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2009年08月10日

2009年7月例会ご報告

経営ゼミナール例会
2009年7月27日
『ベトナムの交通事情と課題』
 TRS研究所 主席研究員 齋藤 威 氏

第353回例会が執り行われましたので、報告いたします。
今月は、ベトナムの交通事情がテーマでした。
お話しくださったのは、元警察庁科学警察研究所交通部長で、現在はTRS研究所の主席研究員をされておられます、齋藤 威(たけし)氏です。
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齋藤氏は、警察庁科学警察研究所時代から長年、交通に関する調査研究に携わってこられました。そのご経験を活かして現在、ベトナムの交通安全に関わる様々な調査研究を行っておられます。
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齋藤 威氏

齋藤氏は開口一番、国が違えば交通安全に対する「基準」が大きく異なることを痛感している、と語られました。齋藤氏がベトナムの交通安全施策に関わる前は、日本で実施されている交通安全のさまざまなルールは世界共通で、ベトナムの交通安全を考える場合当然それが活かされると考えておられたそうです。
齋藤氏は一年の半分をベトナムで過ごし、ベトナムの交通事情を調査し、さまざまな施策を提案実施されておられますが、そこでいつもぶち当たるのは、前述の「安全に関する基準の違い」なのだそうです。

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齋藤氏は、ベトナムの交通安全に関する国家プロジェクトに参画されています。
その概要を、齋藤氏の資料から抜粋します。

(1)ベトナム国交通安全強化事業にかかる案件形成促進調査
(2006.4〜2006.8)JBIC
ベトナムにおける交通事故が大きな社会問題となってきているが、この問題への対応の契機を得るための案件を形成するためのプロジェクト。
・交通安全に対する施設整備(Engineering)
・交通安全教育・啓蒙活動(Education)
・交通指導・取締り活動(Enforcement)
 (3E対策)
(成果)
ベトナム「北部国道交通安全強化事業を2009年秋からスタートの予定
ベトナムの交通事故による死亡者は、年間11,000人を超え、大きな社会問題となっている。原因としては、道路標識やガードレール、中央分離帯などの交通安全施設の不足に加え、道路利用者の知識・意識不足、交通安全指導能力・教材の不足、交通安全取締りの実施能力・機材の不足があげられている。
本事業では、これらの課題を解消すべく、ベトナム北部の4国道を対象として、交通安全のための施設整備、教育・啓蒙活動の強化、取締りの強化を行う。

(2)ベトナム国ハノイ市交通安全人材育成プロジェクト
(2006.7〜2009.3)JICA
目的…ハノイ市の交通安全に関係する職員の能力向上
対象…ハノイ市交通局、交通警察、教育担当機関等
内容…日常活動の問題点の抽出、対応策の検討、モデル事業の展開、トレーニング、セミナーの開催
(成果)
人材育成…交通局、交通警察、教育担当機関職員の日常活動と実施対策に変化
・日常街頭活動の活発化
・交差点の渋滞対策の自主的実施
・信号制御内容の自主的調整
プロジェクトの延長…1年間の延長による安全計画の策定
新プロジェクトの必要性の示唆
・交通局職員の人材育成
・交通警察職員の人材育成

(3)ベトナム国道路交通安全マスタープラン策定計画調査
(2007.8〜2008.3)JICA
目的…ベトナムの交通安全計画の策定
対象…ベトナム全地域の道路交通の安全
内容
・交通安全施設(Engineering)
・交通安全教育(Education)
・交通取締り(Enforcement)
・救急医療(Emergency)
 (4Eによる計画策定)
(成果)
基本計画策定…4Eからなる交通安全基本計画(マスタープラン)を策定
・交通施設整備基本計画
・交通安全教育基本計画
・交通指導取締り基本計画
・緊急医療整備基本計画
アクションプランの策定…4Eのそれぞれの初年度の実行計画を策定

(4)ベトナム国ハノイ市交通安全人材育成プロジェクト
(2009.5〜2010.3)JICA 実施中
目的…ハノイ市の交通安全に関係する職員の交通安全計画の策定に関する能力の向上
対象…ハノイ市交通局、交通警察、教育担当機関等
内容(予定)…日常活動の問題点抽出、対応策の検討、実現可能な対策の優先順位の検討、実施計画の策定

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これらのプロジェクトを通じて、齋藤氏はベトナムの交通事情をつぶさに観察してこられました。
その状況をビデオで見せていただくことができました。
これが、とてもすさまじい。
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日本の私たちからみると、ほとんど無法地帯のように見えます。
信号無視、信号のない場所での横断、交差点への進入、とにかくみんな、止まらずにどんどん進んでいきます。直進車や対向車などお構いなしです。私たちでは、とても恐ろしくて車の運転などできそうにありません。実際、齋藤氏もベトナムでは車の運転は決してなさらないそうです。
例えば、交差点での左折(ベトナムは右側通行ですので、左折は日本での右折を意味します)。日本なら、直進の対向車がいなくなるのを待ってから曲がりますが、ベトナムでは、止まることなくするすると対向車線に出て行きます。そして、車、バイク、さらには人までもが左折車、直進対向車ともお互いをかわしながらのろのろと進んでいくのです。
しかし、ベトナムではこれを特別危険な状況とは考えておられないのだそうです。みんなが互いに気をつけて渡っているから、これでいい、十分安全だ、と考えているのです。
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これが、先に申しました安全の「基準」の違いなのです。
私たちでは目を覆うような危険な状態も、ベトナムの人びとには普通の光景なのです。このことを危険なことだと認識させるのに、齋藤氏は大変な苦労をしていらっしゃいます。習慣を変えさせるのはとても大変なことだ、とは齋藤氏の弁です。しかし、それを粘り強く話していくことで、少しずつ理解してもらう努力を、齋藤氏はされておられるのです。

さまざまなプロジェクトの中で行われた社会実験を通じて、齋藤氏は、その国の交通安全のあり方は、その国に合ったやり方で行わなければならないことが分かったそうです。そして、それにはともかく実際にやってみなければ分からないことも痛感されたそうです。特にベトナムは、交通の大半を二輪車が占めることもあり、四輪車が中心の日本とは異なった考え方をしなければならない場面もあるそうです。

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これらのプロジェクトを通して、齋藤氏が観察したベトナムの道路交通事情は次のようなものです。

・二輪車が中心の交通
・車線が機能しない(不要?)
・歩道はみんなの共有場所(食事、井戸端会議など)
・車道もみんなの共有の場所(歩いても平気)
・「安全」の基準が全く異なる
・交通の円滑化の基準も全く異なる
・交差点の交通制御の哲学が異なる

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例えば、交差点の考え方。
日本では、交差点はできるだけ小さい方がいいという考え方のもとに設計を行うそうです。
よい交差点の基準は「損失時間」がいかに短いかで測るそうです。損失時間とは、例えば自分の走行側の信号が赤になり、交差側の信号が青になるまでの時間のことです。損失時間は、規模の大きい交差点ほど長くなります。つまり、交差する両方の流れが止まっている状態が長くなってしまうということで、これを極力抑えるには、交差点をコンパクトに設計する方がよいということなのです。しかし、ベトナムのように、二輪車中心の交通社会では、車線をできるだけ広げて、青と同時に発車する台数が多い方が効率がよいのだそうです。
このように、その国のさまざまな事情が絡むため、日本の基準をそのまま他国に持ち込んでも、安全や効率が向上するとは限らない、ということなのです。

このことは、交通安全の分野だけでなく、さまざまな局面においていえるのではないでしょうか。文化や歴史、風習の異なる他国の人々と接するとき、私たちの基準で相手を見ることは、ともすれば正しい判断を謝ってしまうことにもなりかねません。齋藤氏から、交通を通じてこのことを教えていただいた、今回の例会でした。

(事務局 田中達也・記)

投稿者 lefthand : 2009年08月10日 13:44

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