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2006年10月21日

分かっているが捉えない

環境×文化×経済 山本紀久雄
2006年10月20日 分かっているが捉えない

景気拡大は「いざなぎ」を超える

2002年2月に始まった今の景気拡大が10月で57ヶ月となり、戦後最長のいざなぎ景気(1965-70年)を追い越すことは確実となりました。民間エコノミストの予測では7-9月期の実質成長率の予測平均は年率3.6%、10-12月期は2.6%と巡航速度で成長できると見ています。

いざなぎ景気の時は、いわゆる「3C」の時代でカラーテレビ、クーラー、自家用車の購入がブームとなり、今の中国並みの高度成長期でした。それに対し、今は少子高齢化で社会・経済が成熟する中での成長であり、物価がデフレであり、サラリーマンの賃金(名目雇用者報酬)も減ったことから、回復感に乏しいデータ上の景気回復にすぎないと言う人も多くいます。しかし、世界全体も年率で5%近い成長を遂げ、長らく停滞していたドイツも回復してきた実態から考えれば、日本の景気拡大も事実として受け止めなければならないと思います。ただし、景気拡大の実感はその人が所属している立場で異なりますから、その実感が人によって異なるのは当然です。
という意味は、今回の景気拡大の特徴、それは「大企業の製造業で、世界市場にリンクしているところは絶好調で、そこと取引のある関係企業と、そこが立地している都市が好調」なのです。日本国内だけの市場を相手にしているところは苦しいのです。つまり、ここ10年くらいの世界経済のグローバル化が、今回の景気拡大を招いたのですから、グローバル化にマッチしていない場合とでは、実感差があるのは当然です。

ナイヤガラの滝

ニューヨークの「ぬりえ展」参加の合間に、ナイヤガラの滝を見に行きました。ニューヨークからバファロー市まで飛行機、空港外に出ると気温は47度華氏、ということは摂氏では8度、体感温度はそれほど寒くは感じませんが、ガイドがもうすぐに観光シーズンは終わると言います。その通りで訪れた一週間後の12日に、35センチの初積雪があり、空港閉鎖と道路通行止めになりましたから、ナイヤガラはもう冬に入っているのです。
従って、観光シーズンは5月初旬から10月中旬までの6ヵ月だけとなりますが、その期間に世界中から1400万人が訪れます。日本に来る外国人は年間700万人ですから、半年で日本に来る倍の人たちがナイヤガラの滝を見に来るのです。
世界三大滝はナイヤガラ、イグアス、ビクトリアですが、とても70歳とは思えない若さの女性ガイドが、三大瀑布とはナイヤガラ、イグアス、それと最も長いのは徳川幕府だと言うジョークに笑いながら、長さ320m高さ56mのアメリカ滝と、長さ675m高さ54mのカナダ滝で構成されるナイヤガラの滝、これは世界中が認める普遍性存在と思いました。
という意味は、一分間に150万トンの水が流れ落ちる景観を、言葉も習慣も異なる多くの民族の人が見に来て、一様に「すごい」と感動させる価値を所有しているからです。立場や所属する条件が異なっているのに、つまり、考え方が違っている人たちが、普遍性として共通に認識できるもの、それがナイヤガラの滝です。

日本の人気

日経新聞10月2日の「核心」で論説主幹の岡部直明氏が「日本はソフトパワーが強みで、日本文化へのあこがれは世界に広がっている」と述べています。「フアッション、デザイン、映像・音楽ソフトなど洗練された文化産業が、日本の新たな戦略分野として位置づけられている」とも述べています。
今回のニューヨーク「ぬりえ展」は大成功でした。この状況はぬりえ美術館のホームページhttp://www.nurie.jp/で御覧いただければと思いますが、これも背景に日本文化への人気があってのことと思っています。
さて、ニューヨークにいる間は、地下鉄やタクシーも利用しましたが、基本は歩きでした。とにかくマンハッタンのアッパーからロウアーまで自分の足で歩きとおしました。
その中で一番驚いたことは、イースト・ビレッジの居酒屋でした。一つの通りに日本の居酒屋が英語でなく日本名で何軒も並んでいます。その一軒「ビレッジ横丁」に入って、その盛況なことにビックリしました。40分ほど待たされ、ようやくテーブルに案内されたほどです。メニューは日本の居酒屋と同じで、注文したのはおにぎり、ヤキトリ、キンピラゴボウ、おひたし、焼きそば、シシャモ、ポテトサラダ、菜の花のオイスター炒め、さつま揚げ、肉じゃが、ハマグリの塩焼き、湯豆腐、これに日本の瓶ビール三本、会計合計120ドル×119円で14,280円でした。五人ですから一人当たり2856円。お腹が一杯で全部は食べられず残しましたが、日本と同じくらいの価格と思います。
隣は日本人でない人、つまり、外国人の四人連れで熱燗三本がテーブルの上にあります。ニューヨークでは日本酒が大人気なのです。加えて、寿司人気も相変わらず続いていて、とうとうフレンチレストランにも寿司バーが設置され、そこで冷やした日本酒が好まれ、牡蠣やキャビアの店もすしバーと日本酒を取り入れ、ニューヨークのリトルリーグ代表選手、
10歳から12歳の子供選手、これに好きに食べ物は何かとアンケートしたら半分がトップに寿司と答え、結婚式でもギャラリーオープンパーティでも寿司が人気で、寿司から食べだしてなくなっていく。
さらに、街角のリカーショップのショーウインドーにも、日本各地の薦被り酒樽、その数20個余が所狭しと並び、一段と一目を惹きます。中に入ってレジにいる主人と思える日本人に訊ねると「日本人は相手にしない」という言葉。確かに9月末に開催された日本酒試飲イベント「ジョイ・オブ・サケ」は、一人75ドル(当日売り90ドル)にもかかわらず、午後六時から九時の開催時間内に一千人を超す入りで、質問し熱心にメモ取るアメリカ人の実態に「日本酒が大人気」ということが分かったと、ニューヨークの週刊日系新聞「よみタイム」が掲載しています。

分かっているが捉えない

この日本のソフトパワー、果たして世界の普遍性になり得るのでしょうか。考え方が違っている人たちでも、すべての人が共通して普遍性として評価するナイヤガラの滝のような存在になり得るのでしょうか。
今回のニューヨーク滞在中に多くの日本人と会いました。長くニューヨークに暮らしていて、ニューヨークに詳しいのでいろいろと教えてくれます。例えば「あそこのレストランはどこの経営だ」「あそこはこういうトラブルが最近発生した」等、アメリカのショーウインドーであるニューヨークの実態について、実に詳しく教えてくれます。お会いした長期滞在者の方々に共通している親切さです。
しかし、ふと気づいてみると、ニューヨークの現象について伝えてくれるのですが、このような実態になっていることについての背景分析は語ってはいない、という共通項があることが分かってきました。
こちらは昨年「ぬりえ文化」を出版し、今回の「ぬりえ展」も文化として主張する一貫として開催し、12月には「ぬりえの心理」を出版する立場ですから、相手が伝えてくれる中に文化的な視点からの分析が薄いことに気づきます。
そこで「どうしてアメリカで今の日本ブームが発生したのか」と、さりげなく尋ねてみると、一瞬ビックリしたような表情となって沈黙します。こちらの質問が意外だったのでしようか。それともそのような背景分析をしていないのでしょうか。
実はそうなのです。現実の現象を「分かっているが、背景要因を捉えていない」のです。アメリカ人が何故に日本文化へのあこがれ、それを取り入れようとしてブーム化しているのか。そのことについて「捉えていない」という実態が分かりました。
この「捉えていない」理由は簡単です。現在の日本文化ブームを分析し解説した文献が少ないからです。単発的で業種的に分析したものは多くありますが、同盟関係にある日本とアメリカの文化的な歴史背景から説き起こした本格的文献が少なく、それらに接していないので解説できないと判断いたしました。
アメリカで日本ブームは確認できる範囲で過去二回ありました。最初は明治9年(1876)のアメリカ独立百年祭万国博覧会での「日本館」の成功から日本ブームが起き、第二回目は戦後で、禅に代表されるシンプルで奥行き深い日本文化に気づいたブーム。この二回と今回のブームはどのような違いがあり、どこに同質性があるのか。そのことを捉え解明して妥当に世界に主張していかないと、日本文化ブームは過去二回と同じく、いつからか静かに自然埋没の流れに向って、すべての人が世界の普遍性として共通に認識できる文化にはなれないと思います。「分かっているが捉えない」ここから脱却が課題であると思います。以上。

投稿者 Master : 11:13 | コメント (0)