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2009年07月21日

2009年7月20日 想魂錬磨

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2009年7月20日 想魂錬磨

1Q84
村上春樹の小説「1Q84」が大ヒットです。理由はたくさんあると思います。ストーリーが時代感覚に溢れている。幅広く深い知識・知見を論理的に巧みにつなげている。各章毎の予測つかない展開。文章はやさしく読みやすいなど。
しかし、この理由だけでは日本人のみならず、世界中の書店に並べられている村上春樹小説の背景を説明できません。何か他に重要な要素があると思います。

解答のあり方が物語的に示唆される

月刊ベルダ誌の書評に「今、世の中のある物事の在り様を、新聞・雑誌、新書、ネットなどに求めれば、眼からウロコが落ちるように、解答を見つけることができる。だがそれは、教養を深めることに役立つかもしれないが、今ここにある魂に安らぎを与えるものでない、今ここにある不安を鎮めるものではない。村上春樹の新作を求めた多くの人々は『解答のあり方が物語的に示唆される』方を望んでいるのではなかろうか」とありますので、「今、世の中のある物事の在り様についての解答」を、新聞記事から確認してみたいと思います。

麻生降ろしについて

日経新聞のコラムニストである田勢康弘氏が、自民党の麻生降ろしについて、次のように述べました。(2009.7.13)
「政党はどうすれば選挙に勝てるかだけを基準にすべてを考える。だれならば戦えるのか。顔を変えれば、まだ多くの人々が自民党を支持してくれるとでも考えているのだろうか。国民の政治を見る目は、それほど複雑ではない。ただ一点、政党や政治家の言動がうそ臭いかどうかを見つめているのである。顔の売れている人物を党の顔にする。これほどうそ臭いものはない。どの政党が政権の座に就くか、というのは政治家が考えるほど国民は意識していない。ほんとうの政治、国民のためになりそうな政治をするかどうかを見ているのである」
これになるほどと思います。

トヨタF1GP中止

トヨタ自動車の子会社、富士スピードウェイが2010年以降、「F1」の開催をやめます。これについて日経新聞編集委員の中山淳史氏が次のように述べました。(2009.7.13)
「自動車メーカーではホンダが昨年末、F1撤退を表明しました。日本を代表する二社がF1を負担と考え、相次ぎ距離を置き始めたのは偶然ではありません。時代の変化を感じているのです。トヨタとホンダが今、投資を必要としているのはハイブリッド車や電気自動車、燃料電池車です。内燃機関の象徴であるF1を見直すことでこれからの100年に向けた決意宣言をした。そう言えないでしょうか」
この解説にもなるほどと思います。

世界の経済成長の中心がアジアにシフトするか

一橋大学の北村行伸教授が、21世紀の世界の経済成長の中心がアジアにシフトするかどうかについて、以下のように述べました。(日経新聞2009.7.13)
「少なくとも19世紀の英国、20世紀の米国を見る限り、持続的な経済成長を続けるためには、技術革新に基づく生産性の上昇と同時に、中流階級の安定的な所得の確保、すなわち雇用の安定、そして漸進的な中流階級の生活水準の向上が必要であった。これを踏まえれば、21世紀の世界の経済成長の中心が中国・インドなどアジア諸国にシフトするかどうかは、これらの国でどれくらい広範な産業労働者が生み出され、技術進歩に貢献し、生活水準を引き上げることができるかにかかっているといえよう」
これにもなるほどと思います。
このように、今、世の中のある物事の在り様について、解答を見つけられたとしても、多くの人々が今、持つ不安を鎮め、魂に安らぎを与える解答にはつながりません。
 
虚空蔵求聞持法

先日、比叡山・高野山・大峰山で1200日間荒行修行された、市川覚峯氏(経営コンサルタント)からお話を聞く機会がありました。
その際、虚空蔵求聞持法について触れられました。虚空蔵求聞持法とは、弘法大師空海が真魚という名であった19才の時、室戸岬の波打ち際の洞窟(御厨人窟みくろど)にこもり、虚空蔵菩薩への祈りを唱え続けていた時、突然光が飛び込み、その瞬間、世界のすべてが輝いて見え、洞穴から見える外の風景は、「空」と「海」だけでしたが、その二つが、今までと全く違って、光り輝いて見え、そのときから、真魚は「空海」となり、虚空蔵求聞持法を悟り、会得し、無限の智恵を手に入れました。また、それまで四国のけわしい山々で修行したところが「四国八十八ヶ所」のお寺になりました。
ここでいう虚空とは宇宙のことであり、蔵とは人が持つ幸せ・財・知恵などが入っているところで、蔵の中味は人によって異なっています。つまり、すべての人はそれぞれがもつ特性、即ち、持ち味・強み・コアコピタンス、要するに美点を持っていますので、それを求め追及することが大事だというのが、空海が悟った虚空蔵求聞持法であると、市川覚峯氏は噛み砕いて解説してくれました。

セオリーがちりばめられている

村上春樹は「1Q84」の中で、主人公に向かって次のように述べています。
「何を書けばいいのかが、まだつかみきれていない。だから往々にして物語の芯が見あたらない。君が本来書くべきものは、君の中にしっかりあるはずなんだ。ところがそいつが、深い穴に逃げ込んだ臆病な小動物みたいに、なかなか外に出てこない。穴の奥に潜んでいることはわかっているんだ。しかし外に出てこないことには捕まえようがない」と。
自分の中にある美点を探しなさいと述べているのです。このような「生き方セオリー」文章がタイミングを見計らっていくつも意図的に登場することで、当面している問題とすり合わせができた読者は「解答のあり方を物語的に示唆してくれている」ということになります。

女優・浜美枝さん

「あの時代と比べようもないほど、今は豊かだ。ものはあふれ、飢える人は少ない。けれど『働けば豊かになれる』という希望が今は見えないと誰もが口を揃える。確かにそうかもしれない。が、ここでまた、私は思ってしまう。では、戦後、豊かさを求め、辿り着いたのはバブルだった。そして今、また同じ豊かさを目指すのか。そうではないだろう。私は自分がよって立ちうるものを必死に求めていて、何かに導かれるように民芸に出会ったのではないかと今になって思う。これからの社会に必要なのは、そうした身の丈の豊かさではないだろうか」(日経新聞2009.7.11)
自らの蔵の、穴の奥に潜んでいた美点を探し求めた結果、浜美枝さんは民芸を一生の目標にし得たのです。

想魂錬磨

100年に一度、未曾有の体験などという、今の時代を表現する枕詞が各方面で使われていますが、本当にそうでしょうか。
今から141年前の明治維新改革、日本は封建社会から近代社会に切り替える大革命を行いました。武士は全員失業しました。政治体制は抜本的に変わりました。大変化でした。
第二次世界大戦の敗戦、今から64年前です。殆どの人が今日の食べ物に窮し、海山川へ食べ物を求め歩き回りました。餓死する人も出ました。酷いという一言でした。
この二度の体験と、今の時代と比較してみれば、今の経済低迷などは、既に十分豊かさを確保した中でのことですから、根本的な問題とはいえません。
問題の中心は一人ひとりの生き方なのです。経済的豊かさが、幸せを持ってこなかった。返って魂に安らぎを与えてくれず、不安を鎮めてくれず、自分はどうしたらよいのか分からない、という時代になっているのです。
その答えを、市川覚峯氏は「想魂錬磨」に解答を見出すしかないと主張します。虚空蔵の中に一人ひとり異なる美点があって、蔵から出ることを切望している。だから自分の蔵に何があるかという探索をする、それは自分の想い・魂を尋ねることで、引き出したらその想魂を必死に練り磨き続ける、これしか解答はないというのです。その通りです。村上春樹の小説が大ヒットしている背景には、小説の各場面にちりばめられた「生き方セオリー」をヒントに、自分の想魂を探し求めようという人達が多い、ということではないでしょうか。以上。

【8月のプログラム】

8月は夏休みです。9月のプログラムをお楽しみに。

投稿者 lefthand : 2009年07月21日 19:01

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