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2013年07月21日

2013年7月20日 やはり日本は日本的で行くべきだろう(下)

YAMAMOTO・レター
環境・文化・経済 山本紀久雄
2013年7月20日 やはり日本は日本的で行くべきだろう(下)

ユングフラウヨッホ

パリに入る前はスイスのユングフラウヨッホ観光であった。
ユングフラウ(独:Jungfrau)とは 「乙女」「処女」の意で4,158 mの山。スイス・ベルン州のベルナー・オーバーラント地方にあるアルプス山脈のユングフラウ山地の最高峰である。

この山の3,454m地帯にユングフラウヨッホ駅が造られている。ヨッホとは山のピークとピークの間の鞍部を意味するが、ヨーロッパで最も高い位置にある鉄道駅で、ユングフラウ鉄道のラック式鉄道(Rack Railway歯軌条鉄道)、2本のレールの中央に歯型のレールを敷設し、車両の床下に設置された歯車とかみ合わせることで、急勾配を登り下りするための推進力と制動力の補助する鉄道であるが、これで三大北壁のひとつアイガー北壁の中をくり抜いたトンネル内を走り、途中、二度停車する。
最初はアイガー北壁の裏にある高さ1m幅8mほどの展望用の窓のところで停車。次は、西に向きを変えユングフラウヨッホに着く前に停車する。
二度停車時間を含めてユングフラウヨッホに50分ほどで着く。全長は9.3km、勾配は最大で250‰、1896年(明治29年)着工、1912年(大正元年)完成。16年間かかっている。完成はちょうど今から100年前に当り、それを記念して訪問者に「乗車記念パスポート」を各国語でつくり配布している。矢印がユングフラウヨッホ。


 
その中に詳しく開発までの経緯が書かれている。着工の明治29年当時の日本は、前年に日清戦争に勝利し、京都に初の市街電車が開通した年であったが、果たしてこの当時の日本で、外国人観光客を誘致しようという政策が存在したか。疑問である。

日本で外国人が旅行免許状なしで国内旅行ができるようになったのは、不平等条約の撤廃実施が施行された1899年(明治32年)であるから、明治政府にとっては今の観光立国などというネーミングは毛頭考えられないものだったろう。

    (ユングフラウ山)       

 (ユングフラウヨッホの観光客)

だがしかし、同時代に、ここスイスでは観光政策としてアルプスにトンネル工事を始めているのである。近代国家建設途次の日本と、既に文明国としてのスイスとの差は大きい。

当時、産業界で名を知られていたアドルフ・グイヤー・ツェラーが、ユングフラウ山の麓でハイキングをしていた時、アイガーの山中にトンネルを掘り、ユングフラウの頂上まで登山鉄道を走らせるという斬新な、正にイノベーション的発想を持ち、その構想を地元住民に発表すると、将来の観光需要に夢ふくらませ、こぞってこの計画に賛成したのである。

工事は当然に難航を極め、爆発事故で6名の犠牲者、工夫の賃上げ要求ストライキ、資金難のため2年間の工事中断、建設費用が計画比二倍になる等、様々な困難を乗り越えて完成させた結果、今では世界各国から毎年70万人を超える観光客が訪れ、山頂への訪問者の数を毎日最高5000人に制限するというスイス観光のハイライトになっている。

 スイスには2008年に840万人の観光客が訪れている。この人数を少ないと感じる人が多いと思うが、実は、スイスは昔から物価高であり、その上、ユーロ経済不振でスイスフランが強くなりすぎ、近隣のヨーロッパからの観光客が激減している中で、ユングフラウヨッホには、鉄道への乗車制限をするほど押し寄せている。

 その源となるダイナミックな構想を抱き立ちあげたのは、日本では観光立国なんて考えられなかった時代であるという事実を考えると、やはり、日本人はイノベーション力では敵わないと思わざるを得なく、この面で欧米諸国と対抗するのは得策でないだろう。

日本の魅力は「一般社会システム」が優れていること

 ルーブル美術館、ユングフラウヨッホの事例から考え、規模とダイナミックという視点で振り返り、日本の魅力・特長を顧みれば、やはり「一般社会システム」が優れていることだと感じる。

 そのことを東京都の猪瀬知事が表明している。2020年夏季五輪開催会議、5月30日のロシア・サンクトペテルブルグでの招致プレゼンテーションで、東京の治安の良さについて、「財布を落としても現金が入ったまま戻ってくる」と話すと、会議場内から笑いが起きたと報道されている。

 この「会議場内からの笑い」、それは「おかしい」とか「面白い」というような笑いでなく、多分、「驚きのざわめき・どよめき」であったと推察する。

 世界中のどの国で、財布を落として現金が戻ってくるだろうか。皆無でないかと思う。パリに入る前、同行した添乗員女性が懇懇と繰り返し注意を続けたのは、「スリに用心しろ」「バックは身体の前に」「大事なものは肌身に」「特に人混みで写真撮るときが危ない」とルーブル美術館を例えにしつこく何回も言う。

 確かに華の都パリは、プロのスリのたまり場であり、稼ぎ場であるのは間違いなく、スリに出あい、スリから身を守るのも、観光の一部だと割り切らねばならないほど。

 それに対し日本は全く異なる治安状態を維持している。列車は正確なダイヤであり、車内でのスリの発生は稀、交通事故死(2012年)は4411人で、前年より201人(4.4%)減り、12年連続減少、過去最悪だった1970年の16,765人に比べ、4分の1近くまで減っている。

日本の四輪車台数(2011年)は75,512,887台であり、人口は12,700万人という実態から考え、交通事故死数は信じられない安全さを示している。以下の図からも明らかである。

やはり、日本の魅力は「一般社会システム」が優れている事。このPRが重要。以上。

投稿者 Master : 07:14 | コメント (0)

2013年07月06日

2013年7月5日 やはり日本は日本的で行くべきだろう(上)

YAMAMOTO・レター
環境・文化・経済 山本紀久雄
2013年7月5日 やはり日本は日本的で行くべきだろう(上)

今月もTGVに乗って

パリからブリッセルへTGVで行った経緯は、既にお伝えした通り混乱して大問題だったが、今月もジュネーブからパリまで直通のTGVを利用した。
今度はどうなるか。何かトラブルが発生するのではないか。というような期待ともいえる問題意識がもたげてくるのは、ブリッセル線での体験からやむを得ない。
ところで、ジュネーブはスイス。スイスはEUに加盟していないので、TGVに乗車するにはスイスから出国するための検査を受けなければならない。

ところで、ジュネーブはスイス。スイスはEUに加盟していないので、TGVに乗車するにはスイスから出国するための検査を受けなければならない。

ジュネーブ駅の狭い通路、ここが出国検査ルート。ここに乗客が大勢立ち並び、出発時間15分前になるとぞろぞろとホームに向かった。

ここまでは問題なし。今回は二等の座席指定に座った。発車前にトイレに行こうと思い、入口右側にあるトイレ方向を見ると「使用中」という赤表示となっている。

発車したあと、何回か振り向くが、一向に赤表示は消えない。仕方ないので隣の車両に行くが、ここも赤表示、次の車両はどうかと行ってみると、ここも赤表示、とうとう4両先の軽食販売車両のトイレを利用することになった。

戻る途中に自席車両のトイレを見ると、依然として赤表示である。ちょうどそこへ女性車掌が乗車券検査に来たので、指さして「あのトイレは使用不能か」と尋ねると、ウィと頷く。車掌は分かっている。だが、修理をしないのだ。全く困ったシステムだと思う。TGVの恥ではないかと思うが、車掌の顔からは「何も問題なし」という表情が窺える。

なお、TGVの名誉のために補足するが、車掌が頷いた以外の車両トイレについては確認していないので、使用不能ではなく、間違いなく「使用中」であると推測している。

パリに着き、時計を見ると17分遅れ。この程度の遅れはフランスでは問題ないのだろう。さて、重いバックを持ち、車両から出ようと扉方向に歩いて行くと、何と、扉の前に二段の段差があるではないか。入るときは気づかなかったほどの高さであるが、バックを持っている身としては結構厳しい段差である。それと扉の前に段差があるのは危険ではないかと思うが、これが文化・芸術を愛するフランス式かもしれないと諦めて、よいしょ、とバックを持ちあげてホームに出た。

フランス料理の凋落

この日の夕食はフランス料理で、久し振りに前菜でエスカルゴを食べたが、このところのフランス料理は、かつての栄光を失っているような気がしてならない。

毎年5月に「サンペレグリノ世界ベストレストラン50」のランキングが発表される。ランキングは世界の26地区、36人の委員(料理評論家・料理人等で構成)による投票で決定される。

2013年の一位はエル・セジュール・カン・ロカ(スペイン)で、二位は3年連続トップを確保していたノマ(デンマーク)、このNOMAについては先般行ってきたのでいずれお伝えしたいと思っているが、三位はオステリア・フランチェスカーナ(イタリア)。フランス勢は辛うじて十六位にラルページュと、十八位にル・シャトーブリアンが入ったのみ。

因みに、日本のNARISAWA(南青山)が二十位で、アジア勢としては一位である。

このランキングのみでフランス料理が凋落したとは言いきれないが、20年以上前なら確実にこのランキングの過半数はフランス勢で占められていたと思う。当時は今よりフランスへ足繁く通っていたので、20年前の実態は熟知しているが、当時はフランスが料理業界で絶対的なステイタスを持っていた。

しかし、今の現実は上述のランキングが示す通りなのである。何がそうさせたのか。いずれ分析してみたいが、様々なフランスの指標実態を見る限り、これは料理だけの問題でないように感じる。

フランス経済

例えばフランス経済、アメリカ調査機関ピュー・リサーチ・センターが今春実施した欧州世論調査、この中で「向こう12カ月間に自国の経済はどうなるか」という問いにフランス人は、
改善する⇒11% 変わらない⇒28%  悪化する⇒61% 
と自国を悪く見ている国民が多い。先日、支持率低迷のオランド首相が来日し「ユーロ圏の経済危機は過去のもの」と強調したが、フランス国民の多くは経済の先行きに悲観的なのである。

その上、富裕層に対する高額課税と雇用や税金にまつわる手続きが煩雑で、この行政の煩わしさは金持ちならずとも多くのフランス人から聞いているが、大問題は企業経営者の国外流出が続いていることだろう。フランスといえば、ひと昔は世界中から憧れの的の国だったのに、随分イメージが変わったと、このところつくづく感じている。

ルーブル美術館

 今回のヨーロッパは、いつも留守番させているお詫びを兼ねた家族観光旅行で、パリには詳しいので、市内を散策し、ルーブル美術館にも久し振りに訪れてみた。

ご存じのとおり、ルーブル美術館は、かつての王宮が市民に開放され、今や世界最大の美の殿堂に生まれ変わって、中世から近代の目を見張るヨーロッパ絵画のコレクションが一堂に見られるので、いつも大人気の美術館である。だが、今日は異常ではないかと思われ程、世界中からの観光客が溢れ、館内は通勤時間帯の新宿駅ホーム並みであり、入場制限をしないといけないのではと思うほど。

 あまりに混んでいるので、最初からつぶさに見ようとしたら一日では終わらず、一週間は要するので、とにかく超有名な絵画彫刻「ミロのヴィーナス」「モナ・リザ」「ナポレオンの戴冠式」を見て出ることにした。

「モナ・リザ」「ナポレオンの戴冠式」は、人が溢れかえっていて、とにかく至近距離にはどうしても行けない。やむを得ず、大勢の頭越しにズームインで撮影したが、当然にピンボケしやすくなる。これが観光客の頭と手が写っている下の見苦しい写真である。

      
 しかし、「ミロのヴィーナス」については、階段の上方に位置展示されているので、辛うじて通常の写真が撮れると思ったが、ここも真正面には大勢の人で写真撮れず、やむを得ないので背後から撮影したら、左肩が欠けていることが判明した。

だが、この写真を撮り終えて、はたと納得・得心した次第。

フランスはすごい。これはすごいことだと。

先ほど来、フランスが落ちぶれたと貶してきたが、とんでもないことだ。
ルーブル美術館に匹敵する存在が日本にあるのか。絶無だ。ルーブル美術館所蔵の一点でもあれば、それだけで大変な人気となるレベルが日本だろう。それに対し、ここルーブルは逸品ぞろいで、想像できない程の美術品を所蔵しているのだ。

フランスの観光底力 

フランスには年間8,300万人もの観光客が訪れ、ある機関の推定によると、ルーブル美術館には観光客全体の約8%が入館するという。この推定で計算すると8,300万人×8%=660万人となる。一方、日本には年間840万人、十分の一である上に、ルーブルの660万人は日本全体観光客の八割にも及び、ひとつの美術館で占めている。

いかに大勢の人がルーブルに入館するのかが分かり、これではラッシュアワー状態になるはずと思い、フランスの観光底力にとても敵わないと思う。次号でスイスについても検討する。以上。

投稿者 Master : 12:35 | コメント (0)