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2011年01月23日

渋谷「山本時流塾」のご案内

コンサルタント業と著述業を通じて、毎月国内外を歩き、現場から得た時代の流れと背景分析を、経営ゼミナール代表の山本紀久雄が解説を「山本時流塾」で行っております。どなたでも歓迎で、2月開催は以下の通りです。
 
渋谷「山本時流塾」
   日時  2011年2月18日(金)16時~18時
   講師  経営ゼミナール代表 山本紀久雄
   会場  ㈱東邦地形社 8階会議室 参加費1000円 
        渋谷区神宮前6-19-3 東邦ビル 
  電話 03(3400)1486
        (渋谷教育学園 渋谷中学高等学校前)

投稿者 Master : 06:29 | コメント (0)

2011年01月21日

 日本経済に対するスタンスを定める

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年1月20日 日本経済に対するスタンスを定める

2011年の日本経済見込み

1月ですから日本経済を考えてみます。まず、新春3日の日経新聞に掲載されたエコノミスト15人による実質経済成長率平均は、2010年度が3.3%、2011年は
1.2%となっています。次に世界銀行が1月12日に発表した世界の実質経済成長率見込みでは以下のように、2010年度は日本の方がアメリカよりかなり高めとみています。
           2010年   2011年
      世界    3.9%    3.3%
      日本    4.4%    1.8%
      米国    2.8%    3.3%
      中国   10.0%    8.7% 

昨年10月時点での日本経済見込みは足踏み状態だった

昨年10月の日本政府月例経済報告内容では、次の景気判断をしていました。
「日本経済は、リーマン・ショックから立ち直り、2009年4月から回復を続けていたが、その歩みがいったん止まった『足踏み状態』である」と。
では、その足踏み状態はいつまで続くのか。エコノミスト15人による予測では以下の通りとなっています。
エコノミスト回答.JPG

10月が底と予測する

上のグラフから見ると、全員が今年に入ってから踊り場脱却と見ています。しかし、鉱工業生産指数推移から判断しますと、既に昨年10月が底であったと思われます。
鉱工業生産指数とは、鉱業または製造業に属する企業の生産活動状況を示すもので、一般に鉱工業の国内総生産に占める割合が高く、経済全体に及ぼす影響も大きいことから、経済分析上重要な指標となっています。この鉱工業生産指数2005年度を100として推移を見ますと、09年6月が前月比△1.1%、7月△0.2%、8月△0.5%、
9月△1.6%、10月△1.9%と連続してマイナス基調でした。ところが、11月の鉱工業生産指数は一転して+0.9%と上昇し、12月見込みでもプラス、その後もプラスが続くと見込みますから、昨年10月が底であったと判断した次第です。

プラスとなった背景

この鉱工業生産指数がプラスとなる要因は、すそ野の広い経済全体に影響力の強い、自動車産業の今後の見込みからの判断です。自動車生産計画が11月+5.4%から始まって毎月プラスの生産となっているからです。(出典:自動車産業ニュース)
また、このプラス要因を探ってみれば、それは中国の自動車販売台数が09年7月を底として急速に改善増加に変化していることが挙げられます。

さらに、日本の昨年10月輸出実績構成比を見ますと、アメリカ向けが15.5%ですが、中国・香港は25.9%となっているように、中国への輸出がアメリカをはるかに超えているのが実態ですから、中国の動向如何が日本経済を左右しているのです。

2011年の経済見込みを検討して実務的に意味があるのか

ところで、以上のように日本経済の2011年予測をして、何か実務的に意味があるのか。つまり、単年度の経済予測を根拠に物事を判断し、行動してよいのかという素朴な問いかけを皆さんにしてみたいのです。という意味背景は、従来の日本経済体質と現在では、明らかに大きく異なっているからです。

思い出してみれば、80年代、90年代前半、諸外国から指摘されたことに「日本は内需主導経済に切り替え、輸出頼みの経済を修正すべきだ」という見解が多くなされました。

しかし、今では諸外国からこのような指摘はなされないし、政府・日銀の景気回復シナリオでも、先ず輸出の伸びだということになっていて、周りの国々をみても、輸出で経済かさ上げというのが各国の潮流となっています。いつの間にか、輸出に頼るのはよくないという議論でなく、輸出に頼らないかぎり立ちいかなくなるという状況に、日本を含む世界中が変わっているのです。特に日本の場合は、内需主導型経済成長は実現不可能ということを、内外当局者が暗黙の了解事項としていると思います。また、この了解実態への分岐点は、今から約15年前の平成7年・1995年であったと思います。

今後の日本経済をどう考えるか

日本の生産年齢人口(15歳から64歳)の過去最高記録は、95年の8718万人でした。だが、それから減り始め、平成20年・08年は8230万人となって、マイナス488万人減となって、これからも減っていきます。

この結果は名目GDPの推移に現れています。95年が495兆円で、人口が減り始めても、その年に直ちに減少せず、97年515兆円と増加しましたが、99年には497兆円と減り、09年は474兆円となって97年対比実額で41兆円減少しています。

要するに、人口減から需要が膨らまない一方、供給サイドは規制緩和もあり、数が増え、淘汰されずに温存されていくので、需要と供給のバランスが悪くなり、価格に下落圧力が加わってデフレ基調が定着し、既にビール、牛乳、ファミリーレストラン、書籍雑誌の販売額が減ってきており、今後は食べ物や衣類の需要に影響していくように、長期トレンドとして人口を基本に日本経済を考えれば、国内要因でのGDPは増えないと考えます。

経済成長率を上げるのは、他国状況で変わる輸出だけが増加要因ですから、日本国内の経済成長率を一年や二年を区切ってどうこうだと分析しても、あまり意味を持たないのではないかと思うのです。

そこで、その年に予測された日本経済成長率が、どのような数値であろうとも国内は今まで同様「程々・ぼつぼつ」だと受け止め、あまり大騒ぎしない方がよいと思っています。

自分のスタンスを明確にすること

それより、今の日本経済に対する立場を、一人ひとりが明確にした方がよいのではないかと思います。その立場を整理すれば次の二つでしょう。

A.今の日本経済でよいと考える立場⇒失業率は5%と安定、平均寿命は世界最高水準、犯罪率や殺人率も低く、所得不平等は国際的に見て低い等、諸外国に比べて見れば優れているのですから、今のままでよい。

B.そうではなく、あくまで日本経済を成長させるべきだという立場⇒この場合は①人口減に歯止めをかける、②輸出を増やす、③国内企業の工夫によって需要を増やす、の三方向となり、このどこに皆さんが位置するかで「戦略・戦術」展開が異なります。

Bの対策方向性
① 人口減に歯止めをかける⇒直ぐに可能なのは移民を増やすことですが、これは日本人自身に内在する意識問題が最大のネックで実現困難です。少子化対策と観光客増加が有効策で、この方向性に向かうしか戦術はないでしょう。

② 輸出を増やす⇒今は世界中で輸出競争している時代。今までは企業の海外輸出比率は50%超が目標数値といわれていましたが、キャノン、コマツのような優良企業を見ると80%という体質で、ターゲット地域を新興国にする事がポイントです。

③ 国内企業の工夫によって需要を増やす⇒人口減ではかなり難しい分野です。その難しいという前提の上での検討です。需要を増やすためにはどの方向性・分野を狙うかという「戦略」の策定と、その戦略に基づく「戦術」展開です。つまり、他人が行っていないアイデイァ・工夫という創造性が必要条件で、時代とのマッチングも大事ですが、その際の採算性は重要チェックポイントです。次に、仮にその新しさが成功したとしても、すぐに模倣され新しさがなくなりますから、次なる創造性を発揮するというあくなき創造性の継続を、あきらめずに繰り返し、繰り返し行動するという、執拗な努力が絶対に必要でしょう。

  年初め初心に戻り、日本経済へのスタンスを自ら決める必要があると思います。以上。

投稿者 Master : 06:18 | コメント (0)

2011年01月06日

日本を情報編集して再発信する

環境×文化×経済 山本紀久雄

2011年1月5日 日本を情報編集して再発信する

新年明けましておめでとうございます。本年もご愛読の程お願い申し上げます。

観光庁への提案

昨年9月20日号のYAMAMOTOレターで、世界の書店に配本ルートを持っている欧米の出版社から「日本の温泉ガイドブック」を刊行するための企画書をもって、近く観光庁に提案に行く予定ですとお伝えしました。この件は昨年12月末に霞が関の観光庁に出向き「世界50カ国の書店に配架する」計画書を提案して参りました。その際、観光庁の担当官と日本文化の捉え方について議論しました。計画の実施是非回答は後日になります。

アシェット社訪問

昨年11月、アシェット・フィリパッキ・メディア (Hachette Filipacchi Médias、略称アシェット社HFM)を訪問しました。ここはフランスに本社をもつ世界最大の雑誌出版社で、いまや日本の老舗出版社である婦人画報社を傘下に収め、「婦人画報」をはじめ「25ans」や「ELLE Japon」などの雑誌を発行しています。

パリの本社は元日航ホテルの隣ビルですが、ここで旅行出版部門の責任者と、アシェット社が世界50カ国で展開している旅行ガイドブック、ブルーガイドですが、この編集長と日本の温泉ガイドブック出版について打ち合わせしました。

私が説明する趣旨、話し終わるとよくわかると大きくうなずきます。これにビックリしました。世界的な大出版社が前向きに好意的に了解したのです。

その理由をいろいろ話し合っているうちに分かってきました。フランスでは空前の日本文化ブームであり、これは世界共通になりつつあると認識していることです。日本文化が世界の時流なのです。

さらに、旅行出版部門の責任者と編集長の二人の女史とも、子供が日本語を学んでいるといい、子供を連れて家族全員で今年春に日本へ旅行するというのです。

もう一つの国際標準化

今まで日本が展開してきた「国際化」とは、外国で国際標準になっているものをとりいれるか、外国に勝る技術を開発し、それを国際標準化しようとするものでした。これに対し「グローバル化」とは国際標準化レベルに、相手国の市場実態を加えることであると、サムスンの事例をもって昨年末レターでご案内しました。

しかし、もう一つ国際標準化という意味で、考えられることがあります。それは昨年9月来日し、一緒に「日本のONSENを世界のブランドへ」シンポジウムを開催した、リオネル・クローゾン氏発言の「温泉街には欧米にない異文化がある」という発言です。

この発言の意図は重要です。今までの温泉業界は、外国人に「合わせる」ことを考え、外国人に「すり寄っていく」という考え方が多かったのです。

しかし、クローゾン氏の発言は、この考え方を真っ向から批判しているのです。今のままでよい、そのままの温泉が魅力だという主張です。

日本人は戦後65年間、アメリカから様々な価値観を押し付けられたと感じている人が圧倒的に多いと思います。しかし、アメリカ人から見ると、確かに押し付けてはきたが、そういうことになったのは日本人にも大いに問題がある。日本人は「自分らが何ものであるか」について、隠しているのではないか、それとも現代の日本人は他者に知らせるべき自己を持たないのではないか、という指摘をされているのです。(「日本人と武士道」スティーブン・ナッシュ著)

この指摘の背景には、クローゾン氏の発言との同質性があります。自国の文化や社会や歴史を正しく語ろうとしないのが日本人だ、という本質的な指摘であり、逆に考えれば外国人は「日本は素晴らしい魅力がたくさんある国だ」という認識を持っていることになります。

問題は、この事実を受けとめ「世界に向けて情報化」編集する能力を発揮していない日本側にある、と考えるべきと思います。

子供が日本語を学ぶという意味背景

その日本に魅力があるという事実を、アシェット社の幹部二人の子供が、日本語を学んでいるということから理解できます。

欧米の子供たちは、日本のマンガを翻訳された言語で読むうちに、我々が気づかないところ、そこに日本の魅力を直感的に感じ、それを知るためには今の日本からの情報発信では不十分だから、直接に日本に行き日本語で尋ね知りたい、という欲望があるからと思います。

つまり、日本には、欧米とまったく異なるものがある故だと思わざるを得ませんが、この事実を日本人は分かっていないと、これまた思わざるを得ません。

坂の上の雲

NHKで放映されている「坂の上の雲」、制作の西村与志木プロデューサーが、ホームページで次のように語っています。

「司馬遼太郎氏の代表作ともいえる長編小説『坂の上の雲』が、完結したのは1972(昭和47)年とのことです。それ以来、あまたの映画やテレビの映像化の話が司馬さんのもとに持ち込まれました。無論、NHKのドラマの先輩たちもその一人でありました。しかし、司馬さんはこの作品だけは映像化を許さなかった、というように聞いています。
『坂の上の雲』が世に出てから40年近い歳月が流れました。そして、今でもこの作品の輝きは変わっていません。いや、むしろ現代の状況がもっとこの作品をしっかり読み解くことを要求しているのではないでしょうか」と、今が絶妙のタイミングだと自負しています。

司馬遼太郎の作品は翻訳できない

「日本辺境論」(内田樹著)に「日本を代表する国民作家である司馬遼太郎の作品の中で現在外国語で読めるものは三点しかありません。『最後の将軍』と『韃靼疾風録』と『空海の風景』。『竜馬もゆく』も『坂の上の雲』も『燃えよ剣』も外国語では読めないのです。

驚くべきことに、この国民文学を訳そうと思う外国の文学者がいないのです。いるのかも知れませんが、それを引き受ける出版社がない。市場の要請がない」と述べ、続いて「あまりに特殊な語法で語られているせいで、それを明晰判明な外国語に移すことが困難なのでしょう」とありますから、日本で最も有名な国民作家が、外国では全く無名というのが事実でしょう。

さらに、渡辺京二(選択2011.11)は、司馬小説は「小説としての『スカスカ』度は増していき、『坂の上の雲』に至っては『講釈が前面に出て小説はどこか行方知らずになってしまった』と断じ『司馬という作家から小説の提供を欲するもので、歴史に関する講釈を聞きたいのではない』とも論断しています。

今まで司馬遼太郎批判は、出版界でタブーでしたが、グローバル化という視点から検討すると、様々な解釈がなされ始めているのです。

村上春樹は国民文学でなく世界文学

村上春樹の「ノルウェイの森」が映画化されました。早速に満員の映画館で観ました。配役は全員日本人で、日本語ですが、監督はトラン・アン・ユンというベトナム系フランス人で、脚本も彼が担当しています。

村上春樹という人物は、東京の街中を歩いていても、殆ど誰にも気づかれない存在だと、自分で語っているように地味な風采らしいのですが、村上小説の物語は世界中から受け入れられていて、今や最も世界で読まれている日本人作家であり、数年前からノーベル賞有力候補者といわれています。

村上本人も、日本のマスコミを避けている節が強く、日本のマスコミには殆ど登場しないのですが、時折、外国でインタビューされた内容が雑誌に出ます。昨年の8月は、ノルウェイのオスロで村上作品を紹介する「ムラカミ・フエスティバル」に出席した際の講演会入場券が、わずか12分で完売となったこと、これは他の文学イベントでは想像できない勢いだとノルウェイ最大の新聞「アフテンボステン」がインタビュー記事とともに報道しました。

村上小説には、日本人のみが登場し、日本のみが舞台なのに、今や日本の国民文学ではなく、世界文学になっているのです。つまり、村上は「世界に向けて情報化」編集を行った結果、国際標準化レベルを創り上げ、それに基づいて物語を書いているのです。

日本を情報編集して再発信する

観光庁の担当官に伝えたことは、日本の温泉を村上春樹流に編集し発信すべきということでした。

現在、平成の開国が必要だと考えている日本人が多いのが事実ですが、一方、外国人から見た日本は魅力に溢れているにもかかわらず、それを外国に向けて発信していないという指摘があるのですから、情報面での開国は滞っています。村上春樹から学ぶべきでしょう。以上。

投稿者 Master : 08:44 | コメント (0)