が高かったのはシンガホールであった。政治・社会情勢が安定、医療水準が高い、英語が公用語、加えて交通渋滞の少なさ等が背景要因であるが、20年前まではピーター・メイルの本のおかげで南仏プロヴァンスが一番人気であったと思う。

 イギリス人のピーター・メイルは、旅行者として何度もプロヴァンスを訪れるうちに、陽光溢れる南仏の豊かな自然と変化に富む食生活、純朴な人心・風土に魅せられて、ついにロンドンを引き払い、二百年を経た石造の農家を買い取ってこの地に移り住み、近隣の農夫や改築を請け負ってやってくる職人たちとの交流を中心に、今様に言えばカルチャー・ショックを体験しながら、次第にプロヴァンスの暮しに馴染んでいく過程を、月々の気侯の移り変りに沿って「南仏プロヴァンスの12か月」として十二編のエッセーにまとめのである。

7月のプロヴァンスは大渋滞

そこで改めて、この本の7月を開いてみると冒頭に
「友人がサントロペから数キロのラマテュエルに家を借りた。真夏の殺気立った交通渋滞に車を乗り入れるのは考えものだったが、会いたい気持ちはお互い同じだった。私が折れて、昼までに行くと約束した。
ものの三十分も走ると、もうまるで他所の国で、右も左も大挙して海を目指すトレーラーハウスやキャンピングカーでいっぱいだった」

とあり、7月は国内外から大量に訪れる観光客による車大渋滞状況が延々と綴られていて、この月だけは温暖な気候、美しい自然、おいしい食事とワインがあるプロヴァンスという憧れの地とは思えない描写となっている。

トゥールーズ郊外の邸宅

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これに反し、トゥールーズの中心地からタクシーで向かった郊外への40分間、渋滞なぞ全く関係なく、なだらかな美しい眺望の丘陵地帯の中、ひまわり畑が連なり、古い教会前を通り過ぎ左折すると、そこはアプローチの美しい素晴らしい石造りの邸宅前であった。

昔は廃墟だった

さて、ドライバーに64ユーロ(112円レートで約7000円)支払い、まだ陽射しが強い16時過ぎに邸宅に入ると、ご夫婦が笑顔で出迎えてくれる。ご主人は70歳だが、年齢より若い。イングランド東部のノーフォーク州の州都ノーリッジNorwichからフランスに移住したのが20年前。フランスに移住しようと思った経緯はいくつかあるが、ひとつは太陽へのあこがれであり、次はフランスの文化と食べ物の豊かさであり、もう一つは家の価格がイギリスに比較し安く20年前は三分の一だったと笑う。ピーター・メイルの「南仏プロヴァンスの12ヶ月」は関係なかったのかと尋ねると、影響があったかもしれないともいう。

フランスで最初に住んだところは、ここではなく少し離れた別の地区でシャトー付きの大きな建物を買ったが、40室もあったので、自分たちが居住しないスペースは貸家にした。この家は入居前に完全リフォームしてあって、約10年住んだが、貸家はいろいろ煩わしいことも多く、別のところに住もうと探し出し始め、スペインやポphoto06.jpg
ルトガルやイタリアにも行って調べたが、やはりフランスがよいと現在地に決めた

しかし、実際に探し決めたところは、当時写真のように廃墟状態であった。次号に続く。
              以上

投稿者 Master : 05:11 | コメント (0)

2011年07月20日

2011年7月20日 村上春樹の見事な解答

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年7月20日 村上春樹の見事な解答

フランスで

7月はボルドーにワインと土壌の関係について調査に行きました。今年はワインと関係する仕事が多く、2月はカリフォルニアワインのナパバレー巡り、5月はチリのサンチャゴ郊外のビーニ・コンチャイ・イ・トロ Vina Concha Y Toroを訪問し、今月がボルドーというわけです。

パリに着いた日に会った日本人女性、会った瞬間「フランスでは福島原発問題で、日本政府は何か重要な事を隠しているという評判ですよ」と忠告されました。指摘されるような報道態勢であった事は認めつつ、一般の人たちの感覚は鋭いと改めて思います。

次の日、ボルドー市街の中心地で、ボルドー大学地質学教授からいろいろボルドーの地質構造について教えてもらった後、原発問題の報道について確認してみると「私の関係する人たちは、研究者・学者が多いので日本政府の発表を信用しています」との発言です。

アンケート結果と合致している

パリでの指摘とボルドー大学地質学教授の発言にみる食い違いは、米ボストンコンサルティンググループ(BCG)のアンケート調査と一致しています。BCGが訪日安全性について、その情報源の評価を一般人に聞いた結果、日本政府を「信用できる」という回答は、わずか14%でしか過ぎませんでした。しかし、半面、国際機関や研究者のグループは90%の人が「日本政府を信用できる」と回答しているのです。

パリの日本人女性指摘と、ボルドー大学地質学教授の発言は、BCGのアンケート結果を完全に裏づけていますが、どうしてこのように「一般人」と「国際機関や研究者」で全く反対といえるような大差な結果となっているのでしょうか。

そのところを、このレターで安直に結論付けてはいけないと思いますし、ひとり一人が考えてみなければいけない大きな日本の課題だと感じています。

世界と日本の感覚ちがい

今回の東日本大震災時に、被災地の人々がとった行動を、世界の人々が賞賛しています。これは4月5日のレターでお伝え済みですが、再度、振り返ってみると、ル・モンドは「驚くべき自制心は仏教の教えが心情にしみ込んでいるからだ」と分析し、イズベスチヤは「日本人は自分たちを一つの大きな家族と捉えている。そこには宗教や道徳観、強い民族的自覚が影響している」と書き、デイリー・テレグラフは「何をするときでも正しい作法に則ってやりなさい、というのが日本の暮らしの大原則だ。茶道がいい例だ」というように解説していていました。

東日本大震災時の日本人の行動は、世界中の国とは価値観が異なる民族である事を認め、そこに日本の何かが存在しているのだと、日本人を精一杯研究し推考しているのです。

日本人からの解答がない

ところが、日本の新聞報道は被災地の人々の行動に対し、どのような報道だったでしょうか。
著名な作家・建築家・経営者の新聞掲載内容を読みますと、外国人の反応を誇らしげに受けとめ、日本人は「やさしさ・愛等の人間の本質的なものを持っている」というように、日本人のDNAに要因があるというような内容に止まっています。

日本人には世界の人々と違う何かがあり、それはどこでどのようにいつから身についたのか。その本質面からの日本人分析を行い、世界中の人々が称賛するが、その要因について疑問を持つ外国への解答を未だ明確にはしていないのです。

斑目委員長の自己批判

実は、この分析力の甘さが、今回の福島原発事故が人災だと言われている最大の要因ではないかと思います。

国の原子力安全委員会の斑目春樹委員長も「天災というより人災だった」と自ら認める発言をし、かつて国際原子力機関(IAEA)から規制行政庁として保安院が独自の基準を設けるべきだと勧告されてきたにもかかわらず「改定の議論ないままズルズルときてしまった」と述懐し反省している始末です。(日経新聞2011.6.27)

世界から見ると福島原発の管理基準は甘く、その事実を以前から指摘されたのに対応しない。つまり、世界からの疑問に解答しないまま3:11を迎えてしまったのです。世界から日本を見るという視点が甘いと言わざるを得ません。

被災地の人々の行動分析と解答

このレターでは、被災地の人々の行動がどこから起因しているのか。それを早く解答すべきと考え、それが「武士道」に起因しているのではないかとの洞察を行ってきました。

その根拠は、新渡戸稲造「武士道」第二章「武士道の源をさぐる」で「まず仏教から始めよう」と述べ、いくつか解説する中で仏教によって「危険や災難を目前にしたときの禁欲的な平静さをもたらす」述べているからです。これに従えば、被災地の人々が見せた行動は、仏教に起因している事になります。

しかし、この仏教に起因するという程度の解説では、論理的に鋭い外国の識者は納得しないし、私が世界各地で直接お会いした人々も同様でしたので、何とかしなければいけないと思い続けていました。

村上春樹のスペインでの解答

ところが、その解答を見事に展開してくれたのが、村上春樹の2011年6月9日スペイン・バルセロナにおけるカタルーニア国際賞授賞式講演です。以下がその内容です。

「日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている 世界観ですが、この『無常』という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

『すべてはただ過ぎ去っていく』という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のこと であるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

どうしてか?

桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚(はかな)く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では『仕方ないもの』として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも 影響を及ぼしたかもしれません。

今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます」

何と見事な解答ではありませんか。さすがに世界の普遍性を説き書く村上春樹です。世界の人々の疑問・関心事を公の場で分かりやすく説明したのです。

本質的究明を行い、明確に具体的にするという表現力を我々は磨く必要があります。以上。

投稿者 Master : 06:32 | コメント (0)

2011年07月05日

2011年6月20日 ブラジルの未来・・経済とサッカー(後半)

環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年6月20日 ブラジルの未来・・経済とサッカー(後半)

ブラジルサッカー

ご存知のようにブラジルはワールドカップ優勝5回のサッカー大国。しかし、自国開催であった1950年大会ではウルグアイに逆転負けを喫し、初優勝を逃した。また、前回の南アフリカ大会ではオランダに準準決勝で逆転負け。この時の監督がドゥンガ(Dunga)で、1995年から98年までジュビロ磐田に在籍していた経験を活かして、守備的サッカーに変貌させた事が、ブラジル人の特性に合わないサッカーを行ったので負けたと分析されているが、地元開催の2014年はどうか。楽しみである。

ところで、スラムの子供達の夢は、男の子はサッカー選手、女の子はモデル、いずれも体が元手の職業である。また、ブラジル人は「好きな事をして成功したい」という思考が強いので、サッカーは一人ひとりの芸術的なプレーで成り立っているし、サッカーが唯一無二のスポーツで、貧富に関係なく、殆どの子供の憧れの職業である。

その結果、優秀な選手が輩出し、外国で活躍する事になる。2009年には1017人のプロ選手を輸出している。選手を送り込んだ国は90近くになる。最大の顧客先はポルトガルの181人だが、ドイツやイタリアもいると日本にも同年に41人が来ている。

 この事でサンパウロのサッカーに詳しい旅行会社マネージャーに聞くと、外国で活躍するブラジル人選手は、ポルトガルかスペインが多く、組織的なサッカーを目指すドイツやイギリスでは実力が発揮できない傾向にあるという。そういう事からネイマールもスペインかと納得し、レアル・マドリードで自由奔放にサッカーを展開すれば、素晴らしい活躍を示すであろう。
 ブラジル人は南アフリカ大会で見たように、規制されたサッカーをしようとすると個性を発揮できないのであるから。

ルラ前大統領のボルサ・ファミリア政策

ブラジルのルラ前大統領の政治ボルサ・ファミリアが、大きな功績をあげた。ペルー新大統領のウマラ氏もルラ氏の政策を見習うと発言したように、南米ではルラ氏の位置づけは高い。

そのルラ氏が掲げた政策は「すべての国民が三度の食事ができるようにするのが,私に与えられた使命である」と述べ、子供を持つ貧困家庭に平均で月70レアル(約3,600円)支給し、支援を受けた親には子供を就学させ、定期的な健康診断を受けさせることを義務とするプログラムを推進した結果、貧困家庭を飢餓から救うだけでなく、子供の教育を継続させることにより、貧困が次の世代に受け継がれる悪循環を断ち切ることにあった。

実際、このプログラムの結果、800万人が貧困から脱却したと伝えられているまた、ブラジル国土地理院の統計データでは、全人口に占める貧困層の比率が1992年に35%、ルラ大統領が誕生した2003年でも28.1%と低所得国並であったものが、2008年には16.0%にまで減少している。

 貧困層が減れば、必然的にブラジルの内需は増える。貧困層の人々が、今まで買えなかった物を買うのであるから当然である。つまり、貧困層がいた事が、今や財産化しているのである。このあたりが日本と大きく異なる。日本は全員中間層みたいな国、国内に急に物を買うことを増やす人口層が無いわけで、低成長に未だ喘いでいる。ブラジルとは根本的に異なる所である。

 また、このような現金支出という、日本ではバラマキ政策と非難され、子供手当が問題視され財政赤字が大きい国では反対が強く、ブラジルのように財政赤字比率が低い国しか出来ないであるから、ブラジルは自国の財政有利さを発揮した独特の政策を展開した故で、世界が驚く経済成長を成し遂げていると判断できるが、この政策はいつまでも継続できるものでないことも事実である。

国家の財政との関連であるから、受け取った貧困層がどのような形で国家に貢献するかにかかっている。つまり、いつまでも受けとるだけの境遇に甘んじる国民が多くなると、この政策での経済向上はとまる。

ルラ政権における公務員の増加といい加減さ

 ルラ前大統領の政策は、当然ながら支出は増える一方である。さらに、これらの推進のために公務員の大幅増員が行われてきている。2003年から2009年の間で16.7万人が新たに採用された。

 これとは別に与党労働者党関係者4000人を連邦政府各省にはめ込み、大統領・大臣が直接任命する特別職を大幅に増やしたという。

 これらから公務員は大場増加で、人件費が前政権時よりGDP対比で増えた割には、国民への公共サービスは少しもよくなっていないという批判がある。ルラ大統領という個人的人気の陰に隠れている問題点であろう。

その上、2010年3月10日、フォーリャ・デ・サンパウロ紙が公務員の給料二重取り事件を報じた。連邦政府と州政府の両方から給料を受け取っていた公務員が16万人以上いたというのである。これは法律で連邦と州の職務兼務を認められている者を除いての事件であるから、そのでたらめさが気になる。

最大の懸念項目は母国がポルトガルという事

もう一つの最大の懸念項目は母国がポルトガルという事である。

ブラジルは南米で唯一ポルトガル語を母国語とし、1822年にポルトガルから独立した。しかし、その独立はポルトガル側の事情からであり、一般的な独立運動を激しく展開した結果というわけでない。

実は、これにはナポレオンが絡んでいる。ナポレオンが皇帝に就いたのは1795年で、ヨーロッパに覇権を打ちたてようとして対立したのは海を隔てたイギリスだった。そこでナポレオンは大陸封鎖令を出し、ヨーロッパ諸国にイギリスとの通商を禁止したが、ポルトガルは態度を明確にしなかったので、ナポレオンはフランス・スペイン連合軍をもってポルトガル侵攻を決定した。

このナポレオン軍のリスボン侵攻を目前にし、国王マリア一世の息子である摂政ジョアンは、1807年11月36隻の船に、王侯貴族と主要な官僚15,000人を乗せてブラジルに向かい、翌年の1808年にサルバドール着、続いてリオ・デ・ジャネイロに上陸し、ここを首都と定めたのである。

つまり、一国を挙げて祖国から植民地に夜逃げしたのであり、この時点でブラジルはポルトガルの植民地でなくなった。

ところが、その後のナポレオン失脚とともに、ヨーロッパに旧体制が回復し、マリア一世を継いだジョアン六世は1822年にリスボンに帰還し、ブラジルに残ったペドロ一世が皇帝として、ここにブラジル帝国が1822年に独立したのである。

その後、ペドロ一世を継いだペドロ二世の時代に、軍部によるクーデターがあり共和制に変わり、ここで帝国制が終わって現代につながっているのであるが、一国が夜逃げした事によってブラジルという国が出来たということは、世界史上でも独特の物語であろうし、その帰還した元宗主国ポルトガルが、今やEUの中で問題国になっている事が気になる。

 何が気になるのか。それは今のポルトガルが陥っている実態には、ポルトガル人としての国民性が何らか関与している事は事実だろう。そう考えて行くと、ブラジルの宗主国であるポルトガル人の血を引くブラジル人も、独特の政策で順調な時はよいが、いつか何かをキッカケに坂道を転がりかけるタイミングがあるのではないか。

先日経験したことも引っかかる。有楽町のブラジル銀行に行き、窓口女性にブラジルへの振り込み依頼をした。親切に振り込み機械の前へ連れて行ってくれ、振り込み手続きしてくれた。「ありがとう」と言いブラジル銀行を出て他の用事をしている際、何となく不安なので振り込み書類を確認すると、何と手数料を振り込み額から差し引いてある。

慌てて15時2分前にブラジル銀行に再び戻り、手数料分を再振り込み依頼したら、今度は計算違いで手数料分より4レアル多く振り込みしてしまう。

それを窓口女性に指摘すると、慌てて奥に入って行き電話で本部と訂正手続きし、戻ってきて「すみません」とゴホンと咳を何回も連発の夏風邪模様。
風邪で体調が悪いので計算間違いをし、手数料を二度払い手続きしたのならよいが、そうではなくこれが日常で発生するような国民性だとすると大いに心配だ。

だが、レアルは確実に高くなって、7月1日には1ドル=1.554レアルと12年ぶりの高値。ワールドカップとオリンピック開催までは、レアル通貨が強い実態が続くはずだから、開催まではレアル預金を継続して、オリンピック終了間際に引き出すつもりだ。以上。

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2011年06月20日

2011年6月20日 ブラジルの未来・・経済とサッカー(中)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年6月20日 ブラジルの未来・・経済とサッカー(中)

前号に引き続いてブラジルの未来を検討したい。

世界四つの異国

世界には異様、異端、異質、異色の四つの異国があるという。(「ブラジルの流儀」和田昌親著・中公新書)
「異様」の筆頭は社会主義市場経済の中国、金融危機があっても成長する米国、共産主義崩壊後は主義主張が見えないロシアの三カ国だが、米国とロシアについて少し説明を加えたい。

まずは米国、米国は世界一の経済力と軍事力がありながら、歯が痛くなっても医者に行けない健康保険制度と、低所得者向けの食料補助対策 「フードスタンプ」受給者数は4500万人に達する生活困窮者急増国。米国の人口は約3億1千万人。単純計算では7人に1人の割合でフードスタンプと思われるが、しかし、赤ちゃんはもちろん、小学生や中学生は申請できないことを考えると、成人としての受給者の割合はもっと高くなる。従って社会人の5人に1人が受けていると考えていい。それでもFRBは金融緩和を続け、GDPだけは成長させようとする姿は異様だ。

一方ロシアは、13世紀の始めにチンギス汗・モンゴル軍によって征服され、キプチャク汗国を立国され「タタールのくびき」といわれる暴力支配が259年間続いた。この間ロシア農民はいくつもの重税がかけられ半死半生となり、反対すると軍事力で徹底的に抹殺されたので従うしかなく、この当時、育ちつつあった都市文化や石工、鋳金、彫金、絵画、鍛冶職も連れ去られ、文化が根こそぎ絶やされるという酷い実態であった。
これがロシア人の原風景に存在し、外敵を異常に恐れるだけでなく、病的な外国への猜疑心と潜在的な征服欲、軍事力への高い関心となって、世界からは異様な国に見える。

異質な日本

 「異端」な国は言うまでもなく「北朝鮮」「イラン」で、理解不能国な事はご承知の通り。

ところで日本は何か。世界から見ると「異質」な国といわれている。どのように異質なのか。簡単に言えば国際化が進んでいないガラバゴス化国で、日本から日本を見て、国内ルールだけで物事を進めているというのが、世界から指摘されている内容である。

米ボストンコンサルタントグループが、東日本大震災後のアンケート結果を発表したが、日本に行くための情報の入手先で「日本政府を信用出来る」と判断したのは、たったの12%に過ぎない。(2011.9.14日経新聞)情報発信が世界的でない事を証明している。

それと、菅首相を引きずり降ろそうと不信任案を提出した政治家達、東日本大震災より権力闘争が重要という能天気な体質。これが世界から見ると不思議でならない。英フィナンシャル・タイムス(2011.6.3)が「震災直後に日本人が見せた無死・禁欲の精神は世界を感動させた。だが国会議事堂の厚い壁はそんな気高い精神すらはねかえした。政治家は安っぽい地位・権限を巡る際限ない口論に今も余念がない。ここが変わらなければ政治の行き詰まりを打開する見通しなど到底立たない」と厳しいが、妥当な指摘であり全く情けない。

我々が選んだ政治家がこのような様なのだから、日本の政治家達の思考回路は世界から見て「異質」なのだろう。

しかし、一般国民は素晴らしい。今回の東日本大震災時の行動、世界から絶賛された。東京に残された帰宅困難者の混乱無き行動も世界が驚いた。ということは他国ではこのようではないという事になる。これもよい意味で日本が「異質」といえる点であろう。

異色なブラジル

 もう一つの異国の「異色」な国はブラジルである。その異色とは世界一という切り札をこれでもか、というほど抱えているからである。

 まず、資源はアマゾンにあるカラジャズ鉄鉱山の埋蔵量は無限大、超伝導材料や耐熱合金に使われる鉱物ニオブ生産も世界一。石油はリオ沖の深海油田が発見され自給率100%の上、加えてサトウキビ利用のバイオエタノールを開発し現実に利用しているので万全。食糧生産も余裕たっぷり。世界一を維持する砂糖、コーヒー、オレンジジュース。また、淡水の量も世界一。サッカーワールドカップ優勝五回、リオのカーニバルの規模も世界一と続く。ブラジルは世界一が多い国である事は間違いなく、その意味で「異色」なのだ。
 
財政状態も堅実

ブラジルの財政状態はどうか。2009年GDPに対する財政赤字を、EUを混乱させているPIGSと比較してみた。ポルトガル△9.4%、アイルランド△14.3%、ギリシャ△13.6%、スペイン△11.2%であるが、ブラジルはたったの△3.3%であるから、かつてIMFから1998年に415億ドルの支援を受入れたことなぞ、今は全くその面影がない。
  
ブラジルの問題点

 だが、ブラジルにも問題はある。それも結構大きい問題だ。

まず、治安。日本の外務省によれば、サンパウロの強盗事件の発生件数は東京の361倍、殺人事件は8倍となって、人口10万人あたりの殺人発生率は日本の30倍ともいわれている。これは企業にも関係する。保安要員の増強、不法侵入防止の強化、社有車の防弾改造等大変な安全対策コストがかかる。

 次に、ブラジルコストといわれる他国にない余計な費用がかかる事。ブラジルの税金ではやたらに「何々納付金」という名称の実質的税金がある。これは憲法で同じ源泉から二重に課税してはならないので、ひとつは税金、ひとつは納付金という名称で徴収する仕掛けである。その項目を紹介したいが、あまりに多く難しいのでやめる。しかし、これらの処理で企業は大変な手間がかかっている。専門家がいないと経営は出来ないという事になっている。

 さらに、労働者優遇の慣習がある。昔から労働者に優しい国で、働く側には悪くないが、企業側にとっては雇用契約の厳密化と、クビをきる時は相当慎重にしないと裁判沙汰になる。これらに対応するコストがバカにならないし煩わしい。この他に細かい事を書きだしたらたくさんあるが、次はブラジル人にとってサッカーとは何かを考えてみたい。

ナショナルアイデンテイティ

人種混淆が豊かなブラジルでは、多様な文化にならざるをえない。つまり、底流に民俗・人種という存在が絡まりあっているのであるから、ブラジル人としてのナショナルアイデンテイティを何にするか、ということは難しい。

 例えば、リオのカーニバルに見られる熱狂的祭典、それは世界最大であるという点で、民族意識としてのナショナルアイデンテイティを醸成する一つの役目はあるだろうが、それはあくまでもお祭りであるという意味で、対外的に国民の民族意識を一つにするには力不足であろう。 

その点、日本には皇室という存在がある。長い伝統と歴史で守ってきた国民の総意が、皇室を中心とした国体になっていて、天皇陛下は国の中心であり、日本国のナショナルアイデンテイティを象徴している。ところが、ブラジルでは共和国制である上に、人種混淆が豊かであるので「人物」をもってナショナルアイデンテイティをつくりあげるのは難しい。

ところで、ブラジル人と話していると、共通する話題が必ず出る。サッカーである。サッカーが確実に国民の中に位置づけられているので、サッカーがナショナルアイデンテイティではないかと推測し、「サッカー狂の社会学」(世界思想社 ジャネット・リーヴァー著)を開いてみた。この本はリオのブラジル人にサッカーについてインタビューしたものである。

「インタビュー対象者はリオの37人。工場労働者、事務員、セールスマン、そしてドアボーイと、年齢・結婚状態・宗教・宗教・人種の分布がリオの労働者階級をほぼ完全に反映するような一群の男性を選んだ。

ほとんどのブラジル男性は、他の娯楽に比べて、サッカーに膨大な時間を費やす。面接した男性の四分の三が、この一か月間に少なくとも一回はマラカナン競技場へ行っていた。仕事の帰りにビールを一杯やる以外では、サッカー観戦は男性を家庭から揃って引き離すもっとも一般的な活動なのである。

 友人との話題を尋ねたときは、サッカーについて話すと答えた人がもっとも多く、他に何を話題にするかと尋ねたところ、『もっとサッカーのこと』と答えたように、サッカーは、ブラジル人にとって楽しみの源である上に、『サッカーについて何も知らなければ変な奴だと思われる』事にならないようにし、サッカーのニュースに遅れないようにしていれば、違う種類のニュースや違う話題との接触も促進されるという。

つまり、サッカーファンであることは、そこに住む共同体への参加を支え、繋がりを強化する役割を果たしているのである」

地元共同体と強固に結びついているサッカーがナショナルアイデンテイティと考え、ブラジルサッカーとブラジル国の未来とどう関係するのか。次号で続けて検討してみたい。以上。

投稿者 Master : 05:04 | コメント (0)

2011年06月06日

2011年6月5日 ブラジルの未来・・経済とサッカー(前半)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年6月5日 ブラジルの未来・・経済とサッカー(前半)

有楽町のブラジル銀行で

ご存知のようにブラジルの経済成長は著しく、生産年齢人口が2015年から減少する中国よりは、ブラジルの方が未来の可能性が高いと考えるのか、世界中がブラジルへ関心を強め、日本企業も多く進出している。
今号と次号ではブラジル経済と、国技ともいえるサッカーを関連付けて分析してみたい。

ブラジルへ出発前に、現地のコーディネーターに必要経費を送金すべく、JR有楽町駅近くのブラジル銀行に入った。ロビーで受付順番券を取り、待っているとブラジル人女性が流暢な日本語で用件を聞きに来る。「送金に来ました」というと「こちらへ」と送金用機械の前に案内してくれ、今日のレアルレート換算の日本円を確認し、振込先のカードを差し込み、円紙幣を入れると送金は終わる。簡単だ。「ところで、お客様は当行に預金口座お持ちですか」と聞いてくる。「いや、持っていません」「そうですか。今は金利が6%ですからご検討くださいませんか」という。

日本の銀行で一年定期預金すると、金利は0.03%であるから200倍の利息がつく。ため息が出るほどの日本との差である。一瞬、預金しようかと思う。しかし、外国への預金は為替レートで変化するので、そこの判断が難しいので「検討します」と出口へ。

過去のパターンを乗り越えられるか

ブラジルには他国と違う成長大要因が二つある。それは「2014年のサッカー・ワールドカップと、南米大陸初の2016年オリンピック」開催である。相次ぐビックイベント開催が、現在の内需中心の経済成長に加えて続くのであるから、ブラジルの未来は明るいだろう。
しかし、ブラジルの過去の歴史を振り返ると、これらの経済成長実態について、一抹の不安を感じるのも事実だ。

第二次世界大戦後の1950年以降、急速な経済発展を遂げ、60年代後半から毎年10%を超える成長率を見せ、ブラジルブームとなり、日米欧先進国からの直接投資による現地生産や合弁企業の設立も急増し、自動車生産や造船・製鉄では常に世界のトップ10を占める程の工業国となった。だが、50年代後半の首都ブラジリア建設負担や、70年初頭のオイルショックなどで経済が破綻し低迷、同時に深刻な高インフレに悩まされるようになり、これ以降80年代にかけてクライスラーや石川島播磨(現・IHI)など多数の外国企業が引き上げ、先進国からの負債も増大した。

この間、ブラジルの通貨政策は悲劇的であった。まず、ポルトガルの植民地だった時代から統治国と同じ通貨単位レイスを使用していたが、1942年にクルゼイロに単位を変更してからは、激しいインフレーションへの対処の為、ちょっと数え切れないほどのデノミネーションを実施し、その度に通貨単位を変更している。

現在のレアル導入後は、1レアル=1米ドルという固定相場制から変動相場制に移行し、レアル安が続いていたが、今の6月時点では1ドル=1.6レアルとなっているように、ブラジル経済は好調なことを証明している。
 
TAM機内で

 ブラジル・サンパウロにはニューヨークからTAM航空で向かったが、乗客の荷物の多さに圧倒される。大体、大型バックは二つか三つが常識、それに加えて機内持ち込み手荷物もパンパンに膨らみ、少なくとも二つは手に提げている。

 機内は満員。回りを見回すと外国人はいない。ブラジル人だらけ。これはサンパウロ空港に到着し、入国審査のカウンターで分かる。外国人用という表示板下に並ぶのは自分を含めて10人程度。後は全員ブラジル国民用の窓口に並ぶ。

 どうしてか。それは簡単。レアル高なので、ブラジル人はアメリカへ買い物に行くのである。また、これだけ買ってくるのは輸入税が高いのだろうと推測し、調べてみると大変な状況だった。ワインは54.7%、ブラジル家庭でよく食べるバカリャウ(タラでノルウェーなどから)は43.8%、子供が大好きなオーボ・デ・パスコア(チョコ丸型の菓子)が38%、包装セロハンが35.2%、リボンが34.04%という実態。(2010年4月時点)
 
サンパウロ市内の渋滞
 
世界三大渋滞都市はモスクワ、カイロとサンパウロだろう。いずれの都市も経験したが、日本では考えられない実態だ。特にサンパウロは雨が降るとお手上げだ。道路の排水施設がお粗末なので、水が溢れ、たちまち200km程度の渋滞が当たり前。通勤時間は市内に住んでいても車で1時間から2時間。日本の遠距離通勤とは異なる。日本は新幹線や列車で長距離の通勤だが、サンパウロ市内では距離は短いのに時間が猛烈にかかるのだ。朝5時ごろから通勤車が動き出す。それが終日続くから、アポイントは一日に二件は困難で、せいぜい一件訪問が妥当な目安。ビジネスマンはあきらめの境地に達している。

 今回も企業訪問は一日に一社、展示会視察も一日に一会場という日程で動いたが、展示会で出会ったブラジルナンバーワン企業の社長が、翌日も来るならもっと詳しくブラジル市場をレクチャーするよと、わざわざ電話をしてくれたが、展示会場に行くのに2時間、会場に入る手続きに30分、受付係りの能率が悪いからだが、会場でのレクチャーが2時間30分として、ホテルまでの帰りに2時間、合計7時間と途中で食事すると9時間以上かかり一日がつぶれるので、残念ながら行けないという事になる。

 ただし、展示会場にはスタイル抜群のブラジル美人女性が、各コーナーでシャンペンやワイン・ジュース・お菓子をサービスしてくれるので、美人をウオッチングしたければサンパウロにかぎるだろう。ブラジルから回ったウルグアイ、チリ、ペルーと美人が少ない事を確かめたので間違いない。美人見るため再び行きたいと思っている。
 
ブラジル企業の為替判断

日本の大手メーカー事務所を訪問した。社長は日本人でブラジル17年の在籍、この企業にスカウトされたのが5年前。扱う商品アイテム分野でシェアが第二位になったという自慢話と、進出日系企業は1ドル=1.8から2.0レアルにみていて、先行きレアル安と見ているという。

しかし、次に訪問した地元旅行会社のマネージャーは、1ドル=1.2レアルまで高くなるのを、政府が介入して1.6にまで戻しているとの見解。ブラジルは、資源は石油含めて自前であり、食料も問題なく、内需も盛り上がっているので、当然にレアル高になると見ているのだ。どちらが妥当なのか。それは時間経過を見ないと分からないが、レアル預金をする場合は、この為替レートを時間経過の前に判断しないといけない。

ブラジルのサッカーと経済政策

ところで、ご存知のようにブラジルはワールドカップ優勝5回のサッカー大国。しかし、前回の南アフリカ大会ではオランダに準々決勝で逆転負け。

この時の監督がドゥンガ(Dunga)で95年から98年までジュビロ磐田に在籍していた。ブラジル代表監督に就任後の指揮は、選手個人技を生かした攻撃的サッカーというより、守備的サッカーに変貌させた事で、ブラジルのメディアからはつまらないサッカーだと批判され、南アフリカ大会での早々敗退で解任された。ドゥンガは日本で経験した事を活かそうとしたのだが、ブラジル人の特性に合わないサッカーを行ったので負けたというのが、ブラジルではもっぱらの評価。ということはブラジルの敗退は日本が影響していると考えられる。

2014年は自国開催であるから優勝が国民の絶対使命である。ドゥンガに代わる新監督はブラジル最大のファン数を誇るサンパウロのサッカーチーム、コリンチャアンスのマノ・メネーゼス監督である。果たして自国開催で優勝できるか興味津々である。

スラムにいるブラジルの子供達の夢は、男の子はサッカー選手、女の子はモデル、いずれも体が元手の職業である。また、ブラジル人は「好きな事をして成功したい」という思考が強いので、サッカーは一人ひとりの芸術的なプレーで成り立っている。

その代表がサントスの19歳ネイマール、トレードマークのモヒカン風ヘアスタイルで人気実力ともナンバーワンだが、近々ヨーロッパに移籍し、移籍金は9000万ドル(72億円)という噂が飛び交っている。ブラジル人個性を発揮したサッカーが展開されれば、世界のどのチームも敵わないと、前述のマネージャーが強調する。その通りだろうと思う。

さて、世界が認めるブラジル経済の好調さは、それはブラジル独特の経済政策にある。それを語るには昨年末で退陣したルラ大統領の87%支持率という背景を分析しなければならない。日本ではバラマキとも指摘される貧困層への現金支給による内需向上政策であるが、これとブラジル個性的サッカーを関連付け、次号もブラジル経済の未来を検討したい。以上。

投稿者 Master : 05:29 | コメント (0)

2011年05月19日

2011年5月20日 日本人が豊かになるためには・・・その二

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年5月20日 日本人が豊かになるためには・・・その二

5月5日号の概要

前号に続きます。前号ではサンフランシスコのベンチャービジネス起業家が、インドに住むインド人に業務を移したことで、アメリカの内需が減るという事と、カリフォルニア・ワインづくりは手作業で、それに要する人件費が地元の人々に給料として支払いされるので、アメリカの内需に結びついて行く。というのが前号の概要でした。

労働生産性の誤解

サンフランシスコに行く前に、50万部ベストセラー「デフレの正体」の著者である藻谷浩介氏の講演を聞き、その後著書を改めて読み成程と思うところが多かった。
まず、藻谷氏は労働生産性への理解が誤解されていると主張する。
日本の経営者は労働生産性を上げるために、人件費を削減する省力化作戦を、労働生産性アップの切り札だと信じ込んでいるが、これが実は問題だとも言う。
経済学での労働生産性とは、労働者一人あたりにつき、どれだけの付加価値を生み出したかどうかを測る尺度のことで、これは「付加価値生産性」とも呼ばれ、各種生産性のうち最も重要なものとされ、具体的な算出方法については
「労働生産性=生産量(付加価値)÷労働量(従業員数)」
で産出される。

付加価値とは何か

では、この付加価値とは何かという理解が重要である。付加価値とは企業等の生産者が生産活動によって作り出した生産額から、その企業などの生産者が購入した原材料や燃料などの中間投入物を差し引いた金額である。

したがって、コストとしての賃金・利子・地代・家賃等と、利益が付加価値の内容を構成する。つまり、人件費として支払いされた給料は付加価値の重要な一部になっているのである。

極論を述べれば、人件費を高く支払えば、付加価値は増加するという事になる。勿論、利益が出ない経営では倒産するのであるから、本来の付加価値としての給料が払えないという事になってしまうので、健全経営体を想定した場合の人件費であるが、この考え方は大事である。

つまり、労働生産性を上げようと、インドに業務移管することは、アメリカの付加価値を下げる事になってしまうのである。勿論、起業家の利益が付加価値としてアメリカのGDPに加算されるので、国家としてのGDPは減らずにすむ。

ところが、今まで働いて給料を得ていたアメリカ人は失職するので、その人が生活するために支出していた消費としての内需は減る事になる。
利益を上げた経営者が、失職した人の分まで余分に消費すれば問題ないが、人間だから食べる量には限界があるように、減った内需を補うまでには至らない。

金は天下の回り物

江戸時代のことわざに「金は天下の回り物」がある。
お金は流通しているという意味で、今自分が所持しているお金は、あたかも自分のもののようであるけれど、実は流通の一環としてたまたま今自分のフトコロにあるだけのもの。お金は使わなければ意味を為さず、入った金は出て行くもの。出て行くからこそ巡り巡ってまた入ってくる。
そうしてお金が回っているから世の中は成り立つ。人の暮らしが成り立つ。という経済の成り立ちを意味している言葉だという。

これはお金に執着し過ぎることを戒める意味となって、使える時は使え!という教訓である。
ところが、無人化設備のハイテク工場とか、薄利多売で機械設備だけで人件費を掛けないビジネスの場合は、支払う給料が少ないのであるから、人を通じて工場が立地している地元にお金は落ちなく、したがって、付加価値が少なくなる。

地元にお金が落ちるビジネスの場合は、支払われたコストは、地元の別企業の売上や従業員の収入となるのだから、地域全体でみればプラスとなって、地域全体が元気になれば、結局、巡り巡って自社の業績につながるのではないか。これが現代版の「金は天下の回り物」という事になるはず。

サンフランシスコのベンチャービジネス起業家が、インド人へ業務移管している事や、機械設備だけで人件費を掛けないビジネスの場合は、付加価値が低くお金が回らない。

付加価値率が高い産業とは

藻谷氏が著書の中で、付加価値率が高い産業として、売上の割にGDPへ貢献する度合が高い産業とは、以下の産業リストのどこであるかと投げかけている。
① 自動車 ②エレクトロニクス ③建設 ④食品製造 ⑤小売(流通)
⑥繊維・化学・鉄鋼 ⑦サービス(飲食業・宿泊業、清掃業、コンサルなど)。

藻谷氏に言わせると、この問いに対する回答は、殆どの人が間違えるという。

実は①の自動車が二割を切って一番低い率なのである。ただし、GDPへの貢献は実額として大きい。付加価値が一番高いのは⑦のサービスであって、付加価値率が高く半分くらい。多くの人は「ハイテク=高付加価値」という思い込みをしているのが大問題だと指摘する。実際には、人間をたくさん雇って効率化の難しいサービスを提供しているサービス業が、売上の割に一番人件費がかかるので付加価値率が高いのである。

この最適例がカリフォルニア州ナパ・ヴァレーのワインづくりである。手作業によって地元の人々に給料が支払いされ、それがこの地の内需に結びついて行くという「金は天下の回り物」が実現している。

日本の実態

藻谷氏は日本の実態についても次のように主張する。

日本のように生産年齢人口が減少している国では、一人当たりで買う量が限定されているような商品、例えば車・住宅・電気製品・外食などは、人口減少に応じて消費者の数が減っていくが、既に生産力が機械化によって維持されているので、供給が減らず、売れ残り在庫が生じ、結果として安値処分か廃棄することになっていく。

すると、その対策として、企業は退職者分を新入社員で補わず、人件費総額を下げる事を当たり前とし、返って付加価値額と率が減少し、不可避的に日本のGDPが減少していく。

逆に、付加価値率を高めるとは、その商品が原価より高い値段で売れて、マージンも人件費も十分にとれるかどうかにかかっている。だから、同じような商品供給で過剰に陥らないようにし、加えて、お客から高い品質評価を受けるようにし、その高い品質評価部分を価格に転嫁できるようにする事だ。つまり、高価格でも売れるようにする事が必要であって、そのためにはその商品にブランド力があるかどうかが、内需拡大とGDP拡大の決め手となるのだというのが藻谷氏の結論。

確かにこれは、何度も例えて恐縮だが、インド人への業務移管と、カリフォルニアワインの実例で証明される。

次は日本人が豊かになるためのプロジェクト検討

今まで述べてきたように、付加価値を高めるためには、人件費を掛けたブランド商品づくりが必要である。
デフレ時代だから何でも安くするというのは、コストを抑えるという事になるので、人件費が下がる事を通じ、一人ひとりの収入を増やさないので、内需を減少させる。

日本が得意とするハイテク品の輸出は、日本全体のGDPを増やす事になるが、国民一人ひとりの豊かさに結びついていない。今の日本人が豊かさを感じていない理由だ。

仏大手出版アシェット社と連携し、世界50カ国書店に「日本の温泉ガイドブック」を配架しようと進めてきたプロジェクトは、結局、温泉の付加価値を世界に妥当に伝えるためのものだったが、今回の東日本大震災でしばらくお蔵入りである。

そこで次なるプロジェクトは、江戸時代に培って、今も日本各地で生き続けているが、多くの人が気づかない付加価値高き存在、多分、それは「日本独自文化」に類するものであるが、それに人件費を十分にかけ外需を稼ぎだす内需産業創りの検討である。以上。

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2011年05月06日

2011年5月5日 日本人が豊かになるためには・・・その一

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年5月5日 日本人が豊かになるためには・・・その一

めまいの街

東日本大震災による余震の「めまい」を引きずって、羽田から直行したサンフランシスコの4月末は結構寒い。この地も地震多く、太平洋プレートと北アメリカプレートが接しているサンアンドレアス断層の上に成り立っている。
105年前の1906年4月18日、この日も肌寒かった朝、サンフランシスコとその近辺の大地が突然に暴れだし、建物は崩壊し、発生した大火は3日間燃え続け、人口45万人のうち20万人が住む家を失った。

さらに22年前の1989年10月17日にも、マグニチュード6.9の大地震が発生し被害に遭っている。
日米修好通商条約の批准のため、万延元年(1860)咸臨丸で勝海舟・福沢諭吉、ジョン万次郎一行がここに初上陸したのは、お互い地震が多い事から、呼び寄せあったのかもしれない。
そういえば、サンフランシスコはアルフレッド・ヒッチコック監督の映画「めまい」(1958年)の舞台だ。高所恐怖症になったジェームス・スチュアート扮する元刑事が、キム・ノヴァク扮する友人の妻を追跡することによって、サンフランシスコを案内する巧みなスリラー物語だが、タイトル「めまい」は地震の街からだろう。

ベンチャービジネス起業家

サンフランシスコでアメリカ人8人と日本式の居酒屋で雑談した。その中の一人、まだ若いベンチャービジネス起業家、彼はツイッターを活用したマーケティング業務を展開している。業務内容はノウハウなので紹介できないが、彼を手伝う人物がインド人で、採用はamazon serviceの紹介で決めたという。

アメリカの最低賃金は、1997年以来アメリカ連邦政府が設定した時給5.10ドルだが、これでは人は集まらず、彼は近くに住む中年アメリカ人女性に、時給12ドル(約970円・81円レート)で、それまで働いてもらっていた。

だが、アマゾンの斡旋でインド・バンガロール近郊に住む若者に変更した。その理由は時給がたったの2ドル(約160円)という安さから。アマゾンにはインド人が多数登録してあって、その中からオークションで決める事ができる。

12ドルから2ドルへ。同じ業務が六分の一というコスト。英語は正確で仕事は出来るし、このインド人に下請け業務のインド人もいるらしい。2ドルで複数人が使えるというのだ。

また、この2ドルには、アマゾン経由の送金支払い手数料とルピー両替費用も含んでいるという。これにしばし言葉も出ない。

二つの愕然

さらに、このインド人はカースト制階級の下の方の人物らしいが、頭がよく、世界情勢に関心高く、東日本大震災に20ドル(約1600円)義援金支出したともいう。時給2ドルだから10時間以上の収入を日本のために支払ってくれたのだ。これにも愕然とする。

この愕然には二つの意味がある。インドでは2ドルの時給でも義援金が出せるという事と、アメリカ人はコンピューターテクノロジーを開発したために、アメリカ人が仕事を奪い取られているという事実だ。

つまり、本来アメリカ人に支払われるはずの人件費が、ただ同然の金額で外国に逃げ、アメリカ人の仕事がなくなって、とうとう起業家の彼のところに、一日20ドル(約1600円)でもよいから仕事させてくれと言ってくる人もいるという。

起業家のビジネス労働生産性は向上して、企業としての利益は増加するが、従業員として働いていたアメリカ人の収入は減るのだから、その人の生活消費は減少し、内需は増えなく、景気回復は難しいという事になる。

では、今後アメリカ人に残る仕事は何か。産業が少ないアメリカでは医者か、弁護士か、それになれない場合は軍隊に行くしかない。これはジョークではなくアメリカにとって大問題ではないか。そういうことがアメリカ社会に隠されていると感じる。

しかし、この事例は日本でも当てはまるだろう。日本企業が労働生産性を向上させようと、無人化工場を建設し、新たなる産業システムを稼働させたとすると、企業利益とGDPは増えても、当然ではあるが従業員は激減し、そのために人件費という人へのお金の支払いはなくなって、生活消費という内需は減るだろう。
日本もアメリカと同じ事を行っているのだ。

ケンゾーエステイト

サンフランシスコから帰りのJAL、機内誌を見ていたら「ケンゾーエステイトのワインをお楽しみいただけます」とあり、カリフォルニア州ナパ・ヴァレー奥の深い森に包まれて、誰の目にも触れることなく、ひっそりと美しい清らかなワイナリーが「ケンゾーエステイト」であると紹介されている。

ここは日本人の辻本憲三氏が20年前から開発していたエステイト(土地)。この土地のワインを食事時に飲んだのかと思いつつ、もう一度、改めて「紫鈴2007赤」と「あさつゆ2009白」を少し味見してみると、かなりいけるような気がする。

ワインについては、フランス各地のワイナリー訪問と、パリ農業祭で毎年金銀銅メダルのワインを試飲しているし、今回はシアトルでクマモトオイスターと合うワインコンテストにも参加したので、一応味は分かるのではと思っているが、この「ケンゾーエステイト」もなかなかである。

カリフォルニア・ワイン

元々カリフォルニア州ナパ・ヴァレーで、ワインづくりを始めたのはフランシスコ会の神父だった。
元来アメリカ人はステーキに代表されるアメリカ的料理で、ウイスキーとかビール中心であったのが、第二次世界大戦後ヨーロッパ的料理がアメリカに入り込んできて、ワイン需要が増えナパ・ヴァレーに多くのワイナリーが誕生。それも弁護士、学者、医者などが趣味でワイナリーを作りはじめ、次に大資本も入ってきて、現在約120のワイナリーがある。

さて、この地のワインの品質はどうなのか。1972年にパリで開催されたワイン品評会(Paris tasting)で、赤はボルドーを押さえ、また、白はブルゴーニュを押さえそれぞれ“1番”に輝き、この時から世界的に高い評価を得たわけで、その物語が日本では未公開だが「ボトルショック」という映画になっている。

その後も「ロバート・モンダビ」「オーバス・ワン」や「ケンゾーエステイト」のような優秀なワイナリーが誕生し、今では世界のワイン業界で確固たる位置づけとなって、アメリカを代表するワインブランドとして、一大産業になっている。

さらに、これは秘密でも何でもないが、ワイン造りには重要な条件がある。それは機械化をなるべく避け、ワインの苗を手作業で手入れするという事である。ぶどうの苗木に茂る葉の一枚一枚を日差しからコントロールするのを、人間の手で行う事。これが良質なワイン造りの当然の作業となる。

ということは、その手作業に人件費が膨大にかけられわけで、その結果として働く地元の人々に給料が支払いされ、それがこの地の内需に結びついて行くのである。

また、この手作業という結果は、価格を高くするという事になって、ロバート・モンダビのティスティングは四品で30ドルと15ドル。

オーバス・ワンのティスイングは一杯30ドルで一品だけ。高いが試してみると香りが豊かで、グラスを持って階上のテラスに行くと、ワイン畑が遠くまで見渡せ、ロスチャイルド家とロバート・モンダビが共同でつくりあげた物語と共に、グラス一杯だけなので、ゆっくり味わうから、なおさら美味いと思わせる。舞台づくりが上手なのだ。

このようなワイン造りは、地元の土地で行うので、インドに住むインド人には代替できない。したがって、完全なる内需産業であり、輸出する事で外需も稼げるのである。

日本人を豊かにする企画プランつくりへ

仏雑誌出版社アシェット社と世界50カ国書店に「日本の温泉ガイドブック」を配架するプロジェクトは東日本大震災で頓挫したので、次なる企画を検討中。次号へ。以上。

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2011年04月21日

2011年4月20日 日本のイメージをどうするか

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年4月20日 日本のイメージをどうするか

今から143年前の江戸市中

今回の東日本大震災と福島第一原子力発電所(福島原発)事故、被害と問題内容は異なりますが、大事件という意味では143年前の江戸市民も同様でした。今まで将軍様より偉い人は知らなかった江戸っ子にとって、京に天子様がいるなぞということは、ずっと長い間意味のない存在だった。その身近で最も偉い将軍様であった十五代将軍徳川慶喜が、突然大坂から戻ってきて、江戸城で喧喧諤諤の大評定をしていると思っていたら、突然上野の山に隠れてしまって、代わりに京の天子様の命令で、薩長の輩が官軍という名聞で江戸城に攻めてくるという。攻撃されると江戸市中は火の海になって、壊滅するかもしれない。店や住まいが燃えてしまう。これは大変だ。どうしたらよいのか。町中大騒ぎになって、ただ右往左往しているだけだった。今まで考えたこともなかった事態が突如発生し混乱の極に陥りました。

山岡鉄舟が江戸市民に諭した事

この時に山岡鉄舟が登場し、そのことを歌舞伎役者の八代目坂東三津五郎(1906~75)が次のように、鉄舟研究家として著名な故大森曹玄氏との対談で述べています。

「山岡鉄舟先生は、江戸城総攻めの始末がついてからのち、それでなくとも忙しいからだを、つとめて人に会うようになすった。それも庶民階級、まあ、出入りの植木屋さんから大工さん、畳屋さんから相撲取りから、話し家、役者、あらゆる階級の人たちに会って、鉄舟さんのおっしゃった言葉は『おまえたちが今、右往左往したってどうにもならない。たいへんな時なんだけれども、いちばん肝心なことは、おまえたちが自分の稼業に励み、役者は舞台を努め、左官屋は壁を塗っていればよいのだ。あわてることはない。自分の稼業に励めばまちがいないんだ』と言うのです。このいちばん何でもないことを言ってくださったのが、山岡鉄舟先生で、これはたいへんなことだと思うんです。

今度の戦争が済んだ終戦後に、われわれ芝居をやっている者は、進駐軍がやってきて、これから歌舞伎がどうなるかわからなかった。そのような時に、私たちに山岡鉄舟先生のようにそういうことを言ってくれる人は一人もおりませんでしたね」(『日本史探訪・第十巻』角川書店)

さすがに歌舞伎界の故事、先達の芸風に詳しく、生き字引と言われ、随筆集「戯場戯語」でエッセイストクラブ賞を受賞した八代目坂東三津五郎です。鉄舟にも詳しいのです。

福島原発事故で諭せる人物はいるのか

三津五郎が指摘した鉄舟の諭しと同様な事を、福島原発事故で、国民が納得するように諭せる人物はいるのでしょうか。

多分、どこかにいると思いますが、仮に鉄舟と同様のことを述べたとしても、鉄舟とは人物の器が違っているので、影響力が比較にならず、国民に対して大きな感化力を持てないので、誰も気づかずに毎日をすごしているのではないでしょうか。

それより、返って諭すということでなく、東京電力の対応を責め、政府の対策を問題点とし、菅首相の辞任にまで公然と国会やマスコミで論じるのが今の実態です。政府や首相は、確かにまずい対応が重なった事も事実ですが。

だが、まずくても、原発の成りゆきを世界中が息をひそめて見つめているのですから、与野党の権力争いとして原発問題を対象とするのはもっての外です。

それより今最も必要で大事な事は、原発事故内容の事実を正確に把握する事です。事実が分からないから、東電や原子力関係者が困難を来たし、国民も分からないからハラハラドキドキの毎日なのです。事実確認に全精力を投入する事が、早い解決への道であり、先決事項で重要です。鉄舟は駿府で官軍実質総司令官である西郷隆盛と直に会い談判し、江戸無血開城を決めてきたという事実確認を持ち得ていたからこそ、江戸市民を諭す事が出来たのです。

どうして権力闘争に走るのか

政治家は、口では「与野党協力」と言いながら「行動は醜い権力闘争」をしているのが実態ですが、では何故にこのような国民の期待を裏切る行動をしているのでしょうか。

実は、その理由は我々国民に存在しています。福島原発事故が起きて、我々に何を一番もたらしたのでしょうか。勿論、マスコミから流される東日本大震災の状況に涙し、義援金を届け、ボランティアに参加しています。この事ではなく我々の精神面に3月11日以降、何が生じているかです。3月11日以前とは全く違う気持ちが生まれています。

それは「緊張感」です。原発問題が我々の生活に「恐怖感」をもたらしています。外国人が一斉に帰国したのが、この気持ちを表した実態姿です。外国人は帰るところがある。しかし、日本人は今住んでいるところから動けない。そこに毎日報道される放射能汚染の危険性、食べ物に対する注意事項、それらが我々に強い緊張感を生じさせているのです。

これが以前と異なる日本社会の実態で、それが政治家の権力闘争の要因なのです。

いじめと同じ構造

あるグループに緊張感という欲求不満、フラストレーションが溜まると、そのグループ内にどのような行動が発生するのか。実は、グループ内の人々は、欲求不満が講じてくると、必ずといってもよいあるパターン行動に移ります。

それは、欲求不満を解消しようとして攻撃する対象を定めるのです。そして、定められる対象は「弱き人」です。弱いものを見つけ出し、それに向かって集団で「いじめ」行動を取り、いじめられる側がいじめに従うと欲求不満が一応おさまるのです。

いじめられる側は大変ですが、これが差別とかいじめの背景にあるという実態を認識すべきです。今回の原発問題で、強く危機感と緊張感を持った我々の気持ち、それを政治家が察し、その解消行動として政府・首相を激しく攻撃しだしたのです。

だが、通常のいじめ対象と政府・首相は異なります。正面から受け立っていますから、攻撃側は激昂し一段と菅内閣打倒に走るでしょうし、これからも激しく醜い闘いが続くと思いますが、一日も早く攻撃する政治家連中が、自分が低レベルのいじめ構造で動いている事を認識して、権力闘争はやめるべきです。
今は一致団結して原発問題の事実確認を急ぎ解決する事です。そうすれば国民の強度の緊張感が消えますから、それからゆっくりと激しく権力闘争すればよいのです。

日本のイメージをどのようにつくり直すか

日本が観光立国・観光大国化政策を掲げた事に賛成し、フランスのアシェット社に協力を得て「温泉ガイドブック」を世界50カ国の書店に配架する計画を、観光庁と経産省のクールジャパン室に提案した事は既にお伝えしました。

しかし、この提案は藻屑と化しました。放射能の危険がある国に観光に来たいと思う人はいません。今後長期間、日本は観光客で低迷する事を覚悟しなければなりません。観光地は日本人のみでしょう。仕方ない事です。日本は安全で清潔だというイメージは崩壊しました。

原発問題はかなりの時間がかかるでしょうが、いずれは解決するでしょう。しかし、解決した後の傷ついた日本のイメージをどのような姿に再構築すべきなのでしょうか。

今はこのイメージ構築を議論すべき時です。既に、政治家の中で考えている人物はいると思いますが、鉄舟レベルの人物が存在しない実態ですから、政治家に任せるのでなく、我々一人ひとりが考えなければいけません。

鉄舟が「おまえたちは、自分の稼業に励めばまちがいないんだ」と言った事に加えて、もうひとつ「原発後の日本イメージ」をどうするのかという事を、自分の稼業に励む以外に、それぞれ考えなければいけないと思います。

援助受け取り世界一

東日本大震災で、日本が2011年に世界から援助を受ける額は864億円になる見込みで世界一になります。それまではスーダンが一番で638億円、アフガニスタン350億円、ハイチは280億円です。今までは援助する国の代表的存在だった日本は、世界中から助けられる立場に激変しているという事実を、世界中の人々が示してくれた「愛・同情」に感謝しつつ、我々は深く認識すべきでしょう。

ところで、日本は武士道の国です。武士道では「愛・同情」を「仁」と位置付けています。この「仁」を受けた日本は、世界中に「義理」を負ったわけで、「義理」に対する「お返し」をするのが「道理であり、条理であり、人間の行うべき道」でしょう。では、我々はどうやって「お返し」すべきなのでしょうか。

観光立国が非現実化した日本、変わるべき「イメージ戦略」の構築と、世界への「お返し」を具体的にどのようにすべきか、それを課題として一人ひとりが考えたいと思います。以上。

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2011年04月06日

懐かしい生き方へ・・・その二

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年4月5日 懐かしい生き方へ・・・その二

東日本大震災と危機管理

前号で「武士道」を考察するとお伝えしましたが、変更して、少し今回の東日本大震災から学ぶべき危機管理項目を取り上げたいと思います。
まず、大前提として大事な事は、日本列島は新たな地震活動期に入っているという事実を再確認すべき事です。また、現在の危機管理体制は、大正12年9月(1923)の関東大震災による88年前の体験からつくられたものが中心になっているので、それらを見直さなければいけないという事です。

関東大震災による88年前の体験からつくられたものが中心になっているので、それらを見直さなければいけないという事です。

具体的に言えば、当時と今では「オフィス・住環境」が著しく変化しています。今の都市では超高層ビルが乱立しています。88年前は存在していませんでした。今回の地震、高層ビルの上層階ほど揺れました。地震発生後、エレベーターが停まった高層マンションから階段を歩いて降りて、上を見ながら道路際に佇む人々をたくさん見ました。地震の揺れがさぞかし怖かったのでしょう。専門家に言わせれば、室内の家具転倒防止具のL字型金具で留めてあっても、その効果が効くのは6階までとの見解です。

近く予測されている「東京湾北部地震M7.3」が発生したら、家具類は凶器に変化するでしょう。冷蔵庫は90kg、洗濯機は60kgもありますから。さらに、オフィスに常備している自販機は350kgから800kgあります。これが凶器になって、人に襲いかかります。
人間は自分の体重の4倍以上の加重が、胸部を強く圧迫した場合70%以上の人が   10分以内に死ぬといわれています。

つまり、自分が関係する建物の耐震構造度合いによって、危機への事前準備と、実際の地震時の行動が違ってくるのです。「地震発生時に外に出ないこと」とか「机の下に入る」というような言い古された教訓は、自らの環境を判断して見直すべきでしょう。

3月11日の体験

東日本大震災発生時、私は浜松町駅ホームで電車を待っていました。突然、頭上の蛍光灯が大きく揺れ出し、目の前の広告看板が動きましたが、ちょうどその時、京浜東北線が到着しドアが開きました。

頭上からモノが落下する可能性もあるので、いち早く電車内に入りましたが、揺れは何回も続き、当然ですが電車は動かず、しばらくすると構内マイクで「この地区は芝公園が避難地区なので、そちらへ避難してください」とあり、駅が閉鎖されました。

この時、考えたことは「土地勘があるところに行こう」ということでした。知らない場所ではかえって危ないと思ったのです。土地勘があるところとは、長く勤め人をしていた銀座地区であり、今の仕事でよく行く東京駅近辺ですので、浜松町から歩きだし、最初は銀座の松坂屋に行きました。何故かというと、松坂屋の一階から地下に降りる角に固定電話があることを知っていたからです。

携帯電話は全く機能しませんでした。家族と、当日の会合責任者に連絡を取らねばいけないので、固定電話を探しましたが、公衆電話ボックスの前は長蛇の列。そこで思いだしたのが松坂屋なのです。次に、携帯電話は消耗して赤印となっていたので、松坂屋前のドコモショップ地下で充電しました。その間に、そこにいる人々と情報交換しましたが、皆さん、これからどうするか困っているだけでした。

一時間半程度で充電でき、東京駅の地下街に向かいました。もう夕刻でしたので、地下街なら何か食べられるだろうと思ったわけですが、行ってみるとどの店も既に完売で閉まっています。また、既に段ボールを敷いて夜を過ごす準備の人が大勢いました。

一瞬、一緒に地下街で過ごそうと思いましたが、何も食べていないので、八重洲口地上に出て食事場所を探しましたが、どこも満員。ようやく一軒の居酒屋に入り、カウンターに座ることができましたが、私の後から来た人は全店断られていました。

カラオケボックスに泊る

食事しながら回りの人々の会話を注目していましたら、若い男性の「今日はカラオケボックスだ」という発言が耳に入りました。そうかホテルがダメだからカラオケボックスにしようと、直ぐに居酒屋の女将にお握りをつくってもらい、カラオケボックスに行きましたら、既に大勢の人が受付に並んでいます。ようやく受付が終りましたが、私の次の人は「満室です」と断られました。

カラオケの部屋に入って携帯で家族に連絡しようとしましたが、まだつながらず、あきらめてソファに寝たわけです。飛行機の座席で寝るよりはずっと快適でしたが、朝五時には閉店で、東京駅に行きましたが、まだ電車は動いていません。

東京駅構内と地下街は人で溢れていましたが、驚いたことにゴミが無いのです。大きなビニール袋を持つ係りが廻り歩いてゴミを回収し清潔で、大勢の人々も山奥にいるような静けさで、誰も慌てていません。ただ、ジッとテレビに見入っていました。

自宅方面への始発電車がある上野駅まで歩こうと、日本橋の高島屋前を通りますと、店内一階売り場に大勢の人が椅子に座っているではありませんか。そこで正面入り口に行きますと、社員が「どうぞ、お休みください」とドアを開けてくれます。中には買い物にきたまま一晩過ごした着物姿の女性やベビーカーの若夫婦もいます。高島屋の社員が水や朝食代わりにお菓子を提供してくれ、暖房の快適さと、社員の親切さにホッとし感激しました。

ようやく電車が動きましたという店内放送で、地下鉄で上野駅まで行きましたが、始発電車は直ぐには出ず、かなり待ちようやく動き出しました。当然ですが電車内は超満員鮨詰めで、空調が利かず熱く汗だくですが、コートと上着も脱げないほどでした。しかし、誰一人文句は言いません。通常は20分で到着する区間を、線路の安全確認をしながら動くので1時間40分かかりましたが、乗客は静かに耐えていました。浦和駅に到着し降りる時「気をつけて」という声が車内からかかりました。ビックリすると同時に感激しました。日本人は何と素晴らしい助け合いの気持ちを持っているのだろうか。すごい民族だと再確認したわけです。

世界の報道

アメリカCNNテレビ3月12日夜のニュース番組が、被災地の状況を「略奪のような行為は皆無で、住民たちは冷静で、自助努力と他者との調和を保ちながら、礼儀さえも守っています」と報道し、これが全世界に流れました。

また、私が体験した東京の地震発生時の状況も、各国の新聞が「いつもと変わらず人々は冷静に対処し行動していた」と報道しました。その報道内容をNYタイムズ、ロサンゼルス・タイムズ、UKデイリー・テレグラフ、仏ル・モンド、韓国・中央日報、イスラエル・ハアレツ、ロシア・イズベスチヤ、伊コリエレ・デラ・セラ等で後日確認しましたので、間違いなく全世界の新聞は、東京における日本人の行動も共通認識で報道しています。

加えて、その行動が外国人には信じられないものである事を認めつつ、だが、どうして日本人はそのような行動をとれるのか、という背景要因を探ろうとしています。その分析が本質的で的確であるかどうかは別として、何かが日本人にあるのだという論理組み立てです。

例えば、ル・モンドは「驚くべき自制心は仏教の教えが心情にしみ込んでいるからだ」と分析し、イズベスチヤは「日本人は自分たちを一つの大きな家族と捉えている。そこには宗教や道徳観、強い民族的自覚が影響している」と書き、デイリー・テレグラフは「何をするときでも正しい作法に則ってやりなさい、というのが日本の暮らしの大原則だ。茶道がいい例だ」というように解説しています。

東日本大震災時の日本人の行動は、世界中の国とは価値観が異なる民族である事を認め、そこに日本の何かが存在しているのだと、日本人を精一杯研究し推考しているのです。

日本の報道

では、日本の新聞報道は被災地の人々の行動に対し、どのような報道だったでしょうか。著名な作家・建築家・経営者の新聞掲載内容を読みますと、外国人の反応を誇らしげに受けとめ、日本人は「やさしさ・愛等の人間の本質的なものを持っている」という事を再確認する内容で共通しています。

しかし、どうして日本人は外国人が信じられない行動を、システム崩壊時に発揮できるのかという事への言及と、背景分析が今一歩踏み込み不十分である事も共通し、日本人のDNAに存在するというレベルに止まっています。

日本人には世界の人々と違う何かがあり、それはどこでどのようにいつから身についたのか。その本質面からの日本人分析が甘いと思います。実は、この分析力の甘さが、今回の福島原発事故をもたらした根本要因ではないか。それを次号で検討したいと思います。以上。

投稿者 Master : 10:41 | コメント (0)

2011年03月21日

2011年3月20日 懐かしい生き方へ・・・その一

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年3月20日 懐かしい生き方へ・・・その一

今回の東日本大震災で亡くなられた多くの方のご冥福をお祈りし、被害に遭われた方々に謹んでお見舞い申し上げます。
当方にも世界各国からお見舞いのメールをいただき、また、中には「こちらに家族で移住するようにと」の申し出を頂きましたように、激甚な災害が世界中に伝わっています。

システムの崩壊

今回の東日本大震災は社会システムの大崩壊です。

我々は過去の世界が構築してきた、あるシステムの中で生活していて、このシステムから逃れられるこ
とはできませんし、通常の状態ではこのシステムを倒すことも出来ません。

しかし、特別な事件が発生した時は、この通常システムが崩壊する場合があります。それは、システム崩壊を予測していないか、予測を遥かに超える事態が発生した場合です。

例えば、サブプライムローン問題から発生した2008年9月のリーマンショク、これで世界的な金融危機に陥りましたが、これは金融経済面でのシステム大崩壊でした。

自然環境面では2005年8月に、ハリケーン「カトリーナ」がアメリカ・ルイジアナ州を襲い、ニューオーリンズ市にもたらした大被害、これは社会システムの大崩壊です。

今回の東日本大震災も、事前に予測された規模を遥かに超える大災害でした。

今の時代のシステムとは

今の近代社会は、経済力を充実させる事によって、安全で豊かなシステム社会を築いてきました。結果として、このシステム社会は、自己利益を最優先するライフスタイルを採ることが優先され、欲しいものは何でも金を出せば買えるという考え方が強くなってきました。

一方、小集団とか仲間づくりということが、ないがしろにされる傾向となって、集団の規律や仲間とのしがらみなんて面倒だ、という考え方が強くなってきました。

具体的には、親族の解体化、地域共同体の解体化、終身雇用・年功序列制度に基づく疑似親族体であった日本的企業組織の解体化等です。

また、このようなシステム社会では、個性とオリジナリティが資産とみなされ「誰にも迷惑をかけない、かけられない」という「スタンドアローン」、社会から「孤立」した生き方が理想とされてきて、多くの人々が「自分さえよければ、それでよい」というようになってきたように思います。

危機にはその国の国民性が表出する

ところが、東日本大震災にみるようなシステムの大崩壊という危機、この時に、突然のごとく、その所属する国民性が色濃く表出します。

日本国民の態度を、アメリカCNNテレビ12日夜のニュース番組は、スタジオにいるキャスターのウルフ・ブリッツアー記者と、宮城県・仙台地区にいるキュン・ラー記者との会話を通じて伝えました。
「ブリッツアー記者が『災害を受けた地域で被災者が商店を略奪したり、暴動を起こしたりという暴力行為に走ることはありませんか』と質問すると、ラー記者は以下のように答えました。『日本の被災地の住民たちは冷静で、自助努力と他者との調和を保ちながら、礼儀さえも守っています。共に助け合っていくという共同体の意識でしょうか。調和を大切にする日本社会の特徴でしょうか。そんな傾向が目立ちます』と。

 更に、ブリッツアー記者が特に略奪について問うと、ラー記者の答えはさらに明確でした。
 『略奪のような行為は驚くほど皆無なのです。みんなが正直さや誠実さに駆られて機能しているという様子なのです』と」

 このラー記者の報告はCNNテレビで繰り返し放映され、日本人はこのような大危機状態でも冷静で沈着で、明らかに日本人のそうした態度が美徳として報じられ、その報道は全米向けだけでなく、世界各国に向けても放映されたのです。

更に、韓国の李明博大統領も、ソウル日本大使館で記帳し、日本人の冷静な対応について「印象深く感動的だった」と述べました。

世界から日本を見る

このレターで、何度も「世界から日本を見る」ことの重要性をお伝えしてきました。

我々は日本に住んでいますから「日本内から日本を見る」という見方が、当然のごとく行われています。しかし、日本の実態をより把握するためには、世界が日本をどう見ているかという内容も併せて確認することが、日本を妥当に判断するために必要で大事なことです。

日本内から日本を見るだけの場合は、日本の過去実態との比較になりますから、年配者がよく口にする「昔はよかった。それに比較し今はダメだ」という見解になりやすいのです。

ところが、社会は時間と共にドンドン変わっていきますので、過去の日本と今では環境条件が大きく異なっています。従って、今の日本実態を判断したい場合、日本内部だけでの情報でなく、世界の国々の実態と比較し判断すると、より一層日本の位置づけ実態が明確になるのです。

つまり、今回の東日本大震災被災によって示された行動、それが的確であったかどうか、その判断は世界の人々の反応から見てみることが重要です。つまり、CNNテレビニュースの報道内容を素直に受け入れることが必要で大事な事でしょう。

日本では略奪が無い

CNCの米国人キャスターは「略奪」という言葉を出しましたが、それはそれなりの理由があります。米国では同種の自然災害や人為的な騒動が生じた際に、必ずと言ってよいほど被災者側だとみられた人間集団による商店の略奪が起きています。

2005年8月のハリケーン「カトリーナ」が襲った時、ニューオーリンズ市から住民の大多数が市外へと避難しましたが、市内中心部にとどまった一部の人たちが付近の商店へ押し入り、商品略奪する光景がテレビで全世界に流されました。

 広大なスーパーマーケットに侵入して、食物や飲料を片端からカートに投げ込んで走り去る青年。ドアの破れた薬局から医薬品を山のように盗んでカゴに下げ、水浸しの街路を歩いていく中年女性。テレビやラジオなどの電気製品を肩にかついで逃げていく中年男性。色とりどりの衣類を腕いっぱいに抱え、笑顔を見せ、走っていく少女。何かの商品を入れた箱を引っ張り、誇らしげに片手を宙に高々と突き出す少年・・・。他人の財産を奪い、盗むという「火事場泥棒」が当然のごとく表出したのです。
 だが、日本ではニューオーリンズ市の光景は出現していません。

「日本人は、これほど無惨な被害に遭っても、沈着・整然として、静かに復旧作業に取り組んでいる。一体なぜ日本国民はこれほど秩序のある態度を保てるのだろうか」

これが全世界の人々が持つ率直な疑問点となっているのです。日本と他国との文化や国民の意識と価値観には、大きな隔たりがあると思わざるを得ません。この実態判断は「世界から日本を見る」ことから分かり、日本には独自の何かがあるはずと考えるべきでしょう。

日本独自のものとは何か

世界の人々が賞賛する、東日本大震災被災によって示された行動は、日本人が持つ「常識」が顕れたのです。では、その「常識」の中味は何で、それはどこで生まれ、どのように日本人の中に住みついたのか。その検討が必要でしょう。

実は、この検討は「日本人とは」という日本人論考察につながり、そのためには我々の「懐かしい思い出」を呼び起こすことが必要なのです。

その「懐かしい思い出」とは、親から受けた「しつけ・躾」のことです。

日本人は一般的に親からのしつけで「人から後ろ指さされないように」「恥ずかしい事はするな」「体を清潔にしなさい」等を幼少時代から叩きこまれてきたと思います。

このしつけの「し」とは能でいう「仕手」の「し」であり、意図的に行為し振る舞うことを意味し、「つけ」とは行為や振る舞いが習慣化されることを意味しています。

また、このしつけという日本文字は「躾」と書くように、身体に美しいという字を寄り添わせます。古くは「美」という文字に代えて「花」「華」という字を使っていました。

このように「躾」という意味には、内心の美的感覚が含まれており、それは、かつての時代、武士たちは花を賞でつつ、そのつぼみがつき、花開き、咲き誇り、やがて散る運命を自分の生き様に重ね合わし、戦闘で死ぬことと結び付け、その死を「花花しい討死」や「死に花を咲かせる」につなげたいという「日本の武士道」から発しているものなのです。

世界から賞賛される背景には、我々が忘却の彼方にした「武士道」という思いがけないものが存在しているのです。「武士道」検討こそが日本人論考察となり次号に続きます。以上。

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2011年03月06日

日本人は武士道を理解しているか

環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年3月5日 日本人は武士道を理解しているか

ザッケローニ監督が気づいたこと

日本のサッカーはザッケローニ監督就任以後、アジア杯で優勝する等、素晴らしい活躍で国民に明るい話題を提供してくれています。
そのザッケローニ監督が記者会見で語る言葉、なかなか参考になります。

例えば、
① 欧州への選手供給源だったアフリカの立場を「アジアが取って代わりつつある」と分析。
② 日本選手の「俊敏性」「勤勉さ」をチーム強化に生かしたい。
③ 攻撃では「サイドに展開したら、もう別サイドには運ばなくていい。そのサイドで縦へ行け」
④ 日本選手が「荷物を自分で運び、試合後の後片付けまでする。今まで見たことがない」と感心。
⑤ 日本人の武士道を学びたい。
等ですが、この最後の「武士道」発言は大事です。日本人のエートスに気づいたのです。

ボルドー魂

一月は、サンフランシスコ近郊に広がるNAPA VALLEY ナパバレーに行きました。ここはカリフォルニア・ワインの産地として有名で、その名を世界にとどろかせたのは、1976年フランスのワイン品評会(Paris tasting)での優勝でした。

赤ワインはボルドーを押さえ、白ワインはブルゴーニュを押さえ、それぞれ“1番”に輝き、フランスのワインが世界一だと自負しきっていたフランス人の鼻をへし折り、映画にもなりました。題名は「ボトルショック(Bottle Shock)」です。

二月は、パリ農業祭に行き、前号でお伝えしたマンガ「神の雫」に登場する、ボルドーワイナリー女性経営者と会いましたので、ナパバレーで見たアメリカ流ワインマーケティングを伝えますと、「全く興味ありません。当方は家族経営方針を貫くだけ」ときっぱり一言です。彼女は、今年も農業祭ワインコンクールで金賞を獲得、この金賞メダルと「神の雫」を武器にし 加えて上品なフランス式応対話法で、日中韓国に営業に行き成果を上げている姿を見ると、根源に何か「ボルドー魂」といえるものがあると感じます。

最後の忠臣蔵

昨年11月、パリ日本文化会館(Maison de la culture du Japon à Paris)で、日本公開に先立って映画「最後の忠臣蔵」が放映され、パリ在住の若い日本人男性が見に行きました。この男性とは、映画終了後食事する予定でしたので、レストランで待っていましたが来ません。翌日、どうしたのかと聞きますと、映画の最後の切腹場面がリアルだったので、何も食べられず寝てしまったというのです。

そこで、「最後の忠臣蔵」を観てみました。確かに切腹場面は激しく厳しいのですが、食事をとれないほどではなく、改めて彼にいろいろ尋ねてみると、どうも日本で上映されたものと、フランスで事前公開された映画では、最後の切腹シーンが異なっているようでした。フランスの方がよりリアルで、切腹場面の時間も長かったらしいのです。

この映画の制作はアメリカのワーナー・ブラザースなので、海外用は日本版と異なるのかと思いましたが、最後に表示されたタイトル、それが「最後の牢人 ラスト・ローニン LAST RONIN」であったことに興味を持ちました。

ラストサムライ

「ラスト」という表現は、映画「ラストサムライThe Last Samurai」でも使われています。これもワーナー・ブラザース制作ですから、アメリカから見た日本の心・武士道を描こうとした場合の普遍性用語かも知れません。

「ラストサムライ」は2003年の公開、主人公を演じたトム・クルーズのモデルは、江戸幕府のフランス軍事顧問団として来日し、榎本武揚率いる旧幕府軍に参加し、箱館戦争を戦ったジュール・ブリュネで、物語のモデルとなった史実には、西郷隆盛らが明治新政府に対して蜂起した西南戦争(1877年)や、熊本の不平士族が明治政府の近代軍隊に、日本の伝統的な刀剣のみで戦いを挑んだ神風連の乱(1876年)であろうといわれています。

ところで、今話題のソーシャルメディアのフェイスブック、当初、「The Facebook」としていたのを、「The」を取って単に「Facebook」とネーミングにしたことが、今日の躍進につながったという話も聞きましたので、タイトルは重要です。

さて、この機会に再び「ラストサムライ」をジックリ観てみましたが、感じるところ多々ありました。それはアメリカ人が武士道を理解して行くプロセスをストーリー化していることです。トム・クルーズが捕らわれ、武士達と生活を共にして行くうちに、武士階級に根ざしている武士道に興味と関心を持ちはじめ、最後には「無 ノーマインド」感覚までも意識して行く。アメリカ人にとって、理解を超える日本という国を解き明かそうとしているのです。これは今後の武士道研究に役立ちました。

仏トウルーズ大学

パリの農業祭を終えて、フランス南部のトウルーズ大学へ行きました。ここで第二外国語として日本語を学ぶ学生達と、武士道について話し合うためです。

日本語学科の教授が受け持つ授業90分間をいただき、出席学生50名全員に「武士道ということにどういうイメージを持っているか」を尋ねてみました。

回答は「サムライ、刀、自分を見つめるもの、律するもの、七人の侍のようなもの、生き方、考え方、決まりごと、規律、誇り、精神的なもの、戦うでなく人のために働く事、社会全体の規則、ラストサムライだ、武士の新しい関係、日本人の道徳、気遣い、日本人の価値観、生活の哲学、神道・儒教が混じったもの、明治の精神、戦士の誇り、厳格なもの、従うべき法則、世界に日本の価値を見せたかったから新渡戸が書いたのだろう、戦争に通じるもの、人に対する態度、仇討、ナイトの精神、到達したい分野 」

如何ですか。かなり武士道を分かっているような感じが致しませんか。特に「ラストサムライ」を観た人と尋ねると90%が手をあげたように、日本語を学んでいる学生達故なのか、武士道に対する関心は殊の外高いと思いました。

このほかに日本人の女子留学生から「フランスにいると、何かの時に、心の中でぶつかるものがあるが、それが武士道ではないかと思う」と発言したことが印象に残りました。

日本人は武士道を理解しているか

アメリカ人のスティーブン・ナッシュ著「日本人と武士道」(角川春樹事務所)に、「政治家であれ経営者であれ学生であれ、アメリカを訪れる日本人から新渡戸稲造の『武士道』のことを聞かされることはめったにない」とあり、日本人は新渡戸稲造の武士道を理解していないので、話題にしないのではないかと述べています。

また、北野タケシは竹田恒泰(明治天皇玄孫)との対談(日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか・PHP新書)で、「羅生門をはじめ、日本映画で表彰を受けた作品は、絶対に外国に媚を売らない作品ですよ。ときどき勘違いした監督が、紋付き羽織袴姿で外国に行って、ちょっと難しい話になったら『禅』や『武士道』を出せば、外国人を騙せると思っている。だからおいらは外国でインタビューを受けると、日本の監督で『禅』や『武士道』を出すやつは信用するな、何もわかってないんだと言っています」と語っています。

世界のタケシが述べ、アメリカ人も同様な見解ですから、日本人は武士道を理解していないというのが事実ではないでしょうか。

テレビドラマ「遺恨あり~明治13年最後の仇討」

2月26日にテレビ朝日系列で「遺恨あり~明治13年最後の仇討」が放映されました。

このドラマの原作は吉村昭「敵討」(新潮文庫)で、日本の最後の仇討といわれ、秋月藩(黒田長政が開いた黒田藩の分家で5万石、初代は黒田長興、場所は福岡県朝倉市秋月)で実際に起こった事件です。このテレビを観た人から以下の質問がありました。

「主役は臼井六郎ですが、山岡鉄舟が準主役のように扱われています。このドラマを観て仇討というのも武士道の美徳だったなと思いました。いまどき仇討など流行りませんが、日本人の仇討感覚が『死刑』を肯定しているように思いますが、武士道との関係について解説願います」と。

今月16日の山岡鉄舟研究会で「遺恨あり」を取り上げ、武士道と関連つけて考察いたしますが、日本人は「武士道」を正しく妥当に把握しておくことが重要と思います。以上。

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2011年02月19日

情報の区分けが必要

環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年2月20日 情報の区分けが必要

ダボス会議

伊藤忠商事社長の小林栄三社長が、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムの年次総会、通商「ダボス会議」に参加した感想を、日経新聞(2011年2月14日)の「明日への話題」に掲載しました。内容は会議で日本の話題が出たのはたった二つ、ひとつは日本国債の格付けが下がった話、ふたつ目は中国のGDPが世界第二位になったが、一人当たりGDPは日本の10分の1程度だから、まだまだ中国は成長するという話から、日本の存在感はこれほどまでに薄いのかと非常に残念で寂しい気持ちになった。というものです。

ハワイとサンフランシスコから

元プロ野球巨人の選手で、西武と横浜の監督を歴任した森祇晶氏、現在はハワイに在住ですが、以下のコメントをある企業発行の小冊子に掲載しています。「ハワイのニュースは、日本のことより中国や韓国の話題が多くなったように思う。お家芸の家電が日本へ輸入されるようになったことは心配だ。日本という国が縮小しているように感じる」と。

また、先日のサンフランシスコで車を運転してくれた日本人ドライバーが、次のように発言しました。「日本の位置づけが下がっている。外国にいる日本人は、母国が元気でないと元気がでない」と。

サンフランシスコの日本食店

ところが、経済を離れた分野、特に食文化の面では全く異なる現象です。
サンフランシスコの人気レストラン、料理は洋食系ですが、メニューには「シソ、ユズ、ユズコショウ、ユバ、ウメボシ」とあってビックリしました。
テンプラ、ワギュウ、コウベビーフ、クロブタ、ダシ、ウマミ、コンブなども珍しくなくなってきつつあり、ラーメンやイザカヤも当然のごとく人気ですし、寿司はブームを通り越して、すっかり日常生活の中に定着化しています。週末のパーティに日本人家族が呼ばれるのは、持参してくるであろう「ノリ巻き寿司」が目当てだと現地在住日本人女性が語ります。

牡蠣も前号でお伝えしたクマモトオイスターが一番人気で、一番価格が高いのです。さらに、マガキのパシフイックオイスターで「SHIGOK」というブランド牡蠣を見つけました。販売生産者に意味を問うと「それは日本語ネーミングで、とても素晴らしいという意味だ」というので、辞書を見ますと「至極」という「最上・極上」という意味だとわかりました。何でも日本語にすれば売れると思っているようにも感じましたが、これは一月に訪れた台湾でも同じ傾向で、日本語ネーミング商品が店頭に溢れていました。

日本語を学ぶ子供達

昨年11月、パリのアシェット・フィリパッキ・メディア (Hachette Filipacchi Médias、略称アシェット社HFM)を訪問しました。ここはフランスに本社をもつ世界最大の雑誌出版社で、いまや日本の老舗出版社である婦人画報社を傘下に収め、「婦人画報」をはじめ「25ans」や「ELLE Japon」などの雑誌を発行しています。

ここで旅行出版部門の責任者と、日本の温泉ガイドブック出版の打ち合わせをしたことと、責任者と編集長二人の子供が日本語を学んでいて、子供を連れて家族全員で今年春に日本へ旅行するということは、1月5日号でお伝え済みです。

その後ドイツのカールスルーエ市でも化粧品店オーナーにお会いすると、同様に日本語を子供が学んでいるという発言でした。

これらの事実から推察できるのは、今は海外で空前の日本文化ブームというより、日本人気は世界に定着しているのが時流ではないかということです。

評価高い日本のソフトパワー

自国の生産物をブランド化し、付加価値を高く維持し、それを外国に認めさせることを得意としているフランス、そのフランス見本市協会日本代表のジャン・バルテルミー氏が次のように語っています。(日経新聞2011年2月14日)

「今日ヨーロッパでは、日本のファッションクリエーターやキャラクター名と『みそ』や『ワサビ』までもが幅広い世代に知られている。現代日本の建築家やアーティストの国際的評価はとみに高まっている。国内が萎縮しても、日本ブランドは海外のさまざまな分野で力を発揮しているように思う。

在日フランス大使館の2011年のニューイャーカードのビジュアルは、フランスでも高く評価されている漫画『神の雫(しずく)』。これはまさに、日本の現代文化へのオマージュではないだろうか?」と。

最後のオマージュとは、フランス語でHommage「尊敬、敬意、称賛」という意味になりますから、日本文化を褒め称えていることになります。

神の雫

神の雫は、原作:亜樹直、作画:オキモト・シュウによる日本の漫画作品、2004年に「モーニング」(講談社)で連載を開始し、2011年2月現在、単行本は27巻まで刊行されています。ワインの本場であるフランスでも「フランス人にとっても知らなかった知識が出てくるマンガ」だと絶賛され、2009年7月に料理本のアカデミー賞と言われるグルマン世界料理本大賞の最高位の賞である"殿堂"をパリで受賞しました。

この神の雫に登場する女性と昨年のパリ農業祭で出会いました。ワインブースで偶然立ち寄ったところの女性が、自分はマンガ「神の雫」に登場していると発言したのです。最初は英語で「God Shizuku」と発音したので、よくわからずしばらく考えて、そうか神の雫か思い、本当に掲載されているのかと不審気に尋ねると、翌日、自分が登場しているページをメールしてきました。左がマンガ画面、右がモデル女性です。
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何となく似ているでしょう。このワインは、エリゼ宮の晩さん会で使われたワインだと自慢していましたが、今年もパリの農業祭に参加しますので、彼女と出会うことになると思います。因みに神の雫はパリの書店で大量に平積みされています。

情報の区分けが必要

日本という国が縮小している。日本の位置づけが下がっていっている。といような見解は最近よく聞きますが、その内容を分析すれば全て経済分野です。日本が高度成長した時期、人間でいえば伸び盛りの中高校生でしたが、今は成熟した中高年齢期に入っています。

一方、当時は無視されていた中国や韓国、今は経済躍進著しい中高校生期なのですから、経済状況変化は激しく、その変化が世界に与える影響は大きいので、マスコミが競って報道するのです。人間社会は経済中心ですから当然の事です。

だが、人間生活は一人ひとりの生き方が基本で、生きるための基本要件として安全・安心・教養・食品・環境・長寿というような分野での熟成度が求められます。

実は、この分野で日本は世界で断トツなのです。長い歴史と伝統で培われた文化が、ソフトパワーとして多くの国から迎えられ、私が出会う各国の人々は、その事実を語るのですが、その事はマスコミには出ません。

何故なら、マスコミとは変わったこと、珍しいことを報道するのが商売なのです。ところが、人々の生活・生き方に根ざしている日本の影響については、ジワーと入っていくものであり、急激な変化でなく、数字で判定できるものではないので、マスコミ材料としては不適切ですので、あまり伝える事に熱心ではないのです。

ですから、情報の受け手である我々が、マスコミの立場を知った上で、情報の区分けをして受けとめるべきなのです。これがソーシャル・メディア時代の情報処理の基本です。以上。

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2011年02月07日

YAMAMOTO・レター

環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年2月5日 三国一の花嫁

三国一の花嫁とは

広辞苑を引きますと、三国一とは室町時代の流行語で、日本、唐土(中国)、天竺(インド)にわたって第一であることとあり、多くは嫁入りや婿取りの場合に祝辞として用いたとあります。つまり、三国一の花嫁とは「世界一の花嫁」という意味になり、これを先日のアメリカ・シアトルで体験し、日本について考えさせられました。

シアトルの山下英一さん
昨年9月に出版した「世界の牡蠣事情」のシアトル編で、訪問したオイスターバーのシェフから「日本の牡蠣を最初に持ってきたヤマシロさんを知っているか」と聞かれ「知らない」と答えたヤマシロさんが、その後、ひょんなきっかけでシアトル在住の「山下英一さん」と判明しましたので、先月にお詫びかたがたご自宅を訪問いたしました。
シアトル市内の静かな住宅地の角のお宅、ドアをノックすると笑顔の山下英一さんが現れました。1923年生まれですから現在88歳。驚くほどに明瞭な発音で日本語を話します。奥様も小学校でピアノを弾くボランティアをしていて、同様に明確な日本語です。
シアトルに日本の牡蠣を持ってきた最初の人物は「世界の牡蠣王」と呼ばれた宮城新昌氏(1884-1967)で、山下さんの父上が宮城新昌氏から学び養殖業を始め、英一さんが後を継いでいたのですが、第二次世界大戦で日本人は強制収容所に入れられ、養殖業は中断するなどのご苦労話をお伺いしました。

オイスターバー
山下家でいろいろお話をお伺いした後、山下ご夫妻とオイスターバーに出かけました。82歳の奥様が運転されるのには驚きましたが、英一さんも毎日牡蠣養殖場に車で行くという現役にもまたビックリです。
オイスターバーに入りますと、シェフが飛んできます。山下夫妻はシアトルでは有名人なのです。勿論、牡蠣一筋の業界人として知られているのですが、それよりもご夫妻の人間性です。人柄が慕われていることが分かり、日本人として山下ご夫妻を誇らしく感じました。このオイスターバーで食べた牡蠣は、勿論、山下さんの牡蠣で、地元のワシントン州のドライな白ワインとのミックスに満足いたしました。

クマモトオイスターが一番人気
ところでオイスターバーでも、シアトル市民や観光客が訪ねるパイク・プレイス・マーケットでも多くの新鮮な牡蠣が並んでいます。
牡蠣は日本のマガキが主流で、アメリカではマガキをパシフイックオイスターと呼称し、養殖している海域ごとにブランド名をつけて販売しています。しかし、もう一つ「クマモトオイスター」という小ぶりの牡蠣があり、これは勿論、日本の熊本生まれ牡蠣で、この方がパシフイックより二倍近い価格で売られているように、アメリカでは一番人気です。
写真はパイク・プレイス・マーケットのクマモトオイスターです。
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地元の新聞が報じたクマモトオイスターのすごい人気
クマモトオイスターの人気が素晴らしい事を、サンフランシスコの新聞クロニクル紙が報じました。(2002.4.28)
「サンフランシスコにおける生牡蠣は、どこでもクマモトはトップセラーである。このクモ(クマモトの愛称)現象はベイエリアだけに限られない。ロサンゼルスからシアトルにわたる全西海岸のオイスターバーでクモの人気は沸騰している。カリフォルニア、オレゴン、ワシントンの養殖場から仕入れられたクマモトは、シカゴのショウズ・クラブハウスでは週に800個、マンハッタンのグランドセントラルにあるオイスターバーでは日毎に数百個も売れている。更に、アジアやヨーロッパまで輸出されている」
 この実態は年々高まっていまして、クモは今や人気トップの牡蠣ブランドになりました。

クマモトオイスターの養殖場
クマモトオイスターの養殖場現場に行くため、アメリカで牡蠣販売最大手のテイラー社に向かいました。ここで社長からクマモトオイスターと合うワインのコンテストを毎年開き、今年も開催する、というようにクマモト人気ぶりを確認し、いよいよクマモトオイスターの養殖場に向かいました。養殖方法は日本と違い、海底に地撒きするスタイルですので、海の干潮時でないと実態が分からないので、潮の引く夕方、もう少し暗くなりかけたタイミングに海に行ったのですが、案内役はワシントン大学のジョス・デービス準教授で、テイラー社の指導も行っている、熊本県の海まで調査に行った人物です。
クマモトオイスターの養殖場は素晴らしい景観でした。正に牡蠣養殖場として絶好の自然条件です。湾奥深く位置し、三方を森に囲まれ、一方から外海につながり、かつてはインデイアンの漁獲場だったところで、熊本から嫁入りする場所としては最高のロケーションであり、とても大事に扱われている実態に感激しました。その夕陽の情景写真です。台湾・シアトル・SF2011.1 038.jpg

ところで日本の熊本ではどういう状況か
このようにアメリカ中で人気沸騰のクマモトオイスター、実際の生まれ故郷である熊本ではどういう状況なのでしょうか。前述のワシントン大学のジョス・デービス準教授が
1997年に熊本の海を訪ねていまして、彼の感想は「熊本の現実はとても悲しい」と歎きの一言で、熊本の海で撮影した写真をこちらに渡してくれました。
左が岸壁に蔓延っているクマモト牡蠣で、右は彼が岸壁から採取しているところです。


kummoto oysters on wall.jpg
pure Kumamoto oyster.jpg

アメリカでは三国一、日本では無視
日本は観光大国を目指し、2008年10月に観光庁が発足、2010年6月経済産業省に「クール・ジャパン室」を設置、日本の戦略産業分野である文化産業の海外進出促進、国内外への発信や人材育成等に強化をしています。その成果か、昨年の訪日外国人数は過去最高の861万人となりましたが、日本の多様な魅力を考えると、もっと多くの外国人が訪れる国にすべきでしょう。それへの対策として温泉ガイドブックの世界50カ国書店への配架プランを、既に観光庁に提出しています。
しかし、今回、アメリカで熊本生まれの牡蠣が「三国一の花嫁」として、大事に受け入れられ、アメリカ一の人気ブランドになっている実態を再確認した反面、生まれ故郷の熊本では誰も見向きせず、養殖する人もいなく、市場に出回らず、日本人は一切食べないという無視された姿、この日米格差をどうのように理解したらよいのか。理由はいろいろありますが、日本人は自国の財産を知ろうとしていないのではと思わざるを得ません。以上。

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2011年01月21日

 日本経済に対するスタンスを定める

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年1月20日 日本経済に対するスタンスを定める

2011年の日本経済見込み

1月ですから日本経済を考えてみます。まず、新春3日の日経新聞に掲載されたエコノミスト15人による実質経済成長率平均は、2010年度が3.3%、2011年は
1.2%となっています。次に世界銀行が1月12日に発表した世界の実質経済成長率見込みでは以下のように、2010年度は日本の方がアメリカよりかなり高めとみています。
           2010年   2011年
      世界    3.9%    3.3%
      日本    4.4%    1.8%
      米国    2.8%    3.3%
      中国   10.0%    8.7% 

昨年10月時点での日本経済見込みは足踏み状態だった

昨年10月の日本政府月例経済報告内容では、次の景気判断をしていました。
「日本経済は、リーマン・ショックから立ち直り、2009年4月から回復を続けていたが、その歩みがいったん止まった『足踏み状態』である」と。
では、その足踏み状態はいつまで続くのか。エコノミスト15人による予測では以下の通りとなっています。
エコノミスト回答.JPG

10月が底と予測する

上のグラフから見ると、全員が今年に入ってから踊り場脱却と見ています。しかし、鉱工業生産指数推移から判断しますと、既に昨年10月が底であったと思われます。
鉱工業生産指数とは、鉱業または製造業に属する企業の生産活動状況を示すもので、一般に鉱工業の国内総生産に占める割合が高く、経済全体に及ぼす影響も大きいことから、経済分析上重要な指標となっています。この鉱工業生産指数2005年度を100として推移を見ますと、09年6月が前月比△1.1%、7月△0.2%、8月△0.5%、
9月△1.6%、10月△1.9%と連続してマイナス基調でした。ところが、11月の鉱工業生産指数は一転して+0.9%と上昇し、12月見込みでもプラス、その後もプラスが続くと見込みますから、昨年10月が底であったと判断した次第です。

プラスとなった背景

この鉱工業生産指数がプラスとなる要因は、すそ野の広い経済全体に影響力の強い、自動車産業の今後の見込みからの判断です。自動車生産計画が11月+5.4%から始まって毎月プラスの生産となっているからです。(出典:自動車産業ニュース)
また、このプラス要因を探ってみれば、それは中国の自動車販売台数が09年7月を底として急速に改善増加に変化していることが挙げられます。

さらに、日本の昨年10月輸出実績構成比を見ますと、アメリカ向けが15.5%ですが、中国・香港は25.9%となっているように、中国への輸出がアメリカをはるかに超えているのが実態ですから、中国の動向如何が日本経済を左右しているのです。

2011年の経済見込みを検討して実務的に意味があるのか

ところで、以上のように日本経済の2011年予測をして、何か実務的に意味があるのか。つまり、単年度の経済予測を根拠に物事を判断し、行動してよいのかという素朴な問いかけを皆さんにしてみたいのです。という意味背景は、従来の日本経済体質と現在では、明らかに大きく異なっているからです。

思い出してみれば、80年代、90年代前半、諸外国から指摘されたことに「日本は内需主導経済に切り替え、輸出頼みの経済を修正すべきだ」という見解が多くなされました。

しかし、今では諸外国からこのような指摘はなされないし、政府・日銀の景気回復シナリオでも、先ず輸出の伸びだということになっていて、周りの国々をみても、輸出で経済かさ上げというのが各国の潮流となっています。いつの間にか、輸出に頼るのはよくないという議論でなく、輸出に頼らないかぎり立ちいかなくなるという状況に、日本を含む世界中が変わっているのです。特に日本の場合は、内需主導型経済成長は実現不可能ということを、内外当局者が暗黙の了解事項としていると思います。また、この了解実態への分岐点は、今から約15年前の平成7年・1995年であったと思います。

今後の日本経済をどう考えるか

日本の生産年齢人口(15歳から64歳)の過去最高記録は、95年の8718万人でした。だが、それから減り始め、平成20年・08年は8230万人となって、マイナス488万人減となって、これからも減っていきます。

この結果は名目GDPの推移に現れています。95年が495兆円で、人口が減り始めても、その年に直ちに減少せず、97年515兆円と増加しましたが、99年には497兆円と減り、09年は474兆円となって97年対比実額で41兆円減少しています。

要するに、人口減から需要が膨らまない一方、供給サイドは規制緩和もあり、数が増え、淘汰されずに温存されていくので、需要と供給のバランスが悪くなり、価格に下落圧力が加わってデフレ基調が定着し、既にビール、牛乳、ファミリーレストラン、書籍雑誌の販売額が減ってきており、今後は食べ物や衣類の需要に影響していくように、長期トレンドとして人口を基本に日本経済を考えれば、国内要因でのGDPは増えないと考えます。

経済成長率を上げるのは、他国状況で変わる輸出だけが増加要因ですから、日本国内の経済成長率を一年や二年を区切ってどうこうだと分析しても、あまり意味を持たないのではないかと思うのです。

そこで、その年に予測された日本経済成長率が、どのような数値であろうとも国内は今まで同様「程々・ぼつぼつ」だと受け止め、あまり大騒ぎしない方がよいと思っています。

自分のスタンスを明確にすること

それより、今の日本経済に対する立場を、一人ひとりが明確にした方がよいのではないかと思います。その立場を整理すれば次の二つでしょう。

A.今の日本経済でよいと考える立場⇒失業率は5%と安定、平均寿命は世界最高水準、犯罪率や殺人率も低く、所得不平等は国際的に見て低い等、諸外国に比べて見れば優れているのですから、今のままでよい。

B.そうではなく、あくまで日本経済を成長させるべきだという立場⇒この場合は①人口減に歯止めをかける、②輸出を増やす、③国内企業の工夫によって需要を増やす、の三方向となり、このどこに皆さんが位置するかで「戦略・戦術」展開が異なります。

Bの対策方向性
① 人口減に歯止めをかける⇒直ぐに可能なのは移民を増やすことですが、これは日本人自身に内在する意識問題が最大のネックで実現困難です。少子化対策と観光客増加が有効策で、この方向性に向かうしか戦術はないでしょう。

② 輸出を増やす⇒今は世界中で輸出競争している時代。今までは企業の海外輸出比率は50%超が目標数値といわれていましたが、キャノン、コマツのような優良企業を見ると80%という体質で、ターゲット地域を新興国にする事がポイントです。

③ 国内企業の工夫によって需要を増やす⇒人口減ではかなり難しい分野です。その難しいという前提の上での検討です。需要を増やすためにはどの方向性・分野を狙うかという「戦略」の策定と、その戦略に基づく「戦術」展開です。つまり、他人が行っていないアイデイァ・工夫という創造性が必要条件で、時代とのマッチングも大事ですが、その際の採算性は重要チェックポイントです。次に、仮にその新しさが成功したとしても、すぐに模倣され新しさがなくなりますから、次なる創造性を発揮するというあくなき創造性の継続を、あきらめずに繰り返し、繰り返し行動するという、執拗な努力が絶対に必要でしょう。

  年初め初心に戻り、日本経済へのスタンスを自ら決める必要があると思います。以上。

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2011年01月06日

日本を情報編集して再発信する

環境×文化×経済 山本紀久雄

2011年1月5日 日本を情報編集して再発信する

新年明けましておめでとうございます。本年もご愛読の程お願い申し上げます。

観光庁への提案

昨年9月20日号のYAMAMOTOレターで、世界の書店に配本ルートを持っている欧米の出版社から「日本の温泉ガイドブック」を刊行するための企画書をもって、近く観光庁に提案に行く予定ですとお伝えしました。この件は昨年12月末に霞が関の観光庁に出向き「世界50カ国の書店に配架する」計画書を提案して参りました。その際、観光庁の担当官と日本文化の捉え方について議論しました。計画の実施是非回答は後日になります。

アシェット社訪問

昨年11月、アシェット・フィリパッキ・メディア (Hachette Filipacchi Médias、略称アシェット社HFM)を訪問しました。ここはフランスに本社をもつ世界最大の雑誌出版社で、いまや日本の老舗出版社である婦人画報社を傘下に収め、「婦人画報」をはじめ「25ans」や「ELLE Japon」などの雑誌を発行しています。

パリの本社は元日航ホテルの隣ビルですが、ここで旅行出版部門の責任者と、アシェット社が世界50カ国で展開している旅行ガイドブック、ブルーガイドですが、この編集長と日本の温泉ガイドブック出版について打ち合わせしました。

私が説明する趣旨、話し終わるとよくわかると大きくうなずきます。これにビックリしました。世界的な大出版社が前向きに好意的に了解したのです。

その理由をいろいろ話し合っているうちに分かってきました。フランスでは空前の日本文化ブームであり、これは世界共通になりつつあると認識していることです。日本文化が世界の時流なのです。

さらに、旅行出版部門の責任者と編集長の二人の女史とも、子供が日本語を学んでいるといい、子供を連れて家族全員で今年春に日本へ旅行するというのです。

もう一つの国際標準化

今まで日本が展開してきた「国際化」とは、外国で国際標準になっているものをとりいれるか、外国に勝る技術を開発し、それを国際標準化しようとするものでした。これに対し「グローバル化」とは国際標準化レベルに、相手国の市場実態を加えることであると、サムスンの事例をもって昨年末レターでご案内しました。

しかし、もう一つ国際標準化という意味で、考えられることがあります。それは昨年9月来日し、一緒に「日本のONSENを世界のブランドへ」シンポジウムを開催した、リオネル・クローゾン氏発言の「温泉街には欧米にない異文化がある」という発言です。

この発言の意図は重要です。今までの温泉業界は、外国人に「合わせる」ことを考え、外国人に「すり寄っていく」という考え方が多かったのです。

しかし、クローゾン氏の発言は、この考え方を真っ向から批判しているのです。今のままでよい、そのままの温泉が魅力だという主張です。

日本人は戦後65年間、アメリカから様々な価値観を押し付けられたと感じている人が圧倒的に多いと思います。しかし、アメリカ人から見ると、確かに押し付けてはきたが、そういうことになったのは日本人にも大いに問題がある。日本人は「自分らが何ものであるか」について、隠しているのではないか、それとも現代の日本人は他者に知らせるべき自己を持たないのではないか、という指摘をされているのです。(「日本人と武士道」スティーブン・ナッシュ著)

この指摘の背景には、クローゾン氏の発言との同質性があります。自国の文化や社会や歴史を正しく語ろうとしないのが日本人だ、という本質的な指摘であり、逆に考えれば外国人は「日本は素晴らしい魅力がたくさんある国だ」という認識を持っていることになります。

問題は、この事実を受けとめ「世界に向けて情報化」編集する能力を発揮していない日本側にある、と考えるべきと思います。

子供が日本語を学ぶという意味背景

その日本に魅力があるという事実を、アシェット社の幹部二人の子供が、日本語を学んでいるということから理解できます。

欧米の子供たちは、日本のマンガを翻訳された言語で読むうちに、我々が気づかないところ、そこに日本の魅力を直感的に感じ、それを知るためには今の日本からの情報発信では不十分だから、直接に日本に行き日本語で尋ね知りたい、という欲望があるからと思います。

つまり、日本には、欧米とまったく異なるものがある故だと思わざるを得ませんが、この事実を日本人は分かっていないと、これまた思わざるを得ません。

坂の上の雲

NHKで放映されている「坂の上の雲」、制作の西村与志木プロデューサーが、ホームページで次のように語っています。

「司馬遼太郎氏の代表作ともいえる長編小説『坂の上の雲』が、完結したのは1972(昭和47)年とのことです。それ以来、あまたの映画やテレビの映像化の話が司馬さんのもとに持ち込まれました。無論、NHKのドラマの先輩たちもその一人でありました。しかし、司馬さんはこの作品だけは映像化を許さなかった、というように聞いています。
『坂の上の雲』が世に出てから40年近い歳月が流れました。そして、今でもこの作品の輝きは変わっていません。いや、むしろ現代の状況がもっとこの作品をしっかり読み解くことを要求しているのではないでしょうか」と、今が絶妙のタイミングだと自負しています。

司馬遼太郎の作品は翻訳できない

「日本辺境論」(内田樹著)に「日本を代表する国民作家である司馬遼太郎の作品の中で現在外国語で読めるものは三点しかありません。『最後の将軍』と『韃靼疾風録』と『空海の風景』。『竜馬もゆく』も『坂の上の雲』も『燃えよ剣』も外国語では読めないのです。

驚くべきことに、この国民文学を訳そうと思う外国の文学者がいないのです。いるのかも知れませんが、それを引き受ける出版社がない。市場の要請がない」と述べ、続いて「あまりに特殊な語法で語られているせいで、それを明晰判明な外国語に移すことが困難なのでしょう」とありますから、日本で最も有名な国民作家が、外国では全く無名というのが事実でしょう。

さらに、渡辺京二(選択2011.11)は、司馬小説は「小説としての『スカスカ』度は増していき、『坂の上の雲』に至っては『講釈が前面に出て小説はどこか行方知らずになってしまった』と断じ『司馬という作家から小説の提供を欲するもので、歴史に関する講釈を聞きたいのではない』とも論断しています。

今まで司馬遼太郎批判は、出版界でタブーでしたが、グローバル化という視点から検討すると、様々な解釈がなされ始めているのです。

村上春樹は国民文学でなく世界文学

村上春樹の「ノルウェイの森」が映画化されました。早速に満員の映画館で観ました。配役は全員日本人で、日本語ですが、監督はトラン・アン・ユンというベトナム系フランス人で、脚本も彼が担当しています。

村上春樹という人物は、東京の街中を歩いていても、殆ど誰にも気づかれない存在だと、自分で語っているように地味な風采らしいのですが、村上小説の物語は世界中から受け入れられていて、今や最も世界で読まれている日本人作家であり、数年前からノーベル賞有力候補者といわれています。

村上本人も、日本のマスコミを避けている節が強く、日本のマスコミには殆ど登場しないのですが、時折、外国でインタビューされた内容が雑誌に出ます。昨年の8月は、ノルウェイのオスロで村上作品を紹介する「ムラカミ・フエスティバル」に出席した際の講演会入場券が、わずか12分で完売となったこと、これは他の文学イベントでは想像できない勢いだとノルウェイ最大の新聞「アフテンボステン」がインタビュー記事とともに報道しました。

村上小説には、日本人のみが登場し、日本のみが舞台なのに、今や日本の国民文学ではなく、世界文学になっているのです。つまり、村上は「世界に向けて情報化」編集を行った結果、国際標準化レベルを創り上げ、それに基づいて物語を書いているのです。

日本を情報編集して再発信する

観光庁の担当官に伝えたことは、日本の温泉を村上春樹流に編集し発信すべきということでした。

現在、平成の開国が必要だと考えている日本人が多いのが事実ですが、一方、外国人から見た日本は魅力に溢れているにもかかわらず、それを外国に向けて発信していないという指摘があるのですから、情報面での開国は滞っています。村上春樹から学ぶべきでしょう。以上。

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2010年12月20日

国際化とグローバル化(後)

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年12月20日 国際化とグローバル化(後)

舛添要一氏の発言

12月16日に新党改革代表の舛添要一氏の講演を聞きました。東京大学卒業後ヨーロッパに留学、パリ大学現代国際関係史研究所やジュネーブ高等国際政治研究所の客員研究員などを経ています。なかなか鋭い内容でした。私が印象に残ったのは次の二つです。

一つは、厚生労働大臣時代に、後任の長妻昭前大臣が細かい、さしたる重要性のない議員質問を連発し、そのために国会に足止めされ、海外からの諸会議出席要請を殆ど断らなければならなかった事。これは大臣が海外出張出来ないシステムで問題だと思いました。
もう一つは、日本の家電メーカーが、サムスンに「束になってかかっても敵わない」実態に陥っているという事実認識でした。政治家もサムスンについてよく承知しているのです。

ドイツ・カールスルーエにて

11月末のドイツ・カールスルーエの街は雪で、マルクト広場のクリスマス・マーケットも白く、市電も寒そうでした。その様子が新聞に出ましたので写真を紹介します。
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写真の市電は街中を縦横に通っていて、タクシーが必要ないほど便利で、宿泊したホテルからは滞在中の期間、無料カードが提供されます。ということは東京のようなSuicaスイカシステムではないということです。
この街に先日JR東日本が訪れSuicaの説明会を開き、そこに出席していたカールスルーエの関係者から、説明会場全体の雰囲気が「よくわからなかった」という状況だったと伺いました。市電カードで慣れている地元の人々には、見たことがなく、初めて聞く先端システムのSuicaは理解できなかったのです。これを聞き、改めて、日本の問題点を痛感しました。

バーデン・バーデンにて

ドイツでは雪の中バーデン・バーデンにも参りました。バーデン・バーデンとは温泉を意味するバ-デンという名を二つ持つ「温泉の中の温泉」であり、世界でもっとも有名な温泉地であると共に、今や「温泉と観光・文化とコンベンションの街」という総合観光都市に発展している人口5万人の街です。

2009年3月には、アメリカのオバマ大統領が、ここでメルケル独首相と会合し、マルクト広場から市役所、オ-ス川を渡りカジノ前まで散策したように、ここは「ドイツが誇る美しい街」として評価されています。そこで、この街を取材するため、小高い丘の中腹の元は城と思われる観光組合を訪れ、組合長の女性から説明を受けました。彼女のオフィスは、二方向に窓が大きく開かれ、バーデン・バーデンの街並みが見渡せ、その窓を背景に大きいコの字方デスクを配した、大きくて素晴らしい環境でしたが、最も感じ入ったのは彼女から発する「この街が本当に好きで愛している」という情熱説明でした。

その説明で、この街の魅力を十分に理解したと考えましたが、把握した内容が、彼女の情熱説明と合致しているだろうか、受けとめ方にズレがないだろうか、その点を確認しようと、こちらの認識内容を伝えました。
「バーデン・バーデンの温泉を健康と理解し、観光・文化を歴史文化と理解し、コンベンションを経済とすると、この三要素のバランスがとれている街で、そこを貫くコンセプトは『エレガンス』でないか。つまり『エレガントなバランス』がこの街のコンセプトだ」と。
彼女が大きく頷きました。これで双方理解が一致したので原稿を書き終えたところです。

日経新聞社の企業総合評価

12月9日の日経新聞一面は「企業総合評価NICES」の報道でした。一位キャノン、二位ホンダ、三位武田薬品で、企業評価上位の常連であった三菱商事は19位、トヨタ自動車は25位、日産自動車は27位、銀行の順位は探すのに苦労するほどの位置づけです。

解説に「過去半世紀の米国を引っ張った『株主価値の最大化』は曲がり角にある。近視眼的な株高経営を反省し、ジョンソン・エンド・ジョンソンやプロクター・アンド・ギャンブルの安定経営を再評価するのが、今の米国だ」とあり、「顧客は何を求めているか常に真摯に考え、自らの社会的意義を問う組織が持続的に安定した利益を上げられる」と述べています。

これを読み、ようやく日経新聞も「世界から日本を見る」という立場になったなと理解しました。というのは、今までは利益額とか規模とか投資額で企業を評価していたのが「顧客が何を求めているか」を重要な評価基準とし、その「顧客」という存在を「世界の顧客」と受けとめ、積極的に活動しているグローバル化企業が上位になっていたからです。

サムスンの改革

実は、サムスンが日本企業に先駆けて、いち早く改革したのは、この「世界の顧客が何を求めているか」であり、その顧客の主力を経済成長躍進著しい「新興国」においたことです。

サムスンが本当に改革しようと覚悟したのは、1997年7月のタイから始まった「IMF危機」でした。IMF(国際通貨基金)の支援を受けなければならないほどのショックが韓国経済に走ったのです。GDPは四割減になり、IMFからは「お金を借りたいなら生活を切り詰めろ」という国家として屈辱的な指示を受けざるを得ない状況で、給料は三割、四割カットが当たり前でした。

この「IMF危機」を契機としてサムスンは考え抜きました。技術力では日本企業に敵わない。しかし、日本に対抗し、追い抜くには、技術力ではない、別の何かがあるはずだと。

自らの弱点を克服する方法として、相手の強みである日本の技術力に対抗するのではなく、日本企業が手抜かりしている方向に目を向けたのです。ここがサムスンの逞しいところです。

それは「技術の使い方」の工夫です。技術があっても、その技術が「顧客の求めるレベルと異なっている」場合は、その技術力は効果が発揮しません。そこで採用した戦略は「顧客が求める技術に変換して提供する」ということ、つまり、新興国のレベルに対応した技術力の製品づくりに特化したのです。ということは、日本の技術力から、新興国の生活水準では進み過ぎている先端技術をふるい落とし、削り、カットして行くということになります。

具体的にいえば、あまりに優れている日本製品を解体し、分析し、該当新興国にとって不必要な技術部分を取りはずし、その国の顧客にふさわしい商品につくり直し、それを投入していくという戦略を採用しました。うまくて、ずるい方法です。

ただし、この戦略を成功させるために必要不可欠条件は、ターゲットになる国の情報について、そこに住
む人と同じか、それ以上に精通しなければいけません。

そこでサムスンは、「地域専門家」の育成に全力を注ぎました。情報収集のスペシャリスト人材の育成です。その人材によって、その国と地域の情報を徹底的に集め分析し、それに合わせた技術力に修正し、その国の「顧客が何を求めているか」に対応した商品づくりを実行したのです。孫子兵法の「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」の実践です。

考えて見れば当たり前のことで、サムスンの成功はセオリー通りに展開した結果です。

日本が対応すべきこと

優れた技術力を持つ日本企業が「束になってかかっても敵わない」という舛添発言の背景は簡単でした。だがカールスルーエのSuicaの事例はこの対応が未だしという証明です。

全ての物事は相手との対応力で成否が決まります。そこで相手が「何を求めているか」を常に問う姿勢と実践が重要です。今迄の日本の国際化とは、外国に勝る技術力を開発する事に特化していました。

グローバル化とは、この国際化レベルに、相手国の顧客視点を加えることだというサムスンからの教示、これは企業と個人にも該当する成功セオリーです。以上。

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2010年12月05日

2010年12月5日 国際化とグローバル化(前)

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年12月5日 国際化とグローバル化(前)

パリのデザイン企業

パリの6区、このエリアはサン・ジェルマン・デプレ教会があって、セーヌ川にも面している地域。その一角の細い迷路みたいな路地を通って、ひとつの古びた石造り建物の前に立ち、重いドアを開けて中に入ると、そこは中庭で意外に明るいスペースが広がっていました。

中庭に面した通路の突き当たりのドアを開けると、まだ若いフランス人男女が日本式と思えるぎこちないお辞儀をします。握手の前に頭を下げるのを見て、これは日本に関心高いなと思いました。

会議室に入ると、テーブルが部屋の角から対角線に置かれています。日本はどこに行っても壁と直角に、スクウェア四角直線的な配置でテーブルが並べられていますが、フランスはどこでも斜めスタイルで、ここに国民性と文化性が現れています。

企業変革した結果

社長が挨拶しながら出てきて、気負いなく静かに自社の状況を語り出しました。
「印刷業から15年前にIT企業に変革させ、インド企業を買収し、そのインド企業が日本の大都市からITシステムを受注したので、来春日本に行く」と。

ほおーと思い、どういうシステムですかと質問すると、自分でパソコンを開いて「例えばエクセルだが、今まではインプットと図表作成が時間差作業だった。今回のシステムは同時に同じ画面に配置できるので、スピードと見る側へ働きかける感度が全く違う。これを様々な分野で活用できると、日本の大都市が目をつけたのだ」と語ります。

そこで現在、私が課題にしていることを伝えると、すぐに次回パリに来るまでに作業しておいて提案すると言います。今までのフランス型商売は、必ずお金を受け取ってから作業に入るのが常でしたから、これには驚きました。無料で提案するというのです。

さすがに時流をつかんでいるベンチャー企業は違う、ということを現場で認識し、フランスでも時代が企業をドンドン変えていくということを感じました。

サムスン電子

シャルル・ド・ゴール空港からパリに車で入るには、必ず環状高速道路を通過して市内に入りますが、その環状高速道路に入るポイントのビル屋上には、昔から企業名の電飾看板があります。

つい、10年前までは日本企業名が電飾看板として目立っていました。ところが、今はサムスンです。少し離れたビルにはLGです。また、世界中の国際空港で見るテレビもかつては日本製でしたが、現在はサムスン製に代わっています。

サムスンは今や韓国GDPの15%も占める規模にまで成長したのですが、どうしてこのような状況までに躍進したのでしょうか。それを今号と次号で検討してみます。

どうして日本企業を追い抜いたか

サムスンの経営実態については「危機の経営」(畑村陽太郎+吉川良三著 講談社)に詳しいのですが、先日、吉川良三氏のお話を聞く機会があり、改めて同書を読んで感じたことをご紹介したいと思います。詳しくは同書を参考に願います。

ご存知のように、かつての韓国企業は日本の技術を導入するだけの製品づくりで、世界の市場では常に日本の後塵を拝していました。

この状態から脱皮したい、サムスンの経営を改善させたいと、会長の李健熙イゴンヒ氏が「妻と子以外はみんな変えなくてはいけないと思っている」という強靭な想いから改革を進めました。

まず、最初に打った手は

李健熙会長がはじめた方法は当たり前とも思えることからでした。
まず、グループの幹部を引き連れてドイツ、日本、アメリカなどの先進国を訪れ、グループの事業や他企業の様子を視察しながら、サムスンをどのように変えるべきかの話し合いを、その現地で行ったことです。

これは明治維新の際、日本が採用した伝統的な手段です。明治4年11月12日(1871年12月23日)から明治6年(1873年)9月13日まで、日本からアメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国に派遣された、岩倉具視を正使とし、政府のトップや留学生を含む総勢107名で構成された使節団のことです。
政府のトップが長期間政府を離れ外国を訪れるというのは異例でしたが、肌で西洋文明や思想に触れたという経験が、彼らに与えた影響は大きく評価され、留学生も帰国後に政治、経済、教育、文化など様々な分野で活躍し、日本の文明開化に大きく貢献しました。

これと同じことをサムスンは1993年に行ったのです。改革の前に先進国・先人から学ぶというのは、時代が変わっても、常に変わらないセオリーなのです。

他社製品との客観的評価の実施

次に、改革に取り組むには自社の実力を客観的に評価する。これが重要な前提条件であり、改革を始めるためのセオリーです。

そこでサムスンは、自社製と日本製のテレビを見比べました。外見はさほど変わらないものの、カバーを外して中を見ると、その差は歴然でした。日本製のテレビは部品や配線が無駄なくきれいに整って並んでいるのに対し、自社製のものは、部品も配線もごちゃごちゃでした。それを見た会長は「こんなものしかつくれないなんて、今まで何をしてきたのか」と激怒したのです。

その次にはデザインの評価です。何人かの幹部と共に、自社製と日本製のテレビを見比べるよう、メーカーのロゴを隠して状態で、自分が買うとしたらどちらを選ぶかを幹部に聞いてみると、その場にいる人たち全員が日本製を選んだのです。こうやって自社の評価を客観的に算定していきました。

韓国人の国民性の是正

冒頭のフランス企業のテーブルの配置の仕方、これは国民性でフランスの文化性です。
隣のドイツ企業にもよく行きますが、ここでは日本と同じくスクウェア四角直線的な配置でテーブルが並べられています。隣国でも国民性と文化性が全く異なるのです。

同様に韓国にも根強い国民性・文化性があります。それは「個人主義」ということです。

日本ではチーム制で仕事するのが常識ですが、韓国では深く根ざしている個人主義のため、サムスンのエリート幹部は格下と見ている現場には行きたがりません。現場を軽視し、現場を把握しないで仕事をする傾向が強いのです。

個人主義には別の問題もあります。個人主義は自分の非を認めると、すべての責任を個人がとらなければならなくなるので、これを避けるために、上司から指示されたことしかしないということになりがちです。
また、失敗した時には、「環境が変わったのでうまくいかなかった」「他の組織が協力してくれないから仕事が進まない」というような責任転嫁を平然と行うのが普通です。

このような国民性と文化性によって発生するもの、それがグローバル企業になろうとするときには大きな弊害となります。このような韓国人の実態を日本人はよく把握し、韓国と取引や交渉を行うことが必要でしょう。サムスンの事例を自らの教育にすることです。

日和見主義

韓国の企業では、日本のような定期人事異動はありません。異動があるのは、あるレベル以上の役員と、その部門に問題が起こった時だけです。

しかし、その異動が発生すると、つまり、上司が変わると、それまでに仕事の方針や仕方が大きく変わります。これは日本でも同様ですが、日本より振幅が大きいのです。
そのように上司の異動は、自分の仕事の大変化を意味し、そこに個人主義ですから、変化によって自分が損を被らないことを常に考えていますから、上司の異動の噂が出回ると、途端に部下は仕事をしなくなり、その部門の動きがすべて止まってしまう、というような事態が多く発生するのです。

これらの国民性と文化性を変えさせたもの

では、サムスンはこのような問題ある国民性と文化性をどのようにクリアしていき、世界のトップになったのか。最大のピンチをチャンスとした改革ポイントは次号です。以上。

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2010年11月20日

フランスに学ぶブランド化戦略(後)

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年11月20日 フランスに学ぶブランド化戦略(後)

パリ農業祭の牡蠣審査会場に入る

前号ではパリ農業祭で、牡蠣審査会場に入ったところまでお伝えしました。このように農業祭の審査の様子をお伝えするのは、今まで誰も行っておらず、日本初のことからです。何故なら、日本では同様全国レベルの生産物審査会が存在していないからです。

さて、審査室に入って全体を見回しますと、牡蠣は17テーブルが審査席で、15のカテゴリーに分けています。

その区分けはブルターニュ地方の牡蠣は5カテゴリー、ノルマンディー地方は2カテゴリー、ロワール地方は2カテゴリー、ポワトゥー・シャラント地方は3カテゴリー、アキテーヌ地方(アルカッション)、地中海地方牡蠣、平牡蠣(フランス産の牡蠣・生産数は少ない)の15カテゴリーです。

全部を全般的に見るのは、返って審査実態がわかりにくいので、一つに絞ろうと14カテゴリーの地中海地方牡蠣テーブルに的を絞り、ここには四人の審査員がいて、そこの回りに立ちました。ここに絞った理由は、地中海の海が瀬戸内に近いと思ったわけです。但し海域の広さが全然違っていますが、何となく瀬戸内播磨灘が浮かぶからです。

10時になり最初は、白いガウン姿の若い女性が、最初の牡蠣を皿に盛って運んできました。数は12個。殻を開けられているものが6個、殻つきが6個。いずれも養殖業者自慢の牡蠣です。どこにも名前は書いてなく、誰のものか分からないようになっています。

実際の審査項目

いよいよ審査が始まりました。審査項目は以下のとおりで、各人に用紙が配られます。用紙には6項目のチェック内容が書かれていました。
① 殻の外見 ②身の見た目 ③匂い ④味 ⑤後味 ⑥貝の内側面

この項目について、それぞれ次の5ランク評価を行っていくのです。
① 不十分 ②並み ③良 ④上等 ⑤優秀

これが終わった後、全体的な点数評価をつけます。1から20点まで。最後にコメントを書き入れるのですが、これを6皿ごとに行うのであるから、大変な手間です。

四人がそれぞれ開けられた牡蠣を手に取り、また、開けられていない牡蠣をナイフで剥き、それぞれの方法で見極めを始めました。

実際の審査方法

殻の上下、蝶番の位置、この蝶番のバランスで自然ものか三倍体牡蠣かが分かるようです。三倍体牡蠣とは人口交配でそだてたもので、日本では殆ど見かけません。

さらに匂いをかぐため鼻に持っていく。開いている牡蠣の中身を手で触って弾力性を確認する。フォークで中身をすくって身の状態を確認し、貝柱の位置を見るなどします。

次に食べてみる。口の中に広がる味わいを確認するかのように噛みしめる。次に食べた殻の中側を手で触り、肌触りと色具合を見ます。

つまり、わずか10センチにも満たない牡蠣一つひとつに、これだけ慎重に四人が確認し、その結果をお互いに発言し合うのです。

例えば、これは野性的だ、自然な形がよい、味が強そうだ、色がよい、ヨウ度が強い、地中海らしい、牡蠣殻の独特の文様が濃い薄い、肉付きがよい、厚みがある、匂いが全くしない、これは腐っているので危ない、殻のところに穴があいて海水が入って死んでいるのだ、後味が良い等、全部は書ききれませんが、とにかく真面目に真剣に一つずつ確認し、それを表現しつつ、かつ、お互いの見解を確かめあい、それを審査表に書き込み、さらに、各人が持参した別のメモ用紙にも記録用として書いておきます。審査表は事務局に提出してしまうので、別用紙に記録しておかないと自分の見解がわからなくなるからです。

各テーブルを見回すと、男性が多いが女性も必ず各テーブルに一人か二人います。こういうところからもフランス社会を垣間見ることができます。女性の社会進出が進んでいるのだと思います。

最後に評価が決まる

このような牡蠣の審査、それを6皿続けるのです。途中で口にするのはミネラルウォーターとパンだけ。ひと皿に20分から25分掛けています。終わったのが12時少し前。約二時間要したわけです。

さすがに集中し、続けて6皿、つまり72個の牡蠣を四人で審査していると、審査員としての意見が概ね一致していくようです。

良いものと、そうでないものが明確になってくるのです。勿論、ここに出てくる牡蠣なのだから、地元では優れているものばかりですが、この場所で同時間帯に同一基準で審査すると優劣ははっきりしてきます。

6皿全部が終わった後、次はまとめに入ります。一人一人が金賞に値する皿の番号を述べ、その評価点を合計すると75点、二番目に運ばれてきた皿の牡蠣が、このテーブルでの金賞となりました。五番目の皿が73点で銀賞、これを全員で確認し審査は無事終了しました。

終ってホッとした審査員のところに、事務局の女性が、審査用紙を回収しながら、白ワインを一本置いていきます。なかなか気がきくなぁと全員で「お疲れ様」と乾杯して終了しました。

審査の結果は、数日後、コンクール物品ごとに会場に張り出されます。コンクールメダルは金、銀、銅の三つで、牡蠣部門は15のカテゴリーごとに与えられるのです。

審査会を経験してみて

以上が、農業祭での「牡蠣審査会」の様子です。このパリ農業祭には、ここ五年ほど毎年視察しています。今までは、一般参加者として会場内を歩き回るのみでした。

 今回、初めて農業祭運営の大きな柱である審査会の裏方を視察したわけですが、コンクールの結果は、該当品の評価として高く認識され、その地のブランドとして育成させ、定着させていくシステム、これがフランスを世界第一の観光客数にさせている源泉ではないかと認識した次第です。

 つまり、地域の産物を競い合って、レベルを高めあい、その結果としてコンテスト入賞品はその土地の自慢物として、自信をもって推奨物としていく。

 自分の土地からはこのような素晴らしい産物が生まれるのだ。だから、皆さん来てください。国が認めてメダルをくれたブランド品だから美味しいですよ、と自慢し、訪れる観光客に語りかけるのです。語りかけられた観光客は「そうですか。メダル品ですか。それで美味しいのか。お土産にしょう」ということで買い求め、自宅に戻ってお土産として配る際に、産地で聞いたブランド評価の内容を口にし、聞く方も国が公式に認定しているコンテストの入賞品だから、成程と頷くのです。

 これが150年近く、毎年繰り返されているのです。今では世界の関係者に知れ渡り、私のように毎年農業祭を見回って、その後フランス各地を回った時、その地の産物に入賞メダルがかかっていると「おめでとう」とそれを飲み食べることになっていきます。

 観光地の育成には、ハコモノづくりだけに執着するのでなく、著名人の訪問等のイベント的PRだけに特化するのでなく、専門性をもった日常的な相互研鑽交流活動、これは農業祭のような国主催のコンテストを意味しますが、これらがミックスした「総合観光力」が必要なのです。それを地道に150年近く続けているのがフランスの強みで、ここに世界一の観光客数維持の秘密があると判断したわけです。

日本はどうなのか

日本にこのような全国的な物品・産物が一堂に会したコンクールはありません。各地方、各県、各市町村で開催する事例は多くあるでしょうが、政府主催で全国区のものはなく、これはフランス以外の国でも同様と思います。

 日本は、現在「観光大国」を目指そうとしているわけで、その方向は正しく妥当ですが、そのためには日本の各地の観光地と、各地方の産物が世界で認識されることが重要だろうと思います。

 そのための仕組みつくりの一つとして、今回の農業祭審査会の実態を日本の関係者に参考にさせアドバイス願いたいと、2010年10月のパリで農業祭コンクール事務局長のフース氏に会い伝えたところ、日本における同じようなコンクールの実現にぜひ力をお貸ししたい、という力強い協力の申し出がありました。

日本の観光関連部門に所属している方、この申し出を真剣に検討されたい。ご希望の方から連絡を乞う。以上。

投稿者 Master : 04:56 | コメント (0)

2010年11月06日

2010年11月5日 フランスに学ぶブランド化戦略(前)

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年11月5日 フランスに学ぶブランド化戦略(前)

童謡歌唱コンクール

 まず、山岡鉄舟研究会のメンバー高橋育郎氏の活躍を報告いたします。 
11月3日、五反田の「ゆうぽうと」で開催された「全国童謡歌唱コンクール・大人部門」でグランプリを受賞したのは愛知県豊田市の宮内麻里さんで、歌は高橋育郎氏作詞の「大きな木はいいな」でした。

高橋氏は著名な作詞家です。偶々10月の鉄舟会例会で「何故に童謡はグローバル化がなされないのか」というテーマで、縷々お話が展開され、その際に今回のコンクールの事も紹介されましたので、会場に伺ったのです。

 折角行ったのですから、舞台から三列目でじっくり童謡を楽しみましたが、グランプリの宮西さんが歌い終わった時「この人が獲得するだろう」と直感しました。

 その理由は、歌い始める前の紹介で「新しい歌詞を探していたところ『大きな木がいいな』に出会い、自分の心に深く入ってきた」とあり、彼女と歌詞の一体化が会場内に大きい波となって流れ、場内の拍手も一番多かったと感じたからです。

 この日の模様は11月28日(日)BS朝日で15時から放送されますので、ご関心ある方は是非ご覧いただきたいと思います。

 しかし、これだけの規模でコンクールを展開している日本の童謡が、世界では無名に近いということに驚きます。童謡を素晴らしい日本ブランドとして磨くべきでしょう。

日本磨きをすべき

さて、本題にはいりますが、先日、フランス人のジャーナリストから慰めとも、アドバイスともとれる忠告を受けました。
「フランスは昔からずっと低成長経済で失業率も高い。この実態に国民は慣れ親しんでいる。日本人はここ20年ばかり低迷しているが、そのうち慣れるよ。そんなことを気にするより、もっと日本磨きに邁進した方がよいと思うよ」と。

この発言にいたく共感しました。というのも、私は70年代から毎年しばしばフランスを訪れていますが、日本が高度経済成長を示した時代は「日本は蟻のように侵略してくる」と当時の仏首相が発言したように、日本の経済進出が欧州で強く警戒されていました。

だが、バブル崩壊後は、経済面と逆比例するかのように、日本文化・観光面での人気がじわじわと高まってきました。冒頭のフランス人ジャーナリストの発言は、その特長をもっと伸ばし、深める方策を検討した方がよいというアドバイスと理解をしたからです。

日本人気体験

日本人気を海外でしばしば実際に体験します。先月、フランス南部トウルーズ市郊外の中華レストランでの昼食時、中年夫婦がこちらのテーブルに来て「日本人ですか。日本旅行から戻ったところだ。素晴らしかった。もう一度直ぐに日本に行きたい」と絶賛の嵐。私はただただ笑顔で「メルシー」と頷くだけでした。

また、ジャンヌダルクが火あぶり死刑なったところで有名な、ノルマンディー地方・ルーアン市郊外の村、そこの公民館で開かれた「香水愛好家の集い」に出たところ、ここでも中年の夫婦から「日本人か。四カ月前に日本中をバスで回った。皆よかったが、特に高山は気にいった」と褒め称えられ、面目をほどこした次第です。このように外国で日本人気を直接聞くことが多々あります。

フランスは不便・不潔な国だが世界一の観光客数

ところで、フランスは失業率が高く、ストライキも多く、今回も年金支給年齢二歳延長法案に反対して全国的なストライキが発生し、交通手段が遮断された上に、タクシーも石油精製工場ストでガソリン不足のため稼働台数が少ない等、移動には大変困り、ようやく動いたTGV一等車の四人席は前の人と靴が触れるほどの狭さ、さらにトウルーズ市内はゴミの山であったように、決して快適・便利とは言えず、加えて、パリの街路にはいつも犬の糞が散乱して不潔、しかし、それでもこの国は世界一の観光客を集めています。

具体的実数では7,930万人(2008年)と断トツで、二位のアメリカを2,000万人程度離しています。対する日本は、フランス人から褒められても観光客が全く少ない。どうしてなのか。もしかしたら世界遺産の数の違いか、それとも他に理由があるのか。

世界遺産の数は関係なし

世界遺産の数はイタリアがトップで44か所(2009年)、33カ所のフランスより11か所も多いのですが、観光客数は第五位の4,273万人(2008年)ですから、フランスの約半分の実績に過ぎないのです。ということは世界遺産という優れた観光地があっても、必ずしも観光客数に結びつかないということであり、逆にいえば、世界遺産以外の根本的な集客要因がフランスにはあるはずと考えるのが妥当と思います。

文化・観光ブランドづくりが強さの秘訣

それは何か。結論的に言えば「文化・観光ブランドづくり」の巧みさではないかと思います。一国の強さを経済力とか、軍事力とか、科学力というようなことで評価する事例が多くみられますが、フランスはこれらと別次元の「ブランド力育成に優れている」というところにあるのではないかと実感します。

つまり、自然や街・歴史景観と各地で産出される物品をシステム化し、マッチングさせ、観光文化国家像を鮮明化させる政策がフランスの得意技なのです。

日本が観光大国になるためには、そのところを観光政策部門や観光地・産地が学び参考にし、国家としての仕組みづくりに取り入れていく必要があり大事だと思いますが、このブランド力構築の仕組みの一端を確認できる機会をこの春に得ました。

ブランド力構築の仕組みの一端を確認

それは、今年3月に開催されたパリインターナショナル農業祭(通称:農業祭)の運営事務局から、牡蠣部門の審査に参加するよう招待され、実際の審査実態をつぶさに見ることができたことから気づいたのですが、今回はその様子をお伝えすることで、フランスのブランド作り仕組みの一端を解明したいと思います。

農業祭とは

さて、この農業祭、パリ市民にとっては、春の代表的な楽しみ大イベントですが、日本人にとっては全く馴染みがありません。

そこで、まず、最初にパリインターナショナル農業祭の概要をお伝えします。
フランスでは、18世紀に発足した農業振興会による家畜コンクールに発端、1870年にパリで公式に全国農業コンクールとしたのが始まりで140年の歴史があり、現在、農産業関連ではフランス最大のイベントになっています。

また、各種のコンクールも動物のみから各地の特産物に拡大発展し、国の食品農業水産省管理下における公式コンクールとして、その公平さによって賞の価値が高く認識され、金賞・銀賞・銅賞は名誉として、該当品目のブランド価値評価となっています。

今年の農業祭

2010年の農業祭には、フランス22地方、海外県、及び17カ国が参加し、品評される生産物は、ワイン15000種、その他様々な生産物4000種で、開催9日間での入場者数は65万人、サルコジ大統領も訪れるフランスの重要戦略コンクールになっています。

審査会場に入る

牡蠣審査は農業祭の開催初日に実施され、当日の朝、9時半過ぎに審査する部屋に案内され、入り口で一人ひとり名札を確認の上入ります。部外者は立ち入り禁止です。ここで審査され金賞・銀賞をとれるかは、今年一年間の営業に大きく影響するからで、それだけここの品評会は歴史と伝統と権威があるのです。

この会場で審査されるのは、牡蠣と鱒等の燻製魚、それとポモーと呼ばれるブルターニュやノルマンディー地方で作られる食前酒です。牡蠣の審査会場の白い布で覆われたテーブルには、既に水とパンが人数分置かれ、各テーブルに番号が書かれ、審査員は出席名簿にサインします。

以上は、今年の9月に出版した「世界の牡蠣事情」第一章「パリ国際農業見本市」の内容です。日本の観光大国化という視点からご紹介しました。11月20日号に続く。以上。

投稿者 Master : 06:20 | コメント (0)

2010年10月18日

2010年10月20日 日本の政治劣化背景要因(後)

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年10月20日 日本の政治劣化背景要因(後)

記者クラブとは

前号に引き続く日本外交が下手だという問題です。問題の要因は「記者クラブ」制にあると前号で指摘しました。
記者クラブとは、政府・公的機関や業界団体などの各組織を継続取材している、主に大手メディアが構成している組織で、英語でもkisha clubないしはkisha kurabuと表記され世界に通用するもので、日本記者クラブなどの「プレスクラブ」とは全く性格を異にするシステムです。

日本しかない記者クラブ

フリーの記者などに対し排他的であるとして、これまでOECDやEU議会などから記者クラブの改善勧告を何度も受けていますが、一貫して大手メディアは記者クラブに関する指摘次項を報道しないため、国民の殆どは記者クラブの持つ閉鎖性を知らないのです。記者クラブが存在しているのは世界中で日本とアフリカのガホンだけらしく、他の国では、事前に登録しておくと、危険人物としてリストに載っていなければ、大統領・首相の記者会見に自由に参加し質問ができるのです。これが世界の常識ですが日本は異なるのです。

小沢氏・岡田氏はオープン化した

記者クラブの運営は、 加盟報道機関が複数当番制で「幹事」社となってあたる事が多く、情報は情報源の広報担当から幹事社に伝えられ調整され、幹事が件名や発表日時などその報道に関する約束事を記者室の「ボード(黒板)」に書き、黒板に書かれた約束事は「黒板協定」「クラブ協定」「しばり」などと呼ばれ、加盟社が順守するべき約束事とみなされます。

記者会見は、ほとんどがクラブ主催となっており、参加者も加盟社に限られ、仮に加盟社でない記者が参加できても質問は出来ません。また、記者懇談会やぶら下がり取材、国会記者証の交付などもほぼ独占的に享受しています。

但し例外もあり、小沢一郎氏が民主党の代表時代と、岡田克也前外相の記者会見はオープンとしたので、これがニューヨーク・タイムズに大きく報道されましたが、この事実も記者クラブ性のため国民に報道されていません。

外国人が質問できない

記者クラブ制の最大問題は、外国人記者が質問できないことであって、外国人のマスコミ記者を排除して、鎖国化していることです。

これは何を意味するか。政治家は、日本人だけの、顔見知りの大手マスコミ記者からの質問に答えるという日常の継続で、いわば日本人同士の身内会見であるので、異質で利害が異なる外国の立場からの、厳しい質問を体験できないということになります。

日本人だけの質疑の意味

この結果の意味するところはお分かりになると思いますが、外国(人)と接しないままに、日本人同士の論理で諸問題が記者会見で討議されるので「世界から日本を見る」という視点の訓練がなされないままに、政府の要人になっていくことになります。

日本の国際競争力は経済だけでなく、政治も国際競争力が問われているのですが、さすがに今を遡ること140年前の明治新政府は分かっていました。

明治4年11月12日(1871年12月23日)から明治6年(1873年)9月13日まで、アメリカとヨーロッパ諸国に派遣されたのが岩倉使節団です。岩倉具視を正使とし、政府のトップや留学生を含む総勢107名で構成されて、鎖国体制から脱皮しよう、日本を世界から見よう、と意図された使節団であり、この成果は大きいものでした。使節団に参加していた大久保利通が征韓論を退けた後書き上げたのが「立憲政体に関する意見書」で、政体取調掛に任命された伊藤博文に手渡しました。

この中で大久保は「今までは国力というものを軍事力とそれを支えている軍事技術にあると思っていたが、それだけでなく様々な要因が国力を支えている」と書き述べています。

正に、ドイツのビスマルクを始めとする世界の政治家たちとの出会うことによって、国力の基盤が軍事・政治力を含めた多くの要因が複層的に重なるところの充実にあるということを理解し、その後の日本国を創り上げていったのです。

指摘されている記者クラブの問題点

 ここで記者クラブについて一般的に指摘されているネット内容を紹介します。

1.メディアが政府の政策を代弁し、政府の広報となっている。

2.警察及び検察が自らの捜査に有利な方向に情報操作を行い、メディアも 調査報道に消極的なため、冤罪を生み易い(例:松本サリン事件、足利事件)。

3.NHKの報道部に在籍していたこともある池田信夫氏によると、警察記者クラブに多数の記者を常駐させることが日本の報道を犯罪報道中心にしているのではないかという。

4.フリージャーナリストの魚住昭氏は「官庁の集めた二次、三次情報をいかに早く取るかが仕事の7、8割を占めてしまうと、実際に世の中で起きていることを察知する感覚が鈍る。役人の論理が知らず知らず自分の中に入り込み『統治される側からの発想』がしにくくなる。自分はそうではないと思っていたが、フリーとなって5年、徐々に実感するようになった」と述べている。

5.衆議院議員の河野太郎氏は(日本では)記者が政治家から食事をご馳走になるのは当たり前、政治家が外遊する際には同じホテルに泊まり「政治家と記者はよいお友達」になることがメディアでは「良い記者」とされている現状を指摘している。

6.ニューヨーク・タイムズ東京支局長のファクラー氏は、「記者クラブは官僚機構と一体となり、その意向を無批判に伝え、国民をコントロールする役割を担ってきた。記者クラブと権力との馴れ合いが生まれており、その最大の被害者は日本の民主主義と日本国民である。」と述べている。

7.主要メディアが報じる捜査情報について、「検察が記者クラブを通じておこなう『リーク』に依存している」と指摘されることがある。
また、検察側は自己に不都合と考えられる報道をおこなった加盟報道機関に対しては検察関連施設への「出入り禁止」措置を取ることがある。

8.西松建設事件に際しては、一部の加盟報道機関が西松建設から献金を受け取った政治家の1人である二階俊博氏の件についての記事を掲載したことに対し、取材拒否および東京地方検察庁への3週間の出入り禁止措置を取った。この一件以後、加盟報道機関は検察および自民党に有利な報道をおこなうようになったといわれる。また、検察は記者クラブに加盟していない報道機関による取材を拒否している。

事実なのか確認

これが事実かどうか。知人の主要新聞社の解説委員に、以下の二つを質問し確認をしてみました。

1.主要メディアが報じる捜査情報は「検察が記者クラブを通じておこなう『リーク』に依存している」のか

2.検察幹部から「書き方のアドバイス」を指示されるような場合があるのか

回答は「よく知っていますねぇ」でした。

世界から日本を見るというセオリーが重要

政治家の国際外交力の欠如が、今回の尖閣海域問題の日本政府対応に現れたと認識し、その背景に世界から問題指摘されている「記者クラブ」制が要因として存在すると理解します。

政治家もマスコミも「世界から日本を見る」というセオリーを貫かないと尖閣海域問題の第二、第三が違う局面で発生すると推測致します。以上。

投稿者 Master : 10:49 | コメント (0)

2010年10月05日

2010年10月5日 日本の政治劣化背景要因(前)

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年10月5日 日本の政治劣化背景要因(前)

人を知る者は智なり、自らを知る者は明なり(老子)。
他人のことの批評や分析はよく行うが、自分のことはあまり追及しない。中国をけしからんと言うのはその通りであるが、日本側の不十分なことを考えると、日本国際競争力の基本的問題がわかる。

菅内閣の外交下手

今回の尖閣海域問題の日本政府対応に、日本人全員が怒り狂っているが、その要因を掘り下げていけば菅内閣の外国(人)との交渉下手ということに尽きるだろう。
 菅首相の経歴は市民運動家であり、仙谷由人幹事長は全共闘の新左翼系学生運動家であって、商社やメーカーに勤務し、海外との難しい商売で苦労したり、海外企業や合弁会社の経営にタッチしたりした経験がない。

つまり、若い時代から今日まで外国人と対決するとか、仕事を通じて外国人と激しいディスカッションの経験が薄いまま、今日の日本政府要人となっている。ここに大きな問題要因があるように感じる。

 その証明が菅首相の代表再選後の記者会見である。真っ先に取り組むべき課題として、経済問題を挙げたのは当然としても、国際関係が大きく変貌し複雑化している世界戦略については触れなかった。思うに、国内選挙用のマニフェストはあっても、グローバルな国家観を持っていないのではないかと推測する。
 
菅首相の歴史的認識力

もう一つは、尊敬する歴史上人物として長州・奇兵隊の高杉晋作を挙げ「奇兵隊内閣」になりたいと発言したことである。高杉晋作の功績は倒幕の狼煙を揚げ、その後の明治維新への最初のキッカケをつくったことで高く評価される。

だが、民主党は昨年8月の衆議院議員選挙で自民党に大勝したことにより、政権交代という倒幕は成し遂げ、鳩山前首相の不始末を引き継いで首相に就任した菅首相であるから、今後の日本国家運営を問題少なくスムースにさせるための、緻密な計画に基づく行動が求められていたタイミングであり、奇兵隊発言は歴史的認識が薄いと思わざるを得ない。江戸開城によって明治維新の扉は開いたが、実際の倒幕確立は、彰義隊壊滅から東北・函館までの戊辰戦争勝利によるもので、この勝利を指揮した大村益次郎の功績が大きい。

菅首相は同じ長州出身の大村益次郎を知らないわけはなく、首相就任後の現状認識から歴史上の人物を見習うとしたら、銅像として靖国神社に立つ大村益次郎でなければならないはず。このように何か時代への認識力にかけるのが菅首相ではないかと思う。
 
自らの体験から 

私は40歳代の前半から後半にかけて日仏合弁企業に在籍した。最初の一年は副社長としてフランス人の社長と仕事をした。副社長就任直後は、相手が社長であるから仲良くしようと努力したが、一か月で対決路線に切り替えた。というのも、彼はフランス本国の言うことを日本側に押しつけるだけで、日本の実態を理解しようとしない傾向が強く、このままでは企業が成り立たないと対決戦略を採ったのである。事実、この合弁会社は赤字額が大きく、日本の親会社は早くつぶそうとしていたのである。

 対決ということは、経営の仕方をディスカッションすることであり、見解が大きく異なるのであるから、ディスカッションは激しく長く喧嘩となる。通常は午後から夜まで毎日のように行なった。これを一年間続けていると、大体に相手の思考方法習慣が分かってくる。そこで、相手の出方を予測し、それを活用してこちらが手練手管を用いて交渉事を有利に展開しようとすることになっていく。当時は、朝起きると今日のディスカッション対策を考えることが楽しみになっていたくらいである。
 
押し通すことがセオリー

しかし、その間も通常の経営は進めるのであるから、意見が合わないままにしておくと、物事が進まず、得意先に迷惑を掛けることになる。そこで、見解が分かれることであっても、実行すべきことは私の独断でドンドン進めていった。つまり、当方の主張を押し通したのである。今までは、意思決定がはっきりしなく、現場に対応しないものであったので経営不振であったが、押し通すようになって経営改善は進んだ。

 だがしかし、それらが続くと当然にフランス人社長は怒り心頭に達する。そこで彼が打った手は、フランス本国のオーナーの前で、どちらの見解が妥当か判断してもらうための会議を提案してきた。

 来たな!!と、しかめ面をして承知したが、心の中では「しめた」と思い、準備万端整えて、ということは理論的に資料をつくり、バックデータも十分に用意してフランスに向かった。考え方が異なる外国人を納得させるのはしっかりした論理展開しかない。

 フランス人オーナーは大企業を一代で築き上げた人物で、カリスマ性がすごいとの評判の人物であった。このオーナーの前で社長のフランス人と私がそれぞれ自説を展開したわけであるが、驚いたことに当方の見解に理解を示し、一年が終わった時に私が社長に昇格した。後で考えてみれば、業績向上の方がオーナーにとって得なのであるから、利口な経営者なら当然の判断だろう。

 結果として、多額の累積赤字を、社長を辞任する際は完全黒字転換し、フランス人オーナーから感謝されたことが強く記憶に残っているが、この合弁会社での経験から言えることは、海外との交渉では自分が思った事を押しとおすことである。

 責任は自分が採るのであるから、開き直って自説を押し通すことしかない。ところが、私の前任者はフランス人社長に迎合して、結果的に経営がうまくいかなかったので、責任を取らされ左遷になった。

「国益を守る」という判断基準

考え方の異なる外国人の見解を鵜呑みにしてはいけないのである。時には聞き、頷くべき見解もあるが、総じて事情理解が不十分であるから無理難題的な傾向が強い見解となる。その時が勝負である。相手がどう出ようと、判断基準を「会社の利益貢献」という立場から意思決定して行けばよいのである。

 これを国に例えれば「国益を守る」という判断基準になり、その思考から日本の考え方を押し通すのが外国と交渉する際のセオリーである。

 今回の尖閣海域問題における中国は、この押し通すというセオリーを忠実に貫いてきた。日本もセオリーを貫くことで対応すべきであった。

今も毎月海外に出かけ、多くの外国人と仕事をし、折衝事をしているが、最終的には当方の見解を押し通さないと目的の業務が達成できない結果となる。これが外国(人)との実践的な付き合い方セオリーである。

政治家は鍛えられていない 

だが、これらのセオリーを知らないのは菅首相だけでなく、政治家全員に当てはまる日本の構造問題ではないかと考える。政府要人全員が、過去に海外との商売や、海外企業・合弁会社の経営にタッチできるわけはない。海外との交渉が薄いままに政治家として選挙で当選し、当選回数を重ねて、要職に就けば、当然に諸外国との対応が問われ、日本の国益を第一にした対応が要望され、妥当な判断を行わなければならないということになって、そこで改めて外国との考え方の違いを大きく認識し、自己判断基準の持ちように迷うことになる。

根本的な要因は「記者クラブ」制にある

加えて、外国の政府要人は、押し並べて主義主張の強い頑固な人物である。そういう人材を外交用に配置しているのである。こういう強敵と交渉に臨むのであるから、お腹が弱い人物は直ぐに下痢をしてダウンし退陣となってしまうことになる。日本の政治家は総じて対外国(人)に対して経験不足だと思う。

 だが、これを政治家個人の理由にしては可哀そうである。もともと優れた才能の人物で、日本国内では立派に政治家として実績を挙げていたからこそ、政府要人になれたのである。ところが、その立場になってみると、小泉首相以後一年しか持たない。

それは実践的な海外勢との経験が少ないというところにあると思い、その根本的な要因は「記者クラブ」制にあると推察する。この問題は次号でも検討して参ります。以上。

投稿者 Master : 08:33 | コメント (0)

2010年09月22日

日本のONSENを世界ブランドへ・・・その二

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年9月20日 日本のONSENを世界ブランドへ・・・その二

クローゾン氏の講演内容

9月13日・14日・16日と東京・鹿児島県指宿で開催された「日本のONSENを世界のブランドへ」シンポジウムでの、クローゾン氏発言概要をお伝えします。

40℃前後のお湯に浸かる習慣は欧米にない

クローゾン氏の温泉との出会いは1982年。仕事を終え大分県・湯布院を訪れた彼は、すぐに温泉の持つ魅力に惹かれました。それは、温泉地の風景、日本の美しい風景と日本旅館の調和、周辺の情緒ある田舎道の心地よさなどでした。
さらに彼に強烈な印象を与えたのは、温泉に入るということ、そのものでした。40℃前後のお湯に浸かるというのは、欧米の習慣には全くないわけです。だが、入浴してみると、初めてでありながらとても心地よく、この素晴らしい体験に魅せられ、以来、彼は来日のたびに各地の温泉を巡り歩いています。
 
温泉は異文化の塊だ

日本は全国どこに行っても温泉がある。これは素晴らしいことだ。と彼は強調しました。また、その温泉が源泉を中心に旅館・ホテルが多く立ち並び、一つの温泉街として成り立っている姿、これは欧米の街づくりとは異なった特殊な形態なので、その中を散策しているとさらに興味が深まってくるというのです。
これをひと言で表現すると、温泉街には欧米にない「異文化」があるということになります。日本の温泉地には、欧米にない温泉文化があり、温泉が人間社会に溶け込み、日本人の生活習慣となっていること、それが日本を訪れる外国人にとっては「異文化」として映るのです。
加えて、その異文化の温泉街の中は「日本の魅力をいくつも同時に体験できる場」であるとも強調しました。例えば、自然に溶け込んだ宿の佇まいの美しさ、きめ細やかな接客と共に提供される美味しい日本食、そして、人の素晴らしさ。これは女将のおもてなしのことですが、その女将が着物姿であること。これらが相まって、これほどの日本の伝統美をいくつも重なって感じられるところは温泉しかないというのです。
 しかも、このような魅力に溢れた温泉が、日本全国いたるところに存在していることが、これまた素晴らしいと、彼は絶賛します。
ところが、一般の欧米人はこのような「異文化魅力」が集約された温泉を、全然知らないというのです。日本に行き、温泉を訪問すれば、日本文化が重なり合って感じられるのだから、その事実をもっともっと欧米人に知らせてほしい、と彼は何度も強調しました。

フランスは日本ブーム

さらに現在、フランスは日本ブームです。パリ在住の彼はこれを肌で感じています。特に、その火付け役となっているのは日本のアニメーションであり、それを受け入れブームを牽引しているのは10〜20代の若者ですから、彼ら熱狂的な日本ファンの若者が成人し社会人となったら、きっとバカンスで日本を訪れるようになるといい、彼らは将来の貴重な来日予定者であり、将来の温泉ファン候補でもあるともいうのです。
また、若者だけに限らず、日本に関する文化が各場面で活用されている事例を映像でいくつも紹介しました。

日本側が準備すべき事

最後に大事なポイントを語りました。欧米人が日本を訪れるために、日本側が準備すべきことです。
 それは、欧米人に合わせて設備を整えることではありません。そのことはむしろ温泉の価値と文化を自らの手で壊すことを意味します。そのままでいいのです。そのままの姿が「異文化」であるから、欧米人はそこに大いなる魅力を見出すのです。
 では、現在、何がなく、これから必要なものは何かです。
 それは、温泉の魅力を知らせるもの、すなわち、温泉ガイドブックを作ることだと主張しました。温泉とは何か、温泉の入り方、温泉の楽しみ方、温泉旅館の特徴、予算に応じて楽しめる温泉地あれこれなど、それらをまとめて書かれたガイドブックが欲しい。
これは各地の温泉旅館・ホテルの紹介ガイドではなく、日本の温泉という世界の特殊性である存在物を、全く知らない欧米人に伝えるガイドブックです。
このようなガイドブックが、温泉を世界ブランドにするためには、まず、最初として、基本的に用意されるべきものであるというのが、クローゾン氏のまとめでした。

現在の観光業界PR活動 

 ここで改めて、観光業界と温泉業界の取り組みを振り返ってみます。
親しい温泉地の女将さん、時折、香港とかパリにPRに出かけ、観光業界の集まりとか、旅行業者への訪問し、着物姿でイベントとしてお茶のお手前を披露しながら、温泉の紹介をしているようです。
 このご努力は認めつつも、訪れた世界各地の観光・旅行業界人は、日本の温泉についてある程度知っているでしょうが、クローゾン氏のような日本について事前知識を持って、日本に関する専門家になろうとしていたタイミングの時でさえも、湯布院で初めて熱い湯を体験するまで知らなかったというのですから、一般の欧米人は温泉を見たことも、触ったことも、聞いたこともないというのが事実実態なのです。
 この事実実態に立って、日本の温泉関係者は「日本のONSENを世界ブランドへ」と行動してきたのでしょうか。どうも違うように感じます。
 日本ではテレビで毎日のように有名人を使った温泉入浴場面が放映され、旅行するということは温泉に泊まるということと同意味みたいになって、日本人の生活に根ざしていますが、欧米人はこの反対の極にいるのです。
 ですから、この温泉を知らない人達に日本の温泉に来てもらうためには何が必要か、それをクローゾン氏からまずはガイドブックから始めることだと提案受けたのです。
 考えてみれば全く知らない人達に温泉を説明して、魅力を分かって貰うのですから、その理解のためには基礎的資料が必要です。
 ところが、欧米の書店には観光ガイドブックは並んでいても、温泉のガイドブックはありません。ガイドブックの中に各地有名な温泉の紹介はあっても、温泉そのものの基礎的理解を与えるガイドブックはありません。
 
欧米人の旅行スタイル

欧米人の旅行スタイルを見ていると、必ず片手にガイドブックを持って歩いています。欧米人はガイドブックと現場を確認して行くのが観光であるという習慣を持っています。ということは温泉ガイドブックがあれば、それを片手に温泉に入り、その結果を国に戻ってからクローゾン氏が率直に感じたような、温泉魅力を友人等に伝えてくれます。また、その際に温泉ガイドブックを指し示すことでしょう。
だが今まで、このような基本的ツールとなるべきガイドブックなきままに「ONSENを世界へ」と行動していたのではないでしょうか。
 クローゾン氏のような記者によって、世界から見た日本温泉を説明するガイドブックを書いてもらい、それを欧米の出版社で発行し各国主要都市の書店に並べることが必要です。日本の出版社では世界的書店ルートがないので無理なのです。
また、この実現は多分、観光業界や温泉業界に任せておいては実現が遠い先でしょう。観光庁が音頭をとって進めることが日本のONSENを世界のブランドにするために必要なことだと思います。
世界から日本を見れば、日本は魅力たっぷりな財産がたくさんある国ですから、それを情報化することが喫緊の課題です。

観光庁に提案する

 クローゾン氏の見解と提案について、今回のセミナーでご参加された多くの方も同意見ですので、世界の書店に配本ルートを持っている欧米の出版社から「日本の温泉ガイドブック」を刊行するための企画書をもって、近く観光庁に提案に行く予定です。以上

投稿者 Master : 08:53 | コメント (0)

2010年09月08日

日本のONSENを世界のブランドへ・・・その一

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年9月5日 日本のONSENを世界のブランドへ・・・その一

シンポジウムの開催

9月の日本は猛暑続きで秋はまだまだ遠い先ですが、パリはもう10月以降の寒い気候になっています。その寒いパリからフランス人ジャーナリストのリオネル・クローゾン氏を迎え、東京で13日と14日の二日間、鹿児島県指宿温泉の白水館で16日「日本のONSENを世界ブランドへ」というテーマでシンポジウムを開催します。
今回の開催は私が代表を務める「経営ゼミナール」と、経営者へ情報提供業務を行っている「清話会」、それと指宿温泉の「白水館」との共催で進めていまして、開催のご案内を各地にいたしましたところ、お陰さまで高い関心を呼んでいます。

クローゾン氏招聘の背景

クローゾン氏を招聘しようと考えたきっかけは、昨年三月ミシュラン観光ガイドブックのグリーンガイド日本版の発売でした。それをパリの書店で求め、三ツ星となっている日本の温泉はどこかと探しビックリ仰天しました。日本では無名に近い別府の「ひょうたん温泉」が三ツ星になっているのです。一方、日本で成功して最も元気だといわれている、あの有名な群馬県草津温泉は無印です。
これは、どういう評価で星付けをしたのだろうかと疑問をもち、早速にひょうたん温泉に行き、温泉に入ってすぐに選定理由が推測できました。それは「欧米の温泉地はすべて共同浴場なので、ミシュランの星付け担当者も自らが持つ温泉常識感覚で、共同風呂のひょうたん温泉に三ツ星を付けた」と推定したわけです。
しかし、これはあくまで推定ですので、実際に観光ガイドブックの編集に携わる人物に直接会って、星付けの判断根拠を確認しようとパリで伝手を求めて探しているうちに、ブルーガイド(仏アシェット社発行旅行ガイドブック)の記者であるクローゾン氏と出会ったのです。

伊豆湯ヶ島温泉・白壁荘のシンポジウム

その後何回かパリに行くたびにクローゾン氏と会い、話し合っているうちに、彼の見解を日本で発表してもらうことが、日本の観光業にも、温泉業界にも役立つだろうと企画したのが今年の4月、伊豆湯ヶ島温泉・白壁荘のシンポジウムでした。
ところが、この時大事件が発生しました。それはアイスランドの大噴火です。この影響でヨーロッパのエアーは全便運航不能となり、クローゾン氏は来日できなくなり、白壁荘のシンポジウムを取りやめようかと思いました。
しかし、時代は変化しています。インターネットの素晴らしさで危機は克服できました。クローゾン氏から発表する資料を急遽送ってもらい、それをパリ在住の柳樂桜子さんがちょうど日本に滞留、彼女は逆にパリに帰れないということで、彼女にクローゾン氏の代講をお願いしたところ、分かりやすく、具体性ある内容での発表が行われ、参加者から大変高い評価をいただき、危機をチャンスに切り替えることができました。

関係者と接して感じたこと

 今回、再びクローゾン氏のシンポジウムを開催するにあたって、その準備も兼ねて日本の観光業界や温泉業界の方々に多くお会いしました。
中には世界各地に出かけ、日本の温泉について講演をされている著名な温泉人もおられましたが、これらの人たちとお話をしていて、何か共通するものがあるなぁと感じました。
勿論、日本の温泉についてとても詳しい。また、欧米の温泉地についても結構詳しい。団体で研修目的の視察を主要温泉地に行かれているからです。
しかし、何か引っかかるものがあります。それは何だろうかと考えているうちにようやく分かったことがあります。
加えて、直接には接してはいませんが、新聞や雑誌に掲載されている日本の観光大国化への提言を書いている人たちの内容を読みましても、今回お会いした人たちと共通する感じを受けます。それは何か。
それは「欧米人も温泉についてある程度知っている」という前提で発言しているのではないかと気づき、ここに引っかかったのです。
欧米人は40℃前後のお湯に浸かるという習慣が全くないわけで、日本の温泉に来て初めて知る「未体験」の存在物なのですが、その事実を余り強く認識していなく、漠然とした感覚で受けとめているのです。

ヨーロッパの温泉利用者は人口の1%足らず

その実態を「笑う温泉・泣く温泉」(山本紀久雄著)から紹介します。
「ヨ-ロッパ(ロシアを除く)には1,500か所の温泉がある。ドイツに320か所、イタリアに300か所、スペインに128か所、フランスには104か所、この四か国合計で852か所となり、全体の57%を占めている。
ヨ-ロッパ全体で年間約1350万人がこの1500か所の温泉を訪れる。このうちドイツには1000万人訪問しているので、ドイツは全体の74%を占めている。イタリアには100万人で全体の7.4%であり、35万人から61万人がフランス・スイス・フィンランド・スペインに行っている。
 ドイツの人口は8233万人であるから、人口の12%の人が温泉を利用していることになるが、他のヨ-ロッパ16か国の温泉を利用した人は350万人であるので、該当国の人口3億5000万人に対しては1%に過ぎない」
 このようにヨーロッパではドイツだけが傑出した温泉利用国であり、その他の国の人々はヨ-ロッパの広い地域に、1500か所しかないのですから、温泉に行くということは一般的には遠距離の旅になり、温泉地は空気が清浄で緑多き山地や高地・丘陵地に立地していることが多いので、温泉へ行くには大変な費用と時間がかかります。
その上、ヨ-ロッパの温泉で入浴する目的は病気療養と保養の場ですから、「つかる」ばかりでなく「飲む」「吸入」「運動浴」「蒸気浴」「泥浴」などバラエティに富んだ場として確立しています。
 また、温泉療養を受けるということは、健康保険制度の適用を受けることにつながっていて、近年、各国とも政府財政の苦境から、健康保険適用の範囲が制限されるようになってきましたが、基本的には温泉医の指導に基づいて、健康保険適用によって温泉療養をする場が温泉ですから、ドイツ人を除けば国民の1%程度しか温泉を利用する人がいなく、限られた人のものとなっているのです。
つまり、99%の人々は温泉を利用していないというのが実態なのです。

ある高名な政治家の質問

かつて南ドイツのフライブルグにある温泉で、日本の代議士数人を含めた団体が視察に来ているのと一緒になり、折角の機会ですから団長に申し入れし、視察に同行した経験があります。
このフライブルグの温泉はリューマチの治療専門です。代議士の中に現在自民党参議員会長の要職にある人物が、視察後のディスカッションで次の発言をしました。
「入浴施設を拝見したが、バリヤフリーになっていない、お年寄りが多いのでバリヤフリーにすべきでないか」と。
日本の有名な代議士発言ですから、ドイツ側は必死に考え、通訳を通じ質問の言葉は理解したが、全くその発言意図が分からず、20分程度会議は中断し、ドイツ側は通訳と立ったまま協議し続け、次のように解答しました。
「当温泉施設はリューマチの治療リハビリ・トレーニングの場なので、当然に段差がないといけないのです」と。
日本の政治家は日本の常識でドイツの温泉場を見て発言し、ドイツ側はドイツの常識で回答したのです。第三者的に見ている私は大変勉強になった事件でした。

世界から日本を見る

日本の観光業界と温泉業界人からも同様な感じを受けます。40℃前後のお湯に浸かるという特殊条件の温泉経験が全くない世界の人々に、日本に多く来てもらうよう対応策をつくるなら「世界から日本を見て」具体的に構築しないといけません。その事の研究が9月のクローゾン氏を迎えてのシンポジウムで、結果は次号でお伝えします。以上。

投稿者 Master : 07:52 | コメント (0)

2010年08月20日

日本の観光大国化への提言(その二)

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年8月20日 日本の観光大国化への提言(その二)

前号に続いて日本の観光大国化への提言です。

パリから電話

 パリ在住の主婦から電話が度々あります。家内の長い友人ですが、今日は家内が旅行で留守でしたので、代わりに長電話受けました。
 この夏、パリは寒いくらいとのこと、8月15日は最高17度・最低14度、16日も同じ気温、17日は19度―16度、18日は20度―12度です。
 彼女は日本の暑さをよく知っています。というのも息子と娘が夏休みに日本に来たのです。

小平市の友人所有の空き家を拠点に、毎日、西武新宿線で新宿を通って東京見物、結果はすっかり東京の魅力の虜になり、パリに戻ってからも日本の暑さに参ったとは一切言わず、「もう一度日本に行きたい」と言い続けているそうです。

フランスの少年少女から東京を見ると、我々が見慣れている繁華街の新宿・渋谷・原宿のようなところはパリにはなく、魅力に溢れているのです。同様なことは他の国の人からもよく聞きます。東京の街中は世界の観光名所になっているのです。

そういえば、山岡鉄舟研究会で上野公園探索会をしましたが、公園内にも徳川将軍の墓がある寛永寺墓地内にも、外国人が大勢地図持って歩いていました。これは日本人がパリのモンバルナス墓地を訪ねるのと同じ感覚なのでしよう。

ノルウェーから日本を見ると

ノルウェー水産物輸出審議会日本事務所代表のハンス・ペター・ネス氏が、日本経済新聞で日本のイメージについて次のように述べています。(2010.7.26)

「ノルウェーの平均的なビジネスマンで日本の政治・経済、スポーツの話題を話せる人は少ない。日本へ
の興味の対象は、最新の話題やニュースといった時事的なものではなく、恒常的な、いわゆる日本的なもの。例えば食べ物、電化製品、車、伝統文化、マンガだ。

 ノルウェー人がとても良いイメージを持っているものとして、まず日本食がある。だれもが寿司を思い描き、多様な食文化と比べると知識が偏っているのだが、逆の見方をすれば、食に関するビジネスでのポテンシャルが大きいといえる。

 日本製品が海外で信頼を築いている理由として、質の高い電化製品と車の存在がある。電化製品では韓国勢が売り上げを伸ばそうともメード・イン・ジャパンに対するイメージが揺らぐことはなく、日本車の性能や品質、技術力の高さに魅力を感じ日本車メーカーをひいきにするノルウェー人も多い。

 近ごろ、急速に人気が高まった日本製品としてはマンガがある。子どもや若い人たちへの影響力の高さには驚くばかりだ。ある15歳の男の子は日本に行きたい理由として、マンガを挙げた。

 日本に対する好意的なイメージは大いに歓迎したい。興味がより深い知識への入り口となり、日本企業が製品やサービスを展開する有効なきっかけとなればよい」

日本の魅力

この内容は私が世界各国を頻繁に訪れ、その国の人々と話し合う中で感じる日本へのイメージと正に同じでして、これが日本への外国人の平均的な概念と考えてよいと思います。

一般的な日本人は、自国の政治や経済について、情けないとか、だらしないとか、元気ないといって悲憤慷慨している人たちが多く、先日もお会いした一部上場企業幹部も「日本は悲劇的だ」と発言していました。

だが、世界の人たちからの日本への関心は、そんな政治や経済のことではなく、日本人の生活に密着したモノに好意的な感覚を持っているのです。この事実を、しっかり日本人は確認しなければいけません。考えてみれば日本の魅力はいっぱいあります。

日本が持つモノで世界的なレベルで光彩を放っているものに、茶道、華道から始まり、工芸、織物、染色。最近では建築家が世界をリードし始め、さらには和歌、連歌、俳諧、古典文学の数々。次いで日本料理、日本家屋、日本の祭りとかの年中行事といった生活文化。まだあります。能、狂言、歌舞伎、文楽という舞台芸術。柔道とか剣道、空手、合気道、まだたくさんあるでしょう。

日本人の生活に密着していて、海外で全く知られていない事例を、敢えて挙げれば「童謡・唱歌」くらいではないでしょうか。子供時代の郷愁を誘う「童謡・唱歌」が世界に人々に受け入れられていないのは不思議な物語です。

日本は好印象の国

ユーロ大統領のファンロンバイ氏は俳句が趣味ということは有名ですし、パリには「SUZUKAKE NO KAI」という著名人で構成する日仏親睦団体があり、その一人のお宅に伺って、屋上の庭園を拝見したときには驚きました。2000年に二カ月に渡って北海道の礼文島、利尻島から沖縄の与那国島まで回って、日本の草花を採集し、それで屋上に日本庭園を造っていて、この手入れが最高の楽しみというのです。また、書道も好きで、書道展にも出品するほどの腕前です。

ドイツの各都市には「独日協会」があり、毎年一回持ち回りでドイツ全国大会を開いているほどです。何度かこの独日教会に参加しましたが、とにかく日本好きが集まっていて、日本のイメージは好印象で受け取られています。

一部上場企業幹部による「日本は悲劇的だ」という発言、これとはまったく異なるのが、世界から見る日本なのです。

レスター・サロー氏の見解に対して

ところで、日本人は新しいビジネス構築が下手だとマサチューセッツ工科大学名誉教授のレスター・サロー氏が以下のように述べています。(日経新聞2010.8.1)

「日本に必要なのは新しい企業だ。日本のほとんどの新興企業は、米占領下の第二次大戦直後に生まれた。2000年以降に誕生した企業をいくつ挙げられるか。米国では00年以降に誕生した企業が経済を下支えしている。米国文化の方が経済成長に適している。我々は産業主体の経済から知識主体の経済に移っている。ジョブズCEOやビル・ゲイツ氏、ウォルト・ディズニー氏がつくり出すような知識だ。人々は楽しいものには金を払う。今の日本にはあまり楽しいことがない」

 この発言は傾聴に値します。成程と思いますが、一部は的外れであるとも思います。例えば、前号で紹介したNYのイーストビレッジ地区の屋台村、「B級グルメ」を楽しみたいから大勢集まってくるのです。

日本社会には身近に楽しいことがたくさんある実例がNYの屋台村ですが、このようなことは既にブラジル・サンパウロでは昔から常識です。サンパウロの日本人街リベルダージ駅前の広場、ここは日曜日になると屋台がたくさん出ます。ヤキソバ、今川焼き、お好み焼き、焼き芋、天ぷらなど。観光客よりは地元サンパウロ住民の方が多く、広場を歩くのに苦労するほどの賑いです。「B級グルメ」はブラジルで昔から大人気となっていたのです。

システム化が課題

この「B級グルメ」、日本の各地で最近大人気だと、前号で岡山県日生町「カキオコ」の事例をお伝えし、海外でも同じく人気になってきつつあります。

しかし、ここで心配なのは、「B級グルメ」ブームを、このまま個々の民間業者に任せたままにしておくと、日本国内向け、日本人対象にだけで終わる可能性が高く、世界中に「B級グルメ」を発信できず、海外に大きく発信しないから、レスター・サロー氏は知り得ず「日本にはあまり楽しいことがない」と指摘受けることになるのです。つまり、日本の観光財産に引き上げられません。

既に日本食は世界で受け入れられ、次は「B級グルメ」まで海外で人気となりつつあるのですから、その魅力を海外へ発信し観光客を増やすこと、それを折角に観光庁があるのだから、国が乗り出して観光客誘引システム化策をつくるべきでしょう。

観光庁が予算化して進めた電信柱を地下に埋めることが、観光客誘致の目玉だという貧弱な発想ではダメだと思います。世界から見た日本の魅力実態を知れば策はいくつも考えられるのです。

しかし、策を考えようとするならば前提条件があります。思考方法の転換です。日本人が大得意な「日本から世界を見る」という思考でなく、「世界から日本を見る」という発想に転換しなければならず、これが観光庁の仕事ではないでしょうか。

日本の「普通」を外国に「魅力」として紹介するシステム確立、これが観光大国化への新しい策です。以上。

投稿者 Master : 10:42 | コメント (0)

日本の観光大国化への提言(その一)

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年8月5日 日本の観光大国化への提言(その一)

蚵仔煎・オーアーチェン

世界には日本と異なる習慣が存在する。国が違えば生活習慣が異なるのは当然で、何も不思議ではないが、その違いを現地で体験すると、改めて驚くことが多い。
日本では牡蠣は秋口から春までの寒い時に多く食べ、スーパー店頭では夏場に牡蠣はおいていないのが当たり前である。

ところが、隣の台湾では牡蠣は夏場に食べるもの。台湾で牡蠣を食するサイクルは台風が基準となっている。台湾は太平洋と南シナ海・東シナ海・台湾海峡に囲まれている島なのでので、台風が毎年多く直撃する。従って、9月は海が大荒れになるので、牡蠣養殖作業はできない。

そこで台風が去った10月から3月まで種付けから養殖作業の期間となって、牡蠣を食べるのは4月から8月の間となる。このようにすべては台風という自然条件によって、春から夏場にかけて牡蠣を食べることになる。

ここが日本と大きく違うところだが、台湾環境条件に合致しており、なるほどと思いつつ、この暑い中、台湾へ「蚵仔煎・オーアーチェン」、ガイドブックに「小ぶりの牡蠣が入った屋台定番料理のオムレツ。甘辛のタレをかけて味わうもの」と書かれているが、実際には牡蠣のお好み焼きに該当するものを食べに行った。

まず、台湾で最も有名な牡蠣産地の、台湾海峡に沿った海岸・雲嘉南濱海国家風景区の東石牡蠣養殖場に行き、そこで漁師さんに船を出してもらい筏のところまで行き、海から引き揚げた牡蠣をビニール袋に入れ持ち帰って、宿泊する台南市の一流ホテルで蚵仔煎を作ってもらおうと依頼してみた。

因みに、このホテルは欧米式の階数表示である。17世紀中期のオランダ統治時代に台南に拠点を置いた関係で、日本の一階は地上階表示となっているが、そのホテルからそのような大衆的料理は扱わない、という丁重なお断りを受け、仕方なく一般大衆が食する下町地区にタクシーで向かって、海鮮レストラン永上海産碳(たん)烤(こう)という店に入った。この店はどこにもドアがなく、道路との境がよくわからない状態の店、隣も道路の向こう側の店も同様の地区で、当然に、地元の人の集まるところ。

ここに牡蠣を持ち込み、ガイドが紹興酒と屋台で買ってきた魚を煮込んだスープみたいなものも持ち込んで、蚵仔煎を料理してもらいたいと頼むのだから、こちらも相当の図々しさである。近くで爆竹が派手に鳴っていて、支払いはカード出来ず現金のみであったが、牡蠣のお好み焼きなら日本でもあるなぁと酔った頭で思いだした。

「カキオコ」

それは「カキオコ」である。牡蠣のお好み焼きを略すると「カキオコ」になり、それは岡山県備前市日生(ひなせ)町の「B級グルメ」だという。

「B級グルメ」とは何だろうと、台湾から戻って早速日生町の観光協会を訪れた。竹林沙多子さんが一人で頑張っている観光協会で「B級グルメ」お聞きすると、それは贅沢でなく安価で日常的に食される庶民的な飲食物とのことだと、ご教示受けた。

なるほどとようやく理解して、次にジューシーなカキの風味とおねえさんとの楽しい話が味わえるまち『日生』」と書かれたカキオコ店のマップをいただき、説明を受けていると、次第にカキオコへの期待が高まって、ちょうど昼時、お腹が鳴りだしたので、マップに記載されている「タマちゃん」に向かった。

JR日生駅の次の駅、寒河(そうご)近くに「タマちゃん」はあった。自宅を改装した店づくりでオープンして8年目。建築業から転身した両親と息子夫婦で経営している。道路に面した自宅スペースの前に「日生カキお好み焼き研究会」の幟が立っている。へえー牡蠣も研究会があるのかと思いつつ、店に入って早速にカキオコを注文。

すると、この店の息子らしき若き男性が、大きな鉄板に最初はサラダ油で、最後にオリーブ油を加えると加熱が高く味が締まるのがコツだと解説しながら、冷凍ものの日生特産の肉厚な牡蠣を中に入れて焼きだした。見ていると、一般的にお好み焼きは焼きながら上からフライ返しで抑えるが、ここでは抑えない。ファっとしたものにするためと、親父が婿なので抑えられないという意味もあると笑いながら。

その厚みのある表面に、自慢の自家製のソースと、アンデスから取り寄せた岩塩とで、半分ずつ味付けする。二つの味が味わえるから試してくださいという言葉に、期待のカキオコを食べてみた。一口食べてみて美味いと感じる。それも上品な味である。店舗づくりは田舎風だが、味は都会風だと評すると、息子はまたニコッと笑う。価格は900円。

実は、この日生町でカキオコがはじまってから、日はまだ浅い。平成13年(2001年)の冬、赤穂市から岡山市の県庁へ電車通勤しているひとりの人物が、偶然に日生で昔からの「カキお好み焼き」を食べたことをきっかけに、日生在住の通勤仲間や他地域の仲間に呼びかけて「カキオコ食べ歩き調査」を実施し、翌年の1月に「日生カキお好み焼き研究会(略称:カキオコ研)」を立ち上げ、日生町に活気を取り戻そうとはじめたのである。今では各地のB級グルメフェスタに参加するほどの知名度となり、観光協会の竹林さんに全国から問い合わせが来るほどの盛況さとなった。

これは日生町の海が所属する、播磨灘牡蠣を活かした地域起こし成功例であるが、このような事例は全国に数多くあるに違いないと、カキオコの経験で思った。

「B級グルメ」

そう思っていたところ、近所の自動車ディラーから連絡があり、ハガキで応募した賞品が当たったというので、受け取りに行くと埼玉県鳩ケ谷市の「焼うどんソース」を「B級グルメですが」と言いながら渡された。そこで早速、このソースをかけて食べてみると、ブルドックソースも真っ青というほどの美味さである。以後、この「焼うどんソース」を専ら愛用している。

 これで分かったことは日本全国各地に「B級グルメ」がたくさんあると推定できることで、日生町のパンフレットにも「姫路おでん」「高砂にくてん」「津山ホルモンうどん」「府中焼き」「出雲ぜんざい」等が掲載されている。

「B級グルメNYで人気A級」

これは日本国内だけのことだと思っていたら、「B級グルメNYで人気A級」(日経新聞2010.8.1)が掲載された。

内容は「7月中旬の週末、マンハッタン南東部のイーストビレッジ地区の一角に屋台村『ジャパンタウン』が出現した。並んだのは、お好み焼きやたこ焼き、焼き鳥、ラーメン、ギョーザなどを売る約40店。平均5ドルの日本食を目当てに、主催者の推定では5万人もの人々が集まった。あまりの混雑に警察が出動、入場を規制するほどだった。 『ピザみたいで好き』と割りばしでお好み焼きを食べる女性(22)。ニュージャージー州から友達とやってきたという高校生、トム・ヘイドンさん(16)は焼き鳥が好物だという。『日本のアニメも好き。日本に旅行するのが夢』と目を輝かせた。・・途中略・・

 日本の『ソフトパワー』とされるアニメやグルメ、ストリートファッションなどの情報はインターネットを通じて米国の若者らに時差なしで届く。日本への興味は、より生活に密着した『日常』に向かっている。
 日本政府観光局(JNTO、東京)の2009年の調査によると、日本を訪れた米国人観光客が訪日前に期待したこと(複数回答)は『日本の食事』が歴史的建造物などを抜き、初めて首位に浮上。すしやてんぷらだけでなく、おにぎり、そば、焼き鳥など庶民的な味への関心が高まっていることも明らかになった」

 この内容はよくわかる。筆者がNYに住む米国人親娘を荒川区町屋の普通の居酒屋へ連れて行ったところ、店に入る前は「今日は昼食が遅かったからあまり食べられない」と言っていたのに、実際に料理が運ばれてくると「こんなに美味い食べ物は初めて」と、次から次へと出されたものを全部食べてしまったことがあった。この時に、日本人にとっては普通の食べ物が、外国人には宝物になっていると実感した。日本の街中には、日本人は分かっていないが、外国人とって魅力的なものがたくさんあると感じたのである。

この続きは20日号。なお私が司会を担当する清話会主催シンポジウム「日本を観光大国化するためには」を9月14日(火)14時~16時30分、会 場  お茶の水ホテルジュラク2階「孔雀」で開催します。ご興味のある方は清和会にお申し込み願います。
http://ameblo.jp/seiwakaisenken/entry-10598689152.html 以上。

投稿者 Master : 10:34 | コメント (0)

2010年07月20日

歴史的思考力を磨こう

環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年7月20日 歴史的思考力を磨こう

とうとつ発言

菅総理の参院選時における「とうとつ」消費税発言について、菅首相も「とうとつ」な感を国民に与えたと陳謝しましたが、身内からも非難が続いています。
7月16日のテレビ朝日で民主党の枝野幹事長が「消費税に触れるなら慎重にやってください」と伝えたが、と発言。
首相の経済政策ブレーン、内閣府参与の大阪大学小野善幸教授も「参院選での菅首相の消費税還付に関する発言は丁寧さが欠けた」との認識を日本記者クラブで会見表明。

これに関する話題は世の中に溢れるばかりです。だが、選挙が終わってからいくら反省しても議席数は戻ってこず、菅政権運営は梅雨が明けないままの状態になりました。

クリンチ作戦

ボクシングの試合でよく見られるのがクリンチです。クリンチとはどちらかといえば負け気味の選手の方から仕掛ける抱きつき作戦、いわば弱者の戦術です。菅首相は自民党が掲げる消費税10%公約に飛びつき、相手を抱きこもうとクリンチ戦術を展開したのですが、これが結果的に大敗北の要因となりました。菅首相は野党時代の癖が残っていたのでしょう。弱者の戦術に長け、政権党としての強者の戦術に慣れていなかったと推論します。

奇兵隊より大村益次郎

振り返ってみれば6月8日、菅内閣がスタートし、菅首相は記者会見で「奇兵隊内閣」になりたいと述べました。この発言について世間はあまり関心をもちませんでしたが、これは問題を残した発言の第一歩と思っています。
菅首相が、同じ出身地の長州藩・高杉晋作を、尊敬する人物と挙げ、高杉晋作が編成した奇兵隊を持ちだすのは、一見、何も問題がないように思われます。しかし、高杉晋作は奇兵隊をつくり倒幕の狼煙をあげた、という意義深い歴史的事実から考えれば、菅首相が鳩山前首相から引き継ぐという政治状況下では、適切な発言ではなかったと思います。
昨年8月30日の衆議院選挙で、民主党は一つの党が獲得した議席数としては過去最多となる308議席を獲得したことで、いわば既に自民党倒幕は終わっているわけです。
問題はその倒幕後の政権運営がしっかりしないことから、鳩山前首相が辞任し、菅首相になったのですから、この政治状況を踏み考え、見習うべき歴史上の人物を上げるとするならば、奇兵隊より大村益次郎になりたい、というのが筋だったと思っています。
大村益次郎も長州出身、長州戦争・戊辰戦争の作戦指導者で、近代明治時代の礎をつくった人物、特に優れていたのは彰義隊をわずか一日で壊滅させた上野戦争の緻密な計画に基づく作戦と指揮の見事さで、その緻密さと計画性について菅首相は学ぶべきでしょう。

歴史的思考力

考えてみれば、鳩山前首相も歴史的思考力が欠如していたと思えます。山内昌之東京大学教授は沖縄普天間基地問題に対し「歴史的思考に基づく常識力を発揮すれば、沖縄県民と米国政府と連立与党社民党のすべてを満足させる解の発見は絶望的なほど難しいか、不可能なことがすぐにわかったはず」と述べています。
ここでいう歴史的思考力とは、記録された歴史の事実から説き起こし、今の現実で発生している概念や特定の状況に適合させ、考えられる力のことです。
また、理想を性急に実現できるのは、革命期に限るわけですから、常識的に考えれば、昨年8月の自民党を倒した後は、緻密な計画性に基づく政治運営が求められていました。

司馬遼太郎のアームストロング砲説

司馬遼太郎は大村益次郎を「花神・かしん」で書きました。NHK大河ドラマでも放映されましたから、大村を知ろうとする人はたいがい「花神」を読みます。
この中で大村の緻密な計画性の事例として、幕末の上野の山で行われた、彰義隊壊滅の作戦を幾つか取り上げています。例えば、戦況ニュースというべき戦陣新聞「江城日記」を大村が自ら書き、毎日発行し、情報の一元化を図った事などです。
中でも「花神」で最も強調している成功作戦は、アームストロング砲の威力で彰義隊を壊滅させた事です。このアームストロング砲は佐賀藩が所有していた、後装式砲(後ろから弾を込める)ライフル砲を改良したもので、伝説的に語り草になっている砲です。
確かに、午前中までの戦いは彰義隊が優勢で、上野の山の諸門とも官軍を寄せつけませんでした。その苦戦の戦況を一変させ、彰義隊が一気に崩れたのは「花神」によると、午後から発射されたアームストロング砲の威力であり、これで彰義隊は動揺し、士気を落とし始めたその時に、薩摩兵が主力を黒門口に前進させ、防御を突破したというのです。

アームストロング砲への疑問

だがしかし、常に世には異説があります。それを伝えるのが「真説上野彰義隊 加来耕三著 NGS出版」です。この中で加来耕三氏は
「これまで世に出された彰義隊関連の書物は、例外なく上野戦争の勝敗の要因に、このアームストロング砲の脅威を掲げているが、黒門口に一発の砲丸すら当たった形跡がないように、不忍池を越えて二、三の子院を破壊したとしても、その実、彰義隊が夜までもちこたえられないほどの脅威ではなく、事実は覆面部隊の投入だった」と述べ、それを証言しているのが彰義隊の菩提寺である荒川区の円通寺住職の乙部融朗氏の以下の談話です。
「現在、円通寺に残っている黒門を見ても、大砲が当たって壊れたような個所はありません。ただし、小銃の弾痕はかなりたくさん残っています。黒門は上野の山の最前面にあるので、大砲でいちばん先に撃たれて当然のはずですが、円通寺の黒門が事実を証明しています」と述べています。

覆面部隊の投入

円通寺住職は続けます。「大村益次郎は卑怯な戦術を用いました。秘密にコトをおこなうため、手勢の長州兵を川越街道へ回し江戸を離れさせ、日光街道の草加へ大迂回をさせ、前の日の十四日には千住の宿に泊まり、翌五月十五日戦いの当日の昼ごろ、会津の援兵と称して上野の山に、今の鴬谷駅のあるところにあった新門から入りこんで、文化会館の北寄りのところにある磨鉢山という古墳のところまで来たときに会津の旗をおろして、代わりに長州の旗を掲げ、黒門口を中から撃ったので、山内は大混乱。こうして死ぬまで戦うつもりが、潰走しなければならなくなり、雨の中、昼を少し過ぎたころには、あっけなく崩れてしまいました。これが戦いの模様でありました」と。

現場で確認してみた結果

彰義隊が壊滅されたのは旧暦慶応四年五月十五日、新暦では七月四日になりますので、先日、この暑い盛りの日に鉄舟研究会メンバーと上野公園内を探索してみました。
まず、ことごとく焼失した寛永寺で唯一残った、輪王寺宮法親王が居住していた寛永寺本坊表門のところに行って、門を子細に見ますと、確かに銃弾の跡がいくつも残っていて、激しい戦いが行われたことが分かりますが、アームストロング砲が当たったと思われる傷跡はありません。
西郷隆盛銅像と彰義隊の墓の先に清水観音堂があり、堂内に明治期の画家五(ご)姓(せ)田(だ)芳(ほう)柳(りゅう)の描いた「上野戦争図」があり、その脇に実物の砲弾が展示され、これが椎ノ実型の砲弾であり、これが本郷台から発射されたアームストロング砲とすれば、大きさから見て木製の寛永寺本坊表門なぞは一発で破壊されたと思われます。
ここで大村益次郎という類稀なる人物の特性、それは優れた計画性にあるわけで、その資質から考えるなら、事前に佐賀藩のアームストロング砲を試射したはずで、その結果、アームストロング砲の実力を判断し、これでは決定的な壊滅対策にならず、そこで覆面部隊投入を考えたと理解するのが自然だと結論付けしました。

歴史的思考力を磨こう

大村は作戦を組み合わせできる優れた人物です。勝利のためにアームストロング砲だけに頼らず、敵の裏をかく覆面部隊作戦は、緻密な頭脳から引き出された当然必要な作戦であり、彰義隊がそれらを予測し対応をとらないのが問題なのです。過去の歴史的事実を把握し、そこから説き起こし現実の状況に適合させるという歴史的思考力が、今の時代を運営するリーダーには特に大事で、歴史を実践的に学ぶ必要性を改めて感じています。以上。

投稿者 Master : 11:25 | コメント (0)

2010年07月06日

日本の実態は自らが調べる事

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年7月5日 日本の実態は自らが調べる事

参院選挙

参院選の候補者が激しく動き回っています。7月2日、東京ドームの巨人対阪神戦に行きましたが、JR水道橋駅出口には、中畑清、江本孟紀、西村修というスポーツ関係の候補者が街頭演説を競い合っていました。

また、山手線の中では、隣りに座った80歳の女性から小泉進次郎の顔写真が写った団扇をもらいました。ご本人は巣鴨のとげぬき地蔵にお参りに行き、そこでたくさんもらってきたからと、こちらに渡してくれたのです。さらに、自宅にも各所から電話がかかってきます。もう10年以上も年賀状も含め何も連絡のなかった元部下の女性、昔住んでいた所の真向かいの人、故郷の親戚から、それぞれ最初に無駄話をして最後に選挙の話になり、誰だれを頼むというストーリーは変わりません。

議席数

日経新聞の参院選情勢6月26日では、民主党は「改選54」を上回る勢い、自民党は「40台うかがう」というものでした。
政治学者の福岡政行氏から6月23日にお聞きしたものは「民主党は50議席に届かない」というもので、その理由として次の五つを挙げていました。①一人区は過疎地域が多く民主党不利、②統一地方選挙の年は保守層が自民党へ、③地方の景気が低迷、地方票が入らない、④消費税アップ発言が問題、⑤前回衆院選のマニフェストがでたらめ。
みんなの党幹事長の江田憲司氏からも、6月23日にお聞きしましたが「民主党の過半数はなく、参院選後は大混乱となり、政界再編成となる際に、小沢一郎は必ず自民党から同調者を募り民主党を離れる」というものでした。結果はどうなるかですが、それに我々が一票として参加している事をしっかり認識したいと思います。

公務員にボーナス支給

6月30日に国と地方の公務員に夏のボーナスが支給されました。
総務省によると管理職を除く一般行政職の国家公務員平均支給額は57万円との事で、平均年齢は35.5歳、昨夏より約4000円0.7%増という事でした。
この金額を聞いてどう感じるか。それは人それぞれの立場で異なるでしょうが、随分民間実態とかけ離れた支給額と感じる人は多いのではないでしょうか。日本経済はこのところ少し良くなりつつあるものの、一般企業は苦しい経営を余議されています。ですから、ボーナスはそれほど増えていない、減額されたままというのが実態でしょう。

一般企業のボーナス支給額

公務員が高いと感じるのは、一般企業のボーナス支給額の実態を入手したからです。知り合いの会計事務所、ここは545社を顧問会社にしている大手事務所ですが、その社長が顧問会社のボーナス一人当たり支給額を一覧表にして提供してくれました。
それによると、平均額で平成21年夏季ボーナスは23万円、平成21年冬季ボーナスは25万円です。
11業種別に算出された表を見ますと、最も多いのが不動産業で50万円(平成21年冬季)で、少ないのは飲食業の7万円(同期間)です。
公務員ボーナスとは相当の支給差があることが分かります。では、どうして公務員がこれだけ高いのでしょうか。我々の税金から支払っているのに・・・。

ボーナスは業績評価

昔、故郷の母親から公務員は給料が安いから勤めるな、と言われた事を思い出しました。だが、今のボーナス支給額を見る限り、公務員の方が高いというのが実態です。また、民間企業のボーナスは業績による成果配分ですから、経営が順調な時は多く支給され、今のように苦しい時は少なくなります。これが当たり前です。経営が難しい時にも、景気の良い時と同じ支給額を維持すれば、企業そのものが経営危機に陥ります。
こんなことは子供でも分かる事ですから、日本経済の状況と財政赤字の実態を考えれば、民間の二倍にも及ぶボーナス支給は考えられない額です。
しかし、実際に6月30日に公務員全員に大きい額が支給されました。何故か。それはルールに従っており、正当だと認識されているからです。

人事院勧告

どうして多額のボーナスが公務員に支払いされるのか。それは簡単な理由です。人事院の勧告で行われるのです。
では、人事院勧告はどういう金額でなされたのでしょうか。それを人事院が発表しているサイトで見れば一目瞭然です。
人事院勧告の基になっている民間ボーナスは、何と平成21年の夏季で729,596円(事務・技術等従業員)となっています。
つまり、6月30日に公務員全員に支給された57万円より21%も低い額となっているのです。民間企業に勤務する人達より、公務員は低い金額を支給しているという事になっているので、正当なボーナス金額ということなのです。

算定の基礎はどこから持ってきたのか

問題は人事院が調査算定した企業の実態です。どういう企業を調査対象としたのか、そこが関心事です。実は、人事院の調査は「企業規模50人以上で、かつ、事業規模50人以上の民間事業所から層化無作為抽出した事業所を対象」に9747カ所を調べているのです。この企業数の中には従業員1000名以上のところが2731カ所含まれていて、当然に大企業ですから、給料もボーナスも高い水準になっていると推定できます。

しかし、日本全国の中で事業所は588万カ所(平成18年)あるわけで、ほんのわずかの対象しか調査せず、加えて、従業員1000名以上の大企業が28%を占める調査ですから、当然に上方シフト、つまり、支給額は高いところに調査結果が決まります。

実際に街中にたくさん存在する飲食店とか美容院のようなところを、もっと多く入れていくなら、この人事院勧告基礎データにはならないわけで、そうすれば公務員のボーナスはもっと少なくなります。
これは給料も同じ算定方法ですので、今や民間ベースより公務員の方が高いという実態になっているのです。

公務員人件費は35兆円

政治学者の福岡政行氏が出版した「公務員むだ論」に公務員人件費は35兆円とあります。出所は財務省の「日本の財政を考える(2007年5月)」であり、これに独立行政法人や公益法人、地方の第三セクターの人件費を加えると37~38兆円と述べています。
平成22年度末の税収は約36兆円ですから、国民全体で納める税金が全額公務員人件費に支出されているという結果になります。

この実態を調べてみて、日本の高コスト体質の本質は公務員の人件費にあることが分かりました。大変な国家運営をしてきた事になります。政治家の責任でしょう。

問題は国民であり調査方法にある

日本はいつの間にか財政赤字は世界一、公務員だけで国家を食いつぶしている、という実態になっているわけですが、どうしてこうなったのか。

様々な要因があると思いますが、人事院勧告に見られるように、日本国の実態を網羅しない調査結果で判断しているという大問題があります。それが人事院勧告の基礎データと街中の会計事務所によるデータとの格差です。一般の街中の企業給料は人事院調査の半分なのです。ですから、正しく妥当に調べれば公務員人件費は当然に下がる仕組みになっているのです。調べていないのではなく、調べる対象が間違っているのです。

ということは、日々マスコミで報道される経済実態も、集めやすい大企業中心データから構成・編集された内容になっている事を示しています。

つまり、我々は大企業が提供するデータ中心で編集された記事、それを社会の事実として受け止めている、という大きな問題点をもっていることを改めて考える必要があります。

ですから、社会の実態を把握したいならば、マスコミデータに加えて、現場で調べたものを加えて判断する、という習慣を身につけたいものです。参議院選挙が近づいた機会に、もう一度我々の判断基準について振り返ってみることが大事ではないでしょうか。以上。

投稿者 Master : 05:23 | コメント (0)

2010年06月21日

2010年6月20日 ユーロ安の円高をどう考えるか

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年6月20日 ユーロ安の円高をどう考えるか

イタリアからのメール

今回のギリシャ危機に当って、ギリシャに住む主婦からいただいたメール内容は前号でご紹介しました。同タイミングでイタリアからもいただきましたので、ご紹介します。
「ギリシャは大変そうですが、イタリアの財政は今のところ問題なし、ということで、特に変化はありません。ユーロが大幅に下がったこの機会を利用して、輸出を増やし、経済回復に拍車をかけるべきだ、と先日、プローディ前首相があるテレビ番組で力説されていました」・・・ボローニャの主婦。ギリシャとは大違いです。

スペインからのメール

同じタイミングで、スペインからもメールをいただきました。
「スペインは昨年から失業率が急上昇し、財政赤字も増加。7年目に入ったサパテロ社会労働党政権も、遅まきながら経済政策に大きなメスを入れて★ 公務員の賃金カット(12~15%)★ 社会年金・恩給の一部凍結★ 定年退職年齢の引き上げ(65歳から67歳)★ 幼児・子供への政府援助金の一旦中止など、右傾化した経済政策に方向転換し、来月国会でそれが承認されたらすぐ公務員がストライキを実施すると発表。

そしてスペインの2大労組(労働総同盟=UGT; 社会党系と労働者委員会=CC.OO.共産党系)がゼネストも辞さないと発表しているが、『このような時期にゼネストなどやっている場合じゃない』という声も多いし、国民やマスコミも余り支持していなくて、ギリシャのようなゼネスト、社会問題にはならないと思う。
 デパートやスーパーでの一般市民の購買力も落ちていないし、夏のバカンスも財布を引き締めながらも、8割以上の国民がバカンスに出かけるとアンケート調査で答えています。

大多数のスペイン人は根っからの楽天的な性格で、何でもポシティブに考えるんです。マドリードの中心部を歩いていると、『経済危機なんてどこ吹く風?』という感じです」・・・マドリード在住のビジネスマン。これもギリシャとは大違いです。

ギリシャ人から聞いたこと

在日ギリシャ大使館公式通訳の方に、昨年3月の経営ゼミナールでギリシャ状況をお聞きしました。その際に述べられたことが記憶に残っています。
「2001年にユーロを導入したが、これを機にギリシャは急激な物価高に見舞われた。例えば、ユーロ導入前のギリシャの通貨はドラクマで、その頃はギリシャの朝市などでは『たったの100ドラクマ』という謳い文句があったのだが、しかし、ユーロ導入とともにそれが『たったの1ユーロ(=340ドラクマ)』になって、通貨切り替えの際の便乗値上げが横行し、その後も物価は上昇し、現在では日本とあまり変わらない物価水準となっている。

一方、賃金は物価上昇に合わせて賃上げされず、ギリシャの2005年の最低賃金は668ユーロ(約87,000万円・当時レート130円)で、EU加盟国の中で7番目の水準となっている」と。

このようにユーロ圏に加盟したが、インフレとなり収入は増えず、国民生活は一段と苦しくなった状況、また、ギリシャの経営者は「私たちはギリシャをバルカンの中心地にしたいという気持ちが強い」と述べましたが、これは結局、ギリシャ人自ら独仏などとの競争を諦めて、バルカン半島内での経済国になりたいということを表していると理解しました。つまり、EUユーロ圏に入ったが、意識はバルカン半島国家であり、国境を接しているアルバニア、マケドニア、ブルガリア、トルコという近東(Near East)諸国と関係を深めていると認識できます。

現代のギリシャ人とは

現代のギリシャは、古代ギリシャ人の直系子孫として1830年、オスマン帝国から独立を果たしましたが、独立早々ドイツの学者によって「いまのギリシャ人には古代ギリシャ人の血が一滴も流れていないと書かれてしまったときには、国じゅうに衝撃が走った」ということがありました。(内山明子著 国立民族学博物館『季刊民族学』123号2008年新春号の『ギリシャ・ヨーロッパとバルカンの架け橋』)
ギリシャの歴史は占領され続けた苦しみの連続です。その中で最も外国の支配が長かったのはトルコからで、アテネが1458年にオスマンによって支配され、1503年にはギリシャ全土が完全にオスマン帝国の州となり、キプロス島も1577年にオスマン帝国下に入りました。

したがって、トルコ人のギリシャ支配は、コンスタンティノーブル没落から1821年の反乱まで、約400年近く及んでいます。この期間は「トルコのくびき」と現代まで語り継がれるように、ギリシャは暗黒時代を過ごし、支配されてから1700年までにギリシャ人の人口が四分の一も減少した事実、それは征服下で厳しい圧政が行われたことを証明し、ギリシャ人のトルコ嫌いの原点になっています。
しかし、この約400年の間に、ギリシャ人とトルコ人との血のつながりは相当に進んだと想像できます。ご承知の通りトルコ人は黒髪です。本来、金髪であるギリシャ人とトルコ人との血のつながりの結果はどうなるか。それは黒髪となって現代に蘇っています。

2008年のアテネ訪問時、多くの家庭で子ども達と接しましたが、兄弟姉妹でありながら髪の毛の色が違っているケースが多く、同じ両親から生まれたのに、一人は金髪、もう一人は黒髪であり、顔は似ているが、髪の毛の色が異なると、一見別人の如く感じます。
これらから判断しますと、現代のギリシャ人は古代ギリシャ人の血にトルコ人が混じっていますし、その他の国の支配も受けているのですから、2500年という時間経過で、ドイツの学者の見解に頷かされる可能性が高いのです。

ギリシャの独立経緯

さらに、ギリシャ独立の経緯を内山明子氏の論文から整理しますと、
① 古代ギリシャへの関心が高まっていた十八世紀のヨーロッパでは、古代遺跡を巡るためオスマン帝国を訪れる旅行者が増えたが、彼らはそこに暮らすギリシャ語を話す人びとを古代ギリシャ人の末裔とみなし、その民族名称であるエリネス(ギリシャ人)の名で呼んだ。

② 一方、オスマン帝国内でギリシャ語を話す人々は、自分たちをギリシャ人ではなくローマ人(ロメイ)とみなしていたが、ヨーロッパ人の古代ギリシャ熱に接したことで、自分たちを古代ギリシャ人の末裔として自覚しはじめ、ギリシャ人としての民族意識を高め独立意識を強くし、1830年ギリシャはオスマン帝国から独立した。

③ ヨーロッパの協力を得て独立したギリシャは、外国から国王としてバイエルン王ルードヴィッヒ一世の息子、ヴッテルバッハのフリードリッヒ・オットーを迎え、そのオットーがギリシャを追われた1863年には、デンマークの王家出身のゲオルギオス一世をギリシャ王として迎え入れ、その後も王政が続き、1963年の国民投票で王政の廃止が決まって、ようやく現代のギリシャ共和国が誕生したという歴史経緯がある。

以上を整理すると、現代のギリシャ人は、ローマ人と認識していた人々が、ギリシャ語を話すことから、ヨーロッパ人の影響で古代ギリシャ人の末裔と認識し、現代のギリシャを創ったということになり、ギリシャ語というつながりだけが、古代ギリシャとの関係であって、そこには長い時間を費やしている民族としての血筋・歴史が明らかになっていない、ということになります。
 
ギリシャ危機によって円高となった

 ここで長らくギリシャ問題を取り上げたのは、特別にギリシャに関心が深いのではなく、これが日本経済に大きく影響しているからです。ギリシャ問題から一段とユーロ安となり、その結果、円が高騰しているからです。

6月19日現在1ユーロ112円、一時は108円まで高くなり、2009年12月は132円でしたから20円以上の円高です。この円高は韓国ウォン、オーストラリアドルに始まり、殆どの国に対して高くなって、勿論、アメリカドルに対しても同様です。

日本人全員が承知しているように、日本は長らく景気が良くないのに、どうして円高になるのか。外国から見ると日本経済は別の認識になるのでしょうか。

この素直な疑問に対し新聞等で明確に解説されていません。どうして経済専門家達は整理しないのでしょうか。専門家が分析しないのであれば、我々一人ひとりが、この素朴な疑問について、実態的に整理しておく必要があると思いますが、いかがでしょうか。以上。

投稿者 Master : 06:52 | コメント (0)

2010年06月06日

2010年6月5日 ギリシャ問題

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年6月5日 ギリシャ問題

企(つまだ)つ者は立たず、跨(また)ぐ者は行かず
 これは老子の言葉で、意味は「つまさきで立つ者は立ち尽くすことができず、大股で歩く者は長く歩くことができない。功を急いだり、人目に立つように自分を見せびらかすような人は、長続きしないし、成功はおぼつかない」。
 要するに、自分の実力以上に無理すると、息切れするという意味で、正に、これはギリシャに該当すると思っていますので、その理由を以下に述べたいと思います。

ギリシャの問題は予測できた
現在、月刊ベルダ誌で「世界よりみち紀行」(ペンネーム・南石堂)を連載しておりますが、ギリシャについて昨年2月号で以下のように書きました。
「欧州単一通貨であるユーロは、1999年1月に11カ国からスタートし、その2年後にギリシャが、続いてスロベニア、キプロス、マルタが導入し、今年元旦にスロバキアが加わりユーロ圏は16カ国になった。だが、ユーロ導入以後7年経つギリシャが、このように社会的安定を欠く実態とすれば、米ドルに代わってユーロが世界の基軸通貨になることは難しいだろう」と。
正に、このような危惧が当たりそうな状況です。今はユーロ売りが少し落ち着きましたが、今年前半の新聞記事をつぶさに追っていくと、EU金融当局、それはEU政府とECB(欧州中央銀行)や、独仏のEU強国政府を指しますが、これらが対策をとった直後に投機筋から売り込まれている状況が分かります。結果として、ユーロを今後の基軸通貨として認識判断し、保有した各国の中央銀行などは大損害を被っています。

何故予測できたか
 ギリシャには2008年3月に訪問しました。その時の印象が強烈で、これはEUユーロ圏の一員として問題だと感じたわけでして、それをいくつか紹介します。
① 空港からアテネのホテルまでタクシーで向かい、アテネオリンピック開催にあわせて整備した高速道路を快適に走った。だが、高速を降りた途端に酷い渋滞。運転手が大げさに手を上げ何か叫ぶその窓向こうに、窓拭きや物売りの若い男が大勢いる。これを見ておやっと思う。ヨーロッパ圏では珍しい。南アフリカ・ヨハネスブルグやインド・ムンバイでは普通の光景だが、ヨーロッパの国々で見かけない物売りだ。
② 次に気がついたのは、タクシーの運転手や信号で物売りしている若者たち、通りを歩いている人たち、その顔や体つきを見ていると、ギリシャに来たとは到底思えない感じだ。
この感覚は1989年11月に、初めてアテネに来た時も感じた。その時もひとりで訪れ、街中を歩いているうちに、今、ここアテネに住んでいる人たちは本当にギリシャ人なのか、という疑問を持った記憶が強く残っている。
古代ギリシャ人の彫刻は国立考古学博物館に行くとたくさん展示されているし、ギリシャ文明を義務教育で学んでいるので、古代ギリシャ人のイメージはしっかり脳に残っている。すばらしい理知的な瞳と顔立ちをしているブロンズ像でギリシャ人のイメージが固まっている。
だから、街中を歩いている人たちは、皆古代ギリシャ人のブロンズ像のようであることを期待し、その確認のためにアテネに来たようなものであるが、実際のアテネを歩いている人たちは、随分異なる。違った国に来た感じだ。
③ 空港から利用したタクシー、メーターがあるので安心し激しい渋滞の車中から、ゼウス神殿とパルテオン神殿に見とれていると、急に狭い路地に入って行き、路地から再び大通りに出るところの角にくると、「あれがホテルだ」と指差す。
大きな建物のホテル名を確認し、間違いないと思い、支払いをしようと思ってメーターをみると、数字は全く消えている。路地から大通りに出る角までのメーター金額は確か13.50ユーロだった。運転手にいくらだ、と聞くと28ユーロだという。一瞬、ホテルのボーイを呼んで、タクシー運転手に文句言ってもらおうと思ったが、これもアテネでの貴重な実体験と思い支払う。すると、25ユーロの領収書と、高速の2.70の領収書をこちらに渡してくる。もう領収書が手書きで用意されていたのだ。
④ ホテルに入り、改めてギリシャを地図上で見てみると、ヨーロッパの東南部、地中海のイオニア海とエーゲ海に挟まれたバルカン半島の南端に位置している。イオニア海の向こう側のイタリアとは海があり陸続きでない。だが、アルバニア、マケドニア、ブルガリアとは北方国境を接し、驚いたことにトルコと陸続きなのである。
   ギリシャはヨーロッパである、というイメージを持って訪れると妙な感覚になる。立地しているのはバルカン半島の突端、回りは東欧諸国とイスラムのトルコ、当然に近東諸国の影響を受けている。
   近東(Near East)とは、バルカン諸国、トルコ、シリア、エジプトなど旧オスマン帝国に対するヨーロッパでの呼称であって、これらの国々に囲まれているのであるから、ヨーロッパ的雰囲気というよりは、実際に見かける光景や食べ物は、バルカン・近東なのだ。
⑤ 夕食はバルカン・近東の雰囲気を持つ、観光客で一杯のプラカ地区で食事をし、ホテルに戻るべく、アクロポリスの丘を遠くに眺め、迷路のような細い路地裏を歩いて、大通りに戻り、交差点に立ち、そこにいる多勢のアテネの人たちを見ていると、再び、今のギリシャ人は本当に古代ギリシャ人の末裔なのであろうか、という疑問を強く持つ。
この疑問について、後日調べて解明しましたが、これを述べ出すと長いので次回として、次にアテネの主婦から送って来た最新の状況をお伝えします。

ギリシャからの便り
アテネに住む主婦から最新の状況連絡を受けました。
「ギリシャ経済は今大変で、最初は、たいしたことはないだろう。又ストライキでもすれば・・・などと高をくっていたギリシャ人も、ここへ来て、あせっています。
 とにかく、公務員だらけのギリシャですから・・・。共働きで学校の先生をしている人たちや、共働きで公務員をやっている人達、国営病院に勤めている人たちが賃金カットに一番怒っています。今まで、楽をしてお給料を貰っていたくせに・・・(笑)。
公務員以外の人たちにはそれほど影響はありませんが、やはり少しは賃金がカットされるようです。電気、水道、電話料金などは自分が使用した料金の2倍以上の税金が加算されていてびっくりします。たとえば自分が使った料金は50ユーロなのに100ユーロ以上もの税金、その他が勝手に付いてきて150ユーロ以上払わなければなりません。一体どうなっているんだと、怒鳴り込む人もいるそうですが、いくら怒鳴り込んでも国のすることには逆らえません。政府は町の統一もするそうです。小さな町は大きな町に合併されるようです。そうやって公務員の数を減らすつもりではないかと思います。
 ギリシャ人は今までストライキをすれば(特に公務員)、国が要求を呑みいれていたので、今回もストライキをすればいいと思っていたようですが、今回は国もそういうわけには行かず強制的にするしかないようです。
ここに来て、ギリシャ人は初めて国が要求を飲まないことが分かったようですが、まだまだ現実のものとは受け止めていないようです。今まで政府は選挙の票取りのためにでたらめな政治を行ってきた付けが一般市民(公務員以外)にも及んで来てこれからはギリシャは大変な生活を強いられると思います。ギリシャ人の悪いところはどうにかなる…と思っていることです。ストライキを続けているのがその証拠で、そうすれば賃金カットはできないと、まだまだ思っているようです。
今まで気楽に、好き勝手なことをして暮らしてきたギリシャ人にとって、今回の政策は大変なことで、これから先、ギリシャは一体どうなるのか、国民は不安になり始めました」

ギリシャのEU加盟は失敗だった
 EU内の経済的強者ドイツ・フランスに対し、明らかにギリシャは弱者です。これら国が一緒になると、ユーロ為替相場は参加国平均となるので、経済強国は割安で有利、弱国は割高で不利となり、結果としてギリシャは背伸び国家運営を行わざるを得ず、国内経済で歪みが生じます。自分の実力以上に無理すると息切れするよい事例です。以上。

投稿者 Master : 06:20 | コメント (0)

2010年05月21日

 ギリシャ問題が意味する背景

YAMAMOTO・レター
2010年5月20日 ギリシャ問題が意味する背景

PIIGSとは
PIIGSという五文字が、マスコミによく表現されています。PIGはブタという意味で、これにもう一つIが加わり、最後にSがつきますので、ブタ共という軽蔑的な用語になりますが、これはポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペインの五カ国を意味しています。

誰が名付けたのか正確には分かりませんが、2008年ごろから英米経済ジャーナリストが言いだしたようで、このところ特にギリシャに関する経済問題が報道されない日はなく、PIIGSでもギリシャが世界の注目を一手に引き受けています。

五カ国に共通しているのは財政赤字
PIIGSのGDP合計は、ユーロ圏の四割弱に達しますので、ギリシャを機としてドミノ現象の危険も危惧されています。その危惧される要因は五カ国いずれも財政赤字問題です。
2009年GDP対比の財政赤字比率はポルトガル9.4%、イタリア5.3%、アイルランド14.3%、ギリシャ13.6%、スペイン11.2%となっています。
だが、これまでこれらの問題があったとしても、ユーロ圏経済は一般的に順調であると認識されていました。

ドル・ユーロ・人民元という三極基軸通貨になるという予測は?
ユーロが導入され、既に11年目を迎え、現在16カ国がユーロ圏となっています。
政治を統一しないで、通貨を統合したユーロは、ついこの間まで、成功したシステムだと喧伝され、拡大を続け、これからの世界の基軸通貨はドルとユーロと人民元になる、と予測する経済関係者が多く、円の存在が薄れつつあるという危惧と共に、これらの主張がしきりに叫ばれています。この主張背景には、ユーロが通過流通量では世界一となり、2008年末の世界準備通貨として64%のドルに対し、26%までに拡大され、ユーロ圏以外でもアフリカ諸国で使われ、5億人が常時使用する通貨に成長していたからです。
しかし、ギリシャ問題の発覚で、このような新三極基軸通貨はどうなるのでしょうか。新三極基軸通貨を信じ、外貨準備通貨としてユーロを保有した国々、特にアジアの中央銀行は膨らみ続けた外貨準備マネーをユーロに振り向けていましたから、今回のユーロ安で大損害を被りました。一方、問題だと言われている日本の円が急上昇で、5月20日は対ドルで
91円、対ユーロで113円となっています。明日は分からないというよい事例です。

ギリシャは粉飾紛いの経済数字だった
どうしてギリシャは問題となったのでしようか。実は、ギリシャは国家経済を、粉飾紛いの数字で運営していたことが発覚したのです。
ユーロ圏は政治統合されずに、通貨だけ統一したのですから、お互い自国経済規模にあった通貨供給をするというルールを定めています。
そのルールは、①単年度の財政赤字の比率がGDPの3%を上回ってはならない。②国債発行残高がGDPの60%以下であること。これがユーロ圏加盟国に義務付けられていますが、ギリシャはこの基準を結果的に満たしていないのに、ユーロに加盟したのは、粉飾紛いの操作を行っていたのです。
その操作を簡単に述べれば「通貨スワップ」の手法で、巨額の財政赤字を帳簿上から消してしまったのですが、この操作をアドバイスしたのが米のゴールドマン・サックスです。その状況を英のフィナンシャル・タイムスが次のように報道しています。
「02年、ゴールドマン・サックスがアテネにやってきて、GDPを上回るほどに膨張していたギリシャの公的債務の資金調達コストを軽減するため大規模なスワップ取引をアレンジした。50億ユーロ規模の市場外取引で、円やドルなど外貨建て債務を軽減する『クロス通過スワップ』と呼ばれる手法だった。この手法は借り入れでなく、為替取引として扱われたため、ギリシャ財政がEUの基準をクリアするために役立った。返済を先送りしたのである」
「投資銀行の幹部や政府高官たちは、この取引は合法だったと話している。すなわち、彼らは当時の会計ルールに従っていたし、イタリアやポルトガルを含む南欧諸国でも、他の投資銀行が同じような取引を行っていたというわけだ」

ギリシャの財政赤字
昨年10月の選挙でギリシャは政権交代しました。その結果、前政権の「債務隠し」が発覚し、財政赤字額を修正しました。
GDPに対する財政赤字は、2008年が5%から7.7%へ、2009年は3.7%から13.6%へと、財政赤字ルール3%の四倍以上という異常に大きな修正が発表されたのです。これで一気にユーロは下落し、ギリシャが毎日報道される国になったのです。
考えてみれば、経済力に大きく差がある国が集まって、統一通貨を採用すると、通貨の相場は平均となりますから、経済力のある国はいいが、弱い国は背伸びをせざるを得ないわけです。強国がより強く、弱国はより弱くなるわけです。
このような当たり前のことが、実際にギリシャの粉飾紛いの経済実態が明らかになるまで、世界は気づかなかったのですから、多くの経済専門家も詳しく実態を把握していなかったのだ、と思えて仕方ありません。これはサブプライムローン問題の発生時も同様の感じを持ちましたが、一般的な報道でなされる経済実態情報は十分にチェックすべきという教訓です。

そこに金余りが食いついた
 最近の世界経済は「金余り」現象が続いています。世界の金融資産が増加した契機は、2000年のITバブル崩壊を始めとして、リーマンショク等の対策で、先進各国の中央銀行が金融緩和、つまり金利引き下げを行なったことにあります。
 この「金余り」の使い道はどこに行っているのか。それはほとんど金融取引に向かっているのです。実際の実物経済には回らず、株式や債券、通貨、石油やゴールドに投資されているのです。その事例として米国にお金が還流しているデータがあります。米財務省が5月
17日に発表した3月の国際資本投資統計によりますと、海外勢による長期証券投資(国債、社債、株式)に伴う資本流入超過額は約13兆円と過去最高を示しました。
 このような「金余り」の動きが、今回のギリシャ危機に伴って、どのような動きを示したのか。それはユーロ売りという投機につながったのです。

ギリシャ支援策を打てどもユーロは下落する
 最近の新聞報道から、ユーロ売りの流れを追ってみたいと思います。
① 3月15日ユーロ圏財務相会議でギリシャ支援基本合意⇒3月22日ユーロ売り再燃
② 3月26日ユーロ圏首脳会議でギリシャ支援策合意⇒4月8日ギリシャ国債価格下落
③ 4月27日ギリシャ信用格付け引き下げ⇒NY株213ドル、日経平均も大幅下げ
④ 5月2日ユーロ圏財務相会議で1100億ユーロ融資合意⇒5日6日主要国株下落
⑤ 5月10日EU財務相理事会で7500億ユーロの融資枠決定⇒なおユーロ下落
⑥ 5月19日独政府ユーロ圏の国債空売り禁止発表⇒株とユーロ一段と下落
 この流れを見ますと、ユーロ圏でギリシャ金融支援の政治決定がなされる度に、市場は反対の株安、ユーロ安に動いていることが分かります。

誰がマイナスの動きを仕掛けているか
 20日までの動きを見る限り、世界の「金余り」はユーロ売りに向かっています。空売りして下げ、それを買い戻して利益を獲得する、正にマネーゲームになっていて、政府や中央銀行が対策を打っても、それは投資筋の仕掛け材料として利用されるだけで、解決に結びつかず、ユーロの売りを囃したてる材料になっているのです。
ということは、余りにも膨大なお金が世界中にあることから、そのお金が投資を求めて動きまわって、その格好のターゲットがギリシャであり、この問題は中央銀行が「金余り」金融市場の投機筋に敵わない、という姿を示しているようにも思います。

PIIGSとは誰が言い出したのか
 このような動きから推測できるのは、PIIGSと命名したのは金融市場筋であり、それはこれからPIIGSをターゲットにするぞという暗号ではなかったのかと思うのです。
 「金余り」世界を利用した投資の世界が次の儲けを探してグルグル回っている、それが今の時代だと考えると、財政赤字の膨大な国、日本に向かう可能性を否定できません。以上。

投稿者 Master : 11:12 | コメント (0)

2010年05月06日

YAMAMOTO・レター2010年5月5日

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年5月5日 説明責任

21世紀はサービス・知識の時代
今までの日本経済成長を一言で述べるならば、今の韓国と中国と一緒です。先進国へのキャッチアップ過程がうまくいき、経済大国化へ走ったのです。GDPを増やして国民の暮らしをよくするという途上国型でした。

日本が高度成長を遂げていた当時は、世界中の空港で見るテレビは、ソニーであり、シャープでありナショナル製品で、これは世界で日本製造業が勝利したということでした。
しかし、今は、同じ手法をもって、低コストの韓国と中国・台湾勢に負けて、世界中の空港テレビはサムスン製に切り替わっています。薄型テレビの世界トップシェアはサムスンで23.3%(2009年)となり、ソニーは12.4%、パナソニックは8.5%、シャープは6.3%という実態です。これは、今までと同じことをしていたら、コストの安い国に負けて行くという事実を証明するもので、今の韓国と中国・台湾勢もコストアップが進めば同様のことが生じると思います。
ということは、日本が成長しようとするならば、低コスト製造技術の競争とは違う、他国ができないことを創り出し、他国と差をつけること、これは脱近代化ということですが、ここへ国民意識を集中させることが必要で、これを一言で述べれば「サービス・知識」分野の強化ということになります。

サービス・知識は視点を変えることから
 もう一度整理をしますと、同じ技術で製品をつくるならば、コストの安い国の方が、製品価格を廉価にでき、普及価格帯商品市場でシェアをとれ、コストの高い国はとれない。
これは当たり前の事です。従って、日本はコストが高いわけですから、低コスト国と違うことを行って、脱近代化を進めなければいけない。これも当たり前の事です。
 では、その脱近代化をどのようにして実現させるか。そのポイントはいたって簡単ですが、とても難しいことです。何故なら、日本人ひとり一人が、今までの自分と違う視点を持たねば、今まで気づかなかった他との違いを見つけられないからです。これは自分を変えるという作業追及となり、非常に困難なことは誰でも承知している事実です。
だが、自分の性格を変えるのは困難ですが、「サービス・知識」分野のレベルアップは可能だと思います。その事例をマスコミ情報の捉え方と温泉で考えてみたいと思います。

ホリエモンの講演
先日、ホリエモンの堀江貴文氏の講演を聞く機会がありました。
いろいろお話がありましたが、自ら逮捕を受けた経験から、今回の小沢幹事長の検察審査会の「起訴相当の議決」についてふれました。
鳩山首相は「不起訴相当」で、小沢氏と議決が分かれたのは、無作為に選出された国民11人によって構成される検察審査会であるから、マスコミ報道の影響を受けやすく、悪人面やマスコミ嫌いとされる点で小沢氏が随分損をしている。鳩山首相はその政治手腕を国民の70%以上が評価していないにもかかわらず、善人面の金持ちのぼんぼんの世間知らずの天然宇宙人と思われているから、起訴相当の議決は受けない。
小沢氏は起訴されただけで役職を辞する必要はない。小沢氏はそれなりに説明責任を果たしていると感じているし、起訴相当の議決が出たからといって即クロだとする報道姿勢をしているところには疑問を感じる。疑わしきは無罪。これが司法の大原則だ。まあ、そうやって政治生命を失わせようという事だろうが、この原則を国民に理解してもらうためにも徹底抗戦を小沢氏にはおススメする。
また、佐藤優氏の見解は正しいとも言っていましたので、佐藤氏の見解を「佐藤優の眼光紙背:第72回」(2010年4月28日脱稿)からご紹介します。

佐藤優氏の見解
現在、起きていることは、国民の選挙によって選ばれた政治家、あるいは資格試験(国家公務員試験、司法試験など)に合格したエリート官僚のどちらが日本国家を支配するかをめぐって展開されている権力闘争である。検察は、エリート官僚の利益を最前衛で代表している。過去1年、検察は総力をあげて小沢幹事長を叩き潰し、エリート官僚による支配体制を維持しようとした。
エリート官僚から見ると、国民は無知蒙昧な無象無象だ。有象無象から選ばれた国会議員は、「無知蒙昧のエキス」のようなもので、こんな連中に国家を委ねると日本が崩壊してしまうという危機意識をもっている。しかし、民主主義の壁は厚い。検察が総力をあげてもこの壁を崩すことはできず、小沢幹事長が生き残っている。そこで、ポピュリズムに訴えて、小沢幹事長を叩き潰し、民主党政権を倒すか、官僚の統制に服する「よい子の民主党」に変容させることを考え、検察は勝負に出ているのだ。
 一部に今回の起訴相当の議決を受けて、2回目の検察審査会を待たずに、検察が小沢幹事長を起訴するという見方があるが、筆者はその見方はとらない。検察の目的は、国民によって小沢幹事長を断罪し、その政治生命を絶つことだ。そのためには、検察審議会の場を最大限に活用し、ポピュリズムに訴える。国民を利用して、官僚支配体制を盤石にすることを考えているのだと思う。実に興味深いゲームが展開されている。

二人に共通する普遍性
 堀江貴文氏と佐藤優氏に共通している事は、マスコミに対する姿勢です。マスコミ報道をそのまま鵜呑みにせず、自らの立場で検証しようとする姿です。
 一般的に世の中で発生する事実を知るにはマスコミしかないわけで、その意味ではマスコミ報道から離れることはできません。
 しかし、マスコミ報道だけの情報で世の中を判断しようとすると、マスコミ報道が意図する何かによって、判断基準が定まり、結果としてマスコミに追随する見解となりやすく、一般的な「あるべき論」的な見解になりますから、他との違いは見出すことは困難です。
 今の日本がおかれた立場は、既に見たように脱近代化を図らねばならないわけで、これを実現しようとしたら、まず、他との違いを見つけ、それを明確に説明できるという、日本人ひとり一人の説明責任が問われているのでしないでしょうか。

伊豆の白壁荘ゼミナール結果
4月の経営ゼミナールは、伊豆天城湯ヶ島温泉白壁荘で、フランス人ジャーナリスト、リオネル・クローゾン氏をお迎えし「日本の温泉、世界ブランド化への道筋」で開催を予定しておりましたが、アイスランド火山噴火の影響で来日が不可能となり、急遽、通訳兼コーディネーターの企画コンサルタントフローランタン代表の柳楽桜子氏に、クローゾン氏の講演内容を代講していただき、48名のご参加で盛況に終了しました。
講演の中で触れられたクローゾン氏と温泉との出会いは1982年で、仕事を終え大分県湯布院を訪れた際、温泉地風景と日本旅館との調和や田舎道情緒に加えて、最も魅力的だった事は40℃前後の温泉に入るということでした。この習慣は欧米にはないわけで、この体験以後、来日のたびに各地の温泉を巡り歩いて、今は専門家になったのです。
つまり、欧米から見ると「異文化」が日本にあるという「違い」が日本の最大魅力だという事を、日本の観光関係者は正しく妥当に理解し、外国に説明すべきと主張したのです。

説明責任
 この講演を受け、私がまとめを行いました。
クローゾン氏の主張はその通りであり、日本を観光大国化するためには、欧米との違いを説明する必要がある。韓国・中国がリードしている普及価格帯商品は、日本製品と価格の違いを説明しシェアを伸ばしている。
だが、観光は地政学的な特長であって、製造物ではない。コストは決定要因でない。その土地の性格がもつ魅力によって人が訪れるものだ。
とするならば、その土地が持つ意味と、他国との違いを、妥当に説明する商品をつくる事が必要で、それは「日本の温泉ガイドブック」作成となる。既に同様の本は日本に多くあるが、それらは欧米の書店棚に並ぶ内容になっていない。欧米の書店にある「ブルーガイド」「グリーンガイド」と一緒に「温泉ガイド」が書棚に並ぶ事が実現した時、温泉業界は説明責任を果たしたことになり、その結果として、日本の温泉は世界ブランドと位置づけられ、日本が観光大国化に向かう大きな道筋になるだろう。21世紀は「サービス・知識」分野の強化の時代だ。欧米書店へガイド本を並ばせる行動を起こす時が来た。以上。

投稿者 Master : 09:16 | コメント (0)

2010年04月21日

2010年4月20日 脱近代化は今の条件を活かすこと

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年4月20日 脱近代化は今の条件を活かすこと

アイスランドの火山噴火

アイスランドの火山灰がヨーロッパ上空を襲い、各国で空港が閉鎖されています。旅行客が空港に泊って何日も過ごすことになり、様々な場面で問題が出ています。

アイスランドは人口32万人、ここには1990年3月に行きました。家庭の水道が全て温泉ミネラルウォーターで、その水の良さのためか、街中を歩く、といっても地上が雪と氷でしたから、地下街で出会う女性の肌がきれいなことが印象に残っています。
その後のアイスランドは金融大国化へ大きく国策を変化させ、一時は国民一人当たりGDPで世界五位(2006年)となりましたが、2008年に発生した世界金融危機によって経済危機という状態です。
元々、国の中心産業であった漁業を、GDP対比6%まで減少(2006年)させた国策を、アイスランドの自然が怒り狂って、今回の噴火を起こしたのではないかと思えるほどです。

パナソニックの戦略

パナソニックが、新興国市場への開拓を加速するとの報道がなされました。(日経新聞2010.4.16)このパナソニックの戦略は遅きに失したと思います。
まず、世界市場でシェアを獲得するためには、ブランドイメージの定着が基本ですが、社名を「松下」や「ナショナル」と「パナソニック」に地域や用途に応じて使い分けていて、ようやく2008年後半にパナソニックに統一しました。これがイメージの定着化にマイナス要因で、連結売上の海外比率は47%にとどまっています。
ライバルの韓国サムスンは80%、ソニーは70%ですから、その差は大きいものがあります。今回のアイスランド火山噴火で空港に足止めされている人々が、状況を確認しようと見るロビーのテレビは、世界中の空港でサムスン製のテレビに切り替わっています。
以前は、ソニーであり、シャープでありナショナル製品だったのですが、今や完全に空港はサムスンに占拠されました。この背景には、もうひとつ決定的な要因があります。

上海の街中

アイスランドの火山噴火のタイミングに上海に行きました。今回は家族との観光でした。ここ数年、上海には度々訪れていますが、仕事でしたので観光地には出かけませんでした。
今回は、まず、上海郊外の七宝老街に行き、北宋時代を再現した水路や石橋など楽しみ、名物の臭豆腐を食べ、小舟にも乗りましたが、土曜日なので人でいっぱいです。土曜日休日の企業が多いということがわかります。
次に向かったところは豫園です。ここは更に人ばかりで、欧米人が多く、ヨーロッパに火山噴火で帰れないので、仕方なく観光地に来ているのかなと推測しましたが、南翔饅頭店の小龍包には驚きました。余りに人が列をつくっているので、試しに最後尾に並んでみました。立ち並ぶこと40分、ようやく手に入れた16個入り小龍包、価格は12元約200円と安く、味もさすがに超人気だけのことがあり、店頭応対も問題なしです。
最も驚いたのは公衆トイレです。七宝老街も豫園でも綺麗に掃除されていて、自動水洗とウォシュレット、手洗いも自動でペーパー&温風つき。1992年に家族と廈門と深圳に行った時は、公衆トイレには入れなかったほど不潔だったのですが、今の上海は道路のゴミ掃除もしっかりなされ、見事に万博開催にふさわしい都市に変化しています。 
 中国全体は、先進国へのキャッチアップ過程にあるとしても、上海の観光地のトイレを見る限り、万博開催都市としての目標は達成したと感じます。
残されたのは空気で、空はいつもどんよりスモッグで、環境問題が最大の課題です。

中国と韓国のタクシー料金

上海でタクシーに乗りました。豫園からホテルまで渋滞もあり40分乗車し42元で約670円。3月の韓国でもタクシーを利用しました。ホテルから釜山駅まで20分乗って5,900w494円。ソウル駅からタクシーでホテルまで25分6,100w511円です。
いずれも日本の一区間料金以内という安さで、ドライバーの対応も問題ありません。
韓国の新幹線の高速鉄道KTXも利用しましたが、料金は釜山からソウルまで最速2時間40分で、普通席47,900w4,014円、一等席67,100w5,622円で、サービスも問題なしです。
対する日本の新幹線、東京から新大阪まで13,750円、名古屋まで10,580円ですから、韓国KTXは日本の新幹線と比較にならない安さです。

中韓のキャッチアップ

実は、ここに韓国サムスンの伸びた理由があります。日本の技術を導入し、品質面での差が少ない上に、コストが安いので、価格が安く、結果として世界の普及価格帯商品ゾーンで、圧倒的なシェアを獲得できたのです。
対する日本は、高コスト体質ですから、パナソニックが普及価格帯商品で反転攻勢をかけようと意気込んでも、価格問題がネックとなって、シェア奪回はかなり困難でしょう。
また、上海観光地の公衆トイレ、万博を開催しようと意図した時から、今の清潔さをキャッチアップ目標におき、先進国のメンテナンス体制を導入して実現したと思います。
つまり、先進国を真似て取り入れるキャッチアップの好事例が、今の中韓の実態と判断します。

脱近代化を目指すこと

日本が高度成長を遂げた時代は、今の中韓と同じでした。先進国へのキャッチアップ過程がうまくいき、経済大国化へ走ったのです。GDPを増やして国民の暮らしをよくするという途上国型だったのです。
しかし、キャッチアップ過程を経て、GDP世界第二位になって、日本が近代化チャンピオンという勲章を受けてみると、既に、世界から見習うものが少なく、導入する産業がなくなった時点で、この体制は破綻し、もうキャッチアップという目標はとれない、という事実が分かったのです。
そこで、日本が改めて成長しようとするならば、他国ができないことを創り出すこと、他国と差をつけることしかあり得ず、これは脱近代化ということですが、今はこの目標段階に来て、新たなる自らの創造力をもって、日本を創るべきなのに、それが実現できないため、日本は低迷を続けているというのが今日の実態と思います。

脱近代化を図る方向性

脱近代化を、日本が目指す方向性と理解すれば、日本の現状に根差し、日本人の持つ個性をヒントに、一人ひとりが創造性を生み出すことで、日本全体の活性化を図ることが必要になってきます。
そういう理解でなく、脱近代化を、政府・行政が行うことだ、企業が中心になって開発することだと解釈すれば、その時点で一人ひとりの創造性とは結びつかず、実生活と離れた方向に向かい、今と同じく不活性な低迷を続けることになるでしょう。
ここは是非とも一人ひとりが参加する脱近代化を方向性とすべきと考えます。

公民館でお話したこと

先日、地元の公民館で講演しました。テーマは「地域は脳の活性所」で、高齢化社会に対応するには、地域に住む我々の脳を活性化させることが第一条件だ、という内容です。
このヒントは三菱総合研究所の小宮山宏氏が、高齢化社会こそが新しい需要を生み出し、
高齢化社会こそが「創造型需要は国内新産業技術開発」という目標を創り出すのだという主張からでした。
具体的には、本格的に高齢化社会を研究する過程から、生み出すべき新しい新技術・新商品、例えば「超安全自動車・ロボットスーツ・家事支援ロボット・自助介護ハウス・デジタルメガネ・眼や歯の再生技術・医療技術者支援製品群」等によって新産業を興し、介護や医療の負担を減らし、高齢者の社会参加を可能にすることを通じ、日本の活性化を図るというものです。
つまり、高齢化という地政学的な条件を活かすことで、新産業を生み出し活性化を図るわけですから、当然ながら各地域に住んでいる我々市民の「日々の暮らし」中に、日本の活性化のキーワードが存在しているのです。アイスランドが自国の地政学的条件とは異なる国策をもって経済成長を目指し、結局、困難化した事例に学ぶべきと思います。以上。

【2010年5月のプログラム】

4月21日(水)18:30 山岡鉄舟研究会(会場)上野・東京文化会館

4月23日(金)15:00〜 経営ゼミナール 特別例会
『日本の温泉、世界ブランド化への道筋』
 於:伊豆天城湯ヶ島温泉・白壁荘

5月14日(金)16:00 渋谷山本時流塾(会場)東邦地形社ビル会議室
5月17日(月)18:00 経営ゼミナール(会場)皇居和田蔵門前銀行会館
5月19日(水)18:30 山岡鉄舟研究会(会場)上野・東京文化会館

投稿者 lefthand : 06:54 | コメント (0)

2010年04月04日

2010年4月5日 PIGSスペインから学ぶこと

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年4月5日 PIGSスペインから学ぶこと

消費税アップに学ぶ

日経新聞社とテレビ東京の共同世論調査(2010年3月29日)で、鳩山内閣の方針の「4年間は消費税の増税をしない」に対し、「反対」と答えた人が46%、「賛成」43%で、反対が賛成を上回りました。

また、参考までに世界各国の消費税率がグラフで示されていて、これを見ると、日本は世界一借金大国という実態とは全く逆で、世界一低いと思われる消費税率となっています。
さて、今や世界の話題の中心であるEUのPIGS(ブタども)といわれるスペインですが、先般訪問してみると、マドリード市内の市場はじめ商店は活況を呈していまして、低迷している状況とは思えませんでした。
そこに7月1日から消費税率アップをスペイン政府が決定しました。アップ内容は、自動車、家電、アルコール、たばこ、ガス、電話料等が現行16%から2%アップの18%へ、ホテル・レストラン、住宅、公共輸送等は現行7%から1%アップの8%です。
 この決定をするところが日本政府と異なるところでしょう。お互い2016年の夏季オリンピック招致に失敗した国同士ですが、経済危機に関するアンテナはスペインの方が鋭いのか、それとも消費税値上げは大きなことでないのか。
いずれにしてもアップしますが、政府社労党は消費税アップで、失業者50万人を救う方針だと説明。一方、対する野党保守党の民衆党らは、消費者の購買力をかえって抑えることになり景気停滞を進め、さらにスペイン経済をマイナスにさせると主張しています。
増税に対しては、各立場から様々な見解があるのが当たり前ですが、スペイン国民は消費税アップにどう対応しているのでしょうか。
それは簡単で「スペイン人は割り切って、消費税がアップする前にと、自動車、不動産を買い捲っている」ということで、今のスペイン人の需要は盛り上がっているのです。
元々スペインはアングラ経済の二重財布で、個人一人一人はお金を持っているのです。日本も高齢者中心に貯蓄がすごいのですから、このところを日本政府もよく考えた方がよいだろうと思い、いつまでも消費税を上げないで済むのか、という素朴な疑問が国民の間にある事実を、冒頭の世論調査が示していると思った次第です。

姓名をつなげる大事さを学ぶ

スペイン訪問時に、一枚の新聞を地元の人から見せられました。それはスペインのクオリティーペーパー、エル・パイス新聞の1996年10月27日付けで、タイトルに「日系スペイン人(?)いや、セビリア人だ!17世紀の支倉常長遣欧使節団一行の子孫」とあります。

(クリックで拡大)

 写真の男の子は、宮城県が贈った支倉常長の銅像写真の下で、日本人の面影があると思われるセビリアの男の子の写真と、もう一人の男性の顔写真はサッカー審判員のホセ・ハポン氏です。 以下が記事の要約版です。
「東洋の日の出る国、日本の大名伊達政宗の親書を持った支倉常長一行30数名が、大西洋のサンルーカルからグアダルキビール川を遡って、当時西欧最大都市の一つだったセビージャ市近郊のコリア・デル・リオ(現在の人口24,000人)内港の町に上陸したのが、今から約400年前の1614年10月24日のことだった。その遣欧使節団の目的は、スペイン国王フェリペ3世やローマ法王と謁見して伊達政宗の親書を渡し、徳川幕府とは別に独自で仙台とメキシコ・スペインなどとの通商条約やキリスト教文化交流などに協力要請することだった。
支倉はフェリペ3世国王と謁見できたが、ローマ法王とは会うことが出来ず、3年後の1617年に帰国することを決めた。ところが使節団一行の中の十数名がコリア・デル・リオに残留することにしたのである。彼らは身分が低く名字がなかったので、通称“ハポン(日本)、ハポネス(日本人)”と呼ばれ、スペイン女性との間に出来た子供に“ハポン”の名字が付けられてきた。それから“ハポン”姓は400年の間、スペインで受け継がれてきた。現在コリア・デル・リオ町に400人、近くにあるコリア町に270人、セビージャ市に30人、合計700人のハポンさんが住んでいる。
ハポン姓を持っている有名人は、1990年にミス・スペインに選ばれたマリア・ホセ嬢、セビージャ万博当時のアンダルシア州文化長官のホセ・マヌエル・スアレス氏そしてスペインサッカープリメールリーグの名審判ホセ・ハポン氏などである。」
このようにスペインと日本の関係は、今から約400年前からであることが、氏名という個人の姓から歴史的に証明・明確化できますが、それはスペインの姓名制度のおかげです。
 スペインでの姓は「父方の祖父の姓、母方の祖父の姓」や「名、父方の祖父の姓、父方の祖母の姓、母方の祖父の姓」、「名、父方の祖父の姓、父方の祖母の姓、母方の祖父の姓、母方の祖母の姓」という名乗り方をします。女性は結婚すると「名、父方の祖父の姓、de+夫の父方の祖父の姓」で名乗るのが一般的です。つまり、一度名についた姓は、結婚しても一生ついて回り、それは子供を通じ以後も同様ということなのです。このような姓名制度ですから、「日本」という名がついた人々は伊達政宗の親書を持った支倉常長一行30数名の後裔であると判断できるのです。
この新聞記事によって、一気にスペインに対する好感度が増してきましたが、現在、日本では夫婦別姓にすべきという主張があり、国会で検討されているところです。
この問題を論じるつもりはありませんが、スペインの姓名制度があるおかげで、日本という名前が400年間も残り、今につながっている事実を考えますと、簡単に夫婦別姓という制度に切り替えてよいのか、という素朴な疑問も浮かんできます。

聖ヤコブ大祭から学ぶ

今年のスペインは7月25日に、ガリシア州のサンティアゴ・デ・コンポステーラで「シャコベオXACOBEO(聖ヤコブ)大祭」を迎えます。
キリスト教12使徒の一人である聖ヤコブ(スペイン語名サンティアゴ)の墓が9世紀初頭、スペイン北西部サンティアゴ・デ・コンポステーラで発見され、それ以来、ローマ、エルサレムと並び、このサンティアゴがヨーロッパ三大巡礼地の一つとして崇められ、キリスト教信者の心の拠り所となっていて、中世には年間50万もの人が徒歩又は馬車でピレネー山脈を越え、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指したと言われています。
この聖人の祝日7月25日が日曜日にあたる年は「聖ヤコブ年」といわれ、この年1年間、最低150kmのサンティアゴ巡礼道を歩くと(自転車では200km)罪が許され、大変なご利益があるといわれ、それに合わして多くのイベントが企画され、ガリシア州は2010年を通して一千万人以上の巡礼観光客を見込んでいます。
そこに先日(3月4日)ビッグなニュースが発表されました。それは「11月6日ローマ法王ベネディクト16世がサンチャゴ大聖堂で巡礼者として訪れ、ボタフメイロの大祭壇で聖なるミサをあげる」という発表です。これにスペイン人は大喜び、サンチャゴ市当局によると、ローマ法王が来ると、観光客が更に数十万人増えると見て、サンチャゴの旅行業界、ホテル・レストラン業界なども、この話題で持ち切りとなっています。
キリスト教を頭で理解する日本人にとっては、ローマ法王のサンチャゴ訪問について、その影響度を正確には測れませんが、スペインには国の垣根を超えた一大イベントが存在しているという事実を正しく認識したいと思い、日本には世界各国の国境を超えるイベントがないという事実を認識すべきでしょう。
オリンピックやワールドサッカーを招致しようとするのは、この国境を超えたイベントを開催したいという意図でしょうが、そうではなく、日本の普遍性存在物を、世界の普遍性へと飛翔させる取り組み、それに一人一人が努力し協力する時代ではないでしょうか。
それらの行動が日本を観光大国化への正道と考え、日本各地の普遍性財産である温泉を、世界ブランド化へと企画いたしましたのでhttp://www.keiei-semi.jp/ご参考願います。以上。

【2010年4月のプログラム】

4月09日(金)16:00 渋谷山本時流塾(会場)東邦地形社ビル会議室
4月21日(水)18:30 山岡鉄舟研究会(会場)上野・東京文化会館

4月23日(金)15:00〜 経営ゼミナール 特別例会
『日本の温泉、世界ブランド化への道筋』
 於:伊豆天城湯ヶ島温泉・白壁荘

投稿者 lefthand : 09:54 | コメント (0)

2010年03月23日

2010年3月20日 世界から日本の姿を見る

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年3月20日 世界から日本の姿を見る

真似できない

パリのカフェ Laduree ラデュレはマカロンが有名で、パリ市内に三店ありますが、その中のシャンゼリゼ大通り店に、フランス人ジャーナリストのリオネル・クローゾン氏と打ち合わせのために入りました。

入ったところの売り場に大勢の客が並んでいる奥、そこは特別室的なフロアとなっていて、そこの椅子に座った瞬間、これは素晴らしいと、思わず声が出て、すぐにフロア内全体写真を撮りました。だが、仮にこの写真を基に同じようなインテリアを造ろうとしても、日本人には無理だろうと思います。持っているセンスが違うのです。
戻ってすぐに、丸の内仲通りに行き、昨年9月オープンした三菱一号館と、丸の内パークビル中の中庭に座った瞬間、これは素晴らしいと、思わず声に出しました。明治時代の雰囲気と現代的な感覚が混じりあって、さすがに三菱地所だと唸り、このような雰囲気は外国人では設計できないだろうと思いました。このようなオリジナルのある日本センスは、外国人が真似をできません。

円高と人件費の高さ

このところ円高が進んでいます。対ドルレートは2008年4月101円で、2009年11月には84円、2010年3月16日現在で90円です。対ユーロレートは2010年1月133円、2月からは120円台で、3月16日現在123円です。知人の輸出企業社長は、1円の変化が業績に鋭く影響しますので、毎朝真っ先に見るのは為替相場欄です。
ところで、日経新聞(2010.2.26)に、日系企業の現地事務系課長職の年収が発表されていました。それによると韓国は4.4万ドル、台湾は3.0万ドル、中国は1.5万ドル、ベトナムは0.9万ドルとなっています。
これを1ドル90円で換算しますと、韓国の年収は396万円、台湾は270万円、 中国は139万円、ベトナムは僅か81万円の年収となります。
この年収を日本人と比較するため、国税庁データ(2008年)を見てみました。一応、アジアの日系企業事務系課長職ですから、それなりの年齢であろうと、いくつかの年齢層の日本人男性年収を抽出し、韓国進出日系企業年収と比較してみました。
日本人の30~34歳年収は453万円で、これは対韓国比114%、35~39歳は530万円で138%、40~44歳617万円156%、45~49歳663万円167%、50~54歳670万円169%というように、日本人平均年収の方が韓国より各世代とも上回っています。

韓国のUAE原発落札

日本人の年収で、最も高い業種は電気・ガス・熱供給・水道業の675 万円、次いで金融業,保険業の649 万円です。低い業種は宿泊業・飲食サービス業で年収250万円です。
この金額は全年齢の平均ですから、アジアに進出している同レベルの課長職と比較すれば、前項で比べて見た年収格差はさらに開くと考えるのが妥当です。
この年収差が明確にあらわれた大事件が昨年末に発生しました。それは韓国の「UAE(アラブ首長国連邦)原発落札」です。受注額が韓国400億ドル、対するフランスは700億ドル、日米連合は900億ドルですから、勝負にならず韓国が国際入札の勝者となりました。UAEは価格のみ優先したのでなく、その後のメンテナンス力も考慮したという事らしいのですが、そうならば増して価格の安さが目立ちます。安い上にサービスが優れているとUAEは理解したのでしょう。
これが台湾や中国・ベトナムだったらもっと価格差は広がっているはずです。韓国の現代製自動車が海外でシェアを伸ばしているのは、この価格差です。
アジアには5001ドル~3.5万ドルの中間ミドル層人口が8億8000万人いると推測され、これらの需要を取り込むには、価格戦略が最優先となりますが、これが果たして日本企業にとって可能か、という素朴な疑問がアジア各国との年収比較で浮かんできます。

日本は高付加価値商品となる

円高による食糧と原材料価格のダウン、加えて居酒屋メニューに代表される人件費の低額化が進み、これらによってコモディティー品の価格ダウンが続き、それらが日本人に歓迎されている現実では、まだまだデフレは長引くであろうし、これが通常の経済実態だと理解した方が適切です。
また、韓国原発落札価格との極端な差は、アジア諸国と人件費の差が、まだまだあり過ぎるということを示している、このように理解すれば、この面からも日本のデフレは一層強制されていくでしょう。
仮に、このアジアとの競争を技術力で補うとしたら、さらなる技術力を付加した高付加価値商品にならざるを得ないのですが、そうなるとこの分野の需要層人口は限られてくることになります。勿論、アジアの中間層を狙った商品を、新たな技術と発想の転換で、低価格で提供していくことは不可欠条件ですが、追いついてきた韓国、台湾、香港の技術力との差を、さらにつけるには相当の努力が必要で、かなり苦しいと思います。
だが、考え方のポイントを変えれば、韓国、台湾、香港にはなく、彼らに真似できない優位条件が日本には多く存在し、それは地方に多くあります事を再認識したいと思います。

価格競争ではない日本の優位性を活かす

パリからロンドンにBAで向かいました。ふと機内誌を手に取りますと、日本観光PRのページに眼が行き、そこに「Historic Artisan Town of TAKAYAMA」とあり、岐阜県高山市が東京・京都・沖縄と並んで日本を代表する扱いを受けています。
この事を、日本に戻って多くの方に伝えますと「高山がそのように高く評価されているのがわからない。他にも素晴らしいところがある。例えば、北海道だ」と発言されます。
日本人の感覚からはその通りなのですが、ミシュランのグリーンガイドでも、アシェット社のブルーガイドでも北海道の評価は割合低く、高山市はいずれも高い評価を受けているのです。日本人とは評価の基準が異なっているのです。
では、この評価基準を理論的に説明できるか、これは難しく、結局、欧米人の主観的判断で高山を認めているので、彼らと日本人は基準が異なる、ということしか言えません。

白壁荘での研究会開催

そこで、パリのカフェ Laduree ラデュレで、ミシュラン社「グリーンガイド」とアシェット社「ブルーガイド」両ガイド編集に携わる、フランス人ジャーナリスト、リオネル・クローゾン氏と会い、前述の疑問を問うとリオネル氏の回答は明快です。
「日本人は間違っている。フランスの魅力は田舎にあり、日本の魅力も田舎にある。日本人が認識していない部分を欧米人は評価している。そのことを日本人は知らない。そのところをフランスは上手にブランド化したからこそ、世界で断トツの観光客を受け入れているのだ」と。
日本の田舎が素晴らしいという事は、他の多くの欧米人からも直接聞いています。しかし、日本の田舎の人達は全くそう思っていませんから、観光ブランド化しようなぞという発想が微塵もありません。これは新たな技術で商品を作るという課題とは異なり、人件費が高い安いという問題とも異なるわけで、発想の次元の問題であり、考え方の問題です。
日本人の弱さは、考え方の基準をひとつしか持たず、そのひとつで世界全体を判断しようとする傾向が強いわけですが、欧米人の立場に立つことで、別の基準を持つようにすることが重要で、それをしないと日本の魅力を見つけられません。つまり、欧米人の立場から考えるということ、これが人口減問題対策であり、日本経済活性化に結びつく鍵です。
そこで、2010年4月23日(金)に伊豆天城湯ヶ島温泉・白壁荘にリオネル氏を迎え、経営ゼミナール主催で研究会を開催することにいたしました。
『日本の温泉、世界ブランド化への道筋』
湯ヶ島温泉は「グリーンガイド」「ブルーガイド」に全く掲載されていなく、当然ながら白壁荘も紹介されていません。しかし、リオネル氏は高い関心を示しました。何故に湯ヶ島温泉と白壁荘を評価したのか。
それは研究会でリオネル氏が語りますが「日本には世界にない素晴らしい温泉地が多く、世界の人たちが真似できない。これを世界中に、特に、欧米人に紹介することだ」と熱く語る日本の魅力再発見ロマン企画に、皆さま、ご参加されますことをお勧めします。以上。

【2010年4月のプログラム】

4月09日(金)16:00 渋谷山本時流塾(会場)東邦地形社ビル会議室
4月21日(水)18:30 山岡鉄舟研究会(会場)上野・東京文化会館

4月23日(金)15:00〜 経営ゼミナール 特別例会
『日本の温泉、世界ブランド化への道筋』
 於:伊豆天城湯ヶ島温泉・白壁荘

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2010年02月21日

2010年2月20日 日本の貧困率について

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年2月20日 日本の貧困率について

立場の違いから消費実態が異なる

内閣府から、2009年10月から12月のGDP速報値が発表されました。実質のGDP年率換算で4.6%とプラス成長、名目でも年率換算で0.9%とプラスになりました。プラス要因の大きな項目は輸出ですが、個人消費も実質でプラス(名目ではゼロ)となりましたので、改めて、この消費支出実態を考えてみたいと思います。と言いますのも、どうも立場の違いで判断が異なるのではないかと思われるからです。

例えば、現在最も人口ボリュームゾーンが多い団塊の世代、この人たちが若い時であった頃の消費行動は「若いので一般的に裕福でなかったから、モノへの所有、特に高額なモノを持つことへ憧れがあり、それを獲得するのが最高の自己実現手段」でしたので、この感覚を持ったまま今のゼロベース消費を見て「経済が低迷している」と判断するのではないでしょうか。
ところが、今の若い世代は「生まれた時からモノがあふれている環境で育ったため、モノの所有を自己実現とすることへはこだわりが薄く、モノの効用が薄れてしまっている状態」ではないかと推察します。ということは、バブル崩壊以後の経済低迷時代しか知らない若い人たちは、今が消費不況だとは、特に感じていないと思うのです。
また加えて、デフレ現状で価格が下がっていくので、ローンを組んでまで、今すぐに焦って高額なモノ、自動車等を買う必要性を、若い世代は感じない、ということは日本の若者が、デフレ時代を生きていく知恵を身につけているといえ、インフレ時代の生活から抜け出せない団塊世代よりも、よほど賢い消費者といえるのではないでしょうか。

スペインの新聞に出た日本の貧乏記事

今月の初め、スペインに滞在していた時、地元の人から次の新聞記事を見せられました。

(クリックで拡大)
新聞タイトルに「6人に1人の日本人が貧乏に苦しんでいる」とあり、これはカタルーニャ州の新聞ラ・バングアルディア紙の2009年10月22日付で、同紙はカタルーニャ地方で最も歴史のある保守系の新聞社です。
この写真、どこかの劇場のポスターの前で寝ている若い人で、貧乏実態を表現するために使ったのでしょうが、これを見たスペイン人は「日本は貧困国だ」と判断したでしょう。

貧困率の上昇

ここで使われた基資料は、実は日本の厚生労働省が昨年10月20日に発表したもので、海外に次のように伝達されました。
「【10月21日 AFP】厚生労働省が20日初公表した「相対的貧困率」で、日本国民の6人に1人近くが貧困状態で暮らしていることが明らかになった。2006年の貧困率は15.7%で先進国の中でも極めて高い水準。相対的貧困率は、全人口の可処分所得の中央値の半分未満しか所得がない人の割合。1997年は14.6%だった。長妻昭(Akira Nagatsuma)厚生労働相は同日会見し、日本の貧困率が、経済協力開発機構(Organisation for Economic Cooperation and Development、OECD)加盟国の中でも最悪レベルだと述べた。08年の世界的な金融危機に端を発した景気低迷を受けて、給与額が減少していることから、現在の貧困率はさらに悪化している可能性もある」
スペインの新聞に掲載されたのは、日本政府が「日本は貧困」と認定したからです。

収入は減っているか

そこで、実際に給与額は減っているのか。それを国税庁のホームページで公表されたデータから見てみました。(平成20年)
(1)給与所得者数は4,587 万人(対前年比1.0%増、45 万人の増加)であるが、その平均給与は430 万円(同1.7%減、76 千円の減少)となっている。
(2)これを男女別にみると、給与所得者数は男性2,782 万人(同0.0%減、0.1 万人の減
少)、女性1,806 万人(同2.6%増、45 万人の増加)で、
(3)その平均給与は男性533 万円(同1.8%減、97 千円の減少)、女性271 万円(同0.1%減、2 千円の減少)となっている。
という状況で、確かに収入は減ってはいますが、年間で男性が10万円弱減額ですから、極端に大きくは減っているとは思えません。

年齢階層別の平均給与

次に、若い世代の給与が少ないのではないかという視点から、国税庁データから平均給与を年齢階層別にみますと、確かに19歳以下が平均給与134万円、20歳から24歳までが248万円ですからかなり低い実態です。
しかし、年齢が上がって45歳から49歳ですと511万円、50歳から54歳では506万円と高くなっています。特に、男性では55 歳未満までは年齢が高くなるに従い高くなり、50~54 歳の階層では670 万円と最も高くなっています。この意味するところは、日本ではまだまだ年功序列制で給与が支払われている、ということです。

業種別給与

では、次に「業種別の平均給与」を見てみます。最も高いのは電気・ガス・熱供給・水道業の675 万円、次いで金融業,保険業の649 万円で、最も低いのは宿泊業,飲食サービス業の250 万円となっています。また、この宿泊業,飲食サービス業では、給与100万円以下が全体の24.8%、200万円以下が27.1%、この二つの階層で合計51.9%ですから、かなり低いというのが実感で、ここで気がつくのは、最近の飲食店料理メニューの単価ダウンであり、弁当がさらに安くなっているという事実で、このような業態で働く人は、パート・アルバイトか外国人でしょう。国税庁のデータ説明にも明確に、従業員とはパート、アルバイトを含むとあり、日本の貧困とは直接結びつかない感がします。

貧困率の計算方法

ここで厚生労働省の貧困率計算式を以下に図示しました。

(クリックで拡大)
この計算式は全体の50%以下の所得の人を貧困と定義するものです。ここが問題です。日本は既に見ましたように年功序列給与が実態ですから、年齢層が低く、給料が安い世代は、いずれ高くなっていきますし、加えて、アルバイト層が低くさせている実態ですから、この計算のみで貧困率が高いと決定づけるには無理があるように感じます。日本が貧困であるかどうかの検討判断は、もっと多角度から見た方が妥当でしょう。
しかし、確かに若い世代の消費行動は変わっていますから、マーケティングを変化させることが必要で、そのためには常に今の時流や、人々の意識を検討すべきでしょう。以上。
(3月5日のレターはパソコンが使えない地区への出張ですので休刊します)

【2010年3月のプログラム】

3月12日(金)16:00 渋谷山本時流塾(会場)東邦地形社ビル会議室
3月15日(月)18:00 経営ゼミナール(会場)皇居和田蔵門前銀行会館
3月17日(水)18:30 山岡鉄舟研究会(会場)上野・東京文化会館

投稿者 lefthand : 17:13 | コメント (0)

2010年02月05日

2010年2月5日 ロールモデルなき人口減政策

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年2月5日 ロールモデルなき人口減政策

日本と中国の同一性

日本は島国である。これは誰もが認めるだろう。ところが、中国も島国だという見解もある。中国は広大な国土であり、人口も世界一であるから、とても島国とは思えない。

しかし、次の地図をよく見てみると、中国は海に面していない地域が通過不能な地形や荒れ地に囲まれている。北方には人口まばらで横断が困難なシベリアとモンゴル草原地帯、南西は通過不能なヒマラヤ山脈、南部国境はミャンマー、ラオス、ベトナムと接する山と密林地帯、東は大洋で、西部国境だけがカザフスタンと接し大移動が可能だが、もし行おうとしたら大変な苦労が伴うであろう。その意味で中国は日本と同じく島国といえる。

(クリックで拡大)

もう一つ同一性は鎖国である。日本の江戸時代は鎖国をしていた。しかし、中国も同様に鎖国をしていたことを理解する人は少ない。元々日本の鎖国は中国を見習ったものであった。清国が鎖国(海禁政策)をしていなかったなら、日本が鎖国をしたかどうか疑わしい。当時の日本は中国をロールモデル(お手本)にして取り入れることが多かった。

開国結果は異なった

だが、この両国の鎖国は、19世紀半ばから始まった、欧米列強のアジア進出で開国を迫られ、お互い鎖国から開国へと国是を変更させられたが、その結果は大きく異なった。
清国は、沿岸部を侵略占領植民地化され、その回復には第二次世界大戦の終了まで待たねばならなかった。一方、日本は幕末維新時代に他国に侵略されず鎖国を終え、その後の成長発展に開国を結びつけることができた。この差の要因はどこに起因するであろうか。勿論、それは国内の戦争、官軍対幕府軍の本格的戦いを避け得たことで、仮に内戦をしていたら、独立国として維持できたか、歴史に「たら」はないが、今考えてみても恐ろしい。

何故に内戦にならなかったか

それはいくつかの要因が重層的に重なり実現されたものである。
まず、徳川慶喜の勤皇精神と時代感覚が大きかった。慶喜は戦いを避けた勇気なき将軍という評価もあるが、日本を外国勢に侵略されないよう、自ら将軍の地位を去り、和平路線に戦略を転換したことが最大の理由である。ということは、慶喜が持つ当時の政治と世界の動向把握力が鋭敏であったことに起因する。ここで争っては清国の二の舞になる、その時代感覚が慶喜の恭順路線となり、江戸城を捨て、上野寛永寺に謹慎蟄居という行動になったのである。
では、何故に慶喜将軍はこのような時代感覚を要し得たか。それは、それまでの将軍とは行動する舞台が全く異なっていたからである。歴代の将軍は江戸城奥にて政治を行っていた。ところが慶喜は将軍就任時も、それ以降も、また、14代家茂将軍時代にも、慶喜の居住は京都であった。何故なら幕末時、すでに政治の中心は京都・大坂の地に移っていて、ということは天皇が政治に関与しだしたという意味であるが、そのためには京阪の地に将軍が常住する必要があった。その結果として、慶喜は時の情勢の中に身をおき、時代感覚を肌で感覚できる環境にあった。
これが慶喜将軍の強みであり、弱みであって、結局、戦わずして江戸城を官軍に引き渡すという意思決定に結びついたのである。

人事が日本の危機を救った

鳥羽伏見の戦いに敗れ、将軍になってはじめて江戸城に戻った慶喜は、上野寛永寺に謹慎蟄居を判断する前、今後の帰趨を決める重要人事を断行した。勝海舟を陸軍総裁に任命したことである。
ご存知の通り海舟は咸臨丸でサンフランシスコに行ったように、ずっと海軍育ちである。新たに陸軍を預かることなぞ、今までの海舟履歴からしてあり得ない。また、陸軍は元来、海舟の政敵たちの牙城であった。その中核には陸軍奉行並小栗上野介がいて、歩兵奉行の大鳥圭介がおり、さらにその背後にはフランス公使のレオン・ロッシユと教法師(宣教師)メルメ・デ・カション以下の軍事顧問団がいる。その上最悪なのは、第一次長州征伐以来、陸軍は連戦連敗であり、まさにその劣等感がとぐろを巻いているような部隊であった。
このような陸軍を海舟が抑えられるか。それが慶喜の打った人事の要諦であった。何故なら、慶喜が恭順を実行に移すために必要な第一歩は、なによりもまず幕府内の主戦派の抑制でなければならなく、それを行うのが海舟に課せられた最大の役目であった。
しかし、実は、もっと重要な要素、海舟が陸軍総裁にならなければならない必然性が存在した。それは官軍側に送る外交シグナルである。主戦派を抑え、恭順派によって幕府内を握らしたというサイン、それが慶喜にとって必要だったからである。
さらに、この人事の背景には、もうひとつ国防に対する認識があった。それは、この時期、日本にとって守るべきは内乱であり、海外からの脅威ではないということ、つまり、海防ではなく、幕府対官軍の全面衝突という戦いと、幕府内の対立抗争という二つの争い、それは内乱であるからして当然に陸軍を抑えるという戦略となり、そのためには恭順派の代表的人物の海舟が任命され、それは海舟が事実上幕府の全権を背負ったという意味になるが、その不可避の人事を成したのは慶喜であった。
敗軍の将軍、慶喜の時代感覚は結果的に冴えていたといえる。

その後の発展要因

このように内戦を避け得た日本は、幕末維新時を巧みに切り抜け、近代国家として変身した成功要因については、すでに十分に分析され、語られているが、もっとも背景条件として大きかったのは人口増であろう。幕末維新時約三千万人であった人口が、現在一億二千万人、四倍に増加している。これが国力を大きく発展させたことは容易に判断できる。人口増なくして今日の成長はなかったのである。
しかし、時は変わり、今は人口減に向かっている。未だその減少実数は少なく、全体への影響は顕著になっていないが、いずれ大きな問題となっていくことは確実である。

ロールモデルなき人口減政策

世界について考え、将来の出来事を予測する手法を地政学という。地政学は二つの前提で成り立つ。一つは、人間は生まれついた環境、つまり、周囲の人々や土地に対して自然な忠誠心をもっているという前提。この意味は、国家間の関係が、国民意識と非常に重要な側面を持つ。二つ目は、国家の性格や国家間の関係が、地理に大きく左右されると想定すること。この二つの前提で、一国は国民意識によって結ばれ、地理の制約を受けながら、特定の方法で行動することになる。中国は中国でしかない特定の方法で行動するということで、日本も他国も同様である。
日本を地政学的に考えれば、地理的に隔離された資源輸入国であり、日本人は実力本位で登用された支配層に対し従おうとする統制された国民意識があり、それらから国家の分裂を避けようとする社会的・文化的影響力を内在し、短期間のうちに秩序正しい方法で頻繁に方向転換できる民族で、これが明治維新に端的に顕れたのである。
しかし、ここで地政学的見地の別角度から指摘しなければならないのは、日本人は外国人を移民として受け入れること、これに強い抵抗感を内在させている国民であること。それが前号レターのサンパウロ日系三世女性の発言で証明された。
これが日本人が持つ大問題であり、この内在要因を抱えつつ、日本は世界にロールモデルなき先端人口減政策を展開しなければならないが、解答を見いだせない問題です。以上。

【2010年2月のプログラム】

2月12日(金)16:00 渋谷山本時流塾(会場)東邦地形社ビル会議室
2月15日(月)18:00 経営ゼミナール(会場)皇居和田蔵門前銀行会館
2月17日(水)18:30 山岡鉄舟研究会(会場)上野・東京文化会館

投稿者 lefthand : 07:01 | コメント (0)

2010年01月20日

2010年1月20日 日本の移民政策の課題

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年1月20日 日本の移民政策の課題

ブラジルの現在実態

今の世界でBRICsという言葉を知らない人はいないだろう。21世紀に入って、世界経済はBRICsに代表される新興国に牽引されて成長している。

その代表国は中国でありブラジルであり、世界経済の中で確かな存在感を示し始めている。特にブラジルは、金融危機の傷が比較的浅く、国内景気は消費主導で底打ちし、豊富な天然資源と、年々向上する工業生産力に支えられ、日米欧や中韓などが進出を競っている国である。ブラジル市場を制するものが、世界の新興市場を制する、そんな時代が到来する可能性が高いのではないかということが、昨年12月に訪問したサンパウロの街を歩いていると実感できる。

ブラジルの政治実態

その背景にあるのは、まず、政治の力である。ブラジルの2010年現在の大統領は、左派・労働党のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァで、2003年に「飢餓ゼロ」計画を打ち上げ、貧困家庭向けの食料援助や援助金制度などを推進した結果、これは日本の民主党が行おうとしている子供手当に通じる政策であるが、貧困家庭の生活水準改善が着実に進み、経済発展に取り残されていた内陸部へのインフラ整備も進めている。外交面では、南米統合へのリーダーシップも発揮し、2006年10月に行われた大統領選挙で、貧困層の圧倒的な支持を得て再選された。現在のブラジルは次図の成長ぶりである。
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ブラジルは内需中心で成長している

また、ブラジルの成長は次図の通り低所得層のウェイトを約10%減らし、その分を中間層の増加で進めている。つまり、貧富の格差を解消しつつ、成長しているのであり、これは中国とは大きく異なる実態であることを前提として理解したい。
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ビックイベントの開催

これに加えて、ブラジル成長の背景には「2009年10月2日に開催された国際オリンピック委員会(IOC)第121回総会で、16年の五輪がリオデジャネイロで開催されることが決定。南米大陸初の開催で、ブラジルは14年のサッカー・ワールドカップ、16年五輪と大規模イベントの開催が続く。オリンピックによる経済効果は大きい」がある。

日系三世から聞いたこと

ところで、サンパウロで夕食を一緒にした若い女性、彼女は日系三世だが、彼女から受けた質問、それが今でも強く印象に残っている。
「自分はイタリア・スペイン系のボーイフレンドと結婚する予定だが、親戚は皆日系人と結婚済みか、日系人を希望している。日本人は外国人が嫌いなのか」というもの。
「そんなことはない」と答えたが、内心忸怩たるものがあった。
1908年6月、ブラジル・サントス港に781家族が笠戸丸で着いて102年、現在、ブラジルには120万人の日系人を数えるが、そのすべての人ではないとしても、彼女から指摘される「日本人の内部に持っている本質」を意識せざるを得ないのは事実だろう。

オーストラリアの移民政策

現在、世界で移民先進国といえばオーストラリアだろう。慶応大学の竹中平蔵教授が日経新聞「経済教室2010年1月7日」で次のように述べている。
「いま世界では、オーストラリアの政策が注目を集めている。背景にあるのは明示的な成長戦略だ。ラッド首相は、現在2,200万人の人口を2035年に3,500万人に増やす計画を表明した」
これによると25年間で1,300万人増やすわけであるから、一年に52万人となる。現在のオーストラリア移民受け入れ数が、15万人であることを考えるとちょっと疑問だが、昨年11月20日のレターでご紹介したM君が市民権を確保しているように、オーストラリアは移民受け入れ先進国であることは間違いない。

日本の移民政策

一方、日本はどうなっているか。鳩山内閣は永住外国人に地方参政権を付与する法案を国会に提出する意向だが、民主党内や自民党にはまだ議論すべきという見解もある。このことの是非は今後としても、国内外の多くの識者が指摘するように、日本が直面する最大の課題は少子化による人口減である。
日本人口の2050年予測は、2009年対比20%減の10,170万人(国連人口基金予測)、この時点で65歳以上が4,000万人、14歳以下が1,500万人、半分以上の5,500万人が労働力から外れるので、経済を管理可能な水準で維持することが難しい。
その対策は、一つは家族政策としての「出産休暇や出産後の職場復帰体制の整備」であり、もう一つは移民政策としての「国境の開放」になるだろう。
ところが、現実の外国人受け入れ実態は、先日、上海で会った中国人を研修生名目で斡旋している企業幹部から聞くところによると、企業は安価な労働力としてのみ受け入れる傾向が強いという。
それも、中国の経済発展によって、大都市では日本に働きに行く人材はいなくなり、今や内陸部の奥深くまで採用に行くらしいが、実際に働く職場は、日本人が敬遠する深夜労働などが多く、当然に低賃金であるものの、本人たちは無駄使いせず、年間何十万と貯金し、中国に帰って、そのお金で家や車を買うという目的で来日するというが、まだ賃金格差が大きい場合は、こういう実態が続くであろう。
しかし、日本経済の低迷状態が長引けば、中国人を含めた外国人の出稼ぎは、経済成長している他国に行く可能性が強まり、日本には来なくなる危険性がある。
もう一つ大問題なのは、現実の日本へ帰化を希望する人々への対応が、非常に冷たいという評価が世界に定着していることで、日本にいる経済的メリットが少なくなると出稼ぎ受け入れ人数も急速に減る可能性が高い。
これらを考えれば、移民政策について真剣に検討すべきタイミングが来ていると思うが、その検討前提として、ブラジル日系人三世の彼女の発言は重要だ。
日本人がもつ外国人に対する感情論、表面から真っ当に発言できないが、日本人が日本人同士で結婚したがる本質、そのところの検討が避けて通れない大問題だ。これをどう解決するのか。それとも解決しないまま人口減を実現するだけになるのか。
移民政策を考えずに2050年を迎えることは恐ろしい。しかし、もっと怖いのは日本人の本質が変わらないことだとすると、その事態の時に、日本人はどういう行動に出るか。それが今から恐ろしい気がする。
ブラジル日系三世女性の発言は日本の未来への警告と受け止めた方がよいだろう。以上。

【2010年1月のプログラム】

1月8日(金)16:00 渋谷山本時流塾(会場)東邦地形社ビル会議室
1月18日(月)18:00 経営ゼミナール(会場)皇居和田蔵門前銀行会館
1月20日(水)18:30 山岡鉄舟研究会(会場)上野・東京文化会館

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2010年01月06日

2010年1月5日 簡単に頷かない

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2010年1月5日 簡単に頷かない

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

石破茂氏の講演

昨年12月17日、自民党の政務調査会長である石破茂氏の講演を聞く機会がありました。テレビで見る石破氏のイメージより、実際の本人は物腰やわらかくて、内容は分かりやすく、話し方によどみなく、メモを一切見ないで、過去・現在のデータや人物名を正確に表現するのには感心いたしました。
おかげで最近の政治情勢がよく分かり、自民党内きっての安全保証通といわれるだけあって、沖縄の普天間基地問題への考え方も明確でよく分かり、日米同盟の重要性を再認識いたしましたが、何か大事なことを石破氏は漏らしているのではと感じました。

石破氏の講演に対するアンケート結果

講演会場は満員で、約200名以上がおられたと思います。講演後にアンケートを書いて事務局に出された結果(46名)は以下のとおり高い評価でした。
1.本日の講演会はいかがでしたか。
大変良かった31人 良かった12人 まあまあ3人 不満足0 非常に不満足 0
2.その理由
非常に解りやすく、わが国の課題を話された。 保守の姿が見えた。 わかりやすく、理解しやすかった。もっともっとTVに出て、国民へのPRを欠かさずに頼みます。 率直な考えが聴けた。心に染み入りました。 一度直接、石破氏の話を聴きたかった。大変よかった。頑張って下さい! ポイントがよくわかった。正直。報道だけではわからない側面が見えてきた。 趣旨に賛同できた。政治がわかりやすかった。真実の事項が明確になった。 石破氏の考えと自民党の現状がよくわかりました。熱意が感じられた。 タイムリーな話が多かった。 具体的に解説してくれた。

23年間石破氏は主要な政治家だった

石破氏は1986年衆院議員初当選以来、連続8期当選していて、23年間政治家であると、ご自分で何回も触れました。ということはバブル崩壊後の経済政策に与党自民党の一員として、また、主要閣僚として大きく関わってきたということです。
では、その自民党政治が招いた経済実態を、次ページの国債残高で示してみました。
図の通り、バブル崩壊以前の国債残高水準は、主要先進国とほぼ同じでしたが、その後急激に増加し、その結果、図には記載していませんが、2009年9月末の国債残高は820兆円となってしまい、これは過去10年で倍増、GDP比160%を超え、IMFでは2014年にGDP対比246% になるだろうと予測しています。


(クリックで拡大します)

このIMFの予測に石破氏も触れましたが、何か他人事のような発言でした。
日本経済が長期間低迷しており、膨大な国債残高を抱え、国民が日本の将来に不安感を持っていることは、すべての人に共通していることです。従って、それを解除させるまでとは言いませんが、将来見通しについて何らかの方向性・ビジョンを、石破氏が語ると思っていたのに発言されなかったこと、それが漏れていると感じたことなのです。

日本は非ケインズ効果に陥っている

戦後、日本政府がとり続けた経済政策は、一貫してケインズ政策でした。それをバブル崩壊後も同様で、返って激しく景気対策の名の下に大量の国債を発行してきました。
その結果は「時代の変化に適応力を欠く産業に労働力を釘付けにし、新しい時代に向けての産業構造の転換を遅らせてしまった」ことで、35兆円とも指摘されている今の需給ギャップとなっているのです。
この経済政策の問題点をいち早く指摘したのは、富田俊基氏(中央大学教授)で、1991年のことでした。日本は「非ケインズ効果に陥っている」という発表と、国会での意見陳述と各地での講演、私も次のように直接お聞きした記憶があります。
「国債残高が少ない間は、積極財政が景気を拡大するという効果がある。これは国民が将来の増税を意識しないので、個人消費をするからだ。
しかし、国債残高が高水準に達すると、更なる国債増発は車が壁にぶつかろうとしているのに、アクセルをふかすのと同じ現象を引き起こす。国は壁にぶつかるという心理的恐慌を国民に与え、将来の増税負担という心理状態にさせ、将来の可処分所得の現在価値が下落し、個人消費が抑制される。これが非ケインズ効果だ」
残念ながら、現状はこの指摘のとおりです。あまりにも膨大な国債残高という事態なのに、更なる国債の増発を実施するという経済政策は、ケインズ政策が意図することとは反対の効果で、個人消費は増えず、経済は縮小気味になっていくのです。
ですから、これを石破氏が理解していれば、このことに触れ、非ケインズ効果に陥っているが、今後はこういう経済政策で打開していく、と解説すべきであったのです。
だが、分かっていて敢えて発言しなかったとすれば、聴衆を無視したことになり、ご存じでないとしたら、政治家として大問題でしょう。

中国・上海にて

中国は2008年11月に総投資額4兆元(約60兆円)の景気刺激策を打ち出し、世界中を驚かせた効果は、一時落ち込んだ実質成長率が昨年7~9月期には8.9%に回復することで示しましたが、この実態状況を12月の上海で確認しました。
まず、クリスマスイヴに上海書城という上海一番の書店に入ると、村上春樹コーナーが広くとられていることに驚き、レジに並んでいる客が買い物籠に30冊から40冊入れていて、それも数人が同様の冊数であることにギョッとし、次に向かった南京東路の上海市第一食品では、特AA1級大連産干し海鼠が500g9,800元(14.7万円)に目を疑い、噂に聞いていた日本のリンゴ新世界が一個88元(1,320円)という価格の店内が、買い物客で溢れているすごさに、中国の強い消費意欲を実感したのです。
 加えて、タクシー乗るため歩いた南京路の200m、その僅かな時間に偽物売り、ポン引き、直接寄ってくる若い女性など10人から声掛けられ、吃驚仰天の連続でした。

中国の地方で感じたのは日本と経済背景が異なること

翌日の25日、上海万博会場の真ん中を通る高速道路で、浙江省の寧波まで走り、そこから強蛟鎮(チャンチンチャン)という昔風の海辺の小さな港町に行きました。上海のホテルを出たのが8時半、走った高速にはまだ一か所しかないという、一応きれいだが閑散としたサービスエリアで休憩し、到着したのが13時、4時間半かかりました。距離は上海から約400km。現地では輸出ブランド子供グッズ製造企業の成金風の豊かな顔した社長から、アウディ大型新車で、高速を降りてから強蛟鎮まで案内してもらいましたが、道路は舗装をしていない部分が多く、港も未整備で、これは今後の公共投資が大いに実施される余地があると感じ、これからも景気刺激策は有効だと思いました。
 中国はケインズ政策が有効に利く財政状態ですから、景気刺激策はダイレクトに成長へ結びつきます。対する日本は「非ケインズ効果に陥っている」のですから、中国とは異なる政策を展開すべきで、そのために我々が経済政策組み立てと推進について、簡単に頷かず、本質的な鋭い追及をしていくこと、それが今年最大の課題と考えます。以上。

【2010年1月のプログラム】

1月 8日(金)16:00 渋谷山本時流塾(会場)東邦地形社ビル会議室
1月18日(月)18:00 経営ゼミナール(会場)皇居和田蔵門前銀行会館
1月20日(水)18:30 山岡鉄舟研究会(会場)上野・東京文化会館

投稿者 lefthand : 09:14 | コメント (0)

2009年12月21日

2009年12月20日 山岡鉄舟に学ぶ

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2009年12月20日 山岡鉄舟に学ぶ

今年最後のレターとなりました。
日本経済は一段とデフレ色が鮮明化、景気は上向かわず、政治も日米関係にきしみが見えはじめたような気配、それに合わせて世間が何となく落ちつかず、はっきりはしないが、将来への心配の種がいっぱいあるような気がする、という年末ではないでしょうか。

だが、このような時であるからこそ、時代に惑わされず、時代に迎合せず、しかも時代の流れを取り入れ、且つ、自分の特長に適する妥当な生き方を追求し続けること、それが今の混迷時代でありながら「ブレない生き様」につながるのではないでしょうか。
実は、この「ブレない生き様」を、激動の幕末・維新時に貫いたのが山岡鉄舟です。今回のレターは、皆様に、先日、山岡鉄舟研究会例会で発表した内容をお伝えいたします。

鉄舟の大悟

鉄舟が大悟したのは、明治十三年(1880)三月三十日、四十五歳。この時に小野派一刀流十二代浅利又七郎から、一刀流祖伊藤一刀斎から伝授された、いわゆる「夢想(無想)剣」の極意を伝えられ、同年四月、鉄舟は新たに無刀流を開きました。
その後、明治十八年(1885)三月に、一刀流小野家九代小野業雄忠政から「一刀流の相伝」と、小野家伝来の重宝「瓶(かめ)割(わり)刀」を授けられ、それ以来「一刀正伝無刀流」を称することになり、これで、ようやく二つの流派に分かれていた一刀流が、鉄舟によって再び統括されたのです。

大悟とは

では、大悟とは何か。これをある程度明確化しておかないと、抽象的な理解で終わってしまいます。
広辞苑を繙(ひもと)きますと、大悟とは完全な悟りといい、迷いを去って真理を悟ることとあります。では、悟りとは何か。同じく広辞苑に、理解すること、知ること、気づくこと、感ずることとあり、仏教でいう迷いが解けて真理を会得することとあります。
また、認知科学では、人間の知覚というのは、徐々に潜在意識に深く入って行き、知覚→意味付け→納得→悟りになると考えているようです。
しかし、この悟りや悟った状態を、言葉で完全に表現することは不可能であるともいわれています。確かに、我々一般人が悟りということを、いくら論理的に検討しても、悟りの状態を体験的に完全に理解することはできません。
そこで、先日、北京オリンピック開催時に、金メダルの北島選手を含む水泳日本選手団を指導した林成之氏(日大医学部付属板橋病院救命救急センター部長)からお話を聞いた際に、冒頭「私は、人間が能力を最大限に発揮するための方法論を述べる」と語りました。
これをヒントにすれば、自分自身が持つ能力、それが余すことなく、最大限に発揮されれば、誰でも素晴らしい人生を送れるはずです。能力を最大限に発揮していないから、多くの人は課題・問題をもって、不十分な環境下におかれているのではないか。また、他人に対する影響力も少なく、結果として思い通りの人生になっていないのではないか。
 つまり、大悟するとは、自分が持つ能力全てが発揮できる状態になった時を言うのではないかと思われ、鉄舟はこの境地に達していたと思います。

「一刀正伝無刀流」を開く

鉄舟は、二派に分かれていた一刀流を「一刀正伝無刀流」と統括しましたが、何故に、これに取り組んだかです。これについては、鉄舟長女の山岡松子刀(と)自(じ)が、牛山栄治氏に次のように語ったと「定本 山岡鉄舟」(牛山栄治著)にあります。
「父は思うところがあって大悟した後、無刀流の一派を開きましたが、浅利先生の剣もまだ本当ではないところがあると、たえず工夫をこらしていました。晩年(明治十七年)のことですが、一刀流六代の次に中西派とわかれ、小野派の正統をついだという業雄という人が上総にいることを探し出し、自宅におつれして、その剣技を研究していましたが、これが正しいのだとさとる箇所があり、自分の研究と照らして満足したようでした」

極意「一刀正伝無刀流十二箇条目録」

このような経過で、「伊藤一刀斎」が編み出した一刀流が、鉄舟によって再度統括されたのですが、その際、流祖伊藤一刀斎から伝わる極意を「一刀正伝無刀流十二箇条目録」として改めて書き示し、門下に目録として授与しました。
では、この極意の目録にはどのような剣技が記されているのか、これをお話する前に、伊藤一刀斎について、少しお伝えした方がよいと思います。

伊藤一刀斎とは

 伊藤一刀斎は戦国時代から江戸初期にかけての剣客ですが、一刀斎の経歴は異説が多く、どれが正しいか拠り所がありませんので、「剣と禅」(大森曹玄著)から引用いたします。
「一刀斎は、通称を弥五郎と呼び、伊豆の人とも関西の生まれともいわれ、生国も死処も明らかでないが、身の丈は群を抜き、眼光は炯炯(けいけい)として、いつもふさふさした惣(そう)髪(はつ)をなでつけ、ちょっと見ると山伏かなにかのような風態で、実に堂々とした偉丈夫だったという。はじめ鐘捲(かねまき)自斎について中条流の小太刀と、自斎が発明した鐘捲流の中太刀を学び、両方ともその奥儀を極めたうえ、さらに、諸国を遍歴修行して諸流の極意をさぐり、また、有名な剣客と仕合をすること三十三度、そのうち真剣での勝負が七回で、一回も敗れたことがなかったという。それらの体験から一刀流を創始したが、老年になってから秘訣を神子上(みこがみ)典膳に授け、自身は仏道に帰依して行方を晦(くら)ましたので、一層その人物像が神秘化