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2009年08月20日

2009年8月20日 文化越境性

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2009年8月20日 文化越境性

司馬遼太郎

この夏休みは播磨灘物語を書くため、播磨の海辺で過ごしました。

播磨灘とは瀬戸内海東部地区の海域をいい、兵庫県南西部(旧播磨国)の南側に位置し、東は淡路島、西は小豆島、南は四国で区切られ、西北部に家島諸島があり、東西約50km、南北70km、水深は40m前後、播磨五川と称される加古川、市川、夢前川、揖保川、千草川が流れ込んでいる海域ですが、この播磨灘を題名とした小説として、司馬遼太郎の「播磨灘物語」が有名で、このタイトルに惹かれ、四部冊の大作を読みながら播磨の海を歩き廻りました。
しかし、「播磨灘物語」を読み進めても、一向に海に関することが出てきません。実は、播磨灘という題目ですが、黒田官兵衛の物語だったのです。
黒田官兵衛とは、知謀権謀術策を持って織田信長と豊臣秀吉に仕え、一大大名にのし上った人物で、そのストーリー構成を、今に遺されている「信長公記」「黒田家家譜」などの諸資料から拾い出し、官兵衛に強い愛情を持って書いているのです。
残念ながら海については参考になりませんでしたが、各資料の史実と史実のつながり、登場する人物と人物との絡みについて、司馬遼太郎が持つ人生哲学によって心理分析され、格調高き文章で、舞台は戦国時代なのに、現代人への素養書となっていて、さすがに文化勲章受章者だと深く感じ入りました。

村上春樹

村上春樹は今の時代、最も話題性がある作家でしょう。村上春樹の文体は、一見まったく異なった物語を組み合わせし、それらを交互に語ることで、豊かな反響を作り出すという書き方が特徴です。この手法と内容が大受けし、今や世界30カ国以上の国で翻訳出版されていますが、同じ一人の作家が、イタリアと韓国でベストセラーとなり、トルコで文化的事件となり、ロシアと中国という体制が異なった国々で最高の文学的経緯を得る、というような文学作品の事例は、過去において日本人作家にいたでしょうか。
村上作品について、現代アメリカ文学を牽引する作家であるリチャード・パワーズ氏が次のように述べています。
「今の時代、自らの拠って立つ場が曖昧になり、移動することが常態と化し、『いま・ここ』という感覚が失われ、心の中が難民化し、国家的アイデンティティや地理的固有性といった静的な観念が消えていくという、グローバリゼーションの時代精神を捉えているだけでなく、村上小説自体が、時代精神そのものになっている」と。つまり、村上作品には「文化越境性」があり、これが世界中の読者をとらえている要因であると分析しています。

文化勲章とカフカ賞

司馬遼太郎は、平成5年(1993)に文化勲章を受章しました。文化勲章とは、文化の発達に関し勲績卓絶者を文化功労者のうちから選考し、毎年度おおむね5名を内閣総理大臣に推薦する制度で、文化功労者以外からでも必要と認められる場合には選ばれることがあります。また、慣例として、その年にノーベル賞を受賞したが、文化勲章未受章である場合は、文化勲章が授与されます。
一方、村上春樹はチェコの文学賞である、フランツ・カフカ賞を平成18年(2006)に受賞しています。この賞は、特定の国民性に捉われず、世界文学へ貢献した作家に贈られるもので、これを受賞するとノーベル文学賞を受ける事例が多いことから、村上春樹がノーベル文学賞の最有力候補者と見なされています。

文化越境性の時代

司馬遼太郎の小説は、多くの日本人の心を捉えています。「竜馬がゆく」「坂の上の雲」によって、どれだけ日本人が勇気づけられたでしょうか。まさに日本人のロマンの原点を語ってくれています。「播磨灘物語」も同様で、そこにはしっかりとした日本人としての、拠って立つ場が明確に示されていて、そこから日本精神を語っていますが、敢えて、司馬作品に不足しているものをあげるとすれば、文化越境性ではないでしょうか。司馬作品がどのくらい翻訳されて海外にでているか把握していませんが、司馬作品の価値は、まだ日本国内にとどまっていて、世界の普遍的価値に至っていないと思います。
 対する村上春樹の小説は、日本が舞台で、日本人が主役ですが、人種が異なる多くの人々を捉えています。小説で登場させる対照的な二人の主人公に、日常的リアリズムと別世間の幻想の間を、スパイスの利いたユーモアを含ませつつ、異質な物語を交互に語らせ、巧みな心理分析に基づく描写で、立体的な作品とし、結果として世界中の人々へ生き様のありようを伝えるという文化越境性が、世界の普遍的価値へシフトさせた理由と思います。

ブルーガイドブック

観光地を星印で格付けするフランスのガイドブック、ミシュランの観光版「グリーンガイド日本版」が、フランスで3月発売されましたので、ミシュランジャパングループに問い合わせし、日本の観光地を選択し評価した背景について、説明をして貰いたいと申し入れましたところ、回答はフランス本社で出版しているので、問い合わせと依頼はフランス本社にしてほしいという返事でした。
そこで、すぐにフランス本社に問い合わせと依頼をしましたが、なかなか返事が来ません。催促したところ、先日、回答がフランス本社から来て、「日本に出張するのは日程的に難しい。しかし、今後、日本観光ガイドに組み入れ、取り上げるところがあれば提案してほしい」ということで、フランスミシュラン本社と、コンタクトが取れたところです。
ところで、フランスにはもう一つ「ブルーガイドブック」があります。フランス在住の知人によると、フランスではミシュランより「ブルーガイド」の方が、文化的レベルが高いという見解とともに、知人がわざわざ送付してくれました。
「ブルーガイド」はアシェット・フィリパッキ・メディア社(Hachette Filipacchi Médias、略称HFM)出版、同社はフランスに本社をもつ世界最大の雑誌出版社で、1826年にルイ・アシェットによって創業され、1980年にはマトラを傘下におさめ、現在はフランス最大のコングロマリットであるラガルデール傘下で、フランスのみならず日本やアメリカの傘下企業を通じて数々の雑誌を発行しています。あのELLEもそうです。
日本では老舗出版社の婦人画報社を傘下に収め、アシェット婦人画報社として活動しており、「婦人画報」をはじめ「25ans」や「ELLE Japon」などの雑誌を発行し、教育書・教材・語学書・専門書など扱っています。
また、知人から「ブルーガイド」の編集者が私に会いたいといっている、という連絡が来ていますので、何かの機会に実現したいと思っています。
だが、編集者に会うにしても、ミシュランに提案するにしても、欧米人が認識する普遍的価値を日本の中からつかみだすということ、それは文化越境性あるものに編集するということになりますが、この作業が前提条件として必要だろうと思っています。

播磨灘の夏生牡蠣

播磨灘に戻ります。海辺での昼食は、毎日、各漁協が経営する市場内で食べました。
そのひとつ、赤穂市の坂越(さこし)漁協経営の海の駅・しおさい市場には驚きました。真夏ですから、どの漁協も岩牡蠣はあっても、冬牡蠣のマガキはありません。しかし、この坂越漁協にはマガキの生があったのです。メニューに載っていました。
ご存じと思いますが、フランスでは真夏でも牡蠣を生で食べます。というよりフランス人は生でしか牡蠣を食べないのです。一年中生で食べ、よくいわれる「Rのつかない月は食べない」は嘘で、5月から8月のRのつかない月でも生でよく食べます。
だが、日本では牡蠣は秋から春までのアイテムで、それも調理して食べるのが普通で常識です。特に、ノロウィルス騒動以後は、生で食べる人は少なくなりました。しかし、牡蠣の食通は生が一番だといいます。私もその口です。今まで多くの漁協市場を回りましたが、真夏の生牡蠣が存在したのは初めてで、メニューには「地元坂越のかき業者が数年前より取り組み、苦難の数々を乗り越え、ようやく成功しました。低温海域にて一粒一粒丁寧に育てられた逸品は『生かき』で召し上がって頂くことが最高の至福です」とあります。ネーミングは「なつみ」とあり「水揚げが少なく割高」とあるように、一個450円は高いと思いますが、真夏に食べられるマガキへの挑戦、それは欧米人の来客を意図したものなのか、それとも別の背景から始まったのか、近く漁協組合長にインタビューして聞いてみたいと思っています。いずれにしても真夏の生牡蠣養殖は、日欧の文化越境性に関わる要素になる可能性が高く、グリーン及びブルーガイドに伝えたいと考えています。以上。

【9月のプログラム】

9月 7日(月)18時経営ゼミナール例会(会場)皇居和田蔵門前銀行会館
9月10日(木)16時   渋谷山本時流塾(会場)東邦地形社ビル会議室
9月16日(水)18時30分 山岡鉄舟研究会(会場)上野・東京文化会館

投稿者 lefthand : 2009年08月20日 09:09

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