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2005年06月21日

情報社会の中で

YAMAMOTO・レター 環境×文化×経済 山本紀久雄
2005年6月20日 情報社会の中で
長靴を履いた教授

「森は海の恋人」運動の提唱者である畠山重篤さんの会社、今は宮城県唐桑町ですが、市町村合併で、もうすぐ気仙沼市唐桑町になる事務所にお伺いしました。
畠山重篤さんとは拙書「フランスを救った日本の牡蠣」に、推薦文を書いていただいた関係で、その後も親しくしております。
今回も壁にぎっしり本が詰まっている応接室、といっても牡蠣と帆立の養殖漁業ですから、海に面した木造二階建て事務所、その入り口あたりには箱に入ったまま、無造作に牡蠣や帆立が置いてある環境下の応接室ですので、小さな机と椅子があるだけで、別に装飾的な華美なものはありません。そこで畠山重篤さんとお互い近況報告しあったのですが、今回は衝撃的な発言が畠山重篤さんからありました。

それは、京都大学の教授になったという内容です。一瞬ビックリしましたが、しかし、建築家の安藤忠雄氏も東京大学教授になったのですから、畠山重篤さんが京都大学教授になってもおかしくないと考え直し、それでは京都に行く回数が増えるのですね、と尋ねますと、「いや、新しくできた『京都大学フィールド科学教育センター』のシンポジウムで講演するとか、三陸の海に来てもらってセミナーを開くことが中心です」との回答です。
日本の大学は学部ごとに独立していて、お互いの連携が薄いのが特徴です。京都大学もそのような実態で、林学の研究林は80年の歴史があり、水産実験所は50年歴史があるのに、林学と水産学の学者が交流したことが殆どないという実態でした。
ところが、2003年3月に開催された「世界水フォーラム」で、畠山重篤さんが発表した「森は海の恋人」運動を知った京都大学は、これをヒントに林学の演習林、理学の臨海実験所、水産の水産実験所を統合し、京都大学フィールド科学教育センターを設置したのです。
加えて、人と自然の共存の在り方を提示しうる「森里海連環学」という全く新しい学問を起こし、ここの社会連携教授として畠山重篤さんが就任したのです。
素晴らしいことです。リアスの海で、毎日長靴を履いて船で作業している人物が、京都大学の教授になったのです。それも、自分から売り込んだわけでなく、京都大学からこの雑然とした事務所に訪ねて来て、この小さな机の前で依頼されたのです。日本の大学が時代の感覚を取り入れ、柔軟性に満ちた改革をし始めた証拠です。嬉しくなりました。

ぬりえ学会に来た若い男性

ぬりえ美術館で主催している「ぬりえ研究会」、もう一年以上続けているのですが、ここでの成果が今年8月末に「ぬりえ文化」として発刊されることになりました。
その原稿を書き上げたタイミングに、ぬりえを文化として確立するためには、更に深める作業をする必要があるとの視点から、「ぬりえ学」を目指そうということになり、今月から「ぬりえ学会」をスタートさせ、その紹介をぬりえ美術館のホームページに掲載したところ、ぬりえメーカーの入社2年目の若い男性社員から参加申し込みがありました。
「ぬりえ学会」初回の6月16日、長身細身・長髪の若い男性が颯爽と時間どおりに参りましたので、早速、どうしてこの会に関心を持ったのか聞いてみました。答えは「高齢化社会が進むので、痴呆防止のために大人にぬりえを広めたい。すでに一部の介護施設で始めているが、それを一般層に広げたい」という理由です。ということは、自分が勤めている会社の仕事としての延長から、この「ぬりえ学会」に興味を持ち、そこから業務の拡大を図りたいという意味です。
そこで、こちらからは「単に大人のぬりえをつくって売りたい」という意図だけでは、商品は出来ても期待するほどの成果は得られないだろう。成果を求めたいのなら、自分がぬりえというものについて、専門的な知識と体験をしっかり持ち、ぬりえに関して一応のプロになることが必要だ、と伝えますと「そのとおりと思います」という素直な回答です。
真面目な気持ちで参加したことが分かりましたので、ぬりえが持つ背景状況、それは、これから向かっていくであろう世界人口の推移について、まず解説しました。
1972年にローマクラブから「人口増と環境悪化、資源浪費で100年以内に地球上の成長は限界に達する」という発表があった。しかし、この中の人口問題については、21世紀に入って「世界人口は一定の静止状態になり、中先進国では高齢化が著しく進む」という予測に変わっている。そのような状況であるから「痴呆防止のために大人にぬりえを広めたい」という希望は世界的な需要として期待できる。従って、ターゲットを日本国内だけでなく中先進国に広げる、という発想に立つことが重要だ。
また、そのような実例としてアニメーションの世界があって、日本が圧倒的に世界標準となっている、という実態を伝えると「アニメーションはぬりえが原点ではないでしょうか」という返事です。そのとおりなのです。アニメーションは静止絵が重なり動き、それによって映像化していくのですから、最初は線画に色を塗ることから始まっているのですからぬりえが原点といえるのです。やはり若い人は素晴らしい感覚だと、嬉しくなりました。

愛知万博の好調さをどう意味づけるか

愛知万博がますます好調になってきました。6月18日(土)は今までの中で最高の17.2万人という入場者でした。最低が3月オープン初日の4.3万人でしたから、最低と最高の差は12.9万人で4倍です。また、開幕以来10日毎の入場者数をウオッチングしてみますと、最初の10日間の一日平均が6.1万人に対し、6月11日から20日までの10日間は13万人となっていて、これまた2倍の増加を示しているのです。出足は確かに不調でしたが、徐々に日を追うごとに好調になってきて、これで目標1500万人を大きく超過し、1800万人にも達するのではないかと予測されます。
通常のイベントでは初日が好調で、その動きを引きずってその後も順調に伸ばしていくという状況推移が多いのですが、今回の愛知万博はこの動きと全く異なります。
出足が絶不調で、これは大失敗でまたもや国の赤字を増やすのかと心配しましたが、5月の連休辺りから調子が出てきて、夏休み前の梅雨時で季節的には難しい6月18日に最高入場者数を示したのです。
この好調要因をどのように判断するのか。どう意味づけるのか。それが各地で話題になっています。それについて日経新聞(2005.6.18)は次のように分析しました。
1.入場者数を押し上げているのは「団体客」と「リピーター」。開幕当初に一日一万数千人だった団体客はゴールデンウイーク後、約三万人に増加。
2.特に修学旅行など学校行事の入場は全国の2800校約七十万人を超えた。
3.期間中に何度も入場できる全期間入場券の平均入場回数は3.7回で、最高は60回以上に達する。
4.入場者の居住地調査結果では、愛知、岐阜、三重の3県が53%、関東地方は15%、関西は14%と過去の国際博と比べ、国内入場者は地元色が濃いようにみえる。
5.海外からの入場者はいまひとつ。協会は「7月にかけて海外メディアへの広告や旅行展への出展など積極的なPRに務めたい」という。
この日経新聞分析で特筆すべきことは、地元圏の貢献です。地元の名古屋人は日頃から「お値打ち」と何度も口にし「価格と価値のバランスを重視する。名古屋人には価格帯は問題ではない」といわれ「普段の財布のひもは固いが結婚式は盛大で、高級ブランドも大好き」との特徴であるといわれています。
そのシビアな「お値打ち」感覚の地元の人たちが、入場者の半数を占めていることが分かった愛知万博、今まで、中部経済が全体的に好調であることや、万博の方向性の妥当性や、環境に対する感覚の高まりなどについて、このレターでいろいろ分析してきましたが、今回は新しい地元圏が要因であると、また発見できたのです。好調要因はいろいろ絡んでいます。

情報社会の中で

現代は情報化社会で、身の回りにあらゆる分野の情報が溢れています。この状況が意味するところは、情報が各種メディアによって大衆化されていき、情報そのものは相対的に希少価値が減っていくということになります。つまり、情報はIT技術によって簡単に入手可能となり、その結果、情報そのものの価値よりは、むしろその情報がどのような意味合いを持つか、ということが重要になってきています。
畠山重篤さんは「森は海の恋人」という短い言葉に時代の意味づけを持たしたことで教授になり、ぬりえをアニメの原点だと素早く意味づけできる若い感覚が大人に広げたいという希望につながり、万博に「お値打ち」感覚を見いだした地元中部地区人たちによって好調万博は支えられている。これからは情報を意味づけすること、それが大事と思います。

投稿者 Master : 2005年06月21日 13:10

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