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2004年03月25日

ブランド力

YAMAMOTO・レタ−
環境×文化×経済 山本紀久雄
2004年3月20日 ブランド力

パリ出張のため3月5日レタ−は休刊いたしました。

地下鉄から地上に出て、凱旋門を背にシャンゼリゼ大通りをコンコルド広場方向に眼を向けると、ちょっと違和感を感じ、改めて周りをウオッチングしてみると、右側の最も凱旋門に近い場所に、今までシャンゼリゼでは見かけなかった新業態店らしき店があります。
入り口に立ってみると「publicis drugstore」(ピュヴリウシス ドラックストア)と看板にあります。publicisは広告代理店名ですが、この企業がドラックストアを経営しているのです。ドラックストアという名前から薬や化粧品を含め、日本でみるマツモトキヨシのような業態店を想像すると大違いです。
シャンゼリゼ大通りに、マツモトキヨシのような店が出現するようではイメ−ジが壊れます。といってもシャンゼリゼ大通りにもス−パ−がありますので、日本のドラックストアが進出してもおかしなことはないわけですが、凱旋門の前にオ−プンしたドラックストアは日本とは大きく異なっていました。

道路に面したスペ−スは軽食・喫茶サロンとなっています。座ると背景に凱旋門が映って、観光客が喜ぶ撮影シ−ンが現実化しています。サロンの向かい側、そこは入り口の右側ですが、そこのガラス壁一杯に今日の新聞が貼ってあります。世界中の新聞です。日経と朝日もありますので、そこで一面を読むことができます。新聞のガラス越しの向こう側は書籍・雑誌の売り場です。
真ん中を通っている通路はなだらかな上り坂曲線で、その緩やかな山道感覚の通路の奥には、左側にワインがあり、その向かい側に薬と化粧品があって、一番奥にコンビニともいえる軽食・飲物売り場が広がっていて、コンビニの向うはシャンゼリゼの裏通りに通り抜けできるようになっています。各売り場はそれぞれが区分けされた部屋別コ−ナ−売り場となって、異なった別の店が集まっている雰囲気を漂わせていて、さすがにフランスらしいと思う前に、この店が24時間営業であること、これには本当にビックリしました。

このドラックストアからもう少しシャンゼリゼ大通りを降りていくと、世界に冠たるブランドであるルイ・ヴィトンの直営店があります。外側の壁に「150周年」と大きくPR看板が派手に掲げられ、入り口に相変わらず東洋系の人が並んで、店内に入る順番を待っています。今時、入り口に並ぶ店はルイ・ヴィトンだけでしょう。それだけブランドの力を評価されているのですが、日本のオリジナル製品でルイ・ヴィトンに匹敵する世界的ブランドとなっている事例はあるでしょうか。どういう理由でルイ・ヴィトンが世界のブランドとして評価されているのか。その明確な理由を解説できるほど分析しておりませんが、確かにブランド力という摩訶不思議な存在は絶大な力を持っている事実を、ルイ・ヴィトンが証明しています。

パリでは2月28日から農業祭が始まりました。初日はシラク大統領も会場に訪れ、午前中の3時間を会場で過ごし「シラクは朝食をとらずに農業祭に来た」とTVニュ−スでシラク大統領が試食・試飲している姿、それが報道されるほどに農業祭は人気があります。
19世紀からずっと続いていて、今回は113回目ですが、とにかく会場は人で埋まります。外は零下の寒さですが、会場内はコ−トも上着も脱ぎたくなるほどの人出です。普通の一般の人が、各産業の生産者が直接商品展示をするコ−ナ−を回って歩くのです。
農業祭という名前から想像するのは、農産物だけと思いますが、実は魚介類からトラクタ−類の機械、衣服、ワイン、菓子、フアッション製品、外国からの特産品参加、それと最大の見世物は動物です。牛、馬、豚、羊、アヒル、ダチョウ、犬までいます。牛や豚は日本ではみたことがない巨大なボディで、それが会場内を移動するため人間と同じところを歩くので、その臭いと人間の体臭とが重なって、異常な熱気となります。
日本でも展示会が盛んに行なわれていますが、それは各業種別のものが多く、全産業が揃う展示会はないと思います。パリの農業祭は生産者が中間業者である店を通さずに直接に消費者と会うという展示会なのです。そのような生産者と消費者がダイレクトに触れ合い、意見交換が行われるということか毎年開催され、すでに113年間続いているという事実、それをどのように解釈したらよいのか。そのところを会場内の熱気と、ワインの試飲酔いでフラフラになって、巨大牛のショウをみながら考えてしまいました。

先日、日本海に浮かぶある島を訪ねました。美しい景観で穏やかな人たちがゆったりと住んでいて、このような環境で生活したら安全・安心感がある生活ができると思いました。
この島の行政の方からいろいろうかがうことができた機会に「この島の産業は何でしょうか」とお聞きしますと「漁業が一番で次は土木建築業です」という答えに、一瞬戸惑いを感じました。狭い島の産業、その第二が土木建築であり、その土木建築の発注元は公共事業なのだという補足説明に、ますます困惑の気持ちとなりました。

日本が成長してきた仕組み、それにはいろいろあるでしょうが、その重要な政策の一つとして明治時代から採られてきたのは「政府が税金などの資源を集中的に管理し、それを全国に再配分する経済政策をとることにより、全国を格差なく平等に国民生活の向上を図る」というものであったと思います。この経済政策は見事に成功し、1980年代には日本中をバブル経済に浮かれさすまでにし、世界第二の経済大国に成長させました。
しかし、この仕組みは国家全体の税金収入が順調に入ってきて、インフレが持続する時代には有効でしたが、税収が減り、デフレとなり、官の体制はバブル期と同じ膨れたままでは、必然的に膨大な借金国債発行による国家経営となって、今までどおりの全国再配分政策は難しくなってきているところに、人口減という直近未来現実が訪れているのですから、穏やかな島でも当然公共事業は減少していくことになります。
したがって、今まで政府財政政策に頼って経営していた土木建築業界は、当然、受注が減って、経営が厳しくなっているのです。これは、この島だけの問題だけでなく、日本全体に共通したことで、今までの経営のやり方を変えていかねばならない、ということを示唆しています。

では、どうするか。それは政府という発注元からの需要が少なくなるのですから、年々減少する受注額に対応できるようにリストラをするか、政府に変わる得意先を探すかという二つの手段しかありえません。つまり、厳しいリストラをするか、新しい得意先を獲得するかということになりますが、仮にリストラという方法を選び、一時的な経営対応をとったとしても、長期的に政府支出は減少していく国家財政の現状から、公共工事に頼る経営は年々難しくなっていくことになるので、必然的に新しい得意先を開拓するという方法を取らざるを得なくなって行くと思います。ところが、この新しい得意先の獲得という方法は簡単にはできないので、経営状態が厳しい企業が多くなっているのです。

このことは日本という国の問題として考えてみても分かります。現在、政府は「外国人観光客増加」ということを方針にし、それを受けて東京都は観光案内所を100ヵ所新設するという計画を打ち出しています。東京都に観光案内所が3ヵ所しかないというのですから当然の対策ですが、この程度では大きく観光客増加は難しいと思います。何故なら、根本的な視点が欠けているからです。
外国人に日本にきて貰うということは、新しい顧客の開拓と同じなのです。今までは政府が国家財政の再配分という政策で成長してきた仕組みを、リストラも絡めながら新しい顧客の獲得という仕組みにつくりかえなければならないのです。
そのためには根本的な視点の検討が必要です。それは、日本という国のブランド内容、それがどうなっているのか、という視点です。多くの外国人が「日本に行きたい」という意思が弱いから、結果的に観光客が少ないのです。「行きたい」と思わせるような「日本ブランド力」をつけること、これが何よりも先行する課題です。
フランスを訪れる外国人は日本の10倍以上です。その差が何故生れたか。それは、過去とってきた政策の差、例えば生産者と消費者が一堂に会する接点を100年以上続けた仕組みと、1ヵ所にお金を集め上から効率的に流していくことを100年以上続けた仕組み、つまり、多くの異なった分野の人と擦り合せできる場を持っていたか、という差が大きいのではないか。それが農業祭のワイン試飲で酔い過ぎて辿りついた結論でした。以上。

投稿者 Master : 09:57 | コメント (0)

2004年03月07日

日本人は不安民族

YAMAMOTO・レタ-
環境×文化×経済 山本紀久雄
2004年2月20日 日本人は不安感民族

「鉄舟・21・サロン」のホ-ムペ-ジを2月15日オ-プンしました。一昨年の夏、荒川区町屋に世界で始めてのぬりえ専門美術館として「ぬりえ美術館」が開館されたのを機会に、同美術館のサロン活動の一環として、山岡鉄舟を研究する会を「鉄舟・21・サロン」として毎月開催してまいりましたが、ようやくホ-ムペ-ジをオ-プンできるところまで辿り着くことができました。(http://www.tessyuu.jp
ホ-ムペ-ジは誰でもプロに依頼すれば出来ますが、そのためには資金が必要です。その資金が「鉄舟・21・サロン」にはありませんでした。ゼロ預金から始めたのです。サロン参加者は当初数人でした。そのうち真面目な内容が評価され、口コミで広がりまして、最近はぬりえ美術館の1階ホ-ルが満員盛況になるほどの参加人数となってきました。

ホ-ムペ-ジの作成資金は、毎月の参加者からいただく会費を積み立ててまいりまして、時間はかかりましたが今回のオ-プンとなったわけです。1年6か月かかりました。
山岡鉄舟研究の専門家で著書もある佐藤寛氏からは、現在、日本で鉄舟研究会を毎月開催しているところは、この「鉄舟・21・サロン」しかないだろうといわれ、その言葉も励みになりました。鉄舟に関心あるファンは、男女・年齢・地域を超えて全国各地におられます。
今後は鉄舟にご関心ある方にホ-ムペ-ジでご連絡でき、とても楽しみにしております。

その鉄舟は、多くの偉人・先達とともに明治維新という大革命を成し遂げ、大混乱状態から日本を現代の近代国家にするための基礎を構築して来たのですが、その大混乱の明治維新時代と同じように大変革期にあるのが、現在の日本です。
日本経済の回復について、政府は中期的経済財政見通しを「改革と展望-2003年度改定」として目標を明示し閣議決定しています。それによりますと2006年度に名目2%成長を達成し、国と地方の基礎的な財政収支(プライマリ-バランス)を2013年度に黒字化する、という内容です。また、それに向かう年度としての2003年10月から12月の実質成長率実績は1.7%になったと2月18日に発表されましたが、これは13年半ぶりの高い成長率であり、年率換算では7.0%となりますから、これで2003年度の政府見通しはほぼ確実になったといえる状況にあります。
この政府見通しと今年の実績を信用すれば、日本はバブル崩壊後の後処理で失敗した政策の、その後始末としての改革を着実に行っていくことによって、日本経済は心配ない状態に持っていくというスト-リ-になります。しかし、多くの経済専門家はこの政府見通しについて懐疑的にみて、異なった見解を発表しています。
その懐疑的見解として、近いうちに「預金封鎖」が実施されるだろうという一方の主張、もう一方として「ハイパ-インフレ」が日本を襲うという主張があります。いずれもそれなりに検討した根拠があり成るほどと思いますし、そうなれば日本経済は大混乱状態に陥ることになりますので、それを心配する多くの人が「大いなる不安」を持っているのが事実です。

いったい「不安」とはどういう心理状態を指すのでしょうか。広辞苑では「安心できないこと。気がかりなさま」とあります。そのとおりですが、心理学的にもうちょっと定義づけしますと「不安とは、未来に直面する課題があるのだが、その課題がどちらかというと明確でなく、しっかりとした対処をできないでいる感情」となります。
恐怖とは異なります。恐怖とは「対象がハッキリしていて、外的要因が強い」のですが、不安は「対象が恐怖に比べてボンヤリしていて、内的要因が強い」ことで、日本人はこの不安感情を強く持ちやすい国民性ではないかと、改めて最近感じたことがあります。
現在「日欧温泉文化本」を、フランス語で出版するために翻訳をしている翻訳者から、内容確認・問い合わせ・指摘がある中で、はっと気づいたことがあります。
それは、フランス語に翻訳する過程で「この文章の主語は何ですか」という指摘を受けたことからです。この指摘は一回ではなく、その後も同様の「主語問題」が何回も続いています。つまり、普通に書いている日本語の文章に、フランス人から見ると主語が抜けている、という指摘を継続的に受けているという事実、それを新しい経験として新鮮に受け止めたのです。新しい気づきです。
主語の問題を指摘された当初は「それは文章全体から推察でき、十分に分かるだろう」と思い、そのような回答をしたのですが、よく考え直し、指摘受けた個所を再度見直してみると、確かに主語が明確でなく欠けていることに気づくのです。

主語が抜けている日本語文章、それは私だけでなく日本人が共通している事例であるということを確認してみたいと思います。そこで、日本人なら誰でも知っている著名人作家で、ノ-ベル文学賞を受賞した川端康成氏の名作「雪国」で事例検討してみます。
同氏の名作「雪国」は「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」で始まります。この文節は日本人ならば殆どの人が暗記しているほど知られています。ということは、この雪国の始まり文節を何ら疑問に持たず受け入れ、名文として評価しているのが、日本人の共通した考えと思います。また、この文節が日本人の好きな文体として、いろいろな場面で引用される事例が多く、これは日本人好みの文章であるということを証明していると思います。
しかしながら、この文章をよく分析してみますと何かが欠けているのです。それが「主語」なのです。それを端的に指摘したのが、この文章を英文に翻訳したものです。
著名な翻訳家が英文化し、世界に紹介され、その結果として川端康成氏はノ-ベル文学賞を受賞したのですが、その英文の「雪国」の始まり文節には、「BY TRAIN」という言葉が付け加わっています。
つまり、「列車で、国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」と、翻訳では「列車で」が加わっているのです。日本人にとっては、「列車で」といわなくても、文脈から当たり前の理解がなされるという前提から、「列車で」という主語は省かれていて、その省かれたことによって「名文」と評価されていると思います。
仮に、この「雪国」の始まりを「列車で」という文章をいれてから、川端康成氏が書いたとすると、「雪国」は同氏の代表作になりえたかどうか、その疑問さえ生じる個所と思われるほど、「雪国」の出だし文章は重要ですが、その重要な始まり部分を英文に翻訳するためには、主語としての「BY TRAIN」がどうしても必要だったのです。

文体を構成する中に主語が抜けている、という指摘は重要です。主語がない文章を読むということはどのような結果となるのでしょうか。
それは文章を読む人の解釈に任せるということになり、読み手によってどうにでもとれるということになり、読む人の主観で理解内容が変化させられます。これは一見、弾力的ともいえなくありませんが、内容解釈が多様ということは明確さに欠け、曖昧さが多いことになって、主語として主張するものがボンヤリしやすいのです。したがって、主語がない文章は「課題が明確でないことから、しっかりした対処ができない」という、前述した心理学的にいうと「不安定」な感覚の多い文章となりやすいのです。
文章を書くということは、その人の考え方を表現することですので、主語がない文章を書き慣れている日本人とは、物事を曖昧にしやすく、曖昧さは不安感を醸成することに結びつきやすく、日本人は不安感を持ちやすい民族といえます。
その不安感を持ちやすい日本人に、バブル崩壊以後の長期経済低迷時代が訪れたのですから、本当に不安感に満ちた国民になってしまったのです。1965年(昭和40年)自殺者は1.5万人でした。今はここ五年間ずっと二倍以上の3万人を超えている自殺者数は、この不安感という曲者が大きく影響していると思います。
しかし、よく考えてみれば、不安は不安です。不安とは「課題が明確でないことから、しっかりした対処ができない」ことから発生した感情ですから、まだ問題が具体化していない前の感情なのです。まだ具体的な恐怖になっていないのですから、不安と思う感情が生じたら「それは、まだ現実問題ではない」という事実に立ち戻ってみる、という思考が必要で、その思考習慣をつけることが大事です。が、もっと不安感を無くすために必要不可欠なことは、日頃から「主語を明確にする文章を書く習慣」をつけることであると思います。

「鉄舟・21・サロン」のホ-ムペ-ジを、ゼロから18か月かけて開設できましたので、次のステップに入ります。「鉄舟・21・サロン」は研究会・勉強会ですから、その主語としての目的は「研究内容の深さ追求」が絶対必要条件です。そのためには、山岡鉄舟の何を研究し、その結果を何に反映するのか、という目的を明確にすること、つまり、主語を曖昧にしないことが大事であると、フランスからの指摘で改めて考えているところです。以上。

投稿者 Master : 09:53 | コメント (0)