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2009年08月05日

2009年8月5日 普遍的価値

YAMAMOTO・レター
環境×文化×経済 山本紀久雄
2009年8月5日 普遍的価値

国立西洋美術館の世界遺産登録延期

フランス政府が中心となり、フランス人建築家、ル・コルビュジエ(1887年~1965年没。近代建築の巨匠)の世界各国に点在する作品を一括して世界遺産として登録する中に、上野公園内の「国立西洋美術館(本館)」が入っていました。

だが、2009年5月、ユネスコ世界遺産委員会の諮問機関・国際記念物遺跡会議(イコモス)は、「顕著な普遍的価値の証明が不十分」として、世界文化遺産への登録を延期すべきだと勧告、事実上世界遺産は難しい状況になりました。
現在、ユネスコは新規登録を抑制する傾向にあり、日本の候補では、一昨年の石見銀山(島根県)、昨年の平泉(岩手県)に続き、3年連続での延期勧告となりました。石見銀山は日本政府の精力的なロビー活動などで最終的に世界遺産に登録されましたが、随分苦労したと関係者からお聞きしています。
塩谷文部科学相は「世界遺産の登録が全体にだいぶ厳しくなっており、日本の推薦自体をもう少し考えていく必要がある」と語り、また、国立西洋美術館は「大変残念。登録は厳しいものとなったと認識している」とのコメントを発表しました。
 
ミシュラン観光ガイドでは

今年3月、初めて日本版ミシュラン観光ガイドが出版されました。この中で国立西洋美術館は一つ星の評価となっていて、同じく上野公園内にある「東京国立博物館」の三つ星より、明らかに評価は低くなっています。日本人には国立西洋美術館の方が、人気があると思いますが、ミシュランガイドでは逆になっているのです。
同様に同公園内にある東照宮は二つ星、谷中霊園は二つ星ですから、国立西洋美術館の方が評価は低いのです。ミシュラン社には、判定するための普遍的価値基準があるのです。
 
故郷に戻ってみて

先日、広島で、広島県庁から二年間、東京の政府関係機関に出向して、県庁に戻った女性とお会いした際、「久しぶりに戻ってみると、随分外国人観光客が多いと感じる」との発言がありました。
日本政府観光局(JNTO)の発表で、2009年上半期(1月~6月)の訪日外国人客数が、前年同期比28.6%減の309万5,000人となり、2005年以前の水準まで落ち込んでいるという実態なので、これは県庁に戻った女性の実感と異なります。
また、東京から広島に行く新幹線の中、近くの座席でフランス人がミシュランガイドを持って研究している姿を見ていましたので、日本全体は外国人減少となっていますが、広島地区には特別に外国人が評価する普遍的価値があるのではないか。
そう思った時、一昨年ドイツ・ポツダムを訪れたときの体験を思い出しました。

ポツダム会談

ドイツのポツダムは、今はベルリンのベットタウンとなっていますが、もともとフリードリッヒ大王の城下町で、ツェツィリホーフ宮殿がある街で、今ではポツダム会談が行われたことから、世界遺産となっており、世界中から観光客が押し寄せます。
ポツダム会談は、正式文書では「ベルリン三大戦勝国会談の報告」と言い、会談の議題は大きく分けて三つ、【1】戦後のヨーロッパを東西にどのように分けるか、【2】ドイツの戦後処理、【3】日本への無条件降伏勧告で、1945年8月2日に調印宣言された会談です。
この、【3】の議決が問題でした。既に同年7月26日、日本に無条件降伏を勧告通告済みでしたが、東西冷戦の対応に早く着手したいアメリカは、日本との戦争を早く終わらせたいので、米・トルーマンが英・チャーチルとソ連・スターリンに原爆投下を提案し、賛成を取り付け、会談日の四日後の6日に広島、続いて長崎に投下したのです。
当時、アメリカは6月にメキシコで原爆の実験に成功し、二個の原爆を所有していたものを投下したのです。この投下によって、原爆のすごさに脅威を感じたソ連は、その後原爆開発のスピードを速め、原発競争になりました。

私は広島生まれです

このポツダム会談が行われたツェツィリホーフ宮殿、そこでガイドの説明を聞いていた時、同行のドイツ在住の通訳女性が「私は広島生まれです」と、小さな声でしたが、ドイツ語で突然つぶやいた時の光景が忘れられません。
その場にいた観光客、多分15人程度だと記憶していますが、全員がギョッと彼女を見つめたのです。彼女の足元から頭の上まで、まるで原爆患者であるかのように、鋭く点検するような目つきで凝視したのです。
原爆投下は20世紀最大の悲劇で、世界中の小学校・中学校の教科書に教訓として掲載されています。ですから、広島・長崎という名前を知らない人は世界にいなく、世界の人々にとって特別な場所、つまり、普遍的価値として認識されているのですから、全体の訪日外国人が減っても、広島に影響は少なく、広島県庁にリターンした女性発言になったのでしょう。

かき専門料理店がない

その県庁に戻った女性、東京で知り合いになった人たちが広島に来て、多くの人が「広島はかきが名物だから食べたい」と希望を述べるそうです。
ところが、改めて探してみると、広島市内に「かき専門料理店」がないことが分かったと、これも二年間広島を離れてみて確認できたことだとお話されていました。
 日本でのかき養殖は、天文年間(1532年~1555年)という450年も前から広島湾で始まり、それ以来、広島はかき産地として成長発展してきて、今や「かきは広島だ」ということを知らない人はいません。かきは広島の普遍的価値となっているのです。
したがって、かきを一年中食べられる専門店があってもよいのではないか、というのが当然の気持ちでしょう。しかし、存在しないのです。広島の独自性を発揮していません。

韓国には専門店がある

ところが、日本からかきの養殖技術を導入した韓国、つまり、かき養殖後発国の韓国には「かき料理専門店」が存在します。かき産地として有名な統営市、釜山から約150km離れたところですが、ここには専門店がいくつもあり、ソウルからわざわざ訪ねてくるくらいの人気です。ここを今年の二月に訪れ、かき焼きとかきご飯に満足しました。
また、養殖地まで行かなくても、ソウルの街中に「かき村」というかき専門店がチェーン展開しています。30店くらいあり、いつもかき好きの人で活気に満ちています。
また、一般の人もかきの食べ方を工夫しています。釜山で会ったかき好き主婦は、かきのむき身を買ってきて、塩水で洗い、それを唐辛子・みそ・水飴・酢・キムチの素を混ぜたたれをつけて食べます。かきの刺身というわけです。加えて、かきのキムチもつくります。白菜二三枚の間にかきを入れ、そこに大根とネギと人参とせり等を千切りにして加え、キムチの薬味を入れて、一週間後が一番美味いといいます。なるほどと思います。

観光地の独自性

人が旅行する意味は、自分が住む土地との違いを求めて動くのです。全く同じなら旅行する意味合いはありません。原爆投下の地という違いを持つ広島に来てみれば、そこは古き時代から伝わっているかきの養殖一大産地である。ならば、そのかきを食べてみたいと思うのが当然でしょう。広島が持つオリジナリティだからです。そうすると当然にかき専門店が必要になり、そこではフランスや韓国と異なる日本独自のかき料理が美味しく楽しめる。
このような普遍的価値が、どうして広島に実現していないのか、それが一大疑問です。

普遍的価値

外国人の日本観光地評価は、ミシュランガイド出版によって変わりました。ミシュランによる勝手評価が、普遍的価値となりつつあるのです。普遍性という基準が変化している事例です。国立西洋美術館の世界遺産登録延期の理由として「普遍的価値の証明が不十分」という指摘でした。その通りと思いますが、では、今の時代は、何が普遍的価値なのかを改めて問うこと、それが必要であり、大事な検討と思います。
我々は今、狭くなってしまった世界で、各国の独自性を尊重しながら、世界の人々が共有できる意識や価値観を育て磨き、それを普遍性価値にしていく努力が必要と思います。以上。

【8月のプログラム】

8月は夏休みです。9月のプログラムをお楽しみに。

投稿者 lefthand : 2009年08月05日 20:20

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