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2009年10月26日

2009年10月例会ご報告

「ミシュラン三つ星・二つ星温泉を訪ねる研究会」ご報告

私ども経営ゼミナールでは、清話会様のご協力を得、今年フランスで発行された「ミシュラン観光ガイド日本版」(以下ミシュラン)で高い評価を受けた温泉を視察し、その評価理由を研究する会を開催しました。

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目的地は九州大分県・別府温泉。
別府にはいくつかの温泉街が存在します。その中のひとつ、鉄輪(かんなわ)温泉にある日帰り入浴施設「ひょうたん温泉」が、ミシュランで三つ星★★★の評価を受けました。国内に温泉地は3,000以上ありますが、高い評価を受けたところはごくわずかです。日本が世界に誇る文化だと私たちが自負する温泉は、何故にこれほど評価されていないのでしょうか。一方、評価を受けた数少ない温泉は、なぜ高い評価を受けたのでしょうか。このことを探求し、今回選考から外れたその他の素晴らしい温泉を世界に紹介する方策を探ろうというのが、今回の企画の目的です。

羽田からJAL1787便で一路別府へ。
天気は快晴。眼下に無数の雲が羊の群れのように悠々と流れていきます。雲の切れ間からは日本のどこかの山々と、それらを縫うように集落が点在します。
大分県へはわずか1時間40分のフライトで到着します。このあっという間の空の旅は、日本が小さな島国であることを気づかせます。同時に、この空は世界と繋がっているのだと感じます。外国人はみんなこうやって広い空を渡り、はるばる日本にやってくるのです。

大分空港からバスで別府温泉に到着。さっそく今回の目的地、ひょうたん温泉へと向かいます。
タクシーの運転手によれば、ミシュラン発刊以来、欧州からの観光客が増えたとのこと。特徴的なのは、欧州の観光客はみんな路線バスか、徒歩で目的地に向かう人が多いそうです。そして、彼らの手には緑や青のガイドブックが。ミシュランガイドやブルーガイド(アシェット社発行の旅行ガイド)の影響力の大きさを感じます。

入口からゆるやかにのぼる駐車場の奥に、ひょうたん温泉はあります。入口の向かいは葬祭場、その隣は食品スーパー。その周りは住宅街。ひょうたん温泉は鉄輪温泉のはずれの、何でもない市街地の片隅に建っています。全国各地にあるスーパー銭湯と何ら変わりはありません。
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この日(日曜日)は「鉄輪温泉夕暮れ散歩」というガイドツアーが開催されていました。さっそく参加。案内してくださったのは、この日がガイドデビューという女性でした。初めてとて侮るなかれ。彼女は鉄輪温泉に生まれ育ち、実家は明治創業の老舗旅館(現在は廃業してギャラリーを営んでいる)という、地元を知り尽くした女性です。彼女にいざなわれ、鉄輪温泉街を散策しました。鉄輪温泉には、いくつもの泉源と無料の共同浴場があります。泉源からは高温(96度)の源泉が激しい蒸気を伴って自噴しています。泉源が至る所に点在し、近隣の旅館や入浴施設に配管されています。あちこちから噴き出す蒸気は、温泉街の雰囲気を演出しています。また、無料の共同浴場は、その二階が必ず集会場になっていて、この施設が地元の住民のためにつくられているものだということに気づきます。もちろん観光客も入浴できます。
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60分の有意義なツアーを終え、あらためてひょうたん温泉に入ります。
ここで、ミシュランガイドの中の、ひょうたん温泉が記述されている部分(和訳)を紹介します。

■Hyotan Onsen★★★ ひょうたん温泉
「鉄輪にあり、駅よりバス33番または34番で地獄原下車、営業時間9時〜1時、料金700¥。
鉄輪バス主要停留所から東に700メートルにある。
この施設は大変心地よい緑に囲まれている。砂場、露天風呂、館内にはひょうたん形の風呂、サウナ、肩のマッサージ用の滝湯、またレストランもある。家族だけで使用できる露天風呂を予約することも可能」

ひょうたん温泉について書かれていることは、これですべてです。ミシュランはこの情報のみを提供し、星を三つ与えているのです。このことを考えつつ、実際に温泉に入ってみました。

入口で料金を払い、奥に進むと、下駄で中庭に出ます。カランコロンと心地良い音色がします。中庭にはテーブルと椅子が配置されており、ここで待ち合わせやちょっとした軽食をとることができます。休憩所を兼ねたレストランも併設されています。
男女別に分かれている入口をくぐると脱衣所があります。ここで衣服を脱いで温泉への階段を下ります。館内はとても広々としていて、高い天井に張り巡らされている板は少し隙間が空いていて、柔らかな日差しが差し込みます。中央には大きな木がそびえ立っており、自然の中で入浴しているかのようです。その周りに数種類のお風呂があり様々な入り方を楽しめます。隣には身体をマッサージする滝湯の部屋があり、階段を下ってたどり着きます。滝湯は10メートルもあろうかという高さから注がれており、強い刺激を得ることができます。外には大きな空と緑の広がる露天風呂があり、とても開放的な気分で入浴できます。奥には低温、高温二種類のサウナ室があり、体調に合わせて利用できます。別室に砂風呂があり、浴衣を着て熱い砂に入って身体を温めることもできます。
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ひょうたん温泉は、本格的な温泉施設を備え、かつ、訪れる方のためのガイドツアーを催すなど、温泉を愛し、大事にしている様子がひしひしと伝わる心温まる温泉でした。ミシュラン三つ星に選ばれたことを店主に持ちかけると、「恐れ多いことです」とお答えになったそうです。そこに、ひょうたん温泉の評価理由の一端を垣間見るような気がしました。

*****

別府のホテルで一泊し、翌日、第二の目的地、ミシュラン観光ガイド日本版(以下ミシュラン)二つ星の「竹瓦温泉」に向かいました。

竹瓦温泉は、別府の海岸近く、北浜海岸付近にあります。
竹瓦温泉は、歓楽街の真っ直中にあります。大きなネオン管がビルの至る所に取り付けてあり、夜であれば極彩色の派手なイルミネーションが通りを賑やかすであろう場所に忽然とその歴史あるたたずまいを横たえています。その風格たるや、決して周りの移り変わる景色に左右されることなく、超然と建つ威風堂々さを感じます。
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竹瓦温泉のミシュラン評も、和訳をご紹介します。

■Takekgawara Onsen★★ 竹瓦温泉
「駅より南西に徒歩10分、営業時間8時〜21時30分、第三水曜定休、料金1000円。
この本物の温泉施設は1879年明治時代に開設。素晴らしい木造建築に入った瞬間、一昔前の時代に引き込まれた感じがします。施設の館内は大変古くやわらかい微光に包まれ、テクノロジーを利用したアイデア商品や雅やかに飾られた他の近代施設に影響されることなく続いています。まず火傷しそうな熱い黒砂風呂に首まで埋まり、その後砂を洗い流し、鉄分を多く含む大変熱い温泉に浸かります」

砂風呂に入るには1000円必要ですが、浴場のみなら100円にて入湯できます。
共通の待合室は、天井が高くゆったりとしています。歴史ある建物の造作とあいまって、とても落ち着いた気持ちになります。男女別の浴場に入ると脱衣所があり、湯船ははるか下方にあります。一階分はあろうかという高低差の階段を下りると、湯船のみが中央に温泉をたたえ、シャワーなどの設備は一切ありません。洗面器で湯船からかけ湯をすると、その熱さに大変驚きます。源泉が直接流れ込んでおり、傍らの水道で水を出し湯加減を調整するようになっています。かけ湯で身体を慣らし、熱い湯船に浸かります。他にすることはありません。

ひょうたん温泉と竹瓦温泉。ミシュランの高評価を得たこの二つの温泉は、ミシュランの評価に違わぬ素晴らしい温泉でした。


ところで、ミシュランで三つ星に選ばれた日本の観光地のうち、温泉地は二カ所しかありません。ひょうたん温泉と愛媛県・道後温泉です。
道後温泉は、日本では説明の必要もないほど名の知れた温泉です。竹瓦温泉と同じく、明治の創建になる荘厳で巨大な、複雑な形をした歴史ある建物です。入浴料360円〜の共同浴場で、観光客はもとより地元の方にも親しまれ利用されています。
また、二つ星に選ばれた温泉のひとつに、岐阜県高山市・奥飛騨温泉があります。
奥飛騨温泉は、川のほとりの野天風呂です。ごうごうと音を立てて流れる蒲田川のすぐ脇に、岩で囲ってつくられています。入浴は寸志で、傍らに脱衣所があるだけの野趣あふれる混浴野天の温泉です。

上記の二つの温泉も含め、ミシュランで高評価を得たこれらの温泉に共通することはどんなことでしょう。
それは、これらはみな共同浴場だということです。

*****

初日にひょうたん温泉、二日目に竹瓦温泉を入浴体験したあと、研究会を開催しました。

ひょうたん温泉と竹瓦温泉、なぜこの二つの温泉だけが、ミシュランの三つ星、二つ星に選ばれたのでしょうか。これら二つの温泉に共通していることはどんなことでしょう。また、これらが他の選考されなかった温泉と異なる点は何でしょうか。そして、まだまだたくさんある日本の素晴らしい温泉をミシュランに評価してもらうには、どんなことが必要なのか。これらのことをディスカッションしました。


この二つの温泉の共通点は、共同浴場だということです。

共同浴場と聞くと、私たち日本人は銭湯のような施設をイメージします。どうして銭湯がミシュランの高評価を受けるのだろう…。温泉関係者の研究会でこのことをお話ししたとき、こんな疑問が噴出しました。ここに、日本人の温泉観が内包されているように思います。
日本では、温泉は旅館の内湯として存在することが普通で、温泉もさることながら、温泉を設けている旅館の評価が、温泉の評価となっているのではないでしょうか。ですから、共同風呂がミシュランの高評価を得たことは、日本人から見れば意外で、ともすれば的外れのような印象を持ってしまうように感じるのです。

しかし、ここで見誤ってはならない重要なことがあります。
それは、ミシュランを編集するのはフランス人だということです。そして、それを見て日本を訪れるのも、またフランス人なのです。すなわち、ミシュランはフランス人の感覚で観光地を評価し、格付けをしているということを、ミシュランの選考基準を考える基礎として、念頭に置いておかなければならないのです。
フランスをはじめとしたヨーロッパの温泉は、宿泊施設と切り離された別個の施設として存在しています。そして、温泉は病気療養のためのプログラムの一環として利用されるという側面も持っています。ここが日本とヨーロッパの温泉の大きな相違点です。ですから、ヨーロッパの温泉利用習慣から見ると、ヨーロッパの人々にとっては共同浴場に行くことの方が自然なのです。ミシュランで高い評価を受ける温泉が、共同浴場に集中していることは、このような事情があるからです。
つまり、日本人が常識と認識している温泉の形態、すなわち旅館の内湯として存在する温泉の形式は欧米には存在しないのです。ですから、フランス人が評価し、フランスおよびヨーロッパの人々向けに発行されるミシュランは、ヨーロッパの人々が見慣れた共同浴場が評価の前提条件になるということなのです。

ヨーロッパの人々の立場で温泉を評価すると、共同浴場が評価されることになる。このことが、ミシュランの評価の結果に反映しているのであれば、日本のほとんどの温泉は評価されることがむずかしいということになります。
しかし、そのように断じてしまうと身も蓋もありません。日本には世界に紹介したいと感じる素晴らしい温泉がまだまだたくさんあります。これらをもっと世界に紹介すべきではないでしょうか。
そのためには、前述のようにヨーロッパでは内湯温泉は特殊なものであることを前提に、これらの日本の温泉形態をミシュランが理解出来るような工夫をすることがポイントとなります。さらに、このポイントを考えるにおいて重要なことは、「世界から日本を見る」、すなわち、外国人の立場から日本を見た情報発信を行うことなのです。
日本の常識は世界の非常識などと揶揄される言葉がありますが、日本の常識が、世界から見ればワンダフルな体験であるという、情報発信の工夫が必要なのです。

「世界から日本を見る」温泉の情報発信とは、どのようなものであるか。
このことを今後の研究課題とし、引き続き検討していくことを結びとし、今回の研究会を締めくくりました。

この研究会で課題としましたミシュラン情報発信検討会を、経営ゼミナールで、伊豆・天城湯ヶ島温泉をモデルに行おうと考えています。時は12月20日(日)〜21日(月)の一泊研究会です。ご期待ください。

(事務局 田中達也・記)

投稿者 lefthand : 2009年10月26日 13:28

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