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2011年06月20日

2011年6月20日 ブラジルの未来・・経済とサッカー(中)

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2011年6月20日 ブラジルの未来・・経済とサッカー(中)

前号に引き続いてブラジルの未来を検討したい。

世界四つの異国

世界には異様、異端、異質、異色の四つの異国があるという。(「ブラジルの流儀」和田昌親著・中公新書)
「異様」の筆頭は社会主義市場経済の中国、金融危機があっても成長する米国、共産主義崩壊後は主義主張が見えないロシアの三カ国だが、米国とロシアについて少し説明を加えたい。

まずは米国、米国は世界一の経済力と軍事力がありながら、歯が痛くなっても医者に行けない健康保険制度と、低所得者向けの食料補助対策 「フードスタンプ」受給者数は4500万人に達する生活困窮者急増国。米国の人口は約3億1千万人。単純計算では7人に1人の割合でフードスタンプと思われるが、しかし、赤ちゃんはもちろん、小学生や中学生は申請できないことを考えると、成人としての受給者の割合はもっと高くなる。従って社会人の5人に1人が受けていると考えていい。それでもFRBは金融緩和を続け、GDPだけは成長させようとする姿は異様だ。

一方ロシアは、13世紀の始めにチンギス汗・モンゴル軍によって征服され、キプチャク汗国を立国され「タタールのくびき」といわれる暴力支配が259年間続いた。この間ロシア農民はいくつもの重税がかけられ半死半生となり、反対すると軍事力で徹底的に抹殺されたので従うしかなく、この当時、育ちつつあった都市文化や石工、鋳金、彫金、絵画、鍛冶職も連れ去られ、文化が根こそぎ絶やされるという酷い実態であった。
これがロシア人の原風景に存在し、外敵を異常に恐れるだけでなく、病的な外国への猜疑心と潜在的な征服欲、軍事力への高い関心となって、世界からは異様な国に見える。

異質な日本

 「異端」な国は言うまでもなく「北朝鮮」「イラン」で、理解不能国な事はご承知の通り。

ところで日本は何か。世界から見ると「異質」な国といわれている。どのように異質なのか。簡単に言えば国際化が進んでいないガラバゴス化国で、日本から日本を見て、国内ルールだけで物事を進めているというのが、世界から指摘されている内容である。

米ボストンコンサルタントグループが、東日本大震災後のアンケート結果を発表したが、日本に行くための情報の入手先で「日本政府を信用出来る」と判断したのは、たったの12%に過ぎない。(2011.9.14日経新聞)情報発信が世界的でない事を証明している。

それと、菅首相を引きずり降ろそうと不信任案を提出した政治家達、東日本大震災より権力闘争が重要という能天気な体質。これが世界から見ると不思議でならない。英フィナンシャル・タイムス(2011.6.3)が「震災直後に日本人が見せた無死・禁欲の精神は世界を感動させた。だが国会議事堂の厚い壁はそんな気高い精神すらはねかえした。政治家は安っぽい地位・権限を巡る際限ない口論に今も余念がない。ここが変わらなければ政治の行き詰まりを打開する見通しなど到底立たない」と厳しいが、妥当な指摘であり全く情けない。

我々が選んだ政治家がこのような様なのだから、日本の政治家達の思考回路は世界から見て「異質」なのだろう。

しかし、一般国民は素晴らしい。今回の東日本大震災時の行動、世界から絶賛された。東京に残された帰宅困難者の混乱無き行動も世界が驚いた。ということは他国ではこのようではないという事になる。これもよい意味で日本が「異質」といえる点であろう。

異色なブラジル

 もう一つの異国の「異色」な国はブラジルである。その異色とは世界一という切り札をこれでもか、というほど抱えているからである。

 まず、資源はアマゾンにあるカラジャズ鉄鉱山の埋蔵量は無限大、超伝導材料や耐熱合金に使われる鉱物ニオブ生産も世界一。石油はリオ沖の深海油田が発見され自給率100%の上、加えてサトウキビ利用のバイオエタノールを開発し現実に利用しているので万全。食糧生産も余裕たっぷり。世界一を維持する砂糖、コーヒー、オレンジジュース。また、淡水の量も世界一。サッカーワールドカップ優勝五回、リオのカーニバルの規模も世界一と続く。ブラジルは世界一が多い国である事は間違いなく、その意味で「異色」なのだ。
 
財政状態も堅実

ブラジルの財政状態はどうか。2009年GDPに対する財政赤字を、EUを混乱させているPIGSと比較してみた。ポルトガル△9.4%、アイルランド△14.3%、ギリシャ△13.6%、スペイン△11.2%であるが、ブラジルはたったの△3.3%であるから、かつてIMFから1998年に415億ドルの支援を受入れたことなぞ、今は全くその面影がない。
  
ブラジルの問題点

 だが、ブラジルにも問題はある。それも結構大きい問題だ。

まず、治安。日本の外務省によれば、サンパウロの強盗事件の発生件数は東京の361倍、殺人事件は8倍となって、人口10万人あたりの殺人発生率は日本の30倍ともいわれている。これは企業にも関係する。保安要員の増強、不法侵入防止の強化、社有車の防弾改造等大変な安全対策コストがかかる。

 次に、ブラジルコストといわれる他国にない余計な費用がかかる事。ブラジルの税金ではやたらに「何々納付金」という名称の実質的税金がある。これは憲法で同じ源泉から二重に課税してはならないので、ひとつは税金、ひとつは納付金という名称で徴収する仕掛けである。その項目を紹介したいが、あまりに多く難しいのでやめる。しかし、これらの処理で企業は大変な手間がかかっている。専門家がいないと経営は出来ないという事になっている。

 さらに、労働者優遇の慣習がある。昔から労働者に優しい国で、働く側には悪くないが、企業側にとっては雇用契約の厳密化と、クビをきる時は相当慎重にしないと裁判沙汰になる。これらに対応するコストがバカにならないし煩わしい。この他に細かい事を書きだしたらたくさんあるが、次はブラジル人にとってサッカーとは何かを考えてみたい。

ナショナルアイデンテイティ

人種混淆が豊かなブラジルでは、多様な文化にならざるをえない。つまり、底流に民俗・人種という存在が絡まりあっているのであるから、ブラジル人としてのナショナルアイデンテイティを何にするか、ということは難しい。

 例えば、リオのカーニバルに見られる熱狂的祭典、それは世界最大であるという点で、民族意識としてのナショナルアイデンテイティを醸成する一つの役目はあるだろうが、それはあくまでもお祭りであるという意味で、対外的に国民の民族意識を一つにするには力不足であろう。 

その点、日本には皇室という存在がある。長い伝統と歴史で守ってきた国民の総意が、皇室を中心とした国体になっていて、天皇陛下は国の中心であり、日本国のナショナルアイデンテイティを象徴している。ところが、ブラジルでは共和国制である上に、人種混淆が豊かであるので「人物」をもってナショナルアイデンテイティをつくりあげるのは難しい。

ところで、ブラジル人と話していると、共通する話題が必ず出る。サッカーである。サッカーが確実に国民の中に位置づけられているので、サッカーがナショナルアイデンテイティではないかと推測し、「サッカー狂の社会学」(世界思想社 ジャネット・リーヴァー著)を開いてみた。この本はリオのブラジル人にサッカーについてインタビューしたものである。

「インタビュー対象者はリオの37人。工場労働者、事務員、セールスマン、そしてドアボーイと、年齢・結婚状態・宗教・宗教・人種の分布がリオの労働者階級をほぼ完全に反映するような一群の男性を選んだ。

ほとんどのブラジル男性は、他の娯楽に比べて、サッカーに膨大な時間を費やす。面接した男性の四分の三が、この一か月間に少なくとも一回はマラカナン競技場へ行っていた。仕事の帰りにビールを一杯やる以外では、サッカー観戦は男性を家庭から揃って引き離すもっとも一般的な活動なのである。

 友人との話題を尋ねたときは、サッカーについて話すと答えた人がもっとも多く、他に何を話題にするかと尋ねたところ、『もっとサッカーのこと』と答えたように、サッカーは、ブラジル人にとって楽しみの源である上に、『サッカーについて何も知らなければ変な奴だと思われる』事にならないようにし、サッカーのニュースに遅れないようにしていれば、違う種類のニュースや違う話題との接触も促進されるという。

つまり、サッカーファンであることは、そこに住む共同体への参加を支え、繋がりを強化する役割を果たしているのである」

地元共同体と強固に結びついているサッカーがナショナルアイデンテイティと考え、ブラジルサッカーとブラジル国の未来とどう関係するのか。次号で続けて検討してみたい。以上。

投稿者 Master : 2011年06月20日 05:04

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