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2009年03月26日

2009年3月例会報告

経営ゼミナール例会
2009年3月16日
『EUと日本との関係─ギリシャが日本に期待するものとは─』
 駐日ギリシャ大使館公式通訳、早稲田大学法学部助手
 カライスコス・アントニオス氏

去る3月16日(月)、第349回例会が行われましたので報告いたします。

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今回は、ギリシャ人のカライスコス・アントニオス氏に、ギリシャの現地事情や日本、EUとの関係についてお話を伺いました。

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カライスコス氏は法律家であり、また早稲田大学の助手を務められる傍ら、日本においてはギリシャ大使館の通訳を、ギリシャにおいては日本大使館の通訳をされておられます。通訳を通して、様々な経営のトップの会談に立ち会われたご経験から、ギリシャの実態について様々な情報をいただくことができました。

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ギリシャについて

ギリシャはEU加盟国です。
1981年に10番目の国家としてEUの仲間入りを果たしました。
その後、2001年にユーロを導入することになるのですが、これを機にギリシャは急激な物価高に見舞われました。例えば、ユーロ導入前のギリシャの通貨はドラクマでしたが、その頃はギリシャの朝市などでは「たったの100ドラクマ」という謳い文句があったそうです。しかし、ユーロ導入とともにそれが「たったの1ユーロ(=340ドラクマ)」に変更されたそうです。通貨切り替えの際の便乗値上げが横行したということです。その後も物価は上昇し、現在では日本とそう変わらない物価水準となっているそうです。
一方、労働賃金はどうかと申しますと、物価上昇に合わせて賃上げされたということではないようです。ギリシャの2005年の最低賃金は668ユーロ(約87,000万円)で、EU加盟国の中で7番目の水準です。

占領時代

ギリシャは、第二次大戦後独立を果たすまでの約400年間、他国に占領されていました。トルコ、イタリア、ドイツなどが主な占領国でした。この過去が、ギリシャ国民に大きな影響を及ぼしています。
ギリシャ国民の基本的思考法として、「今を楽しく過ごす。今得られるものは今得る」という考え方、すなわち「将来のことよりも、今のことが大事」と考える国民性があるのだといいます。
それは、長い占領時代を経験し、「どんなにがんばっても、明日殺されてしまうかもしれない、どんなに蓄財しても、すぐに取り上げられてしまうかもしれない」と考えてしまうことが長く続いたせいではないかと、カライスコス氏は分析します。
このことは、ギリシャの経済や会社経営のあり方に大きな影響を与えています。

モザイク

ここで、ギリシャ人について触れます。
「ギリシャ人はモザイクである」と、カライスコス氏は語ります。
現在のギリシャ人の髪や目の色は栗色から金髪まで様々であり、また、肌の色も白から褐色までいるそうです。占領時代を経験したため、混血が進んだとの見方もあります。ヨーロッパとアラブのモザイクであると、カライスコス氏は表現されました。

この「モザイク」は、国民性に対しても言えそうです。
ギリシャ人は、将来のことより今のことを重視して考える傾向があると話しましたが、そのために、自分の意見を押し通す傾向も見られるようです。今そこにある自分の利益のために意見を曲げないため、話がまとまらないのだそうです。外見、考え方、様々な面で「モザイク」である、ということなのです。

ギリシャの経済

ギリシャの経済は、他のEU加盟先進国と比較して、競争に参加しうるだけの力を有しているとはいえないというのが現状のようです。
ギリシャの主要貿易相手国は、1位がドイツ、2位がイタリアです(輸出/輸入とも)。経済的にはドイツの影響が大きいということです。日本は残念ながら、貿易においては主要な相手国ではないようです。しかし、ギリシャ国内の自動車のシェアは圧倒的に日本車だそうです。80%ぐらいは日本車なのではないかという感触を、カライスコス氏は持っておられます。

ギリシャは、EU経済圏の中でどんなことを目指しているのでしょうか。
カライスコス氏が通訳を務めた中で、あるギリシャの経営者がこんなことを述べていたそうです。
「私たちはギリシャをバルカンの中心地にしたい」
バルカンとは、アルバニア、ギリシャ、クロアチア、ブルガリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、セルビア、モンテネグロ、ルーマニアの9カ国のことです(『知恵蔵』朝日新聞出版より)。
このことは、ギリシャ人自らがEU中心国であるフランスやドイツなどとの競争を諦めていることを示していると、カライスコス氏は感じたそうです。ギリシャの経営者は他国の企業に、ギリシャを中心に、周辺のバルカン諸国に経営を広げていってくださいとPRするのだそうです。

もうひとつ、ギリシャ人は自国の持つ資産を上手に活用することが不得手なようです。
2004年、アテネでオリンピックが開催されました。
ギリシャでオリンピックが開催されることは、歴史的にも大変特別な意味を持つように思います。もちろんその経済効果も期待したいところです。
しかし、このオリンピックをギリシャは活かせませんでした。
これは、先で述べた国民性が大きな原因ではないかと、カライスコス氏は語ります。オリンピックをきっかけとして企業を誘致したり、産業を広げるという長期的戦略よりも、オリンピック期間中にどれだけ稼げるかに注力し、終わってしまえばもとの生活に戻ってしまったからです。
もうひとつ、政治的な事情もあったことも付記しておきます。
アテネオリンピックが開催されたのは2004年8月ですが、その4カ月前の4月に政権が交代しました。11年続いた「全ギリシャ社会主義運動(PASOK)」から「新民主主義党(ND)」に政権が交代したのです。そのため、オリンピックの経済的活用よりも政権を維持することに注意が注がれ、オリンピックは大会そのものを成功させることのみに留まったという内情もあったようです。

ギリシャの産業

ギリシャは人類史に大きな足跡を残す偉大な歴史文化を有していますが、産業面でも世界に誇るべき産物があります。
それは、オリーブオイルです。
オリーブオイルは、生産量ではイタリア、スペインに及びませんが、その品質で他を圧倒しているのだそうです。
ギリシャのオリーブオイルは、生産量の90%以上が「エキストラバージンオイル」なのだそうです。エキストラバージンオイルとは、酸度が1%以下のものについて与えられる最高級の品質の名称です。それほど品質が良いのです。
しかし、ギリシャ製のオリーブオイルはほとんど知られていません。
ギリシャは、ブランドづくりが不得手なのです。
ここに、自国の資産を上手に活用することが不得手であることが象徴的にあらわれているといえるでしょう。

もうひとつ、ギリシャが誇る産物にワインがあります。
ギリシャには、自国にしか栽培されていない種のぶどうが数種類あり、これで作ったワインは日本人の口によく合うと、カライスコス氏は絶賛されています。また、酒の神バッカスはギリシャ神話の神(ぶどう酒の神ディオニソス)です。古代ギリシャでは、飲むときに使用する杯によって味が変化することがすでに知られており、ギリシャワインの歴史は古代ギリシャにまで遡ることが明らかにされています。
しかし、残念ながらこれも知られていません。
このことも、言わずもがな、ブランドづくりが不得手であるために、他国にその座を譲ってしまった結果といえるでしょう。

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ギリシャの課題

ギリシャのこれからの課題は、まさにこのブランドづくりにあるといえるでしょう。
カライスコス氏は、ギリシャ人のブランドづくりの不得手さの原因を、次のように分析されています。

1)ギリシャ人の気質
ギリシャにはこのようなことわざがあるそうです。
「たくさんのニワトリが鳴くところでは、なかなか朝が来ない」
皆がそれぞれ自分の意見を持っていて、皆それが正しいと思っているので、ひとつにまとまらないという例えだそうです。ギリシャ人は、皆がギリシャのためではなく、自分のために行動するので、意見をまとめることが非常に困難だということなのです。

2)形よりも中身
以下の事例は、カライスコス氏が通訳として関わった日本企業との取引であった事例だそうです。
オリーブオイルを日本に輸出した際、フタが開かない、フタが空回りする、ヨゴレやラベルが曲がっているといった製品が含まれていました。日本側はそれを不良品としてクレームをつけたのですが、ギリシャではそのような製品はクレームのうちにならないという見解を示したそうです。
日本ではクレームとなって当たり前のことが、ギリシャでは通用しない。互いの主張が互いに理解できない。このことが、ギリシャとのビジネスを非常に困難なものにしている原因のひとつなのだそうです。
ギリシャのオリーブオイルは品質がいいから、他のことに気を遣う必要はない。まして宣伝などせずとも向こうから買ってくれるのだ。ギリシャではこのように考える傾向があるそうです。

せっかく世界に通用する品質を持ちながら、商取引の面で不利な立場に自ら立っているような気がしてなりません。

ギリシャの成功事例に学ぶ

少しギリシャのネガティブな要素をお話ししすぎたように思います。
このような国民性を持つギリシャにも、世界的に成功を収めている企業はもちろんあります。
そのひとつは、宝石やアクセサリーのブランド「フォリフォリ」です。
http://www.follifollie.co.jp/
フォリフォリは、世界25カ国に350以上の販売拠点を持つグローバルなブランドです。
フォリフォリは、ギリシャ人の不得手なブランド構築を見事に成功させている好例といえるでしょう。
フォリフォリの世界進出は、日本での成功がきっかけとなったのだそうです。
すなわち、海外ブランドが好きな日本で成功することは、世界に進出するためのとてもよい方法であるということなのです。
ということは、ギリシャのブランドづくりをするためには、日本にうまくプロモートするという戦略が考えられるのではないでしょうか。
ギリシャのブランドづくりは、自ら持つ高い品質をいかに受け入れられやすい市場にアピールするかということを考えることによって、実現性の高いものになるように感じました。

カライスコス氏への期待

自らの不得手を矯正するのではなく、得意な者の力を借り、受け入れられやすいマーケットでそれを伸ばしていくことが、ギリシャのブランドづくりの近道と感じるに至った、今回のゼミナールでした。
そして、その役割、すなわちギリシャと日本との架け橋にとどまらず、ギリシャの素晴らしい品質を適切にプロモートする仕掛け作りを、カライスコス氏に是非とも担ってほしい。
これが、我々がカライスコス氏に期待するものです。
日本でお生まれになり、ギリシャで少年〜青年時代を過ごされ、今また日本でご活躍のカライスコス氏に、もっともっとギリシャの良さをお伝えいただき、ギリシャの優れた製品を日本でブランドとして花開かせてほしい。そう願いつつ、今回の報告といたします。

(事務局 田中達也・記)

投稿者 lefthand : 2009年03月26日 22:57

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