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2009年07月05日

2009年7月5日 村上春樹の背景にあるもの

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2009年7月5日 村上春樹の背景にあるもの

作家「村上春樹へのインタビュー内容」

村上春樹の7年ぶりの長編小説「1Q84」は、5月29日に発売され、一週間で上下巻合わせて100万部を突破しました。

この村上春樹、日本のメディアには一切出ないことで知られていますが、スペイン北西部のガルシア地方サンティアゴ・デ・コンポステラ、ここはあの聖ヤコブの遺骸が祭られているため、古くからローマ、エルサレムと並んでカトリック教会で最も人気のある巡礼地であり、世界中から巡礼者が絶えないところですが、そこの高校ロサリア・デ・カストロから賞を受賞したので、はじめてスペインを訪れ、地元紙の取材に応じ、いろいろ語った中に次のような発言がありました。
「日本人はいま、自分たちのアイデンティを模索しているのだと思います。戦後、日本は徐々に豊かになり、1995年までほぼ右肩上がりの良い時代を生きました。けれども90年代になってさまざまな危険に直面し、大きな揺らぎを体験しました。そのようなことは戦後、一度もなかった。それまではおおむね経済的繁栄が私たちを幸福にし、心を満たしてくれると考えられていました。でも日本は大変豊かになったけれど、我々は幸せにはなれなかった。そしていま、我々は改めて問い直しています。我々は何をすべきなのか。幸せへの道は何なのか。いまも我々はそれを探っているのです」と。

村上春樹の評価

村上春樹は、特定の国民性に捉われず、世界文学へ貢献した作家に贈られるフランツ・カフカ賞を2006年に受賞し、以後ノーベル文学賞の最有力候補と見なされていて、その小説は現在、世界中で読まれています。
その理由をスペインのインタビュアーが、次のように解説しています。
「広がりに広がって、いまではハルキ・ムラカミに魅了されない国がないほどです。しかしそれは、異国趣味、つまり日本への憧憬でなく、あなたの小説の内容に親しみを感じるからです。あなたの小説に登場する日本人の女の子のバッグのなかには、どんな国の都会の女の子のバッグにも入っていそうなものが入っています」と。
「1Q84」の書評に「今、世の中のある物事の在り様を、新聞・雑誌、新書、ネットなどに求めれば、眼からウロコが落ちるように、解答を見つけることができる。だがそれは、教養を深めることに役立つかもしれないが、今ここにある魂に安らぎを与えるものでない、今ここにある不安を鎮めるものではない。村上春樹の新作を求めた多くの人々は『解答のあり方が物語的に示唆される』方を望んでいるのではなかろうか」(月刊ベルダ誌)。
日本を舞台に、日本人を主人公に書いた小説でありながら、世界の人々が求める普遍性への解答になっているのでないか。このように理解できるのです。

「100年に一度」

普遍性といえば「100年に一度」もです。これは、グリーンスパン前FRB議長が「リーマン・ショック」前の2008年7月31日に、CNBCテレビで「100年に一度起きるかどうかの深刻な金融危機だ」と述べたことからで、以後、多くの場面で今回の金融危機を形容する枕詞として、また、他の問題にも引用されています。
「100年に一度」の金融危機は、ご存じのようにサブフライムローンという危ない住宅融資を行い、その担保証券を格付けの異なる証券と組み合わせ、効率のよい証券化商品であると、世界中に売りさばいたことが要因で、アメリカ人が行ったものです。
 アメリカ人はどうしてこのようなバカなことを起こしたのか、それが以前から不思議でしたが、次の発言を知って納得しました。

ボーイング・ジャパン社長の発言

日経新聞「ビジネス戦記」で、ボーイング・ジャパン社長のニコール・パイアセキ女史が次のように述べていました。(09.6.15)
「米国では、ビジネスでは唯一結果を出すことだけが重要とされる。短距離走のようにできるだけ早く目指すゴールに到達することが最大の価値を持つ。『終わりよければすべてよし』。その過程はさほど問われることはない」と。
この女性社長はアメリカ人の本音を語り、これがサブプライムローン問題の本質に内在しています。米国型市場主義は「市場が決める価格が正しい」という前提で、利潤拡大を目的として行動し、最終的な利潤極大の局面にたどり着くまで引き返すことはありません。
だが、この利潤極大化がいつなのか、そのことが利潤を求めている過程では判断不可能です。利潤が増えている間は、もっともっと増やしたいという気持ちだけで、その儲けの仕組みが悪であろうが、そのプロセスに踏み込んだら、目をつぶって山を登るのです。利潤が上がっている今が、9合目か、又は5合目か、それとも頂上直前なのか、分からなくなっているのです。ここで引き返したら、その時点が5合目だったかも知れない。もしそうなら、残りの半分の利潤が獲得できないことになります。
ですから、前へ前へと進み、頂上に登りつめて「市場が決める価格」が下りはじめる時、それは問題が明確になった時点ですが、そこまでいかないと利潤極大点が確認できないのです。つまり、「100年に一度」という深刻な金融危機に陥り、これ以上利潤極大化が不可能時点になって、急に「この仕組みは問題だった」と気づくことになるのです。
しかし、その時は世界中に問題がまき散って、世界中の人々の生活に変化を与え過ぎていた、というストーリーなのです。これがアメリカ人の生活習慣思考方法だと、前述の女性社長が見事に語っているのです。

産業再生機構

日本はバブル崩壊から多くの企業が経営不振となったことから、2003年に国策機構の「産業再生機構」をつくり、大きいところではカネボウから、小規模では金精旅館のような従業員10人程度のところまで、41社の再建を行いました。
その産業再生機構で代表取締役だった冨山和彦氏から、先日ご体験をお聞きしたときに「再生をするためには、一流大学出身とか、アメリカのMBA資格を持つ人は返って問題で、実際の現場で必要とする人材は、情と理の衝突に耐え、現実と理念の相克を超えることのできるタフネスさと、哲学を持ち合わせた強い人だ」と明言しました。
 つまり、アメリカ型の経営手法なぞは役立たず邪魔で、必要な能力は、相手と痛みを分かり合える日本的な思考で行動できる人でしか、企業再生はできなかったのです。

難解な日本の「舞踊」

ここでもう一度、前述の女性社長の発言に戻ります。
「ところが日本では、迅速に結果を出すことはもちろん重要だが、それだけでは『正しい』という評価が得られない。仕事の過程での微妙な人間関係や手続き、配慮が重要視されるからだ。それが私にはあたかも、リズムやニュアンスを持つ所作で美しさを表現する『舞踊』のように思える。実際、勝負に勝つことがすべてというビジネスの流儀が身に付いた米国人からみれば、日本でのビジネスで求められる『過程』は、本当に難解」と。
振り返ってみれば、日本は敗戦によって、64年前から民主主義という名の教育の下、アメリカ型がGHQによって強制されてきました。
しかし、この女性社長の発言は、変わった新しい戦後の教育が行われたのに拘らず、日本的思考習慣システムが依然として強く残っていて、それがアメリカ人には理解し難いという事実を指摘しています。この事実を再認識すべきと思います。
我々のDNAには、しっかりとした日本風土が潜在していて、それを基盤哲学として発揮できる人材のみが企業再生を可能にすると、冨山和彦氏も指摘しているのです。

村上春樹の背景

今、世界経済は「100年に一度」から、正常な状態に戻すための様々な対策がとられていますが、簡単にはいかないだろうというのが現実です。ところが、日本では90年のバブル崩壊があり、その後の「失われた10年」があって、経済停滞は世界に先駆けて経験済みという事実を再認識したいと思います。今後、世界経済の停滞が長引き、それによって世界が「失われた10年」といえる状態になるとしたら、世界の人々は「我々は何をすべきなのか。幸せへの道は何なのか」という村上春樹発言が持つ意味を理解しようと、日本のことをテーマにした小説であって、日本人が書いたものであっても、その背景に今後の世界が持つ普遍性があると理解し、受け入れているのではないかと思います。以上。

【7月のプログラム】

7月10日(金)16時   渋谷山本時流塾(会場)東邦地形社ビル会議室
7月17日(金)14時 温泉フォーラム研究会(会場)上野・東京文化会館
7月27日(月)18時経営ゼミナール例会(会場)皇居和田蔵門前銀行会館

7月19日(日)9時 山岡鉄舟研究会(特例)飛騨高山にて鉄舟法要研究会

投稿者 lefthand : 2009年07月05日 11:50

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