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2012年08月21日

2012年8月20日 小国大輝論(下)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年8月20日 小国大輝論(下)

パイ拡大思想

 前号の上田篤著「小国大輝論」を続けて紹介する。『パイ拡大をよし』とする思想はいつ、どこでうまれたのか?
それを上田氏は明治四年から明治六年まで欧米派遣した岩倉使節団にあるとする。

「岩倉使節団が欧米各国を視察したとき、一行が、はじめアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、オーストリアそれにイタリアといった七か国の大国のどれかを日本の将来モデルの候補としてかんがえていたかはうたがわしい。というのも使節団は、それら大国のほかにベルギー、オランダ、ザクセン、スイス、デンマークそれとスウェーデンといった小国六か国をも訪問しているからだ。むしろ使節団はこれら小国に大きな関心をよせ、かつ、期待感をにじませていた。それも、日本の国土の小ささや資源の少なさをかんがえれば、とうぜんのことだったろう。
 
ところが、使節団が日本を出発する前年に普仏戦争がおき、そのけっか小国プロイセンは大国フランスに勝利した。そして使節団がヨーロッパに到着したときには、プロイセンを中心とするドイツ帝国がうまれていたのである。

そうして一行はドイツ帝国で『鉄血宰相』の異名をとるオットー・ビスマルク(1815~98)の演説に魅せられた。『小国が生きていくためには国際法などおよそ役に立たず鉄と血によるしかない』。ナポレオンにおさえられていたがそれを跳ねかえした、というプロイセンの歩みは、片務的な『日米修好通商条約』を飲まされて苦々しいおもいで開国した日本人にものすごい共感をもってうけいれられた。 すると日本もまた『日米修好通商条約』をうちやぶるためには武闘路線をもって大国になるしかない。

 こうして使節団一行は、ドイツにおいて『小国だったプロイセンが大国ドイツになった』というなまなましい現実をみせつけられたことが大きかった。ここに道徳どころか国際法までも無視するビスマルクの演説に共鳴して、大久保利通の『大国志向』がうまれていった、とおもわれる。『日米修好通商条約』を打破するための手段としての『富国強兵』が、こうして日本の国是になっていったのである」

小国路線選択もあった

 日本が小国を見習うべきだったのに、大国化したドイツを模範にしたことから、今日の経済大国化に進んだという見解である。もし仮に、岩倉使節団の欧米視察結果を受けて小国を見習い、日本国の国是としたらどのような国家になっていたであろうか。

 実は、この大国・小国路線の選択は、維新の元勲である大久保利通と木戸孝允の違いであった。木戸孝允は日本がスイスを目指せばと考えていたようである。それを「小国大輝論」が、イタリア統一運動をすすめたレフ・イリイッチ・メーチコフが見た見解として木戸孝允に対し、次のように述べている。
「日本議会の招集を夢み、ほどなくすばらしい炯眼をもってこう洞察した。すなわち長期にわたる共同体制をそなえたスイスこそ、領土の狭さにもかかわらず、多様な地域的、歴史的特性をもった日本のような国の為政者にとって格好の政治的教訓になる」

 大久保とは大きく異なる見解で、この当時から大久保と木戸の対立があったが、結局、有司専制といわれた大久保への権力集中によって富国強兵路線に向かって今日に至っている。

改めてノルウェーを調べてみると

 ここで国土面積が38.5万キロ㎡と日本とほぼ同じで、人口500万人のノルウェーを改めて見つめてみたい。

① ノルウェーはEU加盟を国民投票で拒否している。理由には様々な見解があるが、市場経済優先ではノルウェーの持つ特性、福祉の後退や女性の権利の後退することへのという不安があげられる。結果として、現在のユーロ危機には巻き込まれていない。

② ノーベル平和賞はノルウェーである。文学賞などの他のノーベル賞がスウェーデン・ストックホルムで授与されるが、平和賞はノルウェーのオスロで授与される。ノルウェーが「平和」という絶対的な全世界共通の社会価値について、その格付け機関として位置していることは、国家ブランドとして世界に輝く存在となっている。小国ゆえになり得る立場であろう。

③ ノルウェーの劇作家のヘンリック・イプセンは世界的に有名である。代表作は勿論「人形の家」であり、日本では婦人解放論者として受け入れられ、新しい社会思想家として受け入れられている。

④ ノルウェーを一般的な地図で見ないで、北極点から眺めてみるならば、その見方は大きく変化する。北極というとロシア、シベリアと思いがちだが、実は、極点近くに一番島嶼が広がっているのはカナダ、それから巨大なグリーンランドがデンマーク領。米国はアラスカを領有しているが、これらの国が面している北極海の大半は、永久流氷に閉ざされている。これに対して、メキシコ暖流が注ぐ北大西洋海流側は北緯80度過ぎまで海が凍結していない。「暖かい北極海」のど真ん中には、ノルウェー領のスヴァールバル諸島の存在が目を引き、よく見ると「暖かい北極海」海岸のすべてが、ノルウェーとロシアである。この「暖かい北極海」がそのまま巨大な油田と推測すると、この油田の恩恵に与っている国は、すべてノルウェーであることがわかる。

ここにノルウェーがEUに加盟しないひとつの重要な理由がある。ノルウェーは「OPEC(石油輸出国機構)非加盟の世界第3位の産油国」なのに、フィヨルド地形を利用した水力発電や潮位差発電などで国内需要を賄い、石油とガスは輸出に回しているのである。

また、海洋油田というのは開発とリグ建設や海底パイプ施設に莫大な投資をつぎ込むが、いったん生産が軌道にのるとやることは大部分コンピューター制御できるので、GDPの約20%を稼ぎだすにもかかわらず、石油生産に従事する労働者は人口のわずか2%。

とても効率がよいというところから、名目GDP一人当たりは97,254ドル。(2011年)と世界第三位の富裕国となっている。

ノルウェーの財政黒字

最後に最も大事なことにふれたい。野田政権が「まずは増税ありき」と消費税の増税をする目的は財政再建、国の借金経営を是正であるが、ノルウェーはノルウェーの2012年見込み財政黒字は4080億クローネ(6兆1200億円)であり、これとは別に石油輸出による収入は大部分「石油基金」にプールされ、2012年3月末時点の運用資産は3兆4960億クローネ(52兆4400億円)となっている。

人口が500万人であるから
(6兆1200億円+ 52兆4400億円)÷ 500万人=1172万円

という国民一人当たり黒字額となる。日本と正反対の良好財政である。それなのに所得税50%、消費税25%という高率となっているが、既にみたように国民は文句を言わないのである。

国民の税に対する考え方が違うのであるが、その背景には政治が国民に納得できる福祉や公共サービスが充実を示しているからであって、ここきが日本と大きく異なるところである。

日本はどうすべきか

 日本は世界一の財政赤字国。政治の進め方でこのような実態になっているのであるが、ここからどう脱却するのか。様々な見解があると思うが、基本的には次の三点ではないかと思っている。

① 国家への納税額を増やす政策を採る。そのためには経済成長によって税収を増やすとともに、やはり消費税増税政策は受け入れないといけないだろう。

② 公務員人件費の削減が必要である。かつては民間給与を大きく下回っていた公務員人件費が、いつの間にか大きく上回っている。これも政治の問題であるから、政治で解決していかねばならない。

③ 日本は身の程を知った方がよいだろう。大国と思うから「ジリ貧大国」等と国民を暗い気持ちにさせる識者が大手を振って講演に歩くことになる。もともと国土は狭く、人口は少なかったのだから、人口減に向かうのは、人口適正化への道筋と考え直し、受け入れることで、大国意識を薄め、日本の特性条件を活かした国づくりが必要であろう。

つまり、資源小国なのだから「技術大国」へ。国土小国なのだから世界に稀なる四季を活かした「自然大国」へ。歴史と伝統に輝く文化を発信することで「文化大国」へ。

明治初年の岩倉使節団以降、パイの大きさを競う大国化を目指した日本を、東日本大震災を機会に、身の程を知るよう、別角度から考えなおして、小国であるが次元の異なる輝く大国にしたいと思う。

ノルウェーのフィヨルド景観を眺め国民に直接聞くと、日本国家運営へのヒントが多々ある。バカのひとつ覚えで経済成長のみを追うのでなく、生活重視への変化が必要であろう。以上。

投稿者 Master : 08:57 | コメント (0)

2012年08月06日

2012年8月5日 小国大輝論(上)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2012年8月5日 小国大輝論(上)

消費税増税

消費税増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連法案に対して、国民からは厳しい意見が多い。日本経済新聞社とテレビ東京が7月27日~29日に共同で実施した世論調査では、野田内閣の支持率は28%と急落し、消費税増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連法案への賛成は41%、反対が49%である。

また、これを無党派層に限れば賛成が30%にとどまり、反対が57%になっている。この背景に「5%増という数字ばかり先に決まっていて、肝心の中味がない」という風評誤解があるという見解が多い。

確かに2015年10月に消費税が10%に引き上げられた場合、増税分5%の内訳は、国の年金国庫負担金を引き上げるための財源に1%、高齢者増加による社会給付財源が3%、消費税増税に伴う物価上昇に対応するための給付維持分が1%というように、基本的な大枠は決まっているので、増税だけを先に決めたという批判は的を得ていないという見解もあるが、一般的国民の気持ちは「まずは増税ありき」となっている。

ノルウェー・ベルゲン

7月上旬はノルウェー・ベルゲン、ハンザ同盟の商館がある世界遺産の旧市街と、フィヨルドの観光基地でもあるが、その一企業を訪問した。

社長に日本で消費税が話題となっているので、ノルウェーの25%という消費税について負担になっていないかまず聞くと「全く問題としてない」という明確なもの。ちょっと期待外れであったが、日本のインターネットで検索してみると以下の内容と同じであった。

(質問)なぜ、スウェーデンやノルウェー、デンマークは消費税の税率が25%と高いのですか?

(回答)福祉や公共サービスが充実しているからです。高福祉高負担といって高い税率が掛かるかわりに老後は貯金が無くても問題なく生活が送れる社会な為、国民からも不満がでません。日本はとにかく借金を返す為に消費税を上げようと福祉や公共サービスのプランが見えない増税を打ち出している為、国民からの反発も強くなかなか増税にはつながりません。日本の政治家も目先ではなく20年30年後のビジョンをしっかりもって政治をしてほしいものですね。

この回答からも、日本国民の野田政権に対する支持率下落の要因が分かるが、もうひとつ紹介したいのはアメリカの新聞記事である。(Inc・クーリエジャポン2012年7月号)

タイトルは「税金が高いノルウェーのほうが、なぜ米国より起業しやすいのか?」という記事で、その中で油田採掘現場に人材派遣する会社を起業した社長の言葉として次のように書かれている。

「いい税制ですよ。公平ですからね。税金を払うのは、商品を買うようなものです。だとすれば大切なのは商品に対する金の払い方でなく、商品の品質でしょう」と。

 この社長は政府のサービスに満足していて、自分の払っている対価は妥当だと考えていることがわかる。もう少し紹介する。

「ノルウェー国民として、彼は連邦政府に所得の50%近くを納め、その他にも純資産のおよそ1%に相当するかなりの額を税金として払っている。さらに25%の消費税も払っているのだ。 2010年、この社長は所得と資産に対して個人として10万2970ドルの税を納めた。私がこんな細かい数字を知っているのは、納税申告書がウエブ上に公開されていて、誰でも、そしてどこからでも調べることができるからだ。納税者が有名なスポーツ選手であれ、お隣さんであれ、調べるのは難しくない」

 つまり、ノルウェー人は税金の支払いを「購入」、つまり、サービスの対価と払うことだとみなしていることであで、明らかに日本人とは異なる。

日本に戻って何人かの経営者にノルウェーで経験したことを伝えると、皆一様にビックリする。日本では税金を「お上に取られるものだ」と認識しているのであって、考え方の違いは大きい。

小国大輝論を読んで

 先日、上田篤著「小国大輝論」を読んでみた。なかなか深みのある内容で参考になったが、特に感じたのは以下の内容である。著者は元建設省技官であるから官僚であるが、その官僚が日本の官僚の問題点を三つあげている。

「かれらの政策決定において非所掌者である他の官僚たちの賛同をうるために、しばしば『経験主義』『物質主義』『鎖国主義』ともいうべき議論がおこなわれる。だがそのために、しばしばおもいがけない陥穽におちいることがある。

 第一に、経験主義であるために経験しなかったことに弱い。未来もすべて過去の経験でしか推しはからないからだ。だから地震予測もすべて過去の経験による。したがって経験しなかったことについてはまったくお手上げである。こんどの大震災で『想定外』ということばが乱発されて国民の顰蹙をかったわけだ。

 そういう経験主義だから直観ということは排される。しかしさきにのべたように現場にでれば津波は直観できるのだが、だが、誰もそれをやらないから官僚は『未来痴』である。

 第二に物質主義であるから、孔子ではないが『快刀乱神』といったものは避ける。神や仏というものをまったくみとめない。したがって今回の大震災でも、貞観十一年(869年)に仙台平野でおきた大津波のことは考慮されなかった。

なぜなら、それをつたえる『日本紀略』そのものに神や怪異の話がおおいからだ。したがって貞観津波が無視されただけでなく、そのとき津波の到達時点につくられた波分神社の存在もみなかった。その波分神社から海側は『貞観津波がやってきた』目印だったのだが、それも無視して開発はすすめられた。すなわち『鬼神』を避ける『鬼神痴』とわたしはみる。

 第三に鎖国主義である。日本は島国だから、だれでも国内のことなら知らない土地でもおおよその見当がつく。しかし外国となるとさっぱりということがおおい。

 今回も、2004年12月にインドネシアのスマトラ沖でおきた『マグニチュード九・〇の地震、それによる高さ十メートルの津波、三十万人の死者』は日本にはおよそ関係ない、とみていた。それは調査の結果でなく、はじめから『別世界のこと』で『外国痴』である。

 以上の『未来痴』『鬼神痴』『外国痴』つづめていえば『未痴』『鬼痴』『外痴』の三痴は、すぐれた近代官僚をもつ日本の役人の、いわば泣き所といってもいいものなのである」

パイの拡大方針

 もう少し上田篤著「小国大輝論」の紹介を続けたい。

「そのけっか、原発の『経済性・効率性』を追求するあまり、今回、役人のこの『三痴』の欠陥をつかれて『想定外という未経験』『貞観津波の無視』『スマトラ沖津波の無知』という悲劇の結果になったのである。それら罹災状況の一部始終をみていた国民は、さきにものべたようにこれを『人災』とみ、これから長くつづくであろう結果の恐ろしさに当惑している。ために日本社会はふかい沈滞におちいっている。

 ではこれからどうするのか? 問題は『人災』ということである。それについてはすでにいろいろのことがいわれているが、わたしはその元は『パイの拡大』にあるとおもう。

 だれがかんがえてもわかることだが、なにごとも『パイの拡大』つまり単純な成長主義をつづけていけば、さいごは破局である。

 『パイの拡大』つまり国内総生産を高めるのも結構だが、それは単純にどこまでもつづくものではないだろう。人間には欲望があるから『関係者はパイを拡大したい』とおもうだろうが、しかし『パイの拡大』の最後は破局に決まっている。

であるのに、なぜパイを拡大するのか? 問題は破局にみちびくような『パイ拡大をよし』とする思想にある。それあるかぎり、破局への道程はかぎりなくある」次号へ続く。以上。

投稿者 Master : 17:03 | コメント (0)