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2005年11月20日

分かりやすさ

   環境×文化×経済 山本紀久雄
    2005年11月20日 分かりやすさ

小泉首相の分かりやすさ

9月11日の衆議院選挙は時代の分かれ目でした。この日まで毎日のようにマスコミを賑わしていた亀井静香氏が、選挙が終わるとパタッとマスコミに登場しなくなりました。
替わって登場してきたのは、新しい閣僚の下で進められている、日本の構造改革への話題で、国と地方の税配分見直し三位一体改革、人件費削減を目指す公務員制度改革、政府系金融機関の統廃合改革、医療制度改革などが、毎日のように新聞一面を賑わしています。
選挙前における亀井氏の考え方は「郵政民営化解散したら、自民党が分裂するし、民主党を有利にするばかりでなく、細川政権が誕生したと同じく、民主党政権となりかねない。だから解散はありえないし、小泉首相は総選挙を脅かしにして、郵政民営化を成立させようとしている」というものでした。この考え方に結構多くの政治家や政治評論家も同調していましたが、結果はご存知の通りです。

総選挙が終わり、内閣組閣直前のタイミングに、ベテラン政治評論家としてテレビでよく見かける、毎日新聞顧問の岩見隆夫氏からお聞きする機会がありました。岩見氏は「小泉さんは分かり難い政治家だ」といい、「まともに考えないほうがよい」「自分は政治記者として40年以上関わっているが、小泉さんは分からない」との発言、続いて「だから内閣の顔ぶれは予想できない」という政治評論家としての職務を放棄したような、一種の諦めに似た感じでした。つまり、過去の永田町事例からは判断できない、それが小泉首相だということです。
ところが、小泉首相の方は「最初から郵政民営化がダメならば解散すると言っていた」と明確です。方針・方向性はぶれていなかったのです。しかし、亀井さんを中心にする「自民党的なるものを」守る人たちは、これをまともに受け取らず、更に郵政民営化反対に拍車をかけてしまい、ドンドン突っ走ってしまい、読み違いもここまでくると悲劇で、無残な結果に終わりました。
悲劇の最大の要因は時代の動きへの感覚誤差です。時流を見誤りました。その上、小泉首相の「言葉の文化」に負けました。小泉首相はシンプルに明確に国民にメッセージを送りました。それは「郵政民営化を議会はどうしてもダメだと否決した。しかし、私はどうしても理解できない。だから、国民の皆さんに聞いてみたいのです」と、解散した直後の総理大臣記者会見で述べたのです。それも、思いつめた顔をし、毅然とした表情でした。
これをテレビでみた多くの人たちに、どのように受け止められたかは明らかです。テレビでは「どんな顔して話すか」がテレビ視聴者をつかむコツ・ポイントで、それを小泉首相は心得ている上に、内容が「シンプル・明確」なのですから、今から考えると、この時点で今回の勝利が決まったと思います。

ゴーン発言の分かりやすさ

日産自動車のカルロス・ゴーン社長が、日経フォーラム「世界経営者会議」(2005年10月24日)で、日本での企業経営体験を語りました。
● 日本から多くのことを学んだ。一つは単純な形で実行すること。日本人は複雑さを疑問視し、実行の質とスピードを追及する。二つ目は、プロセスを重視すること。三つ目は、ある一つの強みを他の領域でも生かす考え方。例えば、生産プロセスを販売現場に生かしてすばらしい結果を得られるようにするなどだ。
● 自動車業界は整理・統合途上にあり、有力メーカーが集中している国は、日本、韓国、ドイツ、フランス、アメリカだけだ。その中で日本には規律、プロセス、顧客志向、即応性という基本的な文化環境が存在している。
さすがにゴーン社長は状況把握力に優れ、それを分かりやすく表現できる能力を持っていると思います。特に「日本人は複雑さを疑問視する」という発言、これには納得します。
社会に発生する物事は、様々な要因が絡みあって複雑に表層化し、その表に現れた現象の背景には、多くの要因が存在しています。ですから、物事を単純に理解できないのですが、そうかといって複雑に難しく解釈していくと、それはかえって物事の本質を分かり難くさせていき、結果的に適切な行動がとれず、対応が遅れるということになりやすいのです。更に、ゴーン社長は「日本人は実行の質とスピードを追及する」と発言していますが、その背景に「単純な形で実行する」を好む国民性があるからこそ、「質とスピード」が可能であることを見抜いているのです。ゴーン社長が「シンプル・的確」に日本人を理解し、それを「分かりやすく表現した」ところ、それが日本で成功した要因と思います。

ドラッカー氏の分かりやすさ

ピーター・F・ドラッカー氏が11月11日逝去されました。ドラッカー氏の著書は随分勉強しました。「現代の経営」(1954)「経営者の条件」(1966)「断絶の時代」
(1969)などに影響を強く受けました。分権化、目標管理、知識労働者、民営化、今では当たり前に使われているこれらの言葉は、すべてドラッカー氏の造語でした。
また、日本に対して深い理解を持っていて、特に明治維新に感動し、日本人に対し分かりやすいメッセージを贈ってくれていました。
● 明治維新は人類史上例のない偉業であり、この明治維新への探求が、私のライフワークになったもの、すなわち社会のきずなとしての組織体への関心へとつながった。したがって、日本は私の恩人だ。
● 日本が「失われた10年」で悲観主義にとらわれてはいけない。日本は明治維新、更に第二次大戦後の復興・成長と、二つの奇跡を抜本的な構造改革によって達成した。そうした社会の資質、柔軟性に日本人はもっと自信を持っていいし、もってほしい。
日本人に対するこの励ましは大きかったと思います。日本経済が構造改革を進め始めた結果、踊り場を脱しようとしている現在実態を考えると、ここにもドラッカー氏の日本人に対する、分かりやすい励ましが大きく影響していると思わざるを得ません。
加えて、ドラッカー氏が認識し高く評価しているように、明治維新は偉大な構造改革でした。封建時代の姿を近代日本に生まれ変わらせ、今日の発展の基礎を創りあげたのですから、明治維新は世界に誇る日本人の革命歴史です。現在、山岡鉄舟を研究していますので、必然的に明治維新を掘り下げ分析研究し、そこに鉄舟という武士道体現者をオーバーラップさせることで、毎月の雑誌連載と講演を行っているのですが、そのような立場に至った背景にドラッカー氏の言葉の影響が少なからず存在していたと、今になって感じ感謝しているところです。ドラッカー氏の冥福を祈りたいと思います。

改革の方向性

小泉内閣が進める構造改革と亀井静香氏を代表とする主張、その差はどういうところから発しているのでしょうか。皮肉にも目的は「財政を再建しなければならない」というところでは同じでした。方法論が異なっていたのです。
● 小泉首相は、公共事業削減が国民の痛みにつながることを承知の上で「傷みに耐えてくれ」と財政を絞って、景気回復につなげようとする考え方。
● 一方の亀井静香氏は、それは間違っている。財政支出を絞ると、景気が悪くなる。景気が悪くなると税収が減る。だから、どんどん公共事業を増やすことだ。それが景気をよくするのだという考え方。
両方の主張とも分かりやすい言葉と内容です。だが、国民の判断結果は小泉首相でした。亀井静香氏には向きませんでした。亀井氏の主張方法は、既に過去の歴代内閣が実験済みで、結果は世界一の借金大国にしただけでした。そのことを国民は分かっていたのです。
このまま行ったらどうなるのか。孫子の代に日本はどうなるのか。それをひとりひとりが考え、その結果として時代が変わっていると判断したこと、それが今回の選挙の背景にあったと思います。
その背景とは時代への認識です。日本の未来は二つの大きな変化に立ち合っています。一つは少子高齢化であり、それは人口減という事実です。もう一つは財政赤字770兆円という、日本国の一世帯あたり2000万円にも及ぶ借金の額、これは誰が考えても政治の失敗でつくってきた事実です。
この二つの時代認識が、今回の選挙の背景にあり、その認識から容易に考えられるのは、もうかってのような政治、それは「日本全国すべてを均衡させた発展」と「行政に多くの支えを期待する」を望むことは困難、という事実です。
この誰にでも分かる日本国の実態が、今回の選挙で分かりやすく国民に認識されたこと、つまり、分かりやすさということが、国民に時代の方向性を決めさせたと思います。以上。

投稿者 Master : 2005年11月20日 15:44

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